トレセン学園の用務員   作:灰夢

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まだ書いてすらいないのに、もう別の作品に手をつけたバカがいます。私です。
おまけに、時間がない中で急いで書いているから、途中から文章が明らかに手抜きになっています。ご了承ください。

本作は、ウマ娘プリティーダービーを原作としておりますが、多くの独自解釈や設定を含みます。
苦手な方は、読まないことをおすすめします。





プロローグ

 生徒会室のぬるいセピア色を切り裂くように、ぺらり、ぺらりと、紙をめくる音が立てられている。その度に、エアグルーヴは、眼のかすみがひどくなっていくのを感じた。

 「またか」

 これで何度目だと、心の中で檄を飛ばし、紙の端をつまむ。眉間にしわを寄せ、念入りに塗った赤いアイシャドウのついた両目を、指でほぐすと、ころころとした小さな印字が、はっきり見えてくる気がした。

 疲れだろうか?いや、そんなはずはない。今日、忙しさに急き立てられることを予想して、熟睡していたはずだ。回想を頭の中でこねくり回していると、横でくすくすと笑う声が聞こえてきた。

 「珍しいな。キミがそんな顔をするとは」

 真っ白な流星が縦断している、乱れのない赤みがかった栗色の長い髪のウマ娘・生徒会長のシンボリルドルフが、部屋の隅から部屋を眺める形で配置された机の向こうから、両目を細めつつ、こちらを見つめていた。さながら、部下の様子を静かに見つめる上司の様相だったが、それすらも靄の中に埋もれてしまい、エアグルーヴは、理解が追い付くまでに些か時間を要した。

 「申し訳ございません・・・会長の目の前で・・・」

 居住まいを正し、謝罪の言葉を述べるエアグルーヴを、シンボリルドルフは片手で制し、

 「ちょうどテイオーから分けてもらった茶葉があってね。飲むかい?」

 と、机の引き出しから、4センチ四方ほどの小さな紙の袋を取り出した。

 「はぁ・・・」

 「萎靡沈滞。水を与えなければ花は枯れてしまう。キミが、一番知っているのではないかい?」

 くつくつと笑いながら、シャカシャカと茶葉の袋を振るルドルフに、エアグルーヴは、ただただ圧倒された。先ほどまで、眼鏡越しに無言で印鑑を睨みつけていたウマ娘と同一人物とは到底思えなかった。

何度見ても、この変わり身には慣れんな・・・と、心の中で独り言ちているエアグルーヴに、シンボリルドルフは、

 「なんでも、中国のお茶だそうだ・・・フフ・・・チャイナのお茶を入れちゃいな・・・フフ・・・」

 と言い残して、電気ポットを借りに部屋を出ていった。

 「中国のお茶・・・なぜそこまで強調を・・・?」

 かちゃん、と音を立てて閉まった扉に、エアグルーヴはぽつりと呟いた。

 

 事務室で借りた電気ポットを両手に抱えつつ、戻って来たシンボリルドルフが見つけたのは、少し尻尾をしおれさせ、「これで何度目だ・・・」と肩を落とすエアグルーヴの姿だった。

 

 「なるほど・・・確かに由々しき事態だな・・・」

 湯飲みの中から鼻をくすぐる、些か強い葉の香りにエアグルーヴが感嘆していると、シンボリルドルフが、唐突に口を開いた。エアグルーヴが目線を追っていくと、自身の傍らに、先ほど汚さぬよう避けた書類の山が鎮座していた。

 「やはり・・・会長もそう思われますか・・・」

 話の切り出し方からして、読まずとも内容を察しているのだろう。エアグルーヴはそう考え、おずおずと言葉を紡いだ。紙束を凝視する両の目は、何があるのかわからない、深淵のような黒さがあった。ただ、その黒が、ほんの少し瞼に覆われたことで、エアグルーヴは、自身の判断に間違いがなかったと、安堵することができた。

 

 シンボリルドルフが生徒会長を務める、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称・トレセン学園は、東京都府中市に存在し、国内有数の生徒数を誇る、ウマ娘の養成に特化した学園である。東京ドーム周辺の施設すら優に超える広さを誇る、西洋風の、煉瓦と漆喰を基調とした校舎に、1000人以上の、生徒や関係者のウマ娘、教員、トレーナーと呼ばれる役職の人間と共に生活する様は、トップクラスの難度を誇る入学試験も相俟って、ひとつの広大な国家のようであると表現されたこともある。

