前回のあらすじ
久美子から聞かされた"勇気"や"携帯"の話は歌野たちにとって興味深い内容だった。しかしそんな中、突然ひとりの女性が現れ子供が行方不明だという。彼女たちは子供を探すため再び食堂を飛び出していくのだった。
子供を探しに出た茉莉は雪花と共に森の中へ入っていた。
「はっ……はっ……はっ……」
茂みの中を掻き分け、時折草の葉が足や腕を擦っていく。
「あのさ。その"見聞色の勇気"とかいうので子供の位置は分からないんですかね?」
雪花は木に登り、高い位置から周囲に少女がいないか捜索している。
「あ……えっと、ごめんなさい。分からないんです。僕の場合は近付いてくるバーテックスから感じる強いものだけなので……。戦闘中のゆうちゃんや久美子さんなら気配を感じたりはできるんですけど……ルリちゃんでは……」
迷子の子供はルリという名前らしい。その少女やそもそもバーテックスと戦う力を持っていない人たちの気配というのはとても微弱で感じ取るのは難しいようだ。
(ふうん……そんなもんなんだ)
"見聞色の勇気"について雪花は完全に話を理解した訳ではないが、どうやら気配にも強弱というものが存在しているようだ。
バーテックスや友奈、久美子の感じる気配は一段と強いらしい。だとすると勇者である高嶋友奈はともかく、烏丸久美子は少し異常な気がする。
「ルリちゃああああん!!! いたら返事してー‼︎」
声を上げて呼びかける。
……すると。
「……おねえちゃん?」
「――ッ‼︎ 今の声!」
微かだが少女の声が聞こえた。茉莉の反応から察するに探していた少女本人だ。
「今声がしたのは……あっ、いたっ」
木から木へ飛び移っていくと、木の根元に座っている少女を見つけた。
「こっち! いましたよー!」
茉莉は一目散にそこへ駆けつけてルリという少女を抱きしめた。
「ルリちゃん!」
「おねえちゃん!」
「はぁ……はぁ……良かったあ〜」
安堵により緊張の糸が切れたのかそのまま座り込む。
「一体どうしたの? こんな薄暗い森の中で。お母さんがすっごく心配してたんだよ」
「ごめんなさい。……えっとね、リスさんがいたの?」
「リス?」
「うん。どんぐりもってて、かけていったから、あとおいかけたの。そしたらここで……足くじいちゃって……」
茉莉が少女の靴を脱がせて足首を見る。赤く腫れている訳でも青くなっている訳でもないので見た目の外傷は見受けられない。
「そうだったんだ。不安だったよね? 怖かったよね? ……見つかって……本当に……うっ、うう」
茉莉の目には涙が滲んでいた。雪花も安心してほっとため息をつく。
森の中で遊んでいて足を滑らせたなどいくらでも起こりうる。今回はリスを追いかけ森に入ってしまい、そこで足を挫いてしまっただけで済んでいたが、少女を発見できたのは本当に運が良かった。
森で迷子になる事や海で遭難してしまうといった事故はバーテックス襲来前にも数多くあった。
「さてと。いつまでもここにいても何ですので、彼女……ルリちゃんでしたっけ? 連れて歌野たちと合流しましょう」
雪花は茉莉の肩を軽く叩いて二人を立ち上がらせる。早く歌野たちやこの少女のお母さんに会わせて安心させてあげよう。
「はい、そうですね。……じゃあ帰ろっか。お母さんが待ってるよ」
「うんっ。ありがとう、おねえちゃん! それと眼鏡のお姉ちゃんもねっ」
「はいはーい。それ程でもないですよー」
雪花が抱きかかえ三人で森の出口へ向かう。駆け足で行く中、茉莉は昔にも似たような事があったことを伝えた。
「ルリちゃんはね。前にも抜け出した事があったんですけど、その時はお家に帰りたかったんです。……でもお母さんの元に帰ってそこが一番安心できるところだって分かってくれて、今は仲良く
「そうなんですねー」
雪花はそう相槌を返したが、心の中では
……茉莉の"見聞色"と友奈の勇者の力、そして久美子の"武装色"。そのおかげでバーテックスを撃退しているといっても四国へ避難した方が安全な筈だ。
久美子から聞いた話では、久美子の教授たちは無事四国へ避難する事が出来ていた。
(じゃあなんでいつまでもここに居座ってるんだー?)
