諦め猫熊はかく語りき 作:幽
一言だけでも感想いただけましたら嬉しいです。
正直、もっとやばいの考えてやめました。
(・・・疲れた。)
その日、スパンダムは一ヶ月に及ぶ任務から帰還した。報告を終え、ボロ雑巾のようになった体に鞭打って自宅に帰ってきた。
スパンダムは、CPの本部近くの島に小さな家を買った。小さな家とは言え、借りるのではなく、買えるのはスパンダムがなんだかんだで馬車馬のように働いているおかげだろう。
(・・・数日、休みは貰えたが。戻ったら、あれと。そうだ、あのことについても根回しで話をつけに。)
意外なことにCPでも休暇、というものは存在するらしい。CPまでに上り詰められる教養やしっかりとした出自の人間はそこそこ貴重なため、それ相応の扱いをしてくれているらしい。
がちゃりと、扉を開ければ長く開けていたというのに不思議と埃っぽさは感じなかった。
どさりと、荷物を置いた。普通の文官達はほとんど寮であったり、荷物を金庫に預けて船暮らしなどが多い。
けれど、スパンダムは変わり者扱いされたが、わざわざ家を持っている。それはただ単に帰る場所というものを求めたためだ。驚くほどに広い海に居続けると、自分がどこにいるのかわからなくなりそうだったのだ。
「・・・風呂にでも。」
「帰ってこられたんですか。」
「きゃあ!?」
灯をつけて風呂に向かおうとしていたとき、突然かけられた声にスパンダムは驚きのあまり叫び声を上げた。スパンダムは思った以上に高く出た声に驚きながら口を手で覆って後ろを見た。
そこにいたのは、白いシャツに黒いズボン、それ以外に持っていないのかという馴染んだ服装のロブ・ルッチがいた。そうしてのその肩には船を漕ぐハットリの姿があった。
「お、おま、なんでここにいるんだよ!?」
ルッチは驚いた顔をしていたが、すぐに気を取り直したのか口を開いた。
「ドアを開けて、入りました。」
「カギは?」
それにルッチはにっこりと微笑んだ。それにスパンダムは彼がどうやって家に入り込んだのか、考えないことを決めた。
額に手を当て、ふうと息を吐いた。
「それで、どうした。なにか用でもあるのか?」
「いえ、ただ休みになったので来ただけです。」
「まて、用もないのに来たのか?」
それにルッチは不思議そうな顔で首を傾げた。見目が良いだけにその仕草はよく似合う。
スパンダムはちらりと外を見た。そこにはすでに夕焼けを越えて夜が訪れていた。
「もう、いい。俺は寝るから好きにしなさい。」
「俺も眠いので寝ます。」
「わかった、好きなところで寝て良いから。俺は風呂に入る。」
ふらふらとそう言って奥に歩いて行くスパンダムにルッチは声をかけた。
「お背中、御流ししますか?」
「いらん!」
(・・・・どんどん、こう、図々しくなってるような。)
スパンダムはシャワーをさっさと浴びた後、ぐったりと息を吐いた。ルッチがスパンダムの家に勝手に上がっていたことはこれが初めてではない。
以前から、それこそ、スパンダムがいようがいまいが、家に上がり込んでいた。
家に久方ぶりに帰ってきた折に、明らかに誰かが上がり込んだような様子に肝が冷えたのを覚えている。
(蓋を空けりゃあ、ルッチが忍び込んでただけだったが。)
それはもちろん、大問題は大問題なのだが。最初はやめろと注意していたが、諦めた。元より、家に見られて困るものはなく、元より、スパンダムはルッチに逆らえない。
彼女の世界の中心は、元より、生きる指針はその少年だ。その程度の理不尽、特別気にすることもない。
スパンダムはほとんど必要の無いが、一応はと巻いた晒しを外し、簡素な衣装に着替える。そうして、自分の寝室に向かった。
ルッチのことだ、勝手に適当な客室で寝ているだろう。
久方ぶりに入る寝室はやはり、少しだけかび臭い。さっさと布団に潜り込もうとしたが、それよりも先に背後から声がした。
「スパンダムさん。」
「あー?」
そこにいたのは何か、湯気の立つコップを持ったルッチだった。
「なんだ?」
「スープです。何か、腹に入れた方が良いんじゃないんですか?」
「お前が作ったのか?」
スパンダムが驚いた顔をすればルッチはつんと顔をそらした。
「この程度、造作も無いです。」
差し出されたそれをスパンダムは恐る恐る受け取った。それは、どうも野菜を細かく刻んだもののようだった。スパンダムは一瞬、考えた。
(え、待て。これ作るぐらいの間、この家に上がり込んでんの?つーか、こいつ料理できたんだな。いや、いいんだけど。つーか、もうこいつがほぼ家主になってねえ?)
