諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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全てを忘れたとして、それでも、覚えていることがあるのです。

革命軍の話です。ドラゴンの話も書くかな
感想いただけましたら嬉しいです。


参謀殿へ、忘れっぽい私たちですが

 

「血と泥に塗れた変革をしてはいけない。それが何故か、わかるかい?」

 

その女はひどく静かな声で言った。けれど、その瞳の中に映る、驚くほどに深いそれはじっとこちらを見つめていた。

 

 

 

モンキー・D・ドラゴンが風変わりな女を拾ったと聞いたとき、サボは特別、何かを思うことはなかった。

己自身、ドラゴンに拾われた身だ。ならば、それに対して何かを思うことはなかった。

ただ、その女が眼を覚ました折、何も覚えていないということに俄然、興味が湧いた。

記憶を失ったという同じ存在への好奇心はやはり湧いた。

 

「名前は?」

「・・・・わかりません。」

 

名前もわからない女は、黄昏と呼ばれるようになった。誰が呼んだかは知らないが、その髪と眼の色からの名前だったのだろう。

女は、無気力だった。どこか、ぼんやりと、記憶が無いことに特別な感情を見せなかった。自分の名前がわからないことにさえも、適当に呼んでくれと流していた。

非常に大人しかった女の様子に不信感を持つ者もいた。ただ、スパイだとかを考えるには女はあまりにも大人しすぎた。

そのため、どこか、人のいる島まで乗せることだけを決めた。黄昏はそれを受け入れ、いつも静かに部屋にいた。サボが聞いたところによると、女は何かを考え込んでいるようで、じっと静かにしているのが常であったそうだ。

ただ、あるときのこと。メンバーの一人が雑談がてらにこんな話をしていた。

とある国の圧政のために干渉するが、どうするか。

それを、偶然部屋を出ていた黄昏が聞いていた。珍しく彼女はそれに近づき、こう言ったのだ。

 

あの国に干渉するのはやめておけ。

 

それに革命軍の人間は顔をしかめた。なぜ、そんなことを言うのだと。それに、黄昏は呆れた顔をした。

 

あの国の人間は確かに貧しいが、それと同時に、あの国は周りの主食になる小麦の主な生産地になっている。あの国が国民を徹底的に使い潰し、格安で小麦を卸しているからこそ、あの付近の国々はなんとかなっている。

もしも、干渉をするというのなら、小麦の価格と生産についてどうにかすることだ。

 

 

黄昏はまるで世間話のような軽さでそんなことを伝えるとその場を後にした。驚いたのは、その場に遺された革命軍の人間だ。

皆が皆、その言葉に慌てた。それは真実なのか、真実であるのならばなぜそんなことを知っている?

黄昏の言ったことを確かめてみれば、それは正しかった。革命軍は一旦、その計画を中止した。

それから革命軍の中で黄昏に疑惑の目が向けられた。

その女は何者だ?

 

本当に記憶を失っているのか?失っているとして、以前はいったいどんな地位にいたのか?もしや、政府の人間だったのではないか?

けれど、黄昏のような人間がいたという話はとんと聞かない。

現在、インペルダウンにいるイワンコフからもそんな人間の話は聞かなかった。

それを知ったドラゴンは試しに、黄昏に幾つかの話を聞いた。

 

この二つの航路はどちらに進むべきか?

それならば左の航路だ。右は安定した国家が多いため、基本的に海軍が物資の補給に立ち入ることが多い。

この二つの国にはどちらに干渉するべきか。

それならば右の国だ。左の国は保守的で、貴族を優先する。右の国は確か、新しい国王が庶子の出だ。どこかの貴族の家に養子に出されていたという前売りだが。先代の王と王子が死んで泣く泣く迎え入れたはずだ。彼ならば、お前達の話を聞くだろう。

この国は信用するべきか?