 常に、最高レベルのトレーニング施設と、生活環境を提供し、数多のウマ娘の管理を徹底して行うことを可能としている要因として、「トラブルへの対処の速さ」があると、シンボリルドルフは考えていた。

エアグルーヴも同様で、ふたりの共通認識として、「生徒へのケアの徹底」を第一優先として動くという学園側の方針に何も異論はなかった。

 「しかし、ここ最近は、それすらも陰りが見えるようになり始めた」

 シンボリルドルフがつく溜息に、エアグルーヴは頷きを抑えられなかった。

 「キミも知っての通り、学園の生徒数は年々増加傾向にある」

 戦後のレース体系の整備に伴い確立していき、そこから長い歴史を誇るトレセン学園では、書けばキリがないが、古くはシンザンから始まり、ハイセイコー、オグリキャップを経て、近年に至るまで、数多の出来事が生まれてきた。ニュース映画から始まったそれは、ブラウン管を経て、いまや誰もが手軽に見ることができる時代へと変化した。時には人に夢を見せ、熱く心を突き動かす、ウマ娘の走る姿。それに魅せられたウマ娘が、夢を抱き学園を指標とするのは当然の結果であり、それが生徒数の増加に拍車をかけていること、それに伴い、トラブルの件数が増えていることも、エアグルーヴは承知していた。

今一度エアグルーヴは、自身が重ねた紙束に目を通す。刹那、「備品の破損」という文字が、視界に入った。

 ウマ娘とは、いまだ謎の多い未知の種族である。人間と同じ身なりをしているが、人間との明確な違いは、獣の耳と尻尾を持ち、ひとりで自動車すら動かせてしまうほどのパワーを持ち合わせていることだった。

 一体、細身の体のどこにそんな力が隠れているのかと、自分自身の体にすら、エアグルーヴは確信を持てていない。しかし、それは、シンボリルドルフを含め、他のウマ娘たちも同じであろうことは、同じ種族であるエアグルーヴは、聞かれずとも理解していた。

 備品破損の最たる例として、中等部所属のカワカミプリンセスがあげられる。

 「姫たるものとして」が口癖であり、艶やかな栗毛を振り乱し、常に騒がしく学園を走り回る彼女の存在は、彼女が壁に大穴をあけたり、持っているペンや本を破壊するたびに指導に赴くエアグルーヴにとって、やや頭を痛めるものであった。

 しかし、前述したような理由もあり、エアグルーヴも、彼女ひとりに原因があるとは、考えてはいなかった。

 カワカミプリンセスはわりと極端ではあるが、ウマ娘の中には、いまだ自身の力加減を制御できない者は、一定数存在する。

 学園の備品は、ウマ娘が使う以上、ある程度の強度は保証されているものの、基礎は人間の使用する器具を基準としているために、なにかの拍子に壊れてしまうことも、少なくはなかった。

 それだけならまだ良いのだが、ここ数年で、その頻度が目に見えて増えていた。

 事実、今こうして、自分たちのもとに、学園側が処理しきれなかった顛末書の処理がこちらに回ってきているのである。

 「生徒が増えるのは、我々としては喜ぶべきなのだろう。しかし、昨年度の修繕費をたづなさんから聞いたときには、さすがに、目を回したよ・・・」

 完璧という言葉が最も似合いそうなシンボリルドルフが、目を回すほどの修繕費用・・・あえて金額は尋ねなかったが、消して少なくはないことは、エアグルーヴにも察することができた。

 「なんとかしたいのだが・・・我々としても、故意ではないことに、強くは出られない・・・」

 「せめて、生徒側が、何かしらの自覚を持って動いてくれればよいのですが・・・」

 はあ・・・とため息をついたエアグルーヴは、少しぬるくなってしまったお茶を、一気に飲み干した。  少々はしたなかったが、これ以上冷ましてしまっても、もったいないと思ったからだった。

 ふとシンボリルドルフのほうを見やると、彼女は、湯吞を凝視したまま、固まってしまっていた。

 「・・・会長?」

 彫刻のように微動だにしなくなったルドルフに不安感を煽られたエアグルーヴが声をかけると、ルドルフは

 「自覚・・・自覚か・・・」

 と、ぼそりとつぶやいた。

 刹那、パッとエアグルーヴの方へ視線を向けた。唐突な出来事にエアグルーヴが狼狽えていると、シンボリルドルフは、見張った両目を輝かせながら、

 「エアグルーヴ・・・やってみる価値はあるかもしれないよ?」

 と、呟いた。

 その表情は、まるで年端もいかぬ、好奇心旺盛な少女のようだった。

 ああ、やはりこの人の変わり身には慣れない、とエアグルーヴは微笑した。

 

