SADシリーズ最終章、下巻でございます!!
長く長引いた分、それなりに楽しめると思いますので、是非お暇があれば読んでくださると嬉しいです!
それでは、どうぞ!
ファイナルチャプター – End of Possibility –
第37章 –不吉–
最近、妙な夢を見る。
いや、最近、というより、先の事で"見た"というのが正しいのかもしれない。その夢は少し厄介な夢で、過去に消えていた俺の記憶を炙り出したかのように思える。
つい最近まで、色々な事件が起こっていた為、忘れてしまうのは、俺としても仕方の無いこと。しかし、今思えば、本当に妙なタイミングで見たな。そのお陰で忘れていた記憶も思い出せていた...のだが、どうも嬉しい記憶だけではないようで、少し内容に抵抗を覚える。でも
「俺としても、思い出しておきたいしな...」
と、一言を零し、俺は永い回想へと沈んで行く──。
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───────
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2023年4月某日 第27層《ロンバール》
その日は深い夜に包まれた闇夜のことだった。そのフィールドにあるはずのない交互に煌めく光は、何処か摩天楼を意識させる。そして、その中にはとあるプレイヤーがいた。それも2人。その2人の連携はまるで手にとるように分かっているようで、無駄もなく、一律に合わされた連撃を繰り出している。しかし、驚く所はそこではない。そのプレイヤーは、一言も言葉を発さずに連携をしていたのである。そして、その2人は闇に融ける黒髪と、それに反するような亜麻色の髪を持つ2人の青年がいたのだった。
「──よし、ナイスだ。ユージオ」
「そっちこそ、良い連携だったよ」
そう遣り取りを取り、俺とユージオは休憩を取るべく、星の灯りにだけ照らされた草原に座る。そして俺達は、幾度目かの戦闘の疲れを癒す為、交代で仮眠を取ることにした。俺は先ずユージオに仮眠を取ってもらうことにし、俺はその横に腰を掛ける。ずっと連戦をしていたからか、ユージオは数秒もせずに、寝息が聴こえてくる。それに少しだけ驚くが、それだけ疲れていたのだろう。俺は労いのつもりで彼の頭を撫でる。すると、それに反応したのか、ユージオは横向きに動いてしまった。少しショックだったが、本人は寝ているし、言った所で聞こえている訳ではないので、俺は交代の時間になるまで警戒を続ける。そしてその時、俺はあることを考えていた──。
俺達は夜間まで狩り──つまり、《レベリング》を行っていた。その目的としては、金策もあったのだが、他にも大きな理由がある。それは、第27層攻略戦の時のこと。安全マージンもしっかり取れていたし、コンビネーションも良かったはずだった。しかし──
ボスのHP (ヒットポイント)はあと一割と言った所だった。あとは様子を見て、全員で突っ込めば勝てる──そう思った時だった。一瞬だったが、俺の横を通り過ぎる影が見え、その先を見据える。どうやらプレイヤーらしい…のだが、通り過ぎた先には、あのボスが佇んでいる。
『──おい!不用意に突っ込むな!』
『うるせぇ!《ビーター》如きが俺に指図すんじゃねぇ!!LAボーナスは俺のモンだ!』
俺の静止を振り切り、1人のプレイヤーが突っ込んでいく。そして、ボスの攻撃を武器で受け止めるが、体勢を崩されそのまま反撃されてしまった。そして、HPを削られていき、終いには恐怖と、《GAME OVER》の意味を成す、「0」という数字。その間際に、突っ込んで行った奴の顔を、俺はよく憶えている。
──欲望に駆られた顔と、恐怖に染まる顔、そして何よりも…助けを請う顔だ。
その顔は、俺の脳裏に焼きつき、今でも思い出すことも多々ある。だからこそ、俺はそれを忘れたくて、今日の狩りは深夜まで行っている。ちなみに、俺はユージオに帰ってもいいと言ったのだが、何故か頑なに帰ろうとせず、今手伝ってもらっている状態。確かに、今の時刻は深夜。つまり、1人で行動するのは危険ということ。恐らく、ユージオはそれを分かって残ったのかもしれない。それなら心強いのだが、俺は兎も角、ユージオは俺と違って2もレベルが違う。なら、今現状である《レベリング》は必須事項──だが、それは深夜にまでやる必要性がない。朝から夕暮れまで、ずっと狩りを続けていれば、2レベル差なんてすぐに埋まるだろう。しかし、ユージオは基本的に俺としかやらない為、秘密の特訓とかしたりしてるのか…?と思って質問してみても、「考えたことがなかった」という、肯定でも否定でもない答えが返ってきたのである。なのに、俺さえも超えてしまうような強さは、最早才能なのだろうと思う。
「......もっと、強くならないとな」
不意にそんな一言を零し、気を紛らわす為に納刀していた剣を抜刀する。そして、次の戦闘に備えてメンテナンスを行うことにした。メンテナンス、と言っても、簡単なもので、剣の耐久力の確認や交換などを行うだけなのだが。
慣れた手つきでスクロールしていき、装備閲覧を見る。すると今俺が手にしている《ゲラルト・スティーニ+2》が暗闇の中で光っていた。この武器は宝箱から手に入れたのだが、使い勝手がいいので今はこの武器が愛用である。そして、一番下にスクロールをすると、このゲームが始まった頃の愛武器が、そこに残っていた。これは、俺を作り出した──いや、《キリト》を創り出した武器、と言っても過言ではないかもしれない。この武器があったからこそ、今俺はこうやって生きている...いや、『生かされている』というのが正しいか。
「...今は考えないでおこう」
そう思い、ホログラムを閉じる。すると、その音がトリガーとなったのか、或いはアラームをかけていたのか、そこまでは解らないが、隣から「うぅん…」と声が聞こえてくる。どうやらあれこれ考えているうちに、30分以上経っていたようだ。
「おーい、ユージオさーん」
「ん…」
「起きてくださーい、交代の時間だぞー」
「…」
「…はぁ、まぁ別に構わないけどさ」
幾ら声をかけても起きないので、俺はそっとして置く事にした。今日も徹夜かな、と少しばかり心に決め、暇を潰すべく、次にアイテムストレージを開く。暇潰しもそうだが、今どれくらい残っているのかの確認もある。主に回復POTの確認なのだが、他にも結晶の確認もしなければならない。しかし、今思えば、とても長く戦闘を繰り返していたんだと思う。回復POTの消費は結構抑えていたつもりだったのだが、最初確認した時よりも、15本近く減っていた。ちなみに結晶は貴重品なので使うことはほぼない。使うとしたら、階層攻略でピンチの時 or 攻略戦の時にしか使わないことにしている。一応《転移結晶》と《回復結晶》はあるが、指で数えられる程しか持っていない。他にも《回廊結晶》や状態異常を治す結晶があるようだが、恐らく百層の半層も行っていないこの場所では、《回復結晶》の上位互換である《全快結晶》さえも見つからないだろう。ちなみに、結晶系は基本的にダンジョン内にある宝箱にのみ手にいられる。
「…にしても、よくここまでついて来られたよな」
そう思ったのはきっと不思議なんかではないはずだ。だって、今もなお俺の横ですやすやと眠る彼の姿は、どこか幼さを感じていたからだ。でも、身長を見る限り、俺より年下という訳ではない。というか多分…俺より年上じゃないか?実際は訊いてみないと分からないが、何故か嫌な予感がしたのでやめておくことにする。
「…あ、れ?キリト…?」
そうこう考えていると、ユージオが目を覚ましたようで、一度起こした時間から、また30分程経っていたのである。つまり1時間も寝ていた訳だ。俺は煽動のつもりで「よっ、やっと起きたかお寝坊さん」と言ってみせた。するとユージオは「...へ?」と少し気の抜けた返事をすると同時に、俺に「...キ、キリト。僕はどれくらい寝てた?」と訊く。それを聞いた俺は、一瞬イタズラ心が芽生えるが、喉元で留め、本当のことを伝えると──
「...本当に?」
と半分疑心暗鬼で俺に再度問う。そこで俺は「そうだ」と言い切ると、ユージオは起こした身体をそのまま前に倒して謝る。
「ご、ごめんキリト。今から代わるよ」
「いや、大丈夫だ」
「で、でも...」
「それだけ疲れてたってことだろ?構わないさ」
「...うん」
もう徹夜を覚悟してしまった訳だしな...それに、どうせ昼寝はするつもりだし...1回くらいは大丈夫だよな?うん、きっと大丈夫だ。きっと。
「さて...どうする?ユージオ」
話を切り替える為に、俺はユージオにひとつ問う。
「んー...そうだね...僕としては1度街に戻りたいかな。回復瓶の補給もしないとだし」
「そうだな──1回戻るか」
俺がそう応えると、ユージオは頷く。それを確認すると、座っていた体を起こし、立ち上がる。そして、辺りを見渡し、周りに何もないことを確認した。
「ここから最寄りの町ってどれくらい?」
「えーっとだな...ここからだと、《ボーラルの町》が近いな。ただ...」
「ただ?」
「ここはシステムに守られてる町じゃない、何かあったら終わりだ」
そう、その町はシステム──基、《アンチクリミナルコード有効圏内》の有効範囲に守られていない町だ。殆どの町にはこの《圏内》に保護されており、この中に入っていると、犯罪行為の一切の行為が禁止となる。つまり、犯罪を犯したプレイヤーは、その有効範囲内に入ることは許されていない。それどころか、町の入口に居る門番なる《NPC》に攻撃されてしまうとのこと。
だからこそ、町の中であるなら、犯罪行為は出来なくなり、何もかもが安全──という訳ではない。前にこれを応用した犯罪行為を犯したプレイヤーがいたという噂があったという。それは、このような《圏内》に似た場所である《安全地帯エリア》での事件。その事件は俺も詳しくは知らない。しかし、風の噂で聞いた話だと、睡眠中のプレイヤーの腕を動かし、《デュエル》を選択させ、そのまま《完全決着モード》でキルをする──通称《睡眠PK》という恐ろしいシステムの穴を突いた奴が居たのだという。そいつは未だに第1層にある《黒鉄宮》に捕えられていないと聞く。もしかしたら、俺達も狙われるかもしれない。そう思うと、足元が竦んでしまう。が、ユージオを元の世界に戻すと決めた以上、こんな所で立ち止まってはいけないとも言い聞かせた。そう、ここは──《デスゲーム》だからだ。
「──リト?」
だから、無理に行く必要もない。少し前の町に戻ればいい。あそこなら《アンチクリミナルコード圏内》に入っている。
「キリトってば」
それに、距離もそこまで変わらないじゃないか。階層攻略にはまだまだ時間が掛かるだろうし、今急がなくても問題はないはずだ。
「キリト!」
そう、問題はないはずだ。問題は──「キリトってば!!」
「おわぁ!?」
ユージオの声に引き戻され、俺は考えていたことを停止させられてしまう。
「...どうしたんだよ?キリト」
「...いや、問題はない」
「...やっぱり寝た方がいいよ」
正直なことを言えば、ここで寝てしまうのは宜しくない。それに、先程考えていた事態になる事だって有り得る。だからこそ、あまり安全地帯以外で休息は取りたくないのだが...俺は一瞬だけ回らない頭で何かを考えて、「...そうだな」と返事をする。そして、再度座り込んでから横になり、今更溢れる睡魔に襲われて、深い夢の中へと誘(いざな)って行った──。
–––––––––––
ここは何処だ?
俺はここで何をしていたんだ?
──確か、月が出ていなかった闇夜で、ユージオに催促され、寝てしまったんだよな…だとすれば…ここは夢の中なのか?
『やけに仮想世界と違う感覚がするのはそのせいなのか…』
にしても…明晰夢なんて初めてみたぞ…過去に夢だと自覚するようなものは見たことがなかったし、それに、こんなこと初めてだ。いや、先ほども言った通り、初めて視たのだから仕方ない。一先ずそれは置いといて──
『…本当に何処なんだ?ここは』
目の前に映る景色は、見慣れていたはずの部屋でもなく、SAOの世界でもない。本当に見当もつかない情景だった。辺りに広がっているのは、生い茂る草花と、木々。まるで異世界のようで、少したじろいでしまう。それどころか、あったはずの嗅覚、聴覚、味覚がない。存在しているのは、視覚と感覚だけだろうか。そのせいか、違和感だけが募る。まるで──
『──まるで、遮断されているかのようだな』
そう思い、体を動かしてみる。すると、体は思いの外簡単に、軽やかに動いた。それだけじゃなく、ちゃんと身体も存在していた…のだが。
『──なんじゃこりゃ?!』
と、思わず驚愕の声が出てしまうほどビックリしてしまったのは、俺自身の姿が…いや、服が変わっていたのである。その服は、黒に統一された服で、どこか馴染みのある格好だった。しかし、俺自身、この格好はしたことがない。それどころか見た事が、着てみたことがある気がするのは何故なのだろう。それに何処か安心する…というより、前からずっと着ていたような感覚がしていた。何故かは分からない、ただ、それだけを感じていたのだ。
『...よく分からないが、多分、危険ではない気がするな』
問題ない──とまではいかないが、少なくとも危険ではないし、危害を加えられる様子はない。一先ず、今は様子見という形で、このままでいることにする。
『...あ』
そう呟いた声は、誰のものでもなく俺の声。その理由としては、あることに気づいたからだ。それに気づいた俺は、手を伸ばし、確かめにいく──しかし、そこには空を切るだけで望むものは何もなかった。だが、同時に、下半身から重みを感じ、再度下を見てみると──見たことのない武器が、2本腰に掛かっていたのだ。
いや、見たことがないというのは大袈裟で、武器の形を見れば、それがなんなのかは解る。しかし、俺自身、今まで見たことのない形状で、本当にそうなのか?と疑問を抱く形をしていた。でも、2本とも同じような形をしている訳ではなく、2本とも全く別の形をしていたのだ。
『…多分、《片手直剣》…だよな?』
解る、と言っても、確実にそうだと決めつけられない。先程からこの武器をタップしてホロウィンドウを出そうとしてみてはいるが、結果は白紙。ホロウィンドウは疎か、音の一つも鳴らない。つまり、うんともすんとも無いのである。なので、そう仮定するしか無いのだ。
『と、なれば…《二刀流》か…?』
思いつくことといえばそれしかなく、逆にその他の事がなんなのかは分からない。それに拳銃なら《二丁拳銃》とも呼ぶが、この世界はどちらかといえば、拳銃がありそうな世界には見えない。もしそうならば、この世界は戦火に包まれ、草花や木々はとっくに燃え、灰と化しているだろう。それに、嗅覚を感じられないこの状態でも、風で鼻を擽るような感覚はしないはずだからだ。
『だとすれば…ここは平和な世界ってことになるよな』
あくまで予測ではあるが、そう仮定しておく。そうとわかれば、俺の中でウズウズするような感覚がする。それは自分自身でもよくわかっていることで、自分自身でも治しようのない探究心が湧いてくるのがわかった。どちらかといえば、危険な状態の方がウズウズするのだが、こういう世界は中々無いので、行ってみたい という気持ちが勝る。危険な状態と言っても、命がかかっていない状況の方が良い。だってここは──
『──SAOじゃないんだからな』
『さて』と仕切りを呟くと、俺は思考を変える。
『何処から探索しようか』
平和な世界、となれば、まず目指すのは最寄りの町か、或いはシステムに守られた場所だろう。それか、あるかどうかは分からないが、天然の洞窟にでも行ってみたい。
しかしそうなると、何処から探索するか迷う。それに、今俺がいる場所は、行先の解らない森の中だ。右も左も分からない以上、最寄りの町どころか、システムに守られた場所など一行に辿り着かないのは明白。
『なら──散策しかないよな』
そうと決まれば、俺は宛もなく周りをフラフラを散策し始めた。
正直なところ、不安な要素などひとつも感じなかったのを覚えている。しかし、それと同時に、俺は不思議な感覚に包まれていたのだ。
『それにしても……ここは本当に何処なんだ?』
そう疑問を抱くのは不自然なことではなく、誰もがそう思うもの。それ故か、俺は誘われるように、奥へ奥へと進んでしまっていたようだった。
そのせいか、囀っていた小鳥たちの聲が次第に薄れていく。それに気づかなかった俺は、更に奥へ奥へと歩んでいき、終いにはあるものが目に入る。
『……これは』
目の前に映っていたのは、一つの小屋。見たことのない形をしており、何処か気持ち悪さを催す。しかし、恐怖よりも勝ってしまった好奇心が俺を動かし、何も携えぬまま入っていく。そして、言葉にしようがないモノを見てしまい……………………………
–––––––––––
「おわぁ!?!?」
突然体が跳ね上がるように動かし、俺はぼんやりとする視界をじっくりと見ていた。すると次第に覚醒していき、やがてクリアとなる。
その光景を見つつ、乱れた息を整えた。
「……なんだったんだ、今の」
そう考えても仕方ないのだが、実際のところ何があったかは思い出せない。何か別世界のように来て、奥に進んでみれば謎の小屋があり、その中には………
「…………ダメだ、思い出せない」
やはり何度も考えてみても思い出せず、俺はクリアとなった視界を動かした。
それに踏まえて、俺は現実を知る。
「……SAO」
何も変わらない現実。
囚われたリアルは何も変わらなくて、焦る余裕もない。ただひとつ言えるとすれば、向こう(現実世界)での記憶が褪せていくだけだ。
色付けることは叶わない。
故に、俺は足掻くしかない。
その為にはクリアしないといけないんだ。
「───あ、やっと起きたのかい?」
その思考を遮断するように少し高らかな声が響く。その方へ見てみると、今も尚行動してくれる彼の姿があった。
「………ユージオ」
「全く。僕よりも長く寝ていたじゃないか、自分の事を棚に上げてよく言えたね」
「……ああ、ごめんな」
少し説教じみた言葉に、俺は素直に謝る。
それを見たユージオは、何処か不安そうに俺を見つめ、口を開く。
「………大分魘されてたけど、大丈夫?」
「……ああ」
「そっか。───あっ!」
「ど、どうした?」
急に思い出したかのように声を発したユージオを見て、俺は動揺する。当たり前だが、ユージオは俺がいないと勝手に行動し出す。この世界に慣れてくれるのは有難いが、なるべく1人行動は避けてほしいのだが。
