……幻獣種ってずるい。
前回のあらすじ
結城友奈と共に歌野たちは水都を狙う伊予島杏たちと戦闘を行うも、その力の前に手も足も出ない。そしてパシフィスタの放った衝撃波により全員は危機に陥ってしまうのだった。
パシフィスタの繰り出す衝撃波は容赦無く辺りを吹き飛ばす。
周りの木々や地面は無惨にも抉れ、木片や土塊が宙を舞う。
「終わったか」
敵味方を巻き込む程の規模だったがNo.3は全身を砂に変える事でやり過ごし、杏はカマクラの中に隠れる事で衝撃を受けずに済んだ。
「……ぁん?」
突然、何の前触れもなくNo.3の身体が横一文字に切れた。
切れた部分からは砂が噴き出る。
「いつの間に。……そうか。あの女に斬られてたのか」
雪花の槍の投擲の後、追撃として蓮華はNo.3に接近していた。恐らくその前後どちらかのタイミングでNo.3を斬っていたのだろう。
「惜しかったなァ。俺が砂じゃなければ結構なダメージだった」
その蓮華の早斬りも『砂になる能力』の前には意味を為さなかった。
「パシフィスタ、藤森水都を持ってこい。それで完了だ」
倒れている水都の元へ行き襟元を掴んで引き摺っていく。
「一刀流・居合……」
刹那、刀を取り返した芽吹の斬撃がパシフィスタを襲う。
「
刃は水都を引き摺っていた右腕を捉え、甲高い金属音が鳴り響く。
「くぅ……ッ」
そのあまりの硬さに刀を握っていた手が痺れる。
パシフィスタの腕を斬り落とすつもりで振るったのだが、それでも傷ひとつ付いていない。
パシフィスタは水都を一旦離すと斧を手元に引き寄せ、それをそのまま芽吹に投げ付けた。
「こ……っのぉ……!」
芽吹は刀で飛んでくる二つの斧を斬り払おうとするが、途端に握っていた感覚が無くなる。
強く握り締めていた筈だが呆気なくパシフィスタに奪われたのだ。
武器を失った芽吹は真横に大きく跳んで回避を試みる。
「……ぐあ!」
二つのうち、片方は避けられたがもう片方の刃が右肩を斬りつけた。
痛みで怯み、受け身も取れず地面を転がっていく。
「……ハァ……ハァ」
「クハハ、情けねェな隊長ともあろう者がよ」
地面を這いつくばる芽吹に嘲笑する。
「無理もねェか。むしろ非能力者が伊予島杏の能力範囲内でよく動けていると褒めるべきか……?」
「……? 範囲内?」
その言葉に芽吹は反応する。今、自分に杏の能力が作用している自覚は無い。
しかし芽吹は自身の吐く息が未だに白く、寒く感じている事に着目する。
「――ッ⁉︎ まさか"これ"が貴女の能力だというの……?」
芽吹は気付いた。いや理解した。
今、自分が寒くて動きにくいと感じていたのは、杏の能力が原因なのだと。
低温下にいることで彼女たちの身体能力が低下しているのだと。
「貴女がいることで私たちの身体能力が著しく低下している。……そうでしょ?」
「はい。寒さに耐性のある方へは影響ありませんが、これは敵対する方全員に自動で働きます」
あくまで杏の意思で発動している訳ではない。臨戦体勢に入れば自ずと発動する能力の副次的な効果。
冷気を操り体温を低下させる『雪女郎』特有の能力。
「これがてめェらが本来のコンディションで戦えていない理由だ。そして能力を極限まで鍛え続けた者が到達する
「"覚醒"?」
「鍛え続けた『勇者の野菜』の能力は稀に"覚醒"し、己以外にも影響を与え始める」
「すみません。あまり話さないで貰えますか……?」
自分の情報を他人に言いふらされるのが嫌なのか、杏はクロスボウをNo.3に向けた。
「おっと。おしゃべりが過ぎたか」
その意図を受けてNo.3はこれ以上話すのをやめた。
「――み……みーちゃんを、返して……っ」
歌野はゆっくりと立ち上がる。