ぐるぐると考えていたが、自分をじっと見てくるルッチの視線に気づく。ここで、いらないということもできない。そうして、スパンダム自身も、腹が減っていた。
一口すすれば、シンプルなそれはなるほど、旨い。
「・・・お前、料理できたんだな。」
「このぐらい、誰でも出来るのでは?」
「いや、出来ない奴はできないが。」
(・・・・こいつ、俺に作らせずに自分で飯、作った方が良いんじゃないのか?)
そんな疑問が浮かんだが、今は言う必要は無いだろう。
「ごちそうさん。」
スパンダムはサイドテーブルにコップを置いた。洗いに行きたい気分もあったが、疲労感が勝ってきたのか急に眠気が訪れた。
「お前も、適当なところで・・・・」
スパンダムはいそいそとベッドに潜り込んだ。そうして、扉近くのルッチにそう言おうとしたが、何故か、少年は当たり前のようにスパンダムの隣に滑り込んだ。
「・・・・何してるんだ?」
「俺もここで寝るので。それでは。」
「まてまてまてまて!おい、待って!ルッチ、寝るな。」
「なんですか。」
ルッチは平然と目をつぶる。それにスパンダムが慌てて、ルッチをベッドの上に座らせた。
「あのな、客間で寝れば良いだろ?」
「客間のベッドはかび臭すぎて眠れません。ここが一番ましです。」
それにスパンダムはあーと納得した声をあげた。この頃、仕事でバタバタしており、掃除を頼み忘れていたため、客間は埃だらけだろう。元より、父親が眠りに来るのを予想しての部屋なため、この頃手入れをサボっていた自覚はあった。
「なら、俺が別の所に。」
スパンダムはどんどん迫り来る眠気を抑えてふらつく頭でそう言った。けれど、それをルッチが引き留めた。
「疲れているんですから、ここで寝ましょう。ベッドは大きいんですから。二人で十分に眠れるでしょう?」
「・・・だがな。」
ふらふらの頭で考える。
ルッチは男だ。そうして、自分は女だ。男女七歳にして席を同じにせず、なんて言葉もあるだろう。
(いやあ、さすがに同衾はまずいだろう。)
何よりも、一応は自分は性別を隠している身だ。さすがにそんな無防備にはなれないだろう。
「スパンダムさん?」
「あー?」
だいぶ眠気に襲われてスパンダムは限界だった。
「眠いんでしょう?別に良いでしょう、寝てください。」
「でもなあ。」
「別に良いでしょう。何があるわけでもないでしょうし。俺も、眠いので。」
その言葉に、スパンダムはとうとう根負けした。何よりも眠くてたまらない。もう、まぶたを落ちきる寸前だ。
そうだ、どうせ、体型自体ほとんどメリハリなんて物は無い、枯れ木のような体だ。そうして、胸もほとんどない。正直、父親の方が大きいんじゃないかと疑ってしまうような大きさだ。
大体、自分がこんなにも疲れているのはルッチとの約束のための無茶のせいでもある。どうでもいいかと、スパンダムは思考を放棄した。
「そう、だな。もう、だめ、だ。」
スパンダムはそのまま布団に潜り込み、意識を吹っ飛ばした。
「・・・・寝たか。」
ルッチはそのまますやすやと寝たスパンダムを眺めた。ハットリはルッチの持ち込んだ籠の中ですやすやと寝ている。
スパンダムの寝息が確実になるのを確認して、ルッチはスパンダムの上半身にかかっていた布団を剥いだ。そうして、無言でスパンダムの着ていたパジャマのボタンを外していく。
そうして、次に肌着もはだけさせた。
「やはり、女か。」
ルッチはスパンダムのささやかに膨らんだ、けれど、明らかに男のものではない胸を見た。
少しだけ浮き出たあばら骨がなんだか痛々しくて、ルッチは目を細めた。
そうして、指先で胸の谷間、といえるほどのではないそこをなぞった。スパンダムはそれがくすぐったかったのか、身じろきをした。
ルッチはそれに動きを止めるが、寝息はそのまま続いていた。
(・・・・良く効く薬だな。)
ルッチは薬を混ぜ込んでいたコップを見た。
