転生御曹司が恋愛マンガみたいな世界で恋と性欲と友情についてマジメに考えてみる青春ラブコメ   作:有栖川紫芋

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Number 3「ボーイ・ミーツ・ガール?」

 

 

 恋は『憧れ』である──。

 アッパー系お嬢様、冷泉院夏乃は俺にそう語った。

 

 ──いいですの? お兄様。

 ──恋というのはですね、カワイイとかカッコイイとか、スゴいとかステキとか、とにかく憧れの感情から始まりますの。

 ──よく、心を奪われるなんて言い回しがありますけれど、人は自分にないものを求める本能がありますわ。

 ──持っていないから欲しいと思う。

 ──手放したくたいから一緒にいたいと思う。

 ──恋とは、そういう憧れの感情から迫り来る欲求なのです。

 

 我が妹ながら、それはなかなかに真理っぽい持論だった。

 俺は感心し、さすがは現役JCだと唸り、あれから自分なりに、『憧れ』というものについて考えている。

 

 憧れ、憧れ……憧れと言えば。

 

「見てっ、あそこにいらっしゃるのは秋水様よ!」

「ああっ、今日もなんてクールなお顔立ちなのかしら!」

「わたくし、一緒のクラスになったらどうしましょうっ!」

「氷の貴公子、冷泉院秋水様……ああっ、少しでもいいから、いつかお声を賜りたいものです……」

 

(相変わらず、よく知らない女子からは、キャーキャー言われてるんだよなぁ)

 

 これも、憧れと言えば憧れなのだろう。

 下駄箱を開ければ、見知らぬラブレターが入っているのは当たり前。

 机の引き出し、個人ロッカー、体育の後の制服のポッケ。

 差出人不明の手紙だったり贈り物。

 いくら少女マンガっぽい世界とはいえ、こうも変わらぬモテ設定の現実化を目の当たりにすると、いい加減、一般人としての感覚もマヒしてくる。

 彼女たちからしたら、俺は冷泉院財閥の跡取り息子で、アイドルみたく接してしまう超絶イケメンなのかもしれない。

 

(こういうの、普通にちょっと怖かったはずなんだが……)

 

 いつの間にか少し慣れている。

 見知らぬ他人から突然殴りつけられる、好意という名の暴力。

 考えてもみてもらいたいが、顔も名前も知らない他人が、ある日突然にずっと前から好きでしたと告白してくる。

 

 告白される側の俺は、当然相手のコトなんか知らないし、知らないからには必然、断るしか選択肢が存在しない。

 

 ためしに付き合ってみようとか、その手の考えが一度も浮かばなかったワケではないものの。

 やはり、好きでもない相手に恋人として何を話していいかも分からないし、彼女たちの『好き』は『冷泉院秋水』に向けられたものだと思うと、なかなか首を縦にら振れなかった。

 

(だって俺、ホントーはサドの童貞だし)

 

 ──秋水様って、付き合ってみたらぜんぜんイケてないし、なんていうか、ちょっとアブノーマルな変態さんで、キモイまでありましたわ……

 ──ええっ! ウソーっ!? 幻滅ですわー!

 

 なんて、噂が立てられた日にゃ。

 俺は恥ずかしさのあまり、完全に不登校になってしまうだろう。

 

(そんなのは耐えられない!)

 

 せっかくここまで仮面を被って来たんだ。

 いい感じの評価を自分から崩すだなんて真似、ちっとも考えられなかった。

 

(どうにかこうにか、冷泉院秋水として良いカッコはしたままで、且つ、ドMの女の子とイイ感じになれる方法はないんだろうか……?)

 

 強欲かな。

 ともあれ、人間なんて薄皮一枚めくったらそんなもの。

 誰だって自分にとって都合のいい現実を欲している。

 純粋な恋愛もしたいし、エロエロなドMおっぱいともSMプレイしたい。

 この気持ちは相反しない。

 男なら、分かるはずだ。純愛モノで抜く日もあれば、ハードなSMモノで抜く日もある。そうだろう?

 閑話休題。

 

「……さて」

 

 妹である夏乃ちゃんからは、『恋』は何やら憧れが(キー)になると教わったが。

 しかし実際、誰かに憧れるって難しくないだろうか?

