※今回の話は原作よりも凄惨な描写が見受けられます。閲覧していくにあたって気分が悪くなった場合は、画面を閉じて涼しい場所での休憩を薦めます。
前回のあらすじ
三年前のあの日から、四国へ避難しようとしている横手茉莉。高嶋友奈。烏丸久美子。その他の者たち。しかし道中は困難を極めており様々な障害が立ちはだかる。そしてバスの中でも特に彼女たちと諍いを起こしていた黒シャツ男がとある行動にうつる。
茉莉はどんどんバスから離れた場所へ歩かされる。
「もう少し先だ。とっとと歩け」
黒シャツの男とその取り巻き。そして他の大人たちを交えて七人で茉莉を取り囲む。
「なあっ、お前らに意見を聞きたい」
バスから30メートル程離れた木陰で茉莉を含む全員に話し始める。
「俺たちは今、窮地に立たされている! バスの奴らは全員もう限界だ。怪我をしている人や体調を崩している人がいるし、食糧だって尽きるのも時間の問題だ。そして……さらにだぞ⁉︎ ここで生き残りを見つけやがった! 聞けば動けない奴を含めて十人はいるらしい。……そいつらには悪いが俺は見捨てて四国に行くべきだと思っている!」
「……⁉︎」
黒シャツの男からの提案に茉莉の表情は固まる。思いたく無かった状況に事が運んでいくのが分かった。
「白いバケモノと戦える高嶋友奈ってガキは一刻も早い四国への避難を望んでた。運転手の女も明確には反対せず、こいつの言うルートを通ってる。つまりこいつさえ賛成すれば多少危険でも高嶋友奈を使って俺たちは
その提案に周りの男たちは口々に呟く。
「そうだ……俺たちはもう余裕がねぇんだ」「あんたの言う通りだ」「いつまでこんな地獄の中を彷徨い続けんだよ」「しかもさらに人数が増えるだと?」
「――その人たちには悪いけど……俺たちの他にまた誰か来るだろ。そいつらに助けてもらえば良くね?」
取り巻きのひとりがそう言うと、みんな賛同する。
「そうだなァ。決まりだ! …………お前も、それでいいよなァ?」
黒シャツの男がぐんっと茉莉に近付いてきた。
茉莉は体を強張らせ声も震えながら……。
「い……嫌です。あの人たちも……連れて四国へ行きます」
そう答えた。……いや、そう答えてしまった。
……それがどんな惨状をもたらすのか薄々気付いていながら。
「助けなんて……来ない、です。……あの人たちにとってはボクたちが最後の頼みの綱で――っぅう!?」
そのとき下腹部に激痛が走り、耐えられず地面に両膝をつく。
黒シャツの男が膝蹴りを放ったのに気付いたのはその数秒あとだった。
「……ぅ……ど、どうして」
「みんな……これがこいつの答えだぞ。こいつはみんなで一緒に朽ち果てようつってんだ」
「いや……そうは……言ってま――」
「そうだろうがッ‼︎」
右足の蹴りが茉莉の側頭部に直撃して地面に倒した。
「ぅああッ‼︎」
「お前らも手伝え。こいつは今の状況が分かってないらしい。……なぁに
その合図で取り巻きの男たちも這いつくばっている茉莉を踏み付け始めた。
「――ッ⁉︎ ――ぁが! ――ぐえっ! ――うぐ」
残りの面々は万が一、茉莉が逃げ出さないように間隔を空けて逃げ道を塞ぐ。
「やめてください……やめ――」
「やめてほしかったら従え! あいつらを見捨てると!
背中や腹部を何度も足蹴りにされながら茉莉は男の意見を拒絶する。
「い……嫌です。見捨てるなんて……出来ませんし……ゆうちゃんは、"戦え"と言われたら……本当にボロボロになるまで戦ってしまいます……。そんなの嫌です……」
「……そうかそうか。まだ仕置きが足りねェみてェだな」
男は仰向けで倒れている茉莉に馬乗りになった。
そして左手で茉莉の口を無理矢理開けさせた。
「あガッ――」
右手で地面の砂利を鷲掴みにして、それをそのまま
「うぉごッ⁉︎ ンン――ッ‼︎」
口の中で泥や小石が充満し、それが唾液と混ざって壮絶な吐き気を催す。
さらにその状態から男は茉莉に向かって――。
ドカッ! ドゴッ! バキッ!
