ソードアート・ディファレント   作:ルイ/Lui

9 / 11
お久しぶりです。
初の上巻です!
思いの外書きたいことが多くて約3ヶ月遅れてしまいました。
代わりに、凄くボリューミーな内容となっておりますので、楽しんでください!ちなみにめちゃくちゃ長いので相当お暇な時に読んでください...()


ソードアート・ディファレント8 《上》 -Tragedy Story-

 

チャプター8 –信じる、ということ–

 

第29章 –親友–

 

キリト「...ぇ」

 

客室の中が、突然静寂に包まれる

それは、エギルさんが発した言葉が発端だった

キリト君はただ立ち尽くし、動いたと思えばエギルさんに近付いていた。

そして肩を掴み、暗い眼で淡々と語りかける

 

キリト「...どういうことだ、エギル」

 

しかしエギルさんは物怖じもせずに、また口を開く

 

エギル「どうしたも何も、そのままの意味だ」

エギル「《ユージオ》は生きている」

 

キリト「っ...!」

 

初めてだよ、そんな話。私は、何も聞いてない。何も分からない。話が見えない。

キリト君はただ立ったままで、重い空気がこの部屋に染み渡る。何か声をかけようにも、隙がない。こんなの初めてだ。

この空気を変えようにも変えられない。このままだと険悪な状態が続き、最悪キリト君が出ていってしまうかもしれない。或いは、その《ユージオ》...という人を探しに行くのかもしれない。だとしても、ひとりで探しに行くのだろう

それなら私も行く。でも、大丈夫だろうか。どこの場所なのかも分からないし、まだ"噂"程度。それはキリト君も分かっているはず。

でも彼は、口を開き、口を閉じる。ただそれを繰り返していた。

分かっているから、何も言えない。私も、言えない。何も。

未だに続く、重い空気は、何時間にも及ぶものだと感じれた。でも、実際過ぎたのは5分程度

この状況を早く打開したい。けれど、私にはダメだ。キリト君なら、まだ何とか出来たのかもしれない。でも、私は──

 

メイル「あ...あのー...ちょっといいですか?」

 

重々しかった空気は、仲間の声でかき消され、一気に注目を浴びる。

この状況を打開したのは、仲間の《メイル》だった。

 

アスナ「ど、どうしたの?」

 

メイル「いえ...ただ、なんというか...そのー...」

 

一言でいえば、歯切れが悪い。

この子も恐らく、この状況に慣れていない。それは私もだが、それでも尚、よくこの状況で話しかけた。その勇気は本当に素晴らしい。

でも、まだだ。この子がなんと言うか...それで決まる。何もかもが。

 

キリト「...すまない、メイル。手短にしてくれないか」

 

メイル「は、はい」

メイル「その...キリト...さん、《ユージオ》さんは...誰なんですか?」

 

一言一言声を発する度に、メイルはビクビク震える。私だって怖い。だって今のキリト君の声は、とてもじゃないけど、低い。圧がかかっている。

 

キリト「...そんなに震えなくて大丈夫、怖がらせてたらごめんな」

 

キリト君は、それだけ言って、私とメイルさんの頭に手を乗せ、少しだけ撫でる。それには、この世界で感じれない【温もり】を感じれた。不思議な事だ。そして彼は先程の椅子に座り、深呼吸すると、語り始める。

 

キリト「...話した方がいいな」

キリト「エギルも、聞いてもらえるか?」

 

そう呟くと、エギルさんは頷いていた。

キリト君は「ありがとう」とだけ言い、姿勢を正す。すると口を開き──

 

キリト「...そこの《情報屋》、何してる」

 

と、彼は何もない所に声を発する。え?アルゴさんがいるの?

と思ったのと同時に、顔にネズミのような髭を付けた女性プレイヤーが急に現れた。

 

「...相変わらず《索敵スキル》あげてるナァ」

 

キリト「何話を逸らしてるんだ。《隠蔽スキル》で聞こうとしてたろ」

 

アルゴ「いやー...キー坊達がここにいると聞いて、入ってきたんダ」

アルゴ「あ、勿論ここの主人には許可取ってるヨ」

 

私はエギルさんの顔を見ると

 

エギル「そういうことだ」

 

とだけ言ってまた黙り込む。

 

キリト「...流石に売るわけにはいかないぞ」

 

アルゴ「売らないヨ」

 

キリト「...」

 

また無言になり、キリト君はため息をついて、話し出す

 

キリト「分かったよ、お前にも話してやる」

 

アルゴ「サンキュー、キー坊」

 

キリト君は、再度深呼吸すると、口を開き、語り始めていた。

 

キリト「──俺が《ユージオ》と出会ったのは、今から2年前...このデスゲームが始まった直後のことだ」

 

キリト「《はじまりの街》を抜け出した俺は、次の町へと向かっていたんだが、その時妙なバグのような...いや、歪みが起きたんだ」

 

アスナ「歪み...?...それって単なるバグじゃなくて?」

 

キリト「あぁ、単なるバグじゃないと俺は思う、いや思える」

キリト「その時だったんだ、彼が、《ユージオ》が現れたのは」

 

アルゴ「現れた?それは急に目の前に現れたってことカ?」

 

キリト「いいや、違う、空から、あの次の層がある天板の中から落ちて来たんだ」

 

アスナ「あの中から落ちて来たの?!」

 

キリト「...そうだ、とてもじゃないが、あそこから落ちてきたら、普通は助からない」

キリト「だが、俺は気付けば走り出して、助けようとしていた。それはいい。それはいいんだが...」

 

私とアルゴさん、エギルさんとメイルさん。それぞれはただキリト君の方へ視線を向けていた。妙な緊張が走り、場を更に凝らす。

 

キリト「...あの時の、俺の《筋力パラメータ》では、どうやっても助からないはずなんだ」

 

エギル「...それ程高い所から落ちていたと?」

 

キリト「あぁ、受け止めたと同時に、俺にもダメージを受けるはずだ」

キリト「...だが、受けなかった」

 

アルゴ「本当ならダメージを受けるはず、でも受けなかった...どういうことなんダ...?」

 

アスナ「ただのバグなら、ここまでのことはまず有り得ない...よね」

 

私が質問すると、彼は頷く

 

キリト「...絶対に有り得ない。これは恐らく、茅場...あいつでさえ、予想つかなかったことだと思う」

 

茅場..."茅場晶彦"のこと。この世界《ソードアート・オンライン》の創造主で、このゲームのハード《ナーヴギア》も作ったという天才らしい

あの頃は、どうしてこうなったかも分からなかった。でも、私は決めたの。"たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム、この世界に負けたくない"と。でも今は、守りたいと思えた人物がいる。守るために、私は生きる。

その為に、私はいる。

 

キリト「──そして、彼と出会ってからは、いつも一緒だった」

キリト「宿屋で泊まる時も、街に行く時も、迷宮区に行く時も」

キリト「いつしか、俺の中で"親友"と言えるような存在が出来た」

 

アスナ「(親友...か)」

 

キリト「でも彼は、第48層《ミリアル》のボス部屋で...青いパーティクルとなって散乱したんだ」

 

アスナ「っ!」

 

...それを聞いてしまえば、キリト君が動揺してしまうのも仕方ない。

この世界では、《GAMEOVER》=現実世界での死というデスゲーム。バグのような現象で現れたその人物は、プレイヤーですらない。

それだと色々と辻褄が合わないのだが、何よりも、本当に死んだかも分からないし、先程明かされた噂...【ユージオは生きている】。それを聞かされれば、普通じゃないはずだ。それでも、彼はひとりで背負っていた。辛い悲しい出来事をひとりで、全部。

 

キリト「それから何度も悪夢を見たよ、その度に話しかけてくるんだ【どうして助けてくれなかったの?】とか【酷いよ...キリト】とか...もう...限界だったんだ」

 

ひとつひとつ、聞いていく度に、私は手を強く握る。こんなにも気付けなかったのだと後悔しているからだ。それは恐らく、全て抱え込んでいたから...。

 

キリト「...アスナ」

 

アスナ「...え...何?」

 

キリト「第50層の《スウィントの街》に行く前、宿屋に泊まってたよな?」

 

アスナ「...うん」

 

キリト「実は、あの時も見ていたんだ。第1層の夢を、始まりの夢を」

 

アスナ「...」

 

キリト「だからかもしれない、俺がずっと今までのことを忘れていたのは」

 

アスナ「...思い出したのね」

 

キリト「あぁ」

 

キリト君は、あの時、私の思い出を含む、全ての記憶を忘れていた。

勿論何らかの障害によるものではなく、自身で閉じ込めていたのだと。

それは、大切な親友を亡くしたからだと思う。

でも、これで確信が着いた。キリト君は、繊細だ。だからこそ何もかも溜め込んでしまう。

だから...守らないといけない。私が、守らなくては。

 

キリト「そして...今に至るんだ」

 

アルゴ「...なるほど...ナ」

 

メイル「...そうだったんですか」

 

エギル「...キリト」

 

キリト「大丈夫だ、エギル。もう、大丈夫だ」

キリト「過去のことは、もう、気にしなくていい」

キリト「だからもう、いいんだ──」

 

バチンッ!

 

突然、大きな音がこの部屋に響く。

その発信元は、キリト君と、私。

周りのみんなは、固唾を飲んで黙り込んでいる。

 

キリト「何を──」

アスナ「馬ッ鹿じゃないの?!」

キリト「...」

 

ついカッとなり、やってしまった平手打ち。

ここまで来たのなら、ここまでやってしまったのなら。もう後は私の全力をぶつけるだけ。

 

アスナ「過去はもういい?気にしなくていい?馬鹿じゃないの?!」

アスナ「君が感じた想いは、そんなものだったの!?」

アスナ「もし、そうなら。今すぐ出てって!!」

アスナ「...そんな人と一緒になんか居たくないから」

 

キリト「...」

 

思ってもないことを、震えた声で言ってしまった。

でも、もう後戻りは出来ない。

後は、待つだけ。

 

キリト「...」

 

アスナ「...黙ってるってことはそうなのね」

 

キリト「...だろ」

 

アスナ「...何?」

 

キリト「そんな事っ!!思ってるわけないだろっ!!」

 

アスナ「じゃあ...じゃあ!言ってみせてよ!」

 

キリト「あぁ、言ってやる!言ってやるさ!」

キリト「ユージオは優しいやつで、なりふり構わず困ってるやつがいたら助ける、そんなやつだった!」

キリト「だからこそ、あいつは奴らの仲間を...《ラフコフ》の奴らを助けてしまった!」

キリト「そのせいで...そのせいでユージオは...!!」

キリト「ユー...ジオは...っ」

 

キリト君の声は、次第に小さくなる。

まるで"思い出せない"と言えるような顔になっていたからだ。

 

メイル「...無理に思い出そうとしない方がいいですよ」

 

ここで、ずっと口をあまり開かず、じっとこの会話を見ていたメイルさんが、漸く口を開く。

 

