『――さあ、ゆこう。立ち止まることなく。流れる時に負けないように。何度も立ち向かい続けよう。大切なものを失いたくないから』
第百十七話 嵐の前の静けさ
棗が木船に泳いでくる少し前。
治療が終わった高嶋友奈の元に全員が集合する。
「あら? ドクターは?」
「お医者さんなら少し前に外出したよ」
友奈の返答に少し肩を落とす。蓮華への輸血や友奈の治療など世話になったお礼を伝えようとしたが入れ違ったようだ。
「お〜いみんな。出発するの?」
そこへ赤嶺も合流してきた。なぜか汗をかいている。急いでいたのか呼吸も少し荒い。
「友奈。どうしてそんなに汗だくなの?」
「見回りついでに筋トレしてたから! レンちも復帰祝いにやる?」
「相変わらずね。でも今は急ぎなの。また今度ね」
赤嶺も含めて全員は海岸に停泊させていた木船に乗り込む。途中、赤嶺に棗のことを話すと、また離れ離れになることを寂しがっていた。
「歌野。船を出す準備が整ったわ」
「サンクス芽吹。じゃあ改めて、この新聞の内容をテルミーよ蓮華」
「ええ説明するわ。ちなみに今、あなたたちが見ている新聞は3日前のものだということを念頭に置きなさいね」
木船は浮上し発進する。
歌野は蓮華が持ってきたその3日前の新聞紙を広げて“神婚ノ儀”の記事を見せた。その日は歌野たちが沖縄を目指していた日と一致する。
蓮華は頷いてNo.4から聞いたことを説明していく。その間、みんなは口を挟まず耳を傾けていた。
「……なるほど。だからあの時……」
話が終わって雪花が呟く。
オークション会場で、No.2たちが口走っていたことを思い出した。変装していなかった高嶋友奈の顔を見て、結城友奈の名前を出して動揺していた。
彼女はここにいるはずがない、と彼らはそう確信していた。ではなぜそう思ったのか。
『――生き残れたら新聞でも読むことね』
あの時のNo.2の言葉の意味がこの新聞だ。姫路城で結城友奈と別れた後のことを歌野たちは知らなかったが、彼女は大社に捕えられていたのだ。
そして“神婚ノ儀”と呼ばれる謎の儀式。水都を使って“奉火祭”を執り行おうとしていたが、今回もそういった類の儀式だろう。ならば、その儀式は事実上、結城友奈の処刑という形になるはずだ。
「つまり結城っちを公開処刑するってことでしょ。大社のやつら……」
雪花は槍を握る手に力を込める。“神婚ノ儀”などという大層な名前を使ってはいるが、要は反逆者たちの心を折るための見せしめ。世界を救うというのは体裁を取り繕うための方便だ。
邪魔者を消し、なおかつ世界を救えるのなら万々歳だと。
わざわざ新聞にして広めたのも残りの“七武勇”を誘い出して一網打尽にするつもりなのかもしれない。
「犬吠埼の姉妹をはじめとする5人が、結城友奈を奪還するために大社に乗り込む。そして大社はそれを迎え撃つ。当然戦いは避けられないというわけよ」
水都を奪還する為に大社と戦ったのは他でもない歌野たちだ。今回も同じことになるのは容易に想像がつく。違うのは待ち受ける敵の規模。兵庫支部にいた防人や神官たちの数を遥かに超え、“四勇”までも参戦する。
「それに結城さんはあの時、三ノ輪さんと一緒に逃げてた。なら三ノ輪さんも……」
「“七武勇”の彼女たちはそのことを知らないと思うけど、そうなるわね」
水都が指摘したとおり、結城友奈が捕まったということは同時に三ノ輪銀も捕まったということだ。
7人いた“七武勇”の勇者が2人の欠員により、5人で大社と戦う構図になる。
「でも、たった5人相手に……。大社はよっぽど阻止されたくないんだねぇ」
たった5人。言葉にすれば大袈裟や臆病と取られてもおかしくない。その5人がたとえ人智を超える能力を持っていても、大社陣営にはそれ以上の能力者が何人もいる。
「あら。蓮華は6人程度で大社に喧嘩を売り、姫路城を半壊させて目的を達成した人たちを知っているけど?」
「いや、まぁ……それはそうだけどさ」
「そう考えると、大社もあとがないのかも」
「面子の話だね」