 

 「用務員体験学習?」

 ところ変わって、美浦寮応接室。部屋の中央に鎮座するソファで、栗東寮長・フジキセキを経由して、事の顛末を聞かされた、褐色肌の青鹿毛のウマ娘・美浦寮長ヒシアマゾンは、尖った猫目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。

 「フジ!会長はご乱心かい!?」

 小さなテーブルを挟んで反対側のソファで、フジと呼ばれた黒鹿毛のボーイッシュなウマ娘・フジキセキは、ただ頭をかきながら笑っていた。

 「なんでも、生徒たちに学園の維持管理について理解を深めてもらって、ひいては、生徒の自己管理の徹底を促す、というのが狙いだそうだよ」

 「いくらでもやりようはあるんじゃないのかい?なんだって用務員体験なのさ」

 「そうでもないよ?思い返してみてよヒシアマ。この学園の用務員が、どういう存在なのか」

 ゆるく口角を吊り上げて、バカにしたような表情で自分を見つめるフジキセキに、若干の腹立たしさを感じつつ、ヒシアマゾンは、生徒たちの言葉を、記憶から引っ張り出していった。

 用務員と呼ばれていた、ピンク色の作業着のウマ娘は、ヒシアマゾン、寮の清掃をしている姿を何度か目撃したことがあり、知ってはいた。

 主に、トレセン学園を卒業ないし、退学したウマ娘で構成されており、常に学園内外を動き回っていると言われる、謎の多い集団であり、ヒシアマゾンも、多くは知らなかった。

 トレセン学園の用務員の話題を出す多くの生徒は、「トレセン学園の縁の下の力持ち」という表現を多く使っていた。

 教職員から聞いた話では、寮の清掃をはじめ、荷物の運搬、備品の修理、果ては並走トレーニングまでこなすと言っていた。

 「と、ここまでが、アタシが知っているざっくりとした情報かねェ」

 「なんだ、案外詳しいじゃないか」

 「なんだいなんだい!なめるんじゃないよ!これでも寮長なんだ!」

 相手が予想以上に詳細を知っていたことに拍子抜けしつつ、一切にやけを崩さないフジキセキに、ヒシアマゾンは顔を真っ赤にして抗議した。

 それを横目に、ソファから立ち上がったフジキセキは、鈍い光沢を放つ木製のドアの前で立ち止まった。

 「まあ、詳しいことは、本人に聞けばいいよ」

 お願いします、とフジキセキが声をかけると、ドアについた銀色のノブが、ガチャリと軽い音を立てて動いた。

 続いて扉が開き、白銀色の長い髪のウマ娘が現れた。水色の作業着から露出した肌は、透き通った髪に負け ないほど白く、部屋の照明を反射して、きらきら光っていた。左耳の王冠型の髪飾りが黒光りしているのも相俟って、余計にそう見えるのだった。髪色と同じ白銀色のまつ毛に覆われた、ブルーの吊り上がった目は、前髪に隠れて右目しか見えず、どこまでも生気を感じさせなかった。本当にこの葦毛のウマ娘は血が通っているのかと、ヒシアマゾンは心配になった。

 そんなヒシアマゾンの様子を知ってか、葦毛のウマ娘は、両目を細めて、ヒシアマゾンに向けて、微笑みを返した。だのに、ヒシアマゾンには一切目が笑っていないように思え、心臓を貫かれたような気持になった。

 ヒシアマゾンが何かに突き動かされるように立ち上がった、そのとき、

 「もー。シルバーさんがまた怖い顔してるー」

 と、葦毛のウマ娘の後ろから、鼻にかかったような高い声が聞こえてきた。鈴のようにころころとした笑い声に、シルバーと呼ばれた葦毛のウマ娘の表情が、 少し和らいだように、ヒシアマゾンは感じられた。

 「しているつもりはないのだがな・・・そんなにか?」

 「緊張してるの?リラックスリラックス!」

 高い声の主なのか、葦毛のウマ娘の後ろから、ピンク色の作業着の、左耳に大きな赤いリボンをつけた、リボンと同じ色のカチューシャがよく似合う、ボブカットの栗毛のウマ娘が、ぴょこんと飛び込んできた。

