「・・・ォウ、フォウ!」
何か柔らかいものが僕の顔を叩いている。
ぺち。ぺち。
あぁ、この感触。懐かしいなぁ。実家の猫が赤ちゃんだった時に、よく昼寝してる僕の顔を叩いて遊んでたっけ。
ぺしっ、ぺしっ。ぺしっ。
そうそう、なかなか僕が起きないもんだから、だんだん力を強くしていって・・・。
べしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべし、ガリっ!
いってぇ!!コイツ、最後に爪出しやがったなぁ!
「やめろよ!アンディ・ガルシア!!(猫の名前)」
「フォッッ!!?」
顔を叩いていた何かが飛び退く。
あー、顔いってぇ。傷とか残ってないかな。
まあ別に誰かに誇れるような顔してないからいいんたけどさ・・・。
「ん?」
顔を擦っていた手をどけて、今しがた僕の顔を叩いていたナニカを見る。
「・・・・・・・リス?」
うーん、思ったよりだいぶ小さい生き物だ。
肉球のような感触があったから、たぶんリスじゃないのかもしれないけど、大きさ的にはリス程度。全体を白いウェーブのかかった体毛が覆っていて、どことなく気品のあるような生き物だ。耳がウサギのように長く、目は「これぞ愛玩動物の極み!」というようなクリクリとした可愛らしいものだ。よく見れば、光の加減によって白い体毛が青く光を反射している。見れば見るほど不思議な生き物だ。とても可愛らしい。
だが、
「あなた・・・、『覚悟』してきている人、ですよね?」
「フォッッ!!?」
僕はゆらり、と、なるべく雰囲気が出るように立ち上がり、目の前の謎生物に対して冷酷な目を向けた。
「僕の顔を『叩く』っていう事は、逆に僕に『叩かれる』かもしれないと『覚悟』してきている人ですよね・・・」
そう、これが我が家の流儀。やられたらやり返す。これは決して報復とか復讐とかそんなものじゃあない。己の取った行動に責任を持たせ、自分がどのように感じるのか、それを相手に『教育』する。ただの仕返しではない。決してない。ないったらない。
謎生物が僕のただならぬ雰囲気を察したのか、ジリッと後退りする。
「アンタを決して逃しはしない。その点に関して、僕は必死だ」
獣が踵を返す。だがそんな行動はお見通しよッッ!
ぽっちゃり系を侮るなかれ!瞬発力に関しては自信があるのだぁー!
「フォーーーーーーーウッッ!!」
「待ちやがれこのネズミーーーっ!」
こうして僕と謎の生き物の命を懸けた鬼ごっこが始まった。
何か重要なフラグを叩き折ったような気がするが、気のせいだ。
僕の目にはフリフリフリと必死で逃げ回る謎生物しか映っていない。
決して逃してなるものか・・・・・・!
「今の方は・・・」
数分後、僕と謎生物は、異様に高い山高帽子を被った髪の毛もじゃもじゃの紳士に身柄を拘束された。
解せぬ。
「やれやれ、何かイレギュラーでも起きたのかと思ったら、こんな不審者が紛れ込んでいたとは、ね・・・」
おっとぉ?なんかこの人、僕を見る目が結構アレだぞぅ?
屠殺場に連れてかれる豚を見るような目。明日の朝にはベーコンになってそうな僕を「食料以外の何者でもない」というような、と〜っても冷たい目をしやがってますねぇ。まぁ、確かに僕はぽっちゃり君だし、豚と間違えられることも何度もあったが。
こいつはメチャ許せんよなぁ〜?
「あ、あ、あ、あ、あの、ま、マジすんません・・・、見逃してください」
「ふぅん?」
紳士の目が更に険しくなった。
「いや!マジですんませんでした!!僕、なんでこんなとこにいるのかマジでわかんないだけど、気付いたらいきなり雪山で遭難してまして!」
僕に鋼のメンタルや黄金の精神があると思うのか?僕はいつだって強い者の味方だ。
いやいや、マジ無理。何この人。絶対何人か人殺してるよ。さっきから悪寒が止まらん。
僕のできる唯一の手は、情報を全部吐き出した上で、命乞いをする。それだけだ。
「ずっと自分の部屋でスマホのアプリで遊んでただけなんですぅ!夏だし暑いからこんな格好してただけでして・・・。こんな格好で雪山になんか来るわけないでしょ?僕もなんでこんなんなってるかわからんのですよ!」
「・・・つまり、キミは突発的にこのカルデアにやってきた、と。一般募集枠ではない?」
「そ、その一般募集ってのがなんなのか、そもそもわかんないですぅ・・・」
「・・・そうか」
紳士が僕と、謎生物を離した。
僕の誠意は伝わっただろうか。謎の紳士は何やら顎に手を当てて考えこんでいるようだ。
「・・・突発・・・目的・・・はカルデア?・・・術師ですら・・・いや、レイシフト・・・?」
なんだか断片的に聞こえる言葉はあるが、はっきり言って何の意味なんだかさっぱりわからない。
「・・・なるほど、事情はわからないが、何となくは察したよ」
考え込んでいた紳士がこちらに振り返る。目を和らげて、穏やかな雰囲気を纏った。
ほっ、よかった。とりあえず僕が無害である事は通じたみたいだ。
「残念ながらここは最重要極秘施設にあたる場所でね。ここに入った以上、キミを外に出すわけにはいかないんだ。かといって中に匿う事もできない。つまり早い話、『キミには外に出てもらおう』か」
あるぇ?紳士殿??
