諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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これでルッチは最後です。
次は本人の分になります。

感想いただけましたら嬉しいです。


小生意気な猫よ、どうか私のことなど忘れてください。 4

 

美しい名前だと言ってくれた。

光というその名前を呼んで、死んでくれるという約束を、確かにその人は覚えていてくれたのだ。

だから、なんだってしようと思った。そこに、あなたの思想はなくとも、あなたの願いはなくとも、あなたの幸福はなくとも、あなたがいつかにうち捨てられた子どもたちのためにそうするというならば。

自分たちはどんな困難も、掴むことの叶わないことであっても、やり遂げて見せよう。

それが自分たちに生きろという願いであるというのなら、なおさらに。

けれど、叶うなら、自分たちは、そんなこともよりも一緒に連れて行って欲しかった。

 

 

 

 

「・・・・ひどいな。」

 

そう呟いたのは、ブルーノだった。

バスターコールの後、それでもCP9が生き残ることが出来たのは、偏にブルーノと、小回りと鼻のきくメランが倒れたメンバーの回収に奔走したためだ。ほとんど更地になったエニエスロビーにドアドアの実で降り立ったメンバーはなんとか回収したロブ・ルッチを見た。

メンバーの中で一番に強かったルッチはそれこそ、瀕死と言っていい。外傷は少ないが、内臓にダメージがあるのか虫の息だ。

 

「・・・カク、ルッチどうなるの?主、どこ?」

 

普段は仲が良いとは言えないが、一番に懐いているメランはカクにぐずぐずと泣きながらズボンの裾を掴んだ。ルッチを見つけたのもメランであり、当初は涙としゃっくりで碌々喋られないほどに動揺していた。

カクはひとまずとメランに言った。

 

「安心せい。ルッチはわしらの中で誰よりも頑丈じゃし。長官を死なせるような間抜け、このエニエスロビーにはおらん。」

「ともかく、本部と連絡を取らねえとな。」

「だが、本部に戻れるのかあ?」

「エニエスロビーがこの惨状だからなあ。」

「そこら辺は長官に頼むしかねえだろ。」

「・・・バスターコールの時、責任を取ると言われてたけど、大丈夫かしら?」

「あの親馬鹿の親父さんがおるし、大丈夫じゃろ。」

 

その時、遠くからがやがやと騒がしい声がした。ジャブラとブルーノが立ち上がる。

 

「・・・来たな。」

「俺たちが行ってくるからお前らはここで待ってろ。」

 

二人はそのまま声のする方に向かった。

 

 

「おい、見つかったか!?」

「いいえ!目下、CP9の生き残り、見つかっておりません。」

(おい、なんでこんなことになってるんだ?)

 

ジャブラとブルーノは顔を見合わせて物陰に隠れた。上陸したらしい海兵達は明らかに、武装しており、救助などに来たとは思えない。

何よりも、彼らはどうやら自分たちを探しているらしい。ジャブラたちは耳を澄ませて、彼らの話に耳をそばだてた。

 

「スパンダム長官が殺害され、その容疑者であるCP9の捕縛だ!心せよ!」

「スパンダイン様よりの勅命である!」

 

その言葉にブルーノとジャブラは顔を見合わせた。ブルーノは思わずというように立ち上がろうとしたが、それをジャブラが腕を掴み、止めた。

 

(おい、ジャブラ、離せ!)

 

(・・・こらえろ。)

 

ぎしりと、骨が軋むような音がした。ジャブラは、珍しく能面のような顔でブルーノに言った。ブルーノはそのジャブラの顔に黙り込んだ。

そうして、二人はその場を後にし、他のメンバーの元に急いだ。

 

「おい、すぐにここを出るぞ。」

「どうしたの?政府の人間じゃなかったの?」

 

ジャブラはそのままメランを抱き上げ、そうしてブルーノに渡した。メランは鼻水をすすった。

そうして、次にルッチを抱き上げ、クマドリに放り投げる。ジャブラは己の上着をカリファに放り投げた。そうして、カクの前に屈んだ。

 

「あら、気が利くわね。」

「ずっとその格好なわけには行かねえだろうが。」

「おい、どうしたんじゃ?」

「逃げながら話す。今はその時間も惜しい。」

 