大社には大社の事情というものがある。“神婚ノ儀”の情報を広めることが果たして本当に大社にとって利のある行為だったのかは分からない。
蓮華は説明する前にこの新聞の日付が3日前だと言ったが、それはつまり3日前から今日までの情報は分からないということだ。
また赤嶺曰く、沖縄の一般人へこういった情報が入るのは大体数日かかるらしい。
「じゃあメイビーだけどもう戦いが終わっているってことも考えられるのね」
「そうね。だけど“神婚ノ儀”は四国をはじめとして各支部にも情報は回っていて、中継も行われるそうよ」
「まるでライブイベントね」
「そうか……中継か」
今、四国や各支部に中継すると蓮華は言った。歌野たちが沖縄に来てから中継の話は一度も聞かなかったということはまだ戦争が始まっていないと考えられる。
「合点がいったわ。……疑問だったのよ。沖縄支部には防人も神官もいなかった。皆どこへ行ったのか」
芽吹と雪花と水都が支部に行っても誰もいなかった。それは全員が戦争の為に岡山県へ向かったからだ。奇跡的に歌野たちとすれ違わなかっただけで、沖縄に着いた時にはもうそこを出発していた。
天竜人や沖縄自体の守りをボディガードや衛兵、そして棗に押し付けて。
おそらく、他の支部も同様に防人全員と神官のほとんどを集結させたはずだ。5人相手にそこまでする必要があった。
歌野たちと同格以上の力を持つ“七武勇”の攻撃を凌ぎ“神婚ノ儀”を執り行う為に。
「でも……戦争なんて、実感ないよ」
「ある意味、蓮華たちはバーテックスと戦争をしているようなものだけど」
バーテックスという脅威が未だ健在である。そんな状況で大社は望んで
しかしそれでも大社は打って出たのだ。“七武勇”の彼女たちは結城友奈の死を絶対に許さない。それを知ってなお、“神婚ノ儀”と銘打って始末することを全国に報道した。
「歌野、どう? 実感出来た?」
「ええ、みーちゃんを取り戻した時より激戦になるってことよね」
「それを充分理解して……それでもこの船の行き先は岡山県でいいの?」
雪花は改めて確認を取る。もはや自分を含めてここにいる全員が“神婚ノ儀”を阻止し、結城友奈を助ける為に岡山県の瀬戸大橋に行くことを決めた。赤嶺も含めてである。
だがそれでも、雪花は待ったをかける。
「もうみんなの気持ちは同じだろうけど、敢えて聞くよ。……本当に行く気?」
「…………」
「嫌な役を任せて悪いわね、雪花」
蓮華と芽吹はそれぞれ雪花の肩に手を置いて労う。その様子を見て微笑んでいる友奈二人と水都と歌野。
「今回の戦いは“四勇”が来ると言うわ。前は伊予島さん相手に負けてしまった」
No.3と三ノ輪銀と伊予島杏の3人に手も足も出なかった。姫路城でも杏が参戦していたかと思うと背筋が寒くなる。
風たち5人の力もよく分かっているが、そもそもの数が違う。彼女たちだけで奪還は難しい。
「それに乃木さんとこんな形で再会するのは本意ではないけど、それでも結城さんの方が大事なのよ」
その言葉に高嶋友奈は頷き肯定する。
「うん! 私も結城ちゃんを助けたい! ぐんちゃんと敵対しちゃうのは……辛い、けど。……それでも」
「友奈。相手はバーテックスじゃなくて、人間だけど。……それでも?」
雪花に問われてそこで黙ってしまう。No.2を相手に満足に戦えなかったこと、自分の中では何も解決していない。
「……それでも。頑張ってみるよ」
拳を握り締め、静かにそれだけ呟いた。戦わなくていいならそれに越したことはない。だが、今から向かう場所はそんな甘いことは言っていられない場所なのだ。
「なら友奈! みーちゃんをお願い!」
「ミトちゃんを?」
「友奈がバックにいてくれたら私たちは安心できるわっ!」
全員で戦場へ赴くからには水都の安全を考慮しなくてはならない。その役目を歌野はお願いしたのだ。
「ごめんね。私が弱いばっかりに……」
俯いて落ち込む水都の左頬を人差し指で小突く。
「ノーノー、みーちゃん。そんなこと言わないで。みーちゃんはみーちゃんの戦いをして」
「私の……戦い……」
