前回のあらすじ
遂に相対した、芽吹と夏凛。真に防人のNo.1になるため、そして夏凛と交わした約束のため、芽吹は刀を振る。しかし、勇者となった夏凛の前に悉く抗う術を失っていく。
そして、双方の闘いは決着を迎える。果たしてその先に待つのは……。
「帰れ……ですって……」
「そう言ったのよ。……もう勝負は着いたから」
夏凛は背を向けてその視界から完全に芽吹を消した。
「……っ⁉︎」
それは芽吹への憐れみ、失望、侮蔑にも取れる態度であり、当然芽吹が更なる怒りを湧き立たせるのに充分な態度だった。
「……ふ、ふざけるなァァ‼︎」
夏凛の背中へ斬り掛かろうとする。
しかし、
「ーーっ⁉︎」
「……」
夏凛は振り返ることもせず、双剣を背中に回して受け止めていた。
「な……なによ。それ」
芽吹の斬撃は、完全に夏凛に弄ばれていたのだ……。
「あのね、楠……。今のアンタはなんにも見えてないのよ。ただ怒りのままに、わがままに刀を振り回しているだけ……。そんな何もかも破壊してしまうような"柔なき剣"じゃ到底私には届かない」
芽吹が振り回し続ける双刀を、夏凛は容易に捌きながら喋り続ける。
「あの時のアンタは、もっと真っ直ぐだった。この世界における防人の役目を考えて、大局を見据えてた……。防人のトップを目指そうとひたむきに努力し続けて……、私を越えるために自分のプライドを投げうって、剣の教えを頼んできた事もあって……」
「……!」
「でも、今のアンタは視野が狭くなってる。この世界にまるで関心がないみたい……大社という存在も、防人という組織も……なんにも見えちゃいないのよ……」
「黙れ……」
「防人の御役目を投げ出してここにいるのが、何よりの証拠よ。そんなアンタの剣なんてーー」
「黙りなさいッ‼︎」
芽吹は両手を天に掲げて刀を振り下ろすーー
(私は……貴女をずっと追いかけてきた。越える為に。それが間違ってる筈ないッ)
「
ザクッ
「ーー!?」
しかし振り下ろす直前、夏凛が持つ片方の剣が芽吹の横腹を突き刺した。
「……っ、かはッ」
「楠さあん!?」
水都はその様子を見るに耐えかねて、芽吹の元へ駆け寄ろうとするが……。
「……水都ちゃんっ。貴女が行ってどうするの? ……最後まで見届けなくちゃいけない約束だったでしょ?」
「雪花ちゃん……。でもーー」
雪花に腕を掴まれ阻まれる。歌野もまた、首を横に振った。
「みーちゃん。勝負はまだ、終わってないわっ。だから我慢して。……私も耐えてるから……」
「うたのん……」
水都は、雪花と歌野の気持ちを察し、駆け寄ることをやめる。
(でも……、このままじゃ楠さんが……)
芽吹と夏凛は睨み合ったまま、膠着していた。
ズズズ…… と剣はゆっくりと体に突き刺さっていく。そのたびに気が遠くなりそうな激痛が芽吹を襲う。
あと数センチ押せば芽吹の体を貫通するだろう。
「……‼︎ がはぁぁあ!」
吐血し、目の前が霞んでくる……。
「……?」
しかし、どういう訳か夏凛は首を傾げた。
「……どうして?」
芽吹に刺さった剣がさらに進んでいくのは、夏凛が力を入れている訳ではなかった。
……芽吹自身が、徐々に夏凛へと接近しているのだ。
「どうして退かないの? どうして進むの? これ以上続けるとアンタ、死ぬわよ……?」
芽吹は苦しみのさなか、フッと笑う。
「ど……うしてかしら、ね……。ここで一歩でも退いたら、何か……大事な誓いだとか、約束だとか……そういった物全部、砕け散ってしまいそうな気がするのよ……」
腹部や口元が血にまみれても、芽吹の眼光は真っ直ぐ夏凛を見据えていた。
「……だから私は後退しない。それをしてしまったら、もう二度と……
その時、芽吹の左手に持っていた刀が手から離れ、地面に落ちる。
「そう……。それが敗北よ」
「なら……なおさら……っ」
しかし芽吹は、震えながらも左手で刺さっている剣を掴み、右手に持っている刀を夏凛に向かってーー。
「敗ける訳にはいかないじゃないッッ‼︎」
ーー突き出す。
「ーーッ⁉︎」
夏凛は刀が体に接近するのを見た瞬間、反射的に思いっきり芽吹を蹴飛ばした。
「……っっ、かはっ」
握力が足りなかったのか、握っていた剣から手が離れ、体から引き抜かれた。
芽吹はそのまま吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。
「ハァ……ハァ……。これ、だけやって……服しか斬れない、なんてね……」
「……!」
見れば、夏凛の服の胸元に小さな切れ込みが入っていた。
「まだ続ける気? これ以上やると本当に死ぬって言ったわよね?」
「……それが、どうしたって言うの? 私は、後退はしない……、貴女に敗ける訳にはいかないって言った筈よ? ……敗けるくらいなら……死んでやるッ!」
立つのもやっとな状態にも関わらず、芽吹の気迫は強くなる一方だった。
(楠さん……)
歌野たち三人は、ただ見ていることしかできない。全員が彼女にかける言葉を見つけられず、沈黙したまま、この勝負の行く末を見守っている。
心の中で願う。起死回生のチャンスを……。芽吹の勝利を……。
そしてそれを感じてか、芽吹は徐々に感覚が鮮明になっていった。
(あの眼……、昔に戻りつつある。この短時間で楠の中に何か変化があったようね)
夏凛は意識を双剣に集中させる。
「……敗北より死を取るのね……。わかったわよ。なら私も、全身全霊懸けて貴女の気持ちに応えてあげるわ」
夏凛がそう口にした瞬間、彼女の持つ双剣の刃が
「ーー三好夏凛さんの剣が、黒く……⁉︎」
(あれが彼女の能力……?)
