諦め猫熊はかく語りき 作:幽
「ダメ!!!」
少女の声が辺りに響いた。走り出した海列車、第2列車にて丁度侵入者が現れたときのことだ。
フランキーは己が第2列車に蹴り飛ばしたネロを見た。そうして、その男に逃げろと吐き捨てた、彼にとってはなじみの顔であるロブ・ルッチ。
腹話術をしていたときのことなど忘れたというように流暢に逃げろと吐き捨てた。
ネロがそれに己の運命を察して逃げようとした時、少女の甲高い声が割って入った。
「・・・メラン。」
「ダメ!だーめ!これ、私の!」
「ダメだ。己の任務を忘れ、フランキーの抹殺を企んだそれは処理対象だ。」
「やだ!!」
ネロを背後に庇った、メランは駄々をこねるようにそう言った。それにあーあと周りの人間はため息を吐いた。
「メラン。」
「やだああああああああああ!!」
たしなめるようにそう言ったルッチに、メランはブリッジをしながら抗議の意を唱える。
そうして、カクだけがけたけたと笑った。
「そうじゃの、確かに、ネロはメランに采配が許可されとったわ。」
「カク!」
ルッチの叱責染みたそれにカクはにやにやと笑ってメランに言った。
「じゃが、長官はメランに任せると言ったんじゃよな?」
「そう!そうだよ!」
「なら、メランがダメというならダメじゃな。」
それにルッチはちらりとメランを見た。それにメランはさらに駄々をこねるように地団駄を踏んで、やーだー!と叫んでいる。
それにルッチは深々とため息を吐いた。そうして、ネロの首根っこを掴み、背後に放り投げた。
「しゃっ!?」
「次は無いと思え、坊や。」
「ルッチ、ネロ、怪我してるんだよ?」
「知らん。」
ルッチはそう吐き捨てて、メランのこともひょいっと後方に放り投げた。メランはそれに軽やかに下りたってネロに近寄った。フランキーと、そうして共にやってきたサンジに歩み寄った。
「子守は大変だな?ルッチ?」
「小さいとはいえレディだ。丁寧に扱えよ。」
「・・・そう、気の長い性質でもないだろうに。なら、簡潔に言ってやろう。」
ニコ・ロビンのことは諦めろ。
ルッチは淡々と、ロビンという存在が孕んだリスクを語った。
「何かを引き起こす可能性、それがある時点で。その存在は、人々のために、誰かの手によって殺させるべきだと思わないか?」
ルッチは特別な熱を持つこともなく、淡々とそう言い切った。
物心ついたその瞬間より、存在そのものが罪。自分が消えることでしか他人を幸せに出来ない。そういう不幸を背負っているんだ。
それにフランキーは、何故だろうか。あの日、黄昏の色をした男のことを思い出す。
あの男は、フランキーに言った。
彼の言っていた、スパンダムという存在の業とはなんだろうか?
彼が作り出したものとは、いったい、何だろうか。
サンジが怒りに煽られてルッチに飛びかかろうとしていた。それを横目に見ていたフランキーは無意識のように言った。
「なら、てめらはどうなんだ?」
その言葉にCP9のそれぞれがフランキーの方を見た。
「・・・道具の是非を問うのは人間だ。なら、人を殺すことを大前提に作り出されたお前らを是とする政府は、あいつには、罪がねえのか?」
互いにわかっていた。その言葉の裏に、黄昏色の誰かがいることを。
電伝虫にて言った言葉。
それに絡めた言葉に、げたげたと笑い声が上がった。
「ふ、ははははははははははははは!!!」
聞いたこともない楽しげな笑い声だった。そうして、それに煽られるように、他の三人も軽やかに笑い声を上げた。
「フランキー、てめえは勘違いをしている。存在するだけで罪があるあの女は、そう選定されたからだ。だが、俺たちは違う。」
我らは赦されているのだ、あの人に。そうして、あの人にもまた罪はない。なぜならば。
「俺たちはあの人を、欠片だって恨んじゃいないのだから。」
その時だけは、フランキーは怒りを忘れてしまった。怒りだとか、赦しだとか、そんなものは度外視になってしまって。
ただ、人殺したちの側にいた、あの日、自分を拾い上げたトムのような誰かがいたことを理解した。
「・・・・もうすぐ、あいつらが帰ってくるんですか。」
ジャブラは顔をしかめてそう言った。暗殺の任務を終え、久方ぶりに会う昔なじみについて、他の三人とソファに座っていた。
フクロウのやらかしの叱責も終っていた。クマドリに関しては、振りをする前にスパンダムに止められていた。
スパンダムはカリカリと書類に何かを書付けながら鷹揚に頷いた。
