諦め猫熊はかく語りき 作:幽
感想、一言だけでもいただけましたら嬉しいです。
裏切る事なんて無いと思っていた。自分がいないと生きていけない。あなたはそれほどまでに弱い人だと知っていた。
ロブ・ルッチはモンキー・D・ルフィを侮っていた。
六式を模倣し、己のゴムという体質を理解した戦い方は見事だった。けれど、それでもルッチは己が勝っていると疑ってさえいなかった。
じっくりと殺して、そうして、首でも跳ねてやろうと思っていた。
モンキー・D・ルフィのことが気に入らなかった。
スパンダムはずっと、ルフィのことを見ていた。まるで、何か、焦がれるように。その感情の名をルッチは知らない。
憧れというには執着が足りず、恋と言うには甘さなど無く、ただ、ただ、スパンダムはルフィのなすことを心の底から嬉しそうに見ていた。
何故だ?
ルッチはスパンダムの願うことを全て叶えたはずだ。
スパンダムの処理に悩んでいたニコ・ロビンを無事に連れてきた、ガレーラでの任務も無事に終えた。
殺したくてたまらなかったカティ・フラムも生きて連れてきた。
ガレーラの潜入だって本当は嫌だった。けれど、スパンダムが命じたから従った。
クソ生意気で、我が儘で、そうして柔らかな命を殺さずに育てた。
ルッチはスパンダムの願いを叶え続けた。
なのに、なのに、なのに。
ああ、まるで少女のような目じゃないか。ああ、まるでヒーローを見る少年のようじゃないか。
ああ、ああ、まるでこの世で最もよきものを見るような目じゃないか。
何故だ?
(それは、俺に向けられるべきものなのに。)
「どけ、ルッチ!俺は、スパンダムに用があるんだ!」
「それでどくと思うのか?」
ルフィとの対決の時に乱入してきたフランキーに吐き捨てた。フランキーは握りしめた手紙にルッチを見た。
「ああ、あの魚人からのそれをようやく読んだのか?そうだ、貴様が散々に罵り、蔑んだあの人こそがその魚人の責を持ち、看取り、その末に墓さえ建てた!仁義?恩?それを何よりもないがしろにしているのはどちらだ!?」
向かい合った倉庫の中で、ルッチの言葉にフランキーは歯がみした。それを聞いていたルフィはフランキーのことをじっと見た。
「・・・・あいつ、良い奴なんだな。」
ルッチはルフィの言葉を聞き逃さなかった。
「貴様の尺度であの人を測るな。フランキー、貴様もだ。今更、手のひら返しをしたとして、貴様があの人になした蛮行は赦されねえ・・・・・!」
ルッチはフランキーに飛びかかる、そうして、その腹に拳を叩き込んだ。血を吐き出すフランキーに、ルッチは指を向ける。指銃の構えをしたとき、向かってくる人影の姿が見えた。
「麦わら!」
フランキーの声と共にルッチは後方に吹っ飛んでいく。
「行け!」
それに足音が遠のいていく。ルッチは痛む体にむち打って、叫んだ。
「フランキー!あの人に手を出してみろ、指一本でも触れてみろ!どんな目にあうか、理解しろ!」
立ち上がった先にフランキーはいない。
追いかけるか?いいや、それでは麦わらが絶対的に出てくる。
ルッチは目の前のそれを見た。
「・・・すぐに、片付けてやる。」
「そりゃあ、無理だ。俺はお前に勝つからな。」
その言葉に、苛立っていた感情以上に楽しいと、笑みが浮かんでくる。それと同時に、考えた。目の前のそれを殺したとき、あの人はどんな顔をするのだろうか?
