諦め猫熊はかく語りき 作:幽
「初めてお目にかかります、閣下。」
それを初めて見たときの感想は、年にしてはやたらと老いた目をしているなあということだった。
サイファーポールの長官に、滅多にないほどの若造が就任したという話を聞いたのはいつの頃だっただろうか。
ただ、それは、正義に燃えた青二才の熱意が途絶えて久しかった時のころだろう。
司法のトップに七光りがつこうが、どうだってよかった。誰がつこうとも、関係などなかった。
ただ、何かの折に挨拶に来たことがあった。黒を基調とした衣服を纏い、任務の際に負ったらしい怪我によってつけている鉄のマスクが異様ではあった。
そうして、後ろに控えた冷えた目をした青年がやけに印象的だった。
(あれが、あの有名なCP9のねえ。)
その日、珍しく自分の執務室で書類仕事をしていた青雉ことクザンはそんなことを考えていた。
彼が思い出していたのは、少し前に自分に挨拶をしたサイファーポールの長官であるスパンダムのことだった。
ちらりと、隣を見た。そこには、挨拶をしていたときとは打って変わって、ぬぼーとした顔でどこともしれない場所を見ている男。
ラベンダー色の髪に、シオンの瞳。そうして、顔を覆う鉄マスク。
クザンは、はてさてと首を傾げた。
その日は、本当に天気の良い日だった。
自転車でサボりにでも出ようかと思ったが、どうして処理しなくてはいけない書類があった。無視してもよかったがさすがに部下に泣きつかれてしまってはサボるのもなあと思いとどまったのだ。
が、そうはいっても怠い仕事だ。最低限を片付けて適当な場所でサボることにした。
そこは、建物の影に隠れた、人気の無い場所だった。辺りは塀に囲まれていて、お情けのようにベンチが一つ置かれている。日当たりも悪く、人も近寄らない。
そのため、時折、人を巻くために使っていたのだ。けれど、その日は本当に珍しく先客がいた。
それがスパンダムであった。彼はクザンに気づくと、軽く頭を下げるだけでそのままベンチに座りぼんやりとどこともしれない場所を見ていた。
クザンはそれに息を吐いた後、気にすることもなくそれの隣に座った。それにスパンダムは何も言うことはなかった。
(・・・・それならいっか。)
クザンはそのままアイマスクを被り、居眠りを始めた。スパンダムはそれに何も言わなかった。
それから時折、クザンはサボり場所でスパンダムに会うようになった。かといって、何かしらの交流があるわけではなかった。
ただ、時折、ふらりと訪れたそこに、本当にときどきだけそれが座っていることがあった。
といってもクザンも別段、ずっと内勤というわけではなく、サボりだとか任務だとかで外に行くときもあるため会うことはそうなかった。
けれど、あるときのこと、それとぱたりと会えなくなってしまった。そうして、それが用を終えてサイファーポールに帰ったという話を聞いた。
それはそうかと納得はした。
別に言葉を交わしたこともない。そんなものかと、ずっと覚えていた。
(と、思ってたんだけどねえ。)
「・・・・何かご用でしょうか?」
ちらりと見た、目の前に佇むそれ。それにクザンはいんやと頭を振った。
数ヶ月ぶりの再会はさほどの感動などはなかった。
会ったのも殆ど偶然で、廊下を歩いていての時だった。護衛もなしに一人で歩くそれに思わず、通せんぼの形で立ち止まった。
「いやね、久しぶりに会うのに、それはちょっと冷たくない?」
「冷たいって。大将と私はそこまで親しかった覚えもないのですが。」
困惑した様は、素直に現在を疑問に思っている様子だった。それにクザンは改めて疑問に思う。諜報機関の人間だというのだから、てっきり自分とのコネクションを望んでいるものかと思ったがそう言った節はない。
(ほんとに、なんにも考えてないんだねえ。)