ジャブラとブルーノのただならない雰囲気にその場にいた人間は黙り込んだ。そうして、ともかくはと線路を渡ってセント・ポプラに向かった。

海の上、ばしゃりと水をかき分けて、もうエニエスロビーも遠のいた時、ジャブラは口を開いた。

 

「長官が死んだ。」

 

あまりにも突然の告白に、ブルーノ以外が目を見開いた。

 

「嘘だ!」

 

聞いていた、メランが真っ先に叫んだ。ブルーノの腕の中で必死に暴れた。

 

「嘘だ!嘘だ、嘘だうそだ、うそだあああああああ!!」

 

まるで断末魔のように、見ているものの心が削れてしまいそうな叫びが響いた。

 

「主が死ぬはず無い!主が、いなくなるはずない!!違う、ルッチが言ってたもん!ルッチが!」

 

メランはじたじたと暴れ始めた。そうして、はっと気がついたように自分の首に手を伸ばした。少女の細い首には細やかなチェーンがかけられていた。ずるりと引きずり出したそこには、ロケットペンダントがぶら下がっていた。

 

「主のビブルカード、貰ったんだよ。ほら、ここに、ちゃんと・・・・」

 

ぱかりと、開けたそこには虚ろがぽっかりと鎮座していた。それに、ああ、とCP9の誰もが理解する。

あの人が、もう、いないことに。

 

「違う、ちがうちがうちがう!!あったの、ここに、あったんだもん!主はどこにも行かないんだ!」

 

メランはエニエスロビーの方に抜け出そうと、ブルーノの腕から飛び出した。けれど、それをクマドリが捕らえた。

 

「・・・メラン。レベルタ・メラン。」

 

髪で縛られたそれにメランにクマドリが語りかけた。メランはそれに動きを止めた。

ジャブラは、ああ、と思った。久しく呼ばれていなかった、それはあの上司がつけた名前と、与えた姓だ。

メランは黒、という意味だ。なるほど、見たままをつけたものだと思っていた。けれど、レベルタというそれの意味をあの人は教えてはくれなかった。

ただ、一言だけ、憧れだと言っていたことだけは覚えている。

メランはそれにぼたぼたと涙を流して、クマドリを見た。

 

「むせび泣き、この世の不条理をなんとする。おめえさんの生きる世界とは所詮はその程度のあり方だ。主を失い、忠を欠くというのなら。」

せめて、彼の人に恥じぬ振る舞いをせにゃならん。

 

クマドリは静かにそう言った、普段の、騒がしい彼とはかけ離れた声音で、幼い少女にそう言った。

メランはぐずぐずと泣きながらクマドリに言った。

 

「わかんないよお、わかんない。主がいないのに、わかんないよお。」

 

「・・・覚悟の上の、死出への旅。道を帰るというこたあ、彼の人の願いを踏みにじる。それこそ、不義理ってことあ、わかってるのか?」

 

生きろと、おまえさんは誰よりも祈られているというのに。

それにメランは、わからないとぐずぐずと泣いた。クマドリは髪を解き、ルッチを支える手の反対のそれで、メランを抱きかかえた。

 

「行きやしょう。」

 

静かな声に他のメンバーは無言で進み始めた。生き残ること、それこそが今、最優先にすべきことなのだから。

 

 

雨の降るセント・ポプラにてメンバーはまず、医者を見つけた。腕利きだというそれにひとまず、メランのつけていた髪飾りを前払いとした。宝石とまでは行かないが、そこそこ高価そうなそれに医者は頷いてくれた。

それを手付金として、ベッドを開けて貰うことと、メランを預かって貰うことにした。

その間、皆でそれぞれ金を稼ぐことにした。

それぞれが動物系の悪魔の実のおかげで稼ぎ方は単純で助かった。そうして、びしょびしょに濡れた金を手渡せば、治療が開始となった。

ともかく、泊まる場所を探さねばと言う話になった。けれど、何故か、治療を頼んだ医院の医者が病院に泊まって良いと言ってきたのだ。

 

「小さな子どももいるしな。もう、遅いから受け入れてくれるホテルも少ないだろう。」

 

