諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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ルッチの話です。少し、続きます。

感想いただけましたらうれしいです。


小生意気な猫よ、どうか私のことなど忘れてください。

 

「・・・いや、ただとても。」

 

それはいつかの夕暮れの日。遠くで、夜と夕日が混ざり合った、境の色。それと同じ色の、黄昏色の瞳が自分を見つめていたことをルッチは覚えている。

 

 

 

価値のないものはことごとく捨てられても仕方が無い。

それをルッチは物心ついて理解していた。彼は自分がどこで生まれただとか、そういったことはとんと覚えていなかった。

覚えていないと言うことは必要が無いことなのだろう、そう思う程度の理性は備わっていた。

何よりも、彼が住むグアンハオに特別な不満はなかった。食事も用意されたし、清潔な寝具に、服も与えられた。

何よりも、ルッチは当時、幼いながらにその技量は大人たちの間で有名であった。

衣食住も用意され、大人たちからも認められていたあり方は幼い少年にとっては十分だった。

けれど、それが崩れたのはある日のことだ。

 

その鳩は処分するように。

 

あっさりと大人たちから言われたそれに、ルッチは押し黙った。いつから共にいるのか覚えていない、鳩。ハットリと名付けたそれへの感情をルッチは言葉にできない。

ただ、ずっと共にいた。友人だとか、家族なんて言葉に関心はなかったけれど、ハットリだけは違った。

ただ、側にいた。いつの間にか共にあった、己の半身。

仕方が無い、仕方が無い。だって、その鳩には価値がないのだから。

大人たちはルッチ自身の手でハットリを始末するように言った。おそらく、ルッチに何かを壊すこと、それこそ私欲ではなく、命令を優先させることを覚えさせたかったのだろう。

それをルッチは受け入れた。

だって、そうだ。ハットリには価値はない。大人たちにとっては価値はない。

けれど、それでも、ルッチはそれを、いつものようにすぐに果すことは出来なかった。

鍛錬が終り、短い自由時間。ルッチは森の奥でハットリを殺そうと思った。

他の子供の近くですると五月蠅いと思ったからだ。

ルッチは森を進んだ。奥に、奥に、そうだ、あまり浅いと他の奴らに見つかってしまうから。ずっと、奥で、殺そうと。

ぽっぽーとハットリの鳴き声がした。そうだ、奥に、もっと奥に。

走って、走って、特に手入れもされていない、奥にやってきた。

その時、普段ならばあり得ないことだったけれど、ルッチは勢いよく転んだ。大きな木の、地表に出ている根っこに躓いたのだ。

立ち上がれば、足に擦り傷が出来ていた。にじんだ血に、ルッチは情けなさと悔しさを覚えた。

そうして、立ち入り禁止だと、大人たちが立て鉄格子の柵まで来た。そこはルッチがいける、一番遠く。

探して、ここまで来た。ルッチはここまでしかいけない。ここでルッチは、ハットリを殺さなくてはいけない。

柵の上で、ハットリは今から何が起こるのかわかっていないのか、不思議そうにルッチを見た。ルッチはそれに近くにあった木の棒を手に取った。

 

「いけ!」

 

乱雑にハットリが嫌がるように木の棒を振り回した。

 

「いけよ!いくんだ!!」

 

そうだ、自分は無理だけれど、ハットリならば違う。彼ならば、きっと、ここから出て行ける。この、柵から、きっと。

けれど、ハットリは不思議そうな顔をして、結局、ルッチのことを慰めるように鳴くだけだった。

情けなくて、ルッチはその場に蹲った。涙なんて出なかったけれど、出るような弱さなんてなかったけれど。

誰も立ち寄らない、島の端。木々が生い茂って、ルッチの周りには暗がりが覆っていた。

ルッチは自分たちの宿舎がある方向を見た。すでに、辺りは夕焼けが指していた。

戻らなくては、そうでなければ罰せられる。もう少しで時間が来る。

なのに、自分は。

 

「・・・・おい。」

 

突然声をかけられ、ルッチは顔を上げた。ここに人が来るなんてそうそうない。ならば、誰か、教官が見回りにでも来ただろうか。ルッチは面倒なことになったと声のする方を見た。

そこには、夕焼けに照らされた誰かが立っていた。

 

「おい、そこにいるだろう。出てきなさい。そろそろ帰る時間のはずだ。」

 

夕焼けの強い光のせいで、目が眩み、その顔はよく見えなかった。ただ、その声は、男にしては高く、さりとて女にしては低い。聞き覚えのない声に、それが教官の一人ではないことを理解した。

