諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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ジャブラの話になります。


おしゃべり狼は分かりやすく楽なのです。

「・・・・・うげ。」

 

ジャブラの口から思わず声が出たのは、彼の見た光景のせいだった。ジャブラがいるのは、ちょうど彼らの居住区だ。其処に作られた中庭に面した廊下だ。

問題なのは、その中庭での光景だ。

 

「何してんだ、あいつ・・・・・」

 

中庭には、丸く団子になった、二匹の獣。一匹は、どこか可愛らしさを感じさせる黒豹。そうして、それに寄り添うように丸まった成獣の豹。

下手をすれば、ほのぼのとした風景からも知れないが、その獣の中身を知っている身としては気味の悪さしか感じなかった。

その様子からして、メランに稽古をつけた後に疲れ果てた少女に男が付き合っての昼寝であろう。

 

だからといって、さすがにその光景はCP9としてどうなのか。ジャブラとしては、いつだって何だかんだと勝手にではあるが競っている男への妙な情けなさを感じている。

ジャブラが呆れたようにため息を吐くと、眠っていた豹がむくりと頭をもたげた。ぎろりと音がしそうなほどの効果音でそれが睨むものだからジャブラは思わず笑ってしまう。

それに豹は剣呑さを増したが、メランを起こさないために追いかけて来るということはなかった。

 

(・・・・・あいつ、何だかんだでメランにあめぇんだよな。)

 

らしくないと一言で済みはするものの、ジャブラはその理由を何となしに察していた。というよりも、認めるのも癪だが、それはジャブラだって同じだ。

メランというそれを連れてきたのは、彼の上司であるスパンダムだ。どういった経緯であったのかはジャブラも知らない。ただ、メランというそれはそれはまあ、困った子どもであった。何でも赤ん坊ほどの頃に悪魔の実を食べたらしい彼女は、自分が人間であることも知らず、言葉さえろくに喋れなかった。

それはいいのだろう。わからないのならばしつければ、教えれば、それで十分だった。

 

が、残念、といっていいのか、メランというそれはまさしく強かった。殆ど獣として生きていたメランはそれに加えて気位が高く、己よりも強い人間以外にはけして従わなかった。

スパンダムは最初に餌を与え、手当てをしたおかげで懐かれてはいたものの、他の人間にはてんでダメだった。それこそ、エニエスロビーの使用人では従いもしなかった。

そんな中、なんとか言うことを聞いたのがルッチとジャブラであった。

他のCP9のメンバーは強さや性格の上でどうしても御しきれなかった。ルッチは強さや性格で格下を従わせることがうまくいった。ジャブラに関しては世話好きな性格などのおかげでなんとかメランの世話をすることができた。

毎日世話をすることのできないスパンダムに代わり、ジャブラとルッチが交代でメランの世話をしていたのだ。

 

(・・・・いやなこと思い出した。)

 

いや、もちろん、メランのことはかわいがっているし、情もある。手間はかかったが、少女の親代わりを気取るのは悪くなかった。

ただ、あまりにも。

 

(らしくねえよ、人殺しの分際で。)

 

センチメンタルというほどほでないのだろうが。

ジャブラは近くにあった柱に体を擡げた。

 

ルッチは、スパンダムに対して弱い。

ルッチは、表面上は上司であるスパンダムに横柄な態度を取っている。おそらく、下っ端のようなあまり関係の深くない存在は、ルッチとスパンダムの実際の力関係を誤解していることだろう。

が、実際の所それは逆であり、ルッチはスパンダムの命令に逆らったことはない、

基本的にルッチは、些細な事でもスパンダムのことを優先する。ただ、逆にスパンダムはルッチの頼みや言うことをわりとあっさり聞くが、優先すべきことは別として覆すことも多い。

 

(・・・・まあ、それは俺たちもか。)

 

何だかんだで、ジャブラもまた長い付き合いの上司の理不尽を受け入れてしまう。

後になってきっちりと埋め合わせはしてはくれるのだ。

何よりも、故郷出身の人間は、スパンダムに対して甘い。

 

 

ジャブラはスパンダムのことを気に入っていた。

男は、さして優秀というわけではなかったが、それでも彼のバランス感覚は見事だった。自分たちに気分良く仕事をさせているのだから、上司としては上等だろう。

何よりも、スパンダムの側は居心地がよかった。彼はいつだって何も求めなかったし、ジャブラと何かを比べなかった。

 

