諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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次でスパンダムの話は終るはず。
感想、評価いただけましたら嬉しいです。


この世は舞台というならば、滑稽な役者の話をお聞きください 3

それは完璧な生き物だった。残酷で、恐ろしくて、血の匂いがして、柔らかくて、そうして、美しい生き物だった。

それらは、完璧な生き物になれるはずだった。

揺るがず、冷徹で、賢しく、与えられた任務を受け入れ、その人生を気にしない。

そう、なるはずだったのだ。

 

 

 

スパンダムは変わることない生活を送っていた。

馬車馬のように延々と働いた。

元より、性別を偽っており、元より中性的で、メリハリの少ない体は変装に丁度良かった。七光りという立場は侮りを産み、仕事はやりやすかった。

筋書きから離れたいと願うのに、筋書き通り自分が死なないという確信が欲しかったというのもある。

生理も止まった。ストレスでやつれた自覚はあったが、それさえも気にはしなかった。

 

「お前、大丈夫か?」

 

久方ぶりに会った父親はスパンダムの様相に心配そうな顔をした。それにスパンダムは淡く微笑んで首を振った。

 

「ははは、まあ、大丈夫だよ。自分の限界ぐらいわかってるからな。」

「そうか、無理はするなよ。」

 

心の底から心配そうな顔をしていた、父親、それにスパンダムは苦笑した。

どうして、そんな顔をするのだろうか。

スパンダムは現在、順調に出世している。父親の地位には劣るとしても、それでも十分だろう。

これこそが、彼の願ったとおりだろう。

 

(なのに、なんでそんな顔をするんだよ。)

 

スパンダムは苦笑した。

 

 

日々の生活の中で、己の中で何かが軋みを上げる気がした。

人の醜さだとか、この世の残酷さだとか、それを散々に見た。

それに絶望するのはたやすかったし、それに諦めを覚えるのは簡単だった。けれど、スパンダムはそれでもCPに在籍し続けた。

逃げられるのならそうしたかった。さっさと、全てを放り出したかった。けれど、そのたびに約束を思い出した。

 

あなたのことを、守ってあげます。

 

その約束をよすがに生きた。死んだように生きた中で、その言葉を思い出すたびに、足を止められなかった。

 

血濡れの子どもを思い出す。肉塊と、血を前にこれ以上のことがないと微笑む少年を思い出す。

兵器になった子ども。何かを殺すことを是とする子ども。

その子どものことだけは裏切りたくはなかった。スパンダムを守るという約束をしてくれたあの少年のことだけは。

哀れだったのだ。ただ、ひたすらに。少年の不幸を是とする自分、殺すことを否定してやれない自分。

そんな自分を守るというのだ。

辛くて、悲しくて、世界が保たれるために犠牲になる誰かのことを見た時、それでも、あのまろい頬に、小さな手、キラキラ光る緑の瞳、そうして、嬉しそうに自分に微笑む傲慢で、横暴な、愛らしい少年のことを思い出すと歩みを止めることが出来なかった。

その子どもがどれだけ残酷でも、守るなんて言葉が戯言で、きっと自分のことをお気に入りのおもちゃ程度にしか考えていなかったとしても。

それでもよかった。

それでも、その子どもとの約束はスパンダムに与えられた、美しい光だったから。

 

 

ルッチはよくスパンダムの元を訪れた。

 

「スパンダムさん、まだ昇格しないんですか?」

「・・・・こつこつ成果を積み上げての出世はそう簡単にできないんだよ。」

 

それにルッチはむすくれたような顔をして、座ったスパンダムの太ももの上に顔を乗せた。

 

「早くしてください。俺が老人になっても知りませんよ。」

 

そういって、すねたように言った少年の頭をそっと撫でた。

それにスパンダムはいつだってその人殺しがただの少年であることを夢想した。それはただの子どもで、自分に懐いているだけの、愛らしい子猫だと。

そう思うたびに、死んだ肉の塊と血の匂いをさせた子どもが自分の前にいる。

 