 

「怒らないから、出ておいで。」

 

静かな声だった。確かに、それは教官達が怒りを隠して取り繕うような声音が隠れていなかった。このまま隠れていても仕方が無いとルッチは気を取り直してそれに近づいた。

近づき、光に慣れた目にはそれが見慣れない服装をしていることに気づいた。

 

「・・・ああ、やっぱり候補生か。どうした、こんなところで。」

「・・・命令を受けたので。」

「命令?」

 

ルッチのそれへの印象は、はっきりいって良いものではなかった。

不健康そうな青白い肌に、枯れ木のような痩せた体。顔立ちは悪くないが、その隈に覆われた目と、気だるそうな表情のせいか非常に性悪そうに見えた。ただ、その声はどこか密やかで、あまり触れたことのないタイプの空気を纏っていた。

 

(・・・・紫苑の、瞳。)

 

ただ、その紫苑の髪と瞳だけが悪くないとルッチは思った。

衣服も上等な物で、なぜか頭にはシルクハットまで被っている。それにルッチは政府の関係者であることを予想した。この島に、部外者が立ち入ること自体があり得ない。視察か何かなのだろう。

 

「どんな命令だ?」

 

そう言って、どうやら男であるらしいそれはゆっくりと跪いた。その動作にルッチは珍しいと思った。島の教官がしない仕草だった。

そうして、それはルッチの足下をちらりと見た。擦り傷を見られたことが恥ずかしく、ルッチは怪我した方の足をそっと引いた。

 

「鳩の、処分です。」

「鳩?」

 

思いがけない言葉であったようでそれは首を傾げていた。その時、木陰の中からばさりと羽ばたきの音がした。

 

「・・・ハットリ。」

 

くるっぽーと、ハットリは変わることなく鳴いて見せた。その時、ハットリに意識が向いていたルッチは気づかなかった。その時、黄昏色の眼のそれは茫然とハットリを見つめていた。

 

「お前さん、名前は?」

 

話しかけられたルッチは一瞬黙り込んだ。けれど、目の前のそれへの反抗は賢い選択ではないだろう。

 

「・・・・ルッチ、です。」

 

それに目の前のそれはゆっくりと目を見開いた。表面上は冷静であるが、眼の瞳孔が開いているのを見た。

 

「名前に、何か?」

 

それはその動揺を押し殺すように笑みを浮かべた。困ったような笑みだった。そうして、少しだけ迷うような仕草をした。けれど、気を取り直すようにルッチに微笑んだ。

 

「いや、ただとても。」

 

美しい名前だと思ってな。

 

ざあああああと風が吹いていた。その風に混ざって消えていきそうなほどに微かな声音だった。けれど、それは確かにルッチの耳に届いていた。

何を言っているのだろうと、思った。それほどまでにその言葉は、場違いなものだった。誤魔化しだと思ったのに、なんだか、きょとりと眼を瞬かせた。

 

「美しい?」

「ああ、突然驚いたな。ルッチというのはな、光という意味なんだよ。」

 

木陰の中、暗がりの中で、そんなことを聞いた。そう言ってそれは、柔らかな、淡い夕焼けの中でそれはそう言った。

ルッチはどう反応すればいいのかわからなかった。名前なんてルッチにとって記号にしか過ぎない。それぞれを呼び分ける程度の音にしか過ぎない。だから、そんなものに美しいなんて形容詞をつける人間に戸惑ったのだ。

 

「・・・・よし、ルッチ。少し頼みを聞いてくれるか?」

「命令は。」

「命令はいい。俺のほうを優先しなさい。」

「でも。」

「気にしなくていい。ある程度我が儘のきく身分だ。それに森を散歩してたら迷ってな。宿舎の方に帰りたいんだ。そろそろ、時間だしな。」

 

それにルッチは素早く考える。確かに、こんなところで暢気に歩いているのなら、それ相応の立場なのだろう。ここで、それを断るようなことは賢くないだろう。

 

「わかりました。」

「そうか、なら、ほら。」

 

そう言ってそれは何故かルッチに対して背を向けた。その動作の意味がわからずにルッチは向けられた背に視線を向けた。

 

「ほら、負ぶってやる。足も痛むだろうし、はぐれる心配も無いだろう。」

 

それにルッチは少し考えた。馬鹿にされていると思わないわけではなかったが、今までされた事の無い対応でもあった。

 