CP9の面々はそれに警戒したが、それぞれのズタボロの姿を見て、この状態で受け入れてくれるところが在るかもわからない。

見張りを残して、交代交代で休むこととした。メランは泣き疲れたのか、すやすやと眠っていた。

頬に残った涙の後が、たまらなく痛々しかった。CP9の面々は咄嗟の時行動しやすいだろうと、患者の家族が待機する部屋のソファにてそれぞれ休んだ。

最初の見張りとして、ジャブラはソファに座った。

そうしながら、ジャブラは次にどうするかと考えた。年長者であり、実力の上でも今のところ一番格の高い彼は実質的なリーダーであった。

CP9の人間もそれに納得している。元より、ジャブラは表面的な性格は別として、根っこの部分はリアリストだ。

 

(・・・政府に帰れねえなら。海賊にはなれねえし。辺境の国に潜り込むのも手か。いや、船の手配も考えねえと。)

 

ジャブラはようやく人心地付いて、ソファにもたれながらふと、スパンダムのことを考えた。

 

(死んだのか。)

 

ぽつりと、胸の中で呟いた言葉には、お世辞にも生々しいだとか、そんな感触はなかった。まるで、紙に書いた文字をそらんじるような白々さだ。

死んだ、死んだ、死んだ。

だから、なんだろうか。そうだ、死んだというのなら、また別の上司を待つだけのはずだった。

悪くない上司、そうだ、それだけのはずだった。仕事が出来ないと判断されて処分されるのは困るから。だから、必死に足掻くぐらいのことはしようと思った。

負けた自分たち、守ることの出来なかった自分たち。

 

「・・・・くそが。」

 

掠れた声で吐き捨てた。

賢しい人ではなかった、冷徹になりきれない人間だった、どうしようもなく優しいひとだった。

わかっている。

スパンダムは、今までの人生で自分たちを人間として扱ってくれた人だ。

ジャブラはそれに怒りは湧かなかった。

殺しのプロとしてのプライドはあれど、スパンダムはそれを傷つけることはなかった。任務を遂行し、その上でジャブラたちの生き方を尊重してくれた。

希有な人だった、愚かな奴だった。それはずっとジャブラたちに誠実であってくれた。

 

人殺しとして育てたくせに、人として扱うことがどれだけ残酷かジャブラは理解している。けれど、それの元は居心地がよかったものだから。

何も返せていないのに、何も、何も、それに出来てなどいないのに。

政府への命をこなしても、ジャブラたちは結局スパンダムへの恩も、借りも返せないまま。

 

「ジャブラ、起きとるんか?」

 

丁度、ジャブラと背中合わせでソファにもたれかかっていたカクが小声で話しかけてきた。それにジャブラは身じろきで答えた。

 

「・・・のう、長官、死んだんじゃよな。」

「だったら、なんだよ。」

「政府の元にも帰れんよなあ。」

 

ジャブラは何が言いたいと、ソファから少し身を起こし、カクの方に向いた。

 

「だったらなんだよ。」

 

微かに寝息が聞こえる。皆、寝入っているのだろう。

カクはそれに起き上がった。そうして、特別、何か、感情が浮かんでいない瞳で淡々と言い切った。

 

「一緒に死ぬか?」

 

それはCP9全員で、という意味だとジャブラは気づいた。そうして、眉間に皺を寄せて吐き捨てた。

 

「てめえと心中なんかするかよ。」

「ひどいのお。なんじゃ、ギャサリンならよかったんか。」

「そういう問題じゃ」

「ジャブラは、これからどうしたい?」

 

かぶせられるように問われたそれにジャブラは黙った。

どうしたい、なんてそんなことを問われても。

 

(・・・決めた事なんて。なかっただろう。)

 

なんだろうか、政府への憎しみなんてものもない。いらなければ捨てられる。それは、今まで散々に見てきただろう。

怒りが湧いたとして、自分たちは麦わら海賊団のように喧嘩でも売るのだろうか。そんな考えこそ、笑えてくる。

スパンダムの父親へ、元上司へは思うところはあるのだが。ただ、あの、優しい上司は復讐なんてものをしようとしても悲しむだけだろう。

 

「なんで、わしら、生きとんじゃろうなあ。本当の意味で生かさにゃならんかった奴を、死なせて。なら、のう。」

壊れたおもちゃは廃棄されてしかるべきじゃろう。

 