楽しそうに笑うのだ、心の底から、嬉しそうに笑うたびに静かに絶望した。それでもいいかと思ったのだ。

この子どもはきっと、これから傷つくことはないのだろう。

殺すという行為だとか、傷つけることだとか、そんなことに心を痛めることもないのなら。この子どもが幸せであるのなら。それでいいだろう。

 

ルッチによってもたらされた罪悪感のせいか、スパンダムはグアンハオにいる子どもたちのことも気になった。六式のうち、いくつかを使えるようならまだいい。けれど、戦闘というものに徹底的に向いていなければその末路は簡単に想像が付いた。

たった一人だけを助けるのか?

死んでいた心が、あの日、ずっと押し殺して、それでも胸の中わめき立てる、遠い昔の自分がそれを否とした。

ルッチと、グアンハオの子どもたちの何が違うのだ?

約束をくれたから?自分を救ってくれたから?だから、ルッチにだけは救われて欲しいのか?

それは、違うと、己の中でわめき立てる声がした。

 

グアンハオについての手を回すことはそれ相応に邪魔が入ったものの、珍しいスパンダムの強行にスパンダインが手を貸し、また、上にいた穏健派の人間がそれを許可した。

グアンハオの子どもたちはスパンダムをいい人と言った。

確かに、スパンダムも子どもに対して穏やかに振る舞った。けれど、それだけだった。普通の生活に戻すことも出来ないし、行き着く先なんて結局CPぐらいだった。

墓だって、立てられない。名前だって、忘れられて。どんな子どもだったのか、覚えているものなんてなくて。

 

いつかに、まだ、スパンダムが出世の道を駆け上がっていたときのことだ。グアンハオの子どもであった人間が新人として入ってきた。

スパンダムはそれに驚いた。その子どもは、記憶によればあまり戦闘などは苦手としていたはずだ。

諜報員として入ってきた子どもは嬉しそうに笑った。

恩返しがしたいのだと。

それがスパンダムにとってはたまらなく気まずかった。そんな顔をされる資格など無いだろう。彼らのために奔走したのは、スパンダムの光への罪悪感の補完であって、哀れみはあっても、それはスパンダムの自己救済だ。

だから、スパンダムは言葉少なに言ったのだ。

 

「自分の仕事をして、それ以外はお前の好きなように過ごしなさい。俺はただ、合理的な思考をグアンハオに持ち込んだだけのことだ。」

 

ひどく恥ずかしかった。そんなことをいわれるようなことなどしていないのに。

それは柔らかく微笑んだ。スパンダムの冷たい言葉にそれでも、わかりましたと微笑んだ。

スパンダムはあまりその子どもに関わらないようにした。同じ部署にいたとしてもできるだけ同じ任務にならないようにしていた。

それでも、どうしても同じ任務につくことはあった。

 

それは酒場での、海賊から情報を引っ張ってくる任務だった。スパンダムたちは商売人を装ってのことだった。

スパンダムは安いチンピラを装って軽口を叩いていた。こういったとき、隈のある性悪そうな顔は便利だった。

滞りなく、進んでいた、はずだった。

同僚の一人が、海賊を怒らせるまでは。

混戦となった酒場にて、スパンダムは少しでも鍛えていたことにほっとしていた。けれど、他の客まで戦闘に参加し始めたことにより、自体は泥沼になった。

そうして、一つの発砲音の後に、その子どもが己に覆い被さるように倒れた。

血を流して、その場に倒れていた。

驚いて、名を呼んだ。流れていく、命が、手にべったりと張り付いていた。

それにその子どもは、穏やかに微笑んだ。

 

あなたのために、役に立てましたか?

 

掠れた声を覚えている。冷たくなっていく体の温度を知っている。

その子どもの死体は、スパンダムが引き取った。そうして、とある島に用意した墓に納めた。

その言葉を聞いたとき、スパンダムは叫びたくなった。

 

そんなことのために、生かしたわけじゃない!

