魔法科高校の劣等生-嘘吐きの百合-   作:ぼいら~ちん

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第十六射 始まりの警鐘

---え……

 

 頭の中に響いてきた微かな声。

 体を包み込むのは水の中に居るような浮遊感。

 しかし息苦しさは不思議とない。

 

---うえ……

 

 徐々に声は大きくなってくる。

 閉じていた瞼を開くとそこには無限に広がる真っ黒な世界。

 宇宙のように上下の概念はなく、出口の様なものは存在しない。

 

---兄上……

 

 聞き覚えのある人の---死んだはずの人間の声が頭の中で一つの単語として組みあがった。

 それを聞くのと同時に再び辺りを見回すと視界の端に黒い髪の少女が蹲っているのが見えた。

 

---けて……兄上……

 

「待っていろ!!

今行くからな!!」

 

 夢中になって足をばたつかせ空間を腕で掻く。

 しかし幾ら腕を動かしても足を動かそうとも一向に距離は縮まらない。

 寧ろ遠ざかっているかのようにも見える。

 

「助けて……兄上……」

 

 震えている声が完全な文として成立したのと同時に俺の体は上に向かって引っ張られているような感覚を覚えた。

 黒い髪の少女との距離が大きくなっていくにつれて体の力が抜けていく。

 

「ち……どり……」

 

最後に少女の名前を弱弱しく呟くのと同時に俺の意識は途切れた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

シャリシャリシャリシャリ

 

まどろみの中で何かを削るような音がなっているのを確認する。

重たい瞼をゆっくりと開くとそこに広がっていたのは見覚えのある天井だった。

 

「……なんで俺は自分の部屋に居るんだ?」

 

「百合!!」

 

体を起こしながら疑問を口にすると横合いから俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

そちらに目をやるのと同時に声の主が俺に飛びついて来た。

押し倒されるような形になり、声の主を見やると見えたのは明るい栗色の頭。

 

「エリカ?

なぁんでお前が俺の部屋なんかに」

 

「はっ?!

ご、ごめん!!」

 

ようやく落ち着きを取り戻したのか自分がやっていたことを無礼と思いすぐさま飛び退くように俺から離れるエリカ。

彼女の身なりをよく見ると制服の至る所に泥が付いており、髪の毛も若干ごわついていた。

 

「あのフードに殴られた後アンタ全然起きないから警察の車でここまで運んでもらったのよ。

あ、達也くん達は下にいるよ」

 

「そういう時って普通病院に連れて行くものなんじゃあないのか?」

 

「アンタに駆け寄ったら怪我が治ってるし見た感じヤバそうな雰囲気なかったから家に連れて来たの。

そっちの方が百合も過ごしやすいだろうって達也くんも言ってたし、アンタ病院嫌いでしょ?」

 

「まあそうなんだが……」

 

よく見ると勉強机の椅子に両肩にべっとりと血が付いている制服が掛けてあった。

自分の着ているワイシャツの両肩にも血はあるが不思議と痛みはない。

確かに怪我が治っているようだ。

どうせ達也が治してくれたのだろうと体のあちこちを見ていると微かだが自分の体が緑色の想子(サイオン)の光を帯びているのが見えた。

 

「……なあエリカ。

あのフードマン、あの後どうした?」

 

「え?

いや、アンタのこと殴り飛ばしたら自分の傷なんてお構いなしに一目散に逃げてったわよ。

すぐに先輩達来たからきっとそれに気付いたんでしょうね」

 

「そっか……そいつは吉報じゃねぇか。

 

「な、何アンタ泣いてんのよ?!

ま、まさかまだどっか痛いの?」

 

俺の瞳から涙がこぼれる。

それを見たエリカはぎょっとした表情で俺に質問を投げかける。

 

「嬉しいんだよ……千鳥が生きてたんだからな」

 

「それって……」

 

「ああ。

あのフードマンが千鳥だってことだよ」

 

「な……何を根拠にそんなこと言ってるのよ!!

確かにアイツが使う剣は十六夜流の剣技に似ていたけどそれとこれとは話が違うじゃないの!!」

 

「いや、これは百パー本当のことだ。

あの剣の型は確実に十六夜流のものだ。

使う獲物が違えど動き方とか剣の振り方で丸分かりってやつよ」

 

ふふんと誇らしげに胸を張って見せる俺。

しかしそれでもエリカは腑に落ちない、と言うよりも認めたくないと言った様子で口を開く。

 

「でも、十六夜流の剣を精密に真似した偽物ってこともあり得るじゃない!!」

 

「まだ理由はあるぞ。

アイツの左腕、義手だった。

多分あれがアイツのCADなんだと思う。

決め手はアイツの放つ想子の光、千鳥のものと全てにおいて一致していた」

 