砲弾の音がし始めたのに、ルッチはそろそろ時間が迫っていることを理解した。それは未だにまったくと言っていいほど揺るがない。
ゴムの体を使い、命を削りながら、ルフィはルッチに戦いを挑んでいた。それにルッチはためらいの橋への道を嵐脚によって壊した。
「な!」
「これで、例え、ニコ・ロビンの脱却が成功したとして、帰ってくるものはいないだろう。何よりも、バスターコールも近づいている。全てが無駄だ。」
「いいや、やれることは全部やってやる!俺は何も失わねえ!」
「お前は全てを望みすぎている!お前の仲間の何割が生き残っている!?司法の塔に入る前にお前達を仕留めきれなかった俺たちの失態だ!あの人の命を、俺たちが遂行できないなど、あってはならないのに!」
たたき付けるようなルッチの言葉にルフィは構えていた両腕を下ろした。
「・・・・お前、本当に、こんなことをお前の言う奴が望んでると思ってんのか?」
それにルッチの眉間に皺が寄り、咆吼のように言葉がほとばしった。
「知ったような口をきくな!!」
ルッチから漏れ出す殺気が、更に濃くなっていく。
「お前にあの人の何がわかる!?まるで、あの人を理解するようなことを言いやがって!俺は、あの人のために生きた!親よりも、誰よりも、あの人を理解しているのは俺だ!」
ルッチは知っている。
スパンダムとは、優しい人間なのだ。
「権力も、争いも、何もかも嫌悪し、弱者を見捨てられない、愚かなお人好しだ。それでも、なお、あの人がここにいるのか、わかるか!?」
俺たちが、ここにいるからだ。
ルフィはそれを黙って聞いた。ルッチはうなり声を上げて、ルフィを睨んだ。
「人殺しに心を痛め、良心をのたうち回し、己の罪悪に苦しんでいる!それでも、あの人は俺を選んだんだ!あの人は、スパンダムは俺のものだ!これを望んでいるかだと!?望んでいるに決まっている!俺たちが共にいるために、必要なのだから!」
「・・・・もう、いい。」
ルッチの言葉をルフィは黙らせた。そうして、また、構えを取る。
「なら、ここだって。お前のことも、こんな狭苦しいところも、俺がぶっ壊してやる!」
自分に見上げるような拳が迫ったとき、ルッチには避けられたのだ。
負けるわけにはいかない。自分と、あの人のあり方を否定されるわけにはいかない。けれど、戦闘の果てに、ぼろぼろになった上着から紙が、こぼれ落ちた。
するりと、まるで、天に向かうようにその紙切れは飛んでいく。
(ビブルカード・・・・)
その時、敵と戦っているというのにルッチはそれに意識を向けてしまった。それは、散々に駄々をこねて、ねだって、ようやくもらえたスパンダムのビブルカードだった。
ふわりと、飛んだそれにルッチは手を伸ばした。無意識に子どものように、それに手を伸ばして。
ジリ
まるで月が欠けるように、それは燃えていた。
(あ・・・・・)
ダメだと思った、それは、それは、だめだ。
だって、それは、あんまりにも。
体に衝撃が走った。巨人のような、拳が己に叩き込まれた。突き抜けた壁の外、風に攫われて、じわりと、小さくなっていくビブルカードが空に飛んでいく。
ああ、青空が、狂うほどに目映い青空が。いつだって、明るい、太陽の射した己の根城。その青空の中で、ルッチの全てが燃え尽きるのを、見た。
黄昏を、太陽が、攫っていく。
叩きつけられた甲板で、ルッチはゆらりと起き上がった。
嘘だ。
ただ、そう思った。だって、あの人が死ぬはずがない。あの人を殺せるような事態など、あるはずがない。今回の護衛船への移送において、ルッチもまたある程度手を回した。
ためらいの橋にまで送り届けた。護衛船には、故郷を同じくする同胞も混ざっていたはずだ。
スパンダムの手によって、グアンハオの子どもたちは多くの箇所に送られた。その行き先は、海軍もその一つだった。
ならば、どんなことがあっても、彼らは己と同じようにその命を代価にしてあの人を救うはずだ。
ならば、ならば、そんなことあるはずがないのだ。
「違う、そんなはずがない・・・・」
銃が自分に向けられる、気にならない。どうせ、その程度で死ぬような性質ではない。ルッチの中には、そんなはずがないと幾度も反響する。
(あの人が、死ぬはずがない。そんなわけがない、俺があの人を守ってるんだ、なら、死ぬはずがない。)
ぐるぐると、回る思考の中で、海軍船の人間が一人、ルッチに駆け寄ってくる。誰もが止めろと、止める中、それはぼたぼたと涙を流しながらルッチの前に立った。
殺される、そう、海兵達は思った。けれど、その人間、その青年はルッチを睨んだ。
「・・・・す、ズパンダムざまの、び、びぶる、かーどが、もえて。でん、でんむしで、そう、ほうこ、くが。」
掠れた声で、子どものように涙混じりに、それは言った。ルッチはそれに、あの、ビブルカードが燃え尽きたことを思い出した。
「ちがう・・・・」
思わず言ったそれに、青年は叫んだ。
「うそつき!守るって、あなたが言ったのに!あなたが、守るから。だから、死なないって!どうして、どうして、あの人から、離れたんですか!?」
叫んだそれは、崩れ落ちる。
ルッチの中で、何かが渦巻く。違う、違う、そんなことがあるはずがない。あの人が、ためらいの橋?