 

それから、スパンダムの元には多くの死の知らせが入った。それは例えば遺書だとか、同僚からの伝言だとか、遺体を引き取りに言ったこともあった。

そんな子どもたちは幸運だろう。だって、死んだことがわかっているのだ。死んだことすらわからない子どももいた。スパンダムも把握しきれていない子どもがいて、その子どもは誰にもわからずに死んだのだろう。

彼らの多くは、こう言った。

私たちの手柄は、全てスパンダムさんのおかげだと。

彼らはいつだって笑うのだ。

 

あなたの役に立てましたか?あなたに恩は返せましたか?

お願いです、覚えていてください。どうか、私の名前を、どうか、忘れないで。

 

スパンダムはとある島の教会に共同墓地を作った。そこには、いつかの子どもたちの骨を積み上げた。小さくなった子どもたち。顔を覚えていない子どももいた。存在さえ覚えていない子どもの骨だってあった。

彼らの遺す言葉には恨み言だってあったけれど、多くは感謝の言葉だった。

自分たちを見つけてくれて、手を差し出してくれてありがとう。

それに心の中で、何かがひしゃげていく気がした。

 

何故だろう、どうしてだろう。

そんなことを願っていたわけではない。せっかく、ある程度の自由も赦されるようになったのなら。その範囲で好きに生きれば良いだろう。

そんなことのために生かしたわけではない。ただ、ただ、どうしようもなかった贄の子どもたちが、少しぐらいは報われる夢を見たかっただけなのに。

いっそのこと、恨んでくれればいいのに。

どうして、助けてくれなかったと、罵詈雑言でもすればいいのに。

なのに、いつだって、贄になるしかなかった子どもたちは、ただ、生かしてくれただけで、何かあれば頼れという言葉だけで、ありがとうと言うのだ。

 

間違えた、ただ、間違えた!

 

優しさなど与えなければよかった。好きに生きてくれればなんて願わなければよかった。

好き勝手に、自分のために生きてくれるのだと信じて疑っていなかったのだ。だって、この世界はひどく残酷だから。

スパンダムのしたことなんて、ほんの些細なことでしかないのだと思っていた。ただ、出来るだけの子どもが生きる選択肢を与えただけだ。

特別な慈悲なんてない。ただ、選択肢を与えただけだ。ただの子どもに戻してやることだってできなかった。

大人になって、自分で生きることのできる選択肢を与えられたら、その中で好きに生きてくれると思っていた。

なのに、なのに、そんなこと、なかったのだ。

自分のために死んで欲しいなんて思っていなかった。そのまま好きに生きていけば良かったのに。

 

間違いだった、欠片のような、哀れみは彼らにとって確かに恩義で、そうだ、愛だったのだ。

間違いだった、間違いだったのだ。

半端な、こんな、哀れみになんて縋るしかない彼らがひたすらに哀れで。

それでも、グアンハオのシステムは変わらない。今では殆ど通えていないが時折の差し入れだけですませている。

けれど、彼らはそれだけでスパンダムに感謝して、そうして、死んでいく。

止めろと言っても止まらなかった。

 

 

スパンダムは己の膝ですねる猫を見た。美しい、その猫の頭を撫でた。

 

「・・・悪かったよ。俺も頑張るからな。」

「約束なんですからね。」

 

甘えるように自分の手にすり寄る、猫。

それにスパンダムは目を細めた。

 

いつか、この猫は自分を蔑むのだろうか。正しい世界では、スパンダムを彼は殺さなかったけれど、それは何故だろうか。

仕返し?哀れみ?もっと複雑な勢力争い?

