諦め猫熊はかく語りき 作:幽
緊張、その時のネロの気分はそれ一言に尽きた。
彼の前にいるのは、今まで潜入を行っていた、CP9の面々、そうして。
「ねえ、ルッチ!これね、これ!私の部下なんだよ!主がね、見てやれって言ったんだよ!!」
いいでしょ!
弾んだ声で口を開いた少女に、ネロはそっと視線を下に向けた。
「ほう・・・・」
じろりと己に向けられた、めったにないような冷たい視線にネロは顔を青くした。他の三人もまたネロのことをじっと見る。
「長官推薦なんじゃろ、こいつ。」
「四式使いねえ。」
「あの人が決めたことだろう。」
列車の中、お世辞にも友好的とは言えない目つきの中でネロは震える。何か、じめじめとしたものを感じ取り、すぐさまに引っ込みたかったが、足下の少女はそれを赦してくれない。
「そうだよー。主がねえ。私に任せるって言ったんだよ。いいでしょ、部下だよ!」
弾んだ声でそう言ったそれは明らかにネロを舐めている。けれど、その齢で五式使いであるらしい少女に、そうして、上司からの命であるためにネロは黙り込んだ。
なによりも、じっとりとした、一際湿った感情を漂わせて自分を見る、かの有名なロブ・ルッチの存在にネロは黙り込むことしか出来なかった。
ルッチは息を吐き、ネロの頭を掴んで言い捨てた。
「・・・覚えておけ、ガキ。てめえのなすこと全てが、あの人の評価に加わる。」
ふざけたことをして見ろ、わかっているな?
ネロはそれにはい、と頷くことしか出来なかった。
「お前がネロか。」
「は、はい!」
連れてこられた、司法の要、ネロは目の前にいる仮面をつけた人物を前に大きく返事を
本来ならばネロはお世辞にもCP9に入る上では劣っていた。
六式のうち、四式しか使えない彼は気質もあって他のCPに送られることになっていた。
(・・・・昔は天狗にもなってたんだけど。)
年若い頃、天才などと呼ばれていたネロも見事に鼻をへし折られてそういった傲慢はなりを潜めている。
彼は目の前のスパンダムというそれに対してやたらと媚びへつらっているのは、偏に、彼の鼻をへし折った人物のからの紹介があってのことだった。
ネロはスパンダムを見た。厚い鉄仮面に覆われたその顔はよく見えない。ただ、ひどく静かな紫の瞳が印象的だった。
「ポーンからの紹介でいいんだな?」
「は、はい!」
口癖を抑えてネロは返事をした。
何と言っても、己の教官、ポーンから失礼がないようにと散々に言い含められていた。
ポーンと言う男は、ネロが知る上で自分が島に来る前からいた教官だ。曰く、元々、島の出身であり、厳しいと有名な男だった。
そうして、何か、CPの管轄の部署にて命令違反をしてこの地に飛ばされてきたのだという。
彼は厳しく、そうして、恐ろしかった。けれど、それ以上に教え子たちの性質を見抜き、無意味なことをしない人であった。特にネロは早々と戦闘の才を見いだされたせいか、本当に厳しくされた。
それでも、ネロは不思議と男のことが嫌いでもなかった。
男はネロがよい成績を出せば、こっそりと褒美をくれた。甘い菓子だとか、そんなもの。
アメとムチとまではいかないが、そこそこよくしてくれる男であった。
そうして、ネロをどこに配属するかという話しになったとき、かの有名なCP9への話が出たのだ。
本来ならば、少々実力不足が否めない。けれど、六式使いを生み出すというのはそこそこハードルも高い。そのため、現場での学習を目指す意味合いもあったらしい。
「よけいなことはけしてしてはいけません。」
それは配属前に教官から言い渡されたことだった。
ネロとしては何を唐突にと思う出来事だった。それが顔に出ていたのだろう、ポーンは、いつも以上に静かな眼をしていた。
「・・・・ネロ、私たちは確かに殺しを是として育てられました。ですが、それはあくまで政府の公認の元、です。ならば、けして、それ以上の行動しようなどとは思ってはいけません。」
「それりゃあ、そうでしょうっシャウ。」
「・・・口癖。」
それにネロは思わず口を閉じた。それにポーンは先が思いやられるとため息を吐く。諜報員として、そうして、暗殺に従事するものとして、個性はできるだけ消してしかるべきというのが彼の言い分だ。
そうして、その説教は出るたびに、だというのにあの男は、長髪に鳩まで連れて、と不機嫌そうに呟いているのは見慣れた光景だった。
ネロはちらりと、教官を見た。彼は、珍しく怒りを見せることもなく、ただ、静かにネロのことを見つめていた。
「ネロ。」
「はい?」
「あの人に、どうか、よろしくお伝えください。」
そういった、あの人、というのが目の前の彼。黄昏色の髪と眼をした男、そうして、自分の上司になる存在らしい。
「来てすぐ悪いが、大きな任務が終わってな。罪人の移送に向かって欲しい。」
無口らしい男は、必要最低限にそう言った。
「ああ、わか、りました。」
できるだけ敬語と意識をしたネロは頷いた。その時だ、勢いよく、扉が開かれて少女が一人、入ってくる。
「あーるーじー!ルッチのお迎えに行ってきます!」
未だ大人とは言えない体のそれはスパンダムの座る机に飛びついて言った。それにスパンダムは頷いた。
「・・・メラン、連れて行く上で、こいつを連れて行きなさい。」
それにメランと呼ばれた少女はネロの方を見た。彼は思わず、そのまん丸な、ガラス玉のような瑠璃の眼に固まった。
「ネロ、これはメランだ。俺の直轄の部下だ。これの命令は絶対服従しろ。」
「シャウ!?ま、待ってくれ、長官!こ、これにか?」
「基本的なことは先ほどの指示書に書いてある。それ以外のことはその子に従いなさい。ちなみに、それは五式使いだ。」
お前さんよりも強いことは念頭に置いておけ。
その言葉と共に、ネロはゆっくりと眼をきらきらさせたメランと向かい合った。
(・・・行ったな。)
スパンダムはメランにネロの扱いを任せることにした。彼女の庇護下であるならば、ルッチも勝手なことはしないだろう。
そうして、机の上に置かれた手紙をちらりと見た。それは、簡素な言葉でネロのことが綴られ、そうして、最後には決まったような謝罪の言葉が書かれていた。
それにスパンダムは昔のことを思い出す。
あの、ウォーターセブンでの、いつかのこと。
スパンダムさん!これで、任務は完了です!ええ、ええ、あなたのために私は、やりました!これでスパンダムさんの評価も上がりますよ!
ねえ、ねえ、スパンダムさん!
褒めてください!
スパンダムはそれに顔を覆った。
作り出されたものの罪は、作ったものが負わなくてはいけない。ならば、きっと、自分はその罰をもうすぐ受けることになるのだろう。