ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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健全と純粋が売りなんでたぶん大丈夫だと思います。




40話 停滞する陰り

 

 得体の知れない存在。

自分にとって電話先で楽し気に声を弾ませる男はそういう認識である。<デスゲーム>に二年間囚われていた俺たちの支援に尽力し、アフターケアも万全に整えたこの人物は間違いなく恩人の一人に数えられる。しかしそれを手放しで喜べないほどに、菊岡誠二郎という役人の人物像は欺瞞に満ちていた。

 

「それでそこの店は生クリームが絶品なんだよ。今度ご一緒にどうかな? あぁ、そのときは是非ともキリトくんも一緒に。二人からはまた<SAO>での活躍を聞きたいからね」

「それは楽しみですね。……和人のほうにも伝えておくんでついでに依頼したい内容に関しても教えていただけますか?」

「依頼だなんてやだなぁ。僕は単純に君たちとお茶がしたいだけだよ」

「本当にそれだけなら唐突にキリトのことを引き合いに出す必要もないと思いますけど?」

 

一瞬の沈黙。すると電話の向こうで観念したような声音が聞こえてきた。

 

「……カエデ君にはいつも一本取られるね」

「というか昼間からこんな雑談めいた電話を許してくれるほど、菊岡さんの部署は暇じゃないでしょうに」

「ははっ、それもそうだ。いやはやカエデくんの洞察力には驚かされるよ」

 

こんなやり取りでさえ、実はこの人に誘導されているのではないかと感じる。それだけ今まで見てきた大人たちの中でも、この男は異質なのだ。

 

「率直に言うと、カエデ君にこの間頼んだGGOの環境調査をキリト君に引き継いでもらおうと思っていてね。君にはキリト君との仲介をお願いしたいんだよ」

「……? 菊岡さんが直接キリトに頼めば俺を挟む必要なんてないと思いますけど?」

「いやぁ、バイトの先輩である君からの一押しがあればより円滑に進むんじゃないかな。それにほら、僕が言ってもまた信じてもらえそうにないというか……」

「えぇ……それは完全に自業自得じゃないですか」

 

要するにキリトを含めた関係者全員が、この人を全面的に信用していないのだ。このことは本人も自覚しているようで職場でも人望が薄いと嘆いているのを聞いたことがある。

 

「キリトに依頼を持っていくってことは俺の手に余る内容ってことですか?」

「それはとんでもない。カエデ君の調査報告はとても高い評価を受けていたよ。そうじゃなくて君の場合はその……樹さんのことが関係していてね」

「あぁそういうこと……。なんか菊岡さんが持ってくるバイトに対して、最近父さんドライなんですよね」

「普段は気さくな方なんだけどね。もしかして僕、なにかしたのかな……?」

「それはご自身の胸に手を当てて考えれば分かるんじゃないですかね」

「………………あ、あはは……」

 

心当たりがありすぎるんだろうな。これ以上は不毛なので詮索しないでおこう。

 

「とりあえず和人には俺のほうから連絡するんで、また詳細が決まり次第教えてください」

 

そう締めくくり、適当なところで会話を終了させて電話を切る。そして蓄積した謎の疲労感を抜くために軽く息を吐いてから椅子を離れ、その足で倒れるようにベッドへ体を沈めた。

 

「GGO……か」

 

その言葉が頭の中に反響し、残り続ける。思い出すのは数日前のあの場面だ。

硝煙と鋼鉄の世界でシノンは今日も一人戦っているのだろうか。そうすることで苦悩と迷いから脱却できると信じて引き金に指を添わせているのだろうか。

仮想世界で得られるものすべてが偽物だとは思わない。現に自分は、実に多くの出会いと経験をあの世界から与えられてきた。けれどその中に、一人で成し得たことは何一つとして残っていない。ましてや単なる戦闘力や肩書が幻想にすぎないことを自分は痛いほどわかっていた。

 

それなのに言えなかった。たった一か月という短い付き合いだからこそ感じた歪な執着。

友人だと声に出しておきながら彼女が正しいと思い行動していることに、それは間違っているのではないかと伝えられないまま逃げてしまった。

 

本当に格好悪い。情けないほどの醜態だ。

 