いいや、そんなことが、フランキーごときに負けるだと?
目の前で泣く青年にルッチは無意識のように叫んでいた。
「そんなこと、あるはずがない。」
「でも!」
「あの人が、俺たちの、誰もいない場所で死ぬはずがねえだろうが!!」
叫んだその瞬間に、ルフィが飛んでくるのが見えた。それに、ルッチは拳を握った。
ビブルカード、それが本物であったのか、わからない。
もらってすぐ、動くのかも確認していない。もしやすれば、ダミーを握らされた可能性はある。
スパンダムはそういった所では私情など無く、堂々と嘘をつく人だった。
だから、違う、そんなはずはないとルッチは歯を食いしばった。
先ほどの同胞のあれは、おそらく、任務における生死確認のために保管されていたビブルカードの事だろう。
そうだ、そんなはずがない。あの人が、自分のいない場所で死ぬ事なんてあるはずがないのだ。
スパンダムが約束を破ることも、そんな裏切りをすることなんてありえてはいけないのだから。
声援が聞こえる。
ルフィを追い詰めたルッチを横目に、彼の仲間達は勝てと叫んでいた。
それにルッチは他のメンバーが倒されたことを理解した。それに何かを思うことはない。元より、自分たちにとって己が命よりも優先すべきなのは命令だ、あの人の願うことを叶えることだ。
自分以外がそれから脱落したことにあきれ果てた。
「あいつらから逃げおおせたか、見事な物だ。だが、数分後、その顔をできているのか?“悪”はこの世に栄えない。」
ルッチの言葉にルフィは息を切らせて、問いかけた。
「お前達の言うそれ、窮屈そうで俺は嫌いだ。」
「窮屈?だからなんだ。それでも、それこそが正しい。」
昔、ルッチはスパンダムに問いかけたことがある。弱くて脆いスパンダムは闇の正義を本当に遂行できるか疑問だったのだ。それにスパンダムはなんとも言えない顔をした。
悲しそうに、苦しそうに、その人はルッチを見ていた。
「そうだな、正しさだけで全てが救えるなら、どれだけいいんだろうな。」
ルッチは狂っている。
血を見るのも、何かを殺すのも、狂乱に身を任せるのも、心底好きだ。
けれど、その奥底にはいつかに聞いた言葉が存在している。
お前達は誰かを殺す、誰かを傷つける。それでも、その闘争も、殺戮も、いつかの誰かの救いになる。誰かを守っているんだよ。
なあ、ルッチ、優しい奴になれだとか、そういったことは言わない。でもな、誰かのために戦える奴になれよ。
黄昏が、ルッチにそう言った。それはスパンダムからの、罪悪感をせめてと慰める言葉だったのだろう。残念ながら、それはルッチに欠片だって響いてはいない。
けれど、それはルッチにとってスパンダムの命令だったから。
だから、そこに善意はなくとも、そこに優しさはなくとも、そこに慈しみはなくとも、ルッチは例えば何かを虐げるものがあるのなら、ためらいもなく力を振う。
だって、それはあの人からの命令だから。
「例え、この島が滅んだとして。俺は地の果てまで、あの女を追う!闇の正義の名の下に!」
「何が闇の正義だ!なら、どうして、お前達の中にいたあいつは、あんなにも苦しそうなんだ!」
ルフィのそれ、あいつという言葉がだれのことかなんてすぐにわかった。
「黙れ!」
「黙るかよ!命令?願い?お前、そんなことを言ってるくせに、あの仮面野郎、ぜんぜん嬉しそうじゃなかったじゃねえか!」
「違う!あの人の幸せは俺たちと共にいることだ!俺たちのために、死ぬことだ!それが、あの日、俺たちに贖われた対価だった!」
あの人は俺たちを世界の贄だと言った。だが、それが何だと言うんだ?だって、対価は支払われていたのに。
お前のために、死んでやろう。
声がする。あまりにも破綻に満ちた台詞なのに、それでも、優しい声がした。
