転生御曹司が恋愛マンガみたいな世界で恋と性欲と友情についてマジメに考えてみる青春ラブコメ 作:有栖川紫芋
慧怜奈と土曜にデートすることになってしまった。
あの後、俺は慧怜奈とは別れて一人で教室に移動。
なんだかんだあったせいで、時間はギリギリ。
案の定、1ーBの教室に入った途端、尾乃花さん含めて何人かの視線が見事に集中するのを感じたが。
にわかにざわめく周囲の反応は、言ってしまえばいつもと同じ。
こちらが変に反応してしまうと、余計なエサを投入することになってしまうので、努めて何事も無かった風を装った。
幸い、今日は始業式。
生徒は全員、
校長先生の挨拶やら来賓の方々からの祝辞やら、お決まりの式典が終われば待っているのは部活動紹介。
白鳳陵ならではの、金に物を言わせた種々様々なクラブの話題に生徒たちの関心も移り。
俺が懸念した〝内部生による外部生イジメ〟の流れも、今のところは特に始まった様子はない。
(やっぱり最初に、慧怜奈を抑えたのが効いたんだろ)
折を見てそれとなく、慧怜奈の様子をチラチラ確認もしてみたが。
取り巻きの女子連中と何かを話しているときも、慧怜奈の顔はそれはもうニッコニッコで。
尾之花さんを睨んで毒気に満ちていた何人かの女子が、次第にポヤポヤ華やいでいくくらいだった。
オリヴィア・慧怜奈・エバンズ。
西洋人形じみた美貌の金髪縦ロールお嬢様。
イギリスの方の血筋は、さかのぼると本当の貴族にまで行き着くらしく。
祖母はデイム叙勲もされているとかいないとか。
(上流社会において、生まれの高貴さはそれだけで強さになるからな)
白鳳陵でももともと、慧怜奈の人気は凄まじい。
この学院の二大貴公子といえば、恥ずかしいことに俺と例の俺様イケメンくんが有名なのだが。
それの女子版とも云うべき『五大姫』だの『七大華』だのでは、必ずと言っていいほど慧怜奈の名が挙げられている。
(もっとも、最近は文化祭でミスコンが開催されるようになったから……)
夏乃ちゃん曰く、そういった俗称は今後『ミス白鳳陵』に一本化されるだろうという話もあるらしいが。
何にせよ、女子内部生に多大な影響力を持つ慧怜奈を、早い段階でニコニコにできたのは大きい。
この様子なら、後は俺が土曜日にヘマでもしなければ、少なくとも女子側に関して、何の問題もなく事態を収拾できるはずだ。
尾之花さんに向きかけているヘイトも、俺がいつものように孤高の貴公子を気取っていればそのうちに消滅する。
(問題は、そんなロンリーボーイである俺を
ぼんやりしながらパイプ椅子にもたれかかり、物思いに耽る。
そうしていると、ちょうど部活動紹介が終わり、放送部からのアナウンスがあった。
──続いて、〈白鳳会〉です。
ステージに集まるスポットライトが数を増やす。
舞台袖から現れるのは、白鳳陵の旧制服に純白のマントと真っ白な学帽を組み合わせ、明治期のバンカラ風な出で立ちになった一人の生徒。
そう。何を隠そう、菊二鹿伏兎少年である。
朝のふざけた態度もどこへやら。
きっちりした着こなしに、威厳あふれる佇まい。
端正な顔立ちから繰り出されるのは、ぶっちゃけただの挨拶でしかないのだが、馬鹿にしてはいけない。
(財閥が存在する世界には、学閥も存在する)
〈白鳳会〉というのは、白鳳陵学院に存在する学閥組織である。
初等科からの内部生の中でも、血筋、家柄、財力、成績などが飛び抜けて優れていることを認められ、ふるいに振るった特権階級だけが入会できる
部活動ではなく、委員会活動でもなく。
具体的に何をする集まりなのかと聞かれると、〝取り立てて何も〟と答えるしかない組織なのだが。
白鳳陵学院では〈白鳳会〉メンバーという選ばれし者のみに利用を許可されるサロンなどもあり、〈白鳳会〉に所属しているというだけでたいていの事は融通が利いてしまう。
というのも、〈白鳳会〉は何も学院内にのみ影響力を持つワケではなく、卒業後の社会にも影響力を備えているからで。
〈白鳳会〉と懇意にしておけば将来は安泰。
逆に、〈白鳳会〉とトラブルを起こしてしまえば将来は真っ暗。
そんな厳然とした事実から、外部生に限らず内部生からも恐れられていたり憧れられていたり。
ああしてステージ上で挨拶していることからも分かるように、菊二鹿伏兎は〈白鳳会〉のメンバー。
今年高等科に上がった一年生の中から、めでたく代表に選ばれるくらいにも会の中で存在感があると見ていい。
(うーん。まいったな)
俺も〈白鳳会〉の一員ではあるのだが、昔から空気感というか肌感というか、選民思想的な雰囲気に馴染めなくてほとんど幽霊会員。
もしかしたら今朝の一件で、〈白鳳会〉メンバーから睨まれたり絡まれたりする可能性があるかもしれないか?