メイル「無理に思い出そうとすれば、記憶が薄れていく。そうなったら、いつ思い出すか分かりません」

メイル「だから、無理に思い出そうとしないでください」

 

キリト「...あぁ」

 

メイルさんの言葉で、またキリト君は深呼吸をし、落ち着きを取り戻したようだ。

 

キリト「...悪い、エギル」

 

エギル「...」

 

キリト「ベッド、貸してくれないか?」

 

エギル「...今回だけだぞ」

 

キリト「はは...ありがとう」

 

そう言って、彼はひとりでエギルさんの寝室へと向かっていくのだった。

 

––––––––––––

 

最近、妙な夢を見ていた。

日によって毎回異なる夢、でもどこかで見たことがあるような夢もチラホラと見る。

今回見るのは、どうやら初めてのものらしい。ここはどこだろうか。

ハッキリとしない視界と、何故か反響して聞こえてくる声と音。夢の中だからかもしれない。

しかし、こうも内容を覚えていると、少し恐怖を感じる。恐らくこれは【明晰夢】と呼ばれる現象だろう。"夢"だと自覚している訳だしな

【明晰夢】は何でも思い通りになるらしい。だからと言って、何もかも思い通りになるとは言い切れない。諸説あるらしいが。

だがこう何度も見るだろうか?やはり恐怖を感じてしまう。だが慣れてしまった。人間、慣れが1番怖いんだな。

 

でも、俺の場合どうやら違うらしい。

毎回、どの夢を見ても動けないのだ。

何度も見たからこそ分かるのは、夢の種類が3つほどあることだ。

その1つが、何か幸せなことを見せて、その後に絶望に突き落とす夢。所謂落胆系。

もう1つが、初っ端から絶望を見せ、何度も何度も襲ってくる光景を見せられる夢。所謂悪夢系。

もう1つが、よく分からない、不思議な夢。何が起こるかは分からない。3つ程パターンがある。嬉しいことがあるだけや、嫌なことだけが起こることもある。ただこの中でよくわからない光景があって、それが"何も無い"夢。

ただ真っ白な空間が広がる夢。幾ら進んでも何も無い。でも分かることがひとつある。

それが、視界の左上に映るHPバーがあることだけだ。

ということは、そこは仮想世界であると同時に、何かしらの世界にログインしていること。

しかし、今のところ製造されているのはこの【SAO】のみ。

【SAO】でこの様な場所は見たことないし、何よりメニューを開くと、文字が化けているのだ。

その下に何かの数字があって、それを見ているとそこで終わる...そんな謎の夢。

 

なぜかその夢を見て起きると何も覚えていないのが多い。が、たまにボンヤリではあるが覚えていることがある。

でも、今回のように眠ると絶対に思い出す。全くよく分からないものだ。

さて、今見ている夢だが、ここからだと、どこかの辺境の村が見えている。どうやらここは別の世界らしい。「なんでまたこんな夢を?」と思うが、俺には拒否権もない。

すると、1人の少年が、小さな袋を抱えて近くにある山の様な丘へと歩いて行くのを見かけた。

その丘の上を見ると、デカい杉の木が生えていることに気付く。

デカさはどれくらいだろうか。恐らく東京タワーくらいはありそうだが。

しかし確かめようにもいつも通り俺は動けないのである──という時に、いつもテレポートする。今回もそのようで、少年が向かった丘へテレポートしていた。

...杉の木の大きさは、東京タワーと言えるような大きさではなく、全くそれ以上である。

遠くから見るとそのレベルなのに、近くで見ると大きい。まるでギガサイズだ。

──いつの間にか消えていた少年が、森の中から斧のようなものを持って、大きな杉の木へと近付く。

すると斧を構え、まるで木こりのような叩き方をする。しかし切り口はまだまだ浅い。それもそのはず、高さだけではなく、太さもあるのだ。普通に考えて一生かけたって無理だ。

 

『にじゅーごっ!』

 

すると、聞き覚えのある言語が、読み取れた。

これは...間違いなく日本語だ。それも数字の。

どうやら本物の異世界ではない...か、或いは夢の中だからこそわかるのかもしれない。

 

『よんじゅー...ななっ!』

 

47回目の打撃を終え、少年は疲れた様子さえ見せずにまた次を打っていく。

しかし、俺が見えているのは、この少年の後ろ姿のみ。どこかで見たことがある容姿だが、なぜか思い出せない。

 

『ごーじゅう!!』

 

50回目の打撃を終えると、少年は『午前のノルマはここまでかな』とだけ呟いて、斧を置き、持ってきた袋の包みを空けてパンと水を取り出す。すると少年は、木を後ろに腰を掛け、食べだしていた。

その時に、俺はこの少年の顔を見ていたのだ。

この少年、どこかで見たことがある。けれども思い出せない。

髪は亜麻色で、目は優しい緑色。そして優しい口調と青色を象徴させる服。

ここまで情報が揃っているのに、何も思い出せない。不思議なものだ。

その時、少年は『さて...午後の仕事も済ませちゃうかな』と呟き、腰を上げてまた斧を構えて続ける。

すると突然頭痛が起こり、咄嗟に頭を抱える...信じ難いだろうが、俺の中で記憶がぐちゃぐちゃになっているようだ。例えるなら、洗濯機のように回るレベルでだ...何も分からないのなら、飛ばして欲しいかも...。

──そして、俺の中で落ち着いた記憶は、ただひとつだった。

 

キリト『ユー...ジオ...』

 

ただそれだけ呟いて、何も聞こえないはずのユージオも、何かに気付くようにこちらを向いていく。

何故か視界が霞んでいて、気付けば大粒の涙を流していた。でも、それさえもどうでもよかった。あんなにも会いたかった"親友"が、そこにいるのだから。

だからこそ、俺の夢はまた悪さをする。

 

キリト『っ...!おい!待ってくれ!まだ話を──』

 

こうやって、またひとつ。失っていく。

でも、また、君に会えた。

信じ難い噂、見知らぬ夢。

だからこそ、俺はまた強くなれる。

だって"肩書き"を持つものは、強くならなくちゃならないのだから。

 

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目覚めると、俺は涙を流していたことに気付く。

感情が隠せない《仮想世界》だからこそ、俺にはこれを止められない。いや、誰にも止められないのだ。

なぜ俺は泣いていたのか。1度、考えてみる。

 

キリト「...うん、覚えてる。ちゃんと」

 

記憶は鮮明に覚えていた。

どうやら不思議な夢の類いではないらしい。

 

キリト「...あ」

 

そういえば、と、俺はひとつ思い出す。それは──

 

キリト「...アスナに謝ってないな」

 

寝る前の記憶はボンヤリとしているが、少しづつピースが埋まるように構成されていき、俺はアスナと喧嘩していたことを思い出す。

急いで起き上がり、時間を確認する。今の時刻は16:24...確か寝る前は...14:56...って約1時間半寝ていたのか...。

アスナ達は今頃どうしているだろうか。後でエギルやアルゴにも、礼を言わなくてはならない。やることがいっぱいだ。

 

キリト「さて...行きますか!」

 

ドアノブを捻り、俺は次へと歩き出す。

もし、エギルが言ったその噂が本当なら、一度でいい、一度でいいから会うんだ。

そして、伝えられなかった言葉を伝える。

その為に今日も行く。

 

"親友"の為に

"相棒"の為に

"仲間"の為に

 

ここで止まってはいられないから。

いつか呼ばれた肩書きを持つ者として。

俺の名は、キリト。

肩書きは──《黒の剣士》だ。

 

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第30章 –実力者ギルド–

 

ドアを開けると、そこに広がっていたのは何もない客室だった。

そういえばここはエギルの店だったか。寝た後はどうしても記憶があやふやになってしまうので、寝る前のことはあまり覚えていないことが多い──ところで...

 

キリト「...みんなはどこだ?」

 

さっきから気になっていることなのだが、アスナ達の姿が見えない。この店のどこかにいるのか、或いはどこかにある素材屋に行っている、武器のメンテナンスをしているのか。

今の時刻は15時前後。前者はアスナ達がこの時間までエギルの店にいるとは思えないし(メイルはあり得るかもしれないが)、後者だとエギルやアルゴも向かう必要性がない──いや、エギルは兎も角、アルゴが向かうのは少し想像がつかない。

だとすれば、別々に行動していると考えるのが筋だが、アルゴに関しては神出鬼没で、どこに行っているのかさえわからない。一応仮にも《情報屋》なので、どこかのクエストでも調べているのだろう。それなら良いのだが、アスナやメイルが一番わからないのだ。一応アスナがいそうな所の目星は付いているのだが、メイルに関してはこの前知り合ったばかりなのでよくわからない点が多い。印象に残っているのは、とても真面目で、どんな状況でも切り抜ける冷静さと慎重さを持っていることだ。だからこそ読みにくく、また考えずらい。それ故に目星が付きにくい。そうなってくると、まずはエギルの店を探索した方がいいだろうか?もしかしたらメイルがいるかもしれないしな。

客室のドアを開けて、俺は廊下へと出る。先ずは店内に向かうことにする。仮にもここはエギルの店。店主くらいはいるだろう。恐らく。

 

キリト「エギル?いるか?」ガチャ

 

しかし声をかけても返事は無し。誰もいない。

それならば と思い、今度はDMで送ることにする。

 

キリト【今何処にいるんだ?】

 

するとすぐ返信が帰ってきた

 

エギル【起きたのか、キリト】

エギル【俺は今少し出かけている、店にはメイルがいるはずだが?】

 

どうやら推測通り、メイルはエギルの店の中にいるらしい。

となると、アスナ達は何処だろうか。心当たりはあるのでそこから探してもいいのだが、先ずはどこかにいるメイルを探し出すのが賢明だな。

 

キリト【ありがとう、探してみるよ】

 

俺はエギルにDMを送ってから閉じ、メイルを探し出すことにする。

店内といっても、そこまで部屋の数は多くない。自室。客室。地下倉庫。そして店内。

既に3つ入っているので、残りは消去法で[地下倉庫]のみ。

地下倉庫は素材が保管されているらしく、本来なら家主しか開けられない部屋だ。

だが、設定によっては【フレンドのみOK】や【ギルドメンバーのみOK】、【パーティメンバーのみOK】や【誰でもOK】があって、家主がそれに沿って編集出来る。

[地下倉庫]にメイルがいるなら、恐らく【フレンドのみ】か、【誰でもOK】だろう。俺とアスナ、メイルはパーティメンバーなので、【パーティメンバーのみ】は無し。ギルドにも入ってないので【ギルドメンバーのみ】も無し。となると、その2つのみだ。