静かな声だった。静かで、冷徹で、心底何もかもに興味が無いと言うような声。

それにジャブラは少しだけ納得してしまった。

死ぬ、ああ、それもいいかもしれない。特別、生きる理由もない。与えられた役目を取り上げられた今、望むならばそれもいいかもしれない。

現状で言えることとして、スパンダムの死因はバスターコールによるものか、それとも麦わら海賊団が関わっている可能性もある。なら、麦わら海賊団を追うのも手だろうか。

 

(いや、どうでもいいな。)

 

もしも、麦わら海賊団を皆殺しにしたとして、それに意義を驚くほど感じられなかった。

もう、褒めてくれる人も、導いてくれる人もいないのならば。

それは億劫だった。ぽっかりと空いた、穴のようなもの。

ジャブラはそれに息を吐いた。

 

「それでも、ごめんだな。」

「なんでじゃ。」

「なら、お前、メランのことはどうするんだ?」

 

それにカクは押し黙った。さすがにあの少女のことを出せば、黙り込んでしまうのだろう。

 

「俺たちはいいが、あいつがこれから生きていくために生活基盤は必要だろうが。なにより、このまま死んで、政府の思い通りになるのはむかつく。」

シンプルなそれにカクは苦笑した。

「それに、あの人はそういうの、きれえだろうが。」

 

その言葉にカクは視線を下げ、そうか、とそう頷いた。納得でもするように。

 

「わかったら、さっさと寝ろ。」

 

寝付いたカクを見た後、ジャブラはため息を吐いた。他のメンバーが何も言わないというのなら、現状として死ぬという選択肢はないのだろう。

ジャブラはため息を吐いた。

 

 

 

次の日、病院から出たジャブラたちはそのまま残った金で服を買いに言った。ともかく、今のずたぼろの状態をなんとかしなければと。そうして、ルッチが起きた後、すぐに町を離れるためにある程度の準備をすることにした。

そんな買い物をしている中、くるっぽーと、ハットリの声がした。ジャブラたちはそれがルッチが起きた合図だと分かり、慌てて病院に向かった。

そこには、大泣きをしてルッチに縋り付くメランと、それをなだめている男の姿があった。

 

「・・・起きたのか。」

 

ジャブラのそれにロブ・ルッチは間髪入れずに問いかけた。

 

「長官は?」

 

もっと言うことがあるだろうと呆れ、らしいと納得し、何を伝えると口を噤んだ。けれど、その事実はメランによってばらされた。

 

「るっち!ちょうかん、しんじゃったって!うそだよね?ちょうかん、いなくならないよね!?」

 

その言葉にルッチは目を見開き、無言で、窓枠に体を向けた。

 

「どこに行く気だ?」

 

それにルッチはジャブラの方を見た。

 

 

「どこに、いく、だと?」

 

体が痛んだ。それに、モンキー・D・ルフィに受けた傷がまだ残っていることを理解した。片手に抱えたメランを下ろし、ルッチはソファの腕に仁王立ちした。

 

「ジャブラ、てめえのくだらねえ戯れ言を聞く気はねえ。」

「あの人は死んだ。」

「死んでねえ!!」

 

叩きつけるような声だった。まるで、駄々をこねる子どものようなそれだった。ルッチはぎらぎらとした目で、ジャブラを見た。

 

「あの人が、俺たちのことを置いていくなんてありえねえ!てめえだってわかってるだろうが!?」

「スパンダムの、意思の有無がありゃあの話だろうが。」

「違う、そうじゃねえ。絶対ねえ。あの人が、そんな、こと。俺たちの元を離れるはずがねえんだ。だって、あの人の命は俺のものなんだ!」

 

昔にした約束。

 

子どもの頃の、愚かなそれ。それでも、あの人は覚えていてくれたから。だから、嘘じゃないのだ。

だから、探しに行けばどこかにいるんだ。いつかのように、黄昏の中、木陰の中で自分が迎えに来るのを待っていてくれる。

あの日のように、迷子になって、きっと。

だから、だから、いかないと。迎えに行かないと、そんな人だったから。

暗闇の中でなら、微かな光でも持って迎えに行こう。甘い、あなたの匂いを辿っていこう。わかるのだ、自分にならきっと、どこにいても、自分ならばきっと。

吠えたルッチの腕をカリファが掴み、そうして、無理矢理に座らせた。その瞬間、それでも見上げるようなルッチの頬をはたいた。

ぱしんと、音がした。

 

