この話ってつまり……神世紀72年の……真相?
んな馬鹿な…………。
前回のあらすじではない
"俺は支配に興味ねぇんだよ、シキ! 好きなモン植えて好きに育てる! やりてぇようにやらねぇと農業やる意味がねぇだろ? どんな圧力をかけてこようとも"
久美子は席を立ち棚に置いてあるライターを手に取り、タバコに火をつけた。
「
「…………」
蓮華の反応を見るからに、その事件がトラウマになっているのが分かる。
前に久美子が話題に挙げた時も、彼女は明らかに動揺していた。
「それに……その事件はお前が一番よく知っているんじゃないのか?」
「……っそれ、は」
「お前たち鏑矢のおかげで、"テロリスト共"の手から四国を守る事が出来たんだ。良かったよな、さぞかし
「……‼︎ あなたっ」
「いや、お前だけは違ったか? 弥勒蓮華。義父親は健在か? "五老星"のフリは疲れるだろう?」
「いい加減に……うあっ⁉︎」
蓮華が久美子の胸ぐらを掴んだーーと同時に蓮華は転ばされ床に背中を付けた。
「いたっ!」
「蓮華さん⁉︎」
「久美子さんっ! 乱暴はやめてくださいっ」
水都からは見えなかったが、あの瞬間に久美子は蓮華の足を蹴飛ばした。足を払われた蓮華はその場に転倒する。
「あな……たはっ、何故そんな事まで」
「だから言ったろ。大社本部にコネクションがあると。あとな、学者をあまり舐めないことだ。痛い目を見るぞ? 学者の好奇心で猫が死ぬ事だってあるんだからな」
この状況で何故か久美子は蓮華を見下ろして笑っていた。その嘲笑は、蓮華の家への嫌みなのか、それともあの事件を体験した彼女たちへの憐れみからかは分からないが。
「くっ……」
「ま、お前がかよわい猫かどうかは知らんがな」
蓮華から離れ椅子に戻る。そしてタバコの灰滓を灰皿に落とす。
「"五老星"のフリ……? どういう事なの」
蓮華以外のメンバーからすれば、初めて耳にする事だ。防人にいた芽吹も知らない事だ。
「一度手にした権力は手放し難いものだ。特に弥勒家は、五老星である筈の先代当主がこの世にいない事がバレれば失墜の恐れがある。だから弥勒家当主は先代のフリをしている……まぁそんなところだ」
蓮華もその事を知っているようだ。ならば蓮華が鏑矢に所属していた頃から弥勒家は没落の境地に立たされていたという事。
そして今もフリを続けているのなら、弥勒夕海子も知っていてもおかしくない。
「……その弥勒家にいたお前が腑に落ちないのが
「……? どういう事、かしら」
蓮華は背中に付いた埃を払いながら起き上がる。
「人間とは自分の小さい脳みそと狭い見聞で世界を決めつける。その上、自分の予想だにしていなかった事、信じられない事は否定し一切受け付けようとしない。逆に自分が思ったとおりの話なら、容易く信じ疑う事をしない。……そんな傲慢な奴らだ」
これは遠回しに忠告しているのだ。蓮華に……ここにいる全員に。
「そういう奴らが、異物を除去し、異端を排斥し、世界を正常に見せかけ、まわしている。光の当たる場所は綺麗に見えるが、見えない影の部分は薄汚い、そんな
たとえ久美子の話す内容が自分たちにとってあまりにも現実離れしている"馬鹿げた話"でも、それを拒絶せず、且つ鵜呑みにせず、自分たちの頭で精査して欲しいと。
「あまりにも理不尽な話だろ?」
フウゥ……と煙を吐き、タバコを灰皿に置く。
そして久美子はひと呼吸おいて話し始める。
「……今から話すのは……その"理不尽"に押し潰されてしまった
烏丸久美子は7月30日のあの時。当時住んでいた大阪から奈良へ向かっていた。
少し前に奈良県で遺跡が発掘されたとの情報が入り、久美子が所属する大学の研究チームは共同で調査にあたっていた。
久美子もまたその調査の手伝いに駆り出された。彼女自身、その遺跡の調査結果を後の論文の材料にしようと考えた。
また、その遺跡の調査の主担当は久美子の研究室の教授だったそうだ。
「……ここで一旦私の話は省くが、結局その遺跡には行けなかったよ。その途中でバーテックス共が現れそれどころじゃ無くなった。ちなみにだが、その日だな、そこにいる友奈や茉莉。それと黒シャツをはじめ、今奈良にいる大体の奴らと出会ったのも」
友奈と茉莉は暗い表情をしていた。その時の状況を思い出しているのだろう。
「それから私たちは奈良に居座る事になったが……教授たちがどうなったかは後で分かった。どうやら自分たちで四国へ渡ったらしいな」