「ああ、今日な。メランを迎えにやった。」
それにジャブラはげんなりとした顔をする。お世辞にも仲も良くない化け猫の帰還は少々ぐったりとする。もちろん、以前からちょくちょく帰ってきていたが、それでも顔を合わせないようにすればよかった。
けれど、生活拠点がエニエスロビーに戻るのなら完璧に顔を合わせなくなるのは難しい。
ジャブラの脳裏にじめっとした視線をスパンダムに向けながら、カルガモのようについて回る男の姿が思い浮かんだ。
「チャパパパパパ、そう言えば長官、護衛に関して警備が厚くないか?」
フクロウの言葉にぴたりと、スパンダムの動きが止まった。それにジャブラたちの空気もまた変わった。
ジャブラたちもおかしいと思っていた。今回、移送されてくるニコ・ロビンは確かに重要だ。けれど、さすがに護衛の人間の数や、現在のエニエスロビーに集結された海兵の数、配置も相当な警戒レベルだ。
それがジャブラには面白くない。
ここには少なくとも自分たちがいるのだ。
ソファに引っかけた手の先、指で、背もたれを軽く叩いた。
苛立ちがむき出しになったそれに、フクロウが笑った。
「チャパパパパパ!ちょうかーん、ジャブラが不満そうだぞ。」
「おい!フクロウ!」
それにスパンダムが机から顔を上げた。肘を突いて肩をすくめた。
「・・・・お前らの実力は理解しているし、信頼している。お前らに勝てる奴らなんて早々いないだろうな。」
それにその場にいた三人は少しだけそわりと体を震わせた。もしも、それぞれに尻尾だとかがあれば機嫌良く揺れていただろう。
「お前らの強さも、お前らの技量も理解している。ただ、俺が臆病な性格だって知ってるだろう。」
「そりゃあ、そうですけどね。石橋を叩いて叩き壊さんでくださいよ。」
「・・・ああ、わかってる。」
スパンダムは疲れたようにそう言った。
その様子を見ながらジャブラは呆れたように言った。
「大体、そんなことを気にするぐらいなら、あんた自身ももう少し周りに護衛を置けば良いでしょう?なんだったか、特別な剣を支給されるって話があったんでしょう?」
「・・・・ゾウゾウの実を入れた剣のことだろう?あれなら断った。」
「はあ?なんでそんなもったいないこと・・・」
そこでジャブラは一つの仮定にたどり着く。
「メランですか?」
それにスパンダムは気まずそうに一度頷いた。
「少しの間、お試しだって使ってたんだが。」
「ジャブラが任務で、留守の時になあ。」
クマドリの付け足しに、スパンダムは疲れたように頷いた。
「使うことを勧めるならお前がメランの説得しろよ。」
その言葉にジャブラは、ある任務を終えて帰った折に、何故かスパンダムの執務室が工事中であったことを思いだした。その時はてっきりルッチとメランが喧嘩をして壁の一つでも壊したのかと思っていたのだが。
「・・・・メランと、その象が喧嘩でも?」
「自分以外に俺の側に何かがいるのが相当気にくわなかったみたいでな。散々に暴れておじゃんだ。象、ファンクフリードもうなり立てるメランに散々びびってな。まあ、護衛は事足りているからかまわんさ。」
「あんた・・・」
ジャブラはそれにどうなんだと口を開けようとしたが、すぐにそれを閉じた。
甘やかされているというならば、それは自分も強くは言えないことだろう。
カリカリと、また書類に何かを書付ける音がした。
ジャブラはそれに欠伸をした。海列車が着いたと知らせがあった。ならばそろそろだろうか。そんなことを考えると部屋の外が物々しくなってくる。
それにジャブラはため息を吐いた。ああ。等々帰ってきたのかと。
扉が開いた、その先。そこには見慣れた昔なじみの四人。そうして、ルッチの腕から少女か飛び出した。
「あーるじ!」
弾んだ声にスパンダムは彼らが部屋に入ってきたことに気づいた。そうして、スパンダムはゆっくりと立ち上がり、そうして、机の前で走ってくるメランを抱き留めた。
「ただーいまー。」
「ああ、お帰り。ごくろうさん。」
スパンダムはそのままメランを抱き上げて、己に前に立った四人に向き直る。黒づくめの彼らはスパンダムに向けて軽く頭を下げた。
それは賢しい獣が形だけの従順を示す姿勢に似ていた。
「帰ったか。」
「・・・暴行事件の罪人、“カティ・フラム”、“西の海”「オハラ」で起きた海軍戦艦襲撃事件における罪人“ニコ・ロビン” 滞りなく連行完了いたしました。現在は扉の向こうに。」
