諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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眺めです。
ドフラミンゴの話です。


操り桃鳥は話が通じません

 

 

その日、海軍本部には珍しく王下七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴが招集に顔を出していた。

普段ならば、そんな面倒なことをすることはない。だが、その招集に関しては顔を出す価値があったのだ。

 

(スパンダムねえ。)

 

その日の召集の理由というのがとある地域で暴れまわっている革命軍に関することであり、潜ることが上手いため情報収集をCP9が担っていた。

今回はその報告であり、七武海もそれの捕縛に駆り出されることになっていた。といっても、それに従うのがどれほどいるのかはお察しの通りなのだが。

ドフラミンゴとしてはその男にひどく興味を持っていた。

何といっても、政府の諜報部の中心にいる存在だ。場合によっては接触してもいいかもしれないと考えていた。

スパンダム、という男は良くも悪くも有名な男である。

それは、もちろん司法機関であるエニエス・ロビーのトップであることが上げられるだろうが、ある程度の地位にいる存在ならば、それがどれほどのものであるか理解できるだろう。

政府の裏方を担っているCP9の長官と言えば、その注目度も上がるというものだろう。

そんな男は、地位以外でも有名な理由がある。

 

スパンダムには、猛獣使いという本人からすれば否定したいあだ名が付けられている。

それもまあお察しの通り、彼がロブ・ルッチという存在を管理下に置いているためだろう。

一時期は、処分さえも考えられていた凶暴性を持っていたそれを管理下に置いていることはなかなかに評価されているのだ。

 

 

 

円形のテーブルにはすでに海軍と、七武海の人間がちらほらと座っている。

今回、来ている七武海は鷹の目とサー・クロコダイル、そうして自分だけだ。

クロコダイルは理解できたが、鷹の目がいることに関しては珍しいとも言えた。

どかりと椅子に座れば、周囲から警戒に満ちた視線を向けられた。

ドフラミンゴにとって馴染み深く、慣れたそれを向けられながらぐるりと視線を回しに見回した。

 

(・・・・つって、スパンダムに関しては情報はほとんど出てこなかったがなあ。)

 

ロブ・ルッチと言う男に関しては過剰過ぎるほど情報が出て来た。

が、スパンダムという存在の情報は驚くほどに出てこなかった。もちろん、表向きは司法の長だ。ロブ・ルッチに関するものは出て来る。また、写真等は出て来る。が、個人的な情報、嗜好や趣味、人となりと言うのは全くと言っていいほど出てこない。

それほどまでに情報統制がされているのか。

猛獣使いのスパンダム。そんな名前だけが独り歩きしていた。

 

 

円型のテーブルの席が殆ど埋まってもドフラミンゴの目当ての存在は現れなかった。ちらりと、時間を見る。もう少しすれば、会議の始まる時間だ。

そこで、慌ただしく扉が開かれた。

 

そこから入ってきたのは、一人の男だ。

細身の、それこそ枯れ枝のような貧相な体格の男だ。身長に関してはえてしてふり幅が大きいため、何とも言えないが小柄とも大柄とも言えない。

ふわふわとした紫苑の色をした髪が揺れている。そうして、何よりも目を引くのはその顔を覆う鉄製のギプスだろう。そのために、顔立ち自体はよく分からない。ただ、唯一露出した首筋から青白い肌が垣間見えた。きっちりと止めたシャツのせいか、それが男の生真面目な印象を受けさせた。

 

男は速足でセンゴクの隣りの椅子に座った。それと同時に会議は始まった。

革命軍の話になれば、ゆっくりと紫の髪をした男が立ち上がった。

 

「・・・お時間をいただきありがとうございます。それではこれより、司法局のスパンダムが説明します。機密情報が多いため、口頭での説明となります。」

 

男にしては高く、女にしては低いその声は朗々をその場に広がる。

全ての視線、それこそ七武海のものが混じっていたが、その男は動じない。全てのことに興味がないという様な無力感を持っていた。

スパンダムは一度として、ドフラミンゴを見なかった。

それが、ひどく気に障った。そうして、何故か、ひどい違和感を覚えた。

 