 俺はこれまで、特に誰にも憧れたコトがない。

 強いて言えば、偉大なるサド侯爵。マルキ・ド・サドには始祖として尊敬の意を抱いているものの、これは憧れではないだろう。

 

(まあ、仕方がないのかもなー)

 

 恋が何なのかも分からないとか言ってる童貞である。

 誰かを好きになった経験は一度も無い。

 告白されたコトはあっても、告白する側の経験は皆無。

 大抵はいつも一方向だ。

 というか、人間関係からして別に広くはないし。

 

 いまの俺は、おねショタ野郎である瑶寺環と、妹である夏乃ちゃん以外には、学院で然したる交友も無い。

 幼稚舎からのエスカレーターだから、そりゃ多少は幼馴染じみた関係性のヤツらもいるが、素をさらけ出せるほどではなかった。

 

 氷の貴公子というか、どちらかというと孤高の貴公子だろう。

 

 不良で有名な環と付き合っているからか、ちょっとワルそうな空気がまたいいですわよね、なんて噂がまことしやかに囁かれたりもするロンリーボーイだ。

 

 そのため、今日も始業式だというのにひとりで校内を練り歩き、周りが久しぶりに会う友だちとワイワイ盛り上がるなか、氷属性らしく寂しくクールを気取っている。夏乃ちゃんに見つかったら、また家で揶揄われるだろう。チクショウめ!

 

 ちなみに、環のバカ野郎はガチの不良くんなので、始業式なんてブッチしてやるぜと今日は登校していない。

 俺が寂しいから学校来いよと言っても、「えー? かったりーからパス!」と実に薄情なものだった。

 フン、男の友情など所詮はこの程度。

 いつか必ず、俺はアイツの性癖をバラしてやる。

 

 ──それはそうと、四月は新たな出会いの季節。

 

 白凰陵学院は金持ちの息子や娘が通うエスカレーター式一環校のため、年度が変わろうと大した顔ぶれの変化は無いのだが、それはそれとして外部からの編入生や特待生がゼロというワケではない。

 中にはアイドルだったり役者だったり、特別な才能を認められた者が訪れるコトも。

 そのため、この時期になると刺激に飢えた箱庭育ちどもが、今年はどんなヤツがやってくるかと内心ザワザワしていたりする。

 

 斯く言う俺も、そのひとりだった。

 

 サドというのは大変難儀な性癖(モノ)で、人に打ち明ければ、まず蔑みや奇異の視線は免れない。

 親友である環でさえ、鬼畜外道の異常性癖と罵ったのだ。

 もちろん、それは半ば冗談混じりの、友だちだからできる罵倒だったワケだけれども。

 

 しかし、初対面の他人が唐突に「私はサドです。あなたはドMですか?」なんて聞いてきたら、普通、一発で通報ものであることに変わりはない。

 

 ああ、何故だろう? 俺はただ、女の子を虐めて悶えた姿を見るのが好きなだけなのに。

 世間の目はいつだってマイノリティに残酷だ。チクショウ。こんな世界、間違ってやがる……

 

 と、戯れ言はさておき。

 

 愛を求めて哀しき咆哮をあげる孤独な獣こと俺は、新たな季節が始まると、ついつい皆と同じように運命の出会いなどがないかと期待してしまうのだった。

 幼稚舎からの内部生は、揃いも揃って由緒正しいお貴族育ち。

 品行方正に育てられていることが多いので、俺のような一風変わった性癖持ちは、とてもじゃないが許容の範囲外。

 

 ならばこそ、外部からの編入生や特待生が狙い目なのだ。

 

 箱庭育ちのお嬢様と違って、少しは世間の荒波を知っている少女たちなら、俺のこの熱いパトスを優しく抱き止めてくれるかもしれない。

 そう考えると、鍛え抜かれた人間ウォッチングにも自ずと力が入るものだった──その時。

 

「やめてくださいっ! は、離して!」

 

(ん?)

 

 噴水広場の近くで、少女の声が高らかに響き渡った。

 視線を送ると、どうやら外部生と思しき女の子が、何人かの男子に絡まれている。

 男子たちはどことなく見覚えのある顔で、恐らくは初等科からの内部生。

 春の陽気に浮かれてしまったか、5対1の構図で少女を囲んでいる。

 中には手を出して、制服を引っ張ったりしているヤツもいた。

 

(……いや、何しとんねん。男子が複数人で女子ひとりを囲むなよ。怖いだろ)

 

 ボーイ・ミーツ・ガールにしちゃ笑えない絵面である。

 イジメは犯罪だぞ?

 噴水広場にいる五人組は、たしか……ええと、俺様イケメンの菊二(きくじ)鹿伏兎(かぶと)を中心とした、イケイケグループだったか……?

 どうやら外部生であることを理由に、少女を揶揄っている様子だ。

 これはいけない。

 白凰陵学院の大人気グループである俺様くん一派が迂闊にそういう態度を取ってしまうと、長いものには巻かれたい気質が強い他の内部生のあいだでも外部生をイジる空気が流れて、下手したら対立になる。

 俺は虐めるのは好きだが、イジメは嫌いだ。

 思わず眉をひそめていると、

 

「オイオイっ、なんだオマエ? いかにも庶民クセー空気がプンプンするぜ。さては外部入学だろ?」

「だっ、だったら何なんですか!」

「あ? 別に何でもねーよ。ただ、庶民ってのはロクに風呂も入れねぇのか? なんか汗くせーぞ、オマエ」

「なっ……!?」

「鹿伏兎。この子はきっと、徒歩でここまできたんだよ。今日はちょっと陽射しが強いし、うちは校門から校舎まで長いから、多少汗をかいても仕方がないさ」

「だとしても、コイツ女だぞ? 女ならもっと、身の回りのことに注意を払うもんじゃね?」

「しっ、失礼なこと言わないでくださいっ! それに私は、家から徒歩で来てるんです!」

「……徒歩!? マジかよ!? 庶民てのは車も乗れないのか!? どんだけ貧乏なんだよ!」

 

 ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!