その、紫の瞳にはなにもなかった。媚びもなければ、敵意もない。目の前のそれは、確かに、クザンという人間に大した興味を持っていなかった。
それは、滅多にないほどのものだった。興味も、関心も無い、警戒心の籠った瞳が、なんだかやたらと目についた。
「お前さん、名前、なんだっけ?」
「・・・・挨拶しましたが、スパンダムですよ。」
それに、ああ、とまた思い出す。目の前に立つ彼は父親にはあまり似ていないなあとぼんやりと思った。
それから見かけるたびに話しかけるようになった。
特別な用はなくとも、見かけるたびに適当に話しかけた。スパンダムはなんとも言えないような顔でそれに返事をしていた。
適当な雑談を振ったり、ことあるごとに話しかけた。それは、何故だっただろうか。
ただ、スパンダムというそれは呆れたような眼を変えることもなく、ただ、クザンのことを見ていた。
「スパンダムちゃん、こんど、かわいいおねーちゃんのいるとこ行かない?」
「部下のごたごたでそんな暇もありませんよ。」
「付き合い悪いねえ。少しは付き合いなさいよ。」
「行きませんよ。」
あきれ果てた声を返す彼は、そうはいってもクザンを無碍にすることはなかった。
が、それでも気になるのは彼が時折連れている護衛だった。
海軍本部の中で会うのだからほとんど連れているのを見たことはなかった。それでも滅多にないほどの偶然で連れられているそれを見ることがあった。
護衛は毎回、決まっているかのように黒髪の青年を連れていた。冷えた目をしたそれはやけに自分を敵意に満ちた眼で見つめて来ていた。
それが有名なロブ・ルッチであることを知った後もその敵意はやまなかった。スパンダムはそういったルッチの行動に関しては定期的にたしなめていた。
軽く、頭を小突くだとか、ほっぺたを軽くつまむだとか、殺戮兵器などと呼ばれた青年に対してあまりにも気安い態度に驚きはした。それ以上に驚いたのは、その青年はそういった扱いを甘んじているというよりは喜んでいるようにさえ感じられたことだろう。
「すぱんだむう?」
「知ってます?」
そんな会話があったのはクザンがモンキー・D・ガープと茶をしていたときのことだった。なんとなく、そんなことを聞いたのは偏に目の前の尊敬する男が彼の人に対してどういった評価をしているのか気になったせいだ。
ガープは考え込むような仕草をした後に、おおと頷いた。
「知っとるぞ!あの紫髪のひょろひょろじゃろ?あいつがどうかしたのか?」
「いいえ、この頃立ち話をするようになってましてね。」
「ほー、あいつとなあ。」
ガープはどこか感心するように頷いた。
「あいつのお。まあ、海軍内でも有名じゃぞ。癖が強いと噂の部下たちをまとめ上げ取るとなあ。親の七光りとも言われとるが仕事も堅実じゃし。」
「評判、いいんですねえ。」
「まあな。堅物じゃからセンゴクも気にいっとるし。親父とは似ても似つかんと評判じゃ。」
「・・・・ロブ・ルッチに関しては?」
そういうとガープはなんとも言えない顔をした。嫌悪ではなく、面白がっているというわけでもなく、ただ、なんと言ったものかと悩んでいる様子だった。
正直、ガープがそんなにも言いよどむのは珍しいと思った。
「あいつなあ。わしも、何回か会ったことはあるが。こう、なあ?」
言いにくそうなそれにクザンとしても察せられるものがある。クザンがそんなことを聞いたのは、偏にルッチとスパンダムとの関係に好奇心を煽られたせいもある。
スパンダムというそれは、言っては何だがそこまでも目をも引くものは持っていない。
淡泊な性質自体は付き合いやすく、けれど人の話を静かに聞く分にはなるほどとは思う。が、際だった容姿だとか、仕事ぶりは堅実でも天才だとかではない。
(なのに、なんでだろうねえ?)
