いつか遠い日、あの台詞を言わせたい。
前回のあらすじ(?)
芽吹「歌野と行動を共にすることになった楠芽吹よ。改めて宜しく」
歌野「なんならもう仲間になってくれてもいいのよ?」
芽吹「か、勘違いしないでよねっ。私はただのビジネスパートナー。白鳥農業組合には入らない!」
雪花「頑なだねー」
水都「そういうところ、三好夏凛さんにそっくりだよ」
『
歌野はニィ と満面の笑みを浮かべ、彼女たちのチーム名を高らかに口にした。
「白鳥農業組合、ねぇ……」
雪花と水都は苦笑いをしており、芽吹は無表情だった。
「アレアレ? なんかイマイチなレスポンス……」
「んー。その名前はどうかにゃぁ」
「うたのんが気に入ったのならそれで良いけど……」
「……ダサい」
思わぬ酷評に歌野は唖然としてしまう。
「ええっ‼︎ カッコイイと思ってたのに〜。……もしかしてそう思ってたのオンリー私?」
「スワンで白鳥って意味なのに、ホワイトってつける意味ある?」
「うぐっ!」
「あと、なんでそこだけ英語?」
「楠さん。そこは今更だよ……」
「あーあー! じゃあこの話はお終いでいいわっ!」
歌野は拗ねて話を打ち切った。
「いやー。気に入ってないとかじゃないよ? 単なる感想じゃない」
「ふんだっ。いいもん!」
「……あちゃー」
頬を膨らませている歌野の態度に、雪花は苦笑いをしつつ頭を抱えた。
……と思っていたが、
「――あっ! そういえば楠さんっ」
「立ち直り早っ」
「忙しないよ、うたのん……」
さっきの態度は何処へいったのか……。くるっと歌野は芽吹の方へ振り返った。
「何?」
「三好夏凛さんが去る前に伝えておけって言ってた事があるの」
「……?」
――芽吹が気を失っているとき、夏凛は最初に尋ねておきたい事があったのを思い出した。
「そうだっ。アンタたちに聞きたいことがあったんだった」
「……?」
「"三ノ輪銀"って奴を見かけた事ある?」
「三ノ輪銀? 誰か知ってる? みーちゃん」
「七武勇のひとりだよ、うたのん。三好夏凛さんと同じ」
「そうなのねっ。私、七武勇って名前自体は知ってるけど、メンバーは知らなかったわっ」
「……その七武勇って名前も、正しくはないのよねぇ」
「と言うと?」
「七武勇ってのは私たち七人の勇者を大社が勝手に呼んでるだけ。私たちには『勇者部』っていう名前があんのよ」
「勇者部かぁ……」
(チーム名。イイっ。私たちも何か良いチーム名ないかしら……?)
「……で、話戻すけどどうなの?」
「ゴメン、知らない」
「私も知らないねー」
歌野も当然ながら知らないので首を横に振る。
「そう、悪かったわね」
「その人がどうかしたの?」
「銀はね、少し前から連絡が取れないのよ。だからみんな、探してるのよ。偶に見かけたって噂は各地であるらしいんだけど」
「そうなの……」
「……ねぇ、私からも聞いていい?」
歌野は芽吹と夏凛が大社にいた事から、ある事を疑問に思っていた。
「なに?」
「貴女たち七武勇……いや、勇者部?」
「別に七武勇で良いわよ。……世間一般にはそれで通ってるから」
「七武勇の人たちは私たちと同じ、神樹様の恵みを狙ってるのよね?」
「……最終的にはそうなるわね」
「でも、三好さんは四国にいたのよね? 防人で鍛錬してたっていうし。……どうしてその時に神樹様の元に行かなかったの?」
夏凛は腕を組んで、しばし考えていた。
「……私たち七人は全員、四国出身よ。あの日も四国の香川にいた。でもね、私たちはとある事情で四国の外に出たの。そしたら、
「戻れなくなった?」
「私は、最初は大社で防人として生きていくって思ってた。……でもあのまま大社にいたら、私が私じゃ無くなってたと思う」
「……?」
夏凛の言っている事は大雑把で、本質を捉えられない発言ばかりだった。
「でも結局はね、アイツらと四国を出て良かったと思ってる」
「どういうこと?」
「防人に所属しなくても出来る事はあんのよ。……防人に所属しなかったからこそ見えたものがあんのよ。……今の楠にもそれをわかってほしい」
夏凛は大社の元で生きていく事をやめた。そしてそこから離れ、世界を見て回った結果、何かを知ったのだ。大社の何かを……。
決して、良くないものを……。
「終わり? なら私は行くわ。……楠によろしくね」
「うん」
最後に、夏凛は楠の首元につけているプレートを手に取った。