やめておけ、確かこいつは武器のブローカーと繋がっているはずだ。

 

その女の出す情報は全てが正確だった。ドラゴンはそれが、政府の諜報機関にでもいたのでは無いかと疑うほどの情報だった。

そこで持ち上がったのが、女を本当にここに置いておくべきかと言うことだった。

記憶を失っているというのは真実だろう。何故って、女はドラゴンに情報を伝える間、心底どうでもよさそうに、淡々と答えていた。

何というか、誰でも知っているたわいも無い話を井戸端会議で口にするときのような軽さだった。

なによりも、黄昏はずっと部屋に籠っており、不審な行動もしていない。

ドラゴンも相当悩んでいたことをサボは知っている。が、女は生かされ、尚且つ、革命軍の本拠地であるバルティゴに置かれている。

それは簡単だ。

女に、ドラゴンは一つの問いをしたのだ。

 

自分たちの行い、革命軍の行いをどう思うか。

それに女はやはり、熱の無い、暗く、されど深い瞳で答えた。

 

「正しくは無い、ただ、間違いでも無い。」

 

女は、淡々と答えた。

人は本来面倒くさがりで怠惰な生き物だ。どんな技術も、そうして、進歩も楽をするために開発される。人間は元より、労働だとかよりも遊んで暮らしたいだろうし、命の危機なんてまっぴらだろう。

だからこそだ。

今、命をかけ、尊厳をかけ、わざわざ政府にたてつく今は異常なんだ。この世界のシステム自体がバグなんだ。

命を天秤に乗せた瞬間、傾いでしまう時点で、この世のシステムは構築に失敗している。

 

「その程度の強度で世界を構築したほうが悪い。生存本能を刺激するほどに圧政を敷いた時点で、人を統べるシステムとして失敗作だ。壊されても自業自得、無能に何かをいう資格は無いだろう。」

 

(それを気に入ったのか。)

 

サボは遠出のためにようやく帰ってきた本拠地にて、そんなことを考える。伝え聞いていたその女に会うのは初めてのことだった。

 

「サボ君!」

 

走ってくる存在にサボは振り返った。そこには昔なじみのコアラの姿があった。

 

「お帰り、ようやく帰ってきたんだね。」

「ああ、今、帰ってきたんだよ。」

 

サボはドラゴンに一応は報告をと、どこにいるのかを聞けば、コアラはああと頷いた。

 

「きっと、黄昏さんのところね。」

「黄昏って、例のか?」

「うーん。この頃、気に入ってるみたいで。」

 

コアラはそう言って、どこか、含みがあるというのか、どこか、言いにくそうと言うのか。複雑そうな顔をしていた。コアラにしては珍しい表情にサボはどうしたと問い返した。

 

「ううん。ただ、私は、少し、あの人が苦手で。」

なんだか、怖いの。

 

そう言ったコアラは困惑したようにサボに言った。

 

 

黄昏とはどんな人間なのだろうか。

歩いている身内に、それとなく振ると、大抵の人間はこういった。

頭の良い人間だ。

机仕事が得意で、島々や航路に対する情報が豊富だ。

そういって大抵の人間は黄昏に対して好意的な意見を言った。敵意を持つには、黄昏はあまりにも無気力だった。

けれど、数人だけが、どこか気まずそうな顔をしていた。その一人が、ぽつりと言った。

 

怖い人では無いのだけれど。でも、少し、瞳を見ることが出来ないんだ。

 

 

黄昏という人間は基本的に無気力だった。何かをしようともせず、指示をされれば動き、問われれば答える程度のことをしていた。

けれど、とあることに関しては自ら動き回っていた。

 

「それでは、昨日の復習に入ります。」

「えー・・・・」

「ほら、返事ははい。割り算の復習をしますよ。」

(ほう。)

 

サボは外に面した窓からとある部屋をのぞき込んだ。そこには、机に座り、黒板に向いた政府からの迫害により難民になった子どもたちがいた。黒板の前には、簡素なワンピースを着た女性が立っている。

呼ばれる名前の通り、明ける日差しのような、暮れゆく太陽のような、そんな色合いの髪と瞳をしていた。

 

(子どもに対しては異常に執着してるって言ってたが。本当だったのか。)

 

黄昏はバルティゴにつき、子どもがいることを知ると、自ら世話をしたいと言ってきた。事実、彼女は子どもの扱いも上手く、なによりも勉学を教えるのに長けていた。

勉強の基本中の基本であるだろう部分を教科書まで作って教えている。

中には、大人の身で授業を受けているものもいた。

 

