前回のあらすじ……というか補足
前回の水都のセリフの中で「腕が折れることも目が見えなくなることも足が不自由になることも厭わない」というのがありましたが、作中では白鳥さんが腕を。風先輩が目を負傷しています。そしてあとひとつ、"足が不自由になる"についてはこの先の戦いでそうなってしまうキャラが出てきます。
歌野たちは久美子に呼び出され、食堂に集まっていた。あの決闘から数時間程度しか経っていないが久美子は動き回れるほどに回復し、水都の右腕も痛みが和らいでいた。
「久美子さんっ。倒れたって聞いて心配してたんですよっ」
友奈も駆けつけており、不安そうな声で呟いた。彼女には今回の決闘のことは伏せてある。要らぬ心配を掛けたくない、という久美子の判断だ。
「心配するな。新しい
「ホントに……気をつけてくださいよぉ?」
そんな話をしていると、一人の大人が急ぎ足で久美子たちの元へやってきた。
「すみません! 少しお話が……っ」
慌てている様子から察するに只事ではないだろう。
「何かあったんですか?」
「地下街にいる防人の方から連絡がありまして……彼女たちが奈良を正式に統治するそうなんです」
「それは随分と急な話ですね」
「……大阪の? No.7のこと?」
芽吹は眉を顰めてその内容を聞く。
「えっ? 防人がここへ?」
「ええ。先日、京都支部が壊滅した件で、彼らは次の拠点を奈良にするそうでして」
その話によれば梅田地下街の人たちも連れてここへ来るというのだ。
「そうか……。報告ご苦労」
久美子は少し考えてから友奈の方を向いた。
「良い機会だ……。友奈、お前ここから出ていけ」
「えっ?」
久美子の言っていることが理解できず、友奈の表情は固まる。
「
聞き間違いではないことが分かったが、それでも理解できない。
「ま、待ってください久美子さん! 一体……なんで急にっ」
「話を聞いてたか? 梅田地下街にいる京都支部の奴らが来るんだぞ?」
「はい。私も聞きました。……でもそれが出て行く事と何の関係があるんですか?」
「あのな友奈。何も知らない奴らが
「どうするって……」
「なるほど。"結城友奈"ね」
その問いに芽吹が答えた。
「そうだ。"七武勇"の結城友奈はお前と瓜二つだ。実際に手配書も見せたよな?」
「は、はい……」
『結城友奈』
今、世間を賑わせている七武勇。そのひとりで、人間の中で最も懸賞金が高く大社が最も警戒している勇者である。
その知名度は四国の内外問わず、影響力も未知数。
少し前に彼女の先導のもと、決して少ない数の集団が、四国に乗り込むべく、大社と一触即発の事態に陥ったこともある。
「言ってみれば、今世界で一番悪名高い
結城友奈の現在の懸賞金は590万ぶっタマげ。バーテックスを除けば一番の額である。しかし久美子はその手配書の額すら生ぬるいと言う。
「友奈。お前はそんな奴となぜか瓜二つなんだ。いい迷惑だろうがこのまま奈良に留まり続けるのは得策じゃない」
奈良に防人の手が介入する以上、結城友奈だと勘違いされた高嶋友奈は大社に捕らわれてしまうだろう。
「それに"結城友奈を匿っていた"と私たちも同罪になる。……つまり友奈、お前のせいで私たちに害が及ぶんだ」
「……っそん、な」
「だから友奈。お前は出ていけ。これ以上私たちに迷惑をかけるな」
しかし友奈は首を横に振る。
「……い、嫌です」
友奈が拒否するのも当然の反応だ。急に出て行けと言われて、はい分かりました。となる筈がない。
「私はここにいたい! ここでみんなを守り続けるって決めたんです! ……だってそれが私の役目だから」
奈良にいる人たちの事を考え、友奈は意地でも留まる選択肢を取る。
「大社の方たちが来たのなら説明して納得させます。だって私は結城友奈ちゃんじゃあ無いんですから!」
「説得できるのか? 有無を言わさずお前を捕らえてそれで終わりだ」
「そうなるのなら抵抗します! 出来るだけ穏便に。皆さんにも迷惑をかけませんっ。私ひとりが頑張って――」
言い終わる前に久美子は友奈の腕を掴み、下に力強く引っ張り体勢を崩させて倒す。
「うわああっ⁉︎」
見下ろす久美子から冷徹な視線が向けられる。
「クククッ……弱いなァ、
「ぐぐっ……」
「そんな弱さで何を守るって? 笑わせるな。私ごときに勝てないお前が、ここに居ても邪魔なだけだ」
倒れている友奈に跨る。
これでもう身動きは取れなくなった。
