転生御曹司が恋愛マンガみたいな世界で恋と性欲と友情についてマジメに考えてみる青春ラブコメ 作:有栖川紫芋
オリヴィア・慧怜奈・エバンズは、冷泉院秋水が好きである。
好きになった理由はちゃんとある。
好きになるより前から、周囲の人間が秋水を氷の貴公子だとか呼んでキャーキャー騒いでいるのは知っていた。
だが、慧怜奈は別にそういうタイプではなく、むしろ外見だけで人を判断するような行いは自身の容貌を根拠に嫌っている方だった。
初等科低学年でのイジメ──髪色や目の色を理由にした差別。
ありがちな話である。
イギリスの血を引く慧怜奈は昔から、お人形さんのようだと外見を褒められて育って来たが、類まれな容姿を持つ者は不要な嫉妬や好奇を引き寄せるらしい。
出る杭は打たれる。
日本には実に的確なことわざもある。
が、まさにその通りだ。
詳細は思い出してもつまらないため割愛させてもらうものの、慧怜奈は過去の経験から人は見た目で判断するのではなく、中身を重視するコトが大事だと考えている。
翻ってそれは、自分と同じように優れた容貌を持つ人間への苦手意識にも繋がってしまったのだが、ではそんな慧怜奈が、どうして冷泉院秋水を好きになったのか?
キッカケは中等科一年、白凰陵学院で起きた些細なトラブルに端を発している。
白鳳陵では中等科に上がると、幼稚舎からの内部生組から何人かをピックアップし、何かと断裂しがちな外部生との隔たりを少しでも埋めようという試みで交流会が催されている。
慧怜奈はそこに参加するコトになり、当時、ジュニアアイドルやキッズモデルとして芸能活動を行っていたらしい外部生数名と一緒にお茶を飲まなければならなかった。
「オリヴィアさんってさー、好きぴとかいるのー?」
「す、すきぴ……?」
「あ、ヤッバ。もしかして話通じない系?」
「お嬢様だもんねー。てか私らとは文化が違うっしょ!」
「す、すいません。よろしければ、どういう意味なのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「あー、えっと」
「要するにぃ、好きな人とかいる? 的な?」
「ウチら女子だし、やっぱ初対面でも恋バナが一番盛り上がるかなーって」
「な、なるほど」
最初は異文化との遭遇に戸惑うコトもあったが、派手派手しいメイクと奇抜なファッションをしていても、詳しく話を聞いてみれば彼女たちも自分と同じ一人の女の子だった。
慣れない言葉遣いをヒアリングするのには苦労したが、慧怜奈も時間が経つ内に緊張がほぐれ、会が中盤に差し掛かる頃には「わたくし、
恐らく、それは向こうも同じだったのだろう。
彼女たちも慧怜奈の前で段々と素を晒すようになって、ちょっとずつ遠慮の無い言葉も飛び出るようになった。
「ねーねーオリヴィアさん。オリヴィアさんは浮気って、どこからがラインだと思うー?」
「浮気のライン、ですか? そうですね、わたくし、初恋もまだなのでいまいち分かりませんが……」
「いいんだよぉテキトーで」
「たとえばぁ、ウチだったらキスしてたらかなー?」
「えー! それは完全にアウトでしょ! キスよりも前の段階で絶対に浮気になってるって!」
「じゃあ、デートしてたら浮気?」
「デート……でも、一緒にお出かけする程度なら、お友達同士でもありえるのでは? わたくし、生徒会のお仕事などでこの前、経験がございます」
「い、いやぁ、それは違うくない?」
「そうだよ。そういう義務的なお出かけじゃなくてさ、二人であらかじめ約束して、プライベートで出かけてるようなのがデートっしょ」
オリヴィアっちってば、マジ
話はそこから、異性がどのタイミングで自分に好意を持っているか分かるか? という流れに変わっていき、
「ぶっちゃけさー、ウチらって可愛いじゃん? 可愛いとモテるじゃん?」
「モテるとさ、しょっちゅう告白されるじゃん?」
「でも、何の接点もない相手からコクられても、ぶっちゃけフル以外の選択肢ってなくない?」
「せめて一緒に、ご飯行ってもいいかなー? くらいの関係性は作ってからチャレンジして欲しいよねー」