「あの人は、俺たちのための、贄だったのだから!」
ならば、それでいいだろう。あの日、無価値で無意味な命のために、死んでやると言ってくれた人がいたのだ。あの日、幼い誰かに生きろと奔走してくれた人がいたのだ。
なら、それで十分だ。
「ふざけんな!」
ルフィはルッチの言葉を遮った。
「お前は大好きな奴が苦しんでるのに、それも助けてやらねえじゃねえか!誰よりも、怯えてんのはお前だ!」
大事な奴のために世界も敵に回せねえお前なんかに負けるもんかよ!
殺そうと思った。素直に、ただ、殺そうと思った。全員、こいつの大事なものは悉く、壊してしまおうと、そう。
ルッチだって、わかっている。
エニエスロビーでスパンダムはけして、幸せでなかったことぐらい。
ルフィの猛攻に敗れたルッチは薄れていく意識の中で、そんなことを思っていた。
スパンダムはずっとルッチに優しかった。それをルッチは、自分が価値のあるものだからだと、思っていた。
家に押しかけて食事を要求しても、何か適当な物を作らせて、横暴を振りかざし、散々に我が儘を言っても、スパンダムはそれを赦した。寝起きの目をこすって、ルッチの話を聞いてくれた、物を教えてくれた、ルッチを肯定してくれた。
スパンダムはずっと、ルッチの記憶の中でいつも、仕方が無い奴だと微笑んでいた。
それはルッチが結果を出すから赦されていて、だから、自分は特別なのだと信じていた。
「スパンダムさん。」
「なんだよ?」
あれは、まだ、ルッチが名を上げる前の話だ。スパンダムの自宅にて、いつも通り上がり込んで、つかの間の休暇を楽しんでいたときだ。
「・・・・あの魚人の件で、失態を犯した奴はどうされるんですか?殺しますか?」
それにスパンダムは驚いた顔をした。
顔に痛々しくはめられたギプスが本当に気にくわなくて。ルッチは、カティ・フラムというそれと、そうして、勝手な作戦を立てたポーンというそれを殺したくてたまらなかった。
ルッチはポーンと言うそれがきっと始末されているのだと予想した。
勝手な判断で起こしたことが、今回は大きすぎる。それにスパンダムは少しだけ押し黙り、ルッチのほうを見ずに口を開いた。
「・・・・あいつは、グアンハオに教官として送り込んだ。」
「何故ですか!?あいつのせいで、あなたは。」
「いいんだ。」
スパンダムは掠れた声で言った。全ては、己の責なのだと。
ギプスで殆ど見えない横顔がルッチの視界に収まった。
CP5の下っ端程度の同胞を、この人は庇っている。必死に、それを自分の責だと背負い込んで。
なんで?どうして、その程度の人間にそこまで肩入れをするんだ?
それは、自分ではないのに、ルッチほどに価値などないのに。
押し黙ったルッチを勘違いしたのか、スパンダムは少年に歩み寄り、自分よりもずっと小柄な体を抱きしめた。
「安心しなさい。お前のことも、俺が何があっても守ってやるから。」
その言葉に、ルッチは理解したのだ。特別なのは、自分ではなくて。いいや、この人には、きっと、特別なんて最初からなかったのだ。
抱きしめたその体に、ルッチはようやく理解した。
罪悪感だとか、後悔だとか、哀れみだとか、そういったものなんてとっくに越えて、この人はただ、あの日、どうしようもなかったルッチたちを愛しているだけだったのだと。
知っていた、理解していた、CP9の人間達だって無意識のようにわかっていた。
この人は、きっと、エニエスロビーで生きることが苦痛なのだろうと。
苦痛でも、それを押し殺し、義務も理性もそれなりの決意も覚悟も抱えていた。けれど、本音を言うのならばあの人はどこか平凡な場所で普通に生きていきたかった人なのだと、知っていた。
でも、それを赦せるのか?