確か客室を出た時、左側ではなく右に行っていたので、恐らく逆が地下倉庫に通じる階段があるだろう。そうと決まれば善は急げ。やや早足で向かうことにする。

再度ドアを開けて廊下を通る。そのまま真っ直ぐ向かうと暗くてよく見えないが、階段らしき物があった。流石にこのまま行くと足を踏み外しかねないので、メニューを開き、アイテム一覧からあるものをオブジェクト化させる。それは《ランタン》だ。こういう感じの暗闇ダンジョンでも、これがあれば大体どうにかなる。ただひとつ欠点があるとすれば、燃料の代わりとなる《夜光石の欠片》が必要だ。素材屋にも売っているが、地下ダンジョンにもないことはない。だが、素材屋で買うよりも地下ダンジョンで手に入れた方がより多く手に入る。が、かなり奥に入らないと入手出来ないので、そこは人によって問われるんだろうな──俺は素材屋で買うんだが...。

──さて、この《ランタン》だが、発光させる必要がある。現実世界なら途方もない徒労を行うが、この世界ならタップひとつで光らせることができるように簡略化されている。全く便利な機能だ。

俺はこの《ランタン》をタップし、光らせると周りが明るくなる。これで視界が使えるようになったので、《ランタン》を手から吊るしながら階段を降りていく。

一番下まで降りると、別の《ランタン》がある事に気付き、それをタップひとつでつける。すると階段を含む周りが明るくなり、更に視界をクリアにしていく。これで先まで見えるようになったので、手に吊るしていた《ランタン》をタップし、灯りを消す。そしてオブジェクト化を解除してアイテムに入れておく。燃料は残り僅かとなっていたので、後で買うことにしよう。

暫く前に進んでいると、ひとつのドアがある事に気付き、ドアノブを捻ってドアを開ける。

 

キリト「メイル?ここにいるのか?」

 

メイルの名前を呼んでみるが応答無し、ここにもいないとなると何処に居るんだろうか──

 

「──あれ?キリトさん?」

 

不意に名前を呼ばれ身構えてしまうが、声の主が"彼"だと気付き警戒を解く。

 

キリト「メ...メイルか...驚かすなよ」

 

メイル「あ、ご、ごめんなさい」

 

キリト「あ...いやー...そ、そうだメイル」

 

未だに怖がられているのか、メイルは俺が話すとすぐに謝る。俺の威圧感か何かは何れ直さないとな...。

その空気は俺もまだ耐えられないので話題を元に戻す。

 

メイル「な...なんでしょうか?」

 

キリト「アスナ達を見なかったか?」

 

メイル「アスナさん達ですか?」

メイル「アスナさんは、行きたい所があると言ってひとりでに出かけて行きましたよ」

 

キリト「本当か?!」

 

メイル「は、はい。確か...第39層《ノルフレト》に行ってくる...と言って──」

 

キリト「分かった!ありがとう!」

 

メイル「え、あ、はい!(エギルさんに関しては聞かないんだ...)」

 

アスナの居場所が分かったので俺はドアを開けて走り出し、階段を駆け上がって廊下を通って、ドアを開けて店内へ向かう。

出口のドアノブを捻り、外に出ようとしたが、何故か逆に引っ張られ、俺は転けそうになる所を踏ん張って停止。一体何故引っ張られたのかと思い、前を見てみると──

 

エギル「──何をしてるんだ、キリト」

 

キリト「な、なんだ...エギルか」

 

エギル「...いちいち気に障る言い方をするな、お前は──まぁいい、それでそんなに急いでどうしたんだ」

 

エギルに問われ、俺は向かおうとしてる所を話す。

 

キリト「第39層の《ノルフレト》に向かおうかと思って...」

 

エギル「...あそこか」

 

俺が応えると、エギルは悩む様子を見せて考えている。どうやら何かあるらしい。聞いておきたいが、今は違う。

 

キリト「だから、ちょっと行ってくる!」

 

エギル「あ、おい、キリト!...ったく...しゃーねぇなぁ...」

 

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ピロンと音が鳴る。

その音の正体はエギルからのDMだった。俺は目の前に光るボタンを押し、DMの内容を見る。その内容は

 

エギル【第39層《ノルフレト》は、実力者が集うギルドの本部がある】

エギル【くれぐれも何か問題を起こすなよ?】

エギル【俺は注意したからな】

 

という内容だった。

俺が何か問題を起こすと思っているのか。そんな訳無いだろ。俺が今までこうやってフラグを建てたことが...無くは...ない...な、ウン。

ま、まぁ気を取り直して転移門に向かうことにする。その為にはまたこの怪しげな道を通る必要があるが、ここは圏外だし、殺人ギルドが動いている訳では無い。だから大丈夫だ。そう、大丈夫。

──そうやって俺を言い聞かせ、足を上げて歩んでいく。正直に言えば"怖い"。

本当ならこっから逃げてしまいたいし、エギルの店に戻りたい。でも、もう行ってくると言ったばかりだし、逃げると言ってもここを通る以外に逃げる方法はない──いや無くはないが。

この世界には緊急用脱出アイテムとして、《転移結晶》というものがある。これを使えば、有効化したことがある層ならどこでも《TP(テレポート)》が出来る。

一応店にも売っているのだが、かなり高価で初心者が買えるような金額ではない。そこでプレイヤーとの売買だが、これも稀に詐欺に合うプレイヤーも少なくはない。基本的にシステムが保護してくれるので、詐欺は基本出来ないのだが、こういう時に限ってシステムの穴を突いてくる輩が出現するのである。

──と、考えている内に主街区《アルゲード》の転移門に着いていた。特に問題は無く、どちらかといえば考えている内に周りの視界を遮断していたようだ。これでいいのか...と思ったが、この世界はいつ死ぬか分からない。それで少しでも恐怖を和らげられるのなら、それで良い。でもいつか...この世界のことすらも忘れてしまったら──

 

キリト「っ...!」

 

考えていると、頭がパンクしたのか、或いは"忘れたくない"と願っているのか。急に頭に痛みが走り、思考を停止させた。

──確かに、そうだ。今はそんなことを考えていられない。俺は頭を横に振り、思考をクリアに。そして転移門に乗って行くべき場所の名称を唱える

 

キリト「──転移!《ノルフレト》!」

 

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蒼い視界が戻ってくると、そこは緑豊かな街並みが見えていた。街、と言っても、田舎だ。木で出来た木造の家々が建っている。

その街並みに目を奪われながらも、俺は目的を見失わないように探し出す。

そう、俺の目的は[アスナを探す]こと。メイルが言うにはこの層にいるらしく、そしてこの層にはエギル曰く[実力者が集うギルド]もあるらしい。まぁ...いかにもって感じの建築物があるからな...。俺の目の前にある建築物は、この街にある大きな木の家...ではなく、石や鉄で造られた要塞の様な建築物。恐らくこれがそうだろう。どんなギルド名かを見てみると──

 

「おい!そこのお前!何をしている!」

 

と、急に怒鳴られ、後ろを振り向く──...一応俺には《索敵スキル》を取得してるのだが、それの気配すら感じられなかった。どうやら本物の実力者が集っているらしい。

 

キリト「い、いやー、これはなんだろうと思いまして」

 

「──ふむ、それは失礼した」

 

キリト「え」

 

急に謝られ困惑する俺がいる。

 

「なんせまだギルドが建ってからそこまで時期が経っていないんだ、認知が少ないのも当然だな...」

 

キリト「は、はぁ...」

 

どうやらギルドが建てられてからそこまで時間が経っていないらしく、怒られずに...済んだ?のか??

それはそれとして...

 

キリト「あ、あのー...あなたは...?」

 

「む、申し遅れた、私は兵士長の《ジェノ》だ。先程の叱責は失礼した」

 

キリト「アッ...ハイ」

 

ジェノ「そなたの疑問についてだが、ここは我らがギルドの本拠地がある、第39層《ノルフレト》。そしてギルド名は《血盟騎士団》だ」

 

──血盟騎士団...だいぶ前にどこかの噂で聞いたことがある気がするな。確か...第25層《ギルトシュタイン》...だったか?そこにも本拠地があったはずだが、もしかして移行したのか?それなら、それなりに情報を知っているはずだ。そう考えて脳をフル回転させるが、いつも通り思い出せない。全くどうしようもないな。

 

ジェノ「...どうかしたのか?」

 

キリト「い、いえ、それより聞きたいことがあるんですけど...」

 

ジェノ「なんだ?」

 

俺が聞きたいこと...それはアスナに関することだ。ここに来ているのなら、多少は情報があるはず。そこで聞いてみることにしたのだ。

 

キリト「栗色の長い髪に、こう...スラーっとした《細剣使い》の女性プレイヤーは見かけませんでしたか?」

 

...我ながら説明が下手である。こんなので伝わる訳が──

 

ジェノ「...あぁ!もしかして、《アスナ》というプレイヤーのことか?」

 

...あった。

...いや、いやいやいや、なんで知ってるんだ?まさかアスナはここに...?

 

キリト「そ、そうです。ここにアスナ...さんがいると聞きまして」

 

ジェノ「アスナさんならさっきこの中に入って行ったぞ、知り合いか?」

 

キリト「はい、知り合いです」

 

そう答えると、兵士長《ジェノ》は俺を1度睨む。そして口を開くと...

 

ジェノ「──通ってよし、入れ」キィー...

 

キリト「あ、ありがとうございます」ペコッ

 

なんで通されたのかは分からないが、とりあえず合格ってことなのだろう。何の試験を受けていたのかは全く検討も付かないが。

でも、これで漸くアスナに出会える。しかし何故アスナはここにいるのか。それを探る為にここに来たのもあるが、それが一番疑問だ。

アスナはギルドに入りたいってのもあったのかもしれないが、それなら俺にも相談して欲しいものなんだがな。普通に心配するし。

奥に進むとある人物を見かけた、その人物の髪は栗色で、スラーっとした《細剣使い》。そして女性プレイヤー。

そう、俺が探していた《アスナ》がいたのだ。

 

話かけようかと思ったが、どうやら誰かと論議しているらしい。聞き耳を立てたいが、俺には《聞き耳スキル》は無く、入手していない。

その為ここからじゃ聞くことも出来ない。だからといってこのまま行くのも危険な気がする。《隠密スキル》を使って近付いてもいいのだが、恐らく《索敵スキル》で《ハイディング》されるだろう。見つかると厄介だ。

しかし、このままにするのも...と葛藤する。しかしそれはある人物によってかき消される。

 

「そこの君、何してるの?」

 

キリト「」ビクゥ!?

 

本日2度目の驚き。

そろそろ寿命が縮んでそうだ...