「そうだよ……思い出した!」
「な、何がだ?」
俺がそう問うと、ユージオは俺に手を伸ばしてこう言った。
「そこで助けたい人がいるんだ!着いてきて!」
「は、はぁ?おい、ちょっと待てユージ───」
名前を言い切る前にユージオは俺の手を掴んで走り出してしまった……。
数分走ったあと、俺は息を整えつつ前を見る。
すると、そこにはユージオが崖に向かって何かを呼びかけている。
よくよく聞いてみると「今から助けるから待ってて!」と言っているようだ。
俺も遅れて走り、ユージオの隣に立つとその存在に気づく。
暗くて何も見えないが、確かにそこには2人ほど誰かがいた。
片方はポンチョのような服を着ており、もう片方は少し奇抜な服を着ている。
どうやら崖に掴まっているようで、たまたまユージオがそれを見つけたようだ。
……しかしなんだろうな、このポンチョを着たプレイヤー……どこかで見たことがあるような……?──まぁいいか、とりあえず助けてみよう。
「ユージオ!……こいつらは?」
「……さっきまでプレイヤーに襲われていたらしくてこうなったみたい」
ユージオはそう言うと、ポンチョのような服を着たプレイヤーの腕を掴んで引き上げ始める。
俺はそれに倣って奇抜な服の方のプレイヤーを引き上げ始めた。
筋力パラメータが高いのか、奇抜な服の方は中々上がらない。それに対して、ポンチョを着たプレイヤーの方は軽々と上がっていた。
「……あ、ありがとう」
ポンチョの方はそう感謝を述べると、どこかに消えてしまった。
「……キリト!」
ユージオは俺の名前を呼ぶと、俺の腰辺りに手を伸ばして引き上げる。あまり効果は無いはずだが、不思議と軽くなった気がした。
「……うぉああぁぁ!!」
そう声を出して引き上げようとすると、さっきまでの重さが嘘のように引き上がり、逆に吹き飛びそうなくらい上にあがった。
尻もちを付くと、その近くに今引き上げたプレイヤーも尻もちをついたようだ。
「大丈夫?」
ユージオがそう言いながら近づくと、プレイヤーは静かに頷く。
それを確認したユージオは手を伸ばし──
……異変に気づくには十分過ぎた。
「───ッ!!」
思わず息を飲み、俺は彼の──ユージオの手を引いた。どうやら掠ったらしく、ユージオの指には赤いポリゴンが垂れ落ちていた。
「……あらら、掠っちゃいましたか」
そう呟くプレイヤーの顔を見ると、何処か狂気に満ちている目をしていることに気づく。
「──お前は誰だ」
「あ、いっけねぇ。名乗り忘れてたか……」
プレイヤーはそう言うと、見たことがある武器をあからさまに見せる。
その武器を、俺はどこかで見ていた。
いや、見たはずだ。あれは──
「あれは……《スピリル・スロウス》か……!」
「お?おお!流石ですねぇ、見せただけで分かるとは…!!」
そう言いながら奴は笑う。
奴が持っているのは現段階で《両手爪(クロー)》最強装備である《スピリル・スロウス》。
第25層の中ボスレベルモンスターが落とすレア中のレア装備で、誰も手にしたことはなかったと聞いている。
だが、奴はそれを見せた。
「……ユージオ、下がってろ」
「え、でも……」
「いいから」
俺はユージオを無理矢理退かし、背中に携わっている剣の柄を触り、腰を下げて戦闘態勢に入る。
それを見かねた奴はこう言った。
「やだなぁ、まだ自己紹介もしてないのに戦闘態勢に入るなんて失礼じゃないですかぁ?」
「………」
「だんまりとは悲しいっすねぇ」
奴が言っていることは最も。だが、ここで反応する訳にはいかない。……そう、俺の第六感が言っている……気がする。
「それじゃ、自己紹介と行きましょうかぁ?──《ビーター》さん?」
「っ!」
「───オレの名前は《グルヤン》。今はフリーっすけど、やがてはこの手で全てを切り刻む者……どうです?決まりましたぁ?」
少しふざけながら答える奴に警戒を解く訳にはいかない。それに、奴がどのタイミングで襲ってくるのかも──
「本来なら次はそっちの番っすよねぇ……でもオレはもう既に知ってるしなぁ……──あ、いるじゃないすか、新入りが」
グルヤンと名乗るプレイヤーは俺ではなく、俺の後ろにいるユージオに目を向けた。
不味いと思い、俺はユージオに促す。
「耳を貸すな、ユージオ」
「う、うん」
「ちぇーっ、そっちもダメっすかぁ」
冷や汗が頬を撫でるように落ちていく。
ユージオも感じているのか、腰辺りに携えた剣の柄へ手を伸ばした。
「あらら、流石に2対1は不味いっすねぇ……なら、こうしましょーよ」
グルヤンは《両手爪》を消したかと思えば、メニュー画面を開く動作をして操作していく。
1分程で帰ってきた。
「これは……」
そう言いながら俺は目の前に映されているホログラムを見つめる。そこに移されているのは
【グルヤン から 《決闘》を申し込まれました。】
と書かれている。
「《決闘(デュエル)》。流石に実戦くらいはやったことありますよねぇ?」
「………」
「ふーむ、無言は肯定と受け取りましょうかぁ」
グルヤンはそう言うと、《両手爪》を装備し直し、戦闘態勢に再度入る。
それを交互に見ながら、俺は移されたホログラムの画面を凝視すると、そこには3つのモードが書かれていた。
その3つはこうだ
・《初撃決着モード》
・《半減決着モード》
・《完全決着モード》
………どうやら、こいつは殺る気らしい。
「モード選択は任せますよぉ?いい選択を待ってますぅ」
「……くそっ」
そう軽く愚痴を零すと共に、後ろから声がした。
「キリト……」
名前を呼ばれ、俺はユージオの目を見る。
いつ見てもVRの世界とは思えないほどのグラフィックで映されている綺麗な目がそこにある。
しかし、その目からは少し曇ったような瞳が移り、その先には酷い顔をした俺自身の顔が写っていた。
「……大丈夫だ、ユージオ」
俺はそれだけ言って、3つのある内のひとつを押した───。
「──ヒュー!待ってましたよぉ!"それ"を!!」
男は高らかな口笛を吹くと同時にそう言うと、分かりやすく舌を出して武器を舐めた。
そうして写されるのは、俺と奴の上に浮かぶ大きな文字。
その文字は、死相すら見えそうなくらいの冷や汗と恐怖に満ちる。
本当は、これを選びたくなんてなかった。
だが、ユージオが絡んでくるのならこれしかない。……そう思いながら、俺は上の文字を見上げた。
───【完全決着モード】。
それは、両者のどちらかが負けを認めるか───或いは───
「勿論分かってますよねぇ!?」
グルヤンがわざとらしく大声で叫び、もはや焦点すら合ってない目が視える。
……どうやら、背水の陣のようだ。
「……ああ」
「なら話は早いですよぉ!!──さぁ!!全ての殺人者(キラー)どもが嫉妬するような《抹殺遊戯(キルグルイ)》を始めようじゃないですかァ!!!!」
──────俺はこの日、初めてプレイヤーを殺した。………ユージオの瞳が、完全に光を喪っているのを見ながら………。
ーーーー
第37.5章 –クロノスタシス–
「──やはりここにいたか、メイル」
「──お久しぶりです、キリトさん」
メイルはそう言うと、俺に近づいて手を伸ばす。その手を受け取り、立ち上がると彼は口を開いた。
「……本当は、色々と話すことはあるんです」
「ですが、今は説明する時ではなさそうですね」
そう言うと同時に、何やら横から声がした。
……この声は。
「……前方に人影発見!───あれは……プレイヤーです!プレイヤーが4人ほど居ます!」
生真面目な声が聴こえ、その声に聞き覚えを感じる。あれは……そう、第39層で出会ったあの───
「……っ!キリトさん!それにアスナさんも!!」
「……あんたは…」
……SAOトップ攻略組《血盟騎士団》兵士長【ジェノ】だ。本来なら1番前に現れるのは団長の《ヒースクリフ》のはずだが……?
「ご無事でしたか!」
「あ、ああ……ところで、団長は?」
俺がそう聞くと、ジェノは少し考えてから話す。
「………それが、後から遅れて来るそうで……今は我々だけで偵察に来ております」
そういえば、と彼の後ろを見てみると、そこには《血盟騎士団》のメンバーであろう各々の姿が見える。ざっと8人くらいだろうか。
偵察部隊にしては少し多い気もするが。
「そうか……わかった。俺はここで待つことにするよ」
「了解です。我々はこの辺りを散策して、安全面を確認してから《迷宮区》の中に入りたいと思います」
それでは、と言うと、ジェノを含む他攻略組は敬礼をしてから4:4で別れて迷宮区の周りを散策し始めているのがここからでもわかる。しかし、次第に遠くなるにつれて白い鎧が見えなくなっていった。
「……さて、メイル」
「はい」
「……俺も話したいことが色々ある。アスナ達が目覚めるまで少し話そうか」
「…はい」
──それから、俺とメイルはあの後どうなったのかの説明をした。
俺はメイルを探し、第39層《ノルフレト》まで行ったこと、そこでギルド《血盟騎士団》現団長である《ヒースクリフ》と対立し、デュエルで負けてアスナと一緒に入団したこと……。
ここに来るまでの一部が記憶にないが、ある程度のことを話した。
「──という訳だ」
「なるほど……僕がいなくなった間にそんなことが……」
「ああ、それでここまで来たんだが……見ての通り、俺よりもアスナとエギルがボロボロでな……」
そう言いながら俺は後ろへ振り向く。
そこには禍々しさが募る木々が揺れている。
「……俺自身、余り記憶はないが、ここで何かがあったことは確実なんだ。それも、かなり迷惑をかけたような」
「……そうですか」
「ああ、いや。メイルのことに関しては仕方ないと思うから安心してくれ」
メイルがいる場所へ顔を戻すと、少し悲しそうな顔をしながら頷いていた。
その空気の重さに圧倒されながらも、やがては彼自身も口を開けた。
「………僕は、気づいたらここにいた、という訳では無いんです」
「………どういうことだ?」
「恐らく、キリトさんは第50層のエギルさんの店の倉庫でいなくなった僕を探しに来たのでしょう?」
「ああ」
「……なら、何処にいるのかも分からなかったのではないんですか?」
「あー……それなんだが……」
それについても話し出す。
実は何か情報を得てここに来た訳では無いこと。《情報屋》や《血盟騎士団》の力を借りてここまで来たわけではないこと。
───実際は、エギルの"勘"であること。
説明できる範囲で俺は答え続けた。
「………全く、皆さんには驚かされてばっかりですよ…」
少し呆れ気味の声を出しながらそう話す彼の姿は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。それに加えて、何か考えているようだった。
「俺もエギルの勘にはビックリだよ。……でも、ここまで来たらもう信じるしかないんだ」
「……それはどういう?」
そう訊かれ、俺は彼の───今はあの場所にいる顔を思い出しながら答えた。
「俺の"元"相棒────アイツは今、あそこにいるはずなんだ」
そう言いながら、俺は迷宮区の方へと向く。
それに釣られてメイルもそっちに向いた。
……彼はきっとあそこにいる。
それだけを信じてここまで来た。───2人を巻き添えにしてまでも。
「元……?今は違うんですか?」
「ああ、現相棒は俺の横にいる《アスナ》だ」
「そうですよね……?なら元というのは……?」
「……少し、昔話をしようか」
そう言うと、メイルは頷いて耳を傾けた。
───このデスゲームが始まって間もない頃、俺とユージオが出会った話。
───様々な階層さえも、色々な目的さえも、全て一緒に行動してきた話。
───第48層のボス戦での悲話。
───エギルに『生きている』と言われた話。
俺は思いつく範囲で、答え続けた。
途中涙が出そうになったが、グッと堪える。ずっと耳を傾け続けるメイルも静かに、真剣に聞いていた。
記憶があやふやだからこそ説明し難いものもある。でも、だからこそだ。
この状況でどれだけ信じて貰えるかが、今のカギだと睨む。……でも、今はただ、話を聞いて欲しかった。
「───そして今、俺はエギルを信じてここまで来たわけだ」
「………なるほど」
言い終わると、メイルは頷いてそう答える。
そして優しそうな表情を浮かべると、彼は掌をこちらに伸ばし────
「………え」
────気づけば、俺の頭を撫でられていた。
「………あっ!すみません!!」
しかしすぐに気づいたのか、手を引いて後退りをする。突然の事で驚愕が止まらないが、俺はなんとか平常心を取り戻そうとしていた。
「い、今のは行動の弾みというか……感情に振り回されたというか……えぇっと……!」
あたふたと焦り始める彼の姿は、何処と無く初めて見た気がする。出会って間もないと言っても、彼は常に沈着冷静なはずのイメージがあったのだが、どうやらそれはお門違いだったようだ。
彼は歴とした人間で、余りにも冷静な為、そうじゃないとずっと否定し続けていた。だが、どうやら今は、それを訂正しなければならない。
多分、彼はずっと戦い続けていたのだろうから。
「……メイル」
「は、はいっ」
「……ありがとうな」
俺はそう礼を述べると、メイルは意外そうな表情を浮かべていた。
「……はい!」
─────
「──それで、メイルはどうしてたんだ?」
俺がそう問うと、メイルは少し困惑したような顔をする。それは次第に決意したような顔へと変わっていった。
「……実はあまり覚えてなくて」
「覚えてない?」
メイルは頷く。
「ですが、ひとつだけハッキリしているものがあるんです」
メイルはそう言うと、右手を持ち上げて、人差し指を立てる。それを伸ばしたかと思えば下へ落とした。
すると、チリリンと聴き慣れた鈴の音が聴こえ、指を動かす度に音が鳴る。その音を澄ましながら、俺は待っていた。
「───ありました、これです」
メイルがそう言うと同時に決定音が聞こえ、メイルの目の前にあるものがオブジェクト化されていく。───どこかで見たことがあるようなものだ。
「……僕は気づいた時、ここにいました。記憶も定かではないですし、ここに来る前の記憶は殆どありません。ですが───」
オブジェクト化されたものを俺に近づける。
「───ここに来る前、誰かと出会い、その人と出会ってからここにいることは覚えています。その人がくれたものが……"これ"なんです」
───メイルが言う"これ"とは、やはり見覚えのあるアクセサリー。それも、鮮明に、群青に、偶像に。これは───
「これ……って……」
「……名称は《ブルー・ローズ》。───あの人は、僕にこれを預けてこう言ったんです」
「『──相棒によろしく』と……」
……それを聞いた時、エギルが言っていたことは本当だったんだと、今度こそ確信を得られた。今はここにいないアイツが、彼と……メイルと出会い、実際に話している。
それだけ分かれば、十分だ。
「……メイル」
「はい」
「……本当に、ありがとう」
「……はい!」
メイルがそう答えると同時に、後ろから声が聞こえ始めていた。
ーーーー
第38章 –友を信じて–
時刻はお昼頃、昼食を終えた俺たちは、覚醒した2人と共に合流した《攻略組》で空高く聳えている《迷宮区》へと入っていた。
今はアスナとエギルとは離れて行動しているが、何れ出会うだろう。
「メイル! そっち行ったぞ!」
「了解!──はぁぁぁぁぁ!!!」
引き続き応えていくメイルの姿は、どこか彼の趣すら感じてしまうような返事と、気迫でモンスターへ攻撃していく。ここに来る前に久しく特訓を重ねた結果、彼の強さが格段に上がっていることがわかった。それはそうで、明らかに最初に出会った時と立ち回りが違うからだ。
以前のメイルは、相手の攻撃を武器で受けつつ、その後隙を回避で無理矢理攻撃を入れていた。確かに悪くない戦法なのだが、全体的に見てしまえばトライアンドエラーに近い。それ故に、仮にも攻撃を受け流されてしまえばどうしようもない。だから最初出会った時、軽くアスナとレクチャーしただけなのに対し、ここまで成長しているとは思わなかった。
そう、まるで”使いこなした”かのような。
そうこうしていると、ソードスキルを放ち終わったモンスターのHPが全て消え去り、やがて跡形も残らなくなる。それに便乗するように、目の前に勝利のファンファーレと同時に「Congratulations!」と表示されていた。
「お疲れ」
「……ありがとうございます!」
労うように拳を胸の辺りまで上げると、意図に気付いたのかメイルも拳を上げて打ち合うようにそれぞれを付けた。嬉しくなったのか、メイルは頬を緩めている。
その光景を見つつ、俺は後ろに振り向いた。
そこに広がっているのは、今回の戦闘で消費したであろう《攻略組》の姿があった。と言っても、全体が俺たちに着いて来ているわけではなく、グループごとに分かれて探索しているようだ。俺たちに着いて来たのは、《血盟騎士団》所属の団長直々《護衛長》であるアリババだ。その他にも俺たち以外にも3グループほど分かれているようだが、彼らがどこまで行ってしまったのかまではわからない。ただ、次の階層へ上れる階段を見つけた際は、《TM(チームメッセージ)》で報告するようにと釘を刺されている。抜け駆けをする気はないし、何よりも今はメイルを守ることを優先したい。
そんなことを考えながら、俺は《護衛長》であるアリババへと近づいた。
「アリババ」
「んー?なんだい?」
少し呑気な返事をしたかと思えば、戦慄が走るような表情を浮かべつつある。
よくよく見てみると、ホロメニューからポーションや状態異常を回復させる《結晶》などを取り出していた。だが、どうやら配給が追いついていないらしい。
「ごめんねー、今ちょっと忙しいんだ。後にしてもらえるかな?」
アリババはそう言うと、出し終えた回復アイテムをそれぞれのメンバーへと配りに行ってしまった。その後ろ姿を見ていると、何やら《索敵》スキルが発動したのを確認した。そこまで熟練度を上げている訳ではないので、万能ではないがある程度ならわかる。俺は後ろを見てみると、そこには見覚えのある装備をしたプレイヤーが立っていた。が、顔がマスクのようなもので覆われており顔が認識できない。
しかし、それを確かめるように、或いは嘲笑うかのように、目の前にいるプレイヤーはこちらに近づいてきて俺の両肩に手を置いた。
「お前……おい!覚えてるか?!」
「は、はぁ?」
突然そんなことを言われ、当然のことながら俺は困惑する。
それはそうで、いきなり『覚えてるか』なんて顔も見えていないのに思い出すことなんてできない。それどころか、声もボイチェンしているのか俺の記憶の中にはこんなやつは知らない。本当に誰だ?
