前回のあらすじ
久美子の力に追い詰められていく水都。本気になった久美子の蹴りを食らったかに思えたが、その攻撃を利用することで逆に彼女へ決定的なダメージを与えることに成功するのであった。
――あれ……これは愉しくないぞ?
胸元に強い衝撃と痛みが走り、久美子は宙に浮き地面に落ちる。その一瞬一瞬がスローモーションのようにゆっくりに感じた。
……その中でふと昔の記憶が蘇ってきた。以前にも似たような感覚に襲われた事がある。
(これは……走馬灯というやつか)
――中学のとき、友達に刃物で刺された事があった。
友達に恋人ができ、その恋人と過ごす"他愛の無い日常"を、毎日毎日聞かされるものだから、ついその恋人の男性を唆してみた。
愛が真かどうか試した訳では無い。ちょっとした好奇心と言えば良いのだろうか……。
その結果、男は久美子に入れ込むようになりそれを知った彼女に刺されてしまった。
周りの人間は騒ぎ立て、自分の身体から流れる鮮やかな朱は床を染め、激痛に苛まれながらも意識だけははっきりとしていた。
そんな中、視線を上げて見えたのは刺した
普段は愛想の良く、明るい彼女がこんな表情をする事に驚いた。と同時に、その表情を作り出した原因が自分である事に軽く衝撃を受けた。
(……どうして、こうなったんだろうな)
――こんな表情が見たかったわけじゃない。
――私は別に……彼女を怒らせたかったわけじゃないんだ。
――ただ……
……あのときも。
「――ぐっ……かはっ……ァ」
長いスローモーションが終わり、地面を転がっていく。激痛が身体の内側を駆け巡り思わず血を吐いてしまう。
対する水都は地面に尻餅をつき、スマートフォンが手から落ちる。
「うぅぅううああああ……!」
「うう……はぁ……はぁ、は、はぁ……」
痙攣している腕の痛みを歯を食いしばりながら耐える。そして落としたスマートフォンを左手で拾い上げ、倒れている久美子の身体に跨った。
「烏丸さん……貴女の敗けです。……降参してください」
久美子の顔にスマートフォン向ける。
「……クッ、フハハッ。トドメをさせばいいじゃないか」
目の前に突きつけられている状況で久美子は笑みを浮かべた。
「……お願いです。認めてください」
「甘いな。ハンデを覚えているか? 私を殺してもお前の敗けにはならん。さあ、覚悟を見せてみろ」
「こんなの私の覚悟じゃありませんっ」
「烏丸さん……貴女は私を自決させたかったんですよね?」
「……フ」
その問いに答えなかったが、代わりに鼻で笑い口角が少し上がった。
『この決闘で藤森水都を死亡させた場合、久美子の敗北となる。』
それは水都が自ら命を絶った場合にも適用される。それが久美子の狙いだった。
友奈が加わろうがそうでなかろうが、水都自身が消えれば少なくとも"水都を守って死ぬ"という最悪の事態は避けられる。
故に久美子は絶望的な状況に追い詰める事で自決の手段を選ばせようとした。
「……私はお前ならそれを選択すると思っていた。他人の為に犠牲になる奴だと。それならそれで良いと思った。自分を犠牲にする事でしか答えを出せない奴はこの先、生きていけない」
だが久美子の予想に反し、水都はその手段を選ばなかった。
「最初は私もすぐに意図に気付きました。でも選ばなかったんです。本末転倒ですから。だから、烏丸さんに勝つ事にしたんです」
久美子を本気にさせ、戦闘不能に陥るレベルの攻撃を待っていた。
「なるほど。お前の目論見通り本気になった私はまんまと嵌められたわけだ」
白衣を使っての目眩し。あれも切り札を隠す為のフェイク。
久美子が
そうすればあとは久美子の本気の攻撃がくれば、それを吸収する事で攻撃に転ずる事が出来る。
「……だが
「はい。今も痛いです。でも
「それはなぜだ?」
「私なりの"覚悟"ですから」
水都の考える覚悟は、久美子の言うそれとはまるで違う。誰かを殺す、自分が死ぬ、そんな後ろ向きな覚悟ではない。
「お前の言う"覚悟"とは?」
己の覚悟の在り方を、力強くハッキリと言葉にする。
「"命を懸ける覚悟"です」
「……!」