「……もうお前の存在する意味は、"ここ"には無いんだよ」
身体を捻って抗おうとするも、久美子はびくともしない。
「正直言って軽く後悔してるんだ。三年前のあの日、お前を四国に連れて行かなかったことを。私の気まぐれでここに居させてやったが、お前の善人気取りの態度は、苛立ちを超えて吐き気がするレベルだった」
そう言うと久美子は友奈から離れ、この場にいる人たちへ呼びかける。
「なぁ、お前らも正直邪魔だったよなぁ? 目障りだったよなぁ⁉︎ それがこの先、こいつの存在でもっと迷惑が掛かるんだぞ? 大社は私たちを犯罪者の一味として徹底的に吊し上げるだろう!」
周りの人たちはお互いにお互いの顔色を伺う。
「それは……確かに嫌だな……」
「そうね。ここに彼女はいるのは不味いわよね。防人に目を付けられたくないし」
「彼女がいるとより面倒なことになるんだろう?」
「最悪、大社にマークされんだろ? すげぇ迷惑だよなぁ」
「急な話になったけど、仕方ないよねぇ……」
「結城友奈と同じ顔じゃ無けりゃあな」
ひとりが口にしたのをきっかけに、周りは次々と友奈を拒絶する言葉を述べていく。
「……だ、そうだ。友奈、お前にもう用はない」
「えっ……そんなっ。私今まで頑張ってきたんですよっ? これからも頑張ります。……嫌なところがあるのなら直します。努力します。決して不幸にはさせません。だからここにずっと……」
「――迷惑だっつってんだろっ」
周りから止むことのない非難に友奈の表情は青ざめていく。
「……なあ茉莉、お前はどうだ?」
久美子に問われた茉莉は、俯いたまま口を開かずにいた。
「ま、茉莉さん? 私、言いましたよね? 命を懸けて守り続けるって。茉莉さんたちが安心して奈良で暮らせるように、私頑張るって言いましたよね……?」
「……っ。ゆうちゃん」
「茉莉さんからもお願いします。久美子さんを説得してください。このままじゃ私……」
「ゆうちゃんっ」
茉莉の声に少しだけ恐怖を感じた。
「ボクはね。この日常がすっかり気に入ってしまったんだ。バーテックスが偶に来るのは怖いけど。……でもこの奈良で、みんなと過ごすことが……いつの日からか、ボクにとってかけがえのないものになってしまっていた」
「わ、私もここが気に入ってます!
「うん、そうだね。……だから四国に行こうって白鳥さんに誘われたけど、行けないって答えは変わらない。途中の困難を耐えられるような強さはボクにはないし、みんながボクを守ってくれるその痛みに耐えられない」
言いながら、歌野と水都へ視線をおくる。茉莉は久美子から決闘の話を聞いていた。
その中で茉莉は水都のような強さも覚悟もないと実感した。自分はどこまでいっても"普通"なのだと。
「でも、ゆうちゃんは違うよ? ゆうちゃんは四国に行ける強さを持ってる。……四国に行ってやりたいことがあるんでしょ? ずっと前から郡さんのことを想ってたんでしょ?」
日に日に募らせていた郡千景への想いに、四国への想いに、今こそ向き合うべきなのだ。
「なら動かなきゃ駄目だよ。ゆうちゃんがずっとここにいたって誰も幸せにならない。……三年前に言えなかったことがこんな形で今言えるなんてね」
「で……でも茉莉さん」
「――ゆうちゃん‼︎」
茉莉が発したとは思えないほどの大声にビクッと跳ね上がる。
「ゆうちゃんがいると
その怒号は強く、荒く……そして悲しかった。
「全部を終わらせるために四国に行くんだよ! 今は理解できないかもしれないけど、ゆうちゃんがっ、白鳥さんたちと四国に行くことが! 近い将来、全員の幸せに繋がるんだよ! だから行くんだよっ。……行けよ!!!」
「ま……つり……さ」
「う……ううっ……。……ぐすっ」
茉莉は叫びながら泣いていた。かつて自分勝手な都合を目の前の彼女に押し付け、今度もまた自分勝手な都合で突き放してしまった。
自分の口から出た言葉が、もし自分に向けられていたらと、考えるだけで胸がはち切れそうだった……。
それを聞いている友奈が、今どんな気持ちなのか。考えるだけで……。
「そ……それでも……ダメですか……?」
弱々しい声で友奈はそう言った。
「みなさん……。それでも私が……奈良にいちゃ……ダメですか……? みなさんのこと、大好きなんです……。離れるのは辛いんです。……それでも、ダメですか? バーテックスとなら全力で戦います。防人の方だって私が結城友奈ちゃんじゃないって必ず説得してみせます……」