「え・・・、それ、本気で言ってます??」
「キミには本当に気の毒だが本気だ。キミはここには来なかった。辿り着けなかったことにしたい。キミは確かに一般人だろうが、不審者であることには変わりないからね。どこぞの魔術師がキミの許可なく強制的にカルデアに送り込んだスパイとも考えられる」
「は?魔術師・・・?」
僕の疑問を他所に、紳士の手が僕の肩を掴む。ギリギリと万力のような力を込めて。
「痛った・・・!?」
「最後だから教えてあげよう。ここは『人類継続保障機関フィニス・カルデア』。世界の平和を守る、秘密組織なんだ」
紳士が僕の肩を肉ごと掴み、ズルズルと引き摺っていく。
くっそ痛い!!!!
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?そんなんじゃ全然わかりませんよ!てか、今外になんて放り出されたら・・・」
「キミに全てを教えてあげる必要はない。まあ、外に出たら確実に凍死するだろうね」
「だったら・・・!」
「だから『キミはここに来なかった』んだよ。いいね?」
いい訳ねーだろ!
僕は必死にこの極悪紳士の手を振り解こうともがくが、動くたんびにに相手の指が肉に食い込み、痛みでうまく力を出せない。
こんな時、なにか格闘技でも覚えてたらなぁ。ズダァアンッ!って感じで相手を投げ飛ばせるんだけどなぁ。
ヤバい、恐怖で現実逃避してしまってる。このままでは待ってるのは死。ゲームやアニメ、マンガのようなものではない、僕自身に冗談みたいに突然突きつけられた、死。
怖い。
「い、嫌だ・・・、嫌だああああああああ!!」
マンガのモブみたいな、情けない、僕の悲鳴。でも、しょうがないじゃないか。だって僕は本当に
「だ、誰かぁあッッ!!」
「レフ教授!!」
不意に、玉を転がすような美しい声が聞こえた。
レフ教授と呼ばれた紳士が立ち止まり、振り返る。
引きずられていた僕も当然、声のした方を見る。
絶世の美少女が、そこにはいた。
「・・・・・・」
僕は言葉を失った。
ウソだろ・・・?
リアルに、こんな二次元から飛び出したような人間かいるのか?
背丈は僕と同じか、少し低いくらい。ピンク色の髪をショートカットに切り揃え、前髪がその娘の右目を隠している。メガネをかけており、服装はどこかの学校の制服だろうか?その上から薄いカーディガンを着ている。
いや、属性盛りすぎだろ!って思っちゃうし、なんで右目隠してんの?ってすごく気になるが、それら全てがこの美少女のパーツとして見事に収まるどころか、彼女の魅力を引き立てている!
肩の痛みを忘れて見惚れていた僕と紳士に、その美少女は小走りで近づいた。
「レフ・ライノール教授。その人は・・・?」
「やあ、マシュ。なんでもないよ。ただの不審者さ。それより、こんな所に居ていいのかい?もうすぐ所長の説明会が始まるだろう?」
コイツ、レフ教授っていうのか。そしてこの美少女はマシュちゃんと言うのか。お近づきになりてぇ。
「ええ、確かにそうなんですが、さきほどフォウさんとその方が遊んでいるのをたまたま見かけましたので・・・」
おっと僕とした事が、はしたない格好を見られちゃったね。まぁ、顔面偏差値Cマイナス以下の僕は、何を見られても困るもんでも無いけどね。
「ほう・・・、この少年が・・・?」
このレフ野郎、なにか気になることでもあるのか、僕の顔をジロジロと眺めてやがる。肩を掴んでいる手を離さないまま。普通に痛いんだけど。そろそろ麻痺してきたな。
「はい。フォウさんがこんなに人に懐くのは、大変珍しい事ですので」
「ふむ・・・、確かに」
レフさんや、本当にそろそろ肩の肉が抉れそうなんだが・・・。
「・・・マシュ」
「はい、レフ教授」
「キミから見て、この不審者をどう思うね?」
「え、この人、ですか・・・?」
美少女に見つめられた。尊い。死んじゃう。
「なんだか、普通の・・・、というよりはちょっと弱そうな、先輩!?(心配)って感じですね・・・」
あぁ、まあ大体合ってるからいいや。
「あの。ところでなんで先輩なんですかね、僕は・・・」
途端に肩の痛みが鋭くなる。
「痛っ!」
「キミに発言を許した覚えはないんだが?」
くっそ、とことん嫌な奴だなレフ野郎!