「俺だよ俺!クラインだよ!!」
「はぁ?!クライン!?」
しかし、また嘯くように伝えられたのは衝撃的な事実。───クライン。かつて第50層で別れてしまったあの日を境に、連絡が来なくなった元友人。てっきり俺はもう死んでしまったのかと思ったが、どうやら今もしぶとく生きているようだ。
だが、本物かどうかはまだわからない。もしも本物のクラインならば、いつものギルドメンバーはどうしたのだろうか。
そんなこともあり、俺にはにわかに信じ難い。
それを悟ったかのように目の前のプレイヤーは俺から手を離すと「あ、そうか」と呟いた。そしてフリック操作でメニュー画面を開くと、青いポリゴンが顔面を覆う。
そのポリゴンが徐々に薄れていくと、見覚えのある顔と顎の下に生えた髭が写る。
「……これでどうだ?信じるようにはなったか?」
「……あ、あぁ。そう、だな」
確かにマスクの下にはクライン本人の顔だ。それにやはりボイチェン機能が着いていたのか、声も聞き覚えのある声に変わっていた。
──それでも尚信じきれない部分もある。それは────
「……クライン」
「なんだ?」
「……アイツらは……《風林火山》のメンバーはどうしたんだ…?」
嫌な冷や汗が滲み出る。
クラインを疑っている訳では無いが、大分前にあった事件で俺はこの事が信じがたくなっている。そのせいか、そうでないと思ってしまった。
「………」
「……おい?」
訊くとクラインは無言を貫いており、有り得るはずのないそれに畏怖すら抱く。出会わなかった短い期間で、こうも変わってしまうものなのだろうか?それとも……或いは───
「……おい、クライン──」
「キリトくん!こっちは準備が整ったぞ!」
俯き始めていたクラインに声をかけようとした所、さっきまで回復を行っていた《アリババ》がこちらに声をかけてきた。
どうやら、攻略再開の目処が立ったらしい。
───しかし困ったことになったな、訊けるタイミングを逃してしまった。
でも、ここで立ち止まる訳にはいかないだろう。だから俺は、後で訊くことにする。
「了解だ!少し待っててくれ!」
「……また、後でな」
俺はそうクラインに伝えると、あいつは無言を貫きながら頷いた。その光景を見つつ、攻略開始へと足を動き始めていく───。
––––
階層攻略から1時間ほど経った頃、俺たちは《迷宮区》の最上階である《ボスの間》へと辿り着いていた。俺の後ろや前には《攻略組》のメンバーは勿論、護衛長である《ジェノ》、兵士長の《アリババ》、そしてアスナとエギル。顔見知りが揃っており、みんな何事もなく辿り着いたんだとわかる。
「……!」
ふと後ろを見てみれば。最後尾にアイツの──クラインの姿が確認できる。だが、どうやら何かを操作しているようだが、設定で見ないようになっているのかホロウィンドウが見えない。それどころか人混みで見えなくなっていく。
その情景に目を焼かせながら、俺はアスナ達の元へと向かう。
すると、俺の存在に気づいたのか、アスナはこちらに向いた。
「キリトくん!」
「キリト!」
「久しぶり……ってわけじゃないか」
「そうだね、1時間ぶりかな?」
アスナがそう言うと、隣に立っていたエギルが頷く。
「……なぁキリト。少しいいか?」
「なんだ?」
改まって訊いてくるエギルに焦燥が募る。
返事をすると、エギルはアスナの顔をチラッと見てから話し出す。
「──さっき聞きそびれたんだが、実はあの森の中に入ってから記憶が無いんだ。何か知らないか?」
「………え?」
「それは私も。目が覚めたらあそこで倒れてて……目の前にはキリトくんとメイルさんがいたの」
「ああ。それにさっきから頭痛が酷くてな……」
そう話す2人の姿に、俺は疑問が生まれた。
──何故、覚えていないのか。
正直、俺も覚えてはいない。だが、うっすらではあるが覚えているのだ。偽物と、小屋と、俺自身と………微妙ではあるが、確かに覚えている。
しかし、目の前の2人は──動けていた2人は一切覚えていないという。それを不審に思った俺は、色々と質問を投げかけたが全て返答は『覚えていない』。
………だとすれば、俺が体験したアレも、夢だったのだろうか……?
「───……わからないな」
そう小さく呟くと、周りの声に圧巻されやがて消えていく。2人にも聞こえていなかったようで、変に訊かれることも無かった。だが、余りにも無慈悲過ぎる。
そんなことを考えながら、俺は武器などのメンテナンスを行う。メンテナンスといっても、武器自体は変えないし、現在この層でもとてつもなく活躍できるであろう武器を装備しているので、俺自身は余り問題は無い。だが、許容筋力パラメータがギリギリすぎて、他の装備も付けにくいのだが。
なので、今から行うのは装備のメンテナンスとなる。現在、俺が装備しているのは全体が黒一色に包まれた《黒男(ブラックマン)》系統。現在、6000人ほど生きているこのアインクラッドでも珍しい姿をした装備だ。
といっても、《ビーター》呼ばわりした奴らが勝手にそう呼んでいるだけなのだが。
まぁ俺もこの装備を何だかんだ気に入っているし、今更変えるつもりもない。それに、これ以上変えるとこの武器自体が装備できなくなるかもしれないので、それだけは避けたい。
となれば、変えるなら1番軽いであろうハンド系装備か。
そう思った俺は、もはや何度行ったかわからない動作を行う。上げた腕をスっと指で落とせば、聴き慣れた鈴の音が鳴り響く。そして【アバター】から【装備】ボタンを選ぶと、現在俺が装備している服などが現れた。その中から【ハンド】を選択すると、現在持っている装備一覧が表示された。
「えっと……」
軽く唸りながら装備を選ぶ。少しづつスクロールしていき、能力などを確認していると、あるものが目に止まった。
「……これは」
それは、メイルに出会った時に貰ったひとつのアクセサリー。アクセサリーといっても首にかけるものや指に嵌めるものではなく、腕輪の1部だった。名称は【ブルー・ローズ】。
押してみると、既に付けていたグローブが外れ、右手に綺麗に装飾された青薔薇の腕輪が現れた。よくよく見てみると青薔薇といっても、本物の青薔薇ではなく、ガラス細工のようなもので造られているようだ。
オブジェクト化された《ブルー・ローズ》を押してみると、説明文と一緒に効果が書かれている。
『
《ブルー・ローズ》
説明:ガラス細工で造られた模擬青薔薇の腕輪。この世界では咲くことのない青薔薇を元に造られている。
効果:凍結無効、出血硬化。スキル強化+3
耐久:280
持続:150
』
内容はまずまずといったところだが、使えるとしたら第32層の《グランドロック》の氷山地帯かもしれないな。或いは、クリスマスイベントの時か……。
しかし、その思考を中断させるように、声が響いた。
「──キリの字」
その抽象的な呼び名は明らかに"奴"だとわかった。
「……クライン」
「あー…さっきは悪かったな」
「いや、いいよ…こっちこそ悪い」
交互に謝ると、クラインはホッとしたような顔を浮かべ、俺の肩へと腕をかけた。
「キリトが平常運転で助かったぜ。それと──」
「《風林火山》のメンバーであるアイツら全員はちゃんと生きてる。だから安心してくれ給え」
「そ、そうか。……ならなんであの時黙ったんだ?」
俺がそう問うと、少しバツが悪そうにこう答えた。
「……いや実はな、誘ったんだが妙にタイミングが合わなくてな……そんで、俺1人で来たってワケだ」
クラインはそう言うと、頭をポリポリと掻く。何故予定が合わなかったのは分からないが、ここで更に訊くのは野暮ってものだろう。なので俺は
「そうか……なら良かったよ」
と言うと、クラインは
「おう!」
と元気よく応え、返答代わりの拳を作った。俺はクラインの意図を読み取り、俺も腕を上げて拳を作り、ぶつかり合うように合わせた。
久しくやったその行為は、かつての頃を思起すように、俺はふと笑みを零した。
そんな時間が過ぎ、後ろから声を掛けられる。
「──キリトくん?その人は?」
「……アスナか」
声の主はいつの間にかいなくなっていたアスナの声───と、その後ろにいるエギル──の姿があった。
俺は2人の方に正すと、まるでそれを予想していたかのように視界にもう1人映った。
「キリトさん」
紅蓮の髪を纏い、希望のような瞳を輝かせている彼の姿が目に映る。そう、メイルだ。
「メイルさん!」
「アスナさん、エギルさんもお久しぶりです」
エギルは腕を組みながら頷いた。
「お、おいキリの字……コイツらは?」
「ああ、そうか。クラインは知らなかったんだっけ」
「──俺の、仲間だよ」
そう言うと、クラインは少し驚いた顔をしてから
「ああ……そうか」
と呟いた。そして、仁王立ちになりながらこう言った。
「──俺はクライン。新参ギルド《風林火山》のリーダーにして、キリトの………数少ねぇ友人だ!」
クラインはそう、指を鼻に添えながら言った。
───いや、数少ないは一言余計だ!!
ーーーー
第38.5章 –開戦前会議–
クラインの自己紹介が終えてから数分が経った頃、俺達は攻略必須となるパーティ決めを行っていた。勿論、団長直々に。
しかし、全てが団長によって決まるのではなく、各々決めていき、それを団長に提示する………というのが今回のフェーズだ。
それにしても……結構偏り過ぎじゃないか?
辺りを見てみれば、そこらかしこにいるのはタンクとアタッカーで分かれたメンバー。明らかに偏っており、レイドパーティだとしても流石に極端過ぎる。
だが、作戦としては申し分ないのだろう。
それはそれとして、俺達も早く決めなくては。
「───リトくん!」
「──キリトくん!!」
「……おわっ!?」
しかしそんな中、アスナの声によって引き戻される。アスナの方を見てみれば、若干呆れた顔でこちらを見ていた。
「もう……いつまで経ってもボーッとしてるのは治ってないね……」
「いやぁ……悪い悪い…」
「まあいつものことだし、今更何も言わないけど」
アスナはそう言うと、わざとらしく「コホン」と咳払いをしてから口を開いた。
「それで、編成どうしよっか」
「……そうだな………周りを見るに、アタッカーとタンクで分かれてるみたいだ。俺達も分かれてみるか?」
俺がそう言うと、アスナは少し悩んだ顔で
「んー」
と唸る。それを見つつ、返答を待っていると聴いていた1人が顔をズイっと出した。
「分かれるにしてもどうなるんだ?俺達は全員アタッカーみたいなものだぞ」
エギルはそう言うと、腕を組む。
「それに、俺とアスナ、クラインとキリトは兎も角、メイルに至っては今回初参戦だ。流石に1人にはさせられない」
「それは……そうだが…」
「だからこそひとつ提案がある」
「………提案?」
俺がそう言うと、エギルは「ああ」と相槌を打つ。そして、一瞬の空白を開けたかと思えば、やがて口を開いた。
「─────5人パーティだ」
––––––
「諸君、そろそろパーティは決まったかね?」
俺達が決め終わったのを見かねたのか、団長こと─────《血盟騎士団》の《ヒースクリフ》がこちらに近づいてきていた。
「ええ、決まりました」
「ほう。なら提示してもらおうか」
ヒースクリフはそう言うと、手をこちらに伸ばす。アスナは決まった直後に書いたペンと紙をヒースクリフに渡した。
渡された紙を見ている姿を、固唾を飲んで見守る。そして一通り見終わったのか、ヒースクリフはこちらを見て
「───なるほど。面白い」
と呟いた。
「いいだろう。5人パーティを許可する。但し、ちゃんと前線で戦うように」
ヒースクリフはそう言ってボスの間の扉へと戻っていってしまった。
その後ろ姿を見つつ、俺は安堵する。
そんな中、ずっと黙っていたメイルが口を開いた。
「ヒースクリフさんって厳しいお方なんですか?」
「いや、多分そんなことはないと思うんだが……どうなんだろうな」
俺が首を傾げると、それを補おうとするようにアスナが言った。
「団長はメンバーに対しては優しいわよ。ただ、何故かキリトくんに対してはよく思っていないみたいだけどね」
「ええ…?なんでだ…?」
俺がそう言うと、アスナは「さあね?」と言われ、この話は幕を閉じた。
「それにしても、よくこの案が通ったな?」
「んー……実は結構一点張りな所も多いらしいんだけど、それでも几帳面で、且つメンバーのこともちゃんと気にかけている……そんな団長だからじゃない?」
「な、なるほど……?──って、なんでそんなに知ってるんだ?」
俺がそう問うと、アスナは満を持してこう言った。
「アリババさんに教えてもらったの」
「あ、僕も」
「俺もだ」
みんなアスナに続けて言うように言っていく。………あれ?もしかして知らないのは俺だけなのか?