「なら、こう言えばいいのか。命令だ。」

 

促されてルッチはおそるおそるその背に負ぶわれた。あまり政府の人間に逆らいたくなかったのだ。

その背は、驚くほどに華奢だった。島にいる女教官の方がずっとしっかりしているだろう。ルッチはこの世にはこんなにも脆そうな大人がいるのかと少しだけ驚いた。

 

 

くるっぽーと、またハットリが鳴いて羽ばたいていく。そうして、一定方向に進むとくるくると頭上を旋回した。

 

「ハットリについていけば宿舎につきます。」

「・・・賢い鳩だな。」

 

それに背負われているせいでルッチには顔が見えなかった。けれど、ルッチはそれに薄く笑った。

なんだ、これはどうやら見る目はあるらしい。そんなことをほくそ笑んでルッチはそれに揺られた。

華奢な体だ。驚くほどに、脆そうで、弱そうな体だ。

 

(ああ、でも。)

 

ひどく、暖かな体だった。

ゆらゆらと揺れる背中の上でルッチはぼんやりと、赤に染まる世界を見ていた。

揺れる木の葉、木々、それが全て赤く染まっている。それは自分にとって、何よりも馴染みの深い色だった。

赤、赤、赤、赤、赤、何か、腹の奥で、体の奥で、何かがたまらないというように笑い出しそうになった。暴力的な、圧倒的な発作がルッチの中で沸き起こる。

けれど、その時、ふと自分の目先で何かが揺れた。

それにルッチの動きが止まった。

赤と、青の合いの色。

 

「どうした?」

 

今まで黙っていたそれが声をかけてきた。

 

「・・・いいえ。」

 

ルッチはどこか熱を持った思考を沈めて返事をした。それはシルクハットからこぼれ落ちた男の髪だった。

 

「そうか。なら、宿舎につくまで休んでおきなさい。」

 

それにルッチは何と応えて良いのかわからず黙り込んだ。それに従う振りをして寝たふりをした。それに小さく、それが淡く笑った気がした。

ちらりと、その肩越しに空が見えた。去りゆく夕日と、追いゆく夜が混じっていた。それは、それの髪によく似ていた。

 

「スパンダム様!」

 

慌てた調子の教官の一人が自分たちに走り寄ってくるのが見えた。

 

「探しましたよ!どこに行かれていたんですか!?」

珍しく焦った様子の教官の姿が見えた。

「ああ、すまん。散歩に言って迷ったんだ。」

「スパンダイン様が探されていましたよ!」

(スパンダム、というのか。)

 

ルッチはその時、それの名前を聞いていなかったことを思い出した。

 

(スパンダム、スパンダム、スパンダム・・・・)

 

幾度か胸の内で呟いた。それに何かしらの感情を抱えることはなかった。ただ、まるであめ玉を転がすようにルッチは口の中で呟いた。

そこでふと、自分が目の前のそれに名乗られていないことに気づいた。その、ひ弱そうな人間の名前をそれ本人ではなく、違う人間から聞かされたことが面白くなかった。ルッチはちらりとその教官の顔を覚えた。

そう言っていた教官はスパンダムに背負われたルッチの存在に、明らかに顔を青くした。

 

「あ、あの、それは?」

「ああ、ルッチか?迷ったときに会ってな、送って貰ったんだ。」

「そうですか、何か、ご無礼は?」

「いいや、なかった。」

 

ルッチはそのままスパンダムの背中から下りた。それに、道案内をしたハットリがルッチの肩に乗った。教官はハットリの姿に顔をしかめた。

 

「・・・・それでは、中にお入りください。スパンダイン様が待っておられるので。」

「ああ、そうだな。」

 

スパンダムのことを見つめながら、教官は明らかにハットリのことを睨んでいた。それにルッチは教官がハットリを殺してこなかったことに怒っていることを察した。

 

(こいつに何か言うか?)

 

教官の様子からしておそらくスパンダムは逆らえない立場にいるのだろう。どうも子供に対して甘い対応から見て、交渉は可能でないだろうか?