ヒシアマゾンは、このウマ娘何度か、寮で目撃したことがあった。

 背丈が白銀のウマ娘の胸ほどまでしかなく、華奢な体つきをしていた。おそらくステイヤーのタイプだったのだろうか?程よい潤いを持った大きな赤い瞳を、長い睫毛がよりくっきりと際立たせ、近くでまじまじ見つめると、まるで人形のようだと、ヒシアマゾンは感嘆した。

 「ごめんね!シルバーさん、悪い人じゃないのよ!ちょっと表情が硬いだけなの!」

 「お・・・おう・・・」

 栗毛のウマ娘がヒシアマゾンに向かって笑いかける。勢いのあるウマ娘に押されつつも、自分自身の緊張が少し解れたように感じられ、そのことが、ヒシアマゾンにとっては、ひたすらにありがたかった。

 「今日は・・・このふたりだけかい?」

 「あとふたり来てるんだけど・・・サーパス―?まだ駄目そう?」

 栗毛のウマ娘が、開いた扉の向こう側に呼び掛けると、青い作業着の、青地に赤いメッシュが入った髪の、褐色肌のウマ娘が、心底気だるげな表情を顔面に張り付け、入って来た。右耳に、黄緑色に赤水玉の、小さなリボンをつけており、目と耳は、それぞれ右が赤色、左が青色に分かれていた。

 そのウマ娘に引きずられるようにして、今度はピンク色の作業着の、黒鹿毛のロングヘアのウマ娘が、猫背気味で入って来た。赤い眼鏡の奥の藍色の瞳には光がなく、いまにも泣きそうだった。両耳がぺたんと横にしおれており、右耳についているリストバンドのような髪飾りが、落ちそうになっていた。このウマ娘も、ヒシアマゾンは見たことがあった。

 「うぅ・・・無理ですよぅ・・・」

 「こんな調子だから、引きずって来た・・・ったく、手間かけさせやがって・・・」

 「すみませぇん・・・わ・・・わた・・・わたし・・・」

 「えーっと・・・これで全員かな・・・?」

 やりとりを見ていたフジキセキがたまらず、口をはさんだ。

 葦毛のウマ娘は、フジキセキの方に顔を向け、無言でうなづいた。それを合図に、全員が、ヒシアマゾンとフジキセキに向かい合うようにして、横並びになった。

 その間、30秒とかからなかった。

 まるで軍隊のような統率の取れた動きに、ヒシアマゾンは面食らった。

 葦毛のウマ娘が一歩前に出て、ヒシアマゾンに右手を差し出した。反射的につかんだ葦毛のウマ娘の右手は、氷かと思うほどに冷たく、ヒシアマゾンは、思わず悲鳴をあげそうになった。

 (つ・・・冷めてぇ)

 「すまない。冷え性は治らないんだ」

 「っな・・・!?」

 心が読めるのか?そうヒシアマゾンは思ったが、見つめる片眼からは、なんの表情も見ええはこなかった。

 「改めてこんにちは。キミが、ヒシアマゾン君だね?フジから話は聞いているよ」

 「はぁ・・・」

 「我々が、今回、理事長推薦のもと選出された、トレセン学園ウマ娘部隊の、選抜メンバーだ。私は、シルバーキャニオン。担当は栗東寮。学園用務員の総括責任者を務めている」

 握手を離すと、シルバーキャニオンは、一歩下がり、横に並んでいる、3人のウマ娘に視線を向けた。

 「それでは、君たちもヒシアマゾン君に自己紹介をしてくれ」

 「はーい!じゃあまず私から!」

 シルバーキャニオンの呼び掛けに、真っ先に反応したのは、栗毛のウマ娘だった。

 「私、ハッピーミシェル!美浦寮担当!趣味はウマスタ!特技は、サッとできる作業だよ!あとね!あとね・・・」

 「合コンじゃねえんだぞお前・・・」

 元気よく自己紹介を述べたハッピーミシェルに、褐色肌のウマ娘がツッコミを入れた。

 「いいじゃん!自己紹介くらい好きに言ったって!」

 「はぁ・・・セルフザサーパス・・・栗東担当・・・まあいろいろやってるよ・・・」

 「ちょっとぉ!勝手に進めないでよ!」

 「うるせェな!!お前ひとりの時間じゃねえんだぞ!!」

 「あ・・・あのぉ・・・ケンカしないでくださぁい・・・」

 ハッピーミシェルがセルフザサーパスに食ってかかり、セルフザサーパスがそれに応える形で、ハッピーミシェルを睨みつける。一触即発の気配をかぎつけた黒鹿毛のウマ娘が、猫背をさらに折り曲げ、もじもじと両手をいじりながら、震えている。

