前回のあらすじ
行方不明だった少女の捜索は雪花と茉莉が発見した事により難なく終える。
茉莉との会話の中で、なぜ彼女たちは大社支部が存在しない奈良に留まり続けているのか雪花は疑問に感じていた。
そしてその理由を黒シャツの男から聞かされる事になる。あの日起こった出来事と共に。
久美子たちが行くマイクロバスは兵庫県に入った。現在は茉莉の指示に従い田畑が多い道を走り続けている。
「……すみません久美子さん。この先のトンネルであの白いお化けの気配がします。引き返して別の道をお願いできませんか?」
運転席に来た茉莉が久美子へ提案する。これで何度目のUターンだろうか。いっこうに四国へ渡る目処が立たない。
「そうか。……なら仕方ないな」
バスを止め、バックしながらハンドルを切りもと来た道を引き返した。
「おいっ! おいおいおい、何やってんだよアンタ!」
すると黒シャツを着た男もまたこちらへ近付いて来た。
茉莉の横を通る際に体をわざとらしく彼女の肩にぶつけ運転席に身を乗り出す。
「何でまた引き返すんだよ⁉︎ なァ⁉︎ もういい加減にしてくれよ! さっきからチンタラチンタラ走って止まって引き返してよォ」
「この先に例のバケモノが居るんだと」
「あァん? 見てもねェのに適当言うなよッ!」
「
右手はハンドルを握ったまま左手の親指を茉莉へ向ける。それを見て黒シャツは茉莉を射殺すように睨んだ。
「その話は何回も聞いたがよ。このガキの言ってる事は"なんとなく"なんだろッ⁉︎ 本当にいるかどうかわからねェじゃねェかッ」
喧しい怒号に久美子は眉を顰める。一部のバスの乗客たちも疑いの目を茉莉に向け、陰口をたたく。
まるでイライラしている黒シャツ男の感情が周りに伝染しているようだった。
「私もよく分からん……が茉莉の指示は今のところ合ってるんだ。なら今はこいつの不可思議な勘を頼るしかない。バスのやつらもだいぶ参っているしな」
「チッ……」
男は舌打ちして席に戻る。
確かに、今に至るまでバケモノと交戦回数が少ないのは茉莉の指示のおかげだった。
茉莉が引き返すよう指示すればバケモノとは遭遇しなかったし、茉莉が接敵は回避出来そうにない、と言えばその通りにバケモノと遭遇してその都度友奈が討伐していった。
そしてバケモノと交戦するにつれ乗客たちは怯え、カーテンを閉め切りよっぽどの事が無い限りバスから出る事を拒む。
中にはずっと俯いたままで視界を上げる事すら嫌がる者もいた。
バスを再度走らせて30分が経過する。
「すみません。その……次の角を左でお願いします」
茉莉の指示で進行方向を変え、そこから1時間走らせる。
「その橋は駄目みたいです。……引き返して別の道を行きましょう」
……さらに1時間が経った。
「久美子さん……その先は、あの……危険なので迂回を……」
……そのすぐ10分後。
「あっ……そっちは駄目です。……次の角を左へ」
久美子は首を横に振る。
「それは無理だ。さっきチラッと見たがその先は建物が崩落して道を塞いでいた」
「あ……では、戻ってから……」
「まさかまた遠回りする気かよ⁉︎」
荒々しく声を上げまた運転席に男がやってきた。
「行きたかった道が無理な以上、引き返して迂回するしかないな」
「はい……すみませ――うッ⁉︎」
業を煮やした男が茉莉の胸ぐらを掴んで引っ張り上げた。
「なァ遊んでんじゃねェんだぞ⁉︎」
「わ……わかってます……。でも……」
「でもじゃねェ。この際、バケモノはあの赤い髪のガキに任せて意地でも四国へ行け‼︎」
「駄目……です。ゆうちゃんはあの白いのと戦って怪我をしました。……だから、なるべく……戦いは避けたいんです」
バケモノを倒す力が友奈しかいない以上、彼女は必ずみんなの為に拳を振るう。しかし、バケモノと戦えば戦う程に友奈自身も疲弊し怪我を負っていた。
それでも誰かが望めば友奈はまた戦いに赴くだろう。茉莉は傷付き消耗していく友奈を見るのが辛かった。
「ゆうちゃんだって怪我をするんです。……身体も集中力も、とうに限界がきてもおかしくないのに。今だってなるべく体力を回復させてほしいから無理言って休ませてるんです」
「んな事関係ねェだろッ。叩き起こしてやる!」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、寝ている友奈の元へ行こうとする男の腕を掴んで止めようとする。
「やめてくださいっ」
「俺たちだって限界なんだ! あのガキをバケモノにぶつけさせろ」
「ゆうちゃんがいくら強くても、戦えばまた怪我を負います。恥ずかしく無いんですか⁉︎ あんな小さな子供を戦わせてっ。危険な目に合わせて!」
「……ッ。てんめェ」
男は今にも殴りかかりそうな勢いだった。
「おい、黒シャツのお前」
「……あ?」
二人の言い争いに見かねたのか、久美子が運転席から立ち上がり仲裁に入る。
「車内で暴れるつもりなら降りてもらうぞ。友奈が戦うかどうかなんて話はどうでもいいが。バスで移動している以上、その進行ルートの決定権は運転手の私にある。そして次がバケモノの位置を察知できる茉莉なんだよ。初めからお前の意見なんざ聞いちゃいない。保護されているだけのお前が私たちに何かを強制する事は出来ないと理解しておけ」