 

「あぁ、ごめんごめん、驚かせちゃったね」

「私は護衛長《アリババ》」

 

そう名乗るのは俺より高い身長の男だった。

優しい口調で話しかけてくる。

 

アリババ「あそこにいる団長──今はその《アスナ》さんっていう人と対論しているのが我がリーダー《ヒースクリフ》団長だよ」

 

キリト「団長...?」

 

アリババ「そう、団長。あの人が居てくれるから、このギルドは成り立っているんだよ」

 

キリト「そうなのか...」

 

アリババ「...で、私はその団長の護衛長。君に問いたいんだけどね?」

 

突如空気が変わり、戦慄が走る。

睨まれているような、でもそんな目はしていない。ずっとニコニコしている。まるで殺意だ。

 

アリババ「...ここで何をしていた?」

 

笑顔のはずなのに笑顔ではない。半目で見られる眼には、警戒を解く様子はない。それどころか、返答次第では斬られるか、ここから追い出されるだろう。そうなると面倒だ。俺は息を飲み、冷や汗が垂れる。この状況から《アスナ》に近付かなければならない。そうなると、先ずはこの【護衛長】をどうにかしなければ。

 

キリト「...そこにいる《アスナ》さんを見ていただけだよ」

 

アリババ「...」ニコニコ

 

キリト「...」

 

この世界には無いはずの鼓動が、大きく鳴っていて、どうやっても止まらない。緊張状態での為、下手したらこの男と対峙するかもしれないのだ。そうなれば、もう二度とここに来れなくなるだろう。

しかし、どうやって打開するか。《アリババ》と名乗る男は、先程からずっと笑顔を絶やさない。それでも警戒は怠っておらず、俺が少しでも動けばすぐに対処するだろう。それだけは避けなくては。

 

アリババ「...そっかぁ、なるほどね。じゃあ、なんでここで見ているの?外かどこかに待ってれば良いじゃないのかい?」

 

...一言でいえば、この男が言ったことは正しいともいえる。しかし、《PTM(パーティメンバー)》だと言ったところで信じて貰えるだろうか?

答えは"否"。《PTM》だからと言って直ぐには信じて貰えない。相手からしたら、証拠も無いのだ。見えないし。

 

キリト「...それでも、俺はここで待つ気だ」

 

アリババ「...なるほどね。分かった、今回は私が引き下がろう」

 

そう言うと男は、急に何処かに視線を向いたと思えば引き下がる。何故だ...?と思ったが、その答えはすぐに見つかった。

【護衛長】が見た場所に目を向けると、そこに立っていたのは団長なる者の《ヒースクリフ》と、我が相棒《アスナ》が立っていたのだ。

 

アスナ「キリト君...!?なんでここに...?!」

 

キリト「あー...はは」

 

ヒースクリフ「何やら騒がしいと思って来てみれば、君たちは何をやってるんだ」

ヒースクリフ「特に、アリババ君。君は少し気張りすぎだ、休んできなさい」

 

アリババ「...了解です」

 

アリババはそう言うと、どこか少し悲しそうに、この場所を抜けて何処かのドアに入っていった。その光景を見たヒースクリフは、こちらを向き、口を開く。

 

ヒースクリフ「怖がらせてすまないね、アリババ君は、あんな感じでも、実戦ではとても頼りになるんだ。そう落とさないであげてくれ」

 

キリト「は、はぁ...」

 

ヒースクリフ「ところで、ここに何の用なのかな?」

 

キリト「そこにいる...《アスナ》さんに出会いに来まして」

 

ヒースクリフ「ほう」

 

アスナは先程からずっと絶句したままだ。まるで俺自体がここにいる事が信じられないと言うように。

 

キリト「...だから──」

 

ヒースクリフ「つまり、連れ戻しに来たと?」

 

キリト「...それはどういう?」

 

ヒースクリフ「聞いていないのか、それなら教えてあげよう」

ヒースクリフ「私はこのプレイヤー《アスナ》君を我がギルド《血盟騎士団》に入団させたいと思っている」

ヒースクリフ「しかし、頑なに了承を得られなくてね。無理矢理入れる訳にはいかないので私も困っていた所なのだよ」

 

キリト「...だから俺が連れ戻しに来たと思ったと?」

 

ヒースクリフは俺の問いに頷き、そうだと証言する。別に間違ってはいない。だが俺はアスナを探しに来ただけだ。それなら──

 

キリト「...えぇ、間違ってはいませんよ。俺は、《アスナ》さんを連れ戻しに来ました。彼女は俺の相棒なので」

 

ヒースクリフ「...そうか、それは悪いことをした。すまない」

ヒースクリフ「──そういえば、まだ君の名を教えてもらえてないな」

ヒースクリフ「私はこのギルドの団長《ヒースクリフ》だ」

 

キリト「俺は...キリト、です」

ヒースクリフ「そうか、キリト君というのか。よろしく」

 

そう言うとヒースクリフは手を伸ばしてくる。俺も手を伸ばして、握手を交わした。

それだけならいいのだが、この団長が発した言葉によって全てが変わったのだ。

 

ヒースクリフ「キリト君。《アスナ》君を賭けてデュエルをしないか?」

 

キリト「...なんだと?」

 

そう、団長がデュエルを申し込んで来たのだ。それも唐突に。しかも《アスナ》を賭けて。勝ったらアスナを取り戻すことが出来るだろう。しかし負けたらどうなる?

その疑問も、見抜いたように答えてくれる。

 

ヒースクリフ「キリト君が負けた場合、アスナ君と共に我がギルドに入団してほしい」

 

アスナ「...っ!」

 

キリト「...!」

 

ヒースクリフ「なんせ人が少なくてね。代わりにキリト君が勝てば、アスナ君を連れて行っても構わない。私も諦めよう...やるのか?」

 

この挑発に乗るのは、正直にいえば吉ではない。寧ろ凶だ。そう、よくない判断。

しかし、アスナは断ることも出来ない性格。いや、正確には断りにくいのだ。だから、悩んでいたと思われる。それなら、俺が答えないといけない

 

キリト「──分かりました。俺が勝ったら、アスナを連れていきます」

 

ヒースクリフ「そう答えると思っていたよ、準備が整ったら私に話しかけてくれ。デュエルを始めよう」

 

_________

_______________

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アスナ「──ちょっとキリト君!あなた本気なの?!」

 

とアスナは叱責する。

そりゃそうだ。俺はアスナに確認を取らず、俺だけで判断してしまったのだから。しかし、もう後戻りは出来ない。ここで決着をつける。勝って次の階層へ行く為の準備をするんだ。

...何だかフラグに聞こえてしまうが、きっと気の所為だ。

 

キリト「大丈夫、俺の強さは、アスナが1番知ってるだろ?」

 

アスナ「それは...そうだけど...」

 

キリト「だから、大丈夫。今回もどうにかなるさ」

キリト「だから、ここで待っててくれ」

 

俺はアスナにそれだけ言って、振り返ってヒースクリフの元へ行き、準備が完了した事を知らせにいく。

後ろからアスナの心配な目線を感じるが、きっと大丈夫だ。そう、きっと。これはタダのデュエルだ、負けても死なないはずだ...《初撃決着モード》ならだが

 

(《デュエル》...この世界にある所謂怠慢だ。)

《デュエル》には3つのモードがあり、それが

 

・《初撃決着モード》

・《半減決着モード》

・《完全決着モード》

 

となっている。

《初撃決着モード》では、ソードスキルや斬撃の初撃を当てれば勝利となる。しかし、かすり傷程度では反応しない。

《半減決着モード》では、相手のHPを先に半分以下にした方が勝利。

《完全決着モード》では、降参させるか、相手のHPが"0"になれば勝利する。

 

本来であれば、このデスゲームで《デュエル》を行う者はまずいない。やるとすれば《初撃決着モード》か《半減決着モード》だろう。しかし、どのRPGゲームの攻撃には《クリティカルヒット》というものが存在する。低確率で発生するものだが、発生してしまうと危険だ。つまりどういうことか。それは《クリティカルヒット》が出てしまえば、《初撃決着モード》であろうと、《半減決着モード》であろうと。当て場所が悪ければ即死してしまう可能性があるからだ。それだけは避けなくてはならない

 

例え団長であろうと、それくらいは分かってるはずだ。これはタダの《デュエル》。殺し合いなんかでは無い。別に俺は対人戦が苦手な訳では無いが...ただ、相手は人間だということを忘れてはならない。システムのアルゴリズムによって動かされるモンスターとは違い、相手はプレイヤー。読まれてしまえば終わるし、俺の当て方によっては相手のHPが消し飛ぶ。それに団長だ、対人戦でも警戒を解く気にはならないだろう。

 

キリト「...ヒースクリフ団長、準備が終わりました」

 

ヒースクリフ「そうか、分かった。それでは中央にある修練場までついてきてくれ」

 

そう言うとヒースクリフは修練場まで歩いていく。俺は未だに心配しているアスナに目を向け、これだけ伝えることにした。

 

キリト「──行ってくる」

 

俺はアスナの言葉を待たず、ヒースクリフについていく。どれ程の実力なのか、少し楽しみだ──

 

______________________

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________

 

キリト「がぁっ!?」

 

気付けば俺はうつ伏せに倒れていて、立とうにも立てられない。何が起こったのか理解も出来ず、俺は近付いて来た団長に剣を向けられ、こう問われる。

 

ヒースクリフ「...君の実力はこんなものなのか。ひとつ問う。立ち上がるか、降参するか、選びなさい」

 

キリト「くっ...」

 

必死に立ち上がろうと俺は足や腕を動かすが、あともう少しというところで崩れる。もう一度試しても、また同じところで崩れる。息も上がり、疲労が溜まっていく。

ヒースクリフは今も尚冷たい目で俺を見ている。今の俺のHPは残り6割...このままかすり傷でもくらえば、この《デュエル》が終わる。しかし、ここで諦めてしまえば、それはもう死を意味する。これもゲーマーとしての性だろう。それだけは、嫌だ。俺は今でも何処かで生きてるかもしれないアイツを元の世界に戻す為に...今を生きているのだから...!

──しかし、その願いすらも虚しく潰えた。でも諦めない。もう少し...もう少しだけ時間を稼げれば──

 

「キリト君!」

 

その声に、俺とヒースクリフを含む周りのプレイヤーの視線を集中させる。声の主は──

 

–––––––––––––

 

アスナ「ハァ...ハァ...!」

 

キリト君は、あの時「大丈夫」だと言っていた

確かに、私は彼の実力を侮ってなんていないし、彼の強さは私が1番よく知っている。それでも心配だった。彼は知らないだろうけど、私は知っている。《血盟騎士団》の団長...《ヒースクリフ》は、ギルドのメンバーによると、誰1人《デュエル》で勝てなかったと聞いている。だからこそ分からなかった。彼は《フロントランナー》の一員で、確かに強く、確かに劣らない。けれど、団長の強さは桁違いだということは、言うまでもない。

だからその強さをキリト君に伝えようとした、でも、彼は行ってしまったのだ。いつも慎重で冷静な彼が、何故か焦っているようにも見えたのは、きっと気の所為などではない。

だからこそ私は今急いで走っている。とてもじゃないけど、嫌な予感がしたから。確かキリト君と団長は《修練場》へ向かうと言っていた、道を覚えている訳では無いけれど、それでも...それでも、向かわなくちゃ。

私は誓ったんだから。彼を守ると。今度は私が守る番だと。だからこのギルドに来た、強くなる為に。でも今回は様子見程度だったのに、団長に強く押されて...そして対論している間にキリト君が来ていた。これは私のせいだ。だから私が助けないと、私が──

 

右へ左へと曲がった先に見えたのは、ひとつの光。出口だ、長い長い通路を抜けて、漸く出られる。この先に、彼と団長がいるはずだから。

苦しい、辛い、止まってもっと息を吸っていたい。でも、それよりも大事な人がそこにいる。彼の為ならそんなことなんか気にしてなんていられない。

 

アスナ「キリト君!」ハァ...ハァ...