再度息を吐き出す。心の中にある真っ黒な靄を体から追い出せないまま何度も。

そうして寝返りを打った勢いでベッド脇のキャビネットからアミュスフィアを持ち上げると静かに被る。

 

「……リンク・スタート」

 

思えば逃げるためにこの言葉を口に出したのは、これが初めてかもしれない。感傷に浸る暇を与えられないまま、俺の意識は異世界のゲートを通っていった。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

巨大な世界樹の上に広がる空中都市<イグドラシル・シティ>。

妖精王と高位種族<アルフ>が住まう天上の楽園とされ、全プレイヤーの羨望と夢の到達地点であった伝説の街。しかしその実態は、偽りの王と存在しない種族が作りだした名前のみが独り歩きする幻想だった。新たに生まれ変わった妖精の世界で、かつての憧れを蘇らせることに、運営を引き継いだゲームマスターたちは随分奔走したらしい。

 

その結果、形成された天空の街はプレイヤーの期待に大いに応えるエリアとなり、飛行制限から解き放たれた妖精たちが訪れる<ALO>随一の活気を誇る場所となった。

近頃では街の一画にプレイヤーホームやショップ営業のための店舗が購入可能なエリアが実装されるなど、よりプレイヤーに寄り添ったシステムが導入され、ますます活気が溢れているようである。

 

そんなプレイヤーホームがあちこちに立ち並ぶ区画。とある一室で交わされる行為は、システムの保護を受けてその声が部屋に響くのみとなっていた。

 

「ひぅっ……んっ……」

 

触れた手が動くたびに、目の前の少女から甘い声が漏れる。押し寄せてくる感覚に耐えようとしているのか、両手はソファの生地を強く握ったまま開かれない。

 

「そろそろ気持ちよくなってきたんじゃないか?」

 

先ほどよりも僅かに力を入れた指がその柔肌に食い込むと、長いパールブラックの髪が揺れ、快楽を表に出さまいとこらえる少女―――ユウキから再び声があがった。

 

「……んぁっ……。そんなことっ……ない、もん」

「嘘だな。身体のほうはそう思ってないみたいだぞ?」

 

嬌声に混じって否定の言葉を発する最愛の少女に笑いかけ、手のひらから伝わってくる熱にさらに応える。ユウキのこんな姿を他の誰にも見せる気はないが、今の状態は誰がどう見ても快感を求める女の顔になっていた。

この子をもう少しだけ困らせたい。そんな邪念が沸き上がった俺は、ふと頭に思い浮かんだ一つの行動に出ることにした。

 

「カエデっ……もう……ぁっ……これ以上はっ……」

「分かった。これ以上やるのはやめとくよ」

「えっ……」

 

指の動きを止めて、その双丘から両手を離す。

 

「……あっ……」

 

すると案の定、取り払われた心地よさに後ろ髪を引かれたのか、ユウキは寂しそうな声をあげた。

 

「や、やめちゃうの……?」

 

上気した顔をこちらに向けて戸惑ったように聞いてくる。無論これで終わるつもりはない。だが俺は努めて申し訳なさそうな顔を作りながらユウキに声をかけた。

 

「だってユウキが嫌がってるみたいだし……ごめんな」

 

そうしてその場から一歩身を引き、踵を返そうと―――

 

「………………ないで」

 

直後に袖をぎゅっと握られ移動を阻止される。運動とは逆の力が働いたほうを向くと、瞳を潤ませたユウキが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。

 

「どうした?」

「だから…………ないで」

「ごめん聞こえない」

「だから……やめないで。もっと……してほしい」

 

羞恥に満ちた表情で続きを強請るユウキの言葉に今すぐ応えたい。

けどまだだ。もっとその言葉を聞きたい。そんな欲望が僅かに勝り、意地悪く返してしまう。

 

「何をどうして欲しいんだ? 言ってくれないとわからないよ」

「……っ!」

 

ここで俺の意図することに気付いたのだろう。唇をきつく結ぶとユウキはこちらを睨みつける。しかしそれも一瞬だった。欲望に耐え切れなくなった少女はさらに赤面しながら、今度ははっきりとその願いを口にした。

 

「カエデの手でしてほしい……! ボクのことっ……。気持ちよくして……!!」

「っ!」

 

