もう終わりだ、終わりにしよう。こんな意味の無い旅なんて。
前回のあらすじ
四国への長い旅の中、危機感を抱いた男たちは茉莉に暴行を加えるが、彼らを久美子が一蹴する。しかし久美子自身にも何か思惑があるようで……⁉︎
久美子の恐怖すら感じるその笑い声は夜風と共に吹き荒れ友奈を飲み込む。
「な……何を言っているんですか?」
「何を言っている、はこちらの台詞だ。友奈、お前は自分の言動がどれほどの狂気を孕んでいるのか理解しているのか?」
「……?」
「助けを乞う者は誰其れ構わず助けるだと? 助けた奴がまた悪事を働いたらどうする? 殺人者を助けた挙句、さらに被害者が増えるケースを招くんだぞ?」
「そうなるのなら私がまた止めます!」
「おとなしく止まると思うか?」
「そ、それはっ、場合によっては痛い思いをさせてしまうかもしれません」
そう答えた友奈を鼻で笑った。
「自分で助けておきながら自分で倒すのなら世話ないな。……やはりお前のやっている事は異質だ。とても
久美子は友奈のその"異質"を前々から感じていた。彼女のような異常な力や思考を持つ者は日常を送る者たちの中では悪目立ちし、いずれ排斥されるだろう。
「お前は異常者だ、私なんぞよりもな。そのお前が幸せに生きられるのは
「わ、私の事はいいんです! 私よりバスの皆さんの方が大事なんです! だから教えてください! 四国に辿り着かないってどういう意味ですか⁉︎」
「さっきも言っただろう? お前は安全地帯には行かせられないんだ。だからバスの奴らはその巻き添えを食って貰う」
「だからなんでですか⁉︎」
友奈は声を荒げて問い詰める。それに対して久美子はあくまで冷静に受け答える。
「バケモノを倒すのがお前しかいないからだ。……今、私たちは偶然にも更なる生き残りを見つけてしまった。バスには入りきらない。そいつらか、そいつらの代わりになる奴らを置き去りにするしかない」
チラッと久美子は男を見る。おそらく彼女は黒シャツの男とその取り巻きを"代わり"にする事も視野に入れていたのだろう。
「さあ選べ友奈。ここで永遠に私たちを守りながら生きていくか。それとも一部の奴らを見捨てて四国へ行くか……」
友奈は顔を引き攣って回答に窮する。答えられる筈がない。簡単に答えが出せない事は友奈の性格上理解している。そして悩めば悩むほど時間はかかり、周りの不満を募らせていく。そうなるとまた、茉莉に起こったような出来事が次々と起きていく。
「それを……いちいち体を張って止めるというのか? 不可能だ」
「でも誰かを見捨てたら、見捨てられた人は黙ってません……」
俯きながらぐっと拳を握る友奈。
「そうだな。意地でも乗り込んでくるだろうな。……ならば当然、既に乗っている奴らとの争いになる」
「……っ」
争いが起こった場合、また友奈は体を張って止めるのだろう。どれだけボロボロになろうとも。
そしてその姿を茉莉は望まない。また茉莉は勝手に傷付く。
「そうやってまた同じことを繰り返す……。ジリ貧さ。だから友奈、お前はここで
「…………」
友奈は何も言えない。自分の行動の行く先を久美子に見通され否定された。
久美子は友奈に背を向けて車の方へと歩き出す。
「ああ、それとひとつ教えといてやる。私はずっと
「え……」
顔を上げた時に見た友奈のきょとんとした顔に、思わず吹き出しそうになる。
久美子は運転席に乗り込み、友奈もまた男に肩を貸したままゆっくりと後部座席に乗った。
「……う、うぐっ。うぁあ……」
「大丈夫。大丈夫です。私が守ります。だから安心してください。あなたの恐怖は私が取り除きます……」
走行中、友奈は絶えず怯えている黒シャツの男に優しい言葉をかけ続けた。少しでもトラウマを和らげるために。
「……これは黙っておこうと思ったんだがな」
久美子はそんな友奈へ話しかける。
「友奈、お前には話しておこう。茉莉にもあとで伝える。そうすれば納得してくれるだろう」
「……?」