そう思っていたとき、ルッチの頭に何かがかぶせられた。

 

「え?」

 

ルッチは驚いて頭に手を置いた。それは、ピカピカのシルクハットだった。あまり物に触れたわけではないルッチでもそれが上等な物だとわかった。

 

「・・・・道案内のお礼にやるよ。ハットリとお前へだ。」

「・・・・あり、がとうございます。」

「スパンダム様、困ります。勝手にそんなことは。」

「恩義にはそれ相応に返すべきだろう。」

「ですが。」

「ところで。」

 

スパンダムはにこやかにその教官に言葉をかけた。

 

「俺があのシルクハットを被ってきたのは、島の教官達は全員知ったことだろう?」

 

教官の肩をスパンダムは掴んだ。

 

「そのシルクハットを送られた子供と、鳩の処分なんてことを考える奴、この島にいると思うか?」

 

それに教官は黙り込み、そうして諦めたように息を吐いた。

 

「・・・いるわけがありません。」

「そうだな。わかりきったことをきいてすまなかった。」

 

スパンダムはそう言ってルッチに軽く手を振って宿舎の中に入っていった。それを見送った教官は憎々しげにルッチに吐き捨てた。

 

「・・・次期、CP9の長官に媚びを売るとはな。上手いことをしたもんだ。」

 

それをルッチは興味ないというように無視をした。

 

 

そのままルッチは普通に食事をして、いつも通り就寝した。子どもたちはルッチの被ってきたシルクハットに不思議そうな顔をしていた。

けれど、さほど他人と親しいわけではなく、そうして戦闘面で頭角を現していたルッチに話しかけるものはいなかった。唯一、ジャブラだけが言葉をかけたが無視していた。

その日、ルッチはベッドの中でそっとシルクハットを眺めていた。シルクハットの中にはハットリが入って眠っている。

そっと、ルッチは布団にくるまってハットリを起こさないようにシルクハットを抱きしめた。

ピカピカのシルクハットは香水の匂いなのか、仄かに甘い匂いがした。すべすべとしたそれは、ルッチの人生で手に入れたことのないものだった。

自分のものだ。自分だけのものだ。自分の頭よりも、少しだけ大きなそれ。

ピカピカの、甘い匂いのするシルクハット。処分されることのないハットリ。そうして、己の名前を美しいと言った言葉。

 

(スパンダム。)

 

ルッチはまた心の奥で呟いてみた。その名前に美しいだとか、よきものであるだとか、そんな感想を抱くことはなかったけれど。

それの言った、自分の名前を美しいというあり方はわからなかったけれど。

ああ、悪くない。

 

(ルッチ、光・・・・)

 

誰につけられたかなんて知らないが、それはきっと悪くない物だった。

瞳を閉じると、彼の背中で見た、あの合いの色が浮かんできた。

 

(悪く、ないな。)

 

悪くないなと思った。それがどう悪くないかと言われるとわからないけれど、そう思った。

ルッチはゆるゆると嬉しそうに微笑んでそのまま眠りについた。

 

 

次の日、ルッチは表面に出さなかったが、機嫌良く鍛錬をしていた。彼の頭に昨日のシルクハットが収まっていた。大きなせいで時折ずれていたが、中にハットリがいるせいで邪魔にはならなかった。

 

(あいつは、まだいるんだろうか?)

 

ルッチはそんな疑問を擡げさせた。わざわざ夕方に宿舎に向かったことや、夜、教官たちが酒を飲んでいたことからどうも本部の方から視察の人間が来ていたのかもしれない。昨日のそれも、その一人なのだろうか?

また鍛錬を終え、自由時間になった。自由時間といってもそれはあくまでそれぞれで鍛錬の内容を選択できるわけで本当の自由時間ではない。

ルッチは人から離れて今日はどうするかと頭を巡らせていると、シルクハットの中に隠れていたハットリが飛び出した。

 

「ハットリ?」 

 

ルッチはそう言ってその後を追う。それは宿舎の裏側に回ったが、そこにはあの黄昏の髪と瞳のスパンダムがいた。

休憩していたのか、壁にもたれかかっていた。

 

「・・・お前。」

 

スパンダムは驚いた顔をして、戸惑いを瞳に浮かべた後、またルッチと視線を合わせるようにかがんだ。その、子供扱いの仕草が嫌に腹立たしかった。

 

「そのシルクハットは、役に立ったか?」

「ええ、おかげさまで。」

「そうか。」

 

スパンダムはそう言って納得したように立ち上がり、ルッチに言った。

 

「ほら、やることのある時間だろう。さっさと行きなさい。」

 

ルッチはそれに苛立ちを覚える。もちろん、ルッチは頭角を現してきただけで、自分と同程度の実力の存在はいる。ルッチ自身はさほど重要ではない。

ただ、その興味が無いと言っている態度がひどく嫌いだった。

 

「・・・何か、俺に望むことがあるんじゃないんですか?」

 

