諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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以前、書いていた、スパンダムの女バレが早く、ルッチとの子どもがいての死亡ルートIFになります。さわりだけになります。
番外編です。

感想いただけましたら嬉しいです。


IF:しっかり者の子猫に幸せになって欲しかった

 

母はなんだか不思議な人だった。

何が、といわれるとほとほと困ってしまった。黄昏の髪と瞳をした人は結局父親が誰なのか教えてくれることはなかった。

 

 

 

「なあ、母さん、なんで俺にこんな名前つけたの?」

 

それは少年がいつも感じていた疑問だった。

 

「・・・唐突だな。気に入らないのか?」

 

少年の母親は仰々しいギプスを顔につけていた。曰く、昔、事故にあった際のものであるらしい。

 

「・・・・いや、だって、なんか似合わなくてさあ。」

 

少年の自分の髪を指でつまんだ。そこにあるのは、これまた真っ黒な髪だ。少しだけウェーブのかかったくせっ毛は母親に似てふわふわとしていた。

瞳は、今、自分を見つめるそれと同じ。

母は苦笑交じりに己の頭を撫でた。

 

「そうだな、ただ。私がこの世で一番美しいと思った名前なんだよ。」

 

母親は、けして美しい人ではなかった気がする。隈の濃い目元やギプスで殆ど見えない顔。

けれど、ひどく優しい人ではあったのだと思う。仕事ばかりでなかなか会えない人だったけれど、慕っていたのだ。

 

(でも、ルーシーなんて名前・・・)

 

それが光を意味するものであると知って、なんともまあ自分に似合わないことだと、子どもはずっと思っていた。

 

 

「じいちゃん、俺の父親が誰かって知ってるの?」

 

その言葉に、祖父のスパンダインがぴたりと動きを止めた。そうして、持ってきたという土産の本をごそごそといじった。

 

「そうだ、ルーシー。これ、お前が前に欲しがってた小説で・・・」

「お、れ、の、ち、ち、お、や!!!」

 

埒が空かないと、区切りながらルーシーは見上げるような祖父の耳元に向けてメガホンを使って叫んだ。

見上げるような大男の、といっても他に比べると長身かと言われる微妙だが、祖父に比べるとルーシーはさすがにまだまだ小柄だ。

スパンダインはうーんと、どうしたものかとルーシーを見た。

 

「父親なあ、いや、そりゃあ知ってるけどな。」

「知ってるなら教えてくれよ。母さんに聞いてもいっつも誤魔化してくるんだから。」

「いやあ、俺としては言ってもいいんだがな。」

「別に犯罪者とかばれたらやばいわけじゃないんだろ?」

「・・・軽く、かすってるかもしれん。」

「・・・まじ?」

「まあ、犯罪者じゃねえけど。素性が漏れるとやばい奴なんだよなあ。」

 

ぼやくようなそれにルーシーは己の父親はいったいどんな奴なんだと呆れた。

ルーシーが物心ついた頃から母は殆ど家を空けており、滅多に帰っては来なかった。祖父も仕事ばかりでこちらも家に滅多に帰ってこなかった。

そんな生活が寂しかったと言われるとまた違う。生まれた頃より、なんというか、自立というか、ドライというか、そんな性格のせいか使用人しかいない生活は別段不便はなかった。何よりも、たった一人だけの孫であるルーシーをかわいがる祖父のおかげで、スキンシップ的なことはおなかがいっぱいだった。

 

帰ってくるたびに山のようなお土産だとか、お小遣いだとか、祖父はそこそこにルーシーを甘やかした。それでも、ある程度しっかりとした人間になれたのは母親のおかげだろう。母はさっぱりとした性格で、ルーシーに対してはなかなかに厳しく接せられた。そのおかげで、放蕩息子みたいなものにはならなかった。

祖父曰く、ルーシーの中身は母親似そっくりだと太鼓判を押されている。

そんな元よりドライな性格であると言え、さすがのルーシーも自分の人生に欠片だって登場しない父親という物が気になっていた。

母親のスパンダムに聞いてものれんに腕倒しと教えてはくれない。

 

(まあ、会った瞬間、すぐにわかるんだろうけどさあ。)

 