しかし、そんな気持ちを置いていくように、声が響いた。
「────皆の者!静粛に!」
その声は作られたように野太く、だが力強い。
一気にみんなの視線を奪っていく。……俺もそのうちのひとりだ。
「……アスナ、あれって…」
「……まさか知らないの?」
ジト目でそう言われ、俺は「はい…」と小さな声でそう答える。
「あの人は《血盟騎士団》の《騎士長》である《ヘル》さんよ。あー、でも……いつも外出中だから知らないのも無理ないか……」
アスナは唸る。
「ま、まぁ兎も角、ヘルさんは《血盟騎士団》の中でもトップを争う強い人よ。あまり侮らない方がいいわね」
そう曇らせられるように言われ、俺はたじろぐ。
「それはどういう意味だ?」
「時期にわかるわよ。ほら、前を向いて」
アスナにそう催促され、俺は言われるがままに前を向く。すると、にわかに信じ難いが、確かな気迫のようなものを感じ、姿勢を強制的に正された気が───した。
もしかしたらこれが、───『第六感』───なのかもしれない。
「……これより第53層階層攻略、基、ボス攻略会議を始める!だがその前に、《団長》よりお言葉がある!心して聞くように!」
ヘルはそう言うと、後退りをした。そして入れ替わるように《団長》こと《ヒースクリフ》が前に出る。ヒースクリフは辺りを見渡すと、頷いて口を開いた。
「まず私から一言だけ発言させて頂こう。───生き残りなさい」
ヒースクリフはそれだけ言うと、再度後ろへと下がり、ボスの間の扉の方へと向く。そしてそのまま向いたままこちらに向くことはなかった。
「───では、ボス攻略会議を始める!……《アリババ》!《ジェノ》!」
その隣から2人ほどの声が聞こえ、向いてみれば《兵士長》と《護衛長》の2人が祭壇へと上がり、両腕を後ろの方へと連れていく。足も肩幅まで広げ、休めの状態となっていた。
ヘルが「よし」と言うと、ジェノは頷いて前に出た。
「今回のボス攻略はいつもと変わらないレイド形態。ですが、事前に聴取した情報通りですと、一筋縄ではいかないと推測されます。ボスが使う武器は【魔法武具】による攻撃のようです。スキルも3つほどありますが、それはアリババより話してもらいます」
次にアリババが前に出る。しかし、いつもと違って気迫が漏れ出ていた。
「ボスの名前は《Unreasonable of Person(アンリーズナブル・オブ・パーソン)》。スキルはジェノが言った通り3つほどあり、それぞれが危険なスキルとなっています。ですが、その3つのうち1つが不可解なものらしく、こればかりは私にもわかりません。ただ、NPCが書いた文献によるとこう綴られていました」
───長いので俺なりに要約していく。
……………
遥か昔、第53層には大型の街があったそうだ。だが、ある日を境にその街は一夜にして消滅、行方不明となってしまった。
その正体を探るべく、調査隊が派遣されたそうだが、その調査隊も行方不明に。困ってしまった隣国は、生まれた勇者とその仲間達に原因を探り、討伐を依頼した。
そして、その数年をかけて、消滅したはずの街はほぼ無傷の状態で帰ってきたそうだが、勇者とその仲間達は帰ってくることはなかったという。
人々は勇者一行が平和を齎したと賞賛し、───これが、少し離れた小国の誉れの御伽噺である。
……………
「────との事です」
アリババは読み上げていた本のようなものを閉じると、そう言った。続けて口を開く。
「しかし、これ以上の情報は聞き出せませんでした。よって、推測できなかったとここでお詫びを申し上げさせていただきます」
アリババは頭を下げる。
「ですが、他2つのスキルに関してはとても興味深く、且つ危険なスキルだと判明しています。今から順に説明していきますので、分からないことがあれば質問を受け付けます」
アリババはそう言うと、隣にいたジェノと並び、ボスのスキルを説明していく。
「まず1つ目は、《断絶》。特定の範囲のみのプレイヤーに対して起すスキルで、斬られたプレイヤーはデバフを起こすと推測されます。しかし、肝心の範囲やダメージに関しては予測不可能です」
「そして、2つ目は《決壊》です。完全ランダムのプレイヤーに対して回避不可能の攻撃を与えるようですが、どうやら当たらないことが多いようです」
「そして肝心の3つ目ですが……これだけはスキル名や詳細が分からず…」
ジェノが言い詰まると、横からアリババが言った。
「ただ、ひとつだけ気になることがありまして。それが、先程申したNPCの書籍───文献です。恐らくですが、これが攻略の鍵になるかと」
そう言いながら、アリババは文献を取り出し、俺達に見せる。
それを見ながら、俺はある事を考えていた。
───恐らく、アリババの勘は正しい。俺が思いつく範囲であれば、アリババの勘と俺の考えはほぼ一致している。それは定かではないが、きっと、恐らく───
しかしその考えを阻害するように、ひとつの声が強く響き、思考を停止された。
「───では、これより攻略を開始する!皆の者、生き残れ!!」
その声に応えるように、或いは相反するように。周りの声は、ヘルよりも強く、強く返した。そしてそれが開戦の合図となり───
─────やがては、全ての終わりを告げるもうひとつの物語と成る。
「────行くぞ!」
ーーーー
第39章 –接続終焉奇譚–
ボス部屋に入ってから、2時間が過ぎた。
外で待機していたあのプレイヤーも、これは流石におかしいと考えていた。しかし、ボス部屋は何があっても絶対に開くことは無い。それこそ、中で討伐されるか、或いは────全滅するか。
もし開くことがあれば、その二者択一。
それはつまり、外からは確認することすら叶わない。だが、そのプレイヤーは信じていた。
きっとあいつは、成り上がると。
そう、信じていた。
──────頬に髭を生やしながら。
––––––––
「────………はぁぁぁ!!!」
ガキンッ!と鉄と鉄が重なり合う音と、ぶつけ合う音が鳴り響く。それは盛大に火花を散らし───しかし1歩も譲らず────やがてはまた元に戻る。
そんな攻防を繰り返し、それだけで1時間は過ぎてしまっていた。だが、不思議と疲れはしない。まるで、前と同じ感情に陥っているような。それでも、何も変わっていないことに気づくのも、遅くはなかった。
「……何故だ!……何故こんな事をするんだ!」
俺は必死に説得を試みた。
しかし、目前の者は無言を貫く。かれこれこれを、30分近くはずっと続けている。もしかしたらと思って、俺はただそのワンチャンスにだけ賭けていた。
だがそれも、もう長くは持たないだろう。その理由として答えられるのは、ひとつだけだ。
────徐々に、時間が進む事に攻撃の仕方が巧妙になっていくのがわかる。
それはつまり、このまま行けば────
「……お願いだ!目を覚ましてくれ!!───メイル!」
───どう足掻こうが、俺たちは全員死ぬだろうから。
……………
時を戻して、1時間程前。
士気が高まり、意気揚々と入ったボス部屋で事件は起こった。
「……なんだ?ボスが現れないぞ?」
そう1人のメンバーが零し、俺たちも辺りを探し出す。しかしそこらじゅうを探してもおらず、まるで消えてしまったかのような状態に、俺たちは疑問を覚えた。
「皆の者!警戒は解くんじゃないぞ!!」
ヘルがそう言い、しかしメンバーも分かっているかのように頷く。だが、いくら待っても現れないボスに、俺はただただ違和感だけが募っていた。
しかしその疑問を抱いたのも、どうやら俺だけではないようだ。
「──もしかしたらいないんじゃないですかね」
そう口を開いたのは、マイペースであろう───《アリババ》だ。前から思ってはいたが、どうやら気分屋に近く、そして───気を抜いた時、彼はいつもの口調に戻る。それは何度も経験してきたことだが、ここまで口調が戻ると調子が乱される。
「おい!アリババ!団体行動を乱すな!!」
しかし次に口を開いたのはやはりヘルだ。
「だって、ここまでいないんじゃ意味無いですよ。───ほら、こんな所まで進んでも何も起こりは──」
───── 一瞬何が起こったのか分からなかった。気づけば、アリババは捕らえられていた。中に浮く、鳥籠のような檻に容れられて。
その姿に、俺たちは意表を突かれてしまった。
「───アリババ!!」
しかし誰よりも声を出したのは、1番真面目であろう《ジェノ》だった。彼はアリババを助けようと走り出し、ヘルの静止の声すら届かず、彼もまた捕まってしまった。
そんな中、ひとつの甲高い聲が強く響き、俺の耳を刺激する。その声の主は俺よりも後ろに───ボス部屋の扉に誰かがいたのが分かった。
そいつはパン…パン…と遅く、だが速く手を叩く。そして不気味な笑みを浮かべながら、こう言った。
「────いやはや何とも滑稽だ。まさかこうも簡単に引っかかるとはね」
やつはそう言うと、顔に手を当てて堪えるように笑う。
すると、まるで威嚇するように後ろからコツコツと音が鳴り響く。
「……お前は何者だ、ジェノとアリババに何をした…!」
ヘルがそう言うと、奴は言った。
「フフフフフ………いや、特に何もないさ。でもね、私にとっても面白い光景にしか見えなくてね」
「貴様……!」
「名前、と言ったかな。そうだね……私の名前は────」
奴はニヤッと笑うと、人差し指を突き出し、奴の方にクイッと指を曲げる。すると、それに連動するような、引っ張られるような感覚に陥り、俺は必死に剣を下に突き立ててしがみつく。
───そして、その中で1人だけが取り込まれて行くのが見えた。
「────メイル!!」
吸い込まれていく彼の姿は、何処か悲しげで、悲観的で、そして────かつての彼と同じ顔をしているのが、フラッシュバックした。
メイルが奴の腕に捕まると、とても苦しそうな顔を浮かべているのが見えた。
「───私の名前は《Unreasonable(アンリーズナブル)》。そして、こいつの名前は───」
「───《Person(パーソン)》だ。そうだろう?───《Bro》」
アンリーズナブルと名乗る男は、メイルに近づいてそう言う。だがメイルは───
「………うん」
───そっと、頷いた。
「くくく……だよな。なら、私のしたい事も当然分かるよな?」
アンリーズナブルはメイルに囁くように言うと、メイルは頷いて背中に背負った片手剣を抜刀する。
そして───俺たちに向けて構え始めた。
「お、おい、メイル………冗談だよな?」
俺はメイルに向けてそう言う。だが、メイルは聞く耳を持っていないのか、無視するように無言を貫いている。それは確かで、メイルから発される眼光の鋭さが俺の背筋を凍らせた。
「なぁ、《Bro》……やっちまおうぜ。私はもうここにいるのが疲れたんだ……共に自由の身となろう………なァ?」
「メイル…!!」
「───だがまぁ、こんなに人数がいれば明らかに私たちの方が不利だ」
アンリーズナブルはそう言うと、黒ずくめのコートの中からあるものを取り出す。
しかしそれは、この世界において何処にも見たことがないものであり、俺でさえも違和感がある代物だ。恐らくもっと上の───大体第70層辺り───それくらいのアイテムなのかもしれないが………そうだとしても、あのアイテムは見たことがない。
顔が見えない奴の口元がニヤッと緩むのが分かると、アンリーズナブルは低く笑いながら言った。
「くくく……さあ!───万物よ"凍れ"!!───発動せよ!《スノウ・ブリザード》!」
そう呟くと同時に、そのアイテムは白く輝いていく。それは確かに、だが同時に眩く白く咲いていく。
それを見た時、俺は悪寒を感じていた。
寒すぎる。だがとてもじゃないが言葉に表せづらく。それ程までに安心できない冷たさだ。
意識が遠くなる。
視界がボヤけてくる。
寒さで掴んだ片手剣から手が外れる。
耳も遠くなって。口元も震えて。
耳鳴りが五月蝿いせいで何も聞こえない。
ああ、ここで死ぬのか。
何も出来ず、何も得られずに。
メイルを助けることも、アスナを元の世界に帰すこともできないで。
それに、あいつも───
────あいつも?
………そういえば、HPバーの上にデバフが付いていない。
「(そうか……やはり……)」
遠い記憶の中で、言われた記憶が今になって鮮明に思い出す。それは、初めてプレイヤーを殺した時のこと。
血は流れない、だが、俺のピンはオレンジ色に染まったまま。その時、彼は近くにいた。正直、本当に殺せるとも思わなかったのだ。恐らく、彼が近くにいなければ俺は発狂していたかもしれない。或いは、《PK(向こう側)》になってたかもしれない。
でも、それでも。
彼の───ユージオの言葉で目が覚めた。
その時の会話を、途切れ途切れではあるが思い出せる。
俺が下を向いて。
彼は俺を見て。
そんな俺を、ユージオは優しく包み込むようにこう言ってくれた。
『キリト。僕にはまだ分からないことが沢山あるんだ。でも、ここで終わったら僕は帰れないどころか知らないことばかりになる。きっと、不安になる。でもさ、思うんだよ。キリトは────』
『───絶対に約束を守ってくれるって』
───何気ない会話。そうとも言えるが、少なからず俺の心にはキュッと響いた。締め付けるように、でも解すように。分からないことだらけの場所で、見てきたのは俺なんだと。
ユージオの不安を拭ってきたのは、きっと、俺だけじゃないかもしれない。だが、彼は───
思考を中断し、閉じかけた瞼を無理矢理こじ開ける。すると、腕から何か暖かいものを感じ始め、次第に俺を包み込んでくれる。
その暖かさは、まるで彼の抱擁のようだった。
「……ああ、分かってる」
聞こえないはずの声が聞こえてくる。
でも、しっかりと伝わる。
声の主は、この腕輪からしっかりと。
暖かさが、足へ。その次は頭へ。その次は───視界がクリアになる。
今なら奴の顔が見える。メイルも救えるはず。そう信じるしかない。だって今の俺には───
「……行こう、ユージオ」
───繋がりを感じている。
今なら、彼の声が聞こえそうだ。
四つん這いとなった体を動かして、突き刺したままの愛剣──《エリュシデータ》を手に取る。そしてそれを軸にして立ち上がり、抜いて構える。
その姿を見たのか、アンリーズナブルはとても興味深そうに凍える空気の中で答えた。
「ほう……。私のこれを耐えるか。だが、足が凍っては動けまい!」
そう、俺の足は凍っている。
とてもじゃないが、簡単には取れないだろう。
だが、今の俺には、ちゃんと着いているのさ。そう信じて、呟く。
「……なあ、ユージオ」
───なんだい?
「怖いか?」
───質問はお返しするよ。
「……はは、大丈夫だ。俺も怖くない。寧ろ高揚してきたところだ」
───じゃあ、問題は無いよ。
「ああ……そうだな───着いてこいよ?」
───言われなくても。だろ?
「………ああ!」
俺はそっと、片手剣を横向きに添える。
すると、それに呼応するように右手に着けた《ブルー・ローズ》が輝き出す。
それを見ながら、俺は口を開いた。
「……おい!アンリーズナブル!」
「……まさか、何か思いついたでも?」
「そのまさかだ。───覚悟しろ」
「くくく……つくづく楽しませてくれるな。良いだろう。かかってこい。私はここから1歩も動きはせん」
奴は高らかに笑い続ける。
だが、俺には勝機が見えていた。微かに空いた、微量な光の隙間が。それさえ突けば、この状況を打開できるはずだと。そう信じている。
「………これが最初で最後の攻撃……行けるよな?ユージオ」
───任せといて、これでも相棒だったんだから!
本来なら、有り得ない構え方。
どの武器にも、どのスキルにも。この構え方は存在しない。だが、今なら行けるはずと思った。異世界からの彼の助力と、ここでの力。その2つを組み合わせれば、きっと───
「………行くぞッ!!」
愛剣《エリュシデータ》は《ブルー・ローズ》と一緒に黄金色に光り出す。
そして次第に貯まると、1番眩く、一等星のように輝き始めた。
「…………ッ!!」
心の中で技名を叫び───自分でも分からないほどに、速く。かの光年の如く。だが鮮明にアンリーズナブルの身体を裂いた。
──────《ミラクルブレード》ッ!!!
