諦め猫熊はかく語りき 作:幽
更新スピード、落ちます。
次でCP9を出したい。
「約束を、したんです。それを、それを、私は忘れてしまったけれど。」
女は静かにそう言った。
暗く落ちくぼんだ瞳はどこか、病んでいたのに。その奥で、何かが静かに燃えていた。
「気分はどうだ?」
その日、モンキー・D・ドラゴンは黄昏の部屋を訪ねた。それにベッドに座り、まるで人形のように一点を見つめる女がドラゴンの方を見た。
「いいえ、特には。ドラゴン様。今日も、何かお聞きしたいことがあるのですか?」
その女は従順の一言に尽きた。それ故に、革命軍の人間達もあまり警戒心を持っていなかった。
黄昏は探ろうとすることも、動くことも無い。ただ、ただ、どこか虚空を見つめて考え込むだけだった。
「いいや、今日は、少しお前さんと話がしたくてな。」
「・・・・はあ。ですが、わざわざ私を船で連れ出した理由程度は教えていただけませんか?」
「ああ、少し、交渉ごとを頼みたくてな。」
それに黄昏は納得したように目を伏せた。それを見ていたドラゴンは口を開いた。
「お前の働きには感謝している。」
事実、黄昏の情報も、そして交渉に対するあり方も、なによりも政府の動きを読むのが彼女は異様に上手かった。黄昏はその言葉に不思議そうな顔をした。
「いいえ。礼など不要です。私は。」
あなたによって生かされているのに。
熱の無い声だった。熱が無く、そうして、静かな声だった。けれど、己を見るその、燃えるような暗闇と光の交ざった瞳にドラゴンは淡く微笑んだ。
その女が初めて感情を見せたのは、バルティゴでのことだった。荒野といっていい、砂と岩だらけの大地を進み、そうして、たどり着いた拠点において黄昏は特別文句をいうこともなかった。
ドラゴンはそのまま、ひとまずは黄昏にこれから赴くだろう国の情報を聞き取ろうと思った。
「黄昏・・・」
ドラゴンは部下と少しだけ話し、待機させていた彼女に振り返った。そこには、変わることなく黄昏が佇んでいた。けれど、今までぼんやりとガラス玉のように沈んでいた瞳に光が宿っていた。
思わず視線の先を見れば、そこには世話をしている孤児達の姿があった。
「あの、あの子達は?」
あまり話すことのないせいか、掠れた声がした。それに、ドラゴンが答えた。
「・・・あれは、政府のせいで難民になった子どもたちだ。」
「あの子達も、革命軍に?」
「ああ。」
それに少しだけ黄昏は黙り込み、そうですかと静かに言った。ドラゴンはその様子に気にはなりはしたが、黄昏はそのまま黙り込みじっと子どもを見ているだけだった。
ドラゴンはこんなところに子どもがいることに驚いているのだろうと、彼女を呼んだ。
その後は特別、なにか異変があることもなかった。
黄昏からある程度の聞き取りを行った。彼女は、国々の情勢について非常に詳しく、どこからどんなものが流れているのか、それぞれの国の関係性まで多岐にわたっていた。
ただ、時折、黙り込むことがあった。
それは、知っていることを黙っているのか、それともわからないのか。
ドラゴンは政府について、知っていることがあるかと聞いた。
それに黄昏は明らかに黙り込んだ。
「どうかしたのか?」
それに黄昏は不安そうにドラゴンを見た。
「・・・・・知って、います。でも、話したく、ありません。」
「何故?」
部屋の中にはドラゴンと黄昏の姿しかなかった。二人で話をしていたのは、黄昏の処分をどうするのか、決めるためだった。もしも、何かあってもドラゴンが負けることは考えられなかったと言うこともある。
黄昏は自分でも戸惑っているのか、困惑したようにドラゴンを見ていた。
「わかりません。わか、りませんが。ただ・・・・」
ずっと、床に滑らせていた瞳が、静まりかえったアメジストのそれがドラゴンに向けられた。
ぞわりと、彼の中で、何かがざわめいた。革命軍などという命知らずである彼が、それでも何か、ざわざわと戦くような何かを感じた。
瞳が、自分を見ていた。
夜よりも暗く、されど朝焼けのように惹きつけられる、その合いの瞳。黄昏色の瞳にドラゴンは言葉をなくした。
「・・・・禁忌に触れるお覚悟が、おありですか?」
ああ、と思った。
それは何かを知っている。それは、何かを理解している。ドラゴンにとって、いや、この世にとって触れてはならぬ何かを。それは、きっと知っているのだと。
「それならば、きかないでおこう。」
「・・・そうですか。」
黄昏はまるで夢から覚めたように、ああとうなずき、ぼんやりとまた床を見た。先ほどまでの、沈み込んでしまいそうな瞳が消え失せていた。
それにドラゴンは少しだけ悩んだ。やはり、聞いておくべきなのだろうか。
いいや、なにについてなのか程度は知っておくべきなのだろうか?
