投票してくれた方、誠にありがとうございました。他のメンバーが選ばれたとしたらその人が対象になっていましたが、今回は一位に輝いた白鳥に少し特殊になってもらいます。
――これは白鳥歌野がまだ諏訪にいたときのお話。
農業王を目指す彼女は日々畑と向き合い汗を流す。
彼女が諏訪を飛び出すのはもう少し先の話になるのだが、今回はその白鳥歌野の身に珍妙で不可思議な出来事が起こってしまう、そんなお話である――。
「グッドハーベスト! トゥデーイもベジタブルたちがアロットオブだわ‼︎」
歌野は眼前に広がる田畑を見て、両手を広げて喜びを表す。
数ヶ月前から育てていた努力が実を結び、そこかしこの畑には収穫時期の野菜たちが並んでいる。
「あら? ここにひとつ、見慣れないキノコが生えているわ」
野菜を採っている中、畑の端に見たこともないキノコが生えていた。通常、キノコは木に生えているものだが、なぜか地中から生えていた。
もちろん、歌野はそのキノコを育てていた覚えはない。野菜ならどの品種を植えて育てていたか覚えているのだが。
気になったのでそのキノコを地面から抜いてみた。
「あら? このキノコ、地中の木の根っこから生えていたのね」
畑のすぐ横にはミカンのなる木がある。その木の根から生えたものだった。
引き抜いたキノコは胴長で、地中にある長さは地上に出ていた分の数倍はある。
「随分とロングなのね。……それになかなかグッドなスメルを感じるわっ」
引き抜いたキノコから漂う匂いにお腹は正直に意思を告げる。
「アイムハングリーだから、おやつ代わりに食べましょう」
ここで出会ったのも何かの縁。美味しそうな香りに自制心は敗北し、歌野は家に持って帰り、簡単な水洗いをする。
それを包丁でひと口サイズに切っていき、フライパンを加熱して焼き始めた。
「美味しかったらみーちゃんたちにも食べさせよっ。それじゃあいただきまーす」
箸でつまんで口に入れる。熱々で柔らかな食感に歌野は顔は綻ぶ。
「んん〜! デリシャスすぎるわ〜。コレ、うちで繁殖させられるかしら?」
箸は止まることを知らずひと口、またひと口と口の中に頬張っていく。
…………すると。
「――んうう⁉︎」
突然、歌野は硬直しキノコを食す手を止める。
「ぐっ……コレ……っ。身体が……っ」
急に心臓の鼓動が大きく、速くなっていくのを感じた。
「あ……熱……く……」
身体の熱が急激に上がる。汗が頭から足先まで噴き出てくるようだった。
「んんん〜〜〜っ!」
身を捩らせ、苦悶の叫び声が家中に響き渡った。
――歌野の親友である水都は大社支部のお手伝いを終えて、歌野の家を訪ねた。
この時間帯の歌野は、畑で収穫をしている筈だが見当たらなかったので家に帰っていると思ったからだ。
「うたのーん。いる? ……って鍵開いてる」
現在、歌野の家は彼女一人しかいない。そのため、灯りがついていたり鍵が開いていれば、泥棒以外では歌野本人しかいない。
もっとも、こんな時代のこんな田舎に泥棒する者など諏訪にはいないと思うが。
「……? なにか良い香りが。朝ごはん作ってるのかな」
部屋を開けた途端に、香ばしい香りが水都の鼻腔をくすぐる。
「うたのん、ごはんなら私が作ってるから、家に来れば……」
中に入って歌野を見た瞬間、水都の身体は固まる。
「うたの…………ん?」
水都の目の前には見知らぬ誰かがいた。その誰かはキッチンで佇んでいる。
(うたのん……じゃないっ)
「え……っと、どちら様、でしょうか……?」
ゆっくりと後退りしながら、玄関の方へ戻る水都。ありえないと高を括っていたがまさかの展開である。
「ど……どろ――」
「みーちゃんじゃねぇか!」
水都の方を振り返ったその相手は笑って応えた。
「え? ……えっ⁉︎」
「ん? なあに驚いてんだぁ、お前?」
水都の目の前に立っている"歌野によく似た誰か"はこちらへ歩いてきた。
「えっ……と……?」
「ん? どうしてバックすんだ?」
後退りでいつの間にか家を出ていた水都は、相手から離れるようにさらに後退を続ける。
「おいおい、みーちゃん。どうしたってんだよ」
「え、え……? あの、失礼ですがお名前は……?」
「なんだぁ? そういうシチュエーションがみーちゃんの中でムーブなのか?」
"彼"は歯を見せて満面の笑みを浮かべると自分の名を告げた。
「俺は白鳥歌野。農業王になる男だ! ……ってあれ?」