見えなかったはずの、彼の姿がよく見えた。気がした。
………これで、《昊の剣士》の役割は、きっと終えたはずだ。だが、《黒の剣士》としての役割は、まだ終わっていない。そんな気がする。
「……ユージオ」
《ブルー・ローズ》は輝きを失った。同時に、聲が聴こえなくなった。
「……はは……やる…じゃないか」
アンリーズナブルは貫いた腹部を隠すように言う。そしてその貫いた衝撃か、持っていたアイテムは落とし、割れてポリゴンとなって消えてしまった。
その影響か、凍っていた辺りが瞬く間に溶けていき、そしてメンバーが見え始めていた。
「………だが、残念だ」
「なんだと?」
「私の役目は終えた……だが、そうではない……そうだろう?───《Bro》」
───悪寒が募る。焦燥が溢れ出る。
振られた武器を咄嗟に構え、何とか受け止めることができた。
「───メイル……っ!」
「……私はもう時期消える……だが、パーソンは諦めないだろう」
アンリーズナブルはそう言うと、少しばかりの嗚咽を零す。
「………仲間に殺される瞬間を、私は見たかったが…………どうやら叶いそうもなさそうだ」
「…………ぐぅ…!」
「さらばだ、強き者よ。その絶望顔を、崇めたかったぞ───」
───アンリーズナブルは、蒼いポリゴンに包まれて消えていく。だが、それを気にしていられないほどに強く圧されていた。
「メイ……ル……!目を覚ましてくれ……っ!」
そう言えど、彼の攻撃は止むことはない。
寧ろ、強くなる一方だ。
「………っ!」
次第に強くなる攻撃に、俺は流石に耐えられなくなる。だが、潰れる前に足に力を入れてメイルの攻撃を流した。
それで少しは説得ができると感じた瞬間───
「メイ─────っ!?」
───体制を崩したはずのメイルがまたもそこにいて、先程と変わらない状態へと戻ってしまった。
「なんで……だ…!」
だが俺は諦めず、説得しようとまたも剣を受け流す。だが、またも変わらず。永久にも等しい同じ状況が続いていた───
–––––––
そんな戦況が今にも進み、気づけば1時間も経っていた。あれから進展があったかと訊かれれば、そうではないと答えられる。
ただでさえスタミナが多く消費する長期戦なのに対し、相手───メイルは一向に疲れた様子を見せていない。それどころか、防戦一方だ。
「目を覚ませ!覚ましてくれメイル!」
1時間、ずっとそう言い続けている。枯れそうな喉も、疲労で倒れそうな脚も。痺れて離しそうな腕も。
いつの間にか輝きを失っていた《ブルー・ローズ》も。
全てを嘲笑うように、緊迫に包まれていた。
チラリと後ろを向いてみる。
すると、そこには解氷した《攻略組》のみんなと、アスナ、エギル───仲間の姿がそこにあった。だが、こちらに向いてはいるが動いていない。何かしらの呪いのデバフに掛かったのでは───と思ったが、一瞬見たHPバーの上には何も無かった。
それはつまり、動けないのではなく、───動くことができないのである。
無理もない。
だってこれは、単なる《決闘(デュエル)》ではないのだから。
「───ふっ!はっ!やぁ!!」
掛け声に合わせて剣を振るう。
最初は防戦一方だった俺も、気づけば攻めるくらいには踊らされていた。
しかしメイルも、まるで予測しているかのように剣で護る。流すことは教えていないものの、しっかり防御してくる。
しかし、防御してくる分、厄介なものでこうして長引いてしまっていた。
───もうすぐ、2時間に達する。
俺自身、防御は完璧という訳では無い。
《決闘(デュエル)》となければ、HPを削りきってしまう危険性がある。それはつまり、威力の高いソードスキルなどは使うことができない。
過去にプレイヤーを殺してしまったことがある俺でさえも、こればかりは意味が違う。
これは単なる───殺し合いに近い。
あの時とは違う意味。
……だが、今はそれを考えている暇が無さすぎる。
やがて、俺のスタミナが尽き、無惨にも斬られてしまうだろう。現実世界(向こう)でやり残した事も、伝え忘れたことも。
全部全部が叶わなくなってしまうが、こうして負けてしまうのであれば、決して本望という訳ではないが、良い死に様だとは思う。
それに、約1年半、よく生き延びたものだろう。
……ただ、ひとつだけ心残りがあるとすれば───
「───ぁ」
─────ユージオを救えなかったことだけだ。
《エリュシデータ》が弾き飛ばされた。
疲れた腕が痺れてきた。
脚も、動かなくなってしまった。
ああ、死ぬのか。
もう全てを投げ出してしまうのか。
でも、今だけは。
………彼に逢いたい。
そう、強く願った。
すると、ひとつの輝きが天井付近に現れた。
蒼く、眩く、あのアクセサリーのように煌々と。
それだけで、俺は確信した。
あの姿は………──────
「────キリトぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
その声を聴いて、嘘のように何かが溢れ出る気がしたのは、きっと言うまでもないだろう。
ーーーー
第40章 –邂逅/暴露–
鉄と鉄が擦れ合う音が聞こえる。
しかし、両方は鉄で出来ていない。
そして、どちらもこの世界のものではない。
片方は異世界から。
もう片方は、理から。
全てを反して、全てを覆す。
そうやって、今は廻っている。
────漸く出逢えた、一粒の奇跡を。
––––––
「なん……で……」
理解不能。
恐らく、今の状況ではその言葉が1番正しい。だって、目の前に写る景色は本来なら有り得ないはずだからだ。
それとも、俺はここにきて走馬灯でも見ているのだろうか?
………もしそうだとしても、何故上から光が盛れ出していたのだろうか。ボスの間は、光が漏れ出るなど有り得ない。炎が点ってはいるが、明かりとも言えない。
幻覚?幻聴?……何れにしても、この状況はまず有り得ない。だって、ずっと俺の脳内が否定し続けているからだ。
───でも、錯覚でも、幻覚でも良かった。こうやって彼の姿を見られたのだから。そう思い、俺は意識が遠くなる気がした。
「────キリト!」
だが、その声に合わせて意識が醒める。
不思議と、確実に。
手放そうとした意識が、暖かい掌で繋がれたように。
───嗚呼、そうか。
これはやっぱり、夢ではないのか。
………そっと、手を伸ばす。すると、それに合わせるように、或いは分かっていたかのように。彼は───ユージオは俺の手を掴んだ。
夢から醒める気がして。或いは、水面から引っ張り出される気がして。
─────俺は、漸く巡り会えた。
「───ユー……ジオ?」
「──いつまでボウっとしてるんだよ。ほら、手を化してやるから君の剣を取りに行ってくれ」
ボヤける視界の中、彼に似た姿をした青年にそう言われ、俺は言われるがままに弾き飛ばされ、だがそこまで遠く離れていない武器───《エリュシデータ》を手に取る。
しかし、それを取った途端、視界がいきなり眩くクリアに映り始めた。
というより、消えかけていた色彩が煌びやかに映り出したのだろう。
黒く見えていた俺の愛剣は、色彩を取り戻したのか輪郭が白く輝く。そして、肝心のブレイド部分──黒くなっていた場所には、俺自身───《キリト》がハッキリと写っていた。
……久しぶりに見た、俺自身。
1年半前、《仮想体(アバター)》となる前の、現実世界の俺。鏡を見ることすらせず、過ごしてきた俺の姿は、何処か嬉しそうに見えた。しかし、忽然として失ってしまった時もあっただろう。だが、今は言える。彼はきっと……いや、あれは絶対。
「………行こう」
片手剣を拾い、俺は彼の元───いや、ユージオの元へと走り出していた。
––––––
……状況的に見れば、圧倒的に相手が不利だ。その理由として、相手は1人に対してこちらは2人。───結果的に見ても、世間的に見ても。どちらにせよ不利なことには変わりがない。
だが、不思議なことにこれでも漸く五分に回れたくらいだ。だって、相手は───メイルは強すぎるのだ。
今までの戦い方は何だったのかと言えるほどに、メイルは本来の強さ───隠していたのかは分からない強さを誇っていた。
だが、今の戦況で手加減は必要ない。
でも、殺す訳にはいかない。
恐らく、メイルは操られているだけのはずだからだ。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
しかし、ユージオと一緒に休む暇もなく攻撃しているのに対し、メイルは焦りの汗ひとつかかずに、冷静に対応している。
ひとつひとつ、でもたまに漏れ出るように。
流石のメイルでも捌ききれないのか、たまに攻撃が当たる。その度にHPバーが減っているのが分かるが、1回1回当たる毎に5%ほど削られていくので、若干ヒヤヒヤしている。
それは勿論、ひとつの意味で。
───クリティカルヒット。
ゲーム、それもRPGというゲームのジャンルでは、必ず《クリティカルヒット》という攻撃倍増チャンスがある。
それは主に低確率で起こるものだが、こう連続で攻撃していると、起こりやすくなってしまうのである。
そして、このSAO(ゲーム)において、クリティカルヒットは中々に凶悪なものだ。それも、《決闘(デュエル)》であれば尚更。
確率とはいえ、一歩間違えれば相手は死ぬ。それも、攻撃力が上がる《ソードスキル》であれば当然のこと。
その為に俺はソードスキルを打っていないし、ユージオも打っていない。だが、メイルも打っていないし、何なら反撃をしてくる様子もない。
ずっと、防御をしている。
───それはまるで、何かを待っているかのような。
「メイル!」
ここでひとつ呼びかけてみる。だが、相変わらず返事はない。それどころか、冷えきった瞳でずっと見てくるばかり。
嫌な汗が垂れてくる中、俺とユージオは攻撃を続けた。
続けて、続けて、続けて。
そしてやがては───終わりが見え始めていた。
「……はぁ……はぁ……」
攻撃が、一瞬止んだ。
それに合わせ、俺とユージオはバックステップ。そして様子を見てみると、メイルは俯きながら笑みを浮かべているのが見えた。
「………やっとだ」
メイルはそう呟くと、顔を上げた。
だが、その顔はとても言葉じゃ言い表せないほどに醜く浮かべていた。
「ふふふ……ははは………」
それからというものの、メイルはずっと笑い続けている。数秒、或いは数十秒。
不気味な笑い。それから、奇声にも等しい嘲笑。それを繰り返し、やがては最早言葉すら分からなくなっていた。
「ははhハハハハハハハッ!!!!!」
その笑いと共に、何処か吹っ切れたような表情を浮かべているのがわかる。そして、チラリと後ろを見てみれば、アスナたち皆は顔を引きつり、とてもじゃないが先程までの戦慄が走る表情では無いこともわかる。───ただひとりを除いて。
「メイル……!」
もう一度、でも今度はさっきよりも力強く。しかし聞こえていないのかメイルは何も反応しない。
それに踏まえ、メイルは視線───目が尋常じゃないほどに飛んでいる───ガンギマリとなっているようだった。
「……ふは………………」
そして一頻り笑い終えたのか、メイルは手にした自身の武器を両手で逆さに持った。それを不思議に思っていると、驚くことにメイルは力強く、躊躇なく自身の────腹部へと刺した。
「______ッ!」
声にならない声が俺自身から溢れ出る。
しかしメイルはそれだけでは止まらない。
何度も何度も何度も何度も同じ腹部へと刺し続け、気づけばHPバーは終わりを迎えそうだった。
メイルの残りHPバーが1割を切り、さすがに止めに入ろうとしたが、間に合わず────
────しかし、その行動すら嘲笑うように、突風と共に光が強く溢れ輝いた。
その光で咄嗟に目を瞑ったが、瞑っても見えてくる光の強さに俺は目眩を起こしかけた。
だが光り輝いたのは一瞬で、手のひらで遮る前に落ち着いてくる。それを不可解に思った俺は、視界を広げてみれば、そこにはおぞましい何かがそこにいた。それはまるで、いつぞやの夢で見た何かのような。
そんな、気がした。
「メイル……?」
口が思うように開かない。
開いても、言霊は震えるばかり。
ただ、そんな中隣に佇んでいた相棒はこう言った。
「………あの正体は君だったんだね」
嫌な冷や汗が垂れながらも、彼はそう言う。メイルはもう正気を保っていないのか、ユージオに対して何も言わない。それどころか、口にすら無かった。それは確かで、明らかにこの世界に似つかわしくないデフォルメとなっていたからなのかもしれない。
当然、俺はユージオが言ったことに疑問を持つし、それが一体何なのかも気になる。だが今は目の前のことに集中しなければ。
「……ねぇ、君の名前を教えてもらえるかい?」
ユージオはそう言う。だが、メイル(モンスター)は口を聞く様子もない。
「───そっか、なら僕が名乗ろう」
剣を再度握り直し、ユージオは足を後ろに広げてゆっくりと腰を下ろしていく。そうして戦闘態勢に入ると、深呼吸をしながら彼は名乗った。
「───僕はユージオ!剣術《アインクラッド流》の使い手にして、相棒として隣に立っていた者!───貴方に模擬戦……いえ、実戦を申し込みたい!受けてもらえるか!」
しかしメイルは何も言わない。
「……その心意気、しかと謁見した!」
ユージオはまるでメイルの言葉が分かっているかのように言った。
そして俺の方へ向くと
「キリト!僕はこの人と戦う!君はするべきことをしてくれ!」
と言った。
だが俺自身、それを許すはずもない。
それはユージオも分かっていたはずだ。
なのにどうしてなのか。
「……君は、ここで死ぬべき存在じゃない。僕にはわかる。わかるんだ!……だから、終わらしてくれ。────頼んだよ」
ユージオはそう言うと、足に力をいれて走り出した。その光景を見つつ、俺は後ろに振り向く。
無論、何も思っていない訳では無い。寧ろ何も思わないわけがない。もしかしたら彼は死んでしまうかもしれない。もしそうなったら、俺は全てを投げ出してでも彼を救うだろう。
今の状態は、第48層と二の舞になる気がするからだ。
────だが、何故か不思議とそんな気はしなかった。
それは信じているからなのか、或いは戻る必要性もないからか。それに関しては分からないが、"もしかしたらそう"だと分かっているからなのかもしれない。……仮にそうだとして、できることなんてあるのか?…………だが、その問いの答えは、もう既に分かっている。
分かっているからこそ、俺は歩んだ。
歩いて、向かって。
みんなが訝しげな表情を浮かべる中、歩いて止まったのは、"奴"の目の前。
「……ヒースクリフ」
「なんだね?」
予想が正しいのであれば、こいつは……。
「少し、話したいことがある」
「なら、場所を変えよう」
「いや、ここで話す」
「………それは、ここでないとダメな理由があるのかね?」
「ああ」
固唾を飲む。
緊張が迸る。
余裕の紐が、結んでは綻びていく。
だが、ここが正念場だ。
俺の予想を信じるしかあるまい。
「ふむ、なら聞かせてもらおうか」
ヒースクリフはそう言ってこちらに姿勢を正した。どうやら聞く気になっているようだ。
「……珍しいな?」
「何がだ?」
「俺の話を聞こうとする姿勢が、だ」
「それはそうだろう。キリトくんだって一応はうちの団員(メンバー)なのだからな。話くらいは聞くさ。………して、話というのは?」
「簡単なことだ。ひとつ、ヒースクリフに《決闘(デュエル)》を申し込みたい」
俺がそう言うと、周りから響めきの声が聞こえ始める。中には心配する声や、野次を投げる声。そして悪ノリをし出す声。様々な感情と、声色が飛び交っていた。
それはそうだ。相手は団長なのであって、俺は一番下っ端───ギルドに入りたての小僧に等しい。それはつまり、無視されるのが普通なのである。だが、今回は違った。
「……ははは!これは面白い。いいだろう。今回は私自身何も出来なかったからな。祝杯と称してその決闘を呑んであげよう」
「有難いね」
「ではどうする?《初撃決着モード》か?《半減決着モード》か?それとも…」
「いや、今回は《初撃決着モード》だ」
「ほう?……それは何故だ?」
ヒースクリフがそう問うてくる。
その質問に答えるべく、俺は視線をHPバーを見た。すると、ヒースクリフはそれに気づいたのか少し笑う。
「なるほど。そういうことか。───キリトくんの配慮が身に染みるね」
「なに、もしもクリティカルヒットを出してしまったらヒースクリフのHPが危ないだろ?それで"うっかり"やってしまったら、俺でも逃げ場がない」
「ははは。それもそうか───なら、《初撃決着モード》でやろうか」
ヒースクリフはそう言うと少し距離を取る。そしてボタンを押そうとした時───
「キリトくん」
「……なんだ?」
突然、ヒースクリフに話しかけられた。
当然の如く俺は疑問符を投げる。すると、ヒースクリフは視線と言葉で回答した。
「彼は1人でも大丈夫なのかね?」
「……なんだそういうことか。──ああ、問題は無い。だってあいつは────」
そこで口を噤むと、ヒースクリフは少しびっくりしたような顔をしたが、次第に納得したかのような顔を浮かべた。
「ふむ。………なら、やってみるとしよう」
ヒースクリフはそう言うと、仕舞いかけていたロングソードと長方盾を装備し、まるで「いつでもかかってこい」と言わんばかりに構え始めた。
俺はそれに則り、メニューを押して《決闘(デュエル)》を押す。すると《決闘(デュエル)》したい相手のスペルが表示され、俺は迷わず《Heathcliff》と書かれたプレイヤーを押した。
すると、大々的にボス部屋に表示されたのは、《Kirito》vs.《Heathcliff》と書かれたホロウィンドウだった。
それを見つつ、俺は愛剣である片手直剣──《エリュシデータ》を抜刀する。鞘から出る度に擦れる鉄の音は、まるで抜く度に俺を激励しているような、そんな錯覚に陥る気がする。