「・・・・どうかされましたか?」
「いいや、別に。」
その日も、クザンはスパンダムにからんでいた。スパンダムは心底めんどくさそうな顔をした。が、クザンはスパンダムにからむのを止める気は無かった。
元より、滅多に海軍本部に来ることのないスパンダムに出会えること自体がまれなのだ。
資料室近くの廊下はあまり人が通らず二人きりで適当な話をしていた。
クザンはなんだかんだでスパンダムとの話をするのを好んでいた。そういった、淡泊すぎる性質は非常に気楽であったというのもある。
同僚たちのように極端に真面目というわけでもなく、さりとて適当すぎることもない、適当に話せる貴重な相手でもあった。
「大将、それよりも仕事はどうされたのですか?」
「・・・・あー。」
「私と立ち話をするぐらいならばさっさと仕事にお帰りください。部下たちが泣きますよ。」
「まあ、わかってるんだけどねえ。」
クザンは誤魔化すように頬を掻いた。スパンダムは会うたびにそんな小言を言った。クザンとしては耳に痛かったがいつだってのんびりとそれを躱していた。
スパンダムはそれに対して呆れたようにため息をついていたが、すぐに諦めて口を噤むだけだった。
けれど、その時は何故か、珍しくスパンダムは言葉を続けた。
「青雉殿。」
「なにさ、スパンダムちゃん。あ、そういえば、おねーちゃんたちのいる店に行くの、考えてくれた?」
「ハグワール・D・サウロのことをあなたはまだ、引きずっておられるのですか?」
ぱきりと、氷の軋む音がした。
ぱきぱきと、辺りは凍り付く。漏れ出る息は白く、細かく目の前の男は震えていた。けれど、そのシオンの瞳はそんなことにも微動だにせず、興味が無いというようにじっとクザンを見つめるだけだった。
クザンは頭をがりがりと掻いた。
「親父さんから聞いたのか?」
「聞く、聞かないにかかわらずあんな大事を知らないでいられる立場ではありませんよ。」
がらりと変わった口調に、なんとなく、それこそが彼の本性でないのかと何となしに察した。
やはり、というべきか。その声音は冷たく、動揺の一つも見つけられない。
クザンとしてはどうしたものかと考える。
一瞬だけ、苛立ちを爆発させてしまったことに関して羞恥を感じた。
(・・・・青二才って、笑えねえな。)
そうして、次に感じたのは疑問だった。スパンダムは、良くも悪くも淡泊だ。クザンと親密になろうとすることもなければ、さりとて嫌われようとすることもなかった。
ただ、一定だけの距離を。義務感のような返事を、呆れたような親近感を。
それ以上でも、それ以下でもない。
だからこそ、その唐突な歩み寄りと、いえるかはわからないそれを疑問に思ったのだ。
「あー、唐突にどうしたわけ?」
スパンダムはそれに対して少しの間黙り込んだ後、自分自身で己の発言に呆れたのか額を抑えた。
「・・・・いえ、以前からずっと思っていましたよ。」
「そうなの?」
クザンのそれにスパンダムはちらりと、廊下近くの窓に視線を向けた。
「ここでは残響ばかりが痛むだろう。」
ぽかぽかと、暖かな日差しが自分たちを照らしている。ギプスのせいで表情の見えにくいそれはぼんやりとその日差しの射した床を見つめた。
「正しいなど言う価値観は本当の意味で存在しない。命に貴賤はなくとも、文化に政治、階級が出来れば優先順位は生まれてしまう。多数のための少数の犠牲は正しいのか?なら、その逆はどうだ。あんたは、いったい、何を救いたいと思ってるんだ?あんたの優先するべきものは、なんだ?」
凍えるような、アメジストの瞳がいやに、記憶の中の友の瞳と被って見えた。まったく違うはずなのに、その真摯な瞳がやけに似ているように思えた。
記憶の中で、薄れていたはずのなにかががたがたと振える気がした。