フーズ・フーという男がいる。自分と同じCP9の人間だが、彼はよくよくルッチに絡んできた。天災と名高いルッチと同等などと言われてライバル視をしていたのだろう。
普段ならば無視をするルッチだったが、その日は違った。
「おい、ルッチ、お前もう女は抱いたのか?」
「はあ?」
その台詞に珍しく反応してしまったのは、あまりにも予想外な言葉だったせいだろうか。
「なんだ、まだ経験無いのか?」
からかうようなその言葉にルッチは顔をしかめた。殺してやろうかと、らちもないことを考えたが、そうは言ってもそんな勝手なことなど出来ない。
その場を去ろうとしていたルッチにフーズ・フーはまたもや声をかけた。
「お前も顔は綺麗なんだ。そういった任務に回されるんだ。練習でもしといた方が良いんじゃないのか?」
「れんしゅう?」
「ああ、ある程度の年になりゃあ勝手に覚えていくもんだが。まあ、お前は別だろう。」
なんて、会話をしたことがある。
ルッチも別段、そんなに清廉な子どもではないのだから、言葉の意味ぐらいは理解した。
そこでふと、思いたった。
スパンダムはどうなのだろうか?
ルッチが知る限り、スパンダムには浮ついた噂はなかった。当たり前だ、スパンダムは自分との約束を叶えるためにそんなことにかまけている暇など無いのだから。
けれど、モテないわけではなかった。
紳士的で、粗暴なこともせず、女心というものを理解しているらしいスパンダムはある程度女達から人気があった。
けれど、スパンダムは誰も彼にも興味が無い様子だった。どんな女もけんもほろろだ。スパンダイン経由の縁談も悉く潰されている。
それにルッチは不思議に思った。スパンダインの野心については知っている。ならば、スパンダムが結婚して、さらに勢力を増やすのは手のはずだ。
けれど、スパンダインはそういった事を行おうとしなかった。
もちろん、弱点になるとそんなことはしないのは手なのかもしれないが。それとも、ルッチの調査不足も考えられた。
それならば、思い立ったのはスパンダムに結婚できない理由がある、ということだった。
用意した薬はよく効いたのか、スパンダムは起きる様子もない。すやりと、寝息を立て続けている。
(これなら、結婚なんて世迷い言、そうそうないな。)
納得したルッチはどうしようかとスパンダムを見た。さらけ出された胸に、淡い色のそれをルッチはじっと見た。
ルッチはスパンダムが女であるとか、男であるとか、欠片だって興味は無かった。男であろうと、女であろうと、それは自分のものであって、扱いなんて変わることもない。
女を偽っているのにも納得できた。
この世界では、女という性別は何よりも不幸であることがあるからだ。だから、それについても気にしなかった。言いたくなったら、言ってくる程度のことで。
結婚、という単語については忌ま忌ましさが勝っていたのもある。スパンダムという人間の性格からして、それはきっとその家族を優先するだろう。
赤子を抱くスパンダムの姿を思い浮かべて、ルッチは眉間に皺を寄せた。そうして、スパンダムの顔の左右に手を突いて、彼は女に覆い被さった。
すうすうと、緩やかな寝息を声が聞こえた。
少しだけ開いた口に目が行った。そうして、ルッチは何の気なしに、それと自分の口を重ねた。
柔らかなその感触に特別な感慨は浮かばなかった。
ファーストキスなんてものに普通は浮かれるのだそうだ。けれど、ルッチにはその感情がとんで理解できない。今だって、自分のそれを捧げてもなんの感情も浮かばなかった。
「・・・・俺はどうも色々と人気があるようですよ。他の奴なら、泣いてうれしがってるんですよ。」
以前も、エニエスロビーにてグアンハオの出身者でない使用人に色目を使われた。
そっと囁いてみたが、スパンダムはすうすうと眠り続けるだけだ。まあ、自分が薬を盛ったのが原因なのだが。
ルッチはそのまま頭をずらして、スパンダムの薄く、ささやかな胸に顔を埋めた。