その言葉はかろうじて抑えていた理性を決壊させるには十分すぎる威力を持っていた。

早く目の前の少女を悦ばせたい。今はそれしか考えられない。

 

「んっ……ふぁっ……ぁ……!?」

 

もう先ほどのように加減することはできない。本能の赴くままにユウキに触れ、望んでいた快楽を与え続ける。緩急、強弱……あらゆる攻め手を尽くし、数秒間のお預けを忘れさせるつもりで極楽の境地へ―――――

 

 

 

「はぁ……。やっぱりカエデの肩もみはすっごく気持ちいいや」

「だから言っただろ? 腕には自信があるって」

 

ユウキが気持ちよさそうに目を細めているのを見て、こちらも自然と笑みがこぼれる。

正直なところ、仮想世界でマッサージのような繊細な動作が再現できるのか疑問であったが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「でも現実だともっとうまくできる自信があるぞ?」

「ほんとっ? ならまたお願いしたいなぁ……」

「もちろん。このくらいならお安い御用だ」

 

それにしてもこんなにゆったりと時間が流れるのは久しぶりだな。今日こそはのんびりできそうだ。そう考えていると横から突然言葉を投げかけられた。

 

「……盛り上がってるとこ悪いけど、そういうのは時間と……特に場所を考えてくれよ」

 

呆れた風で俺とユウキを注意するキリトの声。若干あきらめたように聞こえるのは気のせいだろう。

 

「時間も場所も問題ないだろ。借りてる部屋なんだからシステム的にプライバシーは保護されてるし」

「借りてるのは俺とアスナなんだけど!? ログインするなり友人の茶番を見せられる俺のプライバシーが保護されてないんですけど!」

「ははっ、悪い悪い。本当はキリトが来た時点でやめようと思ってたんだけどな」

 

ちらりとユウキに目配せする。

 

「食い入るようにアスナがボクたちを見てたから、つい熱が入っちゃった」

「……え、ええ!?」

 

そして突然話の土俵に引っ張り出されたアスナが驚きの声を上げた。

 

「そんなことないよっ! それに私はお茶の用意を……」

「あはは、アスナってばお茶を出すってキッチンに移動してからずっとこっちの様子を窺ってたもんね」

「ちょっとユウキ!? た、たしかに少し羨ましいって思ったけど……。けど私、そんなにいやらしくないもん!!」

「いや誰もそこまで言ってないけど……」

 

顔を真っ赤にしてなんだか別の方向へ弁明し始めるアスナ。

 

「ほらキリト、アスナはご所望してるぞ? 押さえられない欲求をキリトの手で満たしてほしいって」

「キリトの<スターバースト・ストリーム>が炸裂するんだね!」

「お前ら絶対わざと言ってるよな!? あとアスナも落ち着けって。こいつらは俺たちのことからかってるだけなんだから」

「え……。キリトくんは……してくれない、の?」

「へ……?」

 

あたふたしながらキリトはアスナを落ち着けようとするが、その本人から思わぬ追い打ちをかけられ一瞬固まる。

 

「私は……キリトくんが嫌じゃないならその……してほしいなって」

「アスナ……」

 

なぜか手を取り、見つめ合う二人。自分が原因を引き起こしておいて言うのもなんだが、まさか肩もみがこんなドラマを生むとは思っていなかった。

 

「あーその、えっと……お二人さん?」

 

ごほん、とわざとらしく咳払いした俺に、はっと我に返ったキリトとアスナの視線が集まる。

そして俺はにやりと口角を上げ、親指をぐっと立てながらこの場を収めるための一言を口にした。

 

「盛り上がろうとしてるとこ悪いけど、そういうのは時間と場所を考えてくれ」

「お前が言うんじゃねえよ!!」

「~~~~~っ!!」

 

怒号を上げるキリトと顔を羞恥に染めたアスナ。

この後、ユウキと一緒に滅茶苦茶謝罪した。

 

 




40話をお読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。
実際のところ、書いておきたかった半分も進んでいないですが文字だけは増え続けるので分けることにしました。

そして次にお前はこう言う
次の投稿は年末ですか? と
……そうならないように頑張ります。次回もよろしくお願いします!

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