「いい加減にしなさい!!」

 

叱責の声に病室にいた皆が固まった。ルッチは自分がはたかれたことの意味がわからないようでカリファを見返した。

 

「そうよ!守れなかったのよ、ここにいる人間の誰も!でも、それなら、あなたは何!?あなたなら、守れるはずだったじゃない!」

 

カリファの瞳から、涙が零れた。

 

「どこにもいないのよ、私たちが、守れなかったのよ!?だから、もう、いないのよ・・・」

 

最後になるにつれて小さくなっていく言葉にルッチはまるで呆けたような顔をした。メランがみーみーと黒豹の姿になって泣きながらルッチにすり寄った。

 

(いない?)

 

暖かな幼い黒猫がすり寄ってくる。

いないなんて、そんなことはないはずだ。だって、自分がいるのに。自分が、ここにるのに。いないはずなんてないのだ。

でも、いないのだ。もう、会えないのだ。

 

それは、なぜ?

(俺が、全部・・・・)

 

静まりかえった病室にノックの音がした。ブルーノがジャブラを伺った。ジャブラはそれに頷いた。

ブルーノはそれに扉を開けた。そこにいたのは、医者だった。

 

「・・・・すまない、取り込み中だったか?」

「・・・ああ、騒いで悪いな。」

「いいや、いいんだが。すまん、一つお前さん達に言っておくことがあってな。」

 

そう言って医者は何故か、トーンダイヤルと、そうして、一つのカギを差し出してきた。

 

「なんだよ、これ。」

「いや、俺も半信半疑だったんだが。患者さん、ロブ・ルッチって名前だろう?」

 

それにCP9の面々が目を開いた。ルッチの名前は姓までは伝えていない。なのに、なぜ、この医者は知っている?

そんな疑問など気にした風もなく、医者は話し始める。

 

「いやな、実はこの医院を拡大するとき、援助をしてくれた人に頼まれてたんだよ。ロブ・ルッチって男が瀕死で運び込まれてくるから治療をしてやることと、それと、その二つを渡すことを。」

「どんな奴が?」

「ああ、紫苑の髪と瞳の、ああ、スーって名乗ってたよ。」

 

曰く、医者の元にふらりと立ち寄ったそれは、幾つかの条件を出して援助をしたのだという。それが、伝言と預かり物だった。

その言葉にルッチの目に光が宿った。ベッドから飛び降り、そのトーンダイヤルを奪い取った。

 

「ああ、よかったよ。渡せて。」

 

医者はそのまま立ち去ってしまう。他のメンバーもルッチに駆け寄った。皆が、思っていた。

あまりにもできすぎている。今、自分たちが瀕死でここまでやってくることを予想し、そうして事前の用意を行っている。

スパンダムは、何を知っている?

その疑問がむくむくと湧き上がってくる。

そうして、ルッチはトーンダイヤルのスイッチを押した。

 

少しの沈黙の後、声がした。

 

『あー・・・聞こえてるな。よし。』

 

それは今、一番に聞きたい声だった。その、男にしては高く、女にしては低い、その声。

 

「主・・・・」

 

メランがルッチの肩によじ登り、ぐずりと泣いた。CP9の皆は固唾をのんで見守った。

 

『・・・お前達がこれを聞いてるって事は、そうだな。ある程度、お前らが追い詰められたって事だ。いいや、変わらなかったって事だろう。おそらく、俺は死んでる。』

 

あっさりと本人から発せられた、死亡の予想にみしりとルッチの手に力がこもった。

(なんで?)

 

何故、そんなにあっさりと死を定義できる?だって、ルッチはここにいるのに、ルッチのために、死んでくると言ったのに。

 

『だから、ここから言うことはしっかりと聞きなさい。一緒に渡したカギは俺の隠し財産の金庫の物だ。この町の銀行に、スーの名前で預けてある。紙幣は足が付きそうだったから、宝石の類いを預けておいた。当分の資金にはなるだろう。』

そうして、これが一番に大事な話だ。いいか、政府に戻るか、それとも、自由になるか、お前達が選びなさい。

 

淡々と言い切ったそれにCP9達は目を見開いた。

 