 

私が出たのは、応援席のような場所。プレイヤーと思わしきギャラリーもいる。声をかけると、団長とギャラリーが「なんだなんだ」とざわめきながらこちらを向く。

キリト君は今にも負けそうだった。うつ伏せになっていて、団長に剣を向けられている。この状況ならば、私が行ったところで《デュエル》には関与、干渉出来ない。でも、キリト君には伝わったはず。だからこそ...頼んだわよ...!!

 

–––––––––––––

 

キリト「(ア...スナ?)」

キリト「(どうして...ここに)」

 

どうしてここにアスナがいるんだ。俺は待っておけと言ったはずなのに...いや──それよりも、今はこの状況に感謝したい。ヒースクリフや、周りのプレイヤーがアスナの方に向いたということは、隙を与えてくれた。ということ。ならば、このチャンスを逃す訳にはいかない...!

喘息を落ち着かせる為、呼吸を整える。そして掌に力を入れ、集中していく、すると手が黄銅色に光りだし、俺の"もう1つ"のスキルを発動させた。

 

体術スキル──《ハンドクラップ》!

 

《体術スキル》とは、とあるクエストをクリアすることで使えるようになるスキルのことで、これに《装備条件緩和》というスキルModを所得することで、武器を持ちながらでも使えるようになるスキルのこと。基本技は敵を正拳突きで貫く《閃打(センダ)》。他にも蹴り技の《水月(スイゲツ)》や、敵の武器を奪ったり出来る《空輪(くうりん)》などがある)

 

ヒースクリフ「...!」

 

俺は体術スキル《ハンドクラップ》を使い、地面を力強く叩いて体を浮き上がらせ、空中でまた次の構えに続く。本来ならばどのスキルにも硬直が発生する。しかし、俺には秘策があったのだ。

密かに練習していた《システム外スキル》。それは彼が使っていたスキルで、第48層までお世話になったものだ──今も尚どこかで生きてる彼の為に、俺はこの力を継承する...!行くぞ...!ヒースクリフ...!!

 

キリト「うおおおおぉぉぉぉ!」キュィィィィィン!

 

後隙をかき消し、俺は次のモーションへ移る。

それがシステム外スキルの《スキルコネクト》だ。

黄銅色の足に力をいれ、水平横蹴りのモーションに入る。それが体術スキル《水月》。

ヒースクリフの意表を突き、蹴りがそのまま奴の顔に──という寸前で、世界が突然止まった、いや、減速したかのように思えた。言葉では表しづらく、システムに頼ったかのように思える。そして俺は、加速したヒースクリフに避けられてしまい、そのまま剣で斬られ、HPが4割を切ったところで《デュエル》が終了した。

 

キリト「ゲホッゲホッ...ゲホッ!」ハァ...ハァ...

 

まだ慣れていないからか、俺は横たわっていた。実は《スキルコネクト》を使用すると、起こるべきはずだった様々な反動が来る。俺は今のところ2回までしか出来たことがないが、その分反動もデカくなる。今回はまだ息苦しさだけだが、2回まで繋げた時は、骨が折れたような痛みが走ったのだ。痛みが感じないはずのこの世界で、《ペイン・アブソーバー》を無視する程の痛みが走る。これ以上繋げれば一体どうなってしまうのか──想像もしたくない。

そして奴の...ヒースクリフの顔を見た時、あいつは蔑むような冷たい目で俺を見ていた。しかし疲労からか俺は段々意識が遠のいていく。最後に写っていたのは、未だに冷たい目で俺を凝視していたヒースクリフの姿と、いつの間にか観客席から降りていたアスナが、こちらに走ってきている姿だけ。重々しい体をどうにか起き上がらせようにも動かせず、気付けば意識を手放していたのだった。

 

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第31章 –リーダー–

 

──リト

───おい、起きろよ。キリト

────キリト

 

俺を呼ぶ声がする。どこかで聞いたことがある声。優しい口調で俺を起こそうとする。今の俺なら、わかる。この声の主は──

 

キリト「ユー...ジオ...?」

 

彼の名前を呼びながら起きても、誰もいない。目の前に広がっていたのは、病室のような部屋。どうやら俺はベッドに寝ていたらしい。それも2日程。

確か俺は、《血盟騎士団》の団長に負けて、意識を手放したんだったか。多分この見知らぬ石の天井は、このギルドの病室だろう。だとしても誰が俺をここまで運んだのか、ヒースクリフは余り考えにくい。《デュエル》を挑んだ張本人だし。メイル?いや、あいつはここまで来ていない。それどころか《デュエル》を挑まれたことすらも知らないはず。それなら...やはりアスナか?確かに意識を手放す前、アスナがこちらに向かって来ていたのは確かだ。だが...あんな華奢な体で俺を運べるのだろうか...《筋力パラメータ》があっても限度はあるし、装備や所持アイテムの数によっては変わるのだ。《仮想世界》だからこそ、余り重量を感じないが、武器やアイテムの重量は感じる。プレイヤーは分からないが、装備によっては変わるのではないだろうか。

 

キリト「...っ」

 

──しかし頭が痛い...《スキルコネクト》の代償が未だに残っているのか、酷い頭痛がする。その痛みに耐えながら意識を保っていると、頭痛が少しづつマシになっていく。そして、それと同時に病室のドアが開いた。そっちに目線を向けると、ボンヤリながらも人の姿が見えた。少しづつ焦点を合わせていくと、そこにいたのは──

 

アリババ「やぁ、目覚めたかい?」

アリババ「あぁ、そう警戒しないでくれ。団長から争うな、と言われてるんだ」

 

護衛長の《アリババ》だった。

どうしてここに。と思ったが、見た感じ俺を襲ってきた訳ではなさそうだ。それに"警戒しないでくれ"と言ったな。逆に怪しいが、こいつは団長...《ヒースクリフ》に忠実だ。奴を裏切ることはまずない...と思う。

が、しかし、やはり警戒は解けない。とりあえず身構えることはやめて、こいつの動きだけを見ることにしよう。

 

キリト「...ひとつ聞いていいか?」

アリババ「なんだい?」

キリト「俺は...なぜここにいる?」

アリババ「君は団長に負けて、ここにいる。それだけだけど?」

キリト「いや...俺が聞きたいのはそうじゃなくて...」

 

こいつはかなりのマイペースらしく、俺が求めている回答とは別の回答が帰ってくる。やはり簡潔的にではなく、冗長的に話した方がいいだろうか。

 

アリババ「...あー!そういうことか!」

キリト「」ビクッ!

 

アリババは掌に手をポンッと叩くと、納得したかのように話し出す

それに俺は驚いてしまった。が、

 

アリババ「もしかして、君を誰がここに連れてきたかって聞きたいの?」

キリト「あ、あぁ、そうだ」

 

...漸く俺の求めている回答が帰ってきたのは確かだな。

それはそれとして、一体誰が俺をここまで運んだのか。それは思いもよらぬ人物が運んだようで──

 

アリババ「えーとね、途中まで《アスナ》さんが運んだんだよ」

キリト「...アスナが?」

アリババ「うん、途中までね」

 

どうやらアスナが運んでくれていたらしい。だが、途中まで。というのはどういうことなのだろうか

アリババは手を後ろに回すと、続きを話す

 

アリババ「えーとその後は...誰だったかな。風林...火山?のリーダーの...《クライン》さん、だったかな?」

 

キリト「...なんだと?」

 

まだ、生きていたのか。いや、嫌な意味では無いんだ。そうなると、生きてくれていた。という方が正しいのかもしれない。でも、どうしてクライン達がここにいるのか。こいつに聞けば何か分かるかもしれない。

 

キリト「...クライン達は、今何処にいる?」

 

アリババ「んー...ごめんね、聞いてないんだ」

 

キリト「...そうか」

 

アリババ「あ、でも、伝言なら預かってるよ」

 

キリト「伝言?」

 

俺が反応するとアリババは頷く。すると一言だけ話した。

 

アリババ『──今度の階層攻略、俺たちも出るぜ』

アリババ「だそうだよ」

 

今度の階層攻略、つまり【第54層】の階層攻略を手伝ってくれる。ということだろう。攻略メンバーが増えるのは俺としても有難いし、このギルドや今でもゲームクリアを待っている下層のプレイヤーにも貢献できる。だが、《フロントランナー》になるというのは過酷なもので、常に前線に出なければならない。それも‘’置いて行かれたくない‘’というプライドがあるのならば尚更だ。だからこそクライン達やアスナ、メイル、エギル──大切な仲間には前線に出て危険に晒したくない、また、‘’あの‘’悲劇を見たくないから。

 

キリト「...そうか、分かった。アスナ達にも伝えておくよ」

アリババ「任せたよ...ん?」

 

アリババが上を見たと同時に黄緑色に点滅しているボタンがあった。あれはギルドチーム専用メールで、【個別に送る】か、【全員に送る】。或いは【人数を指定して送る】ことが出来る。なぜ知ってるかと言うと、メイルから教えて貰ったのだ──今は退団処分を受けて、ソロだったらしいが。

あのボタンが、この3つの内どれかは流石に分からないが、ギルドにとって重要なメッセなのかもしれない。あえて聞いたりはしないが。

 

アリババ「...キリトさん」

 

キリト「なんだ?」

 

アリババ「団長が呼んでるみたい、至急《聖光院》に向かって貰えないかな?」

 

キリト「《聖光院》...?」

 

アリババ「うん、団長や上の人が集まる場所のことで、このギルドのことで何かあったらその場所で会議とかするみたいだよ。そこに君を呼んでるってことは...まぁ...行ってみたらわかると思うな」

アリババ「《聖光院》は、アスナさんが団長と対論していたあそこだね、場所は...分かる?」

 

キリト「何となくだけど覚えてる。ありがとう」

 

そう答えるとアリババは笑顔で頷き、立ち上がるとこの病室から出ていく。さて...俺はその《聖光院》とやらに向かう必要があるみたいだ。未だにベッドに乗っている体を下ろし、メニューを開いて、武器等に問題が無いかの確認だけして向かうことにする。確か《聖光院》はここから...が、ドアの前で止まる。その理由はたった一つだけ。

 

キリト「...ここは何処だ?病室だよな...」

 

まだこのギルドは探索出来ていないし、把握も出来ていない。《デュエル》に向かう前に散策しておけば良かったか...いや、それはそれで怪しまれてしまうか...?