雪花は当人のうちのひとりに気取られないように、疑いの視線を向けていた。
「――雪花! 聞いたわ! 例のリトルガールは見つけだしたって!」
少女ルリを母親の元へ届けた後、歌野たちに知らせた。
母親とルリは再会の喜びで暫し抱き合い涙を流していた。そして雪花と茉莉に何度も何度も頭を下げ、これでもかという程に感謝の意を伝え、帰っていった。
「ガキは見つかったみたいだな。良かったぜ……ホントになァ」
黒シャツの男も捜索から戻り、事の顛末を聞いて安堵する。
「欲を言えばよ、俺が見つけ出せたらって思ってたんだけどな。……いや早く見つかるに越した事は無ェんだけどよ」
「そういえばおにいさんは一番に探しに出ましたよね」
男は空き家方面を探していたらしい。行方不明の話を聞いてから即座に動いたその行動に、戻ってきた友奈は微笑み、食堂にいた久美子は何故かニヤニヤしていた。
「ま、俺の"償い"……でもあるしな……」
「償い? ……どういう事ですか?」
水都や歌野たちの疑問に頭を掻きながら不意に視線をそらす。
そして自分の声が聞こえる範囲に久美子たち三人がいないところまで歩きだす。
「……お前ら確か、友奈と茉莉を仲間に加えたいって言ってたよな?」
「ええそうですっ。二人を是非、我が
男は歌野の熱意を聞き、腕を組んで少しだけ考えたあと、話し出した。
「……今日出会ったお前らなら話してもいいかもしれねェな」
「……?」
「久美子……の姉貴をはじめ、友奈や茉莉。そして俺ら全員が
「それ……私も知りたいですねー」
この場にいるのは男を除けば歌野、水都、雪花の三人。水都と雪花も歌野の意見に反論はない。なので友奈と茉莉を引き入れるため、二人が奈良に拘っている理由を知っておきたい。
――なぜ、彼女たちはここに繋ぎ止められているのか。
――なぜ、彼女たちはここに縛り付けられるのか。
――なぜ、彼女たちはそれを望んでしまったのか。
「聞きたくなくなったら耳を塞ぐか、ここから離れてもいいぜ。なんせ胸糞悪い話も混じってるからなァ」
そうして男は語りはじめた。
「そしてこれはある意味、
……三年前のあの日から始まった、四国への逃避行とその中で起こった苦々しい思い出を。
――西暦2015年7月30日。烏丸久美子が高嶋友奈、横手茉莉、そして黒シャツを着た男と出会ったのは奈良県御所市内のスーパーマーケットだった。
スーパーに立て篭っている彼らを襲いに来たバケモノを、あとからやってきた友奈が撃退した事が始まりだ。
聞けばこの時から友奈はバケモノを倒す力を持っていた。
そして茉莉はそのバケモノの位置が分かる力を持っていた。
聞くところによると、あの日友奈は神社に御供えされていた"ニンジン"を勝手に食べた。
罰当たりなのは分かっていたが当時の友奈もなぜ御供えされていたニンジンを食べたのか説明出来なかった。
すると、彼女の体にバーテックスを倒す力が宿ったという。まず間違い無く、そのニンジンは"勇者の野菜"だったのだ。
「茉莉に関してだが……久美子の姉貴に聞いた話じゃ、親を目の前であのバケモノに殺されたらしくてな。その精神的ショックのせいでバケモノの居場所が分かるレーダーっていうか、センサーみたいな力を手に入れたらしい」
「そう……だったんですか。それはさぞかし辛かった……ですよね」
水都も心を痛める。そしてチラッと雪花へ視線を送る。
水都の父親もバーテックスによって殺されたがあくまで母親から聞いたものだ。実際に目の前で殺されたであろう雪花や茉莉の胸中は察するに余り有る。
「そしてスーパーを出たあとでな。久美子の姉貴が運転するマイクロバスに生き残りを乗っけて四国を目指す事にしたんだ」
あの場所にいた人数は二十人に満たなかったが、バス内の席はギリギリだった。しかも当時はお年寄りや子供。怪我で座れず仕方なく二人分の席を使って寝かせている人もいた。
そして全員が全員、一刻も早く安全な可能性が一番高い四国へ行くことを望んだ。
「……ところがよ。茉莉はな、バーテックスの気配がするって言って遠回りばっかすんだよ。普通は奈良から
その道中でバーテックスが現れたとしても勇者の野菜の能力者となった友奈の力で突破出来るはずだ。
男たちバスの乗客たちはそう思っていた。
……しかし茉莉は怪我をしている友奈の体を労わってバーテックスの気配を感じると、久美子に地図で大体の位置を教えて遠回りさせた。
そのせいで最短で数時間で済むはずのこの旅は一日、二日とかかる事になった。
――それが黒シャツの男には耐えられなかったのだ。
「だから俺はこの逃避行の中で得た、一応の信頼を利用して茉莉のやつに思い知らせてやろうとしたんだ。例え非道な手段を用いたとしてもな……」
バーテックスの恐怖により、次第に精神が病んでいくバスの乗客が増えていく中で、男は行動に移す。
一刻も早く四国へ避難するために――。
その障害となっている
次の回から本格的に過去編に突入します。そして結構辛い描写が入ってきます。
ですので苦手な方は作中の白鳥さんみたく、寝てスキップするのもアリかと。
次回 烏丸久美子は縛り付けた