諦め猫熊はかく語りき   作:幽 

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クマドリの話になります。
口調がいちばん難しかった。


意外なことに歌舞伎男は忠義者です

 

 

「天国になんて行けると思ってるのか?」

そう言った皮肉気な顔をクマドリは覚えている。

 

 

「クマドリ、今日はお前が護衛しろ。」

「構わねえが、長官、メランはいいのかい?」

 

クマドリは己が上司であるスパンダムにそう言った。彼は丁度、スパンダムの執務室に呼ばれていた。そうして、よくよく見れば珍しく長官の子飼いとしている気まぐれでも忠義のある猫がいないことに気づく。

 

「メランは今、使いを頼んでたんだよ。だが、どうも海列車でトラブルがあったらしくてな。お前にお鉢が回って来たんだ。今日は、つうか今日も裁判があるんだが懸賞金がでかくてな。俺も出席することになったんだよ。」

「あ~あ~、わ~かったぜ、長官。お~れがごっえいを努めりゃ~いいんだな?」

「そうだが、今日は黙れよ。命令だ。」

 

それにクマドリはゆっくりと口を閉じた。

命令、それは彼にとって跪くべきものだ。その男からのものであるならば、なおさらに。

 

 

クマドリの古い記憶は、己が母に連れられて島を訪れたことから始まる。

母は島の人間と幾つか話をした後に、淡々とクマドリがここで暮らすことを告げた。

それに何かを思ったことはない。

何故って、クマドリもまた母に徹底的に鍛えられた、人殺しだったせいだろうか。

島での生活は初めての共同生活で慣れないことも多かったが、やることは変わらない。ただ、必死に殺す技術を磨き続けるだけだ。

島で生活は単調極まるものだったが、クマドリにとっては関係ない。母に教えられた通り、修行をこなすだけの事だった。

そんな中、島において初めての珍事があった。

それは、ある日だけ周りの子どもがそわそわとし始めるのだ。

スパンダムさんが来る日、それを心待ちにしている者は多かった。

そのスパンダムと言うのはなんでも上の人間の七光りで大人たちからは嫌われていた。

 

(おれえは、好きだがなあ。)

 

クマドリがいるのは、丁度裁判における書記官の立場に座ったスパンダムの斜め後ろだ。

彼はすました顔で淡々と裁判記録を綴っている。本来ならばスパンダムのすることではないらしいが、今回は特別らしい。

喚きたてる海賊の声にクマドリは眉をしかめた。

 

(さっさと殺しちまえばいいのによお。)

 

罪人には罪人の最期がある。人を殺し、己の欲望のままに生きたというならば潔く死んでこそが花だと思うのだ。が、そんな誇りを持つ海賊などいるわけはない。

決まり切った判決を見つめていると、目の前のそれが視線がいく。

 

(こんな、いさぎのいい人がほかにいるのかねえ。)

 

クマドリは、それを始めて会った時のことを考えた。

 

それはお世辞にも愛想があるとは言えなかった。ただ、やって来てはクマドリたちの修行を眺めたり、持って来た希少な菓子を配ったり、それだけだ。

島でも弱い存在たちはその時だけ、それに纏わりついて甘えていた。クマドリとしてはそんな甘ったれに呆れていた。

けれど、意外だったのは、島で随一の才を認められたロブ・ルッチもまたそれの周りとうろついていたことだろうか。

子どもたちは菓子に夢中になっている間の少しの間だけ、ルッチとそれは会話をする。柔らかな声が微かに聞こえた。

甘ったれる様にルッチが屈みこんだスパンダムに顔を寄せていた時のことを覚えている。

 

それに興味が湧いた。

それにどれほどの価値があるのか、どれほどの惹かれる理由があるのか。

それ故に、クマドリは気まぐれにそれに話しかけたことがあった。

 

「・・・何か用か、クマドリ。」

 

己の名前を知っていることに驚きながら、クマドリは目の前のそれを見た。

島にいる子どもは丁度食事を取りに行っており、スパンダムは物静かに木陰の中で本を読んでいた。

話しかけてきたクマドリに、スパンダムは淡く笑って返事を返した。

 