『・・・お前達がここまで来たって事は処分の命令が下ってるって事だろう。もしも、政府に戻りたいのなら青雉殿を頼るといい。話はつけてある。だが、もしも、自由になりたいのならこれが最後のチャンスだ。金を持って逃げるといい。言いたいことはこれだけだな。』

「これだけ、か?」

 

思わず言ったカクにかぶせるようにまた、録音が続いた。

 

『それで、だ。仮に、仮にだぞ。その、お前達が俺のことを、その、個人的に好ましいと思っているのなら、このまま聞き続けてくれ。違うなら、トーンダイヤルは壊してくれ。』

 

そのまま、CP9が聞き続ける。

 

『・・・聞くのか、そうか。そうか。そうだな、それならば。一つだけ、すまなかった。』

 

俺は、お前達に不誠実なことをした。

それは、長い、スパンダムからの謝罪の言葉だった。

 

 

いつの頃だったろうかな。

お前達とよくやっていけてると思っていた。それは、別段、特別なことではなかったはずだった。なのに、なあ、お前達は。そうだな。

俺のことが好きになってくれていると、そう、思うようになった。違うのなら、気色が悪いと嘲ってくれ。

だがな、それが真実であるというのなら、それ以上に残酷な話なんてないだろう。

なあ、お前達を人殺しにしたのは、世界なんだ。俺の生きる世界で、俺が仕える秩序なんだ。どの面を下げて、俺は、お前達とやっていけばよかったんだ?

なあ、不誠実だろう。

 

兵器に愛なんて必要なくて、共感なんて邪魔だ。お前達を兵器として、そうして、道具のように使って、それが普通だと思い込ませて殺してやらなくちゃいけなかったのに。

なのに、なのに、哀れみだけのはずだったんだ。哀れんで、自分自身が最低で、それこそどっこいどっこいだって、つばを吐いて笑えば良かった。

気色が悪い、話だろう。お前達を地獄にたたき落としておいて、助けさえしなかったくせに、お前達が贄としてくべられるのを黙ってみて、そうして、そのくせ、なあ、愛してるなんて、これ以上無いほどの不誠実さだろう。

なのに、なあ、なんでだろうなあ。

 

 

とつとつと語るその言葉にルッチは黙り込んだ。愛の言葉だ。それは、あの日、自分に向けられた愛の残り香。いつかに噛みついた、あの人の肉と、血の味だ。

 

ブルーノ、お前の入れるコーヒーを飲むのが好きだった。静かな、お前の側は居心地が良くてな。

 

フクロウ、お前のたわいもない噂話を聞くのが好きだった。誰よりも困った奴だったが、それでもずっと気にかけていたよ。

 

クマドリ、お前の朗々とした声を聞くのが好きだった。お前の誠実さを俺は知っていたよ。

 

カリファ、お前は努力家な子だった。昔に比べてずっと大きくなって、一人で歩いて行く様が愛おしかったよ。

 

ジャブラ、お前には一番に苦労をかけたな。メランの時も世話になった。お前と酒を飲むのが好きだった。お前はいい男だから、今度こそ意中の相手も射止められるさ。

 

カク、最年少の生意気な奴め。お前はきっと、ずっと強くなる。もう少し、大人になったお前に会いたかったよ。

 

とつとつと、スパンダムはそれぞれに言葉を吐いた。それはなんともまあ、平凡で、柔らかで、まるで背中をそっと撫でられているようだった。

短い言葉なのに、なのに、そこにはスパンダムからの情が見て取れた。ただ、ただ、願うように懐かしい、どこまでも、残酷に突き放すような別れの言葉。

 

そうして、と。スパンダムは口を開いた。

 

『メラン、俺の可愛い、メラン。あの日、お前を拾ったことを後悔はしない。人殺しとしてでしか、育てられなかったとしても、お前のような娘が持てて、俺は幸せだよ。メラン・レベルタ。俺の可愛い、“自由な黒”。お前が大人になるまで、側にいてやれなくてすまない。』

 

茫然とメランはトーンダイヤルを見ていた。

そうして、最後の、ルッチの番がやってきた。

 

『ルッチ。お前は、俺を恨んでいるかな。』

「な、ぜ、そんなことを。」

『あの日、お前は完璧になれるはずだった。完璧な兵器になれるはずだった。なのに、俺はあの日、お前を抱きしめちまった。お前のために、死んでやるなんて言ってしまった。なあ、ダメだったんだ。それでも、守ってやるなんて言ったお前はどうしようもなく、愛おしくて。その地獄から、助けることも出来ないくせに。俺は、半端な情を与えてしまった。それでも、なあ、ルッチ、お前にはずっと言いたかったんだ。』