 

全ての議題が終わり、海軍たちは立ち上がり、撤収の空気がうかがえた。ドフラミンゴはその足のままに、目の前の書類を片づけ始めているスパンダムへ向かおうとした。

が、それは叶わない。

 

「ふっふっふ。俺になんか用か、青雉?」

「いやね、どうも余計なことをしようとしてるように思ってね。」

 

言外に、ドフラミンゴから庇われるような立ち位置にいるスパンダムにちょっかいをかけるなと言っていた。

 

「いいじゃねえか。新顔に挨拶の一つぐれえよ。」

「あのね・・・・」

 

が、そこで予想外のことが起こった。書類の片づけを終えたスパンダムは何故か、青雉の元に歩いて来たのだ。

青雉は自分の隣りにやってきたスパンダムにぎょっと目を見開いた。

 

「どうかされましたか、青雉殿?」

 

壮絶な見た目に反して、その表情はひどく無防備であった。そうして、やはりといえるほどにドフラミンゴを見なかった。

 

「・・・スパンダムちゃんこそ何の用?早くいかないと煩いんじゃない?」

「・・・まあ、そうなんですが。今日は余計なのがついて来ていて。その前に礼をと。」

「礼?」

「以前、メランの奴に菓子をやったでしょう?一言を礼を言いたかったんです。」

「いいよ、そんなこと。それよりも行きなよ。」

 

青雉はぐいぐいとスパンダムを追い立てる。スパンダムはそれに素直に従って、青雉に頭を下げてその場を去ろうとする。けれど、ドフラミンゴはそれを赦さない。

くいっと、糸を引けばスパンダムは動きを封じられたことを覚ったのか、胡乱な目をドフラミンゴに向けた。

 

「・・・天夜叉殿、下らない悪戯は止めていただけないだろうか?」

「ふっふっふ、そうつれないことを言うなよ。なあ、スパンダム?」

「あなたとそう、親しかった覚えはないが。」

「ドフラミンゴ、悪ふざけはよせ。」

 

青雉が苛立ったようにそう言うが、悪魔の実の力等を使って牽制する様子はない。ドフラミンゴは関心をスパンダムに向けた。

 

「放していただけますか?」

 

改めて、ようやくその男はドフラミンゴを見た。それによって、ようやくドフラミンゴは気づいた。スパンダムに感じた、違和感の正体。

その眼には、侮蔑も、怒りも、拒絶も存在しなかった。

敵対の意図も、憎しみも、そんな負の感情などないただ、ただ、澄んだ、平淡な眼。

何となく、固まってしまったのはあまりにも予想外であったためだろうか。

向けられたことのない、無色の感情を宿した紫苑の眼。なるほど、これはドフラミンゴという存在に心底興味が無いのだ。

ドフラミンゴは魅入られた様にその眼を覗き込んだ。そこに、馴染んだ蔑みや恐怖、何かを見つけようと。

 

「おい、ドフラミンゴ。」

 

その時、重苦しい声が横でした。プレゼントの包装を破くのを邪魔された気分で声の方向を見た。そこには、額に青筋を浮かべたセンゴクがいた。

 

「・・・・いますぐにそれを離して出ていけ。」

「・・・・そう言うなよ、俺はただ単に挨拶してるだけじゃねえか。なあ?」

 

睨み合ったセンゴクとドフラミンゴに、スパンダムの疲れ切った声が遮った。

 

「分かったよ。」

 

その声は、その緊迫した声に反してひどく柔らかな声だった。

声の方を見れば、疲れた様に頭を掻いているスパンダムがいた。彼は、まるで仕方のない子どもを見る様な目でドフラミンゴを見た。

 

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ殿。お初にお目にかかります、スパンダムと申します。以後、お見知りおきを。」

 

これでいいか、というように。

そんな気軽さと適当さで、スパンダムは夜叉と呼ばれた男を見た。

ドフラミンゴはじっとスパンダムを見た。自分を仕方がない子どもを見るような、そんな目を漠然と、稀有だと思った。

CP9の長官という立場にありながら、その精神はどこか、何か決定的にすれ違っている。

かの、ロブ・ルッチの手綱を取るという男。

興味が湧いた、圧倒的な好奇心と言えた。

ドフラミンゴは、ふっふっふ、とあの独特な笑い声をあげてくいっと指を引いた。その瞬間、スパンダムはぼすりとドフラミンゴの腕の中に納まった。

 

