諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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ブルーノになります、短めです。


気真面目牛は優秀です

「ブルーノ。今度の潜入なんだが、お前に先陣を切ってほしい。」

「・・・・はあ。」

 

人払いされた、長官の執務室に、そんな台詞が響いた。

気のない返事をしたブルーノに対して、スパンダムは呆れたようにため息を吐いた。

「突然なのは分かっているが、その反応を何とかしろ。」

「いえ、すみません。それで、潜入とは?」

「ああ、ウォーターセブンを知っているか?」

 

スパンダムの話し始めたそれを聞いて、頭に重要事項を書き留めながらブルーノは目の前の存在を眺めた。

己よりも十ほど違う歳だというのに、どこか歳の取り方を忘れたように老けていない。被っている鉄板で顔が見えにくいというのもあるだろうが。

けれど、それ以上にその、静かで凪いだような空気感が彼の時を止めているように錯覚させているのかもしれない。

スパンダムと初めて会った時はどうであったろうか?

ブルーノの頭の片隅には、彼にとっての故郷で、スパンダムに会った時のことを思い出した。

 

最初に、スパンダムが彼らの故郷にやってきたのは、父親のスパンダインに連れられての事だった。スパンダム自身、海兵になって少しして、情報関連の部署に所属していたと記憶している。

職権乱用と一言でいえば分かりやすかったが、その裏には大人たちの思惑も見え隠れしていた。連れてこられた存在が、自分たちの上司候補であることは、馬鹿でもないかぎりは察していたのだ。

 

「初めまして、こんにちは・・・・」

 

初対面で口から飛び出て来た平凡さに驚いたのを覚えている。いや、元より、スパンダムという存在の行動はなんとも平凡だ。

放り込まれたCP候補たちの間で、彼は平然と一人一人に話しかけ、挨拶をしていた。未だ幼い候補たちのせいか、皮肉なのか、学校の先生と子どもたちなんて言葉がよく似合う。自分たちにとって最も遠い日常が、急に現れた様な妙な感覚。

ブルーノの番になると、彼は当たり前のようにブルーノと目を合わせ、名前を聞いて来た。ブルーノと名乗れば、彼は律儀にスパンダムと名乗った。その後には、好物を聞かれ、趣味を聞かれた。

淡々とした問いの後に、彼は、最後の子どもに目を向けた。

 

「こんにちは。名前は?」

 

挨拶をされた子どもは、それを無言で見つめた。その様子に、周りの大人たちの空気が少し張りつめたことをブルーノは察した。

その、幼子が故郷の中で誰よりも有名な、ロブ・ルッチであった。

ブルーノはそれを俗に言えば青田買いのようなものであることを理解した。

 

「・・・・ロブ・ルッチ。」

 

淡々としたルッチのそれに、何かしら、言葉を重ねることを予想した。けれど、男はそれに一度頷いただけだった。

その、妙に淡々とした振る舞いに驚いたのを覚えている。

まるで、興味がないというように。

 

(・・・・・そういえば、あの時、ルッチはどんな顔をしていたか。)

 

驚いていたブルーノはそれを見ることはなかった。

 

男は、そんなふうに時折、ふらりと現れるようになった。何をするわけでもない。

ただ、自分たちのことを眺めたり、話しかけて来ることもあった。それに加えて、旨い菓子まで差し入れて来ることもあった。

あまり、そういった贅沢と言えることが少ない故郷の中で、男の差し入れは貴重なものだった。

かといって、男は何かしらのことをブルーノたちに求めることも無い。感謝も、媚も、男は求めていなかった。男はいつだって、ぼんやりとしていた。ぼんやりと、島の光景を眺めていた。

そのそっけなさが妙に目を引いた。関心を引き寄せた。

男は、いつだってどこかの隅で、ブルーノたちを見ていた、見つめていた。

その、静けさを気に入って纏わりついている子どももいた。男はそれを拒否することも無く、柔く頭を撫でてやっていた。

ブルーノはそれを眺めていた。近寄ることはなかったけれど、どこか静まり返った島の中で、妙に生温いその場所を見つめていた。

そこにいた子どもは、どれもが闇の正義に相応しくない、弱いものたちだった。

だからといって、どうというものでもない。

ただ、そういった資格のないものは大抵、ある日ふっといなくなる。

ブルーノは、そっとそれを考えて目を逸らした。

 