ルーシーは思わず己の頬を掴んだ。

母親とはまったく似ていない端正といっていい顔立ちはどう考えても父親似なのだろう。スパンダムもルーシーの顔に、眉まで似ていると密かに引いていたりする。

ただ、瞳だけは、如実に母親の血を感じさせた。

が、それはそうとして、今現在父親がどうしているのかは気になる。恨んでいるわけでもないのだが、ただ単に好奇心とけじめの意味合いが強かった。

 

「あと、勝手に教えたらスパンダムに叱られるだろ?娘に嫌われたくないんだよ、俺は!」

「なんだよ、情けねえな。」

「いつの世も、父親ってのは娘に弱いもんなんだよ。」

「つーか、じいちゃんも父親のわからない子どもって立場的にだめなんじゃないの?」

「おうおうなんだ、じいちゃんの心配してくれてるのか?」

 

スパンダインは嬉しそうにルーシーに頬ずりをしようとする。

 

「だああああ!やめろよ、じいちゃん!心配じゃねえよ!別に会いたいとかじゃなくて、名前とか、どこのやつとか教えてくれって話だよ。あと、心配なのは母さんのほう。けっこうすごい立場なんだろ?なら、父親のわからない子どもってマイナスなんじゃねえの?」

「そこら辺は対策はしてるから、安心しなさい。後、まあ、スパンダム自体結婚なんて考えてなかったみたいだからな。孫が見れただけで、おまけにこんなに優秀な孫が出来て、じいちゃんは嬉しいぞ~」

 

そう言ってスパンダインはルーシーに頬ずりをしてこようとする。それをルーシーはそっと逃れた。

 

 

結局、父親がどこにいるのかはわからないままだ。スパンダインの話からして、おそらく生きているのだろうが。

 

(・・・まさか、遊ばれて捨てられたとか?)

 

そんな考えも浮かんだが、それにしてはスパンダインやスパンダムからの感情がやたらとフラットな気がする。娘を捨てた男の子どもなんて、もっと当たりが強くなっても押してしかるべきな気がするのだが。

ただ、ルーシーの知る上での母親の性格からして男に現を抜かすような性格ではないような気がする。

 

スパンダムは、なんだか不思議な人だった。

なんというか、時折、ひどく浮世離れした空気をしていた。今にも、どこかに消えて仕舞いそうな、そんな空気を纏う人だった。

あと、もう一つ、かわっているところがあった。

それは、ルーシーに変わった物語を聞かせるところだった。帰ってきたとき、寝物語として話を聞かせてくれた。

 

それは、例えば水底で海獣たちを操る見上げるような大きさの人魚姫、例えば東の果てにある侍達の集う国、そこに眠る世界を滅ぼす兵器の話、例えば虚ろの王座に座る王様の話、例えば自由に踊る太陽の神様の話、例えば月に住むからくりたちのはなし、例えば翼を持つ月の神様の話。

 

母はそれをルーシーによくよく語り聞かせ、そうして暗記するように言聞かせた。そのくせ、誰にも教えてはいけないと念押しをした。

元より、振る舞える程度の愛想はあれど、人なつっこさなど持っていないルーシーには、それをわざわざ話す人間もいなかったが。

けれど、母からのそれについては素直に頷いた。母の聞かせてきた話を覚えはしても、誰にも話さなかった。

なんとなく、その話は誰にも聞かせてはいけない秘密であるとなんとなく察していた。

 

「なあ、母さん。誰にも言っちゃいけないのなら、なんで俺に教えるの?」

 

そんな素朴なことをベッドの中で聞いた。母はベッドの端に座るようにして、ルーシーの頭を撫でた。

 

「なあ、ルーシー。父さんはお前のことを政府の、それこそ自分の管轄に入れたがっているけれど、私は違う。叶うなら、世界の隅々まで見て回って欲しいと思う。」

 

スパンダムは普段は自分たちと同じように荒い口調であったけれど、ふとしたときひどく柔らかな言葉を使った。ルーシーはなんとなく、それこそが母の本当なのだろうと思っていた。

 

「世界?」

 

ランプの、柔らかな光に照らされたスパンダムはぼんやりとした目で、ルーシーの顔を撫でた。

 