目に涙を浮かばせて、ひたすらに懇願する。
「みなさんのためなら……なんでもします。……それでも……ダメなんですか……?」
周りの人たちからの反応はない。
そんな中、久美子は友奈の肩にそっと手を置いた。
「
「……っ!」
もう何を言っても変わらない。
ここにいる意味を失ってしまった友奈は扉を開けて外に出た。
「…………はぁ」
「……こんなやり方じゃなきゃ、いけなかったのかしら?」
出ていったすぐあとに、ため息を吐いた久美子に蓮華が問う。
「駄目なんだよ。あいつは優しいから……こうまでしないと奈良に居座ってしまう。……だから、ここにはもう友奈の存在価値が無いことを、徹底的に知らしめてやらなければいけなかったんだよ」
だから奈良のいる人たち全員で、友奈を拒絶するように猿芝居を打とうと考えた。地下街の人たちがここへ来るというのも真っ赤な嘘。結城友奈を理由に追い出す口実を作り出した。
……言いたくもないことを口にして。やりたくもない態度を必死に取り繕って。
「俺やここのみんなは友奈のやつには感謝してる。してもしきれねェほどにな。だからこそ、久美子の姉貴の話に乗ったんだ。あいつにとって本当にしたい事をやらせてあげてェって。このまま腐らせちゃいけねェってよ」
黒シャツの男は神妙な面持ちでそう言った。
「茉莉も似合わない苦労させたな。なかなかの演技だったぞ?」
「……演技じゃあないですよ。半分以上は」
あの時、どうしても言えなかった。みんなのためにと、辛い事を平気で背負う彼女を、どうしても止められなかった。
だから今、友奈に向けた言葉の中には、密かに茉莉の願いが込められていたのだ。
「そうか。お前もすっかりペテン師になったもんだ」
「嘘を吐くのは久美子さんもじゃないですか。ゆうちゃんや白鳥さんたち。みんなをずっと騙して続けてる」
「ん?」
「
「なんだ……知ってたのか」
「表情を見て分かりました。あの
解読して歌野たちに内容を聞かせていたあの時、久美子と友奈の表情を見て察しがついた。
「あら? じゃああの
「ああそうだ」
「だったらなぜ……」
「じゃあ聞くが……弥勒蓮華、そして白鳥歌野。お前は兵器が欲しいのか?」
歌野はすぐさま首を横に振る。
「要らないわっ。私が欲しいのは『神樹様の恵み』だから」
「私はそれがなんなのか、気にはなるけど。……確かに欲しいかどうかと問われたら、要らないわね」
「ほらな? 言う必要なんて無かっただろ?」
そして久美子は一旦言葉を区切って、歌野の顔を真っ直ぐ見る。
「……なぁ白鳥歌野。頼みがある。友奈を四国への旅に同行させてやってくれないか?」
「久美子さん?」
久美子は床に両膝と両手を付く。更には額まで付けた。
「頼む。……四国はな、あいつの夢なんだよ。こんなところで燻らせてその夢を絶たさせてやりたくない。……だからお願いだ」
回りくどいやり方で、友奈に嫌われることを覚悟の上で。それでも不器用ながらも彼女たちの精一杯の願いだった。
「……どうする? 歌野」
「うたのん……?」
蓮華と水都は歌野を見る。
対する歌野は、意外にも頭を悩ませて答えを窮していた。
「うう〜ん……」
「何だ? お前、あいつを必要としてたんじゃなかったのか? 今になってあいつじゃあ不服か?」
「そんなんじゃないわっ。私だって友奈と農業したいっ。でも一番インポータントなのは友奈の気持ちだから」
友奈が歌野の誘いを断っている以上、無理矢理連れていくことはできない。なあなあで仲間にするのは歌野のスタイルじゃない。
「なるほどな。あいつの口から"行きたい"と直接聞くまで納得できない。……そういうわけか」
「そういうわけなのよっ」
「ま、当然の筋だな……。だがあいつが素直に行くと言えるかどうか」
「言えねェだろうなァ。あいつはバカだから」
「お前が言うな。黒シャツ」
「うぇあ⁉︎」
アッハッハッハッハ! と建物の中をみんなの笑い声で包みこむ。
「…………聞こえてるよっ。全部……」
その様子を、扉の向こうで友奈は泣きながら聞いていた……。
数分後、友奈は簡単な荷物をまとめてまた食堂にやってきた。
そこにはさっきと変わらない面々の他に新たに何人か集まっていた。恐らくは奈良にいる二十数人がこの場に集合しているのだろう。
その中で、歌野は友奈の前に立つ。