そして久美子は語り出した。この逃避行の旅を終わらせる為の選択肢を友奈に選ばせる為に――。
――三人は茉莉の元へ戻ってきた。茉莉自身は外でずっと帰りを待ち続けていた。
「茉莉さん。戻りました」
「あ……うん……おかえり、ゆうちゃん」
茉莉は友奈と共に重い足取りで歩いている男に話しかける。
「それと……あなたも……無事、でしたか?」
「……ぁ?」
疲れきった顔と声で男は答える。茉莉は先程の件もあり、話しかけても決して男と目を合わそうとはしなかった。
「無事……じゃない、ですよね、やっぱり。ごめんなさい」
「……おい、ここでいい」
「え、あ……はい」
しゃがれた声で指示してきた男に従い、友奈はゆっくりと地面に座らせた。
茉莉は戻ってきた友奈が何故か弱々しくなっている事に疑問を抱いた。
「ゆうちゃん? 顔色が悪いよ?」
「う……ん。私はいいんです。それより、その……久美子さん」
おどおどしている友奈は久美子に視線を送る。
久美子は茉莉を見て少しだけ口角を上げた。
「おいお前たち、ひとつ尋ねたい事があるんだが……ここが一体どこなのか教えてくれないか?」
久美子は外にいた大人たちに質問する。
「どこか……って兵庫県じゃあないんですか?」
「……?」
それを茉莉が答える。それに対して大人たちは揃って首を傾げた。
そしてその中のひとりがこう答えた。
「――ここは、
「……えっ?」
そこで茉莉の思考は一瞬停止する。その様を見て久美子は口に手を当ててこらえていた。
「という訳だ」
「ど、どういう事ですか⁉︎ ちゃんと説明してくださいっ」
当然、茉莉は理解出来ていない。先程友奈に話した時も最初は理解出来ていなかった。
「そもそも私はな。最初から四国へ行こうとしてなかったんだよ」
「……っ⁉︎」
「お前らと出会い、バスを発進させてからずっと……な」
急に久美子から告げられた内容はとても飲み込めるものではなかった。
「待ってくださいっ。ここが奈良って……私は確かに兵庫県に入ったのを見ましたよ」
茉莉自身、ここがどこなのか分かっていないが、少なくとも兵庫県に入ったのは看板を見て知っていた。
「そうだな。茉莉に見せたな。……で? そのあとは?」
「そのあと……?」
「お前が、兵庫へ入ったのを見てから何時間経ったと思ってるんだ? その間、ここがどこか一度でも確認したか?」
記憶を辿る。確かに数時間前に一度、兵庫に入った事を確認したがそれ以降は一度してどこを走っているのか確認できなかった。
「分からなかっただろう? そして数時間もあればきた道を引き返して奈良に戻ることも充分可能なんだよ」
茉莉が……バス内の全員がこの場所がどこか確認できなかったのは、意図的に場所が分からない道を走っていたから。
「バス内はカーテンを閉め切っている。当然そのカーテンを開けて外の景色を見たい奴なんざひとりだっていやしなかった。それゆえ、誰もバスがどこを走っているかなんて分からなかったんだ。……ただひとり、
バケモノを恐れ、同時に外に出る事を恐れていた彼らは知る由もない。
そしてその事も久美子は分かっていた。
「一回は本当に兵庫県に入ったんだ。だが、何度か道を引き返すようになってから奈良へと戻るルートをとった。誰にも気付かれないように」
茉莉の指示により極力戦闘を避けようとUターンを繰り返してきた。それ故に四国へのルートがいつのまにか奈良への逆ルートになっていた事に誰も気付かなかった。
「唯一勘付いていたのがそこの黒シャツだ。……いや、勘付くなんて大袈裟な言い方か。実際は違和感を感じる程度だっただろう。だがその違和感を持たれ続けるのが鬱陶しかった。だからこいつの苛立ちを煽ってやった」
「久美子さん……あなたは何が目的なんですかっ。そこまでして……どうして……」
「目的なんて大層なものはない。ただその方が面白いと思っただけだ。そして実際なかなか愉しめた」
また久美子は禍々しい笑みを作り周囲を畏怖させる。