 先に気が付いたのは、セルフザサーパスの方で、黒鹿毛のウマ娘のほうをギラリと睨みつけると、

 「・・・っち・・・」

 と、舌打ちをして、そっぽを向いてしまった。

 「あ・・・あのぉ・・・はじめてもいいでしょうかぁ・・・」

 「ど・・・どうぞ・・・」

 「ナイスシュタルクと言いましてぇ・・・あのぉ・・・ミシェルさんと一緒に美浦寮を担ちゅっ・・・カンジャッタ・・・担当してますぅ・・・うぅ・・・シルバーさぁん・・・もう言うことがありませんよぉ・・・」

 終始ねっとりとした声で、うつむき加減でしゃべっている。ヒシアマゾンは、栗東にいる似たようなウマ娘の顔を思い出しつつ、下手をするとそいつよりも重症かもしれないと、内心あきれ返る思いだった。

 そんなヒシアマゾンの思惑を知ってか知らずか、シルバーキャニオンに助けを求め、もうすでに瞳が潤んでいるナイスシュタルクは、すでに限界が近いようだった。

 シルバーキャニオンは少し困ったように眉を八の字にした。しかし、それは一瞬で元のポーカーフェイスに覆い隠され、ナイスシュタルクばかりに気をとられていたヒシアマゾンが気が付くことはなかった。

 「フジ・・・シルバーさんや・・・すごく失礼なことを言ってもいいかい?」

 「察しはつくけどいいよ」

 「・・・アタシは本当に不安なんだが・・・大丈夫かい?」

 「すみません・・・」

 ヒシアマゾンの言葉を受けたナイスシュタルクは、ついにぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。慌ててフジキセキが、どこから取り出したのか、ハンカチを持って歩み寄った。

 くすんくすんと、子供のようにしゃくりあげるナイスシュタルクをフジキセキとハッピーミシェルがなだめているのを、ヒシアマゾンはただ黙って見ていることしかできなかった。

 「・・・なんか、悪いことしちまったみたいだねぇ・・・」

 「気にすんな。いつものことだから」

 アタシはもう慣れたと、セルフザサーパスがぶっきらぼうにそう返したが、ヒシアマゾンは、なんとなく虫の居所の悪さが、ざわざわと、胸の奥でくすぶるのを感じた。

 「ミシェル。悪いが、シュタルクを外でなだめてきてくれないか?」

 「了解!シュタちゃん!お外で深呼吸しよ!」

 大仰に敬礼ポーズをして見せたハッピーミシェルが、ナイスシュタルクを連れ立って外に出ていくと、フジキセキが扉を閉め、深くため息をついた。

 「ヒシアマァ・・・」

 「う・・・悪かったよ・・・」

 「気に病むことでもねえよ。2時間くらい泣かしときゃ、勝手に落ち着く」

 あっけからんと言い放ったセルフザサーパスは、ソファにどかっと座り込み、貧乏ゆすりをはじめた。

 シルバーキャニオンはそれを一瞥すると、セルフザサーパスの隣にゆっくりと座った。

 遅れて、フジキセキが、テーブルをはさんで向かい側に座った。

 ヒシアマゾンは、寮の台所にお茶を用意していたことを思い出し、慌てて、部屋を出て、湯吞を取りに行った。

 「さて・・・生徒会、および理事長からの話で大体の概略は聞いたが、なんでも、私たちの仕事の体験学習をさせたいとか」

 「すみません。こちらの勝手な要求で、ご迷惑をおかけして・・・」

 会話の口火を切ったのは、シルバーキャニオンだった。それに、フジキセキが、恭しく頭を下げ、やりとりは始まる。一対一向かい合うようにして座ると、フジキセキはなにか違和感を覚えた。

