転生御曹司が恋愛マンガみたいな世界で恋と性欲と友情についてマジメに考えてみる青春ラブコメ 作:有栖川紫芋
告白の経緯について説明しよう。
事件は昼休みに起こった。
白鳳陵学院での昼食は、高級ホテルのレストランみたいな内装をしている食堂を利用されることが多い。
始業から二日目。
まだこの時期は、内部生も外部生も新しい環境に多少不慣れなこともあるため、本格的な授業は始まらずオリエンテーションやらガイダンスやらで一日が消費されていく。
白鳳陵は特に広大な敷地面積とびっくりセレブ設備が多いので、高額な備品を誤って破壊したりしないようになどなど、いろいろと気をつけなければいけない注意事項も多い。
大半は外部生向けのお話だが、もちろん内部生にも気を引き締めるようにと結構厳しめな忠告が行われた。
そのあと、午前中の厳粛なムードによる緊張と疲れに、午後からも頑張れるよう癒しを与えるべく。
時計の針が十二時になって、生徒たちにようやく自由な休憩時間が到来。
新しい友だちを作るために一緒に食堂へ行こうと声を掛け合う姿が、チラホラと散見される。
一方で、すでにあらかた出来上がっているグループなども当然あって、そういう固まりはやはり内部生だけ、あるいは外部生だけといった構成要員だった。
内部生については言うまでもないが、外部生のなかにも入学式前にSNSなどで連絡を取り合って、「イェーイ! オレたち最初から友だち!」みたいなコミュニケーション強者たちがいる。
なので、このお昼休みは三年間の高校生活に最初に明暗をつける、一種のターニングポイントとも言えるだろう。
(べつにひとりで食堂に行ったって何も問題はないんだけど、この時期は周りがほとんど友だち作りに励んでるからな)
そういう雰囲気のなかでひとりぼっちを貫くのは、言外に「友だちノーセンキュー」と言ってるようなものだ。
声を掛けられるのを期待して果敢にテーブル席へ着いてもいいが、最悪の場合、自分が孤独であることを突きつけられて休憩時間が終わってしまうだろう。
俺は迷わず、環に会いに行った。
始業式をブッチし俺を裏切った瑶寺さんちの環くんだが、俺は友情にアツい男なので代わりにヤツが何組なのかを昨日の内にきちんと確認しておいてあげたのである。1年D組。昨夜LINEもしたから、ヤツは必ずそこにいる。いた。合図を送り、教室から出てくるのを待つ。
よろよろ、よろよろ。
(ん?)
環は予想外のアクシデントに見舞われていた。
「わ、悪ぃ。ちょっと腹の調子がヤベぇんだ……」
「え、大丈夫かよ?」
「っ、ぐぅ……! だいぶ、ヤバいかもしれん……!」
「マジか。珍しいな。オマエが腹痛なんて」
瑶寺環は牛乳とヨーグルトが大好きで、飲むヨーグルトの1Lパック飲料を片手にしていることが多い。
そんな最強乳酸菌男が、こんなにも腹を押さえて苦しみに呻いているとは、ただごとではなかった。さっさとトイレ行くか保健室行け。
心配する俺に、しかし環は謎の抵抗を見せる。
「ダメだ……! そんなワケには行かねぇ……!」
「オイオイ……」
覚悟を決めた〝漢〟のような表情で、歯を食いしばる環。
俺にはその瞬間、友人がまるで何かを背負った孤独な戦士のようにも見えた。
だってそうだろう?
「環……死ぬ気か?」
クソ漏らしから始まる高校生活とか、悲惨すぎる。
コイツの言動がおかしいのは今に始まった話じゃないにしても、腹が痛いならトイレに行くか胃腸薬を飲む。
高校生にもなって、そのへんの判断がつかないほど俺たちはバカじゃなかったはずだ。
なのに、コイツはいま死にたいと言った。友だちの縁を切る時が、ついに来たのかもしれない。
すると、眉をひそめた俺に環は荒い呼吸で汗を浮かべながら、謎に決意を固めた眼差しで「フッ……」と笑みを形作った。
「弟たちが最近、卵かけご飯にハマっててな……」
「はぁ」
「生命の重さを知る勉強にもなるってんで、鶏を飼い始めたんだよ……」
「なるほど?」
瑶寺家もお金持ちなので、一般家庭じゃありえない話がポロッと出てくる。
犬猫を飼う感覚で鶏を飼うことも、白凰陵ではそう珍しい話ではない。ワニとか虎とかに比べたら、ぜんぜん可愛い部類である。
頷く俺に、環は虚空を見つめ始めながら続けた。
「優しい弟たちでさ……今朝、自分たちの手で直接収穫した卵を使って、俺に卵がけご飯を食わせてくれたんだ……」
「へぇ。心温まるエピソードだな?」
「──でも、殻が、入って、たんだ」
「!」
察した俺は、ハッとして思わず息を飲み込んだ。
「それってサルモネラじゃね?」
「言うな! 俺は弟たちに、自分たちのせいで兄貴がぶっ倒れたなんて想いは……ッ、させたくねぇんだよ……!」
「バカじゃねぇの!?」
「グァぁッ!?」
鶏の卵にはサルモネラ菌が付着している場合があり、加熱調理を怠ると食中毒の危険性があります。
日本では生産から流通までの各段階で徹底した衛生管理が行われており、養鶏場での衛生管理、卵の洗浄・殺菌、サルモネラ菌検査など、国を挙げて対策が行われているので安全です。
しかし、食中毒リスクが完璧にゼロになっているワケではありません。
家庭飼育下の鶏卵じゃ、なおさらである。
俺は環を問答無用で救護室に連行し、養護教諭やらに事情を説明した後、ヤツが救急車に運び込まれていくのを一苦労して見送った。