そうして、ある日。子どもが幾人かいなくなった。それに、皆は気にすることもない。そんなことはいつものことだ。

けれど、その時だけは、違った。

いなくなった子どもは平然と帰って来て、そうして故郷の料理番見習いになった。

それは笑う。

スパンダムさんに、ご飯を作る人になればいいって。

 

後から聞いた話だ。

当時、スパンダムがやってきたのは、闇の正義を執行する上で精神性に問題のある者を選別するためであったらしい。

選別された者はどうするか。

半端に六式を使え、それに加えて政府の裏事情に関わっている者を野放しにするわけにはいかない。

大抵は、処分される。

けれど、それにスパンダムは待ったを掛けたそうだ。

 

殺しへの適性がなくとも、政府への忠誠心が確かならば機密を扱う場所で使えばいいと。

例えば、エニエス・ロビーなどスパイが活動しそうな場所での使用人等へ使うことを提案したそうだ。

 

だからといって、スパンダムは変わることはなかった。媚も望んでいなければ、忠誠心と言えるものさえ鬱陶しそうで。

いつだって、彼はぼんやりとブルーノたちを眺めていた。彼が個人的にスパンダムと話したことは殆どない。

ブルーノは言っては何だが、そこまで目立つ部分の少ない子どもであったからだ。

それが嬉しかったかと言われれば困る。

幼心に、褒めてほしいと思わなかったわけではない。

けれど、彼はそんなブルーノに言ったことがあった。

 

お前、諜報部員に向いてるな。

 

それは、青天の霹靂だった。その会話がどうして起こったのか、彼はよく覚えていないけれど。自分をじっと見る紫苑の瞳をよく覚えている。

何もないということはどこにでも行けて、何にでもなれるということ。ならば、潜り込むことに何よりも秀でているだろう。

部下にするならお前だな。

それは、本当に、何気ない言葉で。それは、本当に、心の底からの言葉の様で。

その時の、浮足立つような感覚をブルーノは上手く表現できない。

ただ、あの時の言葉をずっと覚えていた。

 

 

 

(・・・・あまり、変わってはいないな。)

 

記憶の中の男は相変わらずぼんやりとした表情で、静かな目でブルーノを見ていた。そうして、目の前の男も又そうだった。

 

「どうした、ブルーノ。気分でも悪いのか?」

「・・・・いえ。違いますが。」

「そうか。ならいいが。で、だ。潜入方法はどうする?」

 

それに、ブルーノは考えていたことを口にした。

 

「先に行かせるなら、ルッチかカクがいいのでは?」

 

それにスパンダムはゆっくりと目を細めた。

 

言っては何だが、ある意味、ブルーノは名を上げた二人に劣る部分が多い。今回の任務、五老星からのものだったはずだ。ならば、自分よりも優秀で入り込みやすい若い彼らの方が良いだろう。

その素朴な問いかけに、スパンダムは平然と答えた。

 

「ルッチとカクは、強くはあるが。お前は誰よりも安定感がある。」

「あん、ていかんですか?」

「ルッチは確かにCP9始まって以来の天才だ。ただな、思考が苛烈すぎる。それに加えて、潜入捜査に置いてのコミュニケーション能力は期待できんしな。カクは、経験不足がいなめん。そう言った意味で、お前は能力的にバランスがいい。」

 

スパンダムはそう言って、目を細めた。

あれは、優秀だが使いどころに困る部分がある。お前は、潜入捜査という点ではルッチよりも優秀だ。

ブルーノは目を見開いて、その顔を見つめた。

それは、ひどく懐かしくなるような言葉だった。

ブルーノは、こう言っては何だがさほど秀でていると言えるものはない。もちろん、CP9に入るほどの実力なのだから常人に比べれば遥かに秀でているだろう。

けれど、それでもCP9の中ではどうしたって見劣りする。もちろん、それで何かしらの嫉妬など抱くなんてことはない。

けれど、お世辞と言うものをあまりしない男の言葉、昔の、懐かしい何時かの言葉を向けられた時。

ブルーノの心は浮足立った。

ブルーノは目の前の上司を見た。その眼には、やはり、特別な感情は見受けられなかった。

 