「私は、それを聞かない方が良いのか?」
「わかりません。ただ、何故か、誰にも教えては、いけない気がして。」
自分自身でも困惑しているのか、黄昏は顔を歪めた。それにドラゴンはひとまずは、それらについては置いておくことにした。
スパイにしてはあまりにも挙動が下手くそすぎる。何かがそれの挙動を止めているのだろう。
(少し、時間をおくか。)
それが、なにものであるのか。それがわかってからでいい。聞く方法なんて五万とあるのだからと。
黄昏はそのまま一旦、部屋の一室に捨て置かれた。監視付きとは言え、どんな行動をするのかと見るためだ。
それでも、やはり黄昏はそれに素直に頷き、部屋で大人しく過ごした。ただ、紙を欲しがった。外とやりとりをするのか?
そう思っていたが、紙を外に送るようなこともなく、一心に何かを書付けていた。
ひとまず、書き終わってから内容を確認することにした。その時間は思ったよりも早く訪れた。
こんこんと、ノックの音がした。
夜、自室にて今後の方針についてまとめていたドラゴンは扉に目を向けた。
護衛などは置いていない。そんなものは必要がないせいだ。
ただ、誰かが尋ねてくるには時間としては遅すぎる。
「誰だ?」
「黄昏です。」
ドラゴンは思わず顔をしかめた。確かに、何かしらのアクションをすることは望んでいたが、そうはいっても唐突すぎる。
(・・・ハニートラップでもしかけるか?)
時間帯と異性であるという事実にそんなことをふざけて考えながら、ドラゴンは部屋に入れることにした。
部屋に入ってきたのは、黄昏一人だった。
「・・・誰か、いなかったか?」
「交代の時間は把握しています。あと、居眠りをする方の順番も。その隙に出てきました。」
それにドラゴンは目をむいた。まだ、そこまで時間は経っていないが、そんなことも把握していたのかと。
「わざわざ一人で出てきたのは?」
「正直、下っ端の、おまけに来たばかりの人間として引け目を感じることでしたので。あなたは、ある程度他人の話に耳を傾ける方だと推察しました。ですので、先に話しを通しておきたかったのです。」
ドラゴンは黄昏の持つ、大量の紙に目を向けた。
「話し、とは?」
「はい、初案が出来たので、提案として持ってきました。」
そう言って黄昏がドラゴンに差し出したのは、簡単に紐で縛って作ったらしい、数冊の冊子だった。
ドラゴンは渡されたそれに目を通した。少し読めば、それが何か、理解できる。
「・・・・物語、か?」
「はい、おそらく、それぞれの海で最もポピュラーな物語をいくつかまとめました。」
それはドラゴンも知っている、海で生きる上で教訓になるものとして語り継がれている民話だ。
もう一つは、歴史の教科書だ。これも、ゴールド・ロジャーが捕まったことなど、誰もが知っている歴史が簡単な解説付きで書かれている。
そのほかにも、幾つか、算数などのおそらく必要最低限だと思われる範囲でまとめられていた。
「・・・すまない、これらの意図がわからないのだが。」
「こちらで教えられているのは、航海術に必要な計算等のものであると聞きました。それらについてはやはり、教える上でテンプレートがあったほうが楽であると思い、教科書を作りました。もちろん、理解のある人間が教えた方がいいですが、自習をする上では詳しい本があればと思いまして。ここに置いてあるのは、あくまでもう少し上級的な。」
「ま、待て待て。」
ドラゴンは無口であった黄昏が唐突に話し出すことに困惑したながら、彼女を止めた。それに黄昏は素直に黙り込んだ。
ドラゴンは困惑していた。何故、この、目の前の人間は唐突にこんなものに情熱を燃やしているのだろうか?
教科書の内容もおかしなところはない。もちろん、暗号等を疑って詳しく調べる気ではあるが。にしても、ここまで、何故、そんなにも情熱を燃やすのだ?