それは先程の決闘で亀裂が入ってしまっている。
「あと、これは私が預かっておくわ。楠が起きたらそう伝えて。……返して欲しければ……、わかるわよね?」
それだけ歌野に伝えると、夏凛は"No.1の証"のプレートをバッグに入れて去っていった。
「――そう。わかったわ」
楠は首元を見た。当然そこには"No.1"を証明する物"は無い。
「絶対に取り返してみせる。防
「グゥレイト♪ その息よっ」
歌野は親指を立てて笑い立ち上がった。
「――じゃあ先を進みましょうっ! 目先の目的地は"諏訪"! 私とみーちゃんの故郷っ」
「うんっ。そこで調べたいこともあるから」
水都はこくっと頷いた。
「それじゃあみんなっ、レッツゴー♪」
――歌野たちが諏訪へ向かっているとき、高知のとある村へ、ひとりの少女が大きな袋を背負いやってきていた。
「着いた……わね」
その少女……。四勇のひとり、郡千景。彼女は久々に故郷の村へ帰ってきたのだ。
(あまり戻りたくは無かったけど……)
千景の家は、先の遠征の後、大社からまとまった報奨金が与えられた。
また、四勇になって活動してからは大社により様々な便宜が図られていると聞く。
「……」
千景は自分の家に着きドアを開ける。
「ただいま……」
千景は玄関と、そこからリビングに続く廊下に置いてあるゴミ袋や、はみ出し散らばっているゴミクズを避けながら歩いていく。
「お、おお……。千景、帰ってたのか。久しぶりだな」
リビングに入ると、千景の父親が座っていた。
テーブルには昼間だというのに酒瓶やビール缶が倒れている。
「遠征、行ってたんだろう? 四勇の御役目は大変だな」
「別に……」
父親は明るい表情を作って見せているが、どこか疲労が溜まっているのがわかった。
「それよりお父さん……。掃除くらい、ちゃんとして……。玄関にも、廊下にもゴミが溜まってる……」
「あ、ああ。捨てる、捨てるよ。けどなぁ、母さんの看病で忙しくてなぁ」
言い訳がましい台詞を吐いて、父親は襖の向こうを見る。
そこには、床に伏せっている母親の姿があった。
千景の母親は30代ではあるが、その髪は白く、肌はカサつき、目尻は窪んでとても年相応の風体とは思えない。
「母さんな……。『天空恐怖症候群』のステージ3に認定されたんだよ。だから明日、大社の意向で大きな病院に移ることになったんだ」
「知ってるわ……。それを聞いたから、帰ってきたんだもの」
「そうか……」
千景の母親をはじめとする沢山の人々は、バーテックスが侵攻してきたあの日、『天空恐怖症候群』と呼ばれる精神的な病に罹っていた。
一般的に天恐と言われるその病に罹ってしまうと、空を恐れて外出を拒む者や、幻覚や幻聴、果ては精神が崩壊して日常生活を送れない者が現れ始めた。
千景の母がなったとされるステージ3は、バーテックスが襲来してくる幻覚が頻繁に見え、安定剤が手放せない程の重症である。
「千景。ご飯は食べてきたか? なんなら今から出前でも――」
「いい……。おなかすいてないから……」
千景は背を向けてリビングから出て、そのまま階段を上って部屋に入った。
(やっぱり帰ってくるんじゃなかった……。ここに私の居場所はないから……)
カーテンは閉め切っており真っ暗の中、ベッドにうつ伏せで倒れる。
千景が勇者の御役目で家を離れてからは一度も洗っていないのだろう。埃っぽい匂いが鼻につく。
(……この家は嫌い。……この村が嫌い)
行き詰まって疲れ果てた両親。淀んだ空気が蔓延している家。
ベッドの埃臭さがもうすでに気にもならないくらいに"息が詰まりそうな場所"が嫌いだった。
(……どうしてこうなったんだっけ……)
千景の父と母は恋愛結婚だったと聞く。
親族には反対されていたらしく、二人は安くて小さなアパートの一室を借りて生活していた。
お金が無く、共働きで忙しい毎日だったが二人は幸せな生活を送っていた…………ように思えた。
そして千景が生まれる。千景の存在を、二人は心から祝福した…………ように見えた。
これからは二人だけではなく、千景も交えて三人で、小さくも幸せな生活を送っていく…………
…………ことは無かった。
千景の父親は自己中心的な性格で夫や父としては問題のある人間だった。例えるなら世間の荒波を知らない子供が、そのまま大人になったかのようなものだ。