ああ、やたらと、なんて、嫌になるほど、清廉に見えるアメジストの眼だろうか。
誰よりも血に濡れた者たちの上に立ちながら、なんとも清廉な目をしているのだろうか。いっそ、だからこそ、そんな目をしているのだろうか。
口を噤んだクザンにスパンダムは、はあとため息をついた。
「・・・・・正義を背負いきれないのならここから去ればいい。苦しむというのなら、そう、いっそ。」
苦みの走った声はクザンにとってはさほど響くことはなかった。
そんな自問は、幾度もしていた。幾度もして、けれど、ここにはここなりに納得できることもあったのだ。確かに、そうだ。
「あんたも言うねえ。それを言うからには諸諸の覚悟は出来てんの?」
「どうでしょうか。ただ、あなたの気持ちがわかるからこそ、そんなことも言いたくなるんですよ。」
「俺と同じこと?」
「・・・・滅びればいいと、思ったことがあります。」
掠れた、まるで木枯らしのような声だった。
昔、世界の贄にされた子どもたちを見たとき、滅びてしまえばいいと思いましたよ。ことごとく、何もかも。
「過激なこと、考えることだ。」
「ですが、そうでなければおかしいでしょう。この世のためにと贄をくべるというならば、その償いは世界に生きるものがことごとく背負わねばならないでしょう。」
その少数によって生かされる程度の世界なら、その程度で維持できる平和なら、さっさと滅んだ方が潔い。
スパンダムは改めてクザンの方を見た。そうして、今までの仏頂面など嘘のように穏やかに。どこか、日向の匂いがするような、そんな笑みを浮かべた。
「あなたは、どうされるのですか。いいえ、私には関係など無いことですが。ですが、行きたければ行けばいい。ここにはきっと、あなたの納得はないでしょう。誰かを救いたいというならば、海軍でなくとも出来ることはあるはずです。自由は、あなたを守ってくれなくとも迷うことは与えてくれます。」
「なら、お前さんはどうなわけ?」
思わず漏らしたそれに、彼はすっと自分の顔を覆う、重々しいギプスを撫でた。
「・・・・私はもう、どこにもいけません。いってはいけない、末路を見終わるまで。自由の風が訪れるまで。私の命の使い方はとっくに決まっておりますので。」
その言葉にクザンは、なんとなく、脳裏に己に威嚇をする子猫のことを思い出した。
ふーふーと、うなるように、その男を縛るように側にいるそれ。
なんとなく、彼が目の前の男に執着する意味がわかった気がした。
「積み上げた死体の分だけ、救われるものがあるのだと。せめて、足掻かねばならないでしょう。それだけが、私の出来る誠実さならば。」
それに、クザンは理解した。ああ、なぜ、自分がこれを好ましいと思うのか。
「俺はここにいるよ。これでも、いろんなしがらみがあるんでね。ただ。」
そこで、言葉を切ったクザンはふと、窓の外を見る。澄んだ、青い空を見る。
「俺はきっと、ずっと、迷い続けるような気がするよ。」
それにスパンダムは静かに、そうですか、と頷いた。
「スパンダムちゃーん、元気?」
執務室に入ってきた大男にスパンダムは思わず顔をしかめた。
「青雉殿、今日のご用はなんでしょうか?」
頭痛をこらえるように額を抑えた彼に青雉はうーんと声を上げる。
「青雉のおいちゃん!」
そんな二人のことなど気にもせずに、青雉に走っていく存在があった。今だ幼獣の黒豹は勢いよく青雉に飛びついた。そこそこの勢いはあったが、彼は平気そうな顔でそれを受け止めた。
「よう、メラン。お土産あるよ。」
「本当!?」
青雉はニコニコと笑って持っていた包みをメランに渡した。それは、可愛らしくデフォルトされた豹のぬいぐるみだった。
「わーい!強そう!」