「私たちが戦っている中、もしかしたらオーマイゴッドな事態が起こるかもしれないわ。戦争ですもの。そんな時に、一歩離れて見ているみーちゃんだからこそ気付けることもある。ライツ?」
必ずしも正面切って戦うだけが全てではない。退路を確保していること。戦場全体を把握できる者がいること。アクシデントにいち早く気付けること。この三つがあるのとないのとでは生存率に大きく差が出てしまう。
「ビッグな役よ? みーちゃん。私たちを守ってね♪」
「うん……。うんっ。分かったようたのん。私もやってみる」
「私もミトちゃんを守る為に頑張るよ!」
「ふふっひ♪」
やる気になった水都と友奈を見て、歌野や他のメンバーも口角を上げて笑う。
「戦争は予想外のことが起こると予想しなければならないわ。そうでなければ身体が咄嗟に動かなくなるものよ」
その予想外の出来事が、味方側にとって利になるのか、敵側にとって利になるのかは分からないが。
「ま、もしかしたら“四勇”の人たちも今回の戦いには不本意で、手加減してくれるかも……な〜んて思ったりしてにゃぁ」
雪花が冗談半分で呟いた。
杏も水都を奪いにきた際、結果的には歌野を死なせなかった。それどころか、わざわざ1対1の決闘まで引き受けて損害をなるべく抑えるようにしていた。
No.3の砂の弱点も、杏がいたから見抜くことが出来た。そして自分の能力のことも“勇者の野菜”の『覚醒』についても歌野に教えてくれた。
敵と断ずるには彼女には不審な点が多かった。
「フッ。“四勇”のそういった不可解な行動も予想外に当てはまるかもしれないわね。……何はともあれ、これで全員覚悟は決まったわ。……歌野っ!」
「ええ! 私たちの目標は四国へ行くこと! その道の途中で倒れることは出来ないわ! エブリワン! 必ずこの戦争で結城さんを助けて、誰一人欠けることなく四国に行きましょう!!!」
拳を高々に掲げて歌野は檄を飛ばす。そして船にいる全員はそれを声を上げて応えた。
「おーーーッッ!!!!!!」
そしてそこに、泳いできた棗が合流することになる――。
歌野たちが沖縄を出発したのは“神婚ノ儀”を行う2日前のことだった。
同日、岡山県の
儀式を執り行うのは2日後と全国に周知済みだ。いつ“七武勇”が奪いに攻めてくるかは分からないので周りは警戒心に満ちている。
「今日は倉敷市の美観地区で一泊します。そして次は児島の鷲羽山で一泊。ゆったりとしたペースですけど、全員気を抜かないでくださいね」
指揮官型防人のNo.8が今日は先導役に就いている。ここまで襲撃はなかった。しかし情報が無い分、余計に不安に駆られる。
結城友奈を連れて移動する度に、自分を含めて多くの人間たちが離れたところで見張っている。
いつ現れるか分からない。儀式の当日に来るのが一番可能性が高いとみんな言っていたが、今この瞬間に狙われる可能性も充分にあった。
(気を張りすぎてあまり眠れなかった。心なしかやつれてるかも……)
時折、結城友奈を見るが、彼女はずっと黙ったままで、それでいて覚悟を決めた真剣な眼差しをしていた。
両手と両足には頑丈な手錠と重りがしてあるが、勇者の能力を使って暴れれば壊れてしまうだろう。そうやっている内にNo.8を含めて全員で取り押さえるが。
結城友奈はそんな気を一切起こさないでいた。姫路城で捕まってからずっとである。
(自分の命で世界を救えると……ホントに信じて、覚悟を決めてるんだね)
真の勇者といえる姿だとNo.8は心の中で敬意の念を抱いた。そして同時に、これがこの少女の運命なのかと憐れみを抱いてもいた。
それを受け入れている彼女に、恐怖心すらも抱かずにはいられなかった。
列の最後尾は弥勒夕海子がいた。
「いよいよですわね。これで、この西暦の時代は終わりを告げ……新しい時代が始まりますわ……!」
その時代の幕開けを決して邪魔させない。勝つのは大社だ。
そして、
戦争は……もう間も無く始まるのだ――。
この章では今までに登場したネームドキャラの9割が登場します。懐かしのあの人も。あの子も。あの勇者も。
その人たちが一堂に会して……………………………戦争をします。
次回 開戦の狼煙