「知ってんのかい?」

「逆におまえみたいに目立つのを覚えてない方が問題だろう。それで、何か用なのか?食事はとったのか?」

 

口から漏れ出たそれは思った以上に普通で拍子抜けしたことを覚えていた。

 

「何を読んでんのか気になった。」

「ああ、これか。これは、どっかの古本市で見つけた本だ。天国と地獄についての本だな。」

 

男はそう言って、本の表紙を撫でた。

 

「なんでそんな本読んでんだ?」

「いつか行く地獄ってものがどんなものか気になってな。」

「・・・あんたは自分が地獄に行くと思っているのかい?」

「意外か?」

 

木陰の中で、ひそやかに笑うそれは、お世辞にも親しみ深いとは言えなかった。けれど、怖いとは思わなかった。そこには、クマドリにとって心地よいと言える潔さがあったせいだろうか。

スパンダムはくつくつと笑った。

 

「・・・・なあ、ガキんちょ。お前は自分は天国になんて行けると思ってるのか?」

 

それにクマドリは黙り込む。そんなことを考えたことも無かったからだ。けれど、クマドリは何となく、自分の周りにいる人間の多くは、自分が天国に行けると信じているのではないかと考える。

それを察したのか、スパンダムはそれに笑った。くすくすと、楽しそうに、朗らかに、どこか嫋やかな女のように笑った。

 

「意地の悪いことを聞いたな。」

 

そう言った後に、スパンダムはいつも通り、皮肉を効かせた冷たい笑みを浮かべた。

クマドリは今まで見ていた笑みがまるで白昼夢のように消えてしまったかのように思った。

 

「あんたは地獄に行くのか?」

 

 

無邪気な声だった。それは、本当に、子どものように拙い声だった。スパンダムは、何とも言えない顔をする。

クマドリは疑問のままに口を開いた。

 

「なあ、俺も、地獄に行くのか?」

 

スパンダムはじっと、幼子の目を見た。クマドリは言葉のままに、じっとそれの目を見つめ続けた。

 

「・・・・クマドリ、ただ、獣のように生きるのならば、命に貴賤はない。それは、ただ、生きているだけだからだ。だが、人が群れる上でルールを作り、違いが生まれ、そうして法が敷かれればその瞬間、命に貴賤が生まれる。」

 

それ故に、人は人を裁き、そうして、何を救うかを天秤に乗せる。

天秤に傾いたものを切り捨てるのがお前の役目だ。

 

クマドリは目の前の、透き通ったシオンの目を覗き込んだ。それには、やっぱり、厳しいまでの厳粛さも、かといって正義を信じる盲目さも宿っていなかった。

 

「俺の行いと、そうして選択によって誰かが例え救われるとしても。無辜成る民が救われるとしても。それでも、俺は最後に地獄に落ちるのだと思うよ。」

 

それはクマドリへの、これから世界のために血にまみれる誰かへの冒涜に等しかった。

けれど、それでも、スパンダムは何故かクマドリへそれを伝えたのは、偏にそれがその人間の精一杯の誠実さであったためだろう。

 

「つーか、お前、死んだ後のことなんざ気にしてねえだろ?」

 

それにクマドリはにやりと、愛想のよいいつものそれをなど放り出し、悪辣に笑った。

 

「分かるもんかい?」

「そこまでロマンチストに育てた覚えなんざねえよ。」

 

切り捨てられた言葉にクマドリはちげえねえと笑った。スパンダムは苦笑交じりに首を竦めて、そうして独り言のように呟いた。

 

「それでも、地獄に行くと思ってるのは本当だぜ?」

 

俺は心でも、祈りでもなく、人が定めた法の下に赦しを得ている。ならば、俺はせいぜいそれに従おう。人に人など裁けなどしないが。それでも、積み重ねられた理に俺は跪く。

それでも、俺は地獄に落ちるだろうさ。

 

言葉が聞こえた。そうして、それは、やっぱり見たことが無いような優しい笑みを浮かべた。

 

「俺は結局悪い子だからな。」

 

美しい、暁の瞳が自分に細められた。そうして、その次に言った言葉を、クマドリは覚えている。

 

 

カンカンカン、と。

木槌が振り下ろされる音でクマドリは意識の半分を向けていた過去から立ち返る。といっても、任務をこなしているのだからスパンダムに何かがあればすぐに動ける程度に意識はあった。