しかし、今はそれすら置いていってしまうような緊張が募っていた。
それでも気分が昂る。
意識が醒める。
刻一刻と時間が経ち始めている針。
それらは全て、周りの音が聞こえなくなるくらいには定まっていた。
……ここで、深呼吸をひとつ。
「…………ヒースクリフ」
「なんだね?」
「……俺の予想が正しければ、アンタは───」
そこで口篭る。
ヒースクリフは怪訝な表情を浮かべていたが、やがては少しの笑みを浮かべると、再度構え始めた。
始まりの合図が近づいてきた。
あるはずの無い冷や汗が垂れてくる。
そして、最後のスリーカウントが始まった。
_____3.
_______2.
_________1.
「───はぁ!!」
『0』のカウントが始まった直後に、俺は動き出す。しかし、ヒースクリフは前と同じく動く気配はない。ならばその空いた頭上に剣を突き刺してやろうかと思うが、恐らくそれは叶わないだろう。何故ならば、余り《決闘(デュエル)》自体をやったことがない俺でさえも、この男には“隙”が無さすぎるのだ。二度目とはいえ、この男自体の癖は未だに見抜けていない。それはつまり、例え相手が───《デバフ》を受けてHPが半分になっていたとしても、癖を見抜けていないのであれば、勝率はほぼゼロに等しい。
だからといって、素直に負けてやるほど俺は大人なんかじゃない。
足掻けることは最大限足掻くつもりだ。
「はっ!」
斜め斬りをひとつ。しかし効果は今ひとつのようで、難なく盾で防がれてしまった。
ならば横斬りをひとつ。しかしこれも防がれてしまった。
休まず攻撃を入れていくが、状況は変わらない。ならばと思い、俺はバックステップをいれてヒースクリフから距離を取った。
そして俺は両足に力を貯めると、足が黄緑色に染まり、ある"技"の体制に入った。ヒースクリフもそれを見て何か来ると確信したのか、防御体制に入った。
足に力が貯まると、俺は走り出す。
本来ならこれもソードスキルの一部であるのだが、実はスキルModで一部のスキル限定で少しの間保持することが出来ている。
これが無かった場合、俺は走り出すことは愚か、その場でファンブルしてすっ転んでしまうだろうが、俺はスキルMod《健闘保持》を会得し、その中に《体術スキル》を容れていた。──それはつまり、実際には違うが《スキルコネクト》と同じような現象が今起こっている。
「───ふっ!はぁっ!」
走り出した俺は、足に力を踏み込んで跳ねるように跳ぶ。そしてヒースクリフ目掛けて足に再度力を入れると、ピンッ!と聴きなれた音が鳴り響いた。
「─────《失墜双蹴(しっついそうしゅう)》!」
蹴り上げるように左足を上げ、そして軽く回転してから右足を落とす。
そうすると、ヒースクリフは盾で防ぎ切れず、為す術なく体制を崩した。
────体術スキル《失墜双蹴》。
体術スキル系クエストをある程度までクリアすると、師範からご教授願える技のひとつであり、中々に強力なスキルだ。
元々アルゴの手伝いで受けていたクエストの一部だったが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
このスキルは当たると、盾で防御関係無しに相手は体制が崩れ、暫くの間身動きが取れない。所謂スタンである。但し、それは逆も然り。
「……くそ……!」
スキル発動による《スキル硬直》によって俺は動けなくなった。元々《体術スキル》は後隙が少なく、且つ硬直時間も短いのだが、レアリティが上がるにつれて硬直時間が伸びていく。
《失墜双蹴》は《体術スキル》において上位に君臨するほどのレアリティを持っている。技としては申し分ないが、1人、或いは《決闘(デュエル)》では余り意味が無い。
なら、何故使ったのか?答えは簡単だ。
「(《スキルコネクト》が使えない──!)」
使えない、というより発動させるタイミングが合わなかったようで、俺も為す術なく硬直時間に煽られ続けた。
そしてほぼ同時にヒースクリフのスタンと硬直が解け、またも読み合いが始まる。
「今のは……体術スキルの《失墜双蹴》かね?」
「………そうだが?」
「はは。そう警戒しないでくれ。私だって何もかもが詳しくない訳じゃないのだよ」
ヒースクリフはそう言うと
「じゃあ、次は私の番……ということでいいかな?」
と言って剣盾を構える。
「……随分余裕そうだな?」
「まさか。これでも緊張しているのだよ」
「そうは見えないが……なっ!」
その合図と共に俺は攻撃を繰り出す。
ただ一心不乱に、という訳ではないが、一先ず流れだけは取られないように攻めていく。それ即ち、ずっと先行し続けるしか他ない。
「はっ!ふっ!」
それでもヒースクリフは盾でずっと守り続ける。ここでまた《失墜双蹴》を繰り出せばガードを崩せるかもしれないが、残念ながらまだクールダウンが治まっていないし、何よりも次こそ《スキルコネクト》が発動出来るかどうかも不明だ。それならば、今は安全マージンを取った方が得策だ。
………先程から気になっている事なのだが、ヒースクリフほどの実力があれば、俺の連撃の後隙に対して攻撃を入れられるはずなのに対し、ヒースクリフは攻撃を入れるどころかずっと防御姿勢のままだ。まるでそれは、俺の隙を窺っているような────
──でも、このままじゃ埒が明かないのは明白。ならば、"一発逆転"の一手を狙うしかないだろう。
正直、疲れ始めてきた。
俺は再度バックステップで下がり、ヒースクリフに向けて言った。
「……次で決着を付けよう」
「ほう。もういいのか?」
「……!」
その言い草は、まるで楽しんでいたかのような言葉だった。この言葉が、まだ確証を得ていない情報が真実ならば。
……この男は、やはり侵されている。
「……ああ」
俺は俯きながらそう答えると、ヒースクリフはこう言った。
「ならば、私もそれに応えるとしよう。───全力でかかって来なさい」
実際には違うはずなのに、まるで上から目線でそう言われているかのような現状に陥る。しかし、それに屈する程俺の決意は弱くない……はずだ。
「………行くぞ」
俺は愛剣を左の掌に添えるように置く。そして柄を右肩へ持っていき、微量の矯正を促すと、やがては紅色の光を放ち始めた。
────単発重攻撃技ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》
片手剣熟練度950で覚えられる片手剣系ソードスキルのひとつで、その射程は長く、更に攻撃力も高いという誇りを持っている。
更に突き技の為、両手槍の射程の長さにも匹敵するが、その分後隙は長い。
だが、使い勝手はいいのでよく使ってきたものだ。───と言っても、攻略戦では余り使って来なかったんだが。
ソードスキルが貯まり終わると、ヒースクリフは盾を再度構え始める。それを見つつ、俺はどうすればこいつの盾を剥せるか模索していた。
ただ、システム上武器を吹っ飛ばすことはほぼ不可能だ。相手の筋力パラメータと対立することとなるし、何よりも正確に奪うには、体術スキルの《空輪》が必須。
奪えないことは無いが、恐らくは不可能に近いだろう。
何となく───ゲーマーとしての"勘"だ。
「はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
……ならば、強行突破までだ。
貯まり切った紅色に輝くソードスキルを《健闘保持》にて保持し、走って前に突き出す。するとその攻撃は見事に盾へと当たり、凄まじい音と共に刺さった。───しかし。
「───っ!?」
その攻撃は盾を剥がすどころか、うんともすんともしない。それだけではなく、まるで銅像の如く動く気配が無かった。もしかしたらそれは、俺との筋力パラメータがヒースクリフに負けているのがしれないが。
だが、それにしても動かなさすぎる。
こんなにも動かないことなんて有り得るのか。
……いや、答えは“否”だ。
もしかしたら上層に行けば行くほどそういうこともあり得るのかもしれないが、とある情報網を頼りに訊いてみても、このような状態なんて有り得なかったはずだ。
「くっ……!」
「いやはや残念だ」
ヒースクリフはそう言う。
「君ならもう少し楽しませてくれると思ったが……もうそろそろ上階へと行かねばならない。終わりにしよう」
「なんだと………───っ!」
ヒースクリフは言い終わると同時にロングソードを振りかぶる。そしてそれを勢いよく振り下ろすと、その刃は俺の肩を裂いた。
────と思えたが、その寸前で何やら鉄らしき音が耳元で強く鳴り響いた。その正体を探るべく、俺は恐る恐る目を開く。すると、そこには見慣れた服装を着た、彼の姿がそこにあったのだった。
「……ユージオ」
「───全く、君らしくも無いじゃないか………せいっ!」
ユージオはせめぎ合っていた剣と剣の威圧に勝利すると、ヒースクリフを少しだけふっ飛ばした。
「ほら、キリト!立って!」
「……ああ!」
ユージオに手を差し出され、俺はその手を取る。そして吹っ飛ばされた衝撃で落ちた愛剣を拾い、構える。
「……これで形成逆転だな」
「………ふふふ、なんて面白い。これほど愉快なことは久方ぶりだよ。キリトくん」
ヒースクリフは顔に手を当てながらそう答えた。
「だが妙だな?本来であれば《決闘(デュエル)》中に他のプレイヤーの介入などできないはずだが?」
「貴方に答える義理はないよ」
ユージオは言った。
「ほう。そうかそうか……実に興味深いが、今はそれだけではなさそうだね?」
ヒースクリフは俺の方へと向く。
「……ああ」
「なら聞かせてもらおうか。《決闘(デュエル)》の続きはそれからだ」
ヒースクリフはそう言うと、持っていたロングソードと盾を仕舞う。それを見た俺は納刀せず、そのまま近づいていく。
「その前に、ひとつ確認だけさせてくれ」
「ほう。何の確認だ?」
「惚けるな。ヒースクリフ、お前には何かしらのシステムに守られているはずだ」
「何故そう思った?」
「それは今から証明する、動くなよ」
俺は握った柄をヒースクリフの首元まで持って行き、刃をそっと付けた。すると────
ヒースクリフの首元に、紫色のホロウィンドウが表示され、そこにはこう書かれていた。
【IMPORYAL OBJECT】
一瞬、消えかけていた周りの声が聞こえ始め、だがその声は響めきの声が広がっていた。
その中で、アスナの声が響く。
「システム的不死……って、どういうことですか団長……っ!」
「簡単なことだよ。アスナ」
「前にギルド内である噂を聞いたんだ。《決闘(デュエル)》を受ける前にね」
ヒースクリフは黙って聞いている。
「通る直前に、ある2人のプレイヤーがこう話していた。『ヒースクリフ団長は強い、HPがどうやっても半分以上のイエローゾーンまで減ったところを見たことがないんだよな』……とな」
「それはつまり、こいつは……システムによって守られている。そういうことだと俺は考えた」
「で、でも、それだとさっきのウィンドウの説明がつかねぇんじゃ……」
クラインがそう言うと、すかさず俺は答えた。
「そう、問題はそこだ。──なら、何故ヒースクリフはシステムによって守られているのか。たまたま?いや、違う。───なぁ、ヒースクリフ」
「……なんだね?」
「俺はずっと疑問に思っていたことがあるんだ。このゲームを作った"茅場晶彦"。あの男は今何処で、何をして、何を見ているのか。そして、この世界をどうやって調整しているんだろうってな………だが、俺としたことが単純な心理を忘れていたよ。どんな子供も、どんな大人も。全員が知っていることさ」
「……他人のやってるRPGを傍から眺める事ほどつまらないことは無い───そうだろう?ヒースクリフ、いや……【茅場晶彦】!」
俺がそう言い放つと同時に、辺りの空気が震え出した。それは動揺は勿論、どこか怒りに燃えた声も聞こえ始めている。
その中で先陣を切ったのは、誰を隠そう、ヒースクリフ───《茅場晶彦》本人だった。
「……根拠としてはまだまだ薄いが、皆にもこう公表されてしまっては後悔先に立たず、かな?」
「──キリト君、何故気づいたのか、参考までに教えて貰えるかな」
「最初におかしいと思ったのは、第39層の《決闘(デュエル)》の時さ。最後の一撃の時、アンタ、余りにも速すぎたよ」
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事でね。君の応用力、頭の回転力、そして見たことの無い《システム外スキル》の発覚………それらの動きを見た私は圧倒されてしまってね。ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
続けて奴は言う。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば第100層───《紅玉宮》にて君達を待つ予定だったこのゲームの最終ボスでもある」
ヒースクリフはそう言うと、周りのプレイヤー達は驚きの声が隠せていなかった。というのも、団長を信じてやってきた《血盟騎士団》のメンバーは全員衝撃であろう。
「趣味が良いとは言えないぞ。最強のプレイヤーが一転してラスボスか」
「中々に良いシナリオだろう?」
「だが、元々は第95層をクリアしたタイミングで告げようと考えていたのだが、私の予想よりも遥かに早く気づかれてしまったのは不本意であり、相当頭の切れるプレイヤーだとは予測していなかった」
「《決闘(デュエル)》の時もそうだったが、やはりキリト君は私の予想を遥かに超えてくるね」
ヒースクリフは手を添えつつ、首を横に振りながら言う。そんな中で、ある1人のプレイヤーが声を上げた。
「団長が……茅場晶彦だって……?」
その声は震えており、表情はどこか信じられない、といった顔をしていた。
「嘘ですよね…?団長」
「真実だ」
しかし呟いた疑問もすぐさま解決させられ、プレイヤー───《ヘル》はその現実を受け入れられないのか崩れ落ち、膝立ちとなってしまった。そして彼女は壊れたラジオのようにブツブツと呟いている。それを見た1人のメンバーが───
「俺達の忠誠……希望さえも………よくも、よくもやってくれた……許さない!許さないぞ茅場ァァァァ!!!!」
───ヒースクリフに斬り掛かろうとした時だ。
「────ぐぁっ!?」
ヒースクリフが突然ホロウィンドウを開いたかと思えば、一瞬の間であったがそのプレイヤーは動きを止め、滑り込むように倒れてしまった。
俺は何故だと思い、そのプレイヤーのHPバーを見てみればそこには見たことのあるマークがあった。
「……麻痺…!」
ヒースクリフはそれだけでは止まらず、他のプレイヤーにも麻痺をデバフを付与していく。それに連なるように俺とユージオ、アスナ以外のプレイヤーは全員崩れ落ちてしまった。
「……どうするつもりだ、この場で全員殺して隠蔽する気か……!!」
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。だがこうなってしまっては致し方ない。私は最上階にある《紅玉宮》にて君達の訪れを待つことにするよ。ここまで……かなり中途半端ではあるが、育ててきた血盟騎士団並びに攻略組プレイヤー諸君をここで放り出すのは不本意ではあるが……なに、君達ならきっと最上階まで辿り着けるだろう」
ヒースクリフは再度メニューを操作する。
「………ぁ」
そう声にもならない声が小さく響き、俺の後ろからパタンと倒れる音が鳴り響いた。
見てみればアスナがいた。
「──アスナ!?………おい!アスナに何をした!?」
「流石に影討ちされてしまえば私でも歯が立たない。不死属性があるとはいえ、万全とは言えないからな───よって、アスナ君には《盲目》のデバフを付けさせてもらった。彼女にはもう何も見えない」
「何故、そんなことを……!」
「何故、か……アスナ君が装備しているネックレス───《森羅のロザリオ》はかなり厄介なものでね。強さとしては申し分ないが、今の状態では圧倒的に私が不利になる。その為、デバフを重ねがけさせてもらったのさ。尤も───私が一番警戒しているのは、君の隣にいる少年だがね」
ヒースクリフはそう言うと、目線をユージオに向ける。ユージオは変わらず剣を向け続けているが、集中力がいつ切れてもおかしくはない。
「だからこそ気になることがある」
「……それはなんだ?」
「君の隣にいる彼───この世界には存在しない武器────もしも戦ったらどうなるのか、ということさ」
確かに、さっきは突然の事でよく見れていなかったが、ユージオの武器をよく見てみると綺麗な細工のようではあるが、武器としては成り立っている特殊武器のようだ。
ガラスのように出来ており、鍔の部分には俺の右腕に着けていたあの薔薇───青薔薇に似ている。
「だが、それだとキリト君。君が必然的に邪魔となるのだが───」