それにスパンダムは頷いた。
「そうか、ルッチ、カク、ブルーノ、カリファ。ご苦労だった。」
それに四人は緩やかに微笑んだ。
うっとりと、ルッチは微笑んだ。それにジャブラは気だるそうにため息を吐いた。
その笑みは、きっと、自分たちには似合わない。けれど、その言葉こそが何よりも望んでいることを何よりも理解できた。
フクロウの行った”六式”遊戯を見つめた。自分の実力に不満のあるジャブラを呆れたような目で見ていた。
「・・・まあ、カクの場合、若さがある分基礎的な身体能力の伸びはあるだろ。そこら辺はどうしようもないな。」
「長官、俺が老けてるって言っているんですか!?」
「技術と基礎的な能力って話だろ。大体、”六式”遊戯は肉体能力を測るだけで戦闘という部分じゃ測れねえ部分があるだろうが。状況判断の部分じゃお前さんの経験はあなどれんだろ。」
「・・・・まあ、あんたはそこら辺わかってるよな。」
ジャブラはふんと息を吐いて、カクを見た。カクはそれに不機嫌そうに顔をしかめた。
ルッチは周りの様子など気にした風もなくスパンダムに近づいた。それにメランはスパンダムの腕から飛び出し、ジャブラの足下に近寄った。
「ジャブラ、抱っこ。」
「おー。」
それと同時にハットリもまたルッチの肩から飛び立ち、メランの膝の上に止まる。
ジャブラは珍しいなあと、自分にあまり近寄らないハットリを見下げた。
スパンダムはメランのことを不思議そうに見ていたが、己の前に立ったルッチを見て全てを覚ったらしい。
「ちょーかん。」
ジャブラはそれにぞわざわと背筋に寒気が走った。砂糖を煮詰めたように、胃に来る甘さを含んだ言葉はジャブラにとって寒気が及ぶ。
それにスパンダムは全てを覚ったのかルッチの頭から帽子を取り、手を乗せた。
「ご苦労さん、よくやったな。」
それにルッチはうっとりと微笑み、スパンダムの肩口に顔をすり寄せた。ごろごろと雷の音に似た喉の音を立ててスパンダムに腰に己の尻尾を巻き付けた。
スパンダムは明らかに許容範囲外の重さにのしかかられてのけぞりながら後ろの三人を見た。
「お前さんたちもご苦労さん。」
「任務ですので。」
「はい。」
「まあ、ようやく禁断症状の出たルッチとおさらばじゃな。」
「はあ?こいつ、薬でもしてんのか?」
「あんた、自分の状態見てからゆうてくれんかの?」
ごろごろとマーキングをするようにスパンダムにひっついているルッチを、カクはジト目で見る。
「ルッチ、てめえ、いつになったなら甘えた卒業するんだ?」
ジャブラのそれに他のメンバーはなんとも言えない顔をした。それにスパンダムにじゃれついていたルッチがジャブラに振り返った。
「何か言ったから、野良犬が。」
「あ!?言い返す根性はあるんだな、化け猫よお!」
二人の体は体毛に覆われ、獣の姿に変貌していく。ジャブラがメランをどけて立ち上がろうとしたとき、べちんと、頬を軽く叩かれた。
小さな紅葉の手の持ち主を見ると、しらーとした眼のメランがいた。
「ジャブラ、そんなんだからギャサリンちゃんに振られるんだよ。」
それにジャブラはがーんと、頭に石が落ちてきたようなショックを受ける。それこそ、自他とも認めるほどにメランには、父親のように慕われている自負がジャブラにはあった。
それ故に、メランの辛らつな言葉はジャブラには効いた。
固まったジャブラに皆の視線が集まる。
「なるほど、それでやたらとルッチに噛みついとったんか。」
「メ、メラン!お前、どこでそれを聞いたんだ!?」
「俺が喋ったんだ、チャパパパパパ。」
「てめえか、フクロウ!」
そんな様子を尻目にスパンダムは豹の姿を取ったルッチの耳を軽く引っ張った。それにルッチは不服そうであったが、悪魔の実の能力を解いた。
スパンダムはそのままカリファたちのほうに視線を向けた。
「それで、麦わらの一味は追ってきたのか?」
「ええ、追ってきましたが。速やかに排除しました。また、長官の言ったとおり別の列車を用意してきましたので、線路に細工はしておきました。」
「・・・そうか。」
スパンダムはそう言った後、窓の方をちらりと見た。
「・・・・時間がずれてる。が、ずれただけだな。」
ぼそりとそう言ったスパンダムにカリファたちは不思議そうな視線を向ける。それに気づいたスパンダムはまるで忘れろというように首を振った。
「いいや、なんでもない。それよりも、会わせてくれるか。」
この世界の、絶望に。