 「かまわないよ。こちらとしても、私たちの仕事を少しでも生徒諸君に知ってもらえるならば、これほど嬉しいことはない」

 「そうおっしゃっていただけると、ありがたいです」

 「今日は、その参加メンバーの選抜と、軽い説明会を予定しているとうかがったが」

 「はい。まずは、参加が急務と判断された生徒数人を、試験的に参加させ、彼女たちの意見を総括したうえで、生徒会と協議して、継続を判断しようかと」

 「なるほど。リストはもうできているのかい?」

 シルバーキャニオンが、のぞき込むようにしてフジキセキを見つめた。そこでフジキセキは、違和感の正体に気が付いた。なるほど、ヒシアマが狼狽えるわけだ。フジキセキは、先ほどのヒシアマゾンの態度が腑に落ちたとともに、脇腹あたりを、嫌な汗が伝っていくのを感じた。

 「私のほうで、ヒシアマとも話し合いをして、何人かの生徒をすでにピックアップしてあります」

 大丈夫、落ち着け、と自分を鼓舞し、なんとかフジキセキは、笑顔を装った。

 フジキセキが、これまたどこから出してきたのか、ホチキスで止められた紙束をシルバーキャニオンに渡すと、受け取ったシルバーキャニオンは、微動だにせず、紙とにらめっこを始めた。

 紙束は、生徒たちの情報や、なぜそこに選ばれるに至ったかが、顔写真付きで事細かに記載されたもので、フジキセキとヒシアマゾンが、生徒会、教職員を交えて、何時間もかけて話し合って作った代物だった。

 5分ほど眺めたのち、シルバーキャニオンは、目線をフジキセキの方に向け、ニヤリと笑った。

 「どれも、教え甲斐のありそうな生徒たちだ」

 そう言ったシルバーキャニオンの表情が、なんとなく冷酷無比な女帝の微笑みに見えたフジキセキは、気のせいだと平静を装った。しかし、尻尾は正直なのか、毎日ケアをして手入れされた毛が、軒並み逆立っていた。フジキセキは、深く理解した。自分はこの微笑みを知っている。何かはわからないが、とてつもなく恐ろしい思惑を、この人は奥底に秘めている。確証はないが、昔の記憶が、フジキセキの頭を支配していた。

 できれば本当に気のせいであってほしいと、フジキセキは、こっそりと尻尾の毛を撫で付けた。

その後の話し合いは、滞りなく進んだ。

 当日行う体験内容や、日時、参加人数などを、全員でああでもない、こうでもないと、意見をぶつけ合った。途中、ハッピーミシェルと、彼女に宥められて泣き止んだ、ナイスシュタルクも合流し、6人での話し合いは、気が付けば、夜の帳が降り始める頃まで続いていた。

 暑いからと、少しだけ開けていた窓から、涼しい風が吹込みはじめていた。

 「あ、もうお外真っ暗だよ」

 ハッピーミシェルが、黒が飲み込みつつある窓の外の空を指差して、ポツリとつぶやいた。

 その言葉を合図に、第1回目の打ち合わせはお開きとなり、用務員ウマ娘たちは、フジキセキのエスコートで、部屋から出ていった。

 全員が出ていったあと、ソファでぼうっとしていると、5分ほどして再び扉が開き、フジキセキが入って来た。ソファに座り、ため息をついたフジキセキは、若干やつれているように、ヒシアマゾンは感じた。

 「フジ・・・大丈夫かい?」

 「こんなに緊張したのは、入学以来だよ・・・」

 「フジでも緊張することがあるんだね・・・」

 「他人(ひと)をバケモノみたいに言わないでくれるかな・・・」

 伸びをしつつ、フジキセキはそう吐き出したっきり、言葉も発さなくなった。

 「久々に感じたよ・・・あの威圧感・・・」

 「ん?なんだい?」

 空気が抜けていくように、フジキセキが言葉を絞り出した。ヒシアマゾンが聞き返すが、それに反応すら見せず、「あとはよろしく」と言い残し、フジキセキは、のそのそと部屋から出ていった。

 (なんだいフジのヤツ・・・随分と上の空じゃないか・・・)

 珍しいこともあるもんだ、とテーブルに視線を向け、湯吞が出しっぱなしであったことを、ヒシアマゾンは思い出した。

 「あいつ・・・!片付け押し付けて帰りやがった!!」

 ヒシアマゾンがそう叫んで、蹴り破るほどの勢いで扉を開けたときには、もうフジキセキの姿は、どこにもなかった。

 




シャカール実装決定と、タイキシャトルがもたらした初URA制覇出、情緒がぐちゃぐちゃになりながら、今しかねえ!!と思って、モチベの湧き出るままに書いた次第です。
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