それはそれとして、先ずは出てみないことに変わりない。ドアノブを捻ると廊下に出る。出てみたドアの上を見るとプレートがあり、こう記されていた。

 

【《治療室》】

 

どうやら俺がいたのは《治療室》なるものらしい。それにしては物が無かった気がするが。

まぁ、この世界には《医療》のようなものは存在しないし、何なら《POT》や《結晶》でどうにかなる。この世界の《結晶》は様々な種類があるが、代表的なのが《転移結晶》、《回廊結晶》、そして《回復結晶》だ。他にも上位の《全快結晶》。毒や麻痺、止血を治す《解毒結晶》、《消痺結晶》、《止血結晶》など。様々な種類があるが、実用的に使うとすれば先程の3つだけだ。それにどれも高価で、市販で売ってる店がまず少ない。確実に売っているのはプレイヤーの店だけだ。でも、《回廊結晶》だけはダンジョンの宝箱のみある。

《回廊結晶》とは、任意の場所にテレポートを置ける設置型で、時間内であれば、何百人だろうが通れる。俺はひとつだけ持っているが、ダンジョンの宝箱で、尚且つ低確率で手に入るので、今は重宝している。その時になれば使う予定だ...まぁ...その為には転移予定地を設定しなければならないのだが。

それは置いといて、俺は《聖光院》に向かうのだが、廊下からどっちに向かえばいいのだろうか。右?左?どっちかが正解なのだろうが、よく分からない。また直感で行ってみるか...?

 

「あれ、キリト君起きてたの?」

 

聞き慣れた声が右側から聞こえ、振り向くと、そこにいたのは現相棒の《アスナ》だった。

 

キリト「...アスナ?なんでここに?」

 

アスナ「なんでって...君のお見舞いに来たのよ。途中までだけど、運ぶの大変だったんだからね」

 

キリト「はは...面目ない」

キリト「ところで...アスナが俺を向かいに来たってことは、アリババに《聖光院》に連れて行くように言われたのか?」

 

アスナ「...そういう所は妙に鋭いなぁ...まぁいっか。確かに、アリババさんに頼まれてキリト君を《聖光院》に連れていくように言われて、君を向かいに来たの」

 

キリト「それなら良かった、実は《聖光院》の場所を知らない...というより、ここからどうやって行けばいいのか分からなかったんだ」

 

アスナ「そんな事だろうと思って、私が自ら立候補した──いえ、なんでもないわ、行きましょ」コホンッ

 

キリト「──え、おい、立候補ってどういう」

アスナ「なんでもないっ!!」

キリト「なんでもないだろ!?ちょ、早足で行くなアスナ!...行かないでアスナさん!」

 

既視感ある会話、前もこんな感じで言い合った気がする。あれは確か...第50層で、《スウェントの街》に行く時だったか。あの時は俺の記憶が曖昧で、思い出すことに力を注いでいた。だからこそ少し喧嘩したっけな。話を聞いていないことも多かったし。勿論、今も完全に思い出した訳ではない。でも、彼の...《ユージオ》の記憶を思い出すことに成功し、そして、アスナの事も微量ながらも思い出せた。後は、ユージオを見つけるだけだ。そして、ゲームクリアを目指し、尚且つユージオを元の時空へ、アスナ達を現実世界へと戻す。その為だけに、俺は戦うのだ。

 

「──リト君!」

アスナ「キリト君!!」

キリト「あ、わ、悪い。聞いてなかった」

アスナ「はぁ...記憶は戻ってもその癖を治せた訳じゃない...か」

 

...何故か呆れられている気がする。気のせいではないのは確かだが、それにしても酷い。まぁ...俺が悪いのは当然だし、仕方ない...のか?

 

アスナ「...まぁいいわ、《聖光院》はあともう少しで着くわよ。呼ばれてる意味、流石にもう理解してるでしょ?」

キリト「...あぁ」

 

なぜ俺達が呼ばれているのか、それは簡単な事で、俺と団長...《ヒースクリフ》とのデュエルに負けてしまい、このギルド...《血盟騎士団》に入団する事となったからだ。それもアスナと一緒に。この事態に首を突っ込んだのは俺だが、寧ろ俺としては、この状況を少し嬉しく思っている。何故かといえば、そろそろ3人で行動するのも苦しくなって来たと思っていたからだ。ローテーションが決まっていると言っても、メイルは来てから日もまだまだ浅く、コンビネーションが覚束無い。一応前線は俺、アスナ。後方はメイル──となっている。一応メイルも俺と同じ《片手直剣使い》なのだが、戦闘に余り慣れていなさそうだったので、後方に移行してもらった...最もの理由が、俺より正確な分析力を持っているから...というのもあるが。

正直に言って、ギルドに入団するのは余り気が引けない。コミュニケーションが取りにくい俺にとって地獄でしかない...が、この気に慣れた方がいいかもしれないな...。

 

アスナ「着いたわよ」

 

アスナの声によって引き戻され、目の前のドアに目を向ける。ドアといっても大きめで、城にありそうな大きさだ。こういうのはタップひとつで開くのだが、緊張感を持つなら押した方がいい。

アスナにアイコンタクトを取り、片方ずつの扉に手を当て、押していく。すると、ギギギと重い音を立てながら開いていき、目の前に写る景色に息を飲んだ。

 

ヒースクリフ「──来たか、アスナ君、キリト君」

ヒースクリフ「君達を呼んだのは他でもない、ギルドの入団についてだ」

 

アスナ「はい」

 

ヒースクリフ「約束は、覚えているかな?キリト君」

 

キリト「──はい」

 

ヒースクリフ「それなら、私が送る申請を認証してくれ」

 

ヒースクリフはそう言うと、メニューを弄って、俺達に申請を送る。目の前に現れたのは【《血盟騎士団》からの入団申請が届いています】というメッセージだった。

俺は少し躊躇いながらも、《認証》ボタンを押し、システムが【《血盟騎士団》に加入しました】と表示されたことを確認する。アスナも同時に加入したようで、HPバーの上にギルドの紋章が現れた。これがギルドに加入した証拠らしい。

...そういえば、一応メイルと同じパーティのままなのだが、これ...どう説明しようか...。

この些細な変化をメイルが見逃す訳にも、見えない訳もない。多分もうすぐDMか何かが来るだろう

 

ピコンッ!

 

キリト「──噂をすれば...か」

アスナ「あっ」

キリト「すみません、団長。席を外してもよろしいでしょうか」

ヒースクリフ「ふむ、良いだろう」

 

団長に承諾を得られたので、俺とアスナはDMを開き、確認してみる。予想通りメイルから来ていたようで、凄い数の質問が来ていた...これ捌き切れるか...?とりあえず一言だけ送り、返信を待つ

 

キリト【気になるのは分かるが、少し落ち着いてくれ】

 

メイル【す、すみません...で、でも、なぜギルドに...?】

 

キリト【あー...成り行き...だな】

 

メイル【...成り行きで入るものなのですか...?】

 

なんか俺皆から呆れられてないか?気のせいだと思っていたが、アスナだけではなく、皆から呆れられていたのか...少しショックだ。

 

キリト【詳しいことは後で話すよ、第39層《ノルフレト》で待っててくれ】

 

メイル【わ、分かりました】

 

俺がDMの返信が終わると同時に、アスナも終えたようだ──いや待ってくれ、仮に俺とアスナに質問していたなら、ほぼ2人同時に返信するなんて器用過ぎやしないか?まだまだ底知れないな...メイルは。

 

キリト「──もう大丈夫です、団長」

 

ヒースクリフ「そうか、なら君達に着て欲しいものがあるんだ。メニューの装備から着れるので選んで欲しい」

 

キリト「は、はぁ...」

 

ヒースクリフにそう答えられ、俺とアスナはメニューを開き、装備画面を開く。

装備は第1層のLAボーナスの《コート・オブ・ミッドナイト》と《ブラックシャツ》に《ブラック・パンツ》、《ナイトブーツ》。そしてエギルから貰った《赤石の首飾り》だ。

装備を見てみても、特に変化はない。しかし暫く見ていると、右下に《ギルド専用装備》というボタンがある事に気付く。押してみると、【新しい装備が受諾されました】と表示された。

見てみると、新たな装備が追加されている。装備名は...《ブレイズクロス》という名称らしい。着てみると黒いコートが白くなったような姿になる。例えるなら、地味だったものが、派手になる感じだ...この例え方で分かるのか?...いやそもそも俺は誰に話しかけてるんだ。

それはそうと、こんな真っ白な服を着るのか...全身じゃなくても、少し慣れないな...。

 

キリト「あの...団長」

ヒースクリフ「なんだね?」

キリト「少し...派手過ぎやしませんかね?」

アスナ「そう?」

キリト「いやアスナは──」

 

目の前に居たのは白いギルド服に包まれたアスナだった。一言では表しづらい可愛さがある。勿論本人の前では言わないが。

 

アスナ「...?どうしたの?」

キリト「あ、あぁいや、なんでもないよ」

ヒースクリフ「...イチャつくのは後でしてもらえるか?」

キリト/アスナ「──イ、イチャついてません!」

ヒースクリフ「冗談だ、からかってすまないな」

アスナ「もう...!」

 

思わず反論してしまったが、ヒースクリフは軽く笑って誤魔化すだけで、何とも思ってないように思える。

アスナは文句を垂れながらも、少し顔が紅くなっていて、少し怒っていた顔だった。そりゃそうか、目の前で言われたら嫌にもなるな。紅くなるのはよく分からないが。

 

ヒースクリフ「...さて、君達に伝えたいことがあるのだが、いいだろうか」

キリト「...聞きましょうか」

 

そう答えるとヒースクリフは軽く頷き、口を開いて喋り始める。

場が緊迫するような状況になり、思わず固唾を飲んでしまう。だが、ヒースクリフが放った一言で更に場が凍り始めた。

 

ヒースクリフ「伝えたいことはひとつ。来週のこの日、我々《血盟騎士団》は【アインクラッド攻略戦】第54層の攻略を始める。その為に各自準備をしてきて欲しい、備えておくように」

 

キリト/アスナ「了解(わかりました)」

 

遂に始まる、ゲームクリアに向けた【アインクラッド攻略戦】。俺は何度も参加し、何度も死にかけた。だが、それも"彼"がいたから、今の俺は助かっている。

第49層攻略戦は参加しなかったが、それでも死者数は多かったようで、もうすぐ3000人を越えようとしている。みんな《レベリング》や《装備強化》をしていると言っても、一瞬の判断を間違えれば死ぬ──そんな世界だ。とても残酷で、冷酷な世界。俺達は、この世界で踊らされている、創造主──"茅場晶彦"によって。しかし、奴が放った言葉は、第2のリアルとなってしまった。それが

 

【『これはゲームであっても、遊びではない』】

 

...そう、遊びではない。ましてや、《PK》をやってはいけない。一瞬の判断を間違えれば何もかもが終わり、ナーヴギアによって、脳を焼かれて死ぬ。今奴が何処にいるかは分からない。現実世界にいるのかもしれないし、この世界にいるのかもしれない。だがそれも分からない。だってこの世界からじゃ、現実世界には干渉出来ないし、インターネットの検索機能を使って調べる事も出来ないしそもそも出来ない。しかし、この世界で必須となるものはある。それが、《知恵》と《判断力》、《忍耐力》、そして──《死》に立ち向かう《勇気》。