「愉快だったよ! バス内の奴らの不満を掻き立てて。黒シャツがいつ癇癪を起こすか待ってたんだ。……そして奴は動いたっ。茉莉に暴力を働いた事で処理する正当な理由もできた。まぁ友奈に阻止されたがなぁ」
久美子のその姿を見て茉莉の足は震えていた。
「迂回すると見せかけてチンタラ走らせていたのもこの為だ。生き残りを見つけ、バスを発進させられない理由を作った。そして今、私が望んだ状況になった!」
久美子はバスを走らせながら探していた。このバスに入りきらない程の人数を抱えた生き残りを。
「な……なんでそんな事を」
そうまでして何故拘るのか。ここにいる誰もが久美子の思考を理解出来ない。
「困るからだ。四国が今もなお安全であるかどうかは分からない。だがもし安全地帯のままでいれば、この愉しい世界とはおさらばになるからなっ!」
「そ、それでいいじゃないですかっ、別にたのしくもないですし!」
「お前はそうかもな。……だが友奈は違う。こいつは"おまえ側"ではなく"こちら側"の人間だ。それに私以上に狂った力と思想を持つ。そんな奴が平和な世界で生きたって碌なことになりゃしない。バケモノ共に溢れた世界で生きる方が性に合うだろう」
「そ、そんな事はないですっ。平和な世界の方がゆうちゃんは幸せに暮らせる筈です!」
「……と言っているが? 友奈」
久美子は友奈を見る。茉莉の話が本当に友奈の為になっているのかを確認する。
「……わ、私は…………」
友奈は俯いたまま答えることが出来なかった。
「バケモノのいない世界は確かに平穏だろうな。だがそこでは
「……!」
『価値もない』。その言葉にビクッと反応する。
「四国に行けばお前はただの少女に戻る。短かったが
「……できません」
「お前が生き生きとしてられるのはこの世界だけだ。お前を必要とし、お前に助けを乞い、そしてお前はそれに応え力を使う。それがお前の望むものだろう?」
「…………はい」
搾り出した声でそう答えた。
「ゆうちゃん⁉︎」
茉莉は友奈の肩を掴んで必死に訴える。
「分かってるの⁉︎ ゆうちゃんっ。こんな世界にいたらゆうちゃんは永遠に戦い続けなきゃいけないんだよ⁉︎ 傷付いて……最悪死ぬかもしれないんだよ⁉︎」
「私が戦えば……みんなを守り続ければみんな悲しい思いをしなくて済みます。そう久美子さんが言っていました……」
その言葉を聞いて、茉莉は振り返り久美子を睨む。
「ゆうちゃんに……何を吹き込んだんですかっ」
「私はこの世界で生きる方法を教えてやっただけだ。私がただイタズラにフラフラしてたと思うか? ちゃんと探していたよ。この近くに病院がある事。近くにコンビニがある事。ここは奈良の辺境の地だから、食糧だってまだあった」
「……⁉︎ いつ、確認を⁉︎」
「休憩する度に私はバスを降りていただろう? あれはタバコを吸うと見せかけて車を探してそういう場所を見つけに行ってたんだ」
病院があればバス内の人たちが休める場所を確保できる。狭い車の中にいるよりかは幾らかマシになる筈だ。
同時にコンビニを見つけたおかげで食糧の問題も少し遠のいた。
それを、兵庫から奈良への逆ルートで久美子はずっと行っていた。
「探している途中にバケモノと遭遇してしまうかヒヤヒヤしたが、奇跡的に出会わなかったな」
仮にバケモノに見つかってしまった場合、茉莉と友奈のところに逃げ込めばいい。
茉莉はバケモノの位置が分かるから接近してくる事にいち早く気付く。そして友奈に指示して倒してもらえば問題なかった。
「私も正直、完全には納得出来ていません。でも今のままじゃあバスに全員乗せて四国へは行けません。私は誰かを置いていくなんてできない……だから受け入れるしかなかったんです」
この話を久美子から聞かされた時、友奈にはもう選択肢が無かった。だから選んだ。この場所でバケモノと戦いながら暮らしていく事を。
「ゆうちゃんっ、そんなの間違ってるよ‼︎」
必死に拒絶する茉莉に久美子が声を上げて威嚇する。