おざなりな、とってつけたような敬語だった。

それにスパンダムはルッチの方を見た。改めて自分の方を見たスパンダムにルッチは鼻を鳴らした。ルッチは自分が誰よりも強くなる自負があった。そうして、周りの人間よりも賢しいことや強いことも。実際、ルッチと同程度の実力のものはいたが、その中でもルッチはずば抜けて幼かった。彼は事実、天才であった。

それ故にルッチはその目の前の人間の願うことを叶えられると思ったのだ。その借りを返す程度のことはできると思ったのだ。

それはあまりにも幼い故の傲慢さだった。けれど、スパンダムはそれを嘲笑うこともなく静かにルッチを見下ろした。

 

「なら、お前には何が出来るんだ?」

 

逆にされた問いかけにルッチは言葉に窮した。特別な感情などない、ぼんやりとした静かな眼がルッチを見返していた。

何が出来るのだろうか。それにルッチはふと、背負われた瞬間のあまりにも脆そうな体躯を思い出した。ルッチは無意識のように口を開いた。

 

「あなたのことを、守ってあげます。」

 

それにスパンダムは顔を強ばらせた。それにルッチは気づかなかった。口から出たそれが悪くないものだと思って得意げに話をした。

 

「俺を?」

「はい。あなたはCP9の長官になるんでしょう?俺は優秀なので、その一員になって見せます。それで。」

あなたを守ってあげます。

 

弾むような声だった。良い考えだと思った。CP9の話はルッチもすでに知っていた。そこでなら自分の衝動も満足するはずだ。そうして、ついでに借りを返すのも悪くないはずだ。

スパンダムはその間、顔を手で覆った。それにルッチは疑問に思う。

どうしたのだろうか?弱そうに見えたが、もしかして病弱なのだろうか?ならば、医術の知識も必要なのだろうか?

 

「・・・・どうして、俺を守るだなんて思うんだ?」

 

掠れた声にルッチはためらいもなく応えた。

 

「だって、あなたは弱そうだから。すぐにでも死んでしまいそうなので。俺は強いので、あなたのことぐらい守ってあげます。」

 

スパンダムは、少しの間黙り込み、顔を上げた。それは、何か、ひどく苦痛を孕んだ顔だった。何がそんな顔をするのだろうか。

スパンダムは今にも泣き出しそうな顔をして、ルッチの頬に手を滑らせた。細くて、長い、華奢な手だった。

 

「・・・・ルッチ、お前は俺を守ってくるのか?俺は敵が多いから、きっと大変だぞ。」

「いいです。俺は強いので。」

 

スパンダムはそれにそうかいと、静かに笑った。幾度も、頷いて、そうしてルッチの緑の瞳をのぞき込んだ。

 

「そうだな、だが、今回の一件だけでそれを頼むのは少しだけ割に合わないだろう。だから、ルッチ、一つ約束をしよう。」

「約束?」

 

思いがけない言葉にルッチは首を傾げた。くるっぽーと、ハットリが鳴いた。スパンダムは穏やかに微笑んだ。優しい、見たこともないような優しい笑みだった。

 

「ああ、ルッチ、約束をしよう。」

 

もしも、いつか、その必要があるというのなら。俺はお前のために死んでやろう。

 

何のことがないような声音だった。本当に、世間話をするような気軽さで、スパンダムは無価値なルッチに命をやると言った。

たわいもない戯れ言だったのかもしれない。けれど、ルッチはそれが本心であると確信した。それ故に、思ったのだ。

ああ、これが欲しいと。

 

 

生まれがそれからの人生に直結する人生で、孤児のルッチには何の価値もない。それ故に、己の身一つで価値を肯定できることが嬉しかった。

けれど、スパンダムは違う。それは高官の子で、生まれた頃から価値がある存在だった。

自分とはあまりにも何もかもが違った。

立場も、生まれも、年齢も。

なのに、スパンダムはそれが戯言であったとしても、未だ幼いルッチのために、その大人は死んでやると言ったのだ。

その時、ルッチは誰よりも、何よりも価値ある人間になれたのだ。その価値ある人間の命と釣り合う人間であると。

その時、ルッチは思ったのだ。この人間は、自分のためだけのものなのだと。

きっとそれが始まりだった。

一人の人間の罪悪感からの誓いによって差し出された命の価値への肯定。ただの孤児につけられた、名前という定義への賞賛。

それこそが、ロブ・ルッチを人間たらしめた始まりだった。

 

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