三人が見守る中、緊張感はこれまで以上に高まっていく……。
「拾いなさい楠。"奥義"でこの闘いの幕を引いてあげる」
「……」
芽吹は一歩一歩、地面を踏みしめながら刀が落ちている場所まで戻り、拾い上げた。
「その口振り。まだ全力じゃ無かったの……?」
「そうじゃないわ。私は本気で闘ってたわよ。……でも、今からは本気のさらに上。余力も体力も、後先考えないからそのつもりできなさいっ」
「はっ……。元からこっちはそのつもりよっ!」
(……これが最後の一撃になる。外したら死ぬわね……)
芽吹は双刀を前に出し、その場で回転させ始めた。
……そして夏凛もまた、黒くなった双剣を手前で回転させる。
「最強か、死か……。上等じゃないっ。あの三好さんと闘ってるんだからそのくらいの覚悟はしてた筈でしょ? ……楠芽吹」
自分へ語りかける。
「だったら今ッ! 三
……今、楠芽吹は三つの約束を胸に抱いている。
遠き日に約束した三好夏凛とのトップ争いの決着。
部下の三人をはじめ、防人のみんなに約束した正真正銘防人No.1の称号。
……そして、
『ますます気に入ったわっ! "最強の防人"‼︎ 農業王の仲間になるなら、それくらいなってもらわなくちゃ私が困るっ!』
『私が農業王になったら貴女たち防人みんな、私が育てた野菜買ってね♪』
最強の防人となり歌野の育てた野菜を購入する、という
……その全てを叶えるチャンスが今、目の前に訪れているのだ。
「行くわよ三好さんッ!」「行くわよ楠っ!」
そして、二人は同時に走り出す。
「二刀流、奥義ッ」「二刀流、奥義っ」
ーーいつの間にか、二人の両脇の地面には、切っ先を這わせたかのような線が一本ずつ引かれていたーー
「
「
ーーガシャアン‼︎
ーー次に歌野たちが目撃したのは、芽吹が最初いた位置まで一瞬で駆け抜けていた夏凛と、体中に斬り傷を食らいながらも夏凛のいた位置に立っている芽吹の姿だった。
「な、何が、起こって……」
「まったく見えなかった……けど」
水都も雪花も歌野も……、誰一人として今の二人の斬り合いを見抜けた者はいない……。
二人が一体、どうやってお互いを通過してそれぞれの位置に立っているのか。二人の両脇に引かれた二本のラインがいつ、作られたのか。まったくわからなかった。
ただわかっていることは。
「う……くっ……」
芽吹が斬られ、夏凛には傷ひとつ無かったという事である。
(敗けた……わ。完全に……)
防人自慢の戦闘服は無惨にもボロボロに斬り裂かれ、バイザーも真っ二つにされていた。首元にあるプレートにも僅かに亀裂が入っている。
なにより芽吹の左手に持っていた刀は、刀身が折れ、元の半分の長さになってしまっていた。
(私が敗けるなんて、考えた事なかった……。考えたくなかった。……これが私と三好さんとの差……なのね。……まったく私は、どれだけ思い上がっていたのかしら)
今一度、身に染みて感じる。
せめてもの奇跡は、今の攻撃で芽吹が倒れなかったこと……。
「……」
すると芽吹は振り返って両手を広げた。
「……?」
「「「えっ?」」」
その挙動に夏凛も、歌野たちも困惑していたが、
「背中の傷は……防人の恥よ」
「……!」
そう言った芽吹の表情は、実に晴れやかなものだった。
「見事ねっ」
芽吹の意図を汲んだ夏凛は、双剣で芽吹の胸部をX字に斬り裂いた。
「……ッ」
「楠さああああああんんん!!!」
誰の叫び声だったかは分からなかったが、その声が聞こえたのを最後に、芽吹は目の前が真っ暗になり、仰向けで地面に倒れ込んだ……。
ーー歌野、雪花、水都はほぼ同時に芽吹の元へ駆け寄った。
この決闘、誰が見ても勝敗が決したことが明らかだったからだ。
「楠さん? 楠さん⁉︎」
「これ動かしちゃまずいよね」
「心臓は動いてるけど……」
「ーー楠は死なないわよ」
「……!」
自分のバッグを漁った後、芽吹の元へ歩き寄って手に持っていたボトルを歌野へ渡す。
「これは?」
「止血するための傷薬よ。これを体にかけて」