「あら。でも、お食事に誘われたら、それはもう告白ではありませんか?」
「「え?」」
「だって、お付き合いもしていないのに二人で一緒にお食事に行くなんて、こちらにその気が無かったのだとしたら、申し訳ない誤解を与えてしまいます」
「お?」
「ん?」
ギャルフレンズの反応が明らかな困惑を出力したのは、その時だった。
彼女たちは互いの顔を見合わせ、
「……あー、オリヴィアっちってもしかして、ガードセメント系?」
「お嬢様だから、やっぱそのへんめちゃ厳しい感じ?」
「え?」
「い、いやぁ……さすがにウチら、ゴハンくらいなら別にね?」
「うん。付き合う前でも、何回かはいいんじゃないかなーって思うよ〜」
「てかぶっちゃけ、一緒にゴハン行くとかそういう機会でもないと、相手のコトって判断できないと思うし!」
「でも、オリヴィアっちは一緒に食事に行く=告白OKってコトなんだ?」
「え、ええ。少なくともわたくしは、そういう覚悟でお返事をすると思いますわ」
「覚悟!? うわウソ、ガチヤバ! 覚悟だって!」
「じゃあじゃあ、一緒にゴハン食べて、その時に告白されなかったら?」
「? えっと、そうですわね。お相手の方に、まだ気持ちを伝える心の準備ができていなかったのだと思いますわ」
「マジぃ!?」
「相手の方がもしかしたら、ちょっと違ったかも、って思ったとかは考えないの?」
「そ、そんな失礼で曖昧な方でしたら、そもそもわたくしOKしないと思いますわ!」
「うぇぇぇ!」
ガード堅すぎ! めちゃ基準高めじゃん! と慧怜奈は言われた。
交流会はそこで、ちょうど時間が来て終わりになった。
彼女たちには恐らく、悪気があったワケではない。
しかし、慧怜奈は会が終わった後で密かに思い悩んだ。
ひょっとして自分は、世間一般的な恋愛価値観とズレた考えを持っているのでは……?
(でも、お母様もお父様も、異性とはみだりにお付き合いしてはいけないって……)
喋よ花よと箱入りで育てられた慧怜奈は、ひょっとしなくとも古風な価値観のもとに育てられていた。
だから、外部生である二人のギャルとの接触は、慧怜奈が思っている以上にショッキングな刺激を与えてしまったのだ。
そんな折だ。
(きっと秋水は、覚えてすらいないでしょうが……)
交流会があった日の夕暮れ。
ガーデンテラスを貸し切ってのイベントはつつがなく終了し、参加していた生徒たちが思い思いに帰路に就く中。
外部生と思しいある男子生徒たちが、こんな会話をしながら慧怜奈の横を通り過ぎて行った。
「さっきの話、聞いてたか?」
「すげぇガールズトークって感じだったよな」
「やっぱ白凰陵の女子はヤバいわ」
「俺たち結構いろんなテーブル回ったけどさ、ぜんぜん話が合わなかったもんな!」
「金持ちっていうかお貴族様っていうかさ?」
「正直、超つまらなかったよな」
「お茶のブランド? とか、海外の旅行の話とかもな」
「俺たちまだ中学生だぜ? 全然わからないって」
「可愛い子多いけど、付き合うのは無理だなーって思った」
「うん。俺も俺も」
「さっきなんか、一緒にメシ行くのすらダメみたいな話してる子いたし」
「ああいう子って、たぶんお見合いとかじゃないとダメなんじゃね?」
「それか、許嫁とかだな!」
「うわマンガみてぇ」
「俺たちとはそりゃ、生きる世界が違いますわ〜!」
明らかに、慧怜奈たちの会話を盗み聞いての嘲笑だった。
最後の一人なんて口調まで真似てふざけていたし、慧怜奈はさらにショックを受けた。
そこに、恐らく慧怜奈と同様、秋水も交流会に参加していたのだろう。
冷たい眼差しの彼は、不意に彼らに近づいていくと──
「だよな。生きる世界がたしかに違うよな」
「っと、なんだよオマエ?」
「急に出てきて、なんだ?」
「……オイ待て。コイツたしか──」
「冷泉院秋水だ。さっきの話なんだが、少し俺の意見を聞いてもらってもいいか?」
「は? なんだよ?」
「たしかに、内部生と外部生との間にはカルチャーギャップがあると思う。生きる世界が違うって感じてしまうのも、無理はないよな」
だけど、少しは想像力を働かせたらどうだ?