「弱い私がうたのんと一緒にいる為には、自分の持てる全てを費やす気持ちで臨まなければダメです。その為なら腕が折れる事も、足が不自由になる事も、目が見えなくなる事も厭わない。……でも"死んでもいい"って意味じゃないんです」
全身全霊懸けて臨む。どんなに辛く険しい道だとしても……それでも歩むと決めた。
その道に歌野がいるから。
「藤森水都。今でもお前は弱い。誰の目から見ても明らかだ。そのうえ相手を傷付ける事に抵抗を示し私に弄ばれていた」
「……はい。私は弱いです。腕っぷしの強さもなければ精神的にも脆いです。戦う力も無ければ戦おうとする気持ちもない……」
「そこまで分かっていながら何故今まで旅を続けていた? 自分が弱い事を承知で。降りる機会なんて無かったわけじゃないだろう?」
諏訪に帰った時、母にも言われた。"旅をやめるか?"と。
「でも私はうたのんたちと共に行く事を選びました」
「だから何故だ? たかが
「それだけで充分ですっ」
そう言い切った水都の目には、もう涙は残っていなかった。
「うたのんが誘ってくれた……ただそれだけ。でも私にとってはそれで充分、歩んでいける理由になります」
「…………」
久美子は暫くの間黙っていた……が。
「分からん」
そう言って水都に向けていた視線を一旦逸らして空を見る。
「だが、お前の覚悟は本物のようだ」
そしてまた水都の目をしっかりと見て微笑んだ。
「…………もういい、私の敗けだよ」
ため息混じりにそう呟いて、久美子は目を閉じ暗闇の中に落ちていった。
久美子が敗けを認めた事でようやくこの決闘に終止符が打たれた。
水都は
(やった……終わっ――)
「みいいいいちゃああああんんん!!!!」
突然、大声を上げて歌野が飛び込んできた。走った勢いのまま、半ば突進気味に水都に抱きつく。
「やったわね〜〜‼︎ すごいわっみーちゃん‼︎」
「わっ!!? ったたたた! 痛い痛いっ。うたのん痛い!」
「あっ、ソーリー。……でも、本当に凄いわっみーちゃん‼︎ ビューティフォーでエクセレントでコングラッチュレーションよ!」
「うたのん、落ち着いて……」
その時、歌野の手が濡れていた事に気付いた。
(あっ。うたのん……手汗すごい)
歌野の手は異様に温かく汗びっしょりだった。
手を見ていた水都に雪花はニヤッと笑みを浮かべる。
「にゃはは……。歌野、実は結構心配してたんだよねー」
「確かに」
「ほんとにね」
蓮華と芽吹も僅かに笑いながら歌野と水都を見る。
「し、してないわっ。私はみーちゃんを信じてましたからぁ!」
歌野は少し慌てて否定する。
「ふふふっ。ありがと、うたのんっ」
疲れているが、それでも水都は晴々とした表情だった。
……彼女も歌野と同様、これから先どんな困難があろうと歩み続けると決めた。
どんな痛みが伴おうとも。生きていくと決めたのだ。
(うたのん。これが私の覚悟だよ――)
――久美子は眠りの中で久しぶりに昔の夢を見ていた。小学校の頃の久美子と友達だった子との思い出。
「黒山羊さんと白山羊さん……?」
描いていたのは手紙を持っていた黒山羊とその手紙を食べる白山羊の絵。
「あっ、それお歌であったよね。二匹の山羊さんがお手紙を食べちゃうの」
「そう。これは永遠に終わらないすれ違いを続ける話」
久美子が描いていた絵は全て、黒山羊が手紙を食べるか、白山羊が手紙を食べるかの2パターンだった。
「……黒人と白人の関係に似てる」
「えっ?」
「黒人が歩み寄ろうと手紙を持ってくるけど、白人は読まずその想いは伝わらない。逆も同じで白人の綴った手紙は黒人に読まれることはない」
「う、うーん……?」
「この間、先生の歴史の話を聞いてずっと思ってた」
すると、その友達は画用紙に似たような絵を描き始めた。
「確かに最初はすれ違うこともあるよ。でもいつかは……」
描いた絵を見てみると、二匹の山羊がお互いにニッコリと笑い合っていた。
「お腹いっぱいになれば、手紙を食べなくても良い。そしたらいつかは伝わるよ!」
友達もまた、この絵の山羊たちに負けないくらいの笑顔を見せた。
(そんな考え方をした事もなかった)
自分には無い"答え"を持っていた。