調査班が四国へ逃れたあと、大社の保護のもと四国への移住が決定した。
メンバーの中で四国に親戚や友人などのツテがある場合は、そのツテを頼って四国の各場所へ移り住める。
対して、教授を含めたツテの無い何人かは香川県のとある場所に集められた。そこは大社が避難民を対象に仮設した居住区画だった。他にも彼らのような本州から避難してきた人たちが住んでいる。
「戦争か災害の難民みたいな暮らしだったが、次第に心に余裕が出来てきた。四国にはあの日以来、バーテックスの侵攻は
その居住区画は本州から移り住んできた身寄りのない者たちの集まり。称して『
誰が呼び始めたかは定かではないが軽蔑的な呼称である。
それから、バーテックスの脅威が無いと実感した四国の民が快適に暮らしている中、大社の支援によりひっそりと彼らも暮らしていた。
「……別に四国の奴らと一切交流が無かったわけじゃない。大社の神官が仲介役となる事である程度は自由が効いていたらしい。……教授は優秀な考古学の権威だったし、大社の奴らも歴史の資料や文献を貸与する事で教授たちの研究を手伝っていたようだ……」
加えて大社の支援により、彼らとの仲はより親しくなっていった……。
……これから先も続いていくと思っていた。
「だが……それが間違いだったんだ。……そのせいであの惨劇は起こってしまった」
「……⁉︎ な、何があったんですかっ」
「…………」
蓮華は黙り込んだまま俯いている。久美子はそれを気に掛ける素振りも見せず、話を続けた。
「バーテックスの脅威が無くなり、心の余裕ができ、なおかつ自身の研究も継続できる程の状態まで回復した彼らに……"ひとつの疑問"が生まれた。これは命の危機が迫っていたあの頃では例え頭に浮かんでも探る術が無かったものだ」
教授たち学者の研究対象はいつしか『それ』に取って代わっていた。
「『一体どうして、どこから、バ
バーテックスが何故、この世界に突然現れ、人を喰らい、文明を崩壊させるのか。
そもそもバーテックスとは何なのか。未だかつてあの生物を見た者など居なかった。
彼らの中には、地
「不思議に思って当然だろう。突然、自分たちの思考を遥かに越える事態が起こったんだからな。その謎を……学者として解き明かしたいと思うのは当然の欲求じゃないか」
「じゃあその人たちは……っ」
「教授たちは大社の神官が持ってくる文献から手掛かりになりそうなものを片っ端から調べていった。そして時には、
教授たちは大社の神官を利用して、大社書史部の場所に検討を付けた。そして数人のチームを組んで潜入させ、重要な文献や
「そして当然、その行動は大社の知るところになった。……隠してきた歴史の真実を知られたかもしれない相手に大社が降した判断は……鏑矢による"粛清"だ」
大社上層部は彼らの行いを突き止め断罪した。隠された歴史を暴き、
「
「……⁉︎」
久美子が先程読み上げたものでは無く、兵器の情報が記されたものが確かに存在するという。
それを読み解いた可能性がある教授たちを、大社はもう野放しにはできない。
たとえ教授たちに悪意が無かろうと。
「だから鏑矢が
「えっ⁉︎ ちょっと待ってよ! 火を付けたって……じゃあ
その話を聞いた雪花は明らかに動揺していた。水都も芽吹も、茉莉や友奈ですらその話は到底信じられるものではなかった。
そしてその問いに久美子は何の反応も示さなかったが、蓮華は微かに
「今やこの事は大社の中でも一部の奴しか知らない。大社の記録では
そして、彼らはこの歴史の記録から綺麗さっぱり消えてしまった。……大社を転覆させ、四国滅亡を目論む"テロリスト集団"として。
その"不名誉"だけを残して、
「人は知らない事を知りたいと願うものだ。語られない歴史を知りたい……と。学者なら尚更な。たとえその先にどんな結末が待っていたとしても」
久美子はまた次のタバコを取り出し吸い始める。
「……以上があの日、
「…………」
「だが、大社も迂闊だよな。……教授が研究結果から"ある仮説"を立て……それを知った大社が彼らを存在ごと消したとしたら……それはもう大社が
「…………」
もう誰も、口を動かす気力など無かった。水都も雪花もただ困惑に満ちた表情で久美子と蓮華を交互に見ている事しかできない。
(蓮華さん……)
蓮華たち鏑矢は大社の治安維持部隊である。四国の平穏を守る為、誰も疑う事無く、危険分子を捕らえ排除してきた。