それは、何故か今のスパンダムにはわからないけれど。 

 

(お前は、そんな愚かなことはしないだろう。いつか、俺を蔑んで、いつか、俺を恨んで。いつか、俺のいないどこかに行くのだろう。)

 

それでいい。そうなるのだ。

スパンダムは嬉しそうに微笑んで、ルッチの頬を両手で包んだ。

 

「ルッチ、いいか。」

「?はい。」

 

その時、スパンダムは己のが口にしようとした言葉にぞっとした。

優しい奴になれなんて。好きに生きろとなんて。

いったい、どの口が言えるのだろうか。だから、取り繕って、戦うことが好きならば、どうか、誰かのために戦えるものになんて。

そんな無責任なことを言った。

それにルッチは素直にはいと頷いた。それをスパンダムは気にしなかった。

所詮、獣で、兵器である子どもは自分の言葉なんて忘れてしまうだろう。スパンダムはそんな彼に微笑んだ。

それでいい。

愛など理解できなくて良い。愛なんて抱かなくていい。あの、正しい世界のように冷酷に、ただ生きていい。

あの愚かな子どもたちのように、自分のために死ぬなんて愚かなことをしなくていいのだ。

 

そうだ、それでいい。

なあ、弱いと言うことは罪ではない。罰なのだ。弱くては、死に方さえも選べないと、そう言ったのは誰だったろうか。

それはどこまでも事実だろう。どれだけ自分が心を痛めても、結局、救うことも出来ないのだから、それ以上の罪深さなどないだろう。

愛など理解できない、わからない、抱かない、ただの獣で、兵器であってくれ。

愛など抱いたとして、それはいつかにお前のことを殺すから。

 

 

 

スパンダムはCP9のメンバーが完璧な兵器であると信じて疑わなかった。

いつかに紙の中で見たとおり、何にもゆらがない、自分のために死ぬなんて愚かなことをしない美しい生き物であると。

 

ルッチが数百人の兵士を虐殺したという話を聞いたとき、スパンダムは正直な話をするのなら、嬉しいと思ってしまったのだ。

彼は自分のくだらない哀れみなんて度外視で、残酷な兵器になっている。それでいい。

スパンダムは間違えたのだ。

半端な哀れみなんて彼らを殺す毒にしかならないのだから。だから、そのまま兵器のままでいてくれと思った。

スパンダムはルッチのことを肯定した。そうだ、確かに彼の行いは誰かのことを救うのだ。スパンダムだってルッチの行いが非人道的であることぐらいわかっていた。

どうしてだと、心の内でわめき立てる声がした。

間違っている、間違っている。こんな子どもに押しつける業ではないはずだ。

それに、いつかにテレビから聞こえた、本来のスパンダムの声が内で響く。

 

はっ!笑えるじゃねえか!

なら、他にどんな選択肢があったんだ?あのまま、王座を譲り渡すなんて言わねえよな?

正論なんざ外野からいくらでも言える。てめえの力でなすではなく、他力本願に何かを否定するのはさぞ、気分がいいだろうな?

 

だから、スパンダムは微笑んだ。お前は、正しいのだと。

スパンダムだって知っている。正しさで救えるものなんてそうそうないことを。

 

 

筋書きは正しく進んだ。

古代兵器のことだってスパンダムは一言も発したことはなかった。けれど、五老星はスパンダムにその探索を望んだ。

できるだけ遠回りをしようとしても、部下達によって手がかりは拾われていく。そうして、運命のW7にたどり着いた。

そこで、なあなあで済ませようと思っていた。ここで手柄を立てれば最速で約束を果すことも出来ただろう。けれど、スパンダムはそれを望んでいなかった。

筋書きを変えたいというならば、ここで古代兵器でも手に入れれば良かったのだろう。けれど、スパンダムはそれを望まなかった。

古代兵器が人には過ぎたものであることぐらいはわかっていた。

人の性を、スパンダムは知っていた。

トムのことも、無視して、さっさとその場を後にして時間稼ぎをすれば良いと思った。

なのに、そんなことだって、叶わないと笑ったのはW7に繰り出される砲撃の雨を見た時で。

 

褒めてください。

 