あ、目が合った。
(うへぇ。睨んでるし)
やだなぁ。さすがに多人数に囲まれたら普通に負けてしまう。
環のバカヤロウは今日に限って登校してないし。
さすがに表立って喧嘩をふっかけられるとは思わないけれど、しばらくは警戒しておいた方がいいかもしれなかった。
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──
さて、それはそうとして。
恋 is 憧れ
夏乃ちゃん直伝のこの説に振り返ろう。
なんか流れで慧怜奈とデートすることになってしまった俺だが、自分でも咄嗟にどうしてあんな提案をしてしまったのか分からない。
もしかして、俺って慧怜奈に気があったのかな?
たしかに、慧怜奈は百人中百人が認める美少女である。
イギリス人とのハーフでもあるため日本人離れした目鼻立ちをしているし、肌の白さなんかもすごい。
長いまつ毛、緑の瞳、トレードマークである緩巻きの縦ロールヘアーは何といっても印象的。
スタイルに関しても、やはりイギリスの血が成せる技か。
日本人の平均カップサイズがA〜Bだという情報に対して、イギリスは平均Cカップだという非常に興味深い学説を裏付けるかのごとく、C以上はあるように思われる。
昨今のムチムチインターネットに毒されきった個人的な意見としては、Cカップじゃ巨乳とは呼べないよ! という残念な気持ちも多分にあるものの。
現実的なラインとして、Cカップでもかなり恵まれたバストサイズ、だというのはもちろん熟考に値した。
慧怜奈を恋人にしたいかしたくないかで言えば、当然したい。
しかし、これはやはり性欲による好意の履き違えな気がする。
果たして、俺はオナニーした後でも迷いなく慧怜奈と付き合いたいと思えるか?
これは非常に怪しい。
ということはつまり、馬鹿で愚かな俺はやっぱり恋愛というものを根本から分かっていない。
ためしに慧怜奈に関して、憧れを抱けるポイントがあるかどうか考えてみる。
すると、俺の脳内に浮かび上がってきたのは古典的な官能小説『チャタレイ夫人の恋人』だった。
俺は官能小説が好きである。
古来、官能小説とはSM小説であったからだ。
SMはその道のマニアのものであり、エロとSMの間には切っても切り離せない極めて密接な結びつきがあった。
といっても、『チャタレイ夫人の恋人』がSM小説というワケではない。
『チャタレイ夫人の恋人』はあくまで官能小説。
が、この作品はその昔、猥褻文書として裁判騒動を巻き起こしたほどに刺激的な内容になっていて、詳しいことは割愛するが、俺が特に官能的だと思ったのはチャタレイ夫人が
女性が性愛衝動に目覚めて、性的な快楽に心から耽溺していく様子が、非常にそそられる文章で綴られている。
そのため、読者目線だとまるで自分が彼女を悶えさせて
洋モノだから、頭の中に思い浮かべるイメージ像も金髪だ。
そして、『チャタレイ夫人の恋人』はイギリスの作品である。
こんな連想、慧怜奈にバレたらどんな顔をされるか想像もできないが。
(ふーむ。もしかして俺って、金髪に憧れがあるのかも?)
というワケで、始業式が終わって帰りのホームルームも済んだ後。
俺はさっそく、比較対象となる金髪の女子生徒と接触するため、図書室に来ていた。
目的は、ハニーベル・
名前で分かるかもしれないが、これまたハーフのお嬢様だ。
たしか父親がアメリカの外資系で働いていて、母親が歯科衛生士をやっている日本人だったはず。
まぁそんな話はどうでもよくて、このハニーベル・
初等科高学年の頃から発育が顕著で、金髪碧眼でドリルみたいな縦ロールヘアーに加え、本人の性格も居丈高な高飛車。
──オーホッホッホッホッ! ワタクシにかしずきなさ〜い!