彼の笑顔とは対照的に、水都は顔はどんどん青ざめていく。
彼も今言った自分の言葉を反芻して首を傾げた。
(嘘……)
ここまでくるともう理解せざるを得ない。いや、一向にできないのだが。
「なんで俺……。"俺"なんだ?」
今、水都の目の前にいるのは泥棒でもなく、ましてや歌野の兄弟でもなく……一番現実から遠い答えだった。
「……うたのんが男の子になっちゃった」
――諏訪大社にて。
水都の母親は娘から話を聞き、実際に歌野(♂)が食べていたキノコをひと目見て図鑑を漁っていた。
「そのキノコは、"セイテンカンスルダケ"ね」
「性転換するだけ?」
「セイテンカンスルダケよ。食べると女は男に、男は女になるキノコなの」
図鑑の説明によると、食した生物のホルモンバランスを組み替えることで性別が逆転するらしい。図鑑に載っている写真は確かに歌野が食べていたキノコそのものだ。
「なんでそんなものが畑に……?」
「どこかの森林から菌が飛んできたのかしらね。それを食べた結果、歌野ちゃんは男の子、白鳥歌男くんになったのよ」
「そんなの信じられないよ……」
だが他に考えられる可能性が見当たらない。その男が偽物だと仮定したとしても、本物の歌野はどこにもいないし、彼の仕草からは所々歌野を彷彿とさせる。
正真正銘、歌野は男になっているのだ。
「どうしよう、元に戻らないの?」
「ん〜、分からないわね。時間の問題か、別のセイテンカンスルダケを食べるかしないと」
もし後者が正解だった場合、新しいものを探さなければならない。下手をすれば一生見つからず歌野は元に戻れない可能性も出てきた。
「そんなぁ……」
糸の切れた人形のように力無く地面に座り込む。
「あ〜、でもこれで安心かしらね」
「安心……?」
しかし水都の心配をよそに、母親やなぜか安堵の表情を浮かべていた。
「あなた、引っ込み思案で全然他人に心開こうとしないから、将来心配してたのよ?」
「え……う、うん」
「でも歌野ちゃんなら大丈夫ね。お母さん安心してお嫁に出せるわ」
「……ぇえ⁉︎ お母さんっ!?」
母親はとんでもないことを言い始めた。
「あ、でも歌野ちゃんはひとりっ子だから逆にウチに婿入りになっても良いか。あ〜孫の顔が楽しみだわ」
「のんきすぎるよぉ‼︎」
母親は、娘の名前を『白鳥水都』にするか歌野の名前を『藤森歌野』にするか、楽しそうに思案している。
(もう……お母さんってば)
これ以上母の勝手な妄想にはついていけず、水都は火照った頬を膨らませて諏訪大社をあとにした。
――水都は畑を耕している歌野の元へ行った。
帰ってきたら元どおり……なんてことにはなってなかった。
「……セイテンカンスルンダッケ?」
「セイテンカンスルダケだよ。なんでそんな疑問系なの……」
母から聞いた話を歌野に伝える。性別が逆転するなど今まで見たことも聞いたこともなかったが、現に目の前で起こってしまった以上、信じるしかない。
(これが……
改めて歌野を見る。
髪の長さは若干短くなり艶が落ちている。元の歌野自体、短めの髪でそこまで艶があったというわけではないのであまり違和感は感じない。
あくまで比べたら、という話だ。
問題は身体。歌野が腕をまくると上腕二頭筋から手首にかけて少し筋肉がついているのが分かる。
その他、衣服の間から僅かに見える肌も全体的にゴツゴツしているイメージだ。
……と、水都が自分の身体をまじまじと見ていることに気付いた歌野はニヤけながら恥じらう演技をみせる。
「いや〜ん、みーちゃんのエッチ♪」
「ちがっ……! もうっからかわないでよ、うたのん!」
「ソーリーソーリー。ジョークがすぎた?」
「むぅ……。確かにじっと見ていた私も悪いけど……」
水都はそっぽを向いて拗ねる。対する歌野は相変わらず笑ってばかりいた。
「身体が男になったのはびっくりしたけどな、まぁいいじゃねぇか。なっちまったもんは仕方ねぇ。そのセイテンカンスルンデシタッケ? の効力がいつまでかわかんねぇなら、今を大いにエンジョイしよう! しっしっし」
「……順応はやすぎるよぉ……」
すると、興味が別に移ったのか、家畜牧場へ駆けていく。
「おっ! そこのホルスタイン‼︎ お前今日のディナーに決定だー! うんまほー♪」
(性別が男の子になったせいか、言動が酷い方向に活発化しちゃってきてる……)
牧場脇にある草原地帯で家畜の牛を追いかけまわす。