両頬をひたすら殴り付けた。
「ごほっごほっ……ごぽごぽっ」
口の中に詰め込まれた小石の角張った部分が口内を削り始め、歯茎に刺さり舌を傷付ける。
そして明らかに砂利とは別の……鉄の味が口内を駆けめぐる。
「おら――ッッよ!」
黒シャツの男は立ち上がり、茉莉の髪を引っ張って振り下ろし顔を地面に叩きつける。
「――ッ!? ……うっ…………ぷっ」
飲み込む事の出来なかったものをついに吐き出してしまった。
「……っ。ぐっ……。ぅ! うえええええええっ」
べちゃべちゃべちゃっと、地面に散らばったソレは泥と小石の固形物と唾液と赤色の液体とが混合され、さながらいちごジャムのように見えた。
親が殺されてから血を見る事をトラウマとする茉莉は吐き出したソレを見て一層パニックに陥る。
「……さて、と。もう一度聞くぞ? 俺たちの"頼み"……聞いてくれるよな?」
口の中の痛みが尋常では無い。息苦しさから解放されたばかりという事もあり、まともに喋る事すら不可能だった。
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……。ウウッ……オエッ!」
その反応を、男は『NO』と受け取った。そもそも口を攻撃した時点で答えられなくなるのを分かっていた筈だ。
(なんで……こんな目に……っ)
「なんだよオイ。強情な奴だなァ」
黒シャツの男の取り巻き以外は、この状況に若干の恐れを抱き佇んでいた。
「おい、こいつの手足を抑えとけ」
取り巻きの男に指示を出す。その指示に嫌がる素振りも見せず、取り巻きの男たちは両手と両足を押さえつけた。
「今からこいつの服を脱がす。ひん剥かれて更なる恥辱を味わいたくなかったら早いとこ観念して俺たちの言うとおりに従え」
「……ッ!?」
茉莉は驚愕のあまり心臓がはねるのを感じた。
「……めて、やめてください。……やめ――」
痛みに耐えながら発したか細い声は呆気なく無視される。
取り巻きの男たちも若干、恐怖を感じていたのだ。茉莉へのこの非道な行いを。
その飛び火を食らうのが嫌なのか、今はただ何も考えず黒シャツ男の指示に従う。
子供の力では振り解く事など出来ず、抵抗できないままボタンを外され、服やスカートをたくし上げられていく。
「いやあああああ! やめてえええええええ‼︎」
必死で体を捩るが動けない。
スカートを剥ぎ取られ、黒シャツ男の手が下着にかかる――。
「あっあ……ぁぁあああああああああ!!!」
絶望の境地に立たされ、溢れ出る涙は悲痛な叫びと共に止まる事を知らない。
「お願いっやめ――ッぐえ!」
「だったら言えよッ!!! わっかんねェのか!?」
下着を脱がそうとした手はそのまま上半身をのぼって茉莉の首に手をかけた。
「それぐらい俺たちは必死なんだよ! それでもてめェはしらばっくれるのか!?」
「……っ。うう」
「キツイよなァ? つれェよなァ? 苦しいだろうなァ? ……だがお前が"傷付きました"つって被害者ヅラすんのはおかしいだろッ?」
首から手を離す。バスのある方向を指差して男は今一度この状況を説明する。目の前の
「お前はバスの奴らを鑑みた事があんのかァ? あいつらは今、お前以上に苦しんでる。つれェ思いをしてる。それもずっとだ。……てめェは気付いてたか? この旅が長引けば長引くほど、バケモノに遭遇すればするほどに精神が侵されていく奴らが増えてきている事を」
それは茉莉自身も気付いていた。カーテンを閉め切り外に出るのを嫌がるのも、バケモノの脅威に晒されてきたから。
あのバケモノは人間に"脅威"以上の恐怖心を齎している。
精神に異常をきたす者が次々と増えてくる。そんな人たちがこの旅を続けていく事は困難だった。
ならばこの地獄から脱出する一番の方法は、安全だと思われる"四国へ早く避難すること"。
……しかし、その四国への道を長引かせているのは他ならぬ茉莉だった。
「てめェは高嶋友奈ってガキの事ばかり気遣ってたよなァ? 怪我を負うから。疲れるから。……死んじまうかもしれねェからってよォ」
「あっ……そ、それは……」
「他の奴らなんて全然気にしてねェんだろ? あくまで自分とあのガキだけ無事だったなら他はどうなってもいいんだろォ⁉︎」
「ち、違います……っ。ボクは、そんな、つもりじゃあ……」
「だったら無理にでも進められた筈だ! バケモノと戦う事をあいつは嫌がらねェ。むしろ率先して倒してくれる。……てめェはその気持ちに応えるべきだったんだ」
「あ……あぁ……」
茉莉の表情は更に暗くなる。それは暴力という苦痛を受けていた時よりも深く、そして酷く心を抉る。
