転生御曹司が恋愛マンガみたいな世界で恋と性欲と友情についてマジメに考えてみる青春ラブコメ   作:有栖川紫芋

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Number 4「主人公と悪役令嬢?」

 

 

 尾之花(おのはな)穂乃(ほの)にとって、その朝は最悪だった。

 

 白凰陵学院高等科。

 

 穂乃の実家はゴリゴリの一般家庭であるため、本来であれば白凰陵学院の高額な授業料など、まったく払うコトができない。

 しかし、穂乃は成績優秀であるコトを認められ、授業料が免除される特待生として入学を許された。

 

 政界や財界、果ては芸能界。

 

 白凰陵学院には様々な世界から有数のお金持ちが集まる。

 生まれも育ちも生粋の庶民である穂乃は、まったく馴染めるとは思っていなかった。

 受験生の時に誘いの言葉をもらっても、最初は断ろうかと気持ちを傾けていたほどだ。

 けれど、大好きな家族からの後押し、友人たちからの応援もあって、せっかく手にしたチャンスを逃してはいけない。

 穂乃は緊張しながらも、最終的に勇気を出して白凰陵への入学を決断した。

 

 綺麗な制服に袖を通し、テーマパークとしか思えない学院の敷地に圧倒され。

 同級生と思しい少年少女が、リムジンなどで登校するなか、穂乃は出発前の勇気も何処へやら。

 

 ──ここは自分の来ていい場所じゃなかった。

 ──私、なんて場違いなんだろう……!

 

 物凄い居心地の悪さを感じて、目を回していた。

 特に、来る途中で見かけた信じられないほどの美人。

 名前は分からないが、金髪で縦ロールで、お人形さんみたいに顔の形が整っていた女の子。

 気品があって、楚々とした立ち振る舞いで、見蕩れていたら偶然目が合って。

 微笑みかけられた穂乃は、自分が急に恥ずかしい身なりをしているんじゃないかと、不安に駆られてしまった。

 

 穂乃は実家から、バスと電車を乗り継ぎ、徒歩での通学になる。

 

 朝は人混みに揉まれるため、白凰陵学院の綺麗な制服には、シワがついてしまったかもしれない。

 座席に座れるほど空いた時間帯ではなかったし、立ちっぱなしが長かったから汗もかいた。

 髪型もちょっとだけ乱れているだろう。風に煽られもしたので、きっとボサボサになっている。

 ローファーだって、電車内で踏まれてしまったので汚れている。

 

「……」

 

 そんな自分が、あんな綺麗な美人さんと同じ学院で、ひょっとしたら同じ教室で三年間を共に過ごす?

 

 それは、

 

(……無理だよ! 私、ぜんぜん相応しくない……!)

 

 穂乃は打ちのめされて、自信を無くしていた。

 そんな時にだ。

 噴水広場を通り過ぎようとしたら、突然、五人の男の子に取り囲まれた。

 

(──えっ、なに?)

 

 驚いた穂乃は硬直してしまい、その隙を突いて、恐らくは内部生と思しい男子たちが、バカにしたような顔で穂乃を揶揄い始める。

 しかも、その内のリーダー格っぽい一人は、穂乃の制服に勝手に触れ、眉間にシワを寄せると「きったな」と呟いたのだ。

 恥ずかしさと怖さから、穂乃は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「やめてくださいっ! は、離して!」

 

 しかし、そんな声も男子たちには威嚇にもならなかったのか、

 

「オイオイっ、なんだオマエ? いかにも庶民クセー空気がプンプンするぜ。さては外部入学だろ?」

「だっ、だったら何なんですか!」

「あ? 別に何でもねーよ。ただ、庶民ってのはロクに風呂も入れねぇのか? なんか汗くせーぞ、オマエ」

「なっ……!?」

「鹿伏兎。この子はきっと、徒歩でここまできたんだよ。今日はちょっと陽射しが強いし、うちは校門から校舎まで長いから、多少汗をかいても仕方がないさ」

「だとしても、コイツ女だぞ? 女ならもっと、身の回りのことに注意を払うもんじゃね?」

「しっ、失礼なこと言わないでくださいっ! それに私は、家から徒歩で来てるんです!」

「……徒歩!? マジかよ!? 庶民てのは車も乗れないのか!? どんだけ貧乏なんだよ!」

 

 ひどすぎる──と思った。

 やっぱりここは、私なんかが来ていい場所じゃなかったんだとも、思った。

 今朝、お父さんとお母さんには、がんばれ! って応援されて見送ってもらったけど、入学初日にこれは無い。無さすぎる。

 緊張感から、ただでさえナイーブになっていたところへ、容赦なく言葉のナイフを抉り込まれた。

 

 ──涙が、堪えようと思っても、堪えきれそうにない。

 

 だから、

 