よくそうやって、お嬢様高笑いのポーズで取り巻きを引き連れていた。
クラスでは常に中心人物で、レイラ様レイラ様、と女王様みたいに崇められてもいた。
つまり、ハニーベル・
ああ、過去形である。
今は別に人気者でもなんでもない。
が、金髪である点に変わりはない。
(──いた。
白鳳陵学院高等科、図書室の貸し出し窓口。
司書さんと話しているのは、顔をサングラスとマスクで覆った一人の金髪女子生徒。
豊かなブロンドは蜂蜜のように輝かで、然れど豪快に巻かれた縦ロールは、幼かった頃に比べてだいぶ大人しめ。
ふんわり緩めなカールと言えば魅力的だけれど、どことなく萎れているような印象も与える力無さ。
また、麗蘭の高身長と抜群のプロポーションは、隠そうと思っても到底隠し切れるものではないのに。
麗蘭はそれを、なるべく目立たせないよう猫背になっている。
胸に関しては、正直同じ十代とはとても思えない成長ぶりで、ダルダルのスプリングカーディガンで輪郭を誤魔化していても、アメリカ由来のボリューミーな肉感は非常に窮屈そうで可哀想。できることなら俺の手で助け出してあげたいと思ってしまうほどに爆乳。
(──うん)
少々地味な変化は起きているが、相変わらず凄まじい爆イケである。
俺が仮に麗蘭だったら、これだけの美貌と恵まれたプロポーション。
自己肯定感にはかなり困らなかったに違いない。
けれども、当の麗蘭自身はすっかり根暗化。
自信を喪失し、別人レベルで内向的になってしまっている。
詳しいコトは不明だが、どうも昔、慧怜奈とバチバチにやり合ったらしく。
それ以来、ハニーベル・麗蘭・ゴールドスタインは始終こんな感じだ。女っておっかないね。
同じ金髪。
同じハーフ。
同じ縦ロール。
同じ「ですわ」口調。
竜虎相打つとはよく言ったものだが、二人がぶつかり合うのは必然だったのかもしれない。
ともあれ、ちょうどいい。
麗蘭もまた〈白鳳会〉のメンバーなのだが、俺と同じで友達が少ない。
頼りになるかどうかは分からないけど、〈白鳳会〉メンバー同士で横の繋がりを増やしておくのも保険の内だ。
俺自身の恋愛相談も兼ねて、ちょっくら声をかけてみよう。
「おーい。ちょっと時間いい?」
「ぇ、あっ、秋水様……!?」
声をかけると麗蘭は肩を跳ねさせて驚いた。
アワアワと司書さんから受け取った本を床に落とし、さらにアワアワ動転。
「ごめん。そんなに驚くとは思わなかった」
「アワワワワ……!」
「はいこれ。大丈夫?」
「だ、だいぞゆぶですわ!」
本を拾って手渡すと、まったく大丈夫ではない声が返ってきたが、指摘するのはやめておいた。
麗蘭の気が落ち着くのを待つため、少しだけ息を整える時間を設ける。
「……ふ、ふぅ。えっと、それで……秋水様?」
「ん?」
「ワタクシになにか、ご用でしょうか?」
「とりあえず、サングラスはダメじゃない?」
校則的に、とツッコミを入れつつスッとサングラスを奪った。
すると、麗蘭は途端に狼狽え、ひぇ〜! と片手で目元を隠しながら、もう片方の手でサングラスを取り返そうとしてくる。
「──あ! あ! か、返してくださいまし!」
「いや返すけど、なんで? 眼、せっかく綺麗な青色なんだから、隠すのはもったいないよ」
「っ、〜〜! ダ、ダメなものはダメなんですわ……!」
麗蘭はアワアワしながらサングラスを装着し直し、大女優に戻った。
ツバの広い日避け用の帽子を被れば、きっとさらに大物感が増すだろう。
あいにく中身は、とても人前で演技ができるようなメンタリティではなくなっているが。
臆病で気弱なゴールデンレトリバーを連想してしまう。
「キュートアグレッション」
「え?」
「いやなんでもない。ちょっと嗜虐心がそそられただけ」
「イ、イジワルですわ……!」
ひぇ〜! と。
麗蘭がガクガク震えた。
ハニーベル・麗蘭・ゴールドスタイン
典型的高飛車金髪縦ロールお嬢様だった。爆乳爆イケの陰キャ。