 

 

「今日、もう帰っていいか?」

「赦されると思うんか?」

 

ジャブラは目の前で起こっているそれを死んだ眼で見つめた。そうして、隣りにいるカクも又さすがに死んだ眼をしていた。

そこには、スパンダムを抱えたドフラミンゴ、それをにやにやしながら見つめるクロコダイルと傍観するミホーク。

それに向かい合う形でブチギレたルッチにメランの姿。

すでにルッチたちは悪魔の実によって豹の姿を取っており、唸り声を上げている。そうして、やっちまったなあという空気のセンゴクと青雉。

 

「帰っていいか?」

「帰ったらてめえ、減給するからなジャブラ!」

「うるせえよ!何だよ、この状況!ルッチ以上にめんどくさいもん引っ掛けてんじゃねえよ!」

 

自分の上司の、元凶たるスパンダムは怖いもの知らずというか、元気にドフラミンゴの腕の中でも叫んでいる。

というか、ジャブラとしては叫びたくなる気持ちも分かってほしい。

今日だってそうだ。本当ならば護衛はジャブラとカクだけのはずだった。そこに、偶然予定の空いたルッチとメランが割り込んできたのだ。

最初は駄目だと言っていたスパンダムも、ルッチが七武海が今回やって来ること、そうして無言の圧力に渋々了承した。

といっても、ジャブラは知っている。メランはただ単にスパンダムと離れたくないために駄々をこねたが、その無駄に顔だけがいい鳩野郎は、青雉と上司が知らないところであうのが嫌だから無理矢理についてきたことを。

 

会議に青雉がいると知った時の顔を思い出して、ジャブラはげんなりする。

自分の上司がどういった経緯なのかは知らないが、大将青雉と仲が良い。時折やってきては無駄話をしているのは周知のことだった。そうして、それに立ち会うルッチの面倒くささも身内では有名だ。

 

会議の場へ護衛が入れないと知った時の不機嫌さもどうかと若干思う。もちろん、ジャブラも何のための護衛だと言いたかったが、七武海を刺激することや周りの戦力を考えればと納得した。

その間のメランとルッチの不機嫌さには本当に疲れた。

そうして、会議が終わる時間だと、猫耳と尻尾を出しててってと走るメランを追いかけながら会議室に向かった。

扉を開けて、出迎えをした後にこんにちわしたのが目の前の状況だ。

 

「かえりてえええ!」

「わしも!」

「俺も帰りてえよ!」

 

状況が状況というのにのんきに会話をしているスパンダムたちに海軍たちは異様な目を向ける。

今日の会議にはつる中将は来ていない。性格として、青雉とセンゴクはあまり相性が良くない。ジャブラはこの場をどうやって治めるか考える。

その時、威嚇の声しか挙げていなかったルッチが、重く、低く吐き捨てた。

 

「・・・・・長官。どうして、今、ジャブラに助けを求めるのですか?」

 

ぶわりと漏れ出た覇気に、海軍の内幾人かが倒れ込む。その声は、まるで氷に覆われた炎の様だった。

それにジャブラは覚る、この馬鹿はドフラミンゴから助けられることは前提としておいて、スパンダムが知らない人間とくっ付いていることに怒り、助けを求められることを待っていたのだということに。

 

「俺がいながら、ジャブラの方がいいと?」

 

どろどろとした煮詰まったその声は、正直、ジャブラとカクには馴染み過ぎたそれである。が、周りにとっては、ロブ・ルッチという存在を知っている者からすれば、そのあまりにくそ重たい感情の混じった声は度肝を抜かれるだろう。

が、そんなことなど気にしない、鈍いというか興味のないスパンダムは怒り狂って声を上げる。

 

「なら、助けろや!」

「・・・・そうですねえ。借り、になりますが。」

 