サボはじっと黄昏の顔を見た。

コアラのように若いというわけでは無いが、年老いているわけでもない。隈が目立つせいか、老いている印象があるのだが。どこか、浮世離れした空気を持っているせいか、若々しい印象も同時に受けた。

古い、本棚に置かれた開かれたことのない本のような女だった。

そのまま授業が終り、子どもたちは鍛錬に向かっていく。それを見送る黄昏にサボは話しかけようと、窓を開けようとしたが、それよりも先に教室に残っていた少年が一人、黄昏に話しかけてきた。

 

「なあ、黄昏。」

「ああ、どうかしました?」

 

子どもに向ける笑みはやはり、優しい。それに小生意気そうな少年は女を慕うように微笑んだ。

 

「黄昏は鍛錬を受けないの?」

「・・・私は、そういった才がないので。」

「そっか。じゃあ、待ってろよ。俺が早く強くなって、天竜人なんてぶっとばしてやるんだからな。」

 

子どもの幼い言動に、サボは少しだけ微笑んだ。けれど、黄昏はひどく、冷たい目でそれを見返した。

 

「いいですか。」

 

それの後、黄昏は屈み込んだ。

 

「変革を起こすことと、誰かを傷つけることはまったく違うことですよ。」

 

黄昏の言葉に少年は不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「どうして!?大人はみんなそう言ってる!」

 

期待通りの反応がこないことにすねたのか、少年は黄昏に怒鳴った。それに黄昏は静かに言った。

 

「政府や、天竜人が憎いですか?」

「嫌いだ。大っ嫌いだ・・・・」

 

それに黄昏はそっと視線を床に這わせた。そうして、その子どもの顔をのぞき込んだ。

そうして、無言で少年の頬をつねった。

 

「なにすんだよ!?」

「痛い?」

「当たり前だろ!?」

「誰かに痛みを与えられれば、やり返したくなるのは当然です。あなたは、今、たくさんの者に傷をおわされているんでしょう。それを間違っていると、やり返したいと思うことは間違いではない。けれど。」

その痛みを誰かに返したあなたもまた、いつかにその痛みが還ってくるのですよ。

 

それは、説教と言うにはあまりにも悲しみに満ちていた。どこか、荒野を風が抜けていくように、寒々しい声だった。

 

「・・・・最初は、正当なのかもしれない。最初は、ただ痛みを返していただけかもしれない。けれど、そうしていればあなたはいつか、被害者の仮面を被り、己の正しさを振り回すことになる。その時、残るのは地獄だけです。」

いいですか。

 

黄昏はもう一度、念を押した。

 

「強くなることも、憎むことも、怒りも、それはあなたが生きていく上では大事なことです。ですが、その強さを全てが赦される特権のように、その怒りと憎しみと力を振う理由にしてはいけません。それは、あなたを傷つけた誰かと同じになってしまうから。」

 

その言葉に子どもはもういいとその場から走って行く。女は悲しそうにその後ろ姿を眺めていた。

サボはそれに少しだけ見つめた後、そっと窓を開けた。それに気づいた黄昏が振り返る。

 

「・・・・どなたでしょうか?」

「ああ、こんなところから失敬。俺はサボって名前なんだが。」

「参謀殿ですか。ご機嫌麗しゅう。私、こちらでお世話になっている黄昏と申します。」

 

女はそう言って、スカートの裾を軽く持ち上げて、上品に礼をしてみせた。

それにサボは何か、脳裏にかすめる気がした。貴族のように上品だなと感じたが、そんなものを見たことが無いのに、なぜ、そんなものを思い出すのかと内心で首を傾げた。

 

「ああ、そんな大層な礼はいいって。」

「そうですか。私に、なにかご用でしょうか?」

 

淡々とした声は、先ほどまで子どもにかけていた言葉とはまったく違った。熱の無い声は、どこまでもサボへの無関心さを表していた。

 

「いいや、新入りが入ったって話だから、少し顔を見たくてな。」

「ああ、なるほど。」

 