このデスゲームで恐れていては、何も出来ない。己を捨てて、立ち向かえばどれだけ楽だろうか。人は簡単に心を捨てられない。だからこそ勇気が必要だ。でも...案外その勇気は最後まで燃えないらしい。途中で狂人となるか、勇者となるか。堕ちて死ぬか、託されて生きるか。その2択ずつだ。もしかしたら他に選択肢があるかもしれないが、人間案外安直なもので、余程傷付いていなければ"希望"を選ぶ。人は皆信じている。俺もそれの1人だ。

"彼"が生きていると情報があったのならば、探してみる価値はある。ただの噂程度。それでも、少しの希望があるのなら、己の眼で見てみたいのだ。例え本当じゃなくても構わない。一瞬だけでも逢えるのなら、俺は構わない。どれだけ罵声を浴びせられようと、どれだけ嫌われても。俺はただ逢うのみだ。そう、それだけだ──

 

アスナ「──行くよ、キリト君」

 

キリト「──あぁ!」

 

今はまだ、分からない。

でも、希望に縋るだけじゃ何も進展しない。それなら俺は、引き摺ってでも次に進むだけだ。

そう、相棒と、仲間と共に。

 

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《血盟騎士団》のギルドを出た後、俺達は転移門へと向かっていた。

理由は勿論、POTの買い出しや武器のメンテナンス。装備チェック等を行う為だ。第54層の攻略に向かうのならば、それと同時に迷宮区の階層チェックもしなければならない。そうなった場合、1層目から登る必要があるのだが...大丈夫だろうか?そこでみんなの体力が消耗してしまった場合、ボス攻略など以ての外だ。危険過ぎる。

──と、俺の考えを見抜くように団長からピロリンッと個人用の《TM(チームメール)》が届いた。その内容にはこう記されている。

 

ヒースクリフ【迷宮区の階層攻略は何も心配しなくても構わない。《回廊結晶》をボス部屋手前に登録している、キリト君は安心して準備を進めておいてほしい】

 

──となれば、先程言ったPOTの補充、武器のメンテナンス、装備チェック等を優先的に行える。

そうなれば俺達は転移門でここから上の層...第50層に向かうことにする。本来ならば第53層で整えた方がいいのだが、第50層にはエギルがいるし、メイルもいる...あれ、そういえばメイルはここに呼んだはずでは...?

と、思いDMを送るが返事がない。少し待ってみても返事無し。俺の中で戦慄が走り、アスナも感じ取ったかのように息を呑む。まさか...いや、メールが送れているのならメイルは生きている、だが、いつもなら、忙しい時以外はすぐ返信してくれるメイルがこんなにも返信してくれないのか。勿論今忙しくて返信出来ていないのかもしれないが、それでも一言は残してくれる。なのにその一言すらない。と、なれば。

 

"攫われた"となるだろう。

 

しかし、どうしてメイルが...?不思議でしかないが、俺は2つだけ考えついたことがある。そのひとつが"身代金目当て"。この世界で攫っても、身代金を用意させることは出来ない。そもそもそれはシステムによって保護されている。フィールド内であれば可能かもしれないが、それこそモンスターに見つかれば危険だ。

もうひとつが"プレイヤーキル"。通称《PK》の事だ。この世界で最もやってはいけない事のひとつであり、俺達プレイヤーの上にある緑のカーソルがオレンジ色に変色し続け、オレンジ解消クエストをクリアするまでオレンジの状態になる。俺達はこれを"レッドプレイヤー"と呼んでいる。

だがもし仮に、このふたつのどれかだとしても、メイルを攫う理由が不明だ。どこかの賊か、或いはどこかのギルドが嗅ぎつけてきたか...そうだとしても先ずはメイルを救出する所からだ。

 

キリト「...アスナ、俺」

 

アスナ「...はいはい、わかりました」

 

アスナは溜め息をしながらも承諾を得ることが出来た。が、次の一言で俺の中で一気に覆される。

 

アスナ「...その代わり、私も連れてって」

 

キリト「えっ」

 

アスナ「『えっ』じゃないわよ、どうせメイルさんが何処にいるかなんてわかってないんでしょ?」

 

キリト「ウッ...」

 

──これにはぐうの音も出ない。確かに俺はメイルが今いる場所を知らないし、分からない。何も情報がないまま行くのは危険だな。

 

アスナ「...最後にメイルさんを見たのはいつ?」

 

キリト「えっと...俺がここに来る前に一度会ったはず...最後に見たのは...確か第50層...だな」

 

アスナ「分かった、私も《アルゲード》に向かう。手分けして探しましょ」

 

キリト「りょ、了解...!」

 

...全くアスナには頭が上がらないな...どうやら俺は焦っていたようだ。焦ると周りが見えなくなる癖...直さないとな...。

そんなことを考えつつ、俺とアスナは転移門に立ち、向かうべき層の名称を唱えた。

 

キリト/アスナ「転移!...《アルゲード》!」

 

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蒼いポリゴンに包まれ、視界が戻ると現れたのは薄茶色、濃茶色に包まれた家々。どちらかといえば古城だが、これでも一応主街区だ。

そして景色が同じな為、迷子になりやすく、また方向感覚を失いやすい。だからこそマップを使う羽目になるのだが、なんとアスナさんは覚えているらしい。ゲーマーとして...いやそれだけでは無いが...負けている気がする...なんでだ...。

 

アスナ「私は西の方を探して来るから、キリト君は東の方へ探して来てくれないかな」

 

東...この転移門からだと東にあるのは...あの怪しい道か...そっちにはエギルもいるし、丁度いいかもしれないな。

 

キリト「わ、分かった。東だな」

 

アスナと別れ、俺は東の方へ歩き出した。東といっても主街区だからこそ道も多い。色んな所に売店があるが、一先ず、エギルの店に向かうことにする。何度も通ってるのできっと分かるはず...と思ったが、よく考えてみれば、あの時はURLで座標が書かれていたから分かっていたのだ。それに怪しい道なんてこの主街区には山ほどある。

 

キリト「...仕方ない、マップを使うか」

 

メニューを操作し、《アルゲード》の主街区周辺マップを開く。

簡易版マップなので、全体が分かるわけではないが、半径2kmまでならマップで見ることが出来る。全体を見たいなら、ここの主街区にあるお使いクエストをクリアする事で貰えるので、本当に迷う人は必須アイテムとなっているのだ...え?俺?...ナンノコトデスカネ。

 

キリト「えっと確か...ここだったはず」

 

そんなこんなを考えているうちに、俺は簡易版マップを駆使して、エギルの店がありそうな怪しい道に辿り着いた。相変わらず嫌な気配を感じさせるが、この中にいるのはモンスターでもなく、怪しいギルドでもない。NPCだ。といっても怪しい黒いフードを着た男達なんだが。

 

キリト「...ここに入るのは何度目なんだろうなぁ」

 

何回入ったか分からない怪しい通路。

第39層《ノルフレト》に向かう際、1度恐怖で何も考えずに通ったことを思い出すが、今はいないんだと自分に言い聞かせ、1歩ずつ歩み出した。

──数時間前に通ったにも関わらず、何も変わらない通路。"それだけ"なのに足が竦んでしまう。それでも俺は足に力を入れて踏み出していくが、1歩、更に1歩、もう更に1歩。歩いて行くにつれて息が乱れていく。この世界に無いはずの呼吸。疲労すると現れるが、"恐怖"によって生み出されることも少なくはない。

勿論これはシステムによって生み出されたものではなく、人間が本能的に行ってしまうものだ。普段ならここを歩いて、エギルの店に着く頃には5分くらいなのに、何故かエギルの店が遠く感じる。ゆっくり歩いているからだろうか。或いは、周りの視界が悪く、遠くまで見ることが難しいからだろうか。

それは分からないが、とりあえず足を止めて、息を整えた。

 

キリト「...よし...もう、大丈夫──」

 

『よぉ、《黒の剣士》サマ』

 

...その声で、俺の体は動かなくなった。

まるで金縛りにあったかのように。自分でも分かっている。これは単なる金縛りなんかではない、恐怖で動かないのだ。そう、"恐怖"で。

だが、口は幸いにも動く。先ずはこいつが誰なのかを聞かなければ

 

キリト「...お前は...誰だ?」

 

『──あぁ、そうか。まだ"噂"程度。だもんな、わりィわりィ。』

 

"その"声は、どこか図太い。だが、優しい口調でもない。悪ふざけが過ぎたような口調でもない...俺が感じているのは...そう、悪寒...いや、殺気...か?

...殺気なんて感じたことがない。いや、感じたことすらない。だからこの男から発される圧がなんなのかすらも確証が持てないのだ。

 

キリト「...噂?」

 

『──おっと、それに関しては俺の口から話すことはないぜ。後に知る事となるんだからなァ』

 

キリト「...どういうことだ」

 

『──オイオイ、《黒の剣士》サマよォ...そういうのは誰かから聞くよりも、自分で調べた方がいいんじゃないのかァ?』

 

キリト「...何故だ」

 

『──ったく...《黒の剣士》サマも往生際がわりィなァ...一言だけ言ってやるよ』

 

キリト「...」

 

『──どこかの未来、お前は俺に殺される、その時を楽しみに待っていろ』

 

『──イッツ・ショウ・タイム!』

 

キリト「...おい!待てっ!」

 

俺の静止も虚しくは届かず、名も知れぬ男は消えてしまった

そして俺の体はいつの間にか自由になっていて、体も動かせるようになっていたのだが、肝心の"恐怖"が無くなっていたのだ。

これなら進めるが、ひとつ心残りがある。それが

 

【『── あぁ、そうか。まだ《"噂"》程度。だもんな、わりィわりィ。』】

 

...あの男が呟いた言葉がどうしても引っかかる。

──噂...なんとなく予想はつくが、今は一旦エギルの店に向かうことにする。この件については後々考えることにしよう。今はメイルを探し出すことが先決だ。

消え去った恐怖に違和感を覚えながら、俺はエギルの店に歩き出すことにしたのだった。

 

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キリト「エギル、いるか?」

 

《故買屋》のドアを開け、俺は店主の《エギル》がいるかどうかを確認する。店内はいつも通り客がいない...訳ではないらしいが今日はいない。だからこそ見渡しやすく、また見つかりやすいと思うのだが、今回は何故か見つからない。それどころかガラガラである。ほんとに。

...いや、悪い意味ではないんだ、ウン。悪い意味では。

 

キリト「店内にいないってことは...」

 

店内にいないってことは、[地下倉庫]。或いは[客室]にいる可能性がある。仮に[寝室]にいるのなら店のドアに立てている【OPEN】表札も【CLOSE】になっているだろうし、そもそもエギルはそんな初歩的ミスを犯す程歳を取っていない──勿論、俺はエギルの歳なんて知らないんだが...ただの直感だ、そう、直感。

それなら、大きな声で呼んでみるか...?とりあえず試してみるか。

...この世界にはない空気を大きく吸い、アバターという仮想の体に空気を溜める。そしてそれを大きな声として変換した。

 

キリト〚おーい!!エギルー!!!〛

 

大きな声を出してみるが返答なし、今回も店を開けているのだろうか...?