「・・・計算についてわかるとして。この民話についてはいらないのだろう。なぜ、わざわざ教えるんだ?」
その言葉に黄昏はじっとドラゴンを見た。それは、どこか、裏切られたような心持ちであるように見えた。
「モンキー・D・ドラゴン。」
フルネームで呼ばれ、ドラゴンは黄昏に目を向けた。
炎が、揺らめいていた。
紫色の炎が、くすぶるように、燃えるように、ドラゴンを見ていた。
「あなたは、あの子達をどうする気なのですか?」
「・・・強く、育てなくてはいけない。何の役目もこなせない存在を、ここに置いておける余裕はない。」
そこに責めるような何かを感じて、ドラゴンは少しだけ、それから視線をそらした。
それが罪深いことであることぐらい、ドラゴンにだってわかっていた。
ただの子どもであるはずだ。
その子どもたちに、罪はない。きっと、今が平和であるはずならば、どこかで両親の元で当たり前のように暮らしていたのだろう。
けれど、彼らはここで戦うために訓練を積み、そうして、いつか戦場に立つ。
どこにも行く場所がない子どもたち。優しい人のところに行けと行っても、ここにいさせてと泣いた子どもたち。
間違っている、このままでは嫌だと、幼くして戦うことしか出来ないと理解している子どもたち。
革命軍に人員が足りないこともある。けれど、ドラゴンは彼らの握り込んだ拳の強さの理由を知っているのだ。
それでも、待っていても変わらぬ事実があることを、そして、ヒーローが訪れないことも、腐っている世界をその子どもたちは知っているからだ。
非難の言葉でも吐かれるのだと思っていた。それを受け止め、なだめる言葉を考えていた。
けれど、それから飛び出したのは、創造していた言葉とはあまりにもかけ離れていて。
「・・・・モンキー・D・ドラゴン殿。私は、いつかに、約束をしたんです。」
それにドラゴンは黄昏を見た。彼女は、教科書の一つを握り込み、そうしてどこか虚空を見つめるように口を開いた。
「ええ、ええ、なにも覚えていないのに。己の名前さえ、わからないのに。それでも、覚えているんです。私は、いつかに、約束をしたんです。こんな、こんな世界の中でも、それでも、せめて生き延びさせてあげることぐらいはさせるんだと。」
いつかに、誰かと、約束をしたんです。
静かな、声だった。なのに、その瞳はまるで地獄の業火のように燃えるような激情をたたえていた。ドラゴンはそれをじっと見ていた。
静かで、なんの望みもないと思っていた女からほとばしる激情はなにか、夕日の最後の輝きのようだった。
「ドラゴン殿。あなたは彼らに生きる術として戦う技術を教えるのでしょう。それは、正しいです。でも、あなたは変革を望んでいるんでしょう。この世界は痛みばかりで、苦しみばかりで、膿みきったシステムは腐り落ちかけているから。だから、変えるのでしょう?その覚悟があるのなら、私たち大人は、いつか大人になる子どもたちに今を生きる術だけでなく、未来を生きる術を教えなくてはいけない。」
ぐしゃりと、黄昏の握った教科書が歪な音を立てた。
「いつか、いつかに、当たり前のように頑張った誰かが報われて。いつかに、どんな人間だって当たり前のように生きていける日々が来たとして。その時、彼らに必要なのは、誰かの手の握り方で、誰かと穏やかに話せる話題で、こんなことがあったと昔話の出来る事実です。ドラゴン殿、あの子達は、いつか日常に帰るんです。」
返して、あげなくちゃいけない。
震える声にドラゴンは己を恥じた。
その女の真意は、なによりも、誰よりも、未来を信じていた。
新しい時代がいつかに来たとき、正しい変革が訪れた後、子どもたちにさようならと言って背を押す自分たちに必要なことだった。
ドラゴンはちらりと、民話の書かれた冊子を見た。
ドラゴンは理解した。
この女の瞳に称えられた感情は怒りだ。なによりも、誰よりも、力によって支配されている世界への怒りだった。
拳の握り方しか教えようとしない、大人たちへの怒りだった。
(・・・そうだ。私は。)
脳裏に浮かんだのは、己の故郷で、腐った臭いがすると己の出自に苦しんでいた少年。
そうだ、そうなのだ。
世界よ変われと、願うのは、いつかに理不尽によって苦しむ誰かを否定したかったからで。
がたんと、黄昏は崩れ落ちた。それにドラゴンは女の体を支える。
細く、軽い、ああ、なんとも弱い生き物の体だった。