愛の請い方がわからない子ども。スパンダムという小物のために町一つを滅ぼすことにだって疑問を持たない子ども。

 

間違えたのだ。ずっと思っていた。悉く、間違えた。

スパンダムがいくら願っても、筋書きは変わらない。ささやかな思いが、スパンダムのあがきによってがんじがらめになっていく。

ただの哀れみでしかないことを、愛と勘違いして死んでいくものばかりだ。

だから、スパンダムはCP9の非道さにほっとした。彼らならば、きっと、完璧なまま苦しむことも、悲しむこともなく、壊れたままの、傷つく事なんてないのだから。

そう、思っていた。

そう、思おうとした。

 

 

 

あるとき、死にかけたことがあった。

簡潔に言えば、毒を盛られたのだ。よくある話だった。その時は何かの祝いの場だった。

CP9の長官になったスパンダムは顔を売るために何かの祝いの席に出席した。少なくともエニエスロビーのトップの立場であったスパンダムにはそう言った席によく呼ばれた。

その時は、確か、護衛なんていないときで父親と出席していた。

危険など無いと、そんな触れ込みで。事実、その場にいたもの全員がスパンダインと懇意にしていたものばかりだった。

だから、油断していた。

一口だけ飲んだ酒。それに、喉の奥からの何かがせり上がってきた。

ごほり、咳き込んだ時、覆った口についたのは真っ赤な鮮血だった。ぐらりと、視界がゆらいだ。

ああ、失敗した。

父親の茫然とした顔を見て、自分の行いをやってしまったと思った。床にたたき付けられる。体に痛みが走る。

それにスパンダムは特別な感情を持たなかった。筋書き通りというのなら、自分は結局死にはしないのだからと。

 

次に眼を覚ましたのは、どこかの病室だった。

もうろうとした、意識の中で、結局自分が死にぞこなったことだけは理解できた。

上手くいかない。

その時、自分のベッドの脇に、誰かが立っていた。

 

(ああ、親父か。)

 

そう思って、掠れていた視界がはっきりしてくれば、それが誰か、ようやく理解した。

そこにいたのは、ルッチだった。

任務でエニエスロビーを空けていた少年が、そこにいた。ハットリが肩に乗って、慰めるようにすり寄っていた。

それにスパンダムは、茫然とした。彼はスパンダムの意識が戻ったことに気づいていないのか足下に視線を下ろしていた。

 

(なんで・・・・)

 

なんで、と思った。

だって、その顔はまるで、人間のようだった。

寝ていないのか隈の残った目元に、疲労を感じさせる表情、そうして、涙なんて出ていないのに、その顔は泣きそうにしか見えなかった。

なんで、そんな顔をしているんだ?

そんな、そんな、幼い子どものような顔を、なんで、しているんだ?

残った疑問に自分の、管の刺さったほうの手が微かに握られたのを感じた。

ルッチはそれに、呟いた。

 

「大丈夫だ、そんなはずない。」

 

弱々しい声だった。普段の、傲慢で、強かな声なんてものとはほど遠い声だった。 

 

「約束したんだ。裏切るはずなんて無いんだ。この人は、俺が守る。」

 

だから、ずっと一緒にいるんだ。

 

だめだと思った。その言葉に、それに、スパンダムは理解してしまった。思ってしまった。

ただの獣であるはずだ。

ただの狂った殺戮兵器。

ただの、壊れたこどもであった、はずなのに。

ああ、見るがいい。

それは、今、目の前で恋しいと泣く、幼子でしかないじゃないか。

 

スパンダムはその時、ずっと、そらし続けたことを直視した。

愛などないと、壊れていると、そう思っていた。完璧な獣たち、完璧な殺戮兵器。

違うだろう。

違うじゃないか。

なあ、そうじゃないか。

 