「でも……でも、千鳥がアンタを傷つけるような真似するわけないじゃないの……

兄弟で殺しあうなんて……あんまりじゃない……」

 

俺が追い打ちをかけように事実を突き付けていくと感情論に逃げ、終いには泣いてしまうエリカ。

千鳥の同年代の女友達だとコイツが一番仲良くしてたからなぁ……

 

「落ち着けよエリカ。

何も千鳥が進んであんな事をしているとまでは言ってないだろ」

 

「……え?」

 

俺の一言に声を震わせていたエリカが涙が溜まったままの瞳のまま顔を上げた。

 

「よし、後は外歩きながらにしようか。

家まで送ってやるよ」

 

「い、いいって別に!!

ここからなら駅近いしあたしんち遠いしアンタだって……」

 

「……今の俺は一人が嫌なんだよ。

誰かと一緒に居るならお前と一緒に居たい。

それだけだ」

 

ボッという効果音が相応しい勢いでエリカの顔が真っ赤に染まる。

そんなエリカは俺を指差しその右腕をぶんぶんと上下にフリフリ。

 

「し、しししし仕方ないわね!!

アンタの我儘なんて珍しいから聞いてやるわよ!!」

 

「じゃ、了解も取れたんなら行くか」

 

俺は机の上に置いてあったライアー・リリーを手に取り普段はマガジンが収まっているレッグホルスターにそれを収納する。

余談だが俺が学校に行くときに制服の袖に仕込んでいるのがこれを改良したもので、腕を振った遠心力で銃を固定している紐が外れ、その遠心力で袖口から出てくるという仕組みのものだ。

レオとぶつかった時みたいにたまに落としてしまうのが欠点ではあるが。

……閑話休題。

ホルスターに銃を修めると制服と同じくらい丈の長いコートをクローゼットから取り出しエリカと共に部屋を出る。

階段を降りたところでリビングにはまだ明かりが灯って居ることに気が付く。

エリカに先に外へ行くように促すとリビングへのドアを開けた。

 

「お~い達也。

今からエリカのこと送ってくるから留守番頼むわ」

 

「わかった。

それと百合」

 

「なんだ?」

 

去り際に達也から声を掛けられる。

 

「この間言っていた妹のこと、後で教えてくれないか?」

 

「ああ。

肉声付きでお送りいたしますぜ」

 

行ってきますと一言付けたし、玄関の戸をあける。

そこには空を見上げるエリカが待っており、それに気付くと彼女はこちらへと近づいてきて手を差し出した。

 

「ん」

 

「なんだよ?」

 

「手つないでよ。

アンタの我儘聞いたげたんだからあたしのも聞きなさい」

 

ぷっくりと頬を膨らますエリカ。

その表情を見て心の底が暖かくなる。

 

「仰せのままに」

 

アニメやドラマなんかに出てくる執事のように鳩尾の辺りに上腕を据えお辞儀をするとエリカの手を取り家の敷地の外へと歩き出す。

ふとエリカの顔を見る。

彼女の顔は安心感と幸せに満ちた朗らかな笑顔になっていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

五月三日、午前四時五十六分。

ブランシュを潰してから数週間経った。

腕を怪我した壬生先輩もそろそろ退院するとのことだし、俺達が魔法の無免許使用とかで逮捕されることはなかったし工作員に壊された備品も元通りなので事件の話はあまりされなくなった。

こんな大型連休の真っただ中の夜中に俺はとある墓地を訪れていた。

家からは大体キャビネットを使って一時間、そこから徒歩で三十分くらいの森の中にあり、俺が立っている周囲には無数の墓石が立ち並んでいる。

昔は御影石にその家の名前を彫っているものが主流だったが今は文化の多様化に伴い御影石に個人の名前を彫る十字架を用いる場合が多い。

しかし俺の家の様な歴史の長い家はまだ御影石の三段墓を用いることが多く、そこに死んだ者の遺骨が納められる。

俺は目的の場所で立ち止まると持ってきた花を供え、お線香に火をつける。

 

「お久ぶりです、父上、母上」

 

お線香を供え、手を合わせながら小さく言葉を紡ぐ。

毎年俺は自分の誕生日、つまり父上達の命日になるとここを訪れる。

時間は決まって夜中。

この為に学校を休むと父上達に怒られそうなので学校に支障をきたさないくらいの時間に来るようにしている。

一通り掃除を終えてから家には戻らず学校に直行するつもりなので通学用のリュックサックと制服着用は欠かせない。

 

「今年はアンタに会えたみたいね」

 

「……エリカ?」

 

俺が雑巾で墓石の掃除をしていると横合いから声を掛けられた。

見ると制服を着用した花束を携えたエリカの姿がそこにはあった。

服装を見る限り彼女も俺と同じくこの後は学校に直行するつもりなのだろう。

 

「毎年百合の花とお菓子が供えられてると思えばやっぱりアンタか。

しっかしこんな夜中にねぼすけなアンタがよく来れたわね」

 

「まあ今日は大事な日だからな。

それに千鳥が生きたまんま見つかりましたって報告もできたしな」

 

空元気としか言いようがないぶっきらぼうな笑顔でエリカに微笑みかける。

しかしエリカはむすっとしたまんまだんまりである。

 

「ねえ、千鳥がアンタの怪我治したって言ったわよね?」

 

「ああ、それがなにか?」

 

「どうして治せたのよ?