「暴力を振るってた俺たちがクズだと思ったか? さも外道だと思ったか? 自分のやってる事を棚に上げて? "ああ、自分はなんて優しいんだろ。高嶋友奈の事を気遣えて。生き残りの奴らを拾ってみんなで安全に四国へ行こう。まるで聖人君子じゃないか"ってか」
「……っ⁉︎」
「"直接的な傷"さえ与えなければ綺麗なまま? 心は清純? ……勝手な言い分だ、笑えるぜ」
パキッ――。
茉莉の胸の中にあるものが、音を立ててひび割れた。
「もう意地を張るのはやめろ。虚しくなるだけだ」
茉莉は地面に仰向けになったまま半ば放心状態となっていた。
(そっか……。ボクが……悪かったんだ)
体の感覚が無くなっていく。目は虚のまま虚空を見る。
(ゆうちゃんが怪我するのが嫌で……バスの人たちが苦しんでいるのが嫌で……だから何とかしようって思ってたのに)
バケモノの位置が分かる茉莉だからこそより安全な、誰も傷付かず平坦な道のりで四国へいこうと考えていた。
しかし、初めからそんな道のりなど無かったのだ。結局茉莉が取った行動は、ジリジリと消耗させただけ。
(全部、無駄だったんだ。じゃあもう、いいか……。ボクなんて……)
自分のやっている事の愚かさを呪う。黒シャツ男の言うとおりだ。危険な道を渡らずに得られるものなど無かったのだ。
(もう……どうでもいいや)
黒シャツの男の言い分が正しければ、茉莉は友奈一人を気遣うために他の乗客を苦しませていた事になる。
しかもそれは友奈自身が望んだ事ではない。茉莉が
(最低だよ……ボク。みんなを苦しませていたんだ。ゆうちゃんの為だとか綺麗事並べて……。一番穢れていた"クズ"はボクだったんだ……)
そしてドス黒い思考に閉ざされた中、ようやく結論に辿り着いた。
(じゃあ……これからは…………)
「――随分と愉しそうな事をやってるじゃないか?」
その声を聞き、茉莉の眼に僅かな生気が宿る。
「久美子……さん?」
「あ? 今いそが――ぐほォ⁉︎」
振り返った黒シャツの男の腹を蹴り上げて数メートルふっ飛ばした。
「私も混ぜてくれないか? なあ!」
久美子は押さえ付けていた取り巻きたちを回し蹴りで文字通り一蹴する。
そして立ち尽くしている者たちを睨むと、彼らは簡単に臆した。
「お前らはどうせ、この黒シャツ男に食べ物や飲み物を分けてやるって言われて協力したってクチだろう? 茉莉に暴力を振るう気が無いなら今すぐ戻れ!」
久美子の威圧に屈し、立ち尽くしていた者たちは逃げるようにバスへと戻った。
「取り巻きの奴らはさっきの蹴りでノビているし……あとはお前だな」
黒シャツの男は仰向けで立ち上がらずにいたが意識はあった。
「……ッ! な、なんだってんだよ⁉︎」
「何って、混ぜてくれって言ったろう? 私も愉しみたいからな」
そう言って久美子は右足を上げて、男の股目掛けて振り下ろした。
「
「ぐぎゃァァァアアア!?」
踵落としを食らった男はあまりの痛みにのたうち回る。間髪入れず、襟元を掴んで引き摺りながら付近に停めてあったオープンカーに放り込んだ。
「これは好都合だな。こんなところにオープンカーがあるなんてな。……じゃあドライブデートでもしようか」
そして久美子も乗り込んでエンジンをかけた。
「あの……久美子さん?」
「茉莉。お前は戻って医者の奴から手当てを受けろ。私はこの男を"処理"してくる」
「えっ……処理って、え?」
「それとさっさと服を着ろ。そんな見窄らしい醜態をこれ以上晒すなよ? じゃあな」
久美子は車を走らせ、二人ともすぐに見えなくなった。
「…………」
茉莉は久美子の意図がまったく読めないまま動けずにいた。
ただ、決して良くない事が起こるのだろうという一抹の不安があった。
「……茉莉さん?」
するとそこへ友奈がやってきた。先程の騒ぎで起き上がりバスを降りて来たのだ。
「どうしたんですか⁉︎ その怪我!」
「そ……それは後でいいから……あのねっゆうちゃん――」
――久美子は猛スピードで車を走らせ声を上げて笑っていた。
「フッハッハッハッハ! 見つけたぞ!」
遠くに白いバケモノの姿が見えた。相手はすぐに気付いたのか、すぐにこちらへ飛んできた。
「おい見ろ黒シャツ。今日のゲストだっ」
「えっ……うわっ! ひいいい!?」
その姿を見た瞬間、男が震え上がり半ばパニック状態に陥る。
「は……早く車を出せッ‼︎」
「まだだ! 充分に引きつけてからの方が面白い」
「おい、早く……」
「やめろっ、離せって――あっ」
胸ぐらを掴んできたのでドンっと男を突き飛ばした。