わかっていた。血に濡れて、遺体を獲物のように引きずって、褒めてくださいと言うそれは、確かに、歪でも愛を得ていたのだ。愛を、知っていたのだ。

例え、それが刷り込みの愛でも、スパンダムに何かを差し出すその仕草は、守るという幼い約束を後生大事に守り続けるそれには、愛があったのだ。

 

今までのことを思い出す。CP9の子どもたち。

それは例えば、ただの上司への親しみであったり、気軽さでも、けれど、彼らは確かにスパンダムに誠実であろうとしてくれた。

 

子どものように認めてくれと、旧友のように親しみ深く、良き部下のように真面目に、拾い主に誠実で、忠臣のように礼儀があり、憧れのように微笑みが、そうして、遠い日の約束を抱えて、彼らはスパンダムと共にあったのだ。

 

もしも、俺が死んだらどうする?

それに彼らはきっと、泣いてくれないかもしれない、怒ってさえくれないのかもしれない。

けれど、彼らは最後までスパンダムに誠実であろうとしてくれるのだと、わかってしまった。

 

気づきたくなかったから目をそらした。

だって、そうだろう。

ああ、だって、それにスパンダムは思ってしまったのだ。

 

愛おしい、なんて。

 

そんな酷い話はないじゃないか。

哀れみだった。可哀想な子どもたちに、自分勝手な同情だと、いつだって己のことを嘲笑っていた。

自分に向けられた、光への報いでさえもあり得ないことだと目をそらした。

哀れみのそれは、いつの間にか、愛になっていたというならば、こんな悍ましいことはないのだから。

なのに、なのに、彼らからの、微かなものであっても愛を知ったとき。

スパンダムは己の罪を自覚した。

いつかに、完璧になるはずだった子どもたち。いつかに、完璧に自分たちの不幸さえも割り切って生きていけたはずの完璧な兵器達へ。

それを自分は壊してしまった。彼らから奪うはずだった、慈悲であるはずの人間性の剥奪を何よりも阻んでいたのは自分だった。

 

彼らは、死ぬのだろうか。

せめて、自分のために、他人の事なんて切り捨ててせめて生きて欲しいと願っても。彼らはスパンダムの与えてしまった人間性によって破滅するのだろうか。

 

(・・・決めた。そうだ、腹をくくろう。)

 

スパンダムは掠れた声でルッチに話しかけた。

 

「・・・ルッチ?」 

 

それにルッチは目を見開いて、急いで医者を呼んだ。処置がされた後、何故か病室には代わる代わるCP9のメンバーがやってきた。

彼らはひどく忙しなく動いていた。後で聞いたが、スパンダインの指示により、スパンダムの毒殺を企んだ一派の処理に当たっていたらしい。拷問の様子を嬉々として語られて困った。

 

「なあ、ルッチ。」

「はい、なんですか?」

 

しかめっ面で、けれど、自分に懐く猫にスパンダムは問いかけた。

 

「俺が死んだら、お前はどうする?」

「あなたが死ぬわけ無いでしょう。俺がいるというのに。」

 

ルッチの返事は変わらなかった。それにスパンダムはそうだなと頷いた。

 

もしも、筋書きというものが変わるというならそれでいい。その時、スパンダムは己の罪悪感からさえも目をそらして彼らの壊れた日々に付き合おう。

あの日、贄になるはずだった子どもたちのために己のそれぐらい捨て去って、共に生きよう。

けれど、筋書きという者が結局変わらないのなら、せめて自分は選択肢を与えよう。どうしようもなかった人生のために、彼らが自由になるかどうかの選択肢ぐらい。

その時、スパンダムは約束を果すのだ。あの日、狂っていたとしても交わした約束のために、スパンダムは己の光のために死ぬのだ。

賭けをする。この世界の主人公達が勝つのか、それとも自分たちが勝つのか。

その賭けに負けたとき、スパンダムは死ぬのだ。

ああ、それでいい。そうであろう。それこそが、今まで愛される資格のない自分に誠実であってくれた彼らへの報いで。懐いてくれた猫への祝福だと信じたのだ。

 

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