ねっとりとした声音にジャブラはぞわりと背筋を震わせた。ああ、ろくなこと考えていないと。隣を見れば、カクはさぶいぼを立たせて肌をこすっていた。

 

「・・・・ジャブラ!カク!助けろ!!」

「おい、こっちに被害を向けるな!」

「たく、ルッチ、ワシらは悪くないぞ!言っとるのは長官じゃ!長官、犠牲になるなら一人でせい!」

 

助けを求められたカクとジャブラは後ろに睨んできたルッチに慌てて弁明をする。

 

「うるせえよ!前、そいつに借り作った時碌な目に遭わなかったんだよ!つーか、お前ら俺の護衛だろうが!助けろよ!今こそ、その時だろ!?」

「敵からならいっくらでも守ってやるけど、身内からは範囲外だわ!」

 

スパンダムは、一応自分の腹に回った腕から必死に抜け出そうとじたばたしている。そうして、スパンダムを捕らえているドフラミンゴは目の前で起こっていることを茫然と眺めている。

 

(・・・・・なんだ、これ。)

 

本当にその時の心情はその一言に尽きる。もちろん、ルッチの執着云々について知っているセンゴクと青雉以外は同じようなことを思っていたが。

 

「何をされたんだ?」

 

唐突にかけられた声にスパンダムがびくりと体を震わせた。見ると、ドフラミンゴの左右から顔を覗かせてクロコダイルとミホークがスパンダムを見ていた。

 

「そんなに嫌がるってことは相当のことされたんだろ?」

 

唐突にそう言われて戸惑っていたらしいスパンダムだがどうもその時の怒りが沸き上がって来たらしく、据わった眼で吐き捨てた。

 

「おお、聞きたいか?かれこれ数年、兵器だ、天才だ、散々言われてた昔なじみの機嫌が悪いと、腕やら足やら、肩に豹の状態で噛みつかれた人間の気持ち、聞きたいか?」

 

その言葉に、部屋の中の空気が凍り付いた。ジャブラでさえも、知らなかった事実に固まってしまう。

肝心のルッチはと言うと妙に誇らしそうというか、自慢げに笑っていた。

 

「おお、聞きたいか!あ!?聞きたいなら聞かしてやろうじゃねえかよお!!」

 

相当鬱憤がたまっていたんだろう、スパンダムは威嚇する猫の様にふーふーと唸っている。その座った瞳と威圧感にクロコダイルは少し引いた。あまり、なじみのないタイプのそれに少しだけ距離を置いた。

スパンダムはクロコダイルのそんな様子など気にした風もなく吐き捨てた。

 

「何なの、お前赤ちゃんなの?歯固め中の赤ちゃんなの?」

「骨ばかりで噛み心地はあまりよくありませんでした。」

「何冷静に俺の噛み心地のレビュー言ってんの?」

もう意味わかんねえええええ!

 

あーと、疲れ切ったようにドフラミンゴの腕に寄りかかるスパンダムからぶつぶつとストレスを感じさせる声が漏れ出る。

 

「もうやだ、昔から世話してるガキがカニバリズムに目覚めたとか笑えない。何考えてるのか分かんねえしい・・・・」

 

その時、全員が思った。

おそらくだが、ルッチのそれはもっと別のベクトルから来たのではないのだろうか。

もちろん、それを口に出すようなまぬけはそこにはいなかったが。

総合として、皆がジャブラと同意見であった。

正直な感想として長年ライバル視してきた男が、年上の鉄仮面を常備しているおっさんをそう言った対象としているという事実にちょっとしょっぱい思いをする。

もちろん、ジャブラだって何だかんだでその男を慕ってはいるもののそんな対象としては絶対に見ないだろう。

ただ、昔からのルッチのスパンダムへの執着を知っていればその行動も納得できてしまうのだが。

 

「・・・・スパンダインの奴に教育方針を聞いておいた方がいいな。」

「その前にスパンダムちゃん鈍すぎっていうか。え、もう食われる一歩手前じゃん。」

 

聞こえて来た上司の知り合いからの声は無視することにした。

その時、心の底から不思議そうな声が場を割った。

 

「・・・・有名なエニエスロビーのものが来ると聞いたが。思った以上に幼いのだな。」

 

ミホークはそういってしげしげと目の前のそれを見た。それにスパンダムはむすりとした顔をした。

 

「・・・もう、四十も手前なんですがね。」

「おぼこいという意味だ。まるで、女の一つでも知らんように。」

 

その言葉にスパンダムは思わず、誤魔化しも出来ずに目をそらした。

それに、静まり返っていた部屋の中がざわついた。あの歳で経験がない?