黄昏はそう言った後、ちらりと少年の出て行った扉の方を見た。

 

「ご不快でしたか?」

「なにがだ?」

「先ほどの、彼との話についてです。」

「え、ああ、いや・・・」

 

その言葉にサボは少しだけ困った。確かに、少しだけ革命軍に身を置きながら、なにを、と思う感覚がした。

政府に逆らうには強さは必須だ。抵抗のために必要なものだ。それ故に、革命軍は皆、体術などを学ぶ。

けれど、それを言葉にしなかったのはサボの性格があるが、それ以上に。

その瞳の奥に何かを感じた、何かが、ゆらゆらと揺れている。

それに、何かが少しだけざわめいていた。何か、今まで見た中で、何かが違った。

 

「・・・・あなたも、記憶がないのですね。」

「ああ、そうだ。あんたもそうなんだろう?」

「ええ。私の場合、知識はあれど、記憶は無い状態ですが。」

 

黄昏はこつりと窓に近づき外を見た。それは、荒れ果てた大地で、お世辞にも豊かとは言えない。

 

「参謀殿は、なぜ、革命軍におられるのですか?」

「腐っているからだ。」

 

サボは端的にそう言った。

 

「人であるのに、同じ人であることを恥だと思うような人間がいる。ただ、生きているだけで苦痛にあえぐ人がいる。それは間違っているだろう。」

 

サボが革命軍に入ったのはただ単に偶然だ。彼には過去がない。それは、幸せや未練が無いのと同時に怒りも悲しみも無いと言うことだ。

けれど、サボは内心で記憶を無くしてまで父母を拒否していた自分の過去をさほど良いものでないことを理解していた

だから、今はこれでよかったのだと思う。

 

世界はとても残酷だった。ただ、生まれてきただけで、命の貴賤が決まる世界。

貴族に生まれたと言うだけで、命をもてあそぶ貴族。

吐き気がする。そうだ、吐き気がするような、事実じゃないか。

だから、サボはこの世界を嫌っていた。間違っていると思っていた。

 

「弱さとは、何かを成し遂げるための免罪符ではない。」

 

サボは聞こえてきた冷たい声音に動きを止めた。そこには、暗く、されど美しい黄昏が自分を見ていた。

 

「それは。どういう・・・・」

「サボ。この世界を変えるために、天竜人をなんとかしようとしているのだろう。」

「ああ、世界政府のシステム自体は悪くない。海軍もそうだ。ただ、天竜人というたんこぶが・・・」

「あなたたちは天竜人を皆殺しにする覚悟はありますか?」

 

それに言葉を窮してしまったのは、彼の甘さ故か、それとも考えたことも無かったのだろうか。

黄昏は淡々と言葉を重ねた。

 

「例えば、ここに、十才の天竜人がいます。未だ子どもの彼です。人を撃ち殺したことも、飽きたと放り出したこともあります。あなたは彼を殺せますか?」

「まだ、子どもだ。」

「いいえ。」

 

黄昏はサボに歩み寄った。それによって、まるで凪いだ瞳が苛烈にピカピカと輝いていることを理解した。

 

「されど、それは神を騙る竜であり。」

そうして、民衆が、子どもの死を望んだとき、あなたはどうするのですか?

 

遠くで、風が吹き抜ける音がした。子どもが特訓を受ける声がした。サボは目の前の女を見た。

そうして、理解した。その、瞳。黄昏の瞳は、サボの内側を全てのぞき込むように、じっと見つめている。

怒りも、蔑みも、肯定も、否定も、ただ、なく。

まるで、全てが埒外に進んでいるかのように醒めた目をしていた。けれど、その瞳の奥に、何かが揺れている。何か、苛烈なものが揺れている。

 

「弱さは罪ではありません。ですが、散々に蔑まれた者たちは、自分たちの牙が神に届くと知ったとき、熱狂の内に全てを破壊するでしょう。だって、傷つけられたのだから。だって、酷いことをされたのだから。だから、自分たちには、何かを殺し、破壊し、尊厳を打ち壊す権利があるのだと。」