「よぉ、オマエら。朝から女子イジメて楽しいか? 目障りなんだよ。さっさと失せな」

 

 その声がなければ、きっと本当に穂乃は泣き出してしまっていただろう。

 背が高くて、とても声の低い男の子だった。

 冷たい目が印象的で、

 

「なっ、オ、オマエはっ! 冷泉院!?」

「キミも、こんなヤツらと関わる必要ないぜ。クラス分かる? 俺1-B ……キミは?」

「ぇ──あっ、おっ、同じ!」

「マジ? じゃ、一緒に行こっか?」

 

 穂乃を囲んでいた男の子たちは、気圧されたように後じさり。

 冷泉院と呼ばれた彼に手を引かれ、あっ、と驚くよりも先に、噴水広場から連れ出される。

 その瞬間、穂乃はドキン、と弾む心臓の音を聞いた気がして──

 

(ぁ、手……!)

 

 男の子に手を握られている。

 

(て、手汗。どうしよう!? き、気持ち悪いとか、思われてないかなっ?)

 

 恥ずかしい。

 今度は別の理由から、顔に集まる熱を自覚していた。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 一方で、俺は女の子の手を引きながら、ある事実に気がついていた。

 

(あれ? この子、意外とデカくね……?)

 

 遠目からでは分からなかったが、近くで見ると胸がかなりの大きさである。

 恐らくだが、Dカップ──いや、ひょっとするとEまであるかもしれない。

 着痩せするタイプなのか、全体のシルエットからは全然そんな風には見えないが、隠れ巨乳というヤツだろうか?

 

 髪はナチュラルブラウンのセミロング。

 顔は綺麗系というより可愛い系。

 

 超絶失礼を承知で言わせてもらえば、クラスで三番目くらいに人気の女子って感じがする。

 メガネを掛けさせたら、『クラスのちょっと地味なあの子は僕だけが知っている巨乳美人』ってカテゴリで、大層モテそうだ。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「その、さっきはありがとうございました!」

「ああ、気にしなくていいよ。アイツらマジ最悪だよな?」

「アハハ……私、尾之花穂乃です。えっと、あなたは?」

「俺? 俺は冷泉院秋水。同じクラスって言ってたよね? これからよろしく、尾之花さん」

「は、はい! よろしくお願いします、冷泉院くん! それで、その……っ」

「?」

「そろそろ、手を……!」

「……ああ!」

 

 言われて気がつき、慌てて握りっぱなしだった片手を離す。

 

(ヤベぇ!)

 

 いくら俺様イケメンの菊二鹿伏兎から逃がすためだったとはいえ、初対面の女子の手を、必要以上に握りっぱなしだった。

 さすがに五人を相手に喧嘩なんかしたら普通に負けるので、急いで逃げるコトに意識を集中させていたが、迂闊……!

 

(まだ始業にはちょっと早い時間だし、そんなに人は多くなかったと思うけど……!)

 

 何人かには確実に目撃された。なんてこった。

 白凰陵学院は刺激に植えた箱庭育ちの巣窟。

 これは間違いなく、今日中に噂が広まってしまう。

 そうなると、夏乃ちゃんにまた揶揄われる。

 環にもイジられるかもしれない。

 でも、あの二人はべつに問題じゃなくて、どちらかというとコレって……

 

(──少女マンガのヒロインが、学園の大人気イケメンに接近されたことで、周囲の女子からやっかみ(下手したらイジメ)を受ける流れのヤツじゃないか!?)

 

 少女マンガは悪魔の書物である。

 前世でも一度、社会現象を巻き起こしたほどの大ヒットタイトルを面白いと感じ、ためしに原作マンガにも手を出してみた経験があるのだが。

 少女マンガは少年マンガと違って、なんというかこう……ねちっこい!

 あと、何か知らんが普通にエッチ描写があったりする!

 

(いや、俺が手を出したのが、たまたまそういう作品だっただけかもしれんけど……)

 

 とりあえず分かったのは、少女マンガは少年マンガに比べて、心情描写に重点を置きがちである。

 んで、恋愛モノにはだいたい恋敵役も登場するので、嫉妬とか憎しみとかイロイロ陰険。

 白凰陵学院でも、過去に何度かそういう噂は耳にしたコトがある。

 なので、

 

(ヤッべぇ……マズイよな? これ)

 

 自分で自分を人気者とかいうのは、凄まじく痛々しいが。

 冷泉院秋水は白凰陵学院が誇る『氷の貴公子』。

 非公認だが、ファンクラブじみた追っかけ女子たちも存在しているため、このままでは純朴な外部生である尾之花さんが、セレブどもの陰湿な嫌がらせに涙を流してしまう可能性が大だ。

 俺としたことが、ついウッカリしていた。

 

(──よし。とりあえず目的は達したんだし、一緒にクラスに入るのはやめておこう)

 