それでも、ぼんやりとクマドリは夢現の中で、微笑んだ男のことを思い出す。

 

(それでも、おれあ。)

 

その時だ、クマドリの意識に、慣れた感覚が入り込んでくる。

法廷に連れてこられた海賊は数人、その内、後方にいた一人にクマドリは意識を向けた。そうして、音も無く彼が飛び上がりそうして件の男の背後に降り立った。

 

「がっ!」

 

クマドリは持っていた杖で男の背中を押さえつけた。突然の行動に周りにざわめきが広がるが、男の繋がれていた手錠が緩んでいたことに全員が理解した。

 

「てーめーえ。ここまで来たが命が尽きよ!己が犯した罪の果て。いーさーぎよーく、裁かれるがー、男の道じゃーねえのかい?」

 

拘束した男はクマドリを口汚く罵るが、彼はそんなことなどどこ吹く風で拘束のために寄って来た海兵たちにそれを渡す。

その時だ、一瞬、一瞬だけ、のことだ。クマドリは拘束した海賊に意識を向けた。

その瞬間、前方にいた男が手錠を放り出し、そうしてスパンダムに突進していった。

隠し持っていたらしいナイフが、スパンダムに振り上げられる。

もみあいのように倒れ込み、そうして、血の臭いがかおった瞬間、クマドリの中で何かが切れた。

辺りに、息を吸うことさえも苦しくなるほどの殺気と言えるものが広がった。それに慣れていない、新人たちがぐらりと床に座り込んだ。

 

「生命帰還!」

 

クマドリの髪の毛が男に絡みつき、そうして釣り上げられる。

 

「・・・てめえには、裁きはいらねえ、慈悲はいらねえ、罰さえやらん。てめえには、裁かれることさえも、赦されねえ。」

 

この男は、この世でけして赦してはならないことをした。

クマドリの目の前で、己が主に、クマドリが知る中できっと一等に清廉な、男を傷つけようとした。

 

(許されねえ、赦されねえ。長官が、こんな醜い、汚れきった手によって殺される?)

「あっ!知らざあ言って聞かせやしょう!貴様の手を出すそのお方、法が番人、全ての長!おいらが、長官よ!貴様らざあいにんが、手えだして良いお方じゃねえのさ!」

 

怒号が、大男から放たれれば周りの動きが止まる。

クマドリは男に杖を構えるが、その瞬間、その腕に何かが絡みつく。

 

「クマドリ、止めろ。」

 

見れば、腕に巻きついているのはスパンダムが愛用してる鞭だった。スパンダムは頬からナイフで切り裂かれたらしい傷から血を流して、じろりとクマドリを睨んだ。よくよく見れば、腕と腹も切り裂かれたようだが彼は平然と立っていた。

 

「ちょーかん、とめないでおくんなせえ、これあ・・・・・」

「クマドリ、それは貴様の獲物ではない。私はそれを、命じていない。それは、法の下に裁かれるべき罪人だ。貴様が裁くものでない、貴様に裁きの権限はない。」

全ては法の下に罰が下される。

 

法廷にて少しの間睨みあう。

夜明けの色をした瞳が、クマドリを見た。氷よりも冷たく、空のように高く、鋼鉄のように厳格な眼がクマドリを見た。

それに、クマドリは強張った体をするりと解いた。そうして、それにスパンダムは鞭を解き、地面に叩きつけた。

ばしりと、音が法廷に響き渡る。

 

「静粛に!裁判はこのまま続行する!海賊たちの拘束を確認せよ!」

粛に、裁判を再開される!粛に!