それに続いて雪花や蓮華、友奈たちも目を開けて起き上がる。
「なんだ、全員起き上がったのか。頑丈な奴らだ」
「まだまだぁ‼︎」
雪花は槍を水平に持ち、走りながら刺突攻撃を繰り出す。
杏は向かってくる槍を難なく避けると穂先を下から手の甲で上へ弾く。
そして空いた胴体へ矢を放つ。
「ぐっ――はぁッッ」
その矢は雪花の横腹を捉え彼女を吹っ飛ばした。
また、矢が触れた部分には僅かな範囲だけ凍らされる。
「うおおおお‼︎ 勇者〜〜キーーック‼︎」
吹っ飛ばされた雪花と入れ替わるように、友奈は杏へ蹴りを放つ。
しかしその蹴りは地面から出現した氷の盾に阻まれた。
「うぅ〜。冷たいし硬い」
蹴りを受けた氷の盾は壊れるどころかヒビひとつ入らない。
杏は氷の盾に蹴りを入れた友奈の足を掴む。
「……⁉︎ ぅあああ‼︎」
掴まれた部分は氷に包まれていく。
「凍らされたぁ⁉︎」
「ムチムチの‼︎
歌野はベルトを螺旋状に捻り、足の踏み込みと同時に杏へ攻撃する。
杏はまたもや氷の盾を出現させてその攻撃から身を守る。
しかし歌野の攻撃が盾に命中した瞬間に砕かれた。
「……! 盾が」
壊れた瞬間、友奈の足を掴んでいた手を離して後ろに跳び回避した。
「ハァ……ハァ……。ふぅ……」
「ありがと、ウタちゃん」
(私の盾が破られるなんて……。ここにきて白鳥歌野さんのパワーが上昇した……?)
杏は歌野への警戒度を少し上げた。そしてまたクロスボウから氷の矢を放つ。
「今度は私が‼︎ てぇええやぁああ‼︎」
走ってきた結城友奈は歌野の前に立ち、その矢を拳で相殺する。しかし触れた拳が徐々に凍り付いていく。
「その氷の矢に触れた部分は凍結します。直接的なガードは意味を為しません」
「そんな⁉︎」
そして杏はもう一度氷の矢を放った。
「ガードがイージーじゃ無ければ避ければいいのよっ」
歌野は友奈二人を掴んで矢を避ける事に成功する……が、氷の矢から撒き散らされる冷気を浴びてしまった。
「回避……するにはもう少し距離が必要でしたね」
「あっ……ああ、そんな……」
冷気を浴びた三人の中、友奈二人の身体が徐々に凍り付いていく。
「私の能力の根源は『体温を奪う』事にあります」
見ると、結城友奈は右肩から。高嶋友奈は右足と左肩から。
それぞれ徐々に氷が身体を侵食していく。
「ううっ……これ、は……」
『雪女郎』は相手の体温を奪い眠らせるようにその命を奪う。
今、友奈二人の身体は部分的に凍っている状態だが、彼女たちの体温を奪っていく事で凍結部位はどんどん拡大していき、いずれは全身を凍らせてしまう。
「なるほど、ね……。でも、歌野や雪花の氷はそのままだから寒さに耐性のある人間はそうはならないようね」
蓮華の指摘に杏は視線を他に向けて肯定する。
「……そうですね。それは予想外でした」
凍結が進行している二人と違い、歌野と雪花は命中した部分だけに留まっている。
それは二人が寒さに耐性がある故だ。
「ですがこの世に凍らない生物などいません」
クロスボウから何本か氷の矢を放ち、歌野たちを追い詰める。
――歌野たちと戦いが再度激化する中、水都は目を覚ました。
「う……ん? えっ、私……」
「あ、みーちゃん‼︎」
歌野も水都が目を覚ました事に気付いて駆け寄る。
「こっちに来て」
「う、うん!」
水都の手を引いて杏たちから離れようと走る。
「これ以上は駄目だわっ。全員でここから
「えっ……?」
唐突な歌野の言葉に水都の表情が固まる。
周りの戦いを見渡した後、歌野は意を決して大きく息を吸い込む。
「みんなぁあああ逃げてぇえええ!!!」
歌野はこの場にいる全員へ聞こえるように大声で叫んだ。
「歌野……っ⁉︎」