幼い千景の記憶に刻まれているのは、幸せな夫婦の姿ではなく、喧騒が絶えない二人の姿だった……。
そしてそんな中……、母の不倫が発覚した。
話題の少ない田舎村だからか、その醜聞は瞬く間に広まった。両親の立場は悪くなっていき、娘である千景にも火の粉が飛んできた。
『――お前の両親のせいで、この村の評判悪くなってんだよ!』
『邪魔なんだけど、消えてくれる?』
『俺の兄ちゃんが言ってたよ。お前の母ちゃん、"いんらん"って言うんだろ?』
『ならコイツもいんらんだよ!い・ん・ら・ん!』
『このあばずれがっ。こっち来ないでくれる? 菌がうつるから』
小学校のクラスメイトは千景を目の敵にし、イジメの標的にした。
髪を切られ、体を傷付けられ、心を砕かれる毎日だった。
所有物など、無くならない日の方が珍しい。
教師にも相談したが、まともに取り合ってはくれなかった。
それらしい言葉を並べて誤魔化そうとするだけ。
『――千景さん。もっと積極的にみんなと触れ合ってはいかがかしら? 貴女自身が心を強く持ってみんなと触れ合えば、きっとわかってくれるわ。……もっと自分を好きになって。じゃないとみんな、貴女の事を好きになれないわ』
『――あまり問題を起こさないようにね。貴女だけじゃない。教師の私まで白い眼で見られるんだから……』
学校側はイジメという事実を否定し続ける。世間に広まってしまっては立場が悪くなるのは明白だからだ。世間体や体裁ばかりを繕う。
なにより、彼らが千景自身に問題があると思っている。
父は、そんな状況下にいる千景を守りもせず、むしろ厳しく叱責していた。
『そんな奴ら蹴散らせッ! 弱いからやられるんだよ‼︎ 千景ェ!』
「お父……さん。ぶたない、で……」
『うるせぇから泣くなァ‼︎ 泣いてたら何かなんのかよ⁉︎』
「いた、いたいよぉ……」
『クソッ。酒も切れたし、村の奴らの罵倒もウゼェし。
酒に酔った時の父は歯止めが効かなかった。平気で千景に手をあげる。
……村の人々も両親を……、千景のことを変わらず邪険にあしらう。
『――郡ィ⁉︎ おい、あんなクソの名前なんか口にすんなッ! 耳障りだッ』
『あの家族はなァ。この村にいちゃいけねぇ存在なんだよ!』
『金が無くていつまでも居座りやがって……! あの家族のせいで俺らにまで迷惑かかってんだよ』
『全部あなた達のせいなのよ』
『とんでもないクズさ』
『世界最低のゴミだ! 覚えとけェ‼︎』
今日もまた、イジメにあった……。
服を脱がされ、みんなの前で恥辱に晒された。
『――ねぇ、ゲームしようよ。この服を学校のどこかに隠すからさぁ。見つけ出してよ。宝探しゲーム〜!』
『もちろんその姿のままでねー』
「服、返して……」
『はぁ? 宝探しゲームって言ってんじゃん。話聞けよっ! この愚図ッ』
ガッ!
「痛ッ……うぅ……」
『10数えたらスタートねー』
千景以外は教室を飛び出す。
千景は先程女子に蹴られたお腹を押さえながらうずくまっていた。
(い、たい……)
下着姿のまま、教室に取り残された千景は涙を流す。
涙を流したところで誰かが拭ってくれる訳でも無い。助けを求めても差し伸べてくれる手もない。
(…………)
千景はロッカーの中から体操服を取り出してそれを着る。
そしてそのまま家に帰った……。
――後日、千景の服は焼却炉の中で見つかった。
もちろん、服としての面影は無い……。
――わたしって何のために生まれてきたんだろう?
『今じゃネットで全部知れ渡る。高知のゴミ、郡家ってなっ!』
『こーゆーやつのせいで俺らの村が、高知が、酷く批判されてるんだっ。ホントに迷惑な事しやがるよ、あの家族は』
――お父さんは、お母さんは……、なぜわたしを生んだんだろう?
『郡家の娘も大人になったら同じことするぞ? 血は争えないからなァ』
『平和のためにその血を絶っとくか?』
『警察沙汰だよ〜』
『密かに殺っちゃわない? 村全員で結託すればバレないバレないっ』
『村中の人間の、あいつらへの恨みの数だけ、針を刺すってのはどう?』
『その様をネットにあげてさっ。高知中の笑いものにしてやるんだッ!』
――わたしは。
『死ぬ時はこう言って欲しいねぇ。"生まれてきてごめんなさい。ゴミなのに"……ってさぁ』
『ギャハハハハハハハハハハ!!!』
――ねぇ? わたしは……生まれてきてもよかったのかな?