ジャブラは故郷においてはひどく優秀な方であった。だからこそ、それ相応の自負があった。けれど、それも一人の天才的な少年によって砕かれた。

だからといってみっともなくルッチの存在を貶めようとは思わなかった。

悔しさも、苛立ちもあれど、それでもその原因が己の弱さであると分かっていたのだ。

けれど、ジャブラのそんな苛立ちや悔しさなど、ルッチには関係のないことで。

いつだって、ルッチはすました顔で前を行く。だからこそ、そのすました顔が無性に鼻についた。

そんな時に出会ったのが、スパンダムだった。

変わり者の部外者が、故郷に時折やって来るのは知っていた。才のないものの選別をしているという話はよく知っていた。

だからと言って、何かあるわけでもない。ジャブラとしては興味もなかった。

けれど、ある時、ひどく面白いものを見てしまったのだ。

 

あの、すました顔のルッチが、部外者に抱っこされていた。

その甘ったれた顔!

まるで、母親に抱きかかえられたクソガキの様だった。

 

面白いものを見たと思った。ルッチに関して、そこまで彼に揺らぎを産む存在に興味を抱かせた。

近づいてみれば、なんともまあ、その男というのは言ってはなんだか平凡であった。

静かで、ぼんやりと、ジャブラを見ていた。

上に立つものを特有の、独特の雰囲気というものもない。

どこにでもいる。

 

その、紫苑の髪と瞳以外に、際立ったもののない、静かな目をした男だった。

試しにちょっとじゃれ付けば、面白いようにルッチは反応した。分かりにくくはあれど、それでも確かな苛立ちを感じた。

ただ、男に自分も懐いてしまっていたのも自覚していた。

ルッチを揶揄うだけでなく、男と話すのが好きになっていた。

血に濡れ、闇を纏い、沈黙を有することが彼のあり方だった。それが、何かあるわけでもない。それを是として生かされたのだから、それが彼の日常であったのだから。

何かを想う必要もなかった。

 

けれど、男からする柔い陽だまりの匂いが好ましくなかったわけではない。

男は、ジャブラを人として扱った。兵器ではなく、使い捨てではなく、どこまでも人として扱った。

憐れむわけでも、同情するわけでもなく。ただ、当たり前のように、ジャブラを扱った。

男からは、陽だまりの匂いがした。そうして、自分たちと同じ夜の匂いがした。

その日だまりが鼻につかなかったのは、偏に、男から時折する自分たちと同じ匂いのためだった。

ほの暗い、自分たちと同じ、血の匂いの混じるそれ。

まるで、黄昏のような男だった。

眩しくなるような光も無ければ、何も見えない暗闇があるわけでもない。

どちらも孕んだ、男だった。

それが心地よかった。その紫苑の瞳が気に入っていた。

 

 

(・・・・まあ、あれほどじゃねえけど。)

 

ジャブラは少しの夢想から立ち返り、目の前で起こっている現状に目を細めた。

どうやら何かを終えて帰って来たらしいスパンダムは庭に現れた。

子守の礼を言っているらしく、ルッチの横に座り込んだ。

それに合わせて、ゆったりとした態度でルッチはその膝の上に頭を置いた。そうすれば、スパンダムはあっさりと、家猫にでもするようにその頭を撫でてやる。

「・・・・喉鳴らしてやがる。」

情けなさを含ませた声を出しながら、ジャブラは何とも言えない顔をする。

それだ、スパンダムへ向ける、ルッチの妙な執着。

そこでふとジャブラは一つの疑問が頭をもたげた。

二人の、というよりもルッチのスパンダムへの異様な懐き具合に気づいたのはいつの頃だったろうか。

 

(・・・・・そういや、あいつの背中に傷を受けた時か。)

 

ジャブラはその事実に気づいた折のことを思い出した。

 

 

当時、すでに成人していたジャブラはすでにCP9に所属していた。

その時CP9の中ではとあることでもちきりであった。それは、ジャブラも見知った、昔なじみであり新人でもあるルッチのことだ。

齢十三にして、CP9に入った子どもはそれだけでも有名であったが、それ以上に有名になる理由が出来た。

 

(・・・人質の兵士五百全部やって身内に撃たれるたあ、派手なことになったな。)