久美子はそれだけ言うと、運転席に戻りバスを走らせた。
「……クソッ」
言いくるめられた男は渋々元の席に戻った。
バスはまたしんと静まりかえる。乗客たちも心身共に弱り果てており誰も今のやり取りについて口を挟む者はいない。
友奈は茉莉と黒シャツの男との言い争い時も起きる事は無かったので恐らく相当疲れが溜まっているのだろう。
「あ、あの……ありがとうございます」
「礼なんぞいらん。勘違いしている奴に当たり前の事実を言っただけだ」
茉莉は頭を下げてお礼を口にしたが久美子は構う事なく運転を続ける……のだが、
「……フッハハッ」
何故か小さく笑っていた。
――バスを走らせ続け数時間が経過した。途中、何度か休憩を挟んだがバスが停車している間もバケモノの襲撃は無かった。おかげで友奈はあれからぐっすりと眠っているし、茉莉も少しだけ仮眠が取れた。
(このまま戦う事もなく四国に着いたらいいなぁ……)
そんな呑気な事を考えながらもう何度目かの眠気を我慢しながらバスに揺られている。
また少し仮眠を取ろうとしたその時、バスが停止した事に気付いた。
「……? どうしたんですか、久美子さん」
「ちょっと待ってろ」
そう言って久美子はバスの外へ降りた。
茉莉は休憩に入ったのかと思ったが先程休憩に入ったばかりだった事を思い出した。
運転席を見るとガソリンの燃料も半分くらいは残っている。ここがどこかは分からないが四国へ行くには少し心許ない。
(給油するのかな……?)
久美子に続いてバスを降りる。あたりは薄暗くなっていた。バス内はカーテンを閉め切っているので外の変化には全然気付かなかった。
そしてその目に映りこんだのは……。
「あぁ……良かった」「助かった……」「おいアンタっ。助けに来てくれたんだろ? 乗せてくれよ!」
数人の大人たちが立っていた。大人たちの身なりはボロボロで必死に久美子に懇願している。
「えっ……久美子さん。これ……は?」
「なんだ、降りてきたのか。待ってろって言ったろ」
茉莉は彼らの様子からある答えに辿り着く。
「まさか……生き残った人たち、ですか?」
「ああそうだ。あのバケモノが現れた日から何人かを失いながらも今日まで逃げ延びてきたんだろうな」
「じゃあ彼らを乗せて四国へ…………」
そう言いかけて途中で止まる。今、バス内の席は埋まっている。いや、正直な話足りないくらいだ。
理由は横になっている怪我人が数人程度いるから。さらにはあのバケモノの影響で塞ぎ込んでいる人や、気分が悪くなった人が寝かせられている。
茉莉や友奈など比較的健康な人間は眠る時以外はバスの中で立っている。または床に座っているのだ。
「……どうする? 茉莉」
彼女の心を読んだのか、久美子から意見を求められる。
「そ……そうですね、ここにいる皆さんには苦労をかけますけど、席がないので床に座っていただくか……」
「いや、彼らだけじゃない。少し先に怪我人がいるらしい」
「えっ……そんなっ」
今、二人の目の前にいるのは
「それでは流石にキツイだろう? 今のバス内でも限界なんだ」
茉莉の頬を一筋の汗が伝う。
「さてどうする、茉莉? 全員を乗せるとバスはスシ詰になる。そうなると後々面倒な事になる。……デメリットだらけのまま爆弾を抱えて四国へ行くか。……見捨てて行くか」
「……‼︎ それは嫌です!」
「ならばどうするか。お前が考え、お前が決めろ。私はそれに従うだけだ」
「な……なんで久美子さんはボクなんかに意見を求めるんですか?」
「この者たち全員を安全に四国へ運べるのはお前次第だからだ。だからお前が
そう言って久美子はポケットからタバコのケースを取り出して茉莉にチラつかせるとどこかへ歩き出した。
タバコを吸う場所へ移動したのだろう。
そしてその時、横顔から覗いた久美子の口角は少し上がっていた。
(……まただ。久美子さんはこういう時、何故か笑う)
言葉では言い表せない不安が茉莉の胸に募っていた。
バス外の人たちはとりあえずここに待機している。久美子と茉莉の会話からバス内の状況を少しは理解しているようで、無理矢理乗り込んではこない。
ただ、それは今だけの話であって、最終的には彼らは否が応でも乗り込んでくるだろう。今この時もこちらとバスとを注視している。もし彼らを見捨てて行こうものなら力づくでも割り込んでやる、という雰囲気が感じ取れる。
「…………」
茉莉は彼らに背を向けて一旦バスの中へ入ろうとする。
…………しかし。
「あっ……」
目の前にはバスから降りてきた黒シャツ男の姿があった。また、その背後には何人かの大人たちがいる。
茉莉の中の不安は抑えきれない程に膨れ上がっていく。
「今の話、聞いていたん……ですか?」
「ちょっと話がある。こっちに来い」
茉莉の問いには答えず首で方向を促す。
「あっ……は、はい……」
そう答えてしまい、男のうしろをついていく。
……それが間違いであったと気付いた時には遅かった。いや、拒否したとしても無駄だという事も薄々分かっていた。
茉莉はただ、穏便に話が済む事を願うばかりだった……。
次の話は凄惨な描写がありますのでご注意ください。
次回 絡み合う三つの糸