……そんな状況が続いた中、あの日が訪れた。
その日は特に、地震の多い日だった……。その後、突如出現したバケモノ。
そしてバーテックスの襲撃が始まったすぐあと、千景は神社の境内で不思議な野菜を見つけた。黄色か橙色に近い、幾つもの房がついたロマネスコのような野菜だった。
――と、次の瞬間、千景は自分でも説明できない衝動に駆られ、それを口にしてしまった。
そして千景は、勇者となった……。
「――千景? 千景? 寝てるのか?」
コンコンッとドアをノックされ、父の声が聞こえた。
「なに? お父さん……」
「村のみんなが、おまえの帰りを祝福しにきたぞ」
「――え?」
千景は耳を疑った。自分が帰ってきたのを誰かが見かけたのか。
いや、見かけたとしても"祝福"するとは、どういう事だろうか?
「…………」
ベッドから起き上がり、千景は父とともに玄関から顔を出した。
――すると、
パンッ! パンパンッ‼︎
「――ッ‼︎」
千景に向かって無数のクラッカーが鳴り響き、沢山の紙吹雪が舞っていた。
「おかえり〜。千景さんっ」「勇者、郡千景様のご帰還だぁ〜」「久しぶり? 元気にしてた?」
「な、に……? 何なの……?」
理解不能で慌てふためいている千景を見て、千景の父は笑った。
「久しぶりに帰ってきただろ? みんなおまえの活躍は聞いている。だから祝福に来たんだよ。勇者の凱旋を」
「……!」
見渡せば知った顔が沢山だった。小学校の時のクラスメイト。学校の先生たち。近くに住む村人。
みんなが笑顔で千景の帰りを祝福してくれていたのだ。
千景が四勇として活動してから、彼女の家だけではなく、この村自体にも大社が報奨金を贈り、それが村の潤いに直結していた。
千景のおかげで……、千景の存在のおかげで、この村の住人は幸せに暮らせているのだ。
(そうか……。私の存在は……)
千景は集まっている人たちを見渡した。
「……皆さんに……お聞きしたい事が、あります」
その場にいる全員が彼女に注目する中、千景は小さな声で問いかけた。
「私は……、価値のある存在、ですか……?」
その問いに皆は、しばし怪訝そうな顔をする。
……数秒経った後、やがて誰かが答えた。
「……もちろんよ。だってあなたは、"四勇"ですもの」
「と、当然だよ、なぁ⁉︎」
「ええ」「もちろんさ」
同じような肯定の言葉が他の人からも投げかけられた。
(私が、勇者だから……。バーテックスを屠り、みんなを救う四勇のひとりだから……)
千景は最後にうっすらと笑い、父と共に家の中へ戻っていった。
本当は嫌だったのだが、母の入院に付き添う事にしたため、今日は実家で一泊する事に決めた。
……最底辺の存在だった千景は、今や村の英雄として見なされ、賞賛を浴びていた。
(そういえば、花本さんが……言ってたわね……)
千景は本来、四国外へ遠征など行く気は更々無かった。
しかし、千景の過去を知っている副官、花本美佳は…………
『――郡様』
「何?」
『今度、四国外への調査が行われます。そのひとりに郡様も参加されませんか? ……世界は広いです。外に出れば……あなた様を想い、大切にしてくれる……、そんな優しい方と出会える筈です』
「そんな人……いるのかしら?」
『きっといます。いえ、必ずいる筈ですっ。この世に生まれて独りぼっちだなんて事、絶対に無いのですから……』
『――また会おうねっ。ぐんちゃん!』
「……っ!」
遠征に出て、その先で
(大丈夫……。きっともう……あの頃の傷が痛む事はないわ……)
……陽は沈み真っ暗になった夜の中、千景は安心した表情で、静かに眠りについた。
……そんな千景だったからこそ、気付きもしなかっただろう……。
村の人々が祝福してくれた際に散りばめられた無数の紙吹雪やクラッカーの紙屑が、
家の前に散らばった、沢山の
一体、誰が片付けるというのだろうか……。
郡千景ェ:高知を統治する四勇のひとり。能力は不明。本人が話したがらないのと、大社側が口止めしている事もあるため、知っているのはごく一部。(若葉、ひなた、花本、千景パパ、大社神官長のみ)
次回 諏訪帰郷