うーむ...と悩んでいると店内にあるドアが開かれる。

 

「──そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているから安心しろ、キリト」

 

キリト「す、すまんエギル。あまりに出てこないから...」

 

エギル「お前なぁ...少しせっかちというか、なんか焦ってないか?...ん?」

 

キリト「?」

 

エギルは俺を凝視すると、手を顔に当てて溜め息をする。そして小声で何かを呟き、面倒くさそうな目で俺をまた見始めた。

 

エギル「...キリト」

 

キリト「なんだ?」

 

エギル「お前...《血盟騎士団》に入った...というより入らされたな」

 

キリト「え、なんで知ってるんだ」

 

エギル「...体力バーの上、見ろよ。気づいて無いわけじゃ無かったんだろ?」

 

キリト「...あぁ、そういう事か」

 

キリト「いやー...成り行きで、な?」

 

エギル「...」

 

エギルはまたもや顔に手を当てて溜め息をすると「だから言っただろ...」と愚痴を零していた。そんなに溜め息をすると幸せが逃げていくぞ...え?俺のせい?

 

エギル「...とりあえず、先に用事を片付けるか...何か話があってここに来たんだろ?」

 

キリト「...あ、そ、そうだ。実は──」

 

俺はこの層に向かう際に起こった出来事をエギルに伝えた。するとエギルは何やら難しい顔で考えている、そりゃそうだ。今まで、仲間、或いはプレイヤーが失踪するなど聞いたことが無い(似たようなクエストはあったが)。だからこそ難しい顔をするのはわかるし、何よりも痕跡がないのだ。一応《索敵スキル》の派生スキル。《追跡スキル》を会得しているので、フレンド限定にすれば、メイルの足跡を辿って居場所がわかる。しかしそれも出来なかった。妨害されている。というより、システムが感知されなかったように思える。メイルはプレイヤーのはず。しかし《追跡スキル》に引っかからないのは何故だ?メイルとはフレンドのはずだし、そもそも第50層で出会ってからも、ずっとDMで連絡が出来ていた...なのに追跡出来ない。それこそ不明だ。

...何故か"追跡"だけ引っかからない。こんな不思議なことがあるだろうか。いや待てよ...?過去にも同じようなことが...うーん、と頭を捻るが思い出せない。多少は記憶が戻ったと言っても、やはり思い出せていない部分も多い。だからこそ、こういう場面では足を引っ張ってしまいかねないが...まぁ、戦闘では役に立ってると信じていたい。

 

エギル「──とりあえず」

 

エギル「先ずはメイルを探し出すところだが、心当たりがない訳では無い」

 

エギル「それについて話そうと思うのだが...どうした?」

 

キリト「あ、あぁいや、悪い。考え事をしていた、それで?」

 

エギル「...メイルの居場所に心当たりがある」

 

キリト「ホントか!?」

 

俺はつい体を乗り出してしまうが、エギルに止められてしまった。

...また冷静では無かったな

 

エギル「心配なのは分かるが、まずは落ち着いてくれ」

 

キリト「わ、悪い、何度も」

 

エギル「それにここで立ち話はあれだ、客室で話すぞ」

 

キリト「そうだな」

 

俺とエギルは、店内を歩き、ドアを開けて[客室]へと向かっていく。

エギルの心当たりとはなんなのか、それは分からない。だが、俺の直感が告げていることがひとつある、それが、あまり良い答えでは無いことだと告げていたことだ。

 

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第32章 –下見–

 

ドアを開き、[客室]に入ると、エギルは部屋の真ん中にある椅子に座った。俺も続けて対になるように座り、耳を傾け、言葉を待っていた。

 

エギル「さて、メイルの場所だが...」

 

俺は頷くと、エギルは話を続ける

 

エギル「...正直に言えば、正確な場所は分からない、だが──」

 

キリト「──確証はないが、心当たりはある...か」

 

エギル「そうだ、これはあくまで予想でしかない、だからこそよく考えてから行動してくれ」

 

キリト「...了解だ」

 

エギル「...お前の元《相棒》の件もある、あまり無理をするな」

 

キリト「...分かってる」

 

[客室]に重い空気が漂う。

この世界は"仕方ない"じゃ片付けられない、片付けてしまえば、全てが終わる。【トライアンドエラー】ができないこの世界では、ひとつの判断で、自らの命運を決めるのだ。だからこそ気が抜けない。いつまでもポジティブにはいられないのだ。だからってネガティブにもなれない。なってはいけない。絶望してしまえば、前に進むことが難しくなってしまう。そうなってしまえば、攻略するどころか、全てアリもしない"奇跡"に祈ることになるだろう。

勿論、この世界は"ゲーム"だ、それもタダのゲームじゃない。でも、ゲームだからこそ"確率"がある。そう、"奇跡"だ。

奇跡を起こそうとすれば起こせるだろう。だが、それは決して容易などではない。

少数以下にも至る0の壁を超えたとしても、そこにあるのは1か0か。無論、少数など無限に等しい。だからこそだ。

"奇跡"を祈ったところで、このゲームがクリアされることなんて無い。いや、保証がない。

...確かこの世界《ソードアート・オンライン》は、茅場自身が維持している訳では無いと、1年前の新聞に書いてあった気がする。なんだったかな、確か... 〈カーディナル・システム〉...だったか?そのシステムが、全ての確率、地形、出現場所などを管理していると書いていたはずだ。それらを弄るか何かをしなければ、基本的に確率は0に等しい。だが、〈カーディナル・システム〉を弄る為の装置を見たという情報がない。もし仮に茅場がこの世界にログインしているのであれば、緊急用連絡装置なるものはどこかに置いてあるはずだ。しかし検討もつかない為、どうしようもないのだ──すると、重い空気が漂っていたこの場に、ピロンと音が鳴る。音の正体はDMであり、差出人は──

 

アスナ【そっちは何か情報掴めた?】

 

キリト「──アスナ?」

 

エギルが眉をピクっと震わせる。

それを気にせず俺はアスナの内容を返答することにした。

 

キリト【エギルが何かを知っているみたいだ、急遽来て貰えないか?】

 

するとすぐ返信が帰ってくる

 

アスナ【分かった!】

 

キリト「...さて」

 

ふぅ、と一息をつき、俺はアスナを待つと共にエギルに面と向かって話し出す。何を話すのか、それは──

 

キリト「エギル、実は...相談したいことがある」

 

エギル「...何だ?」

 

キリト「──《ラフコフ》のことだ」

 

そう答えると、[客室]に戦慄が走る。エギルも血相を変えて俺の話に耳を傾けていた。

エギルは頷き、話を進めていいかの了承を得る。

 

キリト「...確証は無いんだが、先程《ラフコフ》のひとりだと思われる人物と接触したんだ」

 

エギル「──何だと?」

 

キリト「理由は簡単だ、金縛りのようなデバフを受け、口以外は動かせなくなっていた」

キリト「そいつが誰なのか聞いてみるべく、質問を試みたが、呆気なく返されてしまってな」

キリト「──ただ」

エギル「──ただ?」

キリト「──俺が居たのは間違いなく主街区...つまり、圏内の筈だ。それでも俺は動けなかった。そして奴は、俺を殺すと言い切り、且つ俺の肩書きを知っていた...そして──」

キリト「奴の声は図太く、でも悪ふざけが過ぎたような口調では無かった...ひとつ言えるとすれば...」

 

エギルは今も尚優しく見守っている...気がする。俺の返答を待っているのだ。実は先程から手や口が震えていることに俺はまだ気づけていない。だからこそ次の言葉が見つからず、詳細な説明が出来なかった。それでも、要点だけでも伝えようとしていたのだろう、恐らく。

 

キリト「...奴から放たれていたのは、《殺気》...いや、《殺意》だったのは覚えている」

キリト「...本当のことを言えば分からない。アレが殺意だったのかも。ただ、奴がいた時、俺は1歩たりとも動けなかった。それだけは確かなんだ」

 

話終わると、部屋の中に静寂が生まれた。エギルも微動だにせず、ただひたすら下を向いている。やはりこの事を相談しない方が良かったのもかもしれない。

 

エギル「...来たな」

 

キリト「え...?」

 

エギルが突然妙なことを言い出し、姿勢を戻して待ち始める。俺は理解出来ずに硬直していたが、何やらこの店のどこかからか足音のような音が響いているのを聞き取れた。耳を澄ませてみると、廊下から響いている。モンスターやNPCが基本的にプレイヤーホームに入ってくることはないし、プレイヤーの誰かが入ってくるにしても扉は【CLOSE】のはずなので入って来れない。だとすればこの足音は誰だ...?

アスナだとしても、まだ連絡が来ていない。そうなると誰なのかが全く検討がつかない。

足音が近づいて来るのがヒシヒシと感じ、緊張を誇張させていく。

足音はドアの前に止まり、コンコンとドアを叩いていた。緊張が高まる中、エギルは動かない。恐らく今ドアの前にいる人物は、エギルや俺にとって何も問題がない人物だと思われる。だが、一体誰なのかが予想できない。アスナじゃないとすれば一体誰なのか...。

──ドアが開かれ、気になっている人物が姿を現し、それに俺は驚愕を隠せなかった。それは──

 

アルゴ「よぉ、キー坊にエギル。数日ぶりだナ」

 

──情報屋の《アルゴ》だった

 

キリト「ア、アルゴ...!?」

 

アルゴ「目覚めたみたいだナ、キー坊」

 

キリト「お、おう」

 

アルゴ「──さて、何やら面白いことになってるらしいナ?」

 

キリト「俺達にとっては深刻な問題なんだがな...」ハァ...

 

アルゴの変わらない反応に俺は溜め息をついてしまうが、それでもエギルの方に向き、アイコンタクトで伝える。エギルは頷き、了承を得た。

 

キリト「──さて、今一度アルゴにこの件について伝えるよ」

 

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アルゴ「なるほど....ナ」

 

アルゴ「プレイヤー失踪事件...キー坊とアーちゃんの仲間である"メイル"というプレイヤーが失踪...カ」

 

アルゴには、《ラフコフ》のこと以外を伝え、事の深刻さを確認してもらうことにした──いや、待て、なんだ"アーちゃん"って、誰だ──ってまさかアスナの事か?!

...そういえば俺も"キー坊"って呼ばれてるんだよな...なんでそう呼ばれてるのかは分からないが、これで慣れてしまっている自分が怖い。

 

キリト「あぁ、それでエギルが心当たりがあると言ってな」

 

エギル「そうだ、今から言