「これ以上戦うのはやめて、逃げる事だけを考えるのッッ‼︎ ――今の私たちじゃあ! 彼女たちにはッ――勝てないッッ!!!」
その指示に全員は一瞬だけ思考が停止する。
……それは歌野が初めて出した『逃げろ』という指示。敵前逃亡を全員に命じたのだ。それも以前の東郷と園子の時とはまるで違う。
「…………くっ」
「行こう!」
反応に戸惑ったのは数秒。すぐに蓮華と雪花は動き出す。それに続いて次々と離脱の行動を取りはじめる。
彼女たちも薄々分かっていたのだ。このまま戦い続けても勝ち目がない事を。
「潔いなァ、腹が立つぜ」
No.3も杏も、この場から逃げ出す彼女たちを咎める気は無かった。むしろこの状況下では逃げるという判断は正しいと認識している。
「だが
だが逃すつもりなど毛頭無い。
歌野と水都は砂嵐に襲われ分断させられる。
「みーちゃん! 手を伸ばして!!!」
「うたのん!!!」
砂礫が身体を傷付けていく中、離れまいと二人は必死に手を伸ばす。
しかしその手が触れる事は無かった。
「うた――え? あれっ⁉︎」
「み……。えぇ⁉︎」
目の前にいた筈の水都の姿が消えた。
気が付けばパシフィスタに奪われていたのだ。
「い、嫌ぁ! 離してッ‼︎ 助けてうたのん!」
水都は左腕にホールドされて身動きが取れない。
「
「なぁ……っ⁉︎」
杏が両手で地面に触れるとそこから歌野までの一面があっという間に氷の大地と化した。
氷は歌野の両膝の高さまで凍らせる。
「う……動けな……」
「歌野がッ‼︎」
雪花が反転して救出の為に歌野の元へ走り出す。
「今助け……」
「私はいいからみんなは逃げるの! 生き延びる事だけを考えて‼︎」
「歌野を置き去りになんて出来ないでしょ‼︎」
だが次の瞬間、雪花の姿は消えてパシフィスタの目の前に引き戻された。
「があああ!?」
拳がハンマーのように振り下ろされ、頭から地面に叩き付けられる。
そして倒れた雪花への追い討ちとして蹴り飛ばした。
「そん、な……」
仲間を気遣う歌野の前にパシフィスタが歩いてきた。
双方動けない状態の歌野と水都の視線が交錯する。
「み、みーちゃん……」
「うたの、ん……」
すぐ近くにいるのに手を伸ばせない。……届かない。
『…………』
パシフィスタはもう片方の手で歌野の身体に触れる。するとそこから薄赤色の球体を取り出した。
「……? 急に痛みがなくなった……⁉︎」
突然、歌野の身体から痛みが引いていった。それに心なしか軽く感じる。
「あの球体は⁉︎ 何なの⁉︎」
その様子を見ていたNo.3が蓮華の剣の刺突を受け流しながら説明する。
「今、パシフィスタがその身体から奪い取ったのは"痛み"。そして"疲労"だ」
「……何ですって⁉︎」
歌野からこの戦闘で負ったダメージと疲労を奪う。それがエネルギー体として視覚化出来ていた。
『立烏帽子』の能力で奪い取れるのは何も目に見えるものだけではない。
先程は空気を奪い取って集めていたが、今回は相手の身体に干渉して疲労やダメージを奪ったのだ。
「さて問題だ。この奪い取った痛みと疲労。そのまま持ち主に返したらどうなると思う?」
「え……」
「や……やめて!」
歌野はすぐには理解出来なかったが、水都にはその意味が分かり絶望に満ちた表情を浮かべる。
「答え合わせだ」
「待ってッ!」
だが水都の制止は無視される。
パシフィスタは奪い取った"それ"を歌野の身体に返した。
そのエネルギー体が身体に収まったその時――。
「――ッぁああああああああ!!!?」
「歌野ォ!!!」「うたのんッッ!!!」
歌野の悲鳴が辺りに響き渡った。
