プレイヤーホームにて、NPCショップで買ってきた謎の茶葉を湯に浸す。
このソードアート・オンラインでは料理でもそうだが、システムウィンドウの表示をニ、三度タップするだけでお茶を淹れ終わるのだから便利なものだ。
湯に浸し終わった茶葉を持ち上げると、それは青色や緑色が混じるポリゴン体に変わる。
カップの中の液体を見れば、透明な湯はいつのまにか赤茶色で透明の、紅茶のような色になっていた。
なるほど、紅茶の茶葉だったかと思いカップに口をつけるととてつもなく苦い味がする。コーヒーだ。
ソードアート・オンラインはこういう不意打ちをしてくるからたちが悪い。
オブジェクトとしてテーブルに出していた角砂糖入れから二つほど取り出し、赤茶色のコーヒーに入れて一口。
辛い。どうなってんだこのコーヒー。
プレイヤーホームに出して自由にさせていた青色の彼が近づいてくる。そういえばお前辛いの好きだったな。
辛いコーヒーを彼に渡しつつ、視界端のUIがに新規メッセージが届いたことを知らせる表示が出現する。
メッセージを確認すると、依頼人からのものだった。
「よし、飛んでくぞバディ。他のみんなも戻れ」
彼らをボールに戻し、家を出る。
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ダンジョンの中、瀕死になったポケモンをモンスターボールに入れ、大量のリザードマンやナイトスケルトンから逃げながら男はひどく思う。なぜ、身の丈に合わぬ階層のダンジョンに入ってしまったのかと。
始まりは、フレンドから聞いた話だった。普通のMMOならよくある話だ。ここのダンジョンはレべリングの効率がいいだの、ドロップがいいだの、
デスゲームと化したSAOにおいて、安全マージンと呼ばれる階層+10レベルを確保できていないまま探索等を行うのは文字通り命にかかわるため危険な行為であるのだが、彼は早急にコルを貯める必要があった。
第一層の始まりの街にある孤児院。そこで暮らす子供たちに飢えを感じさせないための食料を買うためにコルが必要だった。
子供たちが4,5人程度ならよかったが、そこで暮らす子供たちは20人を超える。それだけの数の子供たちがお腹いっぱいになるぐらいのご飯を買う金額は下層から中層で主に活動している彼や、ともに孤児院を運営しているプレイヤーらにとってバカにならない。
結果、彼は安全マージンを確保することがないまま子供たちの食費を稼ぐため適正より少し上の階層に、転移結晶を買うお金もないままダンジョンへと挑んだのだ。ポーションも使い切り、手持ちのポケモンも全員瀕死になった彼に待ち受けるのは死という結末である。
逃げていると、いつの間にか壁に追い詰められてしまった。
エネミーもすぐそばまで来ている。
メッセージを送りはしたが、流石に間に合わなかったかと彼は悔しく思う。
改めてエネミーと向かい合い、耐久値も全損寸前の剣と盾を構える。
戦闘が再開されようとしたとき、青色の何かがすごいスピードで壁を伝って男のもとへとやってくる。
ただでさえ絶望的な状況なのに、更にオヤブンもかと絶望した瞬間。
そのオヤブンと思われた青色のポケモンは両手から水らしきものを生み出し、それらを刀の形状に変化させる。二本の刀となったそれを使い、彼と敵対していたエネミーらを斬り倒していく。
男のことはザコだと判断し後回しにされているのか、なんにせよラッキーだと考え逃げるチャンスを窺っていると人の声が響く。
「ログ!かげぶんしんで増えて跳べ!」
声が響くと同時、ログと呼ばれたポケモンは後ろに跳び一度エネミーらと距離をとると、刀を水へと戻し両手を組み合わせる。すると、ボフンという音と、煙のエフェクトと共にログと呼ばれたポケモンが増えていく。
これは、見たことがある。下層のポケモンがよく使っていた『わざ』だ。これを使われると回避率が上がるという効果だったはずだ。
ざっと数えて25体を超えるほどに増えたログは空中へと跳び上がる。
「みずしゅりけん!」
増えたログは全員攻撃の構えを取り、水を生み出す。それを手裏剣の形へと整え、完成した瞬間にエネミーにそれらを1匹につき4個投げる。影分身も合わせて100回分は投げていただろうか。
男を取り囲んでいたは全てポリゴンへと変わり、次第に塵となり消えていく。
増えていたログも煙と共に消えていき、元の一体に戻る。
大量のエネミーがいて気づかなかったが、エネミーの向こう側には1人の見覚えのあるプレイヤーが立っていた。プレイヤーはログをモンスターボールに戻す。
「間に合ってよかったー。とりあえず次大量に来たら守りきれるかどうかわかんないんでこれ使って帰りましょうか」
そういって彼女はこちらに駆け寄って来た後、転移結晶を手渡してくる。
「階層は……まあ俺のプレイヤーホームがあるところでいいですよね。47階層に転移してきてください」
彼女は結晶をもう一つ取り出し、返答を聞かぬまま現在の最高階層へと転移していった。