 

ルッチ、それでも、空っぽな俺にとって、お前は生きる意味だった。あの日、その約束のために、多くのことを犠牲にした、多くのことを見捨てた。それでも、悔いは無いんだ。

 

『ありがとう、愛しているよ。お前は、俺の“光”だったんだ。』

 

なんて、皮肉なことだろうとルッチは泣き笑いのような顔をした。だって、そうだろう。

ロブ、という姓はグアンハオで与えられた名前だ。

スパンダムはルッチ、という名前には反応したけれど、ロブについては何も言わなかった。けれど、ルッチは知っている。ロブとは、奪うという意味であるのだと。

それをルッチはよく似合うと思っていた。そうして、それの姓に悲しんでいるのだと。

そうだ、ルッチは最初はただのルッチだった。

美しい、そう、それの愛した名前こそがルッチそのものだった。誰よりも、兵器としてルッチ達を扱ったそれは、最初から、ルッチ達を人間としてしか見ていなかった。そう、見ることしか出来ていなかった。

けれど、何を恨めば良いのだろうか?

だって、スパンダムはずっとルッチたちのために生きてくれたのに。そんな、今更のことを、どうすれば。

 

『だから、もう、お前達は自由に生きろ。世界はお前達を生かしたけれど、自由を与えてくれなかった。だから、もう、好きにしなさい。ルッチ、俺はお前の約束通り、お前のために死ぬ。俺の死によって事態の責はうやむやになる。その間、遠くにお行き。俺の、愛した子どもたちへ。いきなさい。』

俺の可愛い、小生意気な猫へ。子どもたちへ。どうか、私のことなど忘れてください。

 

 

それきり、トーンダイヤルからは何も聞こえなかった。

いきなさいとは、生きなさいだったのか、行きなさいだったのかわからないけれど。けれど、ルッチは無意識のように言った。

 

「・・・自由なんて、今更だ。なら、なら、どうして、一緒に連れて行ってくれなかったんだ!?」

 

約束の本質なんてどうでもよかった。大事なのは、どこまでも一緒にいてくれることだった。約束があるという途切れぬ糸の有無だった。

なあ、なあ、違うんだ。あの約束は、命の等価の証明で、あなたからの誠実さの証だった。

「こんなふうに生かされて、俺たちが喜ぶと思ってんのか!?」

 

CP9たちはそれに頷いた。

暗闇の、底の底、それでも歩いて来れたのは微かに差し込む夕日のおかげだった。真っ赤で、赤い、鮮烈で、それでも柔らかな光があったからなのに。

今度こそ、放り投げられた、暗闇で、自分たちは。

 

じりりりりりりりりりりりり!!

 

メランの持っていた鞄から、電伝虫が鳴る音がした。それにメランはずるりと、鼻水を垂らしながら鞄から引き抜いた。

ルッチたちが止めるまもなく、メランは電話に出た。

 

「はい、メランです。」

『お、よしよし、出たね。おいちゃんだよ。』

「クザンのおいちゃん?」

 

ルッチ達はそれに受話器を取り上げようとしたが、それよりも先に電話の相手、青雉ことクザンは言った。

 

『スパンダムちゃんの行方、知りたくない?』

 

ぴたりと止まったルッチたちの動きを察したのか、クザンは話し始める。

 

『メラン、安心して良いよ。スパンダムちゃん、生きてるから。』

「ほんとう!?」

 

ルッチはメランから受話器を取り上げた。

 

「どういうことだ?」

『あら、ロブ・ルッチ。やっぱ生きてたんだね。』

「質問に答えろ!」

『なにって、そのまんま。スパンダムちゃんのビブルカード、燃えてないし。紙の状態からして、どうも元気そうだよ。』

「長官のビブルカードは燃えたんだぞ!?」

『それ、ダミーでしょ。あの子、いろんな方面警戒してたみたいで、普段他に渡してるビブルカード、ネズミとか持ち運べる小動物の分だったみたいだし。』

 