 さすがにそこまでネタを提供してしまうと、いよいよ噂が独り歩きしかねない。

 

「ごめん、尾之花さん」

「え?」

「ちょっと急用を思い出したから、悪いんだけどクラスには先に行っててもらってもいいかな」

「え、急用ですか?」

「うん。ごめん」

「あ、謝らないでください! 大丈夫です。冷泉院くんのおかげで、私、少し安心しました。ひとりでも平気です!」

「良かった。じゃあ、また後で」

 

 校舎の入口あたりで別れ、俺は急ぎ中庭まで向かう。

 白凰陵学院は敷地面積が頭おかしいほど広いので、各所にはバランススクーター(セ●ウェイ)が置かれている。

 在籍する教職員や生徒は、無料で乗り放題のため颯爽搭乗!

 ウィーーーーンッ、と目的地まで向かった。

 こらそこ、シュールとか言うな。

 

(……で到着、と)

 

 噴水広場に隣接した緑豊かなガーデン。

 花壇には種々様々な花が植えられていて、曲がり角にはミロのヴィーナスみたいな石像が複数設置されている。

 バランススクーターを降り、アーチを潜って奥に進むと、

 

(いたな)

 

 そこには、屋根付きのベンチに腰を下ろして、優雅に本を読んでいる女子生徒がいた。

 涼やかな春の微風を受け、木漏れ日を浴びながら煌めく豊かな金髪。

 日本人離れした美貌を持ち、実際イギリス人とのハーフであるその美少女は、グリーンの瞳の持ち主。

 

 名前は、オリヴィア・慧怜奈・エバンズ。

 

 足音を鳴らすと、慧怜奈はパッと顔を上げてこちらを見た。

 

「あら……誰かと思えば、秋水じゃありませんの」

「今朝は取り巻き、いないんだな」

「もう。まずそこは、挨拶から始めるべきではなくて?」

 

 苦笑しながら、慧怜奈は立ち上がると、楚々とした居住まいで一礼した。

 

「ご機嫌よう、秋水」

「ああ。そっちもな、ミス・オリヴィア」

「慧怜奈でいいですわ。わたくしと、アナタの仲ですもの」

「ただの幼馴染だろ。白凰陵じゃ、別に珍しくもない」

「だとしても、長い付き合いであるのは変わりありませんわ。……それに」

 

 ニコッ、と。

 慧怜奈はそこで天使のように微笑みつつ、毒を吐く。

 

「わたくしが告白して、アナタがフッた。これをただの幼馴染というのは、少々イジワルだと思いますの」

「……まあな」

「冷たい人。でも、好きですわ」

 

 緩巻きの縦ロールを揺らし、可憐で美人な金髪お嬢様は、恥ずかしげもなく好意を口にした。

 その気持ちは、素直にありがたい。

 

(だけど、俺には慧怜奈への恋愛感情が無い──)

 

 慧怜奈に限らず、他のどの女子にも同じだが、誰かを好きになるという気持ちが、いまいち分からないのだ。

 性欲だけでYESと首を縦に振るのは、さすがに腰が引ける。

 そのため、正直なところ惜しいとは思いつつも、告白される度に相手をフっていた。

 

 自分でも思う。

 俺はとんだ拗らせバカ野郎であると。

 

 とはいえ……

 

「何を読んでたんだ?」

「これですか? 黒岩涙香の『白髪鬼』です」

「デュマの? モンテ・クリスト伯か? なんで復讐劇なんか」

「マリー・コリレの翻案は読んだコトがあったので、日本ではどんなふうに描かれているのか、つい先ほど、急に興味が湧いてしまったものですから」

「……古典は苦手なはずだろ?」

「題材が〝復讐〟だからでしょうか? わたくしも不思議なのですが、意外にもスラスラ読み進めましてよ」

 

 意味深な笑顔と視線。

 慧怜奈は直接的な批判こそしてこないものの、明らかに仄めかしている。

 

(この金髪高飛車お嬢様め……!)

 

 冷泉院秋水の何処がそんなに良いのか。

 俺はこいつに、三年前から執着されている。

 ややおっかなさを感じるくらいに。

 しかし、今は急いで慧怜奈の機嫌を取らなければ。

 

(このままだとコイツ、典型的な悪役令嬢になっちまいそうだしな……!)

 

 女子たちの間でも、オリヴィア・慧怜奈・エバンズはかなりの存在感だ。

 慧怜奈を暴走させなければ、他も自然と抑えられる。

 俺は覚悟を決めると、慧怜奈に向かい合った。

 

 

 






尾之花穂乃
 少女マンガの庶民系主人公枠。隠れ巨乳。氷の貴公子が気になる。

オリヴィア・慧怜奈・エバンズ
 少女マンガの恋敵系ヒロイン枠。金髪縦ロールお嬢様。氷の貴公子が好き。

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