……それが
四勇がバーテックスを討伐する為に結成されたのだとしたら、鏑矢はさしずめ大社にとって"不都合な人間"を粛清する部隊。
その最たる例が、
「知らなかったのよ……"私"は……。自分たちが運んでいる物が
蓮華は近くの机にもたれかかっていた。もはや自分でまともに立つ事が出来ないくらいの衝撃を受けており、ポツポツと呟く言葉は発した途端に虚しく消える。
「知った時には……もう、遅かった……何もかも」
「事前に教えれば、反感が生まれると思ったんだろう。だから鏑矢の大半には直前まで知らされなかった」
蓮華の脳裏に浮かぶのは、鏑矢として活動している華やかな記憶…………に見せかけた虚像。
鏑矢として発足した時、蓮華たち成績上位五名は特別に、大社が発見した『勇者の野菜』を賜った。
上位陣には、桐生静や赤嶺も存在する。
彼女たちもまた、より多くの人々の平和の為にその力を手にしたつもりだった。
ミス・ダブルフィンガーは指先や髪の毛を棘に変え。
ミス・オールサンデーは身体の一部を咲かせ。
赤嶺は動物たちを使役し。
桐生静は大地を揺らし。
弥勒蓮華はあらゆる物を金属に変えられる。
しかし彼女たちの能力は、決して綺麗な目的の為には使われず、人を消す為に用いられるに過ぎなかった。
ーー大社の為に、と。
ーー四国の為に、と。
ーー世界の為に、と。
ーー人類の為に、と。
ーー平和の為に、と。
果たしてその先に……彼女たちが望んだものはあったのだろうか。
・鏑矢として成立する際に成績上位五名は、大社が集めた勇者の野菜を手に入れたと前に本編にありました。それは以下の五人です。
一位 桐生静 『振動人間』
二位 弥勒蓮華『金属人間』
三位 赤嶺 『???』
四位 ミス・オールサンデー(本名不詳) 『花咲人間』
五位 ミス・ダブルフィンガー(本名不詳) 『棘人間』
※蓮華たちが手にした時点ではどれが何の野菜かは不明だった。
次回 夢在るがゆえ
以下、教授が提唱した仮説について、一部抜粋して紹介
我々はバーテックスが何故、この世界に現れたのか、その答えを大社上層部が握っているのではないかと考えている。
西暦2015年の7月30日。突如として出現したバーテックスに人類は蹂躙されたが、同じ日に実はもうひとつ、突如出現したものがある。
それは迫り来るバーテックスから沢山の人々を守った"とある力を手に入れた少女"。つまり勇者だ。……突如現れた、という意味でなら正しいのは『勇者の野菜』になるが。
また、バーテックスから人類を守る壁として四国に現れたのが"神樹"だ。
大社はその神樹がどのような存在で、どういう役割を持っているのかを知っていた筈だ。だから四国が安全だという確信を持っていた。そしてあの状況下でも四国の民や避難民への対応を迅速に行えた。
普通は混乱し、状況把握や治安維持の役目を持つ組織の結成は、それだけで日数のかかるものだ。未確認生物が襲来したとして、その対抗組織がすぐさま結成し、迅速に動けるのは些か不自然である。
そして何より、大社の基盤を作ったとされる"五老星"。彼らの出身地が全て四国である事が揺るぎない証拠。
つまりだ。大社は……
我々は密かに、神官が持ってくる文献から僅かな"痕跡"を見出し、さらに書史部へ忍び込み、疑わしき文献を探した。
そして手掛かりを得たのだ。およそ100年前から大社の前身となる宗教団体が世間に気付かれず、陰ながら活動していた事を。
彼らはある理由でその100年間の歴史を隠蔽し、決して人々の目に触れないようにした。
我々はその隠された歴史を"空白の100年"と呼んでいる。
……だが、この世から情報を完全に消し去る事はほぼ不可能だ。現に、上層部の彼らが知っている時点で、世に知れ渡る危険性はゼロではない。
我々は書史部にあった文献を調べていく中で、あの日起こった出来事は、"空白の100年"の
そう、7月30日に現れた『バーテックス』は……『勇者の野菜』は……"空白の100年"に何かが起こり、その結果としてこの世界に現れた。
そして我々は勇者の野菜とは、神樹がもたらしたバーテックスへの対抗手段である事も知っている。
勇者という存在は神樹によって生まれたのだ。
……では逆はどうだ?
バーテックスもまた、何らかの存在によって生まれたのではないか?
恐らくは、
…………大胆な仮説ですね。