「わかったわっ」
歌野たちは急いでボロボロになっている芽吹の戦闘服を脱がす。
「……っ」
「うっ」
腹部や胸元の出血が痛々しく映る。
歌野は傷薬を一気に体全体へかけた。
「ーーっうう‼︎」
傷薬が染み込んで激痛が走ったのだろう。芽吹の体はビクンッとはねた。
「我慢してっ楠さん!」
「うっ、ううっ……」
「こらえて……」
(これだけの傷……。勇者だったとしても手遅れになる可能性だって……)
雪花は傷跡を見ながら顔をしかめる。
(楠さんは、本当に死ぬ気で挑んだ……。約束を果たす為に。夢を叶える為に。……到底私にはできないや。夢のために命を捨てることなんて)
雪花の夢は、この世界をより深く知る事である。四国を知り、故郷である北海道と何が違うのかを見極めたいと思っている。
しかし、それに命を捨てる覚悟など毛頭無い。生きてこその夢だからだ。
「楠さんっ、しっかり‼︎」
「……う、うるさ、いわ」
「……!」
歌野の呼び掛けに半ば意識を失くしていた芽吹が応えた。
「……! 楠さん‼︎」
「うるさいし……これ、染みて痛いから……目が覚めた、じゃない……」
芽吹の眼は虚ろで、焦点があっていなかった。
「……ねぇ? 歌野。聞こえ、てる?」
「うんっ。聞こえているわっ楠さん」
ゆっくりと伸ばした芽吹の右手をしっかりと掴んだ。
「ここにいるからっ」
「……そう」
おそらく今、芽吹は途切れる寸前でかろうじて意識を保っている。眼は開いているが、おそらくよく見えていないだろう……。
「情け無い……姿を見せた、わね……。こ、れが、貴女が目にした私の初陣だったから……うぐっ! ……ハァ。……こんな無様な私を見て、不安になった、かしら?」
「……」
「不安にさせて……ごめんなさい、ね。……けど」
芽吹は最後の力を振り絞ってその手を強く握る。
「そんな私の姿を晒すのは……今日が、最初で最後にする、から……」
「楠さん……」
「だって……、私が防人のトップに
そして、この場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
「私はもう‼︎ 二度と敗けないからァ‼︎ ……
芽吹は歌野にそう誓う。
「文句ある!? "農業王"!!!」
その誓いを聞き届け、歌野は満面の笑みで答えた。
「ナッシング♪ ふふっひ♪」
「ーー農業王?」
夏凛は歌野にその意味を問う。
「農業王は私の夢よ! 農業界を豊かにするために、四国へ行って神樹様の恵みを手に入れるんだからっ!」
「……! 四国へ……ねぇ。……とても険しい道になるわよ、"私を越えること"よりもね」
「ベリーハードなのは承知の上だわっ。それでも目指すの!」
「そう……」
夏凛は僅かに微笑んだ後、真剣な表情に戻り芽吹を見た。
「……楠、まだ諦めないのね?」
「ええっ! 約束、したから……」
「……なら私も、言っておかなければならないことがあるわ」
夏凛は双剣を構えて芽吹に言い放つ。
「楠っ‼︎ アンタの信念、見上げたものねっ、これだけの傷を受け、屈辱を受け、それでもまだ折れる事なく私に挑み続けるというのなら……もっと強くなりなさいっっ‼︎」
「……ッ!」
「今のアンタに必要なのは、世界を知ることっ‼︎ 世界を知り、大社を知り、何よりアンタがいた防人の現状を知りなさいっ‼︎ そして、己を磨き強くなれっ!」
今の夏凛の姿を、芽吹は見る事は出来ないが、その言葉をしっかりと胸に刻み込む。
「アンタが私をっ、いまだに"最強"だと称するのならっ、私はこの先、幾年月でもこの"最強の座"にてアンタを待つ‼︎ 猛ける己が心力挿して、
「……ふふはは……。当たり前、よ」
芽吹は最後にうっすら笑いながら、ゆっくりと意識を手放したのだった……。
井の中の蛙、大海を知らず
故に井の中の蛙、大海にて散る
されど井の中の蛙、空の青さを知る
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