さて、皆が知らないが、スパンダムは女なのだ。おまけに父親の立場が立場なために男として生きてきたのだ。彼女に恋などという機会があるはずがない。

おまけに、男の様に気軽にそう言った処理がいるわけでもない。

そのため、スパンダムにはそう言った経験が一切なかった。当のスパンダムは親の七光りと立場なために滅多に振られなかった話題をここでされて焦っていた。

 

「・・・・・良いことが聞けましたし。そろそろ、その人をこちらにかえしてもらうぞ。」

「いやいやいや、良いことって何だよ。ぜってえ聞いちゃいけないことだったろ。」

「まあ、確かにそろそろ助けにゃあな。その後は知らんが。」

「もう、どうでもいいから助けろよ・・・」

 

さすがに童貞宣言をされたスパンダムを憐れんだらしいジャブラとカクが重い腰を上げる。ルッチはと言うとそれはそれは上機嫌で歩みを進めた。

 

ドフラミンゴはじっと、ぐったりと精神的にやられているらしいそれの後頭部を見る。

何が、そこまでさせるのかとそう思う。

ロブ・ルッチ。そうして、CP9のそれら。

世界のために育てられた、贄のような子どもの成れの果て。

政府への忠義心?そうだというなら、この男への執着は何だ?

際立った部分などない、美しさも、賢さも、強さも無い。

言ってしまえば、愚かでも、弱くも、容姿に関しては何とも言えないが、適当などこかにいそうなそれ。

何をそこまで執着するのか。

センゴクの声が響き渡る中、ルッチたちは臨戦態勢に入る。それでも、スパンダムは三人への信頼があるのか特別焦る様な様子はない。

今の今まで観戦していたミホークとクロコダイルはさっさと逃げ出している。

が、そこでばしゃんと水の音が響いた。

ドフラミンゴは自分の体ががたりと傾いだことに気づく。その拍子にスパンダムの腹に回っていた手が緩んだ。

 

「ぎゃ!」

 

スパンダムの悲鳴と共に、ドフラミンゴを後ろから奇襲したらしい小さな影が現れた。

メランがどこからか持って来たらしいバケツと、辺りに磯の匂いが広がる。スパンダムをドフラミンゴから引き離す形でメランが服を引きずった。

ジャブラの足元まで滑る様な形でメランが駆け寄る。

 

「大丈夫?主?」

 

自分の元へ舞い降りた黒い天使にスパンダムは潤んだ目を向けて抱きしめた。

 

「めーらーん!!やっぱり、信じられるのはお前だな!他の奴らなんて信用できねえもん!」

「へへへへ、わーい!褒めてもらえた!」

「おい!メラン、海水を汲んで来いと指示を出したのは俺だぞ!」

「ほお、なるほどな、道理で急に姿が消えたわけじゃ。」

「あ、そういや姿が見えねえと。」

「・・・・・そうか、ルッチの奴時間稼ぐためにあんなこと言ってたのか。」

 

それは絶対に違う。

スパンダムの台詞を聞いた全員が異口同音にそう思った。そんな中、海水を浴びせられたドフラミンゴが立ち上がる。そうやら海水の殆どはコートに係ったらしく、それを脱ぎ捨ててメランを睨んだ。

 

「やってくれたじゃねえか、クソガキ・・・・!」

「下らんちょっかいを貴様がかけるからだろうが。」

「あ゛?」

「おい、そろそろ悪ふざけは止めんか!」

 

センゴクが割って入れば、ドフラミンゴも流石にこれ以上のもめ事を起こすのは戸惑われたのか舌打ちをして下がろうとする。

そこでルッチが鼻で笑う。

 