「……え」
力が強かったのか、男は車の外に投げ出された。
「あーしまったー。オープンカーだしな。シートベルトもしてなかったんで、つい車外に投げ飛ばしてしまったなー」
冷めた口調で悪びれるつもりもなく、久美子は横目で一瞥して車を走らせた。
「――さようなら」
投げ出された男へバケモノが接近する。
「う……うわあああああああ!? 助けてくれえええええええええ!!!」
男の断末魔をBGM代わりに久美子はバックミラー越しに笑いながら喰われる様を鑑賞する。
…………筈だったのだが。
「うおおおおお! 勇者ぁああ、キィィーーーッック‼︎」
男を喰らう寸前でバケモノは友奈に蹴り飛ばされた。
「……あ?」
久美子はブレーキを踏んで引き返した。
黒シャツの元に戻った時には、バケモノは友奈の手によって仕留められたあとだった。
「いったたた〜。あ、大丈夫ですか⁉︎」
「う……うう……あああ」
すっかり怯えてしまいまともに返答してこなかった。
「何故その男を助けた?」
男の肩に手をかけて宥めている友奈に問う。
「……この人が助けを求めていたからです」
確かに男は"助けてくれ"と大声で叫んでいた。車で走り去る久美子にもしっかりと無様に聞こえていた。
「……それだけか?」
「誰かを助けるのにそれ以上の理由はいりません!」
きっぱりと友奈は言い切った。
「お前はそいつが何をしたか知っているのか? さっきまで茉莉に何をやっていたかを」
「なんとなくしか知りません。……茉莉さんの状態を見てもしかして……ぐらいです」
「茉莉のその怪我が何よりの答えだ。その怪我の原因がこいつだぞ。助ける理由なんてあるのか?」
「ありますっ」
友奈は背中をさすり続け、優しく微笑んでいた。
それを見て久美子は眉を顰める。
「その人がどんなに悪い事をしていたとしとも……直前に誰かを傷付けていたとしても……『助けて』って言われたら助けるに決まってるじゃないですかっ」
そのあまりにも真っ直ぐな視線は、思わず目を逸らしたくなる。
「だって、
(……
高嶋友奈について理解出来ない部分があったが、この時ほどに理解に苦しむ事はない。
茉莉を傷付けた張本人だと薄々分かっていながらここまで全速力で走ってきて助け出したのだ。
「その男は集団の和を乱していた。同行していく中でお前も分かっていた筈だ。今、こいつを消しておかなければ更なる害悪となって私たちに降り注ぐぞ?」
「そうなったら私が止めます! こんなやり方ではなく!」
「それはなぜだ? 消した方が手っ取り早いぞ」
「この世界にいなくなって良い人なんてひとりもいませんよ! それが悪い人だったとしてもっ。悪い事をするのなら私がこの力で止めます。……でも決して死なせてダメです!
(悪い奴を更生させるために力を振るう? 何を言ってるんだ。お前の力はバケモノを倒すためのものに過ぎないだろう……)
最優先なのは四国へ避難。それ以外の余計な事に労力を使う暇などない筈なのだ。
事実、茉莉は友奈が力を振るって怪我をするのが嫌でこんな目に合ったのだから。
(フッハハハッ。茉莉……お前の努力は何ひとつ、こいつの為になってないじゃないかっ)
口には出さず密かに彼女に同情する。いや、たとえ口にしたとしても友奈には理解出来ないだろう。
「おい、友奈。これだけは言っておくぞ。……お前は近い将来、必ず不幸になる。その無駄な正義感のせいでな」
「無駄なんかにはさせません。私はみんなの為に頑張ってみせます。そしてそれは最後に必ず……意味のあるものになる筈です!」
久美子の忠告も意味をなさない回答だった。
そしてそれを聞いた久美子は……。
「クッ……ククク…………」
「久美子さん?」
「クフッ! フッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
盛大に笑い出した。
茉莉の気遣いも。黒シャツの正論も。友奈の正義感も。その全てを嘲笑った。
「ハッハッハッ。意味? そんなものに価値は無い。……私たちの旅はここで終わりなんだからな。そう、終わりなんだよ!」
「な、何を言って……」
久美子の口は耳元まで吊り上がり、悍ましいと表現する程の不敵な笑みを浮かべ言い放った。
「聞けッ友奈! そして黒シャツ! あのバスは……私たちは永遠に四国へは辿り着かない‼︎ 私がそれを許さない! お前たちをっ、決して"安全地帯"なんぞに行かせてたまるかッ!!!」
次で過去編を終わりにしたいです。彼女たちが奈良に留まっている理由について明らかにしましょうか。
次回 高嶋友奈は望んでしまった