あっさりとばらされた事実に、皆は目を丸くした。確かに、スパンダムは毒味としてネズミを何匹か飼っていたはずだ。

 

「なぜ、それを知っている?」

『俺、スパンダムちゃんに無断で作ったビブルカード持ってるから。というか、お前さん、そういうの勝手にしないんだ?』

 

それにルッチは押し黙った。理不尽の権化と言っていい男だが、スパンダムの命令にだけはやたらと忠実なのだ。ならば、そんな選択肢なんて出るはずもない。

 

『今回は、何かあったときのためにメランだけは引き取って欲しいって頼まれたからなんだよ。でも、その様子だと、スパンダムちゃんのこと、追いかけるんでしょう?』

「当たり前だ!」

『そう、わかった。なら、ビブルカードはセント・ポプラに届けてあげるよ。スパンダインの奴がカンカンでお前達のこと、本格的に殺そうとしてるみたいだし。』

「いつだ?」

『まあ、明日にはがんばるよ。』

「・・・了解した。礼を言う。」

『いいよ、俺は別にスパンダムちゃんからの頼みを聞いてるだけだしね。あと、そうだ。知ってる?』

 

スパンダムちゃんって書類上は男だけど、父親曰く、可愛い一人娘だったらしいよ。

じゃ、という言葉と共に電伝虫がきられた。

そうして、最後の爆弾発言に皆が固まった。ルッチだけが平然と電伝虫を切った。

 

「・・・・え?」

「長官が?」

「女?」

 

三者三様に驚いていたが、ルッチだけが平然としていた。

 

「おい、ルッチ、知ってたのか!?」」

「何がだ?」

「長官の性別だよ!!」

「知っていた。」

 

それに皆が目を見開いた。

 

「なら、どうして教えなかったんですか!?」

「聞いてねえぞ!?」

「え、あれで、女だったんか!?」

 

メンバーの皆が思い出すのは、枯れ木のような体型と、骨張った体つきだ。お世辞にも女には見えない。

 

(いや、つーか、こいつ女の長官にあんなに平然とすり寄っていってたのか?)

 

ジャブラの中にやべえ感想が浮かんだが、それは押し殺された。

 

「あの人の性別なんてどうもでいい。大事なのは、スパンダムさんがスパンダムさんであればいいんだ!」

それよりもだ!

 

ルッチは声を荒げた。

 

「・・・・俺たちに、忘れろと言ったんだ。」

 

それにCP9と、メランの顔に怒りが浮かんだ。

死んだと思っていた。そうだ、死んだのだと。だから、忘れろと言ったのだと思った。そんな、遺言のような物を残したのだと。

なのに、生きているのだ。

生きて、いるのに。連絡も寄越さない。迎えに来いと命じてもくれない。

 

どうして?

 

「離れていこうとしてるのか?」

「は?あの人が?ないだろ、独りで生きていけるようなタマかよ。」

「そうじゃ、そこらのやつより強いが、その程度じゃ。」

「放っておくと生活もままならない人だ。」

「変な奴に構われてるかもしれないぞお。」

「あ、長官のもとに、向かわにゃならん!」

「早く、迎えに行こう!!」

「・・・忘れろと。言ったんだ。」

 

それに皆が押し黙る。そうだ、言った。忘れろなんて言ったのだ。それは、悉く、これからの自分たちの人生にあの人を関わらせるなと言うのと同義だ。

酷いじゃないか、そんなことあってはならないのに。

スパンダムという人間の命はルッチや、自分たちのもののはずなのに。

 

「・・・甘い顔してるから勘違いしてんじゃねえのか?」

「そうかもしれんな。」

「忠義にゃ、代価もいるもんだ。」

「ねえ、長官が女なら私にも少しぐらい分けてくれない?」

「カリファ、てめえ、何を。」

「いいんじゃろ。しつけをするとして、いろんな方法を試した方がいいじゃろうし。わしにもやらせてくれんか?」

「おい、その時は、俺も同席させろよ。」

「なんじゃ、ジャブラもするのか?」

「やり過ぎて壊さねえか心配なんだよ。」

「・・・・考えといてやる。」

 

そうだ、離れるなんて赦すものか。だって、スパンダムはCP9の贄なのだから。

 

ああ、そうだ、長官。いずれ、必ずあなたの元に向かいます。まだ、約束は果されていないのだから。

 

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