 

参謀殿、と女は、掠れた声で言った。

 

「血と泥に塗れた変革をしてはいけない。それが何故か、わかるかい?」

 

その変革は、いつか、血と泥によってまた塗り替えられるからです。

サボはようやく、理解した。

女の瞳の奥にゆらぐそれ。ああ、この女は怒っているのだ。ずっと、怒っているのだ。

 

力によってでしか変わろうとしない、世界に。

サボはなんとなく、ドラゴンがそれのことを気に入っている理由がわかる気がした。

きっと、何の犠牲も無く、良き結果に繋がれば。

何かが変われば。

それ以上に良いことなんてないだろう。

けれど、それは無理なことだ。この世界は、強さや恵まれたことで人が人を縛り付ける。

鎖を引きちぎるために、強さが必要だった。

だから、仕方が無い。仕方が無い。弱くてはなにも守れない。なにも、変えられない。

それでも、間違いだと苦しむ女を嫌えないのだろう。

 

「だが、それ以外に方法がないのなら。そのために、じっと待てというのか?」

 

それはあまりにも傲慢だ。

サボの言葉に女はゆらがない。傷つくこともなく、窓からまた歩き出した。そうして、机の上に両の手のひらを叩きつけた。

ばしりと、音がする。

 

「ええ、そうです。今の世界ではなにも変わりません。ですが、たった一つだけ言えるのは。今の革命軍の状態で、成功すれば。」

歯止めが利かなくなる。

 

黄昏は振り返る。隈の残る瞳は、理性的な光を宿している。

 

「今のままでは民衆達は歯止めが利かなくなる。天竜人を遺せば禍根は残り、そうして、皆殺しにすれば将来的にはケチが付く。漁夫の利をかすめ取る馬鹿が出てくる。いいえ、それだけならばいい。もっとも恐ろしいのは民衆です。」

「民衆?」

 

サボの言い返しに黄昏は振り返った。そうして、苦笑した。

 

「あなたも、ドラゴンさんも。いいえ、革命軍の皆さんは人の善性を信じすぎている。政府も、そうして、天竜人も腐っても今の秩序を築いた存在です。その秩序が亡くなったとき、なにも起こらないなどと夢見る少女のようなことを思っているのですか?」

「だからこそ俺たちがいる。天竜人だけを政府のシステムから外せば。」

「その海軍の正当性を保証しているのが何か、わかっているんですか?」

 

振り返った黄昏は机に寄りかかるようにして、サボを見た。

 

「人を統べるには正当性が必要です。そのための天竜人だった。そのための、権力の象徴です。絶対的に権威も、秩序も、ゆらぎます。混乱が起こるのは明確だ。私は、恐ろしい。」

 

まぶたを、閉じれば、その裏に浮かんでくることがあった。

 

無知も弱さも、罪ではないのだろう。

けれど、一度、革命が起こったとき教育もなにもない人々が暴徒になる予想は簡単にできた。

例えば、聖地の何かを盗むだとかだけならばいい。

けれど、彼らの矛先は天竜人に仕えていたものたちも及ぶだろう。革命がなったとして、天竜人は死ぬのか?生き残るのか?

その末路はどうなる?

それに関わっていた存在達はどうなる?

天竜人だけならば殺されて終わりだ。けれど、それらに仕えていた存在たちと民衆が殺し合えばそれこそ泥沼だ。

天竜人の、子どもであろうとも生き残ったとき。彼らはそのままひっそりと隠れ住むなど出来ないはずだ。それはまた、新たな火種になる。

理性が、必要なのだ。

墜ちた天竜人をなぶり殺さぬ理性が。

神であったものたちの抑圧から抜け出したとき、奪われたからと奪い返せない理性が。

傷つけられたからと、傷つけぬ理性が。

そうだ、必要なのだ。

 

「革命軍は理性にならなければいけない。最後の一線を越えてはいけないように。だから、私は教育をする。」

 

黄昏は本の一つを手に取り、そうしてサボに振った。

 