「ああ、そうだ。世界の隅々まで見てまわり、多くの人と話をすれば、きっとお前はこの物語の本質を理解する。その時、お前に選択肢が与えられるようにするためだ。」

 

私の可愛い子。

 

スパンダムは優しい声で、己の息子の額にキスをした。

「悲しみも苦しみも、喜びも、楽しさも、全て味わうといい。人生という全てを、通らぬ道などないように。その時、出来るだけの選択肢を、お前に自由があるように。」

私に出来るのは、それだけだから。

 

母は不思議な人だった。なんでも、政府の偉い人で、ルーシーの住む辺境の島に来ることはほとんどなかったけれど。

まるでこの世の全てを知っているんじゃないとか思った。そんな目を、そんな、怖い目をするときがあった。

けれど、気にはならなかった。それでも、抱きしめてくれる華奢な体も、叱ってくる声も、自分が何かを成し遂げたとき褒めてくれる手も、全て、好きだった。

大好きだった。

 

滅多に帰って来れない彼女はルーシーに多くのことを教えてくれた。戦闘術についても習うように言ってきたときは疑問だった。けれど、危険な近頃は必要だろうと言われれば納得した。

幸いなことに勉強も、そうして戦闘の術もルーシーはあっさりと取得して見せた。そのたびに、スパンダムは苦笑交じりに父親にそっくりだと笑っていた。

だから、ルーシーはやっぱり父親のことを恨みだとか、そんなことを思ったことはなかった。

母は納得の上で自分を産んで、一人で育てているのだろう。ならば、自分はその意をくむだけだった。

その地位が高く、隠されるように育てられ、外に公表されていない現状にも不満はなかった。ルーシーは別段、このまま政府の役人になることも考えていた。母を楽させたいのなら、それが一番堅実だろうから。

何も変わらないと思っていた。なにも、変わらないのだと。

あの日、あの人が死んでしまったときまで。

 

 

ルーシーは、夕方になると散歩をするのが習慣だった。

使用人達は優しかったけれど、そうは言っても母が恋しくないときがなかったわけではない。だから、夕焼けの、夕日と夜空の混ざる、黄昏の空を見上げて歩くのが好きだった。

そうして、もう一つ、習慣があった。

 

「・・・今日は。」

 

ルーシーは懐から、紙を一片、取り出した。それは、スパンダムのビブルカードだった。

母親を恋しがるルーシーに渡されたそれは、曰く、母親の方向に進み、その身に何かあれば燃えてしまうというものだった。

ルーシーは島の端、一番、母親に近いところまでビブルカードに導かれて歩くということをしていた。

それは少々、冷たいところもある少年が行う、精一杯の恋しさだった。

 

「今日も変わらないなあ。」

 

昨日と同じ方向に進んで、そうして、ふと、気づいた。

 

じりり、と、紙が燃えていた。

 

「え?」

 

あり得ないと思った。だって、それは確か、母に何かがあるという事実だ。

じりりと、紙は、母の命が欠けていく。

 

どうして?

 

ルーシーは手のひらに置いたビブルカードのそれを止めようと手で叩いて、燃えるのを止めようとした。けれど、ビブルカードはどんどん欠けていく。

びゅう、と風が吹いた。

そのまま、ビブルカードは空に攫われていく。

 

「待って!」

 

ルーシーは、人気の無い原っぱのようなそこを走った。紙は、母の命は欠けていく。消えていく。

ざわざわと、心の底から冷えていく気がした。まるで、全てが覆されるような恐ろしさ。

黄昏が、頭上に広がっている。自分の瞳と同じ、色が、母の色が空に広がっている。

手を伸ばした、手を伸ばして、掴もうとした。

けれど、それは、黄昏の中に吸い込まれるようにそのまま燃え尽きた。

ルーシーは追うのに必死でその場に倒れ込んだ。

ごろごろと、酷い勢いで海の見える島の端、草っ原に転がった。

 

「母さん、行かないで!!」

 

必死に叫んだその声は、海にこだまして、そのまま消えた。

 

 

母の遺体が帰ってきたのはそれから少ししてだった。海に落ち、そのまま息を引き取ったらしい母は幸いなことに綺麗な遺体だった。

傷一つのない母にルーシーは、特別涙は出てこなかった。

なんとなく、スパンダムはこれを予想していたような気がした。スパンダムは、そんな自分の死に対して冷ややかなところが会ったように思った。

何よりも、泣いても母が帰ってこないのなら、涙が無意味に感じたと言うこともある。

 