(・・・・・この人は。)

 

何となしに、ブルーノは察しているのだ。どうして、この人が皆に何だかんだで慕われているのか。

いつだって、スパンダムは、その人間が欲しいものを本当に何気ないふうに差し出すのだ。

だからこそ、ブルーノは、微笑んだ。

 

「ならば、ご期待に応えねばなりませんね。」

「やる気になってくれたならいいが。どうした、そんなに嬉しそうに。」

「いえ、何でもありませんよ。」

 

きっと、忘れている。あんな、いつかの言葉なんて。

情が深いようで、薄いこの人はきっとそれさえ忘れている。けれど、ブルーノはそれを覚えている。

だから、それでいいのだ。きっと。

 

 

「・・・・・何してんだ、お前。」

 

ブルーノが出て言った後の部屋で、スパンダムは窓の方に目を向けた。そうすると、きいと音を立てて窓が開き、窓の桟に誰かが立っていた。

 

「ブルーノは俺よりも使えますか?」

「お前な。機密事項を盗み聞くな。」

「いいでしょ。どうせ、俺も行くことになる。」

 

何気ないしぐさで、ルッチは床に降り立ち、スパンダムの座った執務机に体を軽く預けた。

スパンダムは疲れたようにため息を吐き、椅子を少しだけ引いた。そうして、ルッチの方に体を向けた。

「だからってそれを無視していいわけないだろう。たく、お前はどうしてそうも勝手が過ぎるんだ。」

気だるそうに息を吐くスパンダムのことを無視して、ルッチはゆっくりと目を細めた。そうして、本当に何気ない仕草で、スパンダムの細い首に手を伸ばした。

 

「あ?」

 

スパンダムはそれに言葉を上げた。首にかかった手に少しだけ力が入る。

 

「・・・・あまり、よそ見をされるのは良い気分がしないんですが。」

 

その声は、甘ったるかった。甘く、それでもなお、その後ろにあるどろどろとした何かが透けて見えた。普通の人間なら、それに何かしらの感情を抱くのだろうが。

スパンダムが感じたのは、はあ?という苛立ちだった。

スパンダムは、昔なじみの気安さでルッチの顎を掴んだ。

「昔なじみで、ハットリが懐いてるからって任務時にはあずかって?兵士五百やった時、いきり立ってるお前にハットリ連れて迎えにいって?そのせいで保護者枠に認識されてお前の用事に悉く休日を砕いて来た人間に対する態度かそれは?」

それに、ルッチは思わず黙って、静かに目を逸らした。正直、言われた諸々に対して覚えは悉くあったせいだ。

ルッチはスパンダムの首から手を伸ばして、少しだけ気まずそうに顔を背けた。けれど、スパンダムに捉まれた顎の手を振り払おうとはしなかった。

スパンダム相変わらず顔が良いなと感心しながら、その顔をぐにぐにと揉んだ。それに、ルッチはゆるりと目を細めた。

それを見ながら、スパンダムは何気ない口調で呟いた。

 

「・・・・・この人生で、ほとんどお前のために時間潰してるんだけどなあ。」

「これからもそうでしょう。」

「・・・・・それならもっといい子でいろよ。」

 

疲れた様なスパンダムの言葉に、ルッチは喜色満面にスパンダムの膝に飛び込むように跪いた。

 

「ええ、ちゃんといい子でいますから。」

 

あなたも、それ相応の振る舞いをしてくださいね?

 

そう言って、にんまりと微笑んだのは巨大な、けだものだった。斑の豹は、にんまりと笑って、その牙を見せつけながらスパンダムの薄い腹に擦り寄った。

スパンダムは、それに慣れた様子で頭を撫でて、ぼんやりと追い出したメランを迎えに行くことを考えた。

 

(・・・・やっぱりこいつは意味わからん。)

 

スパンダムは、その昔から続いたじゃれつきにため息を吐いた。生真面目な牛のほうがよほど優秀だ。

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