「おい!?」
黄昏はもうろうとした、焦点の合わない目で、ドラゴンを見た。いや、実際には、ドラゴンを見ていなかった。
「・・・・だれだっけ?おぼえてない。でも、まちがえたんだ。それだけは、わかる。ああ、そうだ、やくそくした。だから、なんだ?やくそく?ただ。いかしただけじゃないか。」
「おい、大丈夫か!?」
頭痛でもするように、黄昏は己の額に手を押しつけ、苦悶の表情を浮かべる。けれど、それでも、黄昏は懇願するように話し続ける。
「いかしただけ、いかしただけなんだ。それは、かちくと、なにがかわらないんだ?すまない、それでも、いきてほしかった。いつか、そうすれば、もしかしたら、おまえたちだって、じぶんのじんせいを、いきられると、そう、おもいたかったんだ。それだけで、よかったのに。どうして、おまえたちは、わたしにほほえむんだ?」
ドラゴンは錯乱状態になっていることを理解して、黄昏を医師に診せようと彼女を抱え上げた。その時だ、ドラゴンの胸ぐらに黄昏は縋り付いた。
密着した体は、骨を感じるほどに痩せ細っていた。その、弱々しい体に哀れみが浮かんだ。
哀れで、弱い。それでも、その女はなによりも弱者を食い物にする世界に怒っていた。
「・・・・とうさん、おねがい。すべて、わたしのとがなのです。すべて、わたしが、わたしのせきなのです。だから、おねがいです。とうさま、いいこになります。どんなこともでも、します。だから、あのこたちを、ころさないで。」
掠れた声で、そういった。ドラゴンは、その女のいじらしさに、思わず肩に手を回して、そうして抱きしめた。
「それでも、誰だって、己に生きろと願ってくれるものがいることを喜んでしまうんだ。」
ドラゴンはそれでも、必死に何かを生かして、記憶を失ってなおも、抱えたそれらを守ろうとする女がたまらなくいじらしくなってしまった。
だから、抱きしめた。抱きしめて、その、細くて脆そうな体を抱きしめた。女はだらりとドラゴンに体を預けていた。
「お前の罪を、私は知らない。だがな、記憶を無くしてなお、そんなにも大事に思ってくれるものに、人は微笑んでしまうんだ。」
「・・・いつかに、つかいつぶされるだけ、なのに?」
「ああ。そうだ。それならば、私がお前を赦そう。お前は、お前の使える限りの中で誰かを生かそうとしたのなら。それはけして罪ではない。」
それは、お前によって生かされた命への否定になる。
それに黄昏はぼんやりとした目でドラゴンを見返した。ドラゴンはそっと、黄昏の目を手で覆った。
「悔いが残るというのなら、それを晴らすように生きればいい。ここで、できる限りのことをすればいい。お前は、確かに、何かを生かしたのだろう。」
眠れと、静かに言った。そうすると、黄昏はそのまま気を失った。
ドラゴンは疲れ切った女の顔をのぞき込んだ。美しい女ではないのだろう。見目が良いわけではなかった。
けれど、あの、何かを思う、焔を宿した瞳は本当に美しいもので。
「どうかされましたか?」
「・・・いいや。」
ドラゴンは黄昏との夜のことを思い出し、考えに浸っていたが、それは当人によって戻される。
「そうですか。なにか、命令があれば言ってください。」
それにドラゴンは淡く微笑んだ。
黄昏はよくよく働いた。教科書についても許可を出せば、出来の良いものを作り、そうして教師役もこなしていた。
周りの人間も、黄昏の働きには感心していた。ドラゴンはちらりと、彼女の瞳を見た。
(・・・いい、拾いものをしたと思えばいいのか。)
黄昏はあの夜のことを覚えていなかったが、ドラゴンに対して恩義を感じているのかひどく従順な動作を取る。隷属的な仕草は好きではない。
今はそれでいいのだろう。きっと、彼女には縋る何かが必要なのだ。
「それなら、もう少し食べることだ。痩せすぎだからな。」
健康面で医師に言われていることを思い出し、ドラゴンはそう言った。
「そうですか?」
黄昏は不思議そうに言うものだから、ドラゴンは口を開こうとして止めた。
さすがに、抱き心地が悪いから、などと率直な意見は言えなかったのだ。
ドラゴンは、それでいいと頷いた。
いつか、全てを思い出して、隷属から脱したとしてもいい。その時は、自らこちらに来るようにさせればいい。
それはきっと、自分と同じで、誰かの苦しみを赦せない人間なのだろうとドラゴンは理解していたのだ。