無理矢理背中に飛び乗り驚いた牛が右に左に動き回るのをアトラクション感覚で楽しんでいた。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ‼︎ ロデオみてぇー!」
その様子を茫然と眺めている。
(もしうたのんが男の子に生まれてたら……こうなってたのかな……)
『――でも歌野ちゃんなら大丈夫ね。お母さん安心してお嫁に出せるわ』
ふと、水都の母が言ったことを思い出し、途端に顔が真っ赤になる。
「――っ⁉︎ な、何考えてるの私っ」
ぶんぶんと頭を振って雑念をかき消した。
(いつになったら戻るんだろう……。それとももう…………)
複雑な心境を抱えたまま、時は流れていくのだった。
――歌野が男になってから数時間。一向に元に戻る気配は無く、日が暮れる。
二人は座って畑を眺めている。
「はあああ〜〜」
水都は今日で一番大きいため息を吐いた。
「どうしよう……。このままうたのんが戻らなかったら……」
「んー。そん時はそん時だろ」
「のんきだなぁ……」
歌野は麦わら帽子を、片指を支点に回転させて遊んでいる。
「まー、他のキノコ見つけて食べたら元に戻るかもしんねぇしなっ。それまでガッツで乗り切ってみせるさ」
回転させていた麦わら帽子を軽く上に投げて、頭上に落として被る。
「それに俺はこのまま男で生きていくのも良いんじゃねぇかって思ってんだよ」
「……えっ」
その言葉にビクッと身体が反応した。
(もしかしてうたのん……)
ドキドキ……と何故か心臓が高鳴るのを感じた。次第に頬が紅潮していく。
もしかすると歌野もそれを望んでいるのではないか、と――。
「だってこの方が農作業が捗るからなっ。体力がパワフルに漲ってくるのを感じるんだぜ!」
「あぅっ」
ガクッと体勢が崩れてこけそうになった。
「どうした? 漫画みたいなリアクションしてよ」
込み上げていた熱が一気に冷えていく。
「…………ばか」
「おっ?」
その反動のせいか、水都は冷たい態度で歌野をあしらう。
「どうしたんだ? アングリーか?」
「知らないよ。うたのんのばーか。ばかばかうたのん。略して"ばかのん"」
「よくわかんねぇけどアングリーなのは伝わったっ」
怒る水都をよそに、歌野は相変わらず笑ってばかりいる。それを見ているとなんだか心配している自分が馬鹿みたいに思えた。
少しでもその気になってしまった自分が恥ずかしく感じた。
同時にこちらを勘違いさせてくる困った
「こんな身体だけどな、見ててくれよみーちゃん! 俺はやってるぜ‼︎」
歌野はその場に立ち上がると両手を大きく広げて声を力強く叫んだ――。
「ステーキ食べて農業王に俺はなる!!!」
――そして翌日。
「みーちゃん! ウェイクアップしたら元に戻ってたわ!」
朝一番に水都の元へ駆けつけた歌野の身体はすっかり元の少女に戻っていた。
「ほんとだ! 良かったぁ。……あ、でも…………」
心の底から安堵して胸を撫で下ろす……と同時に少しだけ侘しく思ってしまった。
そしてその理由も何となく分かっている。
「……ちょっと残念だったなぁ」
「ん? 何か言った?」
「ううん。なぁんでもないっ」
水都は首を横に振って笑顔で返すと歌野と共に畑へ赴く。
そしてまた、二人はいつもと変わらない日常を送っていく。
こうして、一日だけ起こった諏訪での不思議な物語はここに幕を閉じたのだった――。
ONE PIECEでも定期的にキノコが出てきますが、大体はそのキノコを食べて碌なことが起こりません。
キノコを初めて食べた人を尊敬しますわ。
さて、今回番外編で注目を浴びた白鳥さん(といっても本編でも立ち位置は同じ)。彼女の遠い未来のお話について少しだけ情報を提示します。
・みなさんは白鳥さんの誕生日がいつかご存知でしょうか? 実はONE PIECE内でも白鳥さんと同じ誕生日のキャラがいます。そのキャラと白鳥さんを一部リンクさせます。それを最終章で描く予定です。
新章『奉火祭編』開幕。
以下、簡単な予告。
『私はみーちゃんに……どうしても伝えなきゃいけないことがあるの』
『うたのんがそばにいてくれれば、私でも何かになれるんじゃないかって思ったんだ』
――例えば……世界を滅ぼせる程の力を持った"巨大な敵"がいたとして……。その敵の怒りを鎮める方法が、無垢な少女を生贄に捧げる事だったとして……。
その少女は――。
世界の為に喜んで死ぬべきだと思わないか……?
次回 動き出す者たち