自分たちを、ルッチを置いて、一人だけ遠いどこかに行くなんて赦せなかった。
だから、守るとルッチは幼い頃の約束を振り回した。
弱いあなたがどうしてこんな残酷な世界で生きていけるんですか?守ってあげますよ。何があっても、俺が負けることなんてあり得ないのだから。
だから、どうか、置いていかないで。
グアンハオで生きて、兵器なんて呼ばれる自分や、自分たちはここでしか、光を唄う闇の中でしか生きていけない。そんな生き方しか知らないのだ。
正義を唄う光の中で生きる人間達は自分たちを有用とし、必要だと言った。けれど、光の中から自分たちに手を差し出してくれたのは、黄昏の、あの人だけだった。
知っている、知っている、強さも、賢しさも、あの人にとっては取るに足らないもので。スパンダムが愛したのは、誰もが興味を捨てるような、ちっぽけでささやかなもので。
そうだ、モンキー・D・ルフィのそれはルッチのできないことだった。
光が自分たちを照りつける裁きの場から、あの人を連れ出してやる。連れ出して、静かに暮らさせてあげる。
それがきっと、あの人を救うことだった。それが本当の意味での恩を返すと言うことだった。
でも、いいじゃないか。
だって、誰もルッチを救ってくれなかった。誰も、ルッチに優しさなんて教えなかった。
だから、望まれたとおり、残酷で恐ろしい兵器になれたのに。
なのに、あの人はルッチを救って、優しさを与えたのだ。なあ、なあ、その責を取ってくれよ。
なあ、ずっと一緒にいて、あの日、黄昏の中を帰った日のように、ずっと側にいてくれよ。
なあ、なあ、頼むから。だって。
(愛し、てるんだ・・・・)
愛というそれをルッチは本当の意味で理解できない。けれど、この世という物を蔑んでいるルッチにとって、この人だけは笑っていて欲しいと思える願いこそが愛だった。
だから、ルフィの言葉はルッチに真実を突きつける。
自分たちでは、あの人のことを救えないのだと。
ああ、忌々しい太陽め。青空が、光が、自分に刺している気がした。目が眩んで、疎ましくて仕方がなかった。けれど、黄昏はいつだって太陽を追いかける。夜は、それを追うことしか出来ない。
いつだって自分は追いかけるだけだ。黄昏が自分を振り向く瞬間を切望して。
特別だと信じていた、けれど、あの人にとって自分は取るに足らない、ただ、当たり前の一欠片を放られていただけで。
(いいや、そんなことはない。)
例え、特別ではなくたってあの人はずっとルッチを見ていてくれたのだ。
体が動かない。ルフィたちの声も遠くになる。
(長官・・・・・)
どこにいるんだ?
なあ、声を、ただ、立ち上がれと言ってくれ。それだけで自分はきっと、立ち上がれるから。
なのに、声はしない。心配するように体を撫でる手はない。
呆れられるだろうか、捨てられるだろうか?
そんなことなどあるはずがない。そんなことが出来なかったから、あの日、あの人は自分にシルクハットをくれたのだ。
自分は特別ではなくても、愛されていたのだ。それぐらいはわかっているから。
ルッチはそれに目を閉じる。意識は遠のいていく。
ルッチは自分が死ぬ可能性も考えた。それに、黄昏の瞳から流される涙を想像した。
その時になってさえも、ルッチはスパンダムが死んでいるなんて欠片だって想像していなかった。
その命は自分たちのために使われるのだという約束をその猫は信じていたのだ。
いつか、番外編で湿り気ましましで赦されるならスパンダム死亡後にスパンダムとルッチの息子が発覚する話とか書いてみたいですね。