柔らかな感触などあまり感じられなかったが、それでも微かに甘い匂いがした気がした。
心地の良さだとか、男としての欲だってやはり理解できない。
(この人も、いつか、結婚などするんだろうか。他の人間に、こんなことをさせるのだろうか。)
その時は、ルッチは何のためらいもなく、その男を殺すだろう。けれど、その時スパンダムが散々に悲しむ姿も容易に想像できた。
さすがにそれは忍びなかった。別段、他の誰が泣いたとして、欠片だって気にならないのに。その、黄昏の人が苦しむのは忍びなかった。
だから、ルッチはそっと、スパンダムに囁いた。
「スパンダムさん、結婚したいなら、俺がしてやる。子どもだって、欲しいのなら作ってやる。」
囁いた、スパンダムからの反応はない。眠ったままだ。その、あっさりと殺せるような無防備さが愛おしかった。
ルッチは淡く笑みを浮かべた。煩わしいことでしかないことが、スパンダムを介するとひどく好ましいことのように感じて仕方がなかった。
ああ、早く来ないだろうか。己と同じところにまでそうしたらそれに近づく何かに目を光らせられるのに。
次の日、起きたスパンダムは自分が昼まで眠っていたことに気づいて、驚いた。普段ならば朝には眼を覚ますのに。
(そんなにも、疲れていたのか?)
ルッチはまるで親に甘える子どものようにスパンダムの腕の中に潜り込んでいた。それに思わず固まったが、ルッチは特別そこら辺について突っ込んでくることもなかった。
寒かったという言葉にこいつ本当に猫みたいだなあとぼんやりと思った。それでもばれない自分の貧相な体に嘆けばいいのか。
ルッチという少年はスパンダムを前にすると、やけに子供じみていた。
というか、自宅に出入りされるほど気に入れられているのか?あの、ロブ・ルッチが?
スパンダムにとってそれは疑問だった。
彼はあの世界ではスパンダムというそれを嫌っていたし、蔑んでいた。けれど、今はそうだ、ごろごろと自分の腕や肩に乗り、喉を鳴らすそれ。
(違うのだろうか、この世界は。例えば、決められた筋書きなんて無くて。)
目の前で、自分を嫌悪するはずの少年を見た。それならば、自分は、違うのだろうか。筋書きなんて案外無くて、それこそ、そんな暇もないだろう。
ならば、自分たちは案外自由かもしれない。その子どもは確かに、自分のことを慕ってくれているのだと、そう。
それは血と死の臭いをさせたルッチを見るまでの話で。
それは、指の欠片だった。父親への用事で、訪れたエニエスロビー。父親との用事を済ませれば、ふらりと出てきたのがルッチだった。
「どうかしたのか?」
「ああ、スパンダムさん、会いたかったんです。」
そういって甘えるように話しかけてくれる少年を抱き寄せる程度のことはしてやりたくなった。
「どうかしたのか?」
「はい、スパンダムさん。」
×××を殺しました。
口から飛び出たのは、確か、このエニエスロビーで雇われていた使用人の女だったはずだ。グアンハオの出ではないので印象に残っていたのだ。
「あなたの悪口を言ってたので。俺に近づいて、本当に五月蠅かったので。ちゃんと死体も始末したんですよ。」
「・・・そうか。」
腹の底が冷たくなっていく。にこにこと、無邪気に笑う少年は楽しそうにその女の末路を語った。
「あなたの周りは本当に敵だらけですね。安心してください、俺は守ってあげますから。」
未来の長官を守るためなのだから。
笑う少年、人殺しに目を光らせる少年。
(・・・そうだよな。)
スパンダムは納得した。それに欠片だって親しみがないわけではないのだろうけれど。その少年が自分に懐くのはきっと、餌にするのに丁度良いからだけなのだろうと。
何よりも、やっかみを買うスパンダムは丁度良いのだ。血を浴びることに微笑む少年にスパンダムは疲れ切った笑みを浮かべた。
ああ、そうだ、何を思い違いなんてしていたのだろうか。
獣に、兵器に、愛などないのだというのに。