転移結晶を購入するのはそこそこの金額が必要で、彼女にその金額を返さなければならなくなることを考えるとこれを使うのが憚られたが結局、一瞬の思考の末転移結晶を使用した。
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47階層の主街区フローリアに転移すると、先ほど見た少女が広場に立っているのを見つける。
男が声をかけるよりも早く彼女は反応する。
「お、来ましたか」
「あの、さっきは助けてくれてありがとう。ほんとに来てくれるとは思ってなかったよ」
「いえいえ、依頼ですから」
今朝も見た少女。
プレイヤーネームをシロという。
彼女はギルド『剣の救助隊』のギルドリーダーにして唯一のギルドメンバーである。つまり、彼女以外に剣の救助隊に参加している人物はいない。
男はこの剣の救助隊というギルドについてダンジョンの話とは別に噂としてフレンドから聞いていた。
事前に会って依頼しておき、危なくなった時にメッセージ機能でどんな単語でも、適当に打った意味のない文字列でも送りさえすれば現在位置まで助けに来てくれるというギルド。
男は今朝もこのギルドを訪れ、依頼をしてからダンジョン探索に赴いていた。
「それで、その、依頼達成の報酬なんだが…すまない、俺は今君のようなトッププレイヤーに渡せるアイテムもなければコルもない。支払いはしばらく待っていてくれないだろうか…」
剣の救助隊の噂は活動内容だけでなく、依頼達成の報酬についても流れていた、というかこちらの話題のほうが有名である。
報酬は出来高制、後払い方式であるのだが、その報酬が法外なものであり、その報酬を支払えなければ死ぬより酷い目にあうというチープな噂が流れていた。
男はそれを聞き、後払いということで助けを呼ばなければ大丈夫だろうと、最後の保険だと思い依頼したのだが、結局助けを呼んでしまった上に、今回のダンジョン探索で男はアイテムはほとんど入手できておらず、コルも手に入っていない。
「無理です」
「すまない、そこをなんとか…」
噂を思い出す。払えなければ死ぬよりひどい目。
「ダンケルさん、孤児院のために今回のダンジョン探索を決意したんでしたよね。確か子供たちの食費のためだとか…」
「た、頼むッ!子供たちには手を出さないでくれ!」
「はっ?え、えと。よくわかりませんが子供たちには手を出さないのでご安心を。それでですね、報酬についてなんですが」
そこまで言うと彼女は右手の人差し指を上から下に振り下ろす。その後なにかをぽちぽちと押していく素振りを見せる。システムメニューを操作しているようだ。
それを眺めていると、ピロン、という音の後にシステムウィンドウが表示される。シロからのトレードの申し込みだ。
「これは…」
「受けてください」
まさか、持っているアイテムを全てこのトレードに出せとでもいうのだろうか。
確かに彼女にとって価値のあるアイテムは所持していないが、装備品なども取られてしまうと流石に困る。
「俺は何をトレードに出せば…?」
「何も出さなくていいですよ。俺から送るんで」
一体何を送られるのか、存在をまことしやかに囁かれている呪いの装備でも送り付けられるのか。
「じゃあ、承諾してください」
「ああ…」
ウィンドウをタップし、トレードの完了を承諾すると、彼女からコルが大量に送られてきた。
一体どういうことか。驚きで目を見開きながら少女を見る。
「今回の報酬は子供たちの笑顔、とでもしておきましょうか。これでお腹いっぱい食べさせてあげてください。俺、子供が幸せそうにしてるの好きなんで」
「そ、そんなのでいいのか?話によればレアドロップを150個は要求してきたとか聞いたが…」
「ああ、それは依頼者がひどかった時ですね。俺を呼び出して強姦しようとしてきたんですよ。すごい根性ですよね」
「ご、ごう…」
「ああ、すみません。こういう話題苦手でした?」
可憐な女の子からとんでもない単語が聞こえてきたが、気にしないでおこうと男は考える。
「それに、子供たちの幸せって『そんなの』じゃないですよ」
「こんな世界だと、子供たちの幸せも当たり前じゃないと思うんです。貴重なんですよ」
少女の言葉に何も言えずにいると、こちらの目を見てはにかむ。
「それと、そんな貴重なものを守ろうとして命を賭ける勇気を見せてくれたのも、報酬の一つってことで」
聞いていた話とは全く違った、噂ではやれ極悪非道だの、鬼畜の擬人化だのと呼ばれていた彼女。
蓋を開けてみればそんなことはなく、優しい1人の女の子ではないか。
「今回は、本当に、本当にありがとう」
「ちょ、なんで頭下げてるんですか。俺はやりたいようにやってるだけなんで気にしないでくださいよ」
「俺も、やりたいようにやってるんだ」
「そ、そーですか…」
「俺に何ができるとも思えないが、もしも何か人手が必要なことがあったら呼んでくれ。なんでもする」
困惑したような表情を彼女を見て思う。
彼女はこの殺伐とした世界を生き抜くなかでも優しさを失わなかった稀有な例なのだろうな、と。
その日から、孤児院が資金が不足した夜にはダンケル宛にコルが届けるようになった。