「───私の勘が正しいのであるならば、何か隠してると思うのだが………どうだ?」
突然、ヒースクリフにそんなことを問われ、俺は唾を飲む。だが、ここで怪しまれる訳にはいかないと思い、俺は頷いてメニューを操作していく。
「ならば、キリト君も戦うといい。纏めて相手にしよう」
ヒースクリフは腕を上げ「ドロー」と言うと、俺の目の前に「《決闘》が中止されました」と表示された。
しかしそれよりも気になっていることがある。それは、何故選ばれたか、だ。
ふとそう思い、俺は押しかけた指を止める。
「………それは何故だ?」
「簡単な事さ。これは一種のゲーム。つまりだ────キリト君、私と"賭け"をしてみないか?」
「賭けだと…?」
「賭けといっても、チップはひとつだけ。こちらが用意するのは《世界の終焉(ゲームクリア)》だ。無論、キリト君側もそれ相応のチップを用意してもらう。どうかね?」
「………」
恐らく、ヒースクリフが言っているのは、要点だけまとめれば『命を賭けてゲームをクリアするか、或いはこのまま受けず、第100層まで上って、ラスボスとして戦うか』……という二択だろう。
効率的、アドバンテージを考えれば賭けに乗った方が得策。だが、乗ればこちらも命を差し出すこととなる。それに、ユージオも例外ではない。どうするか。
───ふと、隣を見てみる。
そこには澄み切った瞳をした、彼の姿───ユージオがいる。彼の眼は綺麗だ。凪のように広く澄み渡り、且つ一点の迷いすら見受けられない。………もしも、彼のようになれたのなら。俺は────
「……分かった。その賭けに乗ろう」
そう言うと、後ろから聞きなれた声が耳を劈くように強く聞こえてくる。その声の主は、ユージオを抜いた3人ほど。
その方へ向いてみれば、体は動けなくなってはいるが確かに口だけを動かすことが出来ているエギルと、クライン、アスナの姿が写った。
「おい!キリト!やめろ早まるな!」
「戻ってこい!キリト!!」
エギル、クラインが俺の名を呼ぶ。
そして、今にも掠れそうな声で強く叫ぶのは、帰すと約束した、彼女の姿だ。
「キリトくん……!」
彼女の為にも、一言だけ掛けておこうと思う。
「ごめんな、アスナ。ここで逃げる訳にはいかないんだ」
「死ぬつもりじゃ……ないんだよね?」
「ああ、必ず勝つ。勝ってこの世界を、この悪夢(ゲーム)を終わらせる」
「怖いよ……でも、信じてる……信じてるよ、キリトくん」
俺はアスナに向けてそう言ってから、次にエギルに向けて言う。
「キリト!」
「エギル。第53層(ここ)に至るまで、ずっと世話になりっぱなしだったな。これからも世話になると思うが、その時はよろしく頼むよ」
「ああ………ああ!……絶対に勝てよ……!その言葉を信じてるぜ…!!」
次に俺は、クラインに向けて言う。
「キリト…!」
「クライン。お前をあの時……置いていって悪かった…」
「て、てめえ!キリト!!今謝ってんじゃねぇよ!許さねぇぞ!ちゃんと向こうで飯のひとつも奢ってからじゃねぇと絶対に許さねぇからな!!」
「分かった。向こう側でな」
クラインにそう言って、俺はヒースクリフの方へ相対する。
そして止めかけていた指を再度動かし、そのボタンを押した。
「ほう、やはりか……」
ヒースクリフは何か小声で零していたが、気にせず口を開く。
「悪いが、ひとつだけ頼みがある」
「何かね?」
「簡単に負けるつもりはないが───もし俺が死んだら、暫くでいい。アスナが自殺出来ないように計らってほしい」
「ほう。よかろう」
ヒースクリフはそう飲み込むと、後ろから崩れ落ちかけていた体をどうにか動かそうと奮闘するアスナが強く叫んだ。
「キリトくんダメだよ!そんなの……そんなのってないよ…っ!!」
その悲鳴にも等しい声を聞きながら、俺は拳を握りしめる。そして、俺は隣にいる彼に話しかけた。
「……ユージオ、行けるか?」
「当然。……まさか『緊張してる』とか言わないだろうね?」
「俺に限ってそんなことあると思うか?」
「あるね。……でも、君はここぞと言う時に限って全部かっさらっていくだろう?」
「……ああ、そうだな」
「お喋りは終わりかな?……なら、早速始めようじゃないか。勿論、不死属性は解除し、HPも君と合わせよう」
ヒースクリフはそう言うと、メニューを再度出したかと思えば、不死属性を解除したと思われる紫のホロウィンドウが表示された。
それを見ていると、ヒースクリフのHPが半分を切り、イエローゾーンに突入したのが確認できる。
「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていたね」
「……?」
「このまま《完全決着モード》で闘ってもいいのだが……イレギュラーな彼がいると不具合が起きてしまうかもしれない。なら、このまま闘ってみようじゃないか」
「……それだと周りに」
「それなら問題は無い」
ヒースクリフはそう言うと、またもメニューを操作する。すると、ヒースクリフ、俺とユージオよりも後ろに透明なバリアのようなものが張られていた。
「これなら問題なく闘えるはずだ」
「なるほど、ね……それ便利だな」
「GM(ゲームマスター)だけが使える特権だからね。だが安心してほしい、この闘いにおいて使わないことを宣言しよう」
「助かるよ、それがあったら俺達は一生勝てないからな」
冗談混じりの言葉で言うが、ヒースクリフの表情は変わる気がしない。それよりも、次に窺っているようにも見える。
「………さて、始めるタイミングについてだが、私がこれを上に投げる。これが地面に着いた時、それが始まりの合図だ」
そう言って取り出したのは、この世界においての通貨───《コル》だ。かなり原始的ではあるが、何も無いよりはマシだろう。
俺はそれを見つつ、メニューを弄る。だが、そこで止まって漸く気づいた。
「……くそ、ここでか!」
「どうした?まだ準備が整っていないようだが」
ユージオも少し心配の目を向けてくる。それに圧巻されながら、俺は困り果てていると───
「────キリトさん!!!!」
まるでそれを感じ取ったかのように、少し疲れ果てた声と、それでも尚出そうとする大きな声で俺の名前が呼ばれた。
その方へ向いてみれば、上から何かが降ってくる音がして見ると、何やら見たことがある武器が投げられていた。
その剣は地面に突き刺さると、まるで使ってくれと言わんばかりに俺の方に柄が向いた。
それを手に取ると、またも同じところから声が響く。今度はちゃんと見つけると、この剣の持ち主であろうプレイヤーがそこに倒れていた。
「……使ってください!!」
「メイル……どうして……」
「……もう僕は正気に戻りました。ですが、もう立つこともできません。なら!ずっと自分から使ってあげれなかったその子を、ここで使ってあげてください!」
最後に『お願いします!』と力強く言われ、俺は強く頷いた。
「……ああ!」
俺は左手でその剣を抜くと、目の前にウィンドウが表示される。どうやら武器の名前だ。
「………《廻剣(かいけん)》か、良い名前だな」
そんなことを呟きつつ、俺は再度メニューを開いて装備する。そしてヒースクリフの方へ向くと、奴はこう言った。
「似合ってるじゃないか」
「それはどうも」
「だが、それでこそ相応しい。さあ、始めようじゃないか」
ヒースクリフはそう言うと、持っていた《コル》を強く上に投げる。それを見つつ、俺はある事を考えていた。
「(……これは馴れ合いじゃない、単純に命とクリアを賭けた殺し合いだ……そうだ、俺はこの男を………)」
「…………殺すっ!!」
そう強く叫ぶと同時に、《コル》が下に落ち、これが最後の───《最終決戦》となった。
だが、簡単に負ける気も、這い蹲る気も、今の俺にはサラサラない。なら、尚更………
【勝つ】
迄だ。
ーーーー
終話 –Another End–
────《二刀流》
それは、全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられる《特異技能(ユニークスキル)》のひとつ。
《特異技能(ユニークスキル)》は全部で10種類程あり、《二刀流》はその中で最も早く解放されるスキルだった。
それが発現、発覚したのは、第50層のいつもの場所で《レベリング》をこなしていた時だ。
いつものノルマである数を倒し終わった後、ふとメニュー画面にあるスキル選択に《二刀流》と追加されているのが分かった。
俺自身、何が何だかよく分からなかったが、周りを見る限り、《情報屋》にも『変わったスキルを持ったやつはいないか』と訊いてはみたが、アルゴでさえも知らないと言った(勿論訊かれたが何とか回避)。
ならば俺の中で辿り着いたのが、これが《特異技能(ユニークスキル)》だということがわかる。それはつまり、1人だけ得られるスキル、ということだ。
そんな中、何故俺が選ばれたのかは分からないが、その理由はヒースクリフ───《茅場晶彦》が教えてくれた。
それが、『全てのプレイヤーの中で、最も最大の反応速度を持つ者に与えられる』というものだった。
……特に思い当たる節はないが、システムがそう認定したのならそうなのだろう。
───だが、今思えば、これがあったからこそ勝てたのかもしれない。
……さあ、始めよう。
─────…………このゲームを終わらせるんだ…っ!
––––––
これを血気迫る、というのだろうか。
或いは、冷静を欠くとでも言うのだろうか。
それらは分からない、だが、少なくとも俺は正常ではなかったのだろう。でも、それを宥めてくれているのは、他でもない彼だけなのはわかっている。
彼だけが、俺に合わせてくれている。
儚く閃光にも等しい、だが著しくハッキリと。
黒と青の光が。交わるはずのない光球が。
俺と彼が、奴に星の如く降り掛かっていた。
だが、奴もまたそれを呼応するように防いでいく。俺の攻撃も、彼の攻撃も。
一撃一撃を防いで、反撃していく。
だがその度に俺たちも攻撃を流す。スレスレの時もあったが、それもまたなんとか保てていた。
前感じたように、これも愉快と思える。でも、あの時とは違った何かすら感じて───
「───はぁぁぁッ!!!」
ただひとつの行為を、森羅万象の如く。
「──どうだっ!!」
許されない遊戯を、恍惚の故に。
「───っ!」
それでもまだ、俺とユージオは。
「行くぞユージオ!」
「うん!」
ここで終わる訳には。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ここで死ぬ訳には。
「くっ……ああああああああっっ!!!!!」
───いかないんだ。
–––––
【シークレットストーリー】 –薄れた廃憶–
───……昔、聞いたことがあるんだ。
───……いきなりどうした?
───……いや、話したくなってね。
───……またそれか。別に構わないが。それで?
───……それがさ、これなんだけど。
───……これって……カセットテープじゃないか。なんでこんなものを。
───……この前倉庫漁ってたら見つけた。
───……おい。お前勝手に……まぁいいか。それで?肝心の中身は見たのか?
───……いーや?まだだよ。
───……じゃあなんで持ってるんだ?まさか再生機器がないとかか?
───……違うよ?
───……は?じゃあなんでだよ。
───……君と見たかったからに決まってるじゃないか。
───……そうか。
───……あれ、反応薄い。意外だね。
───……いやなにがだ。
───……いーや、なんでもないよ。早速見ようか。
───……はぁ…。
/\/\/\/\
──どうも皆さん。お久しぶりです。
───αとβですよっと。
──いやー、これを撮るのも久しぶりだな。
───そうですね。あれからどれくらい経ちましたっけ。
──大体3ヶ月だな。
───はぁ……なんでここまで放置してたんですか。
──いやぁ……なんでだろうな?
───惚けないでくださいよ!……全く、先輩はやっぱり僕がいないとダメですね。
──いやいやいや、後輩よ。そんなことは無いぞ!
───そんなこと無いにしても、どうして言ったのにここまで放置したんですか!!
──あー………てへぺろ☆
───ぶん殴っていいですか?
──ステイ。ステイだよ後輩。
───ったくもう……ああ、そうだ。これはテスト録画なんですけど、実は少し改良しましてね。一応試作品なんですけど。
──効果はまぁ…見ての通り、録画時間を延ばしたり、音声がクリアになったり……色々だな。
───実際ここまで録画できませんでしたしね。
──いやぁ……成長したもんだなぁ…。
───耽ってないで自分の成長を促進させたらどうです?
──お?やるか?
───なんでそうなるんですか!!
──ははは、まぁそう怒るなって。
───もう誰のせいだと……まぁいいですけど。
───というか、先輩のせいで何言うか忘れたじゃないですか!本名で呼びますよ!?
──ちょちょ!なんでそうなるんだ!そっちがそう来るなら俺も呼ぶぞ!?
───むむむ…!
──むむむむ……!!
───よし、あそこで決着を付けましょう。
──望むところだ。泣かしてやるよ。
───へぇ?この前こっ酷くやられてた鳴坂先輩がねぇ?
──それは今関係ないだろ!?というかさらっと俺の苗字言いやがったな!?
───へへーん。悔しかったら仕返ししてみてくださいよぉ!
──良いだろう。絶対ボッコボコにしてやるよ。覚悟しやがれ裕二!
───あー!!僕の下名前を……!!
___何故か音声はここで途切れている。
/\/\/\/\
───……なんだったんだ?今の。
───……さあ?
───……いやお前が持ってきたものだろうに。
───……私にはサッパリっす。
───……はぁ。帰っていいか?
───……ダメだよ?
───……はぁ!?なんでだ!?
───……朝まで語りたいことがあるんですよ。このまま帰すと思います?
───……おい!ジリジリ近づいてくるな!……聞いてるのか!?おい!!桐ヶ谷!おい────
––––––
ジリ貧にもなる戦闘を繰り返し、更に時間を増して1時間。もうそろそろ体力的にも危険が生じ初めており、それはユージオですら例外ではなかった。
だが、ここまでこうなってしまったのもちゃんと理由がある。それは大きく分けて2つほど。
ひとつ、ソードスキルが使えないこと。
ひとつ、剣と盾を上手く使われ、避け続けられていること。
ただ、これに置いて重要なのは前者だ。
ソードスキルが使えない最もな理由として、的確なものを挙げるとすれば、対戦相手はこの世界の創造神にもなる男だからだ。それはつまり、俺が設定したスキル───《二刀流》は、目の前にいる【茅場晶彦】がデザインした張本人。ということは、ソードスキルを放とうなど考えてしまえば、全て防がれ、一気に詰められて一巻の終わり───ということになりかねない。
それだからこそ、俺はここまで一切ソードスキルを使ってこなかった。
だが、ユージオを見て思うのだ。
───このままでは埒が明かない、と。
ジリ貧なのは分かっているし、何よりもこのまま持久戦を仕掛けても体力的にすぐやられてしまうのはこちらだろう。相手は元々体力が少なかったとはいえ、スタミナ自体はそこまで減っていないはず。システムにはもう守られていないはずだが、その思考無しでも不利な状況ということには全く変わっていない。
ある意味万事休すだ。
意気揚々という訳では無いが、相手を殺すつもりで突っ込んだこの遊戯(殺し合い)も、やがては全てが終わるだろう。
始まりは終わり。
その言葉は深く突き刺さっている。
だからこそ、諦めたくないのだ。
「___くっ!!」
腹の奥から不穏な声が滲み出る。
それは何処か苛立ちを感じているような、或いは嗚咽の一種か。
その辺は分からないが、恐らくは───
「……!」
ユージオにアイコンタクトを入れる。
すると少し揺らいだ気がするが、諦めるように彼は一瞬目を閉じた。
俺はそれの意味を瞬時に理解し、ヒースクリフの攻撃をパリィで弾き返した。
ずっと流していたせいか、ヒースクリフは驚いた様子で体制を崩す。勿論、これが刺さるとは思わないが……ある意味これは賭けだな。
───意識を集中させる。
呼吸を整えて、
システムが早く応えてくれるように調整して、
スっと双剣を重ね合わせるように置いた。
「……(まだ指で数えられるくらいでしか打ったことはないが……行けるはずだ)」
すると、それに呼応するように空色に愛剣が光り出した。
時が遅くなっていく。だが、ヒースクリフの体勢は変わらぬままだ。多分、アドレナリンの一種で興奮でもしてるのか、或いは『クロノスタシス』というものなのか……それは分からないが、恐らく、きっとこれは───
意識と思考を中断させ、今は目の前の存在に目を向ける。
奴の体勢は変わってない。行ける。行けるはずだ。このまま発動できれば、奴は絶対に……!