「じゃあどうするっ⁉︎ お前がバスにいる奴らと外にいる奴らの命を選別するのか⁉︎ 誰を捨て、誰を救うか決められるのか⁉︎ 無理だろう⁉︎」
久美子の強気な物言いに茉莉はすぐに言葉を詰まらせる。
「それは……っ」
「答えを持ってない奴が文句ばかり言うな。切り捨てられないのなら私の方針に従え。これが全員助かる為の最善策なんだ」
「でもみなさんに納得してもらうことなんて不可能ですよ……」
他の乗客たちやバスの外にいる人も、全員四国へ行こうとしている。それが急にここへ留まるなど、反論するのは当然だろう。
しかし久美子は、それでも為せる自信があった。
「従わせるさ。……そのためにいろいろ回りくどい準備をしてきたんだからな」
今、久美子の発言力はこのバスで一番といっていい。邪魔な黒シャツ男は心身共に疲弊して、その取り巻きも久美子の強さを見せつけた。その様を目撃した他の大人たちは久美子に畏怖している。
他は外への恐怖で満足に判断が下せない。
となると、もう久美子に歯向かう者などいない。
バス外の人たちも無理矢理乗り込んだとして、久美子がバスを発進させる気がないなら四国へは向かえない。ならばもうどうしようもない。
――そうなる状況を久美子は待っていた。
茉莉が友奈を戦わせまいと迂回をし続けることも。
まだ生き残りがどこかにいることも。
黒シャツの男が限界を迎え茉莉に乱暴を働くことも。
そして彼らを撃退して久美子の存在を畏怖させたことも。
「その全ては最初から私が画策していた事だ。お前らと出会い、その力を目にした瞬間にな。もちろん幾らか誤算はあったが、最終的には概ね計画通りの状況になった」
もう誰も、久美子の暴走を止める事は出来ない。
「さあ改めて聞くぞ? 茉莉、友奈。全員でここに留まるか、それとも誰かを置き去りにして四国へ行くか、好きな方を選べ」
久美子は薄ら笑い、ひとつしか選べない選択肢を提示する。
その選択を茉莉は拒否することが出来なかった。
「ごめんなさい、茉莉さん。……でも私、精一杯頑張りますから! ここでみんなを守っていきますから! それが私に出来るせめてもの恩返しです!」
友奈は無理矢理笑ってそう意気込んだ。
その眩しくも虚しい友奈の笑顔は逆に茉莉の心を酷く傷付ける。
「
(違う……違うよゆうちゃん。……ボクはそれが嫌だから、そうなる事が嫌だから……頑張った筈なのに…………)
結局、茉莉の想いは何ひとつ友奈には届かなかった……。
――そうして彼女たちは選ばされた。目の前を助け、彼方にある平穏を捨てる覚悟を胸に。
目の前の人たちを助ける為に、平和な世界への道を捨てた。
奈良に留まることで救える命があると信じて。ここに残る事でみんなを守れる方法もあるのだと自分たちに言い聞かせて。
それが……ここにいる全員が助かる方法だと信じて。不幸になる人が少なくなる方法だと信じて――。
「――これが、三年前のあの日から今日まで俺たちが奈良に居続ける理由だ。久美子の姉貴の案は最初は全員に受け入れられなかったが、そもそも運転手である姉貴が動かないのなら四国へは行けない。それにバスの中の奴らはもう反発する気力が残ってなかった」
男は話し終えると改めて水都と雪花、それから目を瞑って
「そして最後に俺から頼みがある。今の話を聞いてさんざんあいつらをこき使ってきた俺が頼める義理じゃねェのは分かってる。……だがよっ」
地面に正座すると頭をつけて頼みこむ。
「お願いだ! 高嶋友奈を四国へ連れて行ってくれねェか⁉︎」
その言葉に歌野の目はパッと開かれた。
「――オーケー! じゃあっ、やる事は決まったわね!」
勢いよく立ち上がりそう言って笑う。
ここに繋ぎ止められ、縛り付けられ、それを望んでしまった彼女を解放する為に。
怪我人や空を怖がっていた人たちは病院に押し込み、医者の青年と友奈のおかげで少しずつ回復に向かっていきました。
黒シャツお兄さんもすっかり元気に。
次回 命を捧げた恩返し