 

びりびりとした言葉に、法廷に広まった動揺が静かに収まっていく。クマドリはそれに、またするりと、部屋の端に戻っていった。

そうして、法廷はそのままに裁判を再開した。

 

 

「・・・・今回のことは不問とする。」

「殺しちまやあ、良かったじゃねえか。どうせ、打ち首は確実だろうに。」

 

裁判から帰る道でクマドリは不服そうにそう言った。スパンダムは廊下を歩くままに振り返りもせずに不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「言ったはずだ。俺は法の番人だ。番人であって法そのものではない。クマドリ、貴様もだ。お前は執行者であって裁定者ではない。」

不機嫌そうな声だった。

忘れるなと、そう言った。

クマドリは、それに淡く微笑んだ。ああ、この男は変わることなく、清廉なままだった。

 

クマドリという男は、自分が悪い子である知っている。所詮、自分たちは表の世界では受け入れられない日陰の存在であると、それをちゃんと理解していた。

人を殺しながら正義を名乗るその時点で、自分たちがそう赦される存在でないことぐらいはCP9の皆が分かっていることだった。

それに何かを思ったことはない。そんなものだろうと、ずっと思っていた。

元より、クマドリは己が殺しを正義であると教わる前に母親から自分たちの立場など知らされていた。

 

それは、例えば悲しいことでも、寂しいことでもない。ただの事実だ。

クマドリは、己のことを不幸だとは思わない。例え、泥に塗れようと、彼はプロとして自分の仕事を全うするだけだ。

そんな風に生きたし、そんな風に育てられた。

それだけの話だった。

けれど、それでも、クマドリは男の言葉を好ましいと思ったのだ。

あの時、男は、幼い自分に穏やかに笑って、そうして頭に手を置いて、言ったのだ。

 

「安心しろ、お前は地獄に落ちないよ。」

 

その罪は、お前たちをここに呼び寄せ、業を背負わせた私のものだから。

優しそうに、まるで、聖女のように、微笑んでそう言った。

 

(・・・・長官よ、おいらの罪は、おいらのもんだ。)

 

けれど、クマドリはその言葉が好きだった。

男の言葉には欠片ほどの憐れみと、そうしてひたすらなまでの心底そうだと信じている誠実さがあった。

選択肢などなかった、何時かの子どもたちへの、限りないまでの誠実さがあった。

天国も、地獄も、信じてなどいない。人は、所詮死ねば終わりなのだ。

男の言葉を、クマドリは覚えている。

 

感情だけでは割り切ってはならないことがある。だからこそ、人は全ての人間が守るべき理として法を敷いたのだ。ならば、自分はそれに跪こう。

人は容易く獣に落ちる、心によって振り回されて、誰かを傷つける。法とは人の理性なのだ。ならば、自分は誰よりも、その法に従おう。

その法の下に守られるものがある。その法があるゆえに、安寧を享受する誰かがいる。

己が非道の理由にはその法があるのならば、それによって生きている者がいるのならば。スパンダムは番人として法の下に裁きをなす。けれど、男には潔さがあった。

 

人を殺し、策略のうちに誰かの尊厳を踏みにじり、誰かを貶め、死体の山の上にそれはいた。男は、それを是とした。それで救われるものがあるのだと、そう言った。

そうして、自分はいつか死ぬだろうと言った。

いつか、獣のように、愚かなままに、ただ、いつかどこかで死ぬのだろうと笑っていた。

 

その、人殺しの業を受け入れた、男の潔さが好きだった。

 

いつか、男は死ぬだろう。

暗闇に生きる、我らが長として死ぬだろう。

けれど、クマドリは誓うのだ。その男が、そのままに、己が業と共に死ぬのならば、何があろうともクマドリは男について行くだろう。

例え、その花道が、死へと続くものだろうと。クマドリはその男の潔さへ忠義を尽くす。

 

「あい、わかったぜえ、長官。」

 

その言葉に、スパンダムは気を付けろと一言だけ付け加えた。

クマドリは死ぬだろう。いつか、いつか、人殺しらしく、死ぬだろう。それでも、その道を自分は見栄を切って歩むだろう。その男の地獄への道を付き添って。

 

「クマドリ、これは貴様の失態だぞ。」

「あーあ、わかあってるさあ。ルッチ。落とし前はするさ。」

「・・・・本来なら、殺しているぞ。だが。」

「長官が望まねえ。ああ、そうだ。だが、安心しろ。監獄にぶち込まれた後なら、法の下に裁かれた後だ。死刑、そう決まってる。」

「お前が殺せ。ただ。」

「わあかってるさあ!徹底的に苦しめて、だろうが?」

「本来なら、あの人を、俺以外が傷つけた時点で直接手を下したいが。ああ、そうだ、俺たち以外で、あの人を傷つけるなど、赦されないはずだ。」

「あ!そこら辺はおいらに任せろお。切腹は、命じられてねえからな。」

「・・・ああ、そうだ。お前の命は、長官のものだ。忌々しいことに。」

 