だから、だろうか。涙は特別出てこなかった。

スパンダインと、ルーシーで二人きりの葬式を上げた。それ以外の参列者を祖父は嫌った。

それきり、ルーシーの人生で母がいたのは、それっきりのことだった。

 

ルーシーの生活はそれでも変わらなかった。

祖父は仕事に行き、ルーシーは大きな家で一人、勉強だとか日々を過ごしていた。強いて言うのなら、黄昏時に家の近くの母の墓に参るのが習慣になっていた。

母が死んで一年が経った日、ルーシーはいつものように花束を持って墓に向かった。

見晴らしの良い、海の見える場所にぽつんと経った墓に向かいながら、ルーシーは考える。

 

(・・・じいちゃん、このごろ、咳が多いんだよな。少し、帰って休むことぐらい言った方がいいのか。)

 

そんなことを考えていると、珍しく墓に先客がいた。珍しいと思った。祖父の意向でか、母の墓の位置を知る人は殆どいない。いいや、何でも政府の所有地にダミーの墓を作ったとは聞いた。

なぜ、墓を二つ作ったかは疑問だったが。身内以外はそちらに参るように言っているらしい。

ルーシーのいる島の墓にスパンダムは葬られている。

近づいてきたルーシーに、その集団は気づいたのか、幾人かが振り向いた。

 

 

(うわ。)

その集団の人間は、なんともとんちきだった。

見上げるような身長の人間や、女性が一人、自分とそう変わらないほどの少女もいた。

緑の髪の、風船みたいな体型の人。真っ白な髪をした奇天烈な顔立ちの人。明らかにカタギではない人相の悪い男に、独特な鼻の青年に、妙な色香の女性に、大柄な髭をした男性。

 

「あの、母の知り合いの人ですか?」

 

その集団はルーシーの顔に目を見開き、固唾をのんだ。何をそんなに驚くんだ?

ルーシーが疑問に思っていると、墓の手前で跪いていた男がようやく立ち上がり、こちらを向いた。

それに、ルーシーはその集団の表情の理由を全て、察した。

 

「・・・ルッチ、のガキか?」

「だが、なぜ。」

「いつの子じゃ!?」

「待って、目の色・・・」

「ああ、まさか。」

「あの人の、目だ。」

「長官・・・・」

 

声がした。けれど、そんなこと、ルーシーは気にならなかった。彼の関心は、ただ、目の前で仁王立ちになり、茫然と自分を見るその男。

ああ、鏡写しのような、その男。

それにルーシーは全てを察した。男は茫然と、ルッチと呼ばれたそれはルーシーを凝視した。その足下に、まん丸青の瞳で自分を見る少女もいた。

 

「・・・・今更だ。」

 

それは恨み節だったのか、わからない。ただ、何か、皮肉の一つでも言いたかったのだと思う。

 

「なあ、葬式、一年前に終ったんだぞ?」

 

男は、何も言わなかった。

 

「なんだよ、今更来て、どうするんだよ?葬式だって来なくて。ああ、こんな年になるまで、顔だって見なかったんだ。知らなかったのか?それとも、会いに来なかったのかよ。」

 

男は、黙ったままだ。

 

ああ、なんだ、何か言えよ。

ああ、おい、くそったれ。

なあ、懺悔の一つでも吐いて見せろよ。

 

「なあ、父さん。母さん、死んだんだぞ。」

 

そう言ったとき、男はまるで幽鬼のようにルーシーに近づいた。そうして、自分に手を伸ばす。

吐き出した言葉は、あまりにも予想外で。

 

「ああ、あの人は、俺たちを置いていった。」

 

淀んだ、緑の瞳が自分を見た。自分の、黄昏色の瞳を捕らえるようにのぞき込んだ。

 

「だから、お前のことは逃がさない。」

 

体に衝撃が走った。そうして、意識が薄れていく。状況が掴めないルーシーの耳には、幼い子どものような声がした。

 

「ちょうかん・・・・」

 

それがどんな意味であるのか、ルーシーにはとんとわからなかった。

 

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