「はっ、逃げるのか?」

「・・・子猫が吠えるなあ?」

「おい!止めろと言ってるだろうが!」

「・・・これ、止めるの無理くない?」

「諦めるな、青雉!」

 

今にも殺し合いが始まりそうな中、がたりと誰かが立ち上がる。

 

「おい、ルッチ。」

 

疲れ切った雰囲気のスパンダムがルッチに近寄る。

 

「・・・長官は下がっていただきたい。」

「あのな、これ以上はさすがにダメってわかるだろうが。止めなさい。」

 

その、子どもを叱る様な暢気な声にまた、部屋の中にざわめきが広がる。

ドフラミンゴは、少しだけ怒りを忘れて、何となく理解した。

男に感じた、その解離。何かが違うという感覚。

スパンダムにとって、ロブ・ルッチとは庇護すべき子どもなのだ。

昔から世話をしていたとその言葉のままに、ただの子どもを諫めているのだ。

人殺しをして育てられ、数百人のそれを殺し果て、それでも男はロブ・ルッチを子どもとして扱う。

その精神状態など分かりはしないが。それでも、その在り方はまさしく異常だった。

ぐるるると唸ったままのルッチに呆れた様な顔をした後、スパンダムはまるで子どもを抱きしめる時の様に両手を差し出した。

 

「ルッチ、おいで。」

 

己が子の名前を呼ぶ母親のような、そんな甘ったるい声だ。ルッチの獣の耳がぴくりと動く。

尻尾がピンと伸びる様はそわりそわりとしていた。

 

「一緒に帰るぞ、ルッチ。」

 

それにルッチはゆるりと笑って、するりとスパンダムに覆いかぶさるように擦り寄った。その様は家猫が飼い主に擦り寄る時によく似ていた。

スパンダムはやはり疲れたような顔をして、自分の顔に擦り寄るルッチの顎を撫でた。それに、明らかなゴロゴロと喉を鳴らす音が添えられる。

 

「・・・・ドフラミンゴ殿。今回はあなたも引いてください。まあ、うちのが挑発したのは事実でも最初にしてきたのはそちらです。私がどんな人間であれ、司法のトップにこれ以上の手出しはリスクがあるでしょう?」

「・・・・違いないな。」

「それならば、これについてはここで終わりです。」

 

淡々とした物言いの中、それでも背後の部下たちはそれには少々不満そうだ。

それを見て、ドフラミンゴは目の前の男が確かに猛獣使いなどと呼ばれる理由を理解した。

その男にカリスマ性はない。従うに値する才があるようにも見えない。

それでも、その兵器とさえいえるそれらはその男に等しく頭を垂れている。

忠誠心も無く、義務でもなく、何か、根深く重い何かによってそれらはスパンダムというそれに縛り付けられている。いや、好んでその鎖に繋がれていた。

 

「・・・・いつか、海軍が嫌になったらウチに来い。良い値段を出すぜ?」

 

悪意のある冗談には、一抹の本気もあった。その男を引き抜けば、後ろに控えた幾人かがついてくる。そんな確信もあった。そうして、男の腹を掻っ捌いて、それにそこまで惹かれる理由を知りたいという好奇心も添えられていた。

スパンダムは、その冗談に苦笑した。非難の声が上がる前に、それは肩をすくめて言い据えた。

 

「・・・・冗談を言わないでくれ。誰と心中するかなんざとっくに決めてるんだよ。」

 

その気軽さと、苦笑交じりの言葉は司法の長でも、CP9の長官でもなく、ただ、ただ、スパンダムという個としての言葉であったのだと思う。

ドフラミンゴは思わず言葉を失ったのは、それに込められた感情に覚えがあったためだ。

部下たちからのものでもない、何か、もっと幼いころに与えられていた何か。

ドフィーと、誰かに呼ばれた声がよみがえる。

スパンダムははあとため息を吐き、センゴクと青雉に目を向けた。

 

「すいません、青雉さん、センゴクさん。俺たちはもう出ます。始末書の類が在ったらあとで送ってください。」

「・・・・お前も大変だな。」

「また寄るからね、スパンダムちゃん。」

 