「参謀殿。教育とは、洗脳であり、信仰であり、そうして、思考を進めるための潤滑剤だ。ただ、壊すだけを正義としないように。だた、力で押し通すだけにならないように。革命軍とは、新時代の理性であり、軸にならなくてはいけない。」

我らは獣では無いのだから。

 

サボはそれに目を細めた。

際だって美しいわけでは無いはずだった。けれど、サボはその女に見惚れた。

知性。

そうだ、そんなにも熱心に見つめてしまったのは、女にある意味でなによりも人間らしい知性を感じたからだ。

サボは疑問に思っていたことを口にした。

 

「・・・あんたはどうして、ここにいるんだ?」

 

それは本当に真っ当な疑問だった。革命軍がその女をここに置いているのは理由がある。その情報が有益であり、スパイであるというのならば使いようがあるからだ。

けれど、その女はどうしてここにいるのだろうか。そんなにも、教科書まで作って、必死に足掻いているのだろうか。

無気力だったというのに、それでも、子どもを前にして目の色を変えて、必死に何かをする女にサボは問いかけた。

黄昏は持っていた本を置いた。

 

「参謀殿、あなたは、自分に記憶が無いと理解した時、なにを思いましたか?」

「・・・・さあ。なにを忘れたのかもわからないのなら。それに抱く感情はないだろう。ただ、両親の元に返りたくないと、記憶を失って思うほどだったことだけは理解したがな。」

「私は、記憶を失ったとき。ほっとしました。ええ、安堵しました。私は、ようやく、何者でも無くなれた、のだと。なにを忘れたのかなんて、気にならなかった。ただ、体が軽く、なった。正直に言えば、どうだってよかったんです。革命軍だとか、そんなことも。これから雨風を凌げる場所が出来た、程度だったのに。」

 

なのに、と黄昏は顔を両手で覆った。

 

「子ども、を。子どもを見た時、たくさんの子どもたちが、ここで、過ごしているのを見た時、そうです。思い出した。」

 

私は、何かを間違えたんだ。

両手で覆われた顔から、瞳が見えた。黄昏の瞳が、ぐるりと瞳孔を大きくして、何かを見つめた。

 

「ああ、間違えた!私は、間違えて、しまった!あの子達に、なのに、なにも覚えていない!忘れてしまった!私は、どうして・・・・」

 

黄昏はそのまま膝を突いた。それにサボは慌てて彼女にかけよる。

黄昏は頭痛でもするのか、額を押さえ、そうして、脂汗を流している。

 

「どうして、おもい、だせない。わたしは、なにを・・・・・」

「自分を責めるものではないだろう。」

 

サボは黄昏を医者の元に連れて行こうと思っていたとき、頭上から声がした。そこには、探していたドラゴンの姿があった。

ドラゴンはその手で黄昏の両目を覆った。

 

「思い出せないからこそ、ここで、せめてものをするのだと言ったのだろう。」

「ですが、わたしは、まちがいを・・」

「間違えたというのなら、それは正すべきだ。だが、それは今ではないのだ。それをお前が赦さぬと言うのなら、私が赦そう。」

 

眠れと、ドラゴンがそう言えば黄昏の体から力が抜けた。それにドラゴンは黄昏を抱き上げた。

 

「あまりいじめるものではないぞ。」

「・・・・どっちかっていうといじめられたのは俺のような。彼女、ここに置いておくんですか?」

「気に入らないか?」

 

それがその女の存在を指していることはわかった。それにサボは軽く頭を振った。

そうだ、気に入った。

理性的であれと、力によって変わっていく世界が気に入らないと、革命軍よりもなお、理想主義の女のことがサボも気に入ってしまった。

 

「それならばいい。持っている情報も有用だ。このまま部屋に連れて行く。」

 

そういってその場から去ろうとするドラゴンにサボは思わず声をかけた。

 

「・・・まさか、手を出してなんて。」

「今、そんなことをするほど愚かじゃない。」

 

そのまま部屋を出て行くドラゴンにサボはなんとも言えない顔をした。

 

(それって、どういう・・・)

 

そこまで考えてサボは軽く首を振った。ただ、今は、新しく入ってきた仲間を歓迎しようと淡く笑った。

 

 

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