 少年は肩を震わせ、ヒィヒィ笑いだす始末だった。

 

 ……どうでもいいが、少女マンガに限らず恋愛もののテンプレって、だいたい第一印象最悪の相手とくっつくことが多いのは何故なのだろうな?

 

 俺だったら、こんなクソ野郎は絶対に好きになれない。

 少なくとも、自分に一生の屈辱を与えた怨敵として、生涯呪い続ける自信がある。

 現に、心無い嘲笑を受けた外部入学の女子は、傷ついた表情を浮かべていた。

 アレはたぶん、後でひとりになったら必ず泣いちゃうパターンだ。

 

(ソースは夏乃ちゃん)

 

 あの子も小さい時、リバーシとかで俺に負けると、決まって部屋に籠ってギャン泣きしていた。

 それを見て、俺は常にニヤニヤと勝ち誇ったものだ。今じゃぜんぜん勝てないけど。

 

(……仕方ない)

 

 俺は騒ぎの元に足を向けた。

 もしかしたら、俺の運命の人は外部入学組にいるかもしれないのだ。

 こんなつまらないコトで、要らぬ障壁を作ってしまうのは面倒くさすぎる。

 

「よぉ、オマエら──」

 

 噴水広場に、声をかける。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 冷泉院 夏乃はブラコンである。

 日本の五大財閥に数えられる冷泉院家の長女にして、一個上の兄、秋水が非常に大好きなクール&ビューティーな妹である。

 

 普段は恥ずかしくてなかなか素直になれないが、本当は秋水を世界で一番カッコイイ男性だと思っているし、自分に告白してくる異性は、だいたい「お兄様を超えてきてからお願いします」の一言でバッサリ斬り捨てている。

 

 氷の姫君という異名は、もちろん秋水の持つ氷の貴公子という異名にあやかって付けられたものでもあるが、実際はどんな男もお兄様の名の下に寄せ付けない絶対零度の対応にも由来したもの。

 

 また、秋水は気がついていないが、夏乃がテンションを上げてアッパラパーな言動をしてしまうのも、実は兄である秋水の前だけである。

 

 それ以外では、本当に深窓の令嬢然としていて、猫被りとかでも何でもなく、素でお淑やかなお嬢様をやっている。

 

 ただ、秋水の前では自分でもおかしいくらいテンションがブチ上がり、ついつい不規則な言動が溢れ出てしまうのだった。

 

 白凰陵学院、朝八時半過ぎ。

 

 今日は初等科から高等科まで揃って始業の日。

 夏乃は兄の動向を探るため、ひそかに様子を伺っていた。

 理由はひとつ。

 昨晩、これまで異性を寄せ付けて来なかった兄が、何をトチ狂ったか、急に恋とは何かなんてトンデモカワイ──バカな質問をして来たからだ。

 それ自体は良しとしても、しかし、もしや秋水に特定の誰かでもできたのではあるまいか?

 そうであれば、夏乃は妹として、何としてでも相手を見定めなければいけないと思った。

 

 そして今──!

 

 夏乃は目を見開いて驚愕していた。

 

「よぉ、オマエら。朝から女子イジメて楽しいか? 目障りなんだよ。さっさと失せな」

「なっ、オ、オマエはっ! 冷泉院!?」

「キミも、こんなヤツらと関わる必要ないぜ。クラス分かる? 俺1-B ……キミは?」

「ぇ──あっ、おっ、同じ!」

「マジ? じゃ、一緒に行こっか?」

 

 そう言って、秋水は見知らぬ女子生徒の手を取った。

 噴水広場から二人の男女が立ち去っていく。

 後にはただ、ザワメキだけが深く残された。

 

 ……冷泉院秋水は、この学園において恐れられている存在である。

 

 過去に暴力事件を起こした瑶寺環と親友で、本人自身も相当にケンカが強いらしいと噂が独り歩きしている。

 冷泉院財閥の跡取りで、クールなルックスから女子人気も高い。

 表立って目立つようなマネこそしないが、白凰陵の二大貴公子として知られている。

 夏乃は当然、秋水のすべての真実を知っているが、そんな人物がこんな騒ぎを起こして何も起きないはずがなかった。

 

 ……というか、なんだ、アレ。

 

「まるで、白馬の王子様か何かですの!?」

 

 お兄様、カッコよすぎですわーーっ!!

 夏乃は心の中で絶叫した。

 

 






菊二鹿伏兎
 俺様系イケメン。

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