「あの、なんとなく、なんですが・・・」
そして僕の質問に答えようとしてくれるマシュちゃんは天使かな?
「アナタは、今まで出会ってきた人の中で1番人間らしいです」
「ふむ、それはつまり?」
レフがマシュに答えを促す。
「全く脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です。それどころか、守ってあげないとすぐにでも死んでしまいそうな・・・」
あ〜保護対象でしたか、なるほどなるほど。
ちょっと泣いていい??
「わたしも、少し戸惑いを感じています。今まで誰にも先輩、と口にしてお伝えした事がなかったので・・・」
「マジですか僕ならいつでもウェルカムいでででででで!!」
そろそろ血が流れるんじゃなかろうか。
「ふむ・・・。まあ確かにそれは重要だ。カルデアの人間は一癖も二癖もあるからね」
「レフ教授もそう思われますか?」
「思うとも。この少年がなんの脅威もない、というのは私も感じていたよ。ただ問題は、そんな者がなぜカルデアに入れたか、だ」
レフが僕を冷酷な視線で見下ろした。
「脅威でない事が無害である、という事はない。中には自覚していないだけで、実は有害だった生物などいくらでもいる。このカルデアに、何の許可もなく入れる一般人がいてたまるか」
「いやいや、僕ホントに一般人なんで!」
もういい加減、このやりとりもウンザリしてきたところだ。
「あの、もうなんでもいいんで、せめて一晩休ませてもらえませんか。僕もこの状況がいまいち理解できてないんですけど、ちょっと休めば何か思い出すかも・・・」
「え!?先輩は誰にも気付かれずに、カルデアに入られたんですか!?」
あぁ、マシュちゃんや。その通りなんですよぉ。
「レフ教授、先輩を今すぐ医務室に連れて行きたいのですが・・・」
「・・・なんだって?」
レフの表情が険しくなる。
「マシュ、キミの気持ちを
「レフ教授。先程、わたしも言いました。『この人に脅威は感じません』。ですから、どうか・・・」
レフと、マシュちゃんの間に緊張が走る。というのは僕が感じただけなんだけども。
レフが心底困った、というふうにため息をついた。今まで掴まれていた肩がやっと解放された。
「はあ・・・、わかったよ。マシュ、キミの感じたことを信じよう」
「レフ教授!」
「レフ教授!!」
どさくさに紛れて声を上げたら睨まれた。
「ただし、彼を医務室に連れて行くのは許可できない。何度も言うが彼は不審者だ。万が一、このカルデアの医療関係者が襲われたらたまったものではない。彼は空き部屋にでも押し込めておくように」
「はい!ありがとうございます、レフ教授!」
「私はこれから説明会に向かう。ホントはマシュを1人にすると私が怒られるんだが、今回は『見て見ぬフリ』をする事にするよ。かまわないな?マシュ」
「はい、問題ありません。ありがとうございます、レフ教授」
「いいさ、他ならぬキミの頼みだ。・・・ひと段落ついたら、説明会においで。部屋の隅だが、私の隣にいれば所長も悪くは言わないだろう」
「はい!」
そう言うと、レフ教授はこの場を後にした。
はぁ・・・、なんなんだ一体。
いや、マジで意味がわからない。気がついたら雪山に居たと思ったら、また気を失って。リスみたいな不思議生物に顔を引っ掻かれたと思ったら、今度は変なもじゃもじゃのオッサンに外に放り出されそうになるし。
僕の身に、何が起こってるんだ?
「あの・・・、大丈夫、ですか・・・」
そんな混乱の極みの僕に対し、マシュちゃんは心底心配したように声をかけてくださる。
やっぱ天使じゃねーな。女神さまだわ。
「あ、ありがとうございました・・・。なんか僕、助けてもらったみたいで・・・」
「い、いえいえ!私が勝手に「あ、このままじゃ先輩が死んじゃう」って思っただけなんで・・・」
あ、思ったことをそのまま口にするタイプなんですね、貴女。
僕はマシュちゃんに手を引かれながらゆっくりと立ち上がった。
思ったより力持ちなんですね、貴女。
「それにしても、ホントにここはなんなんですか?僕、どうしてここにいるのかもわからない状態でして・・・」
「そうなんですね・・・。これは本当にDr.ロマンに見ていただいたほうが良いのかも・・・」
ロマン?そんな名前の人がおるの??
「とにかく・・・。先輩」
マシュちゃんが僕の真正面に立って、まっすぐに僕の目を見つめた。
「ようこそ!人類継続保障機関、フィニス・カルデアへ」
うん。
そもそもカルデアってなんぞ??