 

話題のそれに、ジャブラはそんな感想を浮かべた。

だからと言って、どうということもでない。

強いて言うなら、派手にやり過ぎだという苦言を言いたくなる。自分たちはあくまで裏方で在り、闇なのだ。

元より一般とはかけ離れた価値観のジャブラは、恐れよりも呆れの方が先だった。

そんな時、ジャブラに護衛の任務が来た。諜報部員であり、暗殺者のジャブラには珍しいものだ。

指示された場所に向かうと、懐かしい男が一人立っていた。

 

「・・・・ジャブラか。」

「なんであんたがここにいるんだよ!?」

「お前、俺らがこれからどこに行くか知らないのか。」

 

そう言って、スパンダムは持っていた、精緻な紋様が刻まれた銀の鳥籠を指で叩いた。鳥籠の中では、黒いネクタイをした見慣れた鳩が、クルッポーと鳴いた。

 

「ルッチのこと、迎えに行くんだよ。」

「は?」

 

ジャブラが、間抜けな顔でそう言ったのも仕方がない話だろう。

 

 

「・・・・あいつよ。捕まった奴らのこと殺した時、背中から何発か貰ったんだと。」

「そんで?」

「まあ、あいつもまだ13だからな。さすがに重傷で近くの医者に診てもらったんだが、気が立って手が付けらんねえんだと。」

 

行きの船の中、スパンダムは気だるそうにそう言い捨て、鳥籠から出たハットリを眺めていた。

 

「そんでまあ、ルッチが唯一気を許してるハットリを持って、世話を任された俺が迎えに行くことになったんだよ。」

 

お前さんはルッチが暴れた時の保険に、俺が護衛を頼んだ。

あっけんからんと言われた事実に、ジャブラはぽかんと口を開けた。

 

「いやいやいやいやいやいや。待て、それでなんで俺に護衛を頼むんだよ。つーか、あいつが他人にハットリの世話を頼むとかあり得ねえだろ!」

「俺だって知らねえよ!!いきなり人の家に来て勝手に預けてったんだよ!おまけに世話のためのもん何のねえから餌とか全部買ったんだぞ!?」

(・・・・あんたがそうするって分かってたからなんも預けて行かなかったんじゃねえのか?)

 

そんな疑問が頭をもたげたが、あえて無視した。ジャブラはそれよりも気になっていたことを口にした。

 

「だからよ、なんで護衛が俺なんだ?」

「お前が一番に信頼できるから。」

 

あっさりと答えたそれに、ジャブラは力が抜けるような気がして、はあとため息を吐いた。

頭を振る。

冷静になれ。この男の言うことなんていつだって深い意味があるわけでもない。

裏切りが花のような諜報部で、暗殺者に信頼という言葉を使うのはその男のお人好しさのためか。いや、いっそのこと何も考えていないのかもしれない。

 

(・・・・んなわけねんだけどよ。)

 

スパンダムは、別段無能というわけではない。どちらかと言えば、有能ではある。けれど、なんというのだろうか、その無害そうな眠たげな雰囲気のせいか考えていることが読み取りにくいのだ。

 

「お前はすぐに顔に出るから対応が楽なんだよ。」

「どーいう意味だこら!」

「今の通り。暗殺者に信頼もくそもねえだろって思っただろ?」

 

それに、ジャブラは思わず口を噤んだ。

素直な反応をしてしまうことに関しては、直さねばならないだろう。

 

「まあ、昔なじみを迎えに行くなら、同郷のほうがいいだろ?」

 

そんなことを言うスパンダムに、ジャブラは今回の任務がそう簡単に終わる物でないことを悟った。

 

(・・・・あのルッチが気が立ってるんだぞ?)