貴重なお昼休みが二十分以上も削られてしまったが、戻って来た頃には「冷泉院秋水が不良の瑶寺環を病院送りにした」という噂が広がっていた。
「仲良いのかなと思ってたけど、やっぱ上下関係はあるんだろうな……」
「まるで伝説の海賊、黒ひげみたいだぜ……」
「見ろよあの涼しい顔を。人ひとり病院送りにしたはずなのに、汗ひとつ流しちゃいない……」
ヒソヒソ、ガヤガヤ。
俺は環もいなくなってしまったので食堂には向かわず、かといって腹も減っていたので仕方なしに〈白凰会〉サロンの方に向かった。
顔を出すのはものすごい久しぶりだったが、サロンでは紅茶やコーヒーと一緒に軽食が取れる。
出てくるのはきちんとした料理というより、ケーキやスコーンなどのオヤツみたいなものばかりだが、ここは量よりカロリーで急場を凌ぐとしよう。
それに、お貴族趣味の内部生も所詮は育ち盛りの高校生。
この時間、サロンよりも食堂を利用する人間の方が多いだろうし、こっちには大して人はいないだろうと思った。
俺様イケメンの菊二鹿伏兎グループは、いないだろうと踏んだのだ。
そして実際、俺が警戒した菊二グループはいなかった。
代わりに、ちょっと別種の問題が待ち構えていた。
それが、水鳥サラである。
「ですから、ここは〈白鳳会〉専用のサロンになっていまして、会員ではない方の利用はご遠慮いただいているんですよ」
「……え、そうなんですか?」
「はい。ですので、お嬢様には申し訳ありませんが、私どももなにぶん規則でございますので」
「……分かりました」
トボトボ、トボトボ。
サロンのウェイターに立ち入りを拒否された金髪ポニテの女子生徒。
新品の制服に身を包んで、輝かんばかりに華のあるビジュアルとは裏腹に、彼女はいかにもガッカリした様子でサロンに背を向けていたところだった。
夏乃ちゃんのおかげで、俺にはそれがすぐにカリスマモデルSaLaなのだと分かった。
だが、写真で見たSaLaとは違い、本物のカリスマモデルは少々大人っぽさが増している。
芸能活動休止中に成長し、顔も背格好も胸も、かなり健やかになってしまったようだった。
(は? デカくね?)
隠キャ大女優の麗蘭にも勝るとも劣らない。
ちょっと成長しすぎで、頭の中に「あれ? グラビアモデルなんだっけ?」とロクでもない思考が走る。
ちょうどすれ違いになる形で、俺と彼女は反対方向に足を向けて。
一瞬、互いの視線がぶつかり合った。いや、違う。気のせいだ。
彼女が見たのは正確には俺じゃなくて、俺の制服についてる〈白鳳会〉バッジのはず。
なぜなら、すれ違った後で小さく「そっか、あれが会員の……」と羨ましそうな声が聞こえたから。
しかも、これは気のせいじゃない。完全に腹の鳴る音までセットだった。
さすがに恥ずかしさが優ったのか、サラはグゥゥゥという音を誤魔化すように駆け出して行ったが、俺はサロンの前でつい足を止めてしまった。
「! これは冷泉院様! お久しぶりでございます。今すぐお席のほうご準備させていただきます!」
「あー……ちょっと待ってください」
「は、は?」
「すみませんけど、今日は持ち帰り用に何か包んでもらってもいいですか?」
「マカロン、スコーン、ベイクドチーズケーキ、何でもお包いたします!」
少々お待ちを!
ウェイターはめちゃくちゃ慌てた顔で奥に引っ込んで行った。
冷泉院財閥の威光が半端じゃない。
親の七光が強すぎて、まるで自分が中世の王侯貴族になったような錯覚に陥りそうだ。
(マカロンとスコーンはともかく、ベイクドチーズケーキまで?)
自分で頼んでおいてなんだけど、どうやって包むつもりなのだろう。
軽いバケットバスケットか何かを用意してくれるのかな? と俺はそれから五分ほど立ったまま待ち続けた。
予想した通り、バスケットを手に現れたウェイターは今度は「! 失礼しました! 冷泉院様をお席にも案内せず立ったまま待たせてしまうなど……!」と、やたら恐縮して顔を青ざめさせていたが、こちとらただのボンボンである。
バスケットは後で返却するとだけ告げて、その場を後にした。
それからもう五分後。
お昼休みも残り二十分程度になったあたりで、俺はマカロンを頬張りつつ水鳥サラを再発見した。
渡り廊下に設置されたロココ調ベンチに座り、彼女はボケーっとしていたからだ。
(やっぱり)
周囲に人はいない。
加えて、何か腹ごなしを済ませられた様子もない。
大人気カリスマモデルがなぜ一人なのかは分からないが、とりあえず彼女も俺と同じで、腹を空かせているのは間違いないと思った。
足音を立てて近づいていくと、碧眼が猫のように敏感に俺を捉える。
が、その視線はすぐに俺ではなくマカロンとバスケットの中身に吸い込まれた。
「……」
「……」
「あー、良かったら、食う?」
「……え、くれるの? なんで?」
「あー、なんか、腹空いてそうだったから? 要らないなら俺は帰るけど」
「待って」
「ん?」
「中身は……なに?」
「マカロンとスコーンと、ベイクドチーズケーキ。ケーキにはレモンも乗ってるな。さっきのサロンで包んできてもらった」
「ウソ。神じゃん」
ギャルは手を伸ばして、短く「ん」と言った。
「じゃ……チーズケーキ、ちょーだい?」