大人だと思った。自分なんかよりずっと……。
……そんな友達も、久美子の前からいなくなってしまった。
(どうして私はこうなってしまったんだろうな……)
――目が覚めるとベッドの上で寝かされていた。ベッド脇には茉莉と男がいた。
「……! 目が覚めましたか」
「起きたか」
「茉莉……黒シャツ……。何故ここに?」
「あのあとアンタん所を訪ねに行ったんだよ。そうしたら倒れていたもんだからここまで運んだ」
「そうか。世話かけたな」
上半身だけ起こすと、寝起きだからか正面を茫然と見ていた。
「……? どうしたんですか? ボーッとして」
「昔の事を夢に見ていた……」
「昔?」
意識があまりはっきりしていないのか、夢で見た昔の記憶をポツポツと二人に話した。
「子供の頃、親しかった友達に嘘をついて怒らせた事がある……。だが、私は決して彼女を怒らせたかった訳じゃないんだ」
帰宅の時間を告げる音色。それが町中に響くとみんな一斉に帰宅していく。まるで集団催眠にかかったかのように。それが"普通"だった。
そしてそれが堪らなく嫌だった。
「私は怖かっただけだ。恐れていたんだ。『普通』とか『平穏』だとか。いつも通り変わり映えのないような日々が」
だから無性に壊したくなる。否定したくなる。自分の恐れる普通が連綿と続いていく日常を。
「迷惑な人ですね、あなたは……」
話を聞き終えた茉莉はそう言った。
「でも、迷惑以上に悲しい人です。そういう生き方しか出来ないのは、とても息苦しくて窮屈に思えます」
「……かもな」
昨日、歌野が言った言葉を思い出した。
『――"支配"なんてしないわっ。この自然溢れる大地の上で、1番フリーダムな人が"農業王"だから!』
(この大地で一番、
歌野が誰よりも自由な生き方を望むのなら、さしずめ久美子が歩んでいるのは恐怖に縛られた窮屈な人生、だろうか。
……それも決して望んでいる訳では無いのだが。
「なぁ、久美子の姉貴。アンタは何がしたいんだ? 人の苦しむ様を面白いとか愉しいとか言ったってよ。アンタの根本はそれを許容出来てねェんだろ?」
「何がしたい、か……」
「アンタが本当にしたいこと。アンタが欲しいモンって何なんだ?」
少しだけ考えた。久美子が昔から漠然とだが、求めていたもの。
こんな時代にはもう手に入らないのかもしれないが……。
「子供の頃から欲しかったものがある」
「おっ、あるんじゃねェか。言ってみろよ」
久美子はここにいる二人だけに告げた。
……それを聞いた二人は呆気に取られていた。烏丸久美子という人物からは想像できない願いだったからだ。
「何だそれ? そんなのが欲しいのかよ。ハハハッ」
「意外です。……もしかしてまた冗談でからかってるんですか?」
「おいおい……」
とは言っても、口にした久美子自身も馬鹿馬鹿しい願いだとは思っており薄ら笑いを浮かべていた。
(ま……私もこの性格上、半ば諦めているがな……)
久美子はベッドから降りて服に付着した埃を軽く払ってから二人に言った。
「さて……お前たち、ちょっと協力して欲しい事があるんだ」
「私たちに、ですか?」
「? 何する気だ?」
「あいつらに協力するって言ったからな。友奈を四国に行かせることにした」
「……おっ?」
「……! それって」
水都が決闘に勝ったので、友奈を歌野たちの旅に同行させる手伝いをすると約束した。
「
その為の"猿芝居"を、これから奈良の人々全員を巻き込んで行うのだ。
横手茉莉:奈良にいる少女。非能力者。バーテックスが襲来した日から"見聞色の勇気"に目覚め、バーテックスの接近を察知できる。錯乱した黒シャツお兄さんに洒落にならないレベルの暴行を加えられたが、特に罰を与えようとはしていない聖女のような人。烏丸先生の被害者。
黒シャツお兄さん:奈良にいる男性。髪の毛を染めるのが趣味で金髪にしたり赤髪にしていた。バーテックスに襲われかけ精神を崩壊しかけるが高嶋友奈のおかげで難を逃れた。茉莉に酷い暴行を加えたがそれも全て烏丸先生の手のひらの上で踊らされていただけだった。彼もまた烏丸先生の被害者。
次回 高嶋友奈、発つ