 

 

やって来た病院は、やけに静まり返っていた。やって来たスパンダムたちを出迎えたのは海兵であり、やけにそわそわというのか、怯えているような節があった。

それにジャブラは嫌な予感をひしひしと感じる。

通された病室の前にはこれまた仰々しく海兵で固められている。

 

「ロブ・ルッチへの面会だ。通してくれ。」

 

彼らはそれにあからさまに嫌な顔をした。だが、職務を放棄する気はないらしく無言で扉を開けた。

 

「あーあ・・・・」

 

部屋の中を見たスパンダムが漏らした言葉に、ジャブラは思わず部屋を覗き込んだ。

その声の通りに、部屋の中は悲惨に尽きた。

壁やカーテン、シーツはびりびりに破け、まるで襲撃にでもあったかのような光景だった。その奥のベッドで、一匹の豹が唸りながらこちらを見ていた。

 

(・・・・・ありゃあ、受けた傷のこともあるが、完全に殺し過ぎて血に酔ってるな。)

 

動物系の悪魔の実は、基本的にその動物の特性に寄る。肉食獣である豹ならば余計に凶暴性は出やすいだろう。

それに加えて、ルッチは確か悪魔の実を食べてから間もない。制御できていないのだろう。

そんなことを考えるジャブラの前を、スパンダムはすたすたと歩いて行く。

 

「豹だからいいけど、人間でまっぱはどうかと思うんだが。」

「いや、そっちかよ!」

「そんなに不用意に近づいたら!」

 

スパンダムが近づいたせいで、豹がゆっくりと起き上がる。その間に、スパンダムは持っていた銀製の鳥籠を開けた。

クルッポーと、海兵の言葉の混じって、そんな鳴き声がした。

豹は、その鳴き声に動きを止めた。

ハットリ、とどこか幼さを感じる声がした。

豹は起き上がることを止めて、ゆっくりと腰を落ち着けた。ハットリはベッドの縁に足をかけて、飼い主をじっと見た。その間に、スパンダムは部屋の隅に転がった椅子を持ち上げて、ベッドの側に置いた。

 

「お前があんまり遅いからこっちから迎えに来たんだぞ。」

 

それに同意する様に、ハットリが鳴いた。豹は、どこかぼんやりとした目でスパンダムを見上げた。それを海兵とジャブラが固唾を飲んで見守る。

 

(どうすっかな。ここで俺がいったらぜってえあいつイライラするだろうしなあ。落ち着いてるし、一応様子を見るだけにしとくか。)

 

そう思って、ジャブラはそっと扉を影に身を隠した。

そんなジャブラの横で、海兵たちがざわざわとしていた。どうも、負傷している状態で近くに他人が近寄るのがよほど嫌だったらしく、このごろは医者でも中々近づけなかったらしい。

 

「にしても、お前が負傷するなんてな。傷は痛むのか?」

「・・・・いえ、もう。」

 

掠れた返答に、スパンダムは頷いた。そうして、なんとも不躾で、無遠慮で、無邪気な仕草でその頭を撫でた。

それに、ルッチはあからさまに固まった。普段であれば、腕の一つでも飛んでいただろう。

それをしなかったのは、どうしてだろうか。

ジャブラにはわからない。あんなクソ猫の気持ちなんて彼にはどうだっていいことだ。けれど、その、頭を撫でられたときの、その顔をジャブラは覚えている。

まるで、暗闇の中に浮かんだ、朝日を仰ぎ見るような顔で。そんな顔で、それはその男を見ていた。

 

その手つきは、まるで、お使いに成功した子どもを撫でるかのような、あんまりにも穏やかで柔らかな手つきだった。

 

「今回は派手に暴れたな。」

 

スパンダムの呆れの混じった眼にルッチはそっと視線をそらした。それにスパンダムは不躾に、その眼をのぞき込んだ。

 

「ただ、大事にしすぎたな。」

「・・・別部隊にでも下しますか?」

 

そのしおらしい言葉にスパンダムはははと笑った。

周りの人間はその和やかな空気に驚いた顔をした。ジャブラは正直、ルッチの様子をキモいなあと思っていた。

 

「いいや、それはない。お前の判断は非情ではあるけれど、長い目で見れば正しかった。」

 

もしも、あそこで要求をのめば、同じようなことが何度も起こっただろう。

お前は、確かに泥をかぶることで、これから起こることを阻止したんだ。

「お前は正しかった。」

穏やかな声が、部屋に響く。

それは、陽だまりの中で響く、母の声に似ていた。

ジャブラは、それに歯噛みする。

 

その声を聞いた、ルッチの、その、幼い顔よ!