ぬいぐるみに向けるにはあまりにも不釣り合いな感想を言いながらはしゃいでいる。愛らしい少女の嬉しそうな言葉に青雉は淡く笑った。
「メラン、其れよりも先に言うことがあるだろう。」
「うん!ありがとう、おいちゃん!ジャブラに自慢してくる!」
メランはそう言って、部屋を勢いよくかけていく。その後ろ姿にスパンダムはぐったりとため息を吐いた。
「・・・・すいません。」
「いいよ、俺が勝手にしてるだけだし。」
などと言っているが、本音は違う。メランに土産を買ってくるのは偏に彼女をかわいがっているということもある。無邪気で愛らしい彼女は愛想が良く、青雉にも懐いてくれている。が、それ以外にも、律儀なスパンダムは土産を持ってきた青雉を無碍に扱えないだろうという予想のためだ。
「コーヒーでよろしいですか?」
「いいよ。」
青雉のそれにスパンダムは疲れたようにため息を吐いた。そんな彼に様子に青雉は面白そうに笑った。
青雉は時折、スパンダムの元に通っていた。そうして、こうやってコーヒーだとか、スパンダムが作ったという菓子をごちそうになっていた。
二人は互いに部屋の中央に置かれたソファに向かい合わせで座った。
「仕事をまたほっぽり出してきたんですか?」
「まあ、たまには息抜きも必要でしょう?」
「たまという頻度ではないでしょうが。」
スパンダムの言葉に青雉はそっと視線をそらした。それにスパンダムは顔を思いっきりしかめてため息を吐いた。
「私には迷惑ではないんですかね。」
「まあ、それならいいじゃない。まあ、一つ聞きたいだけだから。」
それにスパンダムはまたかと呆れた顔をした。が、青雉は気にした風もなく口を開いた。
「死に場所はまだ変わらないかい?」
それに、目の前のアメジストの眼が己を見た。
「変わることなく。」
それに青雉は笑みを深くした。
最初は好奇心だった。その次には、簡素な親しみだった。そうして、今あるのは、奇妙な同族意識だった。
あの日、青雉にとってあの言葉はあまりにも不躾な言葉だった。後から聞けば自分にあまりにも絡むことから父親関係なのかと思われていたらしい。
「まあ、苛立っていた、というのはあまりにも言い訳にもなりませんが。」
それは後で聞いた彼の言葉だ。
(・・・・・まあ、俺にとっては何も変えることの無い言葉だった。)
男の言葉は、別段クザンへ答えを授けてくれることもなかったし、あの日の呪いをといてくれたわけではない。
それでも、少しだけ、迷い続けるだろうという事実は何かを与えてくれたのだと思う。
迷い続けろという戒めは、今でも自分の中にある。それは、きっと、悪いものではないだろう。
そうして、クザンは、男の覚悟が好きだった。
世界の贄にされた、という単語に察せられないわけではない。それは、人殺しとして育てられたいつかの子どもたちのことだろう。
それを無くすことは自分たちには出来ないし、無くしたところで変わることもないだろう。
スパンダムの後悔は、助けられなかった彼らの道すがらを共にするというあり方だった。
きっと、男は、文字通り地獄までの道を行くのだろう。
(こいつは。)
スパンダムというそれは、きっと凡人なのだと思う。己の手の範囲以外に何かが出来るわけでもないし、世界を変えることは無いのだろう。
けれど、この男はできる限りの誠実さだけは持っていた。それはクザンにはいらないものだし、必要としていなかった。けれど、好ましいと思ったのだ。
その男に懐く、大きな猫の気持ちがわかる気がした。
自分とそれは、違うけれど同じだった。
その時だ、バン!と勢いよく扉が開かれた。そこには、びりびりと刺すような殺気混じりのロブ・ルッチが立っていた。彼がつかつかと自分たちの元に歩み寄り、そうして自分を睨んできた。