「──うぉぉお!!!」
そう声をあげると同時に、ソードスキルが貯まって、目の前で発動させる為に跳躍でヒースクリフの元まで飛んでいく。そして発動させると、奴はニヤリと笑った。
「──ッ!!」
背筋が凍るとは正にこの事なのかもしれない。驚くことに、奴はあの体勢から一瞬で取り戻し、盾で守っていく。
流石にこの状況でユージオは近づけないのか、攻めていた姿勢から防御体勢に入っていた。
───それはつまり、死を意味する。
「───ごめん」
俺はふと、小さく聞こえにくいであろう声を零した。
でもその声は剣と盾が合わさり合う音で消えていく。潰えていく。
もう、これ以上何かを言う訳にはいかない。
そう、分かっていた。
全体を通して、16連撃目の攻撃が終わる。すると、ヒースクリフは剣を振り上げてこう言った。
「なかなかどうして愉快なものだったよ。キリト君。───さようなら」
「____ぁ」
────その刹那、誰かが俺の目の前に現れる。その姿を見てみれば、誰でもない彼の姿だった。
「───がはっ…!!」
悲痛な声が聞こえる。
見れば、この世界には有り得ないはずの物が流れているのが視界に写った。
「ぇ……ぁ……ユー………ジオ……?」
「………キリ……ト…」
「………これはこれは、イレギュラーな存在というものは、これ程までに興味深いものなのか」
「…………その……傷……おい……まさか……」
そう言いながら、俺は彼に近づいた。
だが彼はこちらを向くと優しい顔で微笑みながら言った。
「大丈夫…かい?……キリト………」
「大丈夫も何も……お前が一番……」
「僕は……だいじょう───ゴホッ!!ゴホッ!!」
彼は手を押えて嘔吐く。
だが、余りにも多いのかその手から溢れ出るようにその液体が見えていた。
───血の気が引いていく気がする。
青ざめるとは、正にこの事なのかもしれない。
彼のHPバーはドンドン減っていく。まるでスリップダメージを受けたように、減っていく。
「…君はやはり興味深い。本来であれば、君という君を何故この世界に迷い込んだのかについて調べたいことが沢山あるのだが……だが、それもこれもダメそうだ」
ヒースクリフはそう言うと、無慈悲にも振り下げた剣を抜き、再度振りかぶる。
そして
「何か言い残すことはあるかな?」
と言うと、そのまま止まった。
ユージオは俺の方へ向き、こう言った。
「キリト……君に……伝えたい……ことが…………あっ……たんだ…」
「おう……聞いてやる……聞いてやるから無理して喋らないでくれ……!」
ユージオは立っていられる気力すら失っているのか、倒れ込むように俺の腰辺りを掴んだ。
「ユージオ!」
「こひゅー………こひゅー……………いいかい…?……一度しか……言わないから……………よく、聞いて……」
「……ああ…!!」
ユージオはそう言うと、力が抜けて仰向けになりながら話す。俺は瞬時に彼を掴もうとしたが、透けるように掴むことができなかった。
「……ぼくは………あの場所で……殺されてから……色々と思い出したことが…………あるんだ……」
「そこは……幻想郷のようで………でも……馴染みのある……ばしょで………そこで気づい……たんだ……」
「そこは………僕の故郷…………《ルーリッド》だった……」
彼のHPはギリギリまですり減っていく。
「……故郷は、いつ見ても………綺麗な光景で…………君にも……見せたかっ………………たな……」
「ああ……そうだな……!だから……ユージオ……!」
それでも彼は俺の言葉を遮り、力無き腕をあげていく。その腕を掴むと、手のひらが俺の頬を擽った。
「ねえ……キリト………君には……なにが見えてたの……?」
意図が読めないことを問われ、俺は困惑する。だが、ユージオはそれに答える間もなく、腕に力が入らなくなってきているのが見えた。俺はその腕をしっかり掴む。
「ねえキリト……どこだい……?見えないや……」
「ここだ………ここだよユージオ…!!だからお願いだ……目を……目を覚ましてくれ…!!」
「……ああ…………うん…………あったかいなぁ………」
「……ごめんね、キリト………まもって…あげられ………………なく………………て………」
「………おい?」
彼はピクリと動かなくなった。
「……冗談だろ?なあ……?」
だが動かない。
彼のHPは、ゼロになったままだ。
「ユージオ……!目を覚ましてくれよ………ユージオっ!!!」
「ほう………ゼロになっているはずだがやはり消えないか……」
_____ヒースクリフが何か言っていたが、俺には何も聞こえない。聞こえるはずがない。今はただ、無気力になるだけだ。
「………………ぁ………」
だが、それすら嘲笑うように、彼は凍っていく。ヒースクリフですら驚きを隠せないほどに、ジワジワと凍り始めていた。
そしてやがてはユージオを覆い尽くすような小さな氷塊となり、顔すら見えなくなるくらいに強く凍っていた。
「………ぅそだ………ろ………なぁ…………………おい………」
それでも現実を受け入れられない俺は、膝から崩れ落ち、泣き叫ぶように大きな声をあげた。
そしてその氷を壊そうと殴ってみたり、剣を突き刺してみたりと試みてみたが、うんともすんともしなかった。
「嫌だっ!!ユージオッ!!頼むっ!帰ってきてくれッ!!!お願いだッ!なぁっ!!おいッ!!ユージオッ!!!!」
彼の名前を呼ぶごとに、記憶が鮮明に溢れ返ってくる。彼と過ごした1年にも及ぶ、良い記憶ばかりではないが、でも確かに楽しかった思い出。
だが、それを語ろうにも今の俺には無意味なものとなっていた。
これは………俺が殺したものと同期している気がして。
「ユージオォォォォォォォォォッッッ!!!」
渾身の一撃を氷塊に当てる。
だが、傷ひとつすらついていなかった。
それを見た俺は、嗚咽を零していた。
「あぐっ……うぐっ………ユージ……オ……っ……ああああ……ッ!!」
それは多分、悲痛なものだったんだろう。
俺には、もうそんなことどうでもよかった。
でも、だからこそ俺の中で木霊するように脳内に響く。
────守ってられなくて?
「────『冗談』はやめてくれよユージオ」
────俺には何が見えていた?
「────わからない…何のことだ……」
────ちゃんと約束を守れた?
「────信じられない程に裏切ってしまった」
────これが正しかった?
「────………そうじゃないはずだ」
────受け入れたら?
「────それができたら苦労はしない」
────なら何故、そこに突っ立っているままなの?
「────………もう、いいだろ?」
────彼との約束はどうなるの?
「────約束…?そんなものあったか……?」
────………君は覚えていないんだろうけど確かに約束したこと、あるはずだよ。
「────お前は一体……?」
────ほら、思い出して。君が27層で彼を助けた時の記憶を。
「────………」
────ゆっくりでもいい。でも、思い出してあげて。
「────………?」
────じっくりと交わした、彼との約束(願い)を。
「────おい……それは……どういう…?」
俺は何度も考えた。
だが思いつくどころか、何も感じない。何も感じないということは、思いつける気力も意識も薄れていることだった。
それはつまり、もう俺には何も残っていないということの意味付けだろう。だがもう今更だ。
そして、知らず知らずのうちにあの声は聞こえなくなっていた。
意味不明な会話も、思い出せない自分自身も。
全てが、無に還ろうとしていた。
ヒースクリフが何かを言っているようだったが、俺には何も聞こえはしなかった。
………その時だ。
いるはずのない、彼の声が聞こえ始めていた。
俺の名前を呼んでいる。
でも、その声は俺を呼応しているのではなく、激励にも等しいものだった。
だが、正直何を言っているのかはわからない。でも、俺には手に取るように分かる。
きっと、こうしろと。
………そう言っている気がして。
「…………………ぁぁ」
現実に戻ってきた俺は、手に持っていた武器を強く握る。だが、振るえる力はない。
ならばと願うのは、ただひとつの望みだった。
「…………」
ヒースクリフがこちらを見ている。
何か話しているようだが、俺には何も聞こえない。だからだろうか、或いはそうであって欲しかったのだろうか。
それは分からないが、きっと、俺の目は正常なのでは無いだろう。
でも、これだけは叶えてみせたかった。
「…………ユ………ジオ」
目の前にあるただの氷に、祈るようにかつての名前を呼ぶ。すると、それに応えるように、中に入っていた彼の武器が一瞬だけ白く輝いた。
「………わかった」
俺は無意識にそう呟くと、自分でも分かるくらいに小さな笑みを浮かべていた。
その中で、心の中で彼に問いかけてみる。
するとその答えは、予想ができている、思っていたものだった。
その答えを胸にしまい、武器を構える。
もう何も感じない。
感じなくていい。
彼との約束を果たす為には、この身が滅んでも構わない。だからユージオ。
………そこで、見守っていてくれ。
「…………茅場」
それでも奴は無言を貫く。
「これに俺の全てを賭ける。これを外したのなら俺の負けでも構わない」
「ほう」
「いくぞ」
俺がそう言うと、ヒースクリフは盾を構える。それでもお構い無しに、俺は双剣を腰の横に携えるように置く。
本来なら有り得ない型。
だが、さっきも同じようなことが起こっていたのだから、きっと大丈夫だろうと確信が付いていた。
それに失敗しようがしまいが、もう俺自身には関係ないことだ。
そんなことを考えつつ、俺は意識を集中させる。すると、それに応えるように双剣が光り出した。片方が黒く、そしてもう片方が青く光り出す。
まるでその光景は、禁忌に触れた、おぞましいなにかのような………だが、今はもう関係ない。
…………これで、終わらしてやる。
そう思ったと同時に、俺は奴に近づいた。
そして盾に向かって斬撃を────
───というところで、光は消えた。
周りは不思議に思う。ヒースクリフも例外ではない。だが、これはそうではないと分かっていたのは、紛れもない俺自身。
「……ふっ!」
ファンブルしたかと思えたその行動は、裏を掻くように近づき、そして───
「……はぁっ!」
右足に力を入れ、別のソードスキルを発動させた。
斜めに蹴りを入れる単発《体術スキル》、《弦月》。
宙を描くように空中で舞い、そして盾でガードした奴の防御を崩すようにすぐさま別の行動に移していく。
一番頂点まで脚をあげた俺は、今度は左足に力を入れる。すると、それに反応するように、別のソードスキルが発動していた。
かかと落としを入れる単発《体術スキル》、《落雷》。
システムによって引っ張られ、俺はヒースクリフの盾にかかと落としを入れる。すると、その2連続攻撃に耐えられなかったのか、ヒースクリフの盾は壊れ───はしなかったものの、奴の手から離れた。
「(────今だっ!)」
そう思うと同時に、当てた衝撃で空中にいる俺は、そのまま型を取り始める。すると、それもまた呼応するように輝き出した。
それは、片方が黒く。片方が青く。
まるで2人の剣士を彷彿とさせる、そんな色調だった。
「………いくぞ!茅場晶彦っ!!」
そう言うと同時に、それを起動させ───
───それが当たった時、密かではあるが、奴の顔は笑っていた。
「………これでいいかい?」
そう小さく呟くと、さっきまであった氷塊は溶けていくように明るく暖かい光に包まれて、彼はヒースクリフと共に消えていった。
そうして、アナウンスが鳴り響く。
『7月11日16時46分。ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました───』
–––––
気がつけば、夕焼けの空の上だった。
驚きはするが、前を見ると同時にそこが何処なのかが分かった。
「───キリト?」
そう声が聞こえ、俺は瞬時に後ろに振り向く。すると、そこにいたのは紛れもない彼の姿だった。
「……ユージオ…ユージオなのか…?」
「ああ……僕だよ………でも、なんで…」
「……俺にも分からない」
そう言うと同時に、俺は「でも」と呟き、夕焼け空に焼かれながら落ちていくあれに指を指した。
ユージオがその方へ向くと、唖然とした表情で見ていた。
「中々の絶景だな」
その声が聞こえ、俺は声の主の方へ向く。するとそこには白衣を着た首謀者───もとい、このゲームの設立者である【茅場晶彦】が立っていた。
「茅場晶彦…」
「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置のデータの完全消去を行っている。後10分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」
「あそこにいた人達は…?」
ユージオが言うと、茅場晶彦はこちらに向いて言った。
「心配には及ばない。先程生き残った全プレイヤー、6253人のログアウトを確認した」
「死んだ連中は……今までに死んだ4000人はどうなったんだ…?」
「彼らの意識は戻ってこない。死者が消え去るのはどこの世界も一緒さ」
「………茅場。……なんで、こんな事をしたんだ?」
茅場晶彦は崩れ行くアインクラッドを見る。
「何故、か……私も長い間忘れていたよ。何故だろうな………フルダイブ環境システムの開発を始めた時、いや、その遥か以前から私はあの城を、 現実世界のあらゆる枠や法則を超越した存在を作り出すことだけを欲して生きていた。そして私は、私の世界の法則をも超えるものを見る事が出来た」
「空に浮かぶ鋼鉄の城の空想に私が取り付かれたのは何歳の頃だったかな?この地上から飛びだって、あの城へ行きたい。……長い長い間、それが私の唯一の欲求だった」
茅場晶彦は俺の方へ向く。
「私はねキリト君、まだ信じているのだよ。何処か別の世界には本当にあの城が存在するのだと」
「ああ、そうだといいな……」
俺はそう言った。
そうして少しの時間が経つと、茅場晶彦が思い出したかのようにこう言った。
「言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう。キリト君、ユージオ君。……さて、私はそろそろ行くよ」
茅場晶彦はそう言うと、俺たちに背を向けて、そして次の瞬間にはもうそこにはいなかった。
そして、同時にアインクラッドは完全に崩壊していた。
「……なぁ、ユージオ」
「なんだい?」
「………次、会えたらさ。お前の故郷を………《ルーリッド》を見せてくれないか?」
そう言うと、ユージオは嬉しそうに答えた。
「───うんっ!もちろん!もちろんだよキリト!」
彼の笑みを見ながら、俺は口を開いた。
「お別れだな」
「なんで?」
「……多分、もうこの世界は崩壊して、きっと………とんでもない奇跡でも起きない限り、俺とユージオは会わない…と思う。だから、今だけはしっかりとお別れの挨拶をしておきたいんだ」
「……………そっか。ねぇ、キリト」
ユージオが問うてきた。
「………さっきの人といい、君には………別の名前があるの?」
「………ああ」
俺は頷く、するとユージオは教えてと言わんばかりに体を乗り出した。
「……あー……俺の名前はキリトじゃなくて………桐ヶ谷……《桐ヶ谷和人》…だよ」
俺がそう言うと、ユージオは頷きながら何度も俺の名前を復唱していた。
「きりがや……かずと………」
「和人でいいよ」
「……うん!わかったよ、和人」
…………何故か、不意に俺の目から何かが溢れ出す。触ってみれば、それは冷たい水のようなものだった。
「キリト……」
ユージオが心配な目でこちらを見てくる。俺は「大丈夫だ」と言いつつ、その理由を話した。
「ごめん……ごめんな……ユージオ………向こうの世界に帰すって…約束したのに……俺は……」
すると、それを包み込むように、彼は俺を抱き締めた。
「いいんだよ。キリト。いいんだ。………僕は…あっちよりも、こっちの方が幸せだった。今まで生きてきて、同じようなことを繰り返して………でも、ここは違った。君の優しさは本物だった。だから……いいんだよ」
……ユージオがそう言うと同時に、世界は空間諸共光り輝いていく。その中で、彼はこう言った。
「だからもし、いつかまた会う事があったら───君の世界も、見せて欲しいな」
「……ああ!約束しよう!」
「───ありがとう」
俺とユージオは泣きながらも笑っていた。
そして、その中で彼の言葉だけが強く響いていた。
『────ありがとう』
–––––
目が覚めると、そこは見知らぬ天井───いや、恐らく病室の天井が写っていた。
少しすると、右手が挙げられるようになり、上げてみる。するとその腕は俺の腕とは思えないほどに痩せ細っており、骨が皮越しに見えるくらいにはクッキリと見えていた。
それを見つつ、俺は一度目を閉じる。すると何やら音を感じ、その方へ見てみると、どうやら窓が開いていた。見れば風が入ってきており、その風から何やら懐かしい気がした匂いが鼻を擽った。
「……ば………ら……お………い……」
掠れる声で呟く。
この匂いは、彼に似ている。
彼が身につけていた、あの薔薇の─────
ふと涙が溢れ、ハイライトが戻る。
そうして想うのは、彼の顔と、ここまで冒険したアスナ達の顔だった。
「………ユー……オ」
「………あ………すな……」
「エギ…………ル」
みんなの名前を呼んでいく。
ああ、嘘じゃない。
幻想なんかじゃない。
これは、現実なんだ。
そう言いながら、俺は頭に着けていた《ナーヴギア》を取り外し、近くにあった点滴の用具を杖代わりにしてヨロヨロと歩き出した。
体から心電図のコードが外れ、心電図の値が0となり、ブザーがうるさく鳴っていたが、俺は構わず病室の外へと出て行った。
「…………ゆ……じ…………お………」
《了》
ここまで閲覧して頂き、誠にありがとうございました!!
ここからはあとがきとなります。
あとがき
SADシリーズを執筆して、今年で4年目です。
ここに投稿したのは去年の10月ですが、実際に執筆活動をし始めたのは4年前で、このシリーズが初めてでした。
元々僕はSAO、もとい【ソードアート・オンライン】が好きで二次創作小説を書き始めたものですが、長い月日(ほぼサボってばっか)をかけて遂に完結まで至ることができました。
途中、主にチャプター8《上》で約10万にも及ぶ文字数を書き、一時期は責任感が重く感じ、一度執筆活動から離れることもありました。ですが、今となってはこうやって復活し、皆様にこの作品を届けられたらと思っています。
そして、このシリーズ。
SAD(ソードアート・ディファレント)シリーズは、見てわかる通り、SAOの二次創作小説です。かなりタイトル改変していますが、実際のところは変わっていませんのでご安心を。
そして、このシリーズの題材は【もしも、SAO時代にユージオがいたら】というコンセプトを元にここまで書いてきました。
今思えば、かなり自己満足で書いてきたので、文字には誤字脱字やら見られ、そして表現力もお世辞にも良くは無い……という、ちょっとヤバい感じにはなってましたw
ですが、やはり僕は成長しているなと感じています。
元々小説を読むのが好きで、そしてSAOが好きで。
ここまで書いて来ましたが、よくここまで書いてきたな、と……。
それに、今回の話でSADシリーズは全てを通して約20万文字となりました。辞書かよ。
もう完成した反動で文章が纏まってないですね。ごめんなさい()
色々と語りたいこともあるんですが、今回はここまでにしようかと思います。
あ、そうだそうだ。忘れてた。
今回、このチャプター9《下》を投稿したら、僕はハーメルンを離れ、pixivにて本格的に活動していきたいと考えています。
pixivではSADシリーズを少し修正した話を置いているので、ご興味があればどうぞ!ソードアート・オンラインのタグか、ソードアート・ディファレントから探せば見つかるかと思います!
とまぁ………そんなところですかね?
それでは、またどこかで。
ルイ/Lui、るいくん。