 

ジャブラは、時折、スパンダムを殺したくなることがある。

スパンダムを前にすると、どうしようもなく自分たちは幼くなってしまうことがある。

彼らは、これでもそれ相応の教育を受けている。非情にでも、非道にでもなることができる。

けれど、幼いころに受けた優しく温い記憶を孕んだそれを、拒絶しきれなかった自分がいる。

 

「ほれ、今日はもう寝とけ。明日にゃ、拠点に帰るからな。」

「あなたは?」

「ここにいるさ。お前を連れて帰んのが任務なんだからな。」

 

傷がなおりゃあ、飯でも食いに行くか。お前の好きなもん奢ってやるよ。

 

その言葉に、豹の体からゆっくりと力が抜けた。目を閉じた獣の尻尾はまるで、甘えるようにスパンダムの腕に絡まっていた。

 

 

「でも、あれであいつの首はつながったわけだ。」

 

後から聞いた話だ。

当時、兵士を数百人殺しつくしたルッチを危険視する声は確かにあったそうだ。彼がいつか、独善に走る可能性がないわけではなかったからだ。

けれど、そこに現れたスパンダムという存在は、確かにルッチへの楔になることがその時証明されたわけだ。

ルッチがスパンダムを慕っていることから、彼の処分は見送られたのだ。

スパンダムが海兵の家系であり、裏切ることの無いという安パイであったこともある。

 

「・・・・あーあ、やんなるぜ。」

 

ジャブラが、中庭の温い空気に耐えきれなくなり、たんと飛び降りた。

そうして、悠々と、スパンダムたちに近づいた。

 

「よお。」

「ああ、ジャブラか。」

 

のんびりとしたスパンダムの返答を横目に、ジャブラは彼の膝の上の猫に目を向けた。猫は、すました顔で、スパンダムの薄い腹に頭を擦り付けている。

 

「お前さんも日光浴か?」

「ちげえよ。ただ、猫引き連れて何してんのかと思ってな。」

「いや、今日はルッチがメランに稽古をつけてくれてな。なんか、眠いから膝貸せってよ。」

 

こんなかてえ膝の何がいいんだろうな。

そう言う手は、律儀にその頭を撫でている。

ジャブラがそれに皮肉でも言おうとしたとき、スパンダムの手が彼に差し出された。

 

お前も寝るか?

 

それに、応じてしまったのは、何故だろうか。

スパンダムの横で、狼になって体を横たえれば、ぽかぽかとした日と、風がさやさやと通り抜けた。

 

「良い天気だなあ。」

 

暢気な声が広がって、紫苑の髪が青空の中で揺れていた。

それに、ジャブラはゆっくりと目を閉じた。

いつか、自分はこの人を殺すのだろうか。

スパンダムというそれの側は居心地が良かった。それはジャブラたちの立場を慮りはしたけれど、同情はしなかった。自分たちのあり方を受け入れ、そうして、生き残る方法を探していた。

この世界は残酷だ。ジャブラは自分が地獄に墜ちると知っているし、それを否定する気は無い。ただ、なんとなく、お前たちは正しいよと言ってくれる誰かがいるのは嫌ではなかったのだと思う。

スパンダムは優しい人間なのだと思う。けして、それを彼は受け入れることも、頷くこともないのだろうけど。いつかに、廃棄されるはずだった、無価値な命に彼は手を差し出したから。

きっと、ジャブラはその男を殺すことにためらいもないし、拒絶もしないのだと思う。

それでも、その男のことを、泥に塗れたままで、清廉さを孕んだその男を一生忘れることはないのだと思う。

そんなことを考えるながらその穏やかさに身を委ねることにした。

 

 

 

(・・・・寝た。なんだろ、この動物王国。)

 

自分の周りで、すやすやと眠る能力者たちに、スパンダムは呆れたようにため息を吐いた。

そうして、自分の膝に掛かる確かな重みを眺めた。

表向き、男であるはずの自分の膝の上で眠るこれは本当に何なのだろうか。

そんな自問を幾度もした。

けれど、答えなんて訪れるはずもない。ルッチの距離の取り方は昔から独特で、よくわからないことが多い。

ルッチが有名になった件のそれで迎えに行った折など、わざわざ動物姿のままでスパンダムは彼を運ぶことになったのだ。

 

(・・・・昔はまだ甘えたいのかと思ってたけど、こいつの歳的に絶対ないしなあ。)

 

スパンダムはちらりと隣に横たわる狼を見た。

 

(こいつみたいに分かりやすければどれだけいいか。)

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