「痛みという末梢神経の信号だけじゃない。その気になれば"苦しみ"や"恐怖"といったマイナスの感情さえも奪う事もできる」
パシフィスタはまた歌野の身体に触れて、さっきと同じエネルギー体を奪い取ってはまた彼女に戻した――。
「ああああああああああッッッ!!!」
「この戦闘で負い、必死に耐えていた痛みと疲労を、今度は一気に体験する事になるんだ」
動けない歌野はその場で身体を震わせて激痛をその身に受けた。
「あ……あっ……ぅああ」
上を向き、口を大きく開けて意識を閉ざしかける。
さらにパシフィスタは歌野から三度奪い取ってはそのまま戻す。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「お願いだよぉ! もうやめてぇ、うたのんがぁ……!」
歌野の目の前で絶望に打ちひしがれる水都と、自身の目の前で足掻く蓮華に冷笑を浮かべる。
「死にはしねェよ。今まで耐えてたモンだからなァ。……だが
三度同じ激痛を受けた歌野の身体は痙攣していた。
もはやまともな精神状態では無いだろう。
「こっっのぉ‼︎ ……どうしてこの蓮華の攻撃が効いてないの⁉︎」
蓮華がいくら剣で斬ろうとも刺そうともその部分から砂が噴き出るだけでまるでダメージを与えられていない。そのせいで蓮華は押し通る事が出来ない。
「充分遊んだか? じゃあ失せろ。――
砂の刃に袈裟斬りにされて蓮華は倒れてしまう。
「弱ェってのは罪なもんだ」
すると突然、No.3へ五体のバーテックスが現れて襲い掛かってきた。
「ちっ、またか。……頻繁に出過ぎだろ」
その中の一体が先行して突進してくる。
「三
No.3の攻撃を受けた一体はミイラのように変わり果ててそのまま消滅した。
後ろに続いていた残る四体は方向を変え杏に襲い掛かる。
杏は一度右手を上に掲げて下へ降ろすと、上空の雲から猛スピードの雪玉が降り注いできた。
「
それらは兎の形を模した弾丸となり残りの敵を蜂の巣にして消滅させた。
……場は静まり返りパシフィスタも歌野から離れる。
「ぁ…………ぁあ…………」
歌野は足を凍らされ立っているままで激痛により意識が朦朧としている。
雪花は気を失い、蓮華は起き上がれない。
高嶋友奈と結城友奈は身体の半分を氷に包まれ戦闘続行は不可能。自身をさらに蝕んでいく氷に苦しみながら横たわっている。
芽吹は一番敵から離れた位置にいてまだ動けるが、この先の事に難儀していた。
「歌野、皆。……これじゃあ、もう……」
ここで芽吹が倒れてしまえばもう戦えるメンバーはいない。その芽吹も刀を奪われた状態ではまともに戦えない。隙を突いて取り返したところでまた奪われる。
……正直、もう打つ手が無い。
「なにを……やって、るの……わた、しは……」
歌野は消えかけている意識を必死で繋ぎ止めていた。
「……友奈ぁ……蓮華……芽吹……雪花………………みーちゃん」
このまま全員を助けられず失うかもしれないというのに身体が動かない。
すぐ近くで泣いている水都に何も出来ない。
……もうすぐ、必死に繋ぎ止めていた糸も切れてしまう。
――なにが四国。
――なにが神樹様の恵み。
――なにが農業王。
――私は…………。
「仲間ひとりも"ぉ…………救えな''い"……っ‼︎」
「歌野ッッ!!!」
『ヒトヒトの野菜 幻獣種:モデル"立烏帽子"』の追記
・あらゆるものを奪い取る事ができるが、例外として『勇者の野菜』の能力は奪えない。←これが可能だと誰も止められない。
また、能力を使うには双斧が邪魔で同時には扱えないというのも欠点か。
……でも疲労とかダメージとかも奪い取れるっていうのはおかしいと思う。それを本人へ返したり、別の人に与えたりとか。もはや拷問。
次回 一騎討ち