「・・・・・青雉大将。本部から、こちらに連絡が入っているようですが。」
「おい、ルッチ!」
スパンダムが叱りつけるように言葉を発したが、ルッチはふてぶてしいという態度で口を開いた。
「長官、あなたも警戒心というものがないのでは?大体、以前から言っていましたが・・・・」
クザンはルッチの登場にそそくさと立ち上がる。そうして、スパンダムに関してじっとりとした眼について背筋を震わせた。
(・・・・あの殺人兵器が、男に対してなあ。)
正直言って、スパンダムに対してそこまで思っているのはルッチぐらいなのだが。其れを突っ込んだとしても無理だろうとわかるため何も言わないが。
「じゃあ、スパンダムちゃん。俺、帰るね。」
「はい、わかりました。うちのものが無礼を。」
「いいよ。それじゃあ、また来るね。見送りはいらないから、お邪魔したの俺だしね。」
ひらりと手を振って、クザンは歩き出し始めた。そうして、扉を閉める瞬間、うなり声を上げる豹と、その顎を撫でる男が一人。
その箱庭に、男は最後までいるのだろう。終るその時まで。
あの日、自分と彼は同じだった。
その正しさに疑問を持ち、己が足の下に死体があるのだと見いだして。それでも、救われるものがあるのだと心のどこかで信じた自分たち。
友でもない、仲間でもない、同僚でもさえない。自分たちは、ただ、それを罪とした同胞だった。
救われることもないけれど、答えを得ることもないけれど、摩耗するままに放棄することはないのだろう。その男のことを思い出せば。
それにクザンは淡く微笑んだ。
(・・・・めんどくせえ。)
スパンダムは何故かがんぎまった眼で自分を見下ろすその男を見上げた。獲物を押さえるように押し倒されたスパンダムは心底面倒そうにそれをねめつけた。
突然の訪問をよくしてくる青雉と会った後は特に不機嫌になることが多い。
(やっぱり、組織間での摩擦とか気にしてんのかなあ。)
「長官、何を考えておられるのですか?」
何故か笑った口元から、にゅっと鋭い犬歯が飛び出ている。それに呆れたようにため息を吐きながら口を手で押さえた。
「ロブ・ルッチ、いい加減にしろ。」
「あなたがあの男と会わないでくださればいかようにしますが。」
ふがふがと、少しだけくぐもったそれで言って来たが無視をした。黒く、長い髪がまるでカーテンのように自分の顔にかかっている。やけにいい匂いがしたが、かすかな獣の臭さがそれの正体を示していた。
スパンダムははあとため息をつきながら、その喉をさすってやった。無意識のうちにか、ごろごろとなるそれにふうとため息を吐いた。
「どきなさい。」
たしなめるようにそう言ったとき、ルッチは迷うように視線をうろつかせた。
その時、また、扉が開けられた。
「あーるじ!!あ、ルッチ!!!見て、見て!これ、もらったの!!」
テンションの極まったメランの登場にルッチは疲れたようにため息を吐いて、起き上がった。上からのっそりと起き上がった巨体にほっとしながら起き上がる。
「いいでしょ!豹だよ!かっくいいでしょ!」
メランは興奮しながらルッチの足によじ登る。それに彼は観念したのか、メランを抱き上げた。
「土産か?」
「そうだよ!欲しかったの!豹はね、いっちばん、かっくいからね!」
そんな微笑ましい話を聞きながら、スパンダムは青雉のことを考えていた。
自分に彼が執拗に絡むのは、己の父がしたことへ思うことがあるのだろうかと思っていたが、蓋を開ければそんなことはなかった。当時の、不躾且つ、危険極まりない発言に関しては心の底から後悔している。
が、そんな彼が何故か時折、自分の元を訪れるのかはまったくといっていいほどわからない。
(適当な雉殿は何がしたいのかよくわからん。)