「はぁ?」
「紅茶の話も海外旅行の話も、話していた当人にとっては好きなコトや楽しかったコトの話のはずだろ?」
「だ、だから何だよ……」
「いやさ。オマエたちは自分の好きなコトとか楽しかった想い出を他人に笑われたら、どう思うんだ? って思ってさ」
「「「っ」」」
「それと、うちの女子たちは外に比べて、たしかにガードが固かったりするところもあるんだろうけど」
秋水は一拍、息を吸って間を置いて、
「それはその子が、周りから大切にされてる証じゃないのか? 親とか兄弟とか、おじいちゃんとかおばあちゃんから、愛情を持ってめちゃくちゃ大切にされてる証だと俺は思う」
だから、そういう環境で育まれてきた価値観をズレてるとか一概に否定するのは、その子を大切に想っている誰かたちの想いまで否定するコトに繋がりかねない。
「俺も妹がいるからさ、ちょっとムカついてな。ごめん。用はそれだけだ。悪かった、一方的に絡んで」
氷の貴公子はそれだけ言うと、後は何事も無かったかのようにガーデンテラスを去って行った。
外部生の男子生徒は気まずげに後を去り、残っていた内部生は男子も女子も区別なく、秋水の言葉に色めき立った。
特に女子生徒は、泣いて感動しだす子たちまでいて──
(……わたくしも)
不覚にも、生まれてはじめて心から異性を素敵だと思った。
ハートを撃ち抜かれ、恋に落ちたと察してしまった。
以来、彼の横顔や息遣い、さりげない流し目に有り得ないくらい胸がときめいてしまって──
(告白を、しました)
中等科一年、夏休みに入る前の話。
(そして、フラれました)
理由は〝気持ちは嬉しいけど、俺が慧怜奈を好きかどうか分からない〟というもの。
幼馴染だし仲は悪くはないから、勝算は悪くないはずだった。
秋水は理数系が苦手で、文系が得意で。
慧怜奈は文系が苦手で、理数系が得意で。
たまにお互いの不得意科目を、教え合ったりする間柄でもあった。
だが結果は失敗。
後になって調べれば、冷泉院秋水は同じ理由で数多の告白を粉砕してきた冷徹な男だと分かった。
(──氷の貴公子)
彼の心を溶かすには、燃え上がるような恋が必要だと白凰陵学院では囁かれている。
そして、慧怜奈はもちろん諦めたワケではなかった。
秋水のガードが、たとえ令嬢も顔負けの固さであっても、フラれた理由は好きかどうかが分からないから。
そう。慧怜奈自身が嫌われているからではない。
(なら、わたくしを好きになってもらえるように頑張ればいいのです)
中等科での三年間では、大人びた彼に釣り合う領域には到達できないと諦め、雌伏の時間を過ごした。
けれど、高等科に上がって晴れて女子高生。
今日からは磨き上げた魅力を使って、また一からアピールを重ねていく。
そう思っていた矢先に!
(なんなんですの? なんなんですのあなたは……!)
慧怜奈は胸の内で、ぷくー! と頬を膨らませ怒る。
まさか初っ端から、こんな形で出鼻をくじかれるとは思ってもいなかった。
秋水が今まで、あんなふうに女子生徒の手を引いて校内を歩いたコトは無い。
嫉妬の炎がメラメラと燃え上がるのを自覚する。
初等科でイジメを受けた時、報復にいそしんだ日々がふと蘇りかける。
(わたくしの方が先に好きだったんですのよ!?)
絶対に負けたくない。
だから、どうやって今後の作戦を立てていくか?
慧怜奈はあの日と同じガーデンに立ち寄り、本を読むフリをしながら考えていた。
──そしたら、秋水が自分の方から慧怜奈の元までやって来た!
(こ、この男〜〜!)
バランススクーターから降りるその姿さえカッコイイ。
慧怜奈は平静を装いながら、ドキドキしつつ応答を返す。
なんだか秋水は焦ったような顔で近づいてくるが、ちょっと待って欲しい。そんな急に近づいて来られると目が見れない。
背の高さとか、男の人の胸板とか、ワイシャツの襟元から覗く首筋のラインとか、そういうのがたまらない。
(どうしましょう? わたくし、鼻血でちゃいそうですわ)
恥ずかしすぎて死ねる。
そんな慧怜奈に秋水は言った。
「分かった。分かったよ。今度の土曜、予定を空けておくから、それで機嫌を直してくれないか?」
「──どういうコトですの?」
「俺なんかで良ければだけど……一日、デートを──」
「オッケーですわ。それで手を打ちましょう」
食い気味に頷いたら、秋水は少しだけ「え、あ、お、おう……」と気圧されていた。
なんだかよく分からないが、運が向いてきたようだ……!
(土曜日はデート♥ やりましたわ、わたくし……!)