「友奈っ。これでラストにするからあなたの気持ちを聞かせて。私と一緒に――」
「行くよ、私」
「あら?」
「私、高嶋友奈はウタちゃんと共に四国への旅に同行します。……ううん、同行させてくれないかな?」
良い意味で予想を裏切られた答えに、歌野は目を見開いてニッコリと笑みを浮かべる。
「ダメ、かな……?」
「ノンノン! むしろ大歓迎よ‼︎ やったわっ!」
わいわいと喜ぶ歌野に対して、周りの空気はしんと静まり返っていた。
「なんだ。予想以上に早い決断だったな。……他にももっと策を考えていたんだが……」
相変わらずの憎まれ口を叩いてくる久美子に、友奈は他意もなく謝る。
「ごめんなさい、みなさん。私なんかのためにお芝居までしてくれて」
「なんだ。気付いてたのか」
「はい……。つまりはそうまでして私を追い出したかったんですよね」
「……ああそうだ。元々私は子供が嫌いでね、今日まで一緒にいてやったことが、奇跡に等しいことなんだと自慢したいくらいさ」
「そうですよね。……でも私は、一緒にいて幸せでしたよ? 不幸だなんて一度だって思ったことはないです……」
そう最後に呟いて背を向けて歩き出した。
「じゃあ行こう? ウタちゃん、みんな」
「挨拶はもういいの? 友奈」
「うん……。いいんだぁ……」
歌野たちと共に出口へ行き、扉に手をかける。
「おい友奈」
すると、久美子が名前を呼んだ。
そしてバツの悪そうに頭を掻いたあと、改めて友奈を見る。
(……久美子さん?)
扉を開けた手を止めて、友奈は半分だけ振り向いて彼女を見る。
「……かぜ、ひくなよ」
「――っ‼︎」
その瞬間、友奈は久美子や茉莉、この場に集まった奈良に住む人たち全員を前に正座して頭を床に付けて叫んだ――。
「久美子さん! 茉莉さん! みなさん! 長い間っ、本当にお世話になりましたあああ‼︎ このご恩は一生、忘れません!!!」
大粒の涙が堰を切ったように溢れ出す。
それを見て周りも一斉に涙と嗚咽に包まれる。
「くそったれ‼︎ ありがとうはこっちのセリフだァァ! 恩を受けたのもこっちだよォォ! バカ野郎がァッ!」
黒シャツの男も友奈に負けず劣らずの声量で叫ぶ。
「寂しいぞ。チクショウ‼︎ ……あ、あとこれも演技だかんなァ‼︎」
「ゆうちゃん‼︎ さっきは本当にごめんねえっ! ゆうちゃんはボクの大切な友達だよ‼︎ ずっと! ずーっとだよ! 離れるのは、やっぱり寂しい……っ!」
茉莉もまた涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする。そして他の人たちもそれぞれ友奈への感謝を不恰好な態度で表した。
「悲しいよ! 寂しいよ! うわあああああ!」
「高嶋ちゃああああん。応援してるからあああああんっ」
「しっかりねえええ‼︎」
「寂しくなるぜチクショウ‼︎」
「こちらこそ、今まで本当にありがとうーーー!」
それを眺めていた久美子は失笑混じりに、右手で目元を隠す。
「馬鹿共が……。黙ってお別れも出来ないのか……」
ポロッと、久美子の頬に伝うものを茉莉は見逃さなかった。
「久美子さん? どうしたんですか、
茉莉に指摘された久美子は、少し間を置いて答える。
「別に……ただ、タバコの煙が目にしみただけだ……」
目元を隠したまま。それでも誤魔化すことができない自分を憐れんで笑う。
『――ねぇ久美子さん、茉莉さん。もしもの話ですよ? もしも、すごーく悪い人がいたとして、その人がバーテックスに襲われて近くにいた私に助けを求めたとします』
ふと、友奈が自分に言ってきた言葉を思い出した。未だに友奈のその異常と呼べる程の精神を完全には理解出来ていないが。
『もしそうなったら……私が勇者としてここで戦い続ける意味が、確かにあったんだなって思いますっ』
いつだって友奈は自分より他人のために必死だった。命懸けだった。これからもそれは変わらず続けていくのだろう。
それが勇者、高嶋友奈なのだと。
「また逢いましょう‼︎ お元気で!!!」
そして、高嶋友奈は歌野たちと共に四国を目指す旅に出る。
彼女は今、ようやくスタートラインに立てたのだ――。
『ウエストジャパン編』完!
次次回から新章、『奉火祭編』が開幕します。
次回は人気投票で一位になった彼女が"アレ"になっちゃう番外編です。新章突入まで今ひとつお待ちを。
次回 【番外編】ステーキ食べて農業王に俺はなる!