千鳥がアンタに直に触ったのはアンタを殴り飛ばしたあの一瞬だけ。

そんな一瞬であれだけの大怪我を治せる筈はない」

 

「……なあエリカ、BS魔法師って知ってるか?」

 

「ええ。

先天的に現代魔法では再現し辛い超能力が使える奴のことでしょ?

でもそれって特殊な魔法は使えるけど演算領域を全部その魔法の処理に使っちゃうから普通の魔法は使えないんでしょ?

千鳥がアンタを治したのと何の関係もないじゃない」

 

「まあ、何事にも例外とか特異ケースってもんがあるもんよ。

アイツは普通の魔法師として高い能力を持ちながらもBS魔法師としての能力も備えた所謂『バケモノ』ってやつよ」

 

「……でもその能力が暴発して殺したいと思ってたアンタのことを逆に回復させちゃったんじゃ世話ないじゃない」

 

「あの能力は対象に想子を流し込むことによって損傷する前の状態へと復元させる能力だ。

自分の想子を流し込むから自分の体を直すことはできないが、逆に言えば自分の体以外は何でも直せる。

要するに発動には本人の意思が不可欠ってわけだ」

 

俺の言葉の意味を理解したのかエリカの顔は驚愕の色に染まっていく。

 

「ってことは千鳥は誰かに操られてる可能性が高いってこと?!」

 

「まだ確証はないがな。

しかも洗脳してる奴はかなり遠くから操作している上にバカみてぇに強いと思う」

 

あの時、千鳥の体から溢れていた真っ黒な想子の光は明らかに別の人間のものだ。

量からして相当な実力を持っていると思って良いと思う。

 

「でも、仮に千鳥を助けてもそれからはどうすんのよ?!

千鳥は操られているからと言っても沢山の人を手にかけてるのよ!!」

 

「そんなの簡単さ。

例え世界の全てを敵に回しても俺はアイツを守りきる」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

百合の眼には確かな覚悟があることを物語るような真剣なまなざしがあった。

そして黒髪の少年は首にかけたドッグタグを見つめ、己に語りかけるように言葉を紡いでいく。

 

「二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めた。

一人は泥を見た、もう一人は星を見た……

この詩には同じ場所から見た光景でも人それぞれ違うものが見えているというものだ。

俺はどんな絶望的な状況であっても星を見るね。

千鳥を取り戻すまでは……どれだけ短い期間でもいいから希望()の光を見ていたい。

自分の罪()に目を向けるのはそれからってことで良いと思う。

今は自分のやったことを後悔なんてしたくないから」

 

ゴーンゴーンゴーン

 

遠くの方から鐘の音が聞こえてくる。

あたしはコイツが居なくなってた四年の間に何をしていたかなんて知らない。

既に人を殺しているのかもしれない。

でも、こんなにまっすぐなコイツのことを支えながら、コイツの隣を歩んで行きたい。

脆くて今にも壊れそうな気がするから、そう思った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「今の鐘は六時ってことか。

そろそろ行こう。

学校に遅れたら洒落にこんな朝早くに来た意味がなくなっちま……う」

 

俺が体の向きをエリカの方に直すと同時にエリカが俺に抱きついてきた。

 

「……から」

 

「ん?」

 

「アンタ、もう一回あたしの前からいなくなったりしたら許さないから!!

あたしと結婚して、あたしと子供育てて、幸せな老後を送るまで居なくなるなんて許さないから!!

誰かに殺されるなんて以ての外なんだからね!!」

 

エリカが涙を流しながら上目づかいで俺を見つめ言葉の弾丸を放つ。

……これって……愛の告白的な?

 

「……ったく。

十六夜さんはそんなに簡単に居なくなったりしませんよ。

それに……」

 

どんな物語でも最終的には悪は滅び、ヒーローとヒロインは結ばれてハッピーエンドになるはずだ。

俺はそれ以外の結末を迎える物語なんて認めない。

だから俺の物語はバッドエンドなんかで終わらせない。




最後まで読んでいただきありがとうございます!!
次回もお楽しみに!!
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