疲れ切ったような声に、青雉とセンゴクが同情的な視線を向ける。スパンダムはそれに軽く頭を下げて、ふらふらと扉を抜けて部屋を出ていく。その後、彼の部下たちがぞろりとついて行く。

そうして、扉が閉じられる瞬間、ルッチたちは全員ちらりと部屋の中に視線を向けた。

ぶわりと、殺気交じりのその視線に背筋に冷たいものが走る。

幼い、メランさえもその人殺しの目で、牽制する様に部屋の中を睨んだ。

ああ、そうだ。

先ほどまでの暢気なやり取りに忘れていたが、確かにその一団は暗殺集団であったことを思い出した。

 

「・・・・だから言ったんだよねえ。スパンダムちゃんに手を出すとめんどくさいんだって。」

 

青雉の暢気な声だけが場違いのようにそこにあった。

 

 

 

 

(・・・・平和だな。)

 

数時間前に海軍本部でやらかしたことから目を逸らして、スパンダムはさすがに仕事をやる気力は無く半休を取っていた。自宅と仕事場が一緒のようなもののために休みなんて滅多に取らず、ワーカーホリック気味なスパンダムの休みを事務の人間は喜んでいた。

ぼんやりと、仰向けのまま読みたがっていた本を読んでいると、腹の上でずっしりとしたものが身動きした。

スパンダムのあばらが浮いた腹の上には、豹の姿をしたルッチが頭を乗せて優雅に昼寝をしている。体はぴったりとスパンダムに寄せられており、尻尾は彼女の足に巻き付けている。メランは、その反対側にて彼女の脇に顔を突っ込む形で眠り込んでいる。

スパンダムはかりかりとその耳裏を掻いてやれば、甘ったれた様な声が漏れて来る。

返って来たスパンダムとジャブラとカクは早々と自室に引っ込んだ。何故か、メランとルッチはスパンダムの自室に紛れ込んでいる。

以前、一人で寝ていた折、起きると二人がベッドに潜り込んでいたことに比べれば、断りがある時点でましだろう。ましではないが。

 

「・・・・お前、それだけなら可愛いのになあ。」

 

スパンダムは思わずそう言った。昔、それこそ、眠った折に斑の猫が寝床に入り込むことは慣れていた。最初は性別がばれるのではないかと心臓を鳴らしていたが、指摘されることも、からかわれることもないのだから気にしなくなった。

何よりも、ルッチに性別がばれたところで何の意味も無い。元より、自分が性別を偽ったのは、父親からの指示で自分の感情はまったく考慮されていない。

どうでもいいことだ。

 

「俺はカッコいいです。」

 

眼だけを開いて豹が不満そうに言った。スパンダムは妙に腹が立ってその耳をぐいっと引っ張る。それに、豹が不満そうに唸り声を立てた。

 

「カッコいい奴はな、知り合いの寝床に潜り込まねえし。借りを返せって人の体に噛み後を残さねえの。」

「そう言ったカッコよさもあるんですよ。長官が無知なだけで。」

 

憐れむような言い方に、スパンダムはいらっとする。まあ、怒ってものれんに腕倒しで無駄なのだが。

 

「お前さあ、なんで俺の事あんなに噛み倒したの?」

「・・・・マーキングです。」

「え、俺、お前の縄張り扱いなの?」

 

と言うよりも、新手のおもちゃ宣言だろうか。

 

「あなたはいつだってそうでしょう。よそ見ばかりで。」

 

忌々しいと、それの喉の奥からうなり声がした。けれど、スパンダムにはため息を吐いた。

 

「いや、完全に玩具になってたろう。」

「まあ、おかげでいいことが聞けましたが。このまま、誰の者にもならないなら赦してあげますよ。」

 

どっから目線だろうか。

 

謎ではあるが、頭に今日会った七武海の連中が浮かんだ。

 

(・・・・このドラ猫の方がまだ話は通じるな。)

 

自分の腹にまた擦り寄る猫の頭をスパンダムは掻いてやりながら、そんなことを考えた。

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