 

 

 

 

「・・・・・どういうことですか、長官?」

 

その言葉にスパンダムは顔をしかめた。スパンダムがいるのは自室のベッドの上だ。そこにたくさんのクッションで埋め尽くされ、その真ん中に座り、書類を確認していた。そうして、心底面倒臭そうな顔で電伝虫の声に耳を傾けていた。

膝の上に広がった書類類に視線を向けながら気だるそうに返事をした。

 

「だから言っただろう。俺の責任だ。油断した。」

「今回の失態は、あなたの傷はクマドリの責任では。」

 

電伝虫を通して伝わる殺気に、スパンダムの太ももに乗っかり眠っていたメランが愚図るように声をあげる。

 

「・・・・メランがそばに?」

「ああ、俺の腹やら肩の包帯で愚図ってな。さっき、ようやく寝かしつけたんだ。」

 

スパンダムはため息を吐きながら自分の指をまるでおしゃぶりのように吸いながら眠っている猫に視線を向けた。

 

「今回は、新人が多かったらしくてな。検問に穴が開いてたらしい。」

「咎は?」

「それも済んでいる。俺の準備不足もある。クマドリについても、良くしてくれたしな。」

 

スパンダムはそう言いつつ、ぺらりと書類を読みこんだ。それに、通話相手のロブ・ルッチは心の底から不機嫌そうな声を出した。

 

「・・・・休養をとるように言われているのでは?」

 

それに、スパンダムは固まった。そうして、見えていないだろうからと口を開いた。

 

「眠れねえから本を読んでるだけだ。」

「給仕の人間に見に行かせても?」

「分かった!休む!」

 

スパンダムは渋々書類にかき集め、ベッド近くに置かれた小さな机の上に置いた。

 

(・・・・こいつ、なんつうか島出身の給仕とも連絡取ってんのか。大体、怪我だって皮一枚切られたぐれえで支障はねえのに。)

 

スパンダムはこれでも何だかんだで鍛えている。最低限のことはと、ある程度の戦闘は出来るのだ。

スパンダムは、島出身の給仕たちに敷き詰められたクッションを横目に見る。そこまで過保護になるような怪我ではないのだが。

 

「長官、やはり一度帰ります。」

「は!?んなこと・・・・」

「もう少しすればこちらで長めの休暇を許可されます。一旦、報告のために戻りますので。ご安心を、あなたが望むなら、任務は必ず果たしますので。」

 

がちゃりと、切られた電伝虫にスパンダムはため息を吐いた。

そうして、次に考えるのは騒々しい歌舞伎者のことだ。

 

「・・・あいつ、案外忠義もので困るんだよなあ。元々、素直な方だからかもしれねえが。」

 

スパンダムは男の怒りを思い出して、気だるそうにため息を吐いた。

 

(・・・・昔、あいつに本音を言っちまったこともあるが。)

 

それは、極端な話、クマドリというそれが案外律儀で。言うなと言うことに関して沈黙を保てる程度の感性があることを知っているためだ。一見目立ちそうではあるが、その在り方は幼いころから母に手ほどきを受けていたせいか、根っこの部分で誰よりも闇に馴染んでいる。

 

(まあ、あんな言葉、きっと忘れてるだろう。あんな、戯言なんざ。)

 

そうして、せめて書類の締め切りぐらいは見て置こうかともう一度テーブルに手を伸ばした。

 

「・・・あ、結構締め切りまで時間あるな。なら、権限がある奴にある程度は任せて。」

 

そこで、スパンダムはふと、とある文章に視線を向けた。

それは、スパンダムに襲い掛かった海賊についての記載だった。

 

「あいつ、死んだのか。まあ、インペルダウンに入ったらその可能性もあるか。」

 

死因が絞殺されたらしいことまで読んで、スパンダムはルッチの台詞を思い出し、そうして過保護な給仕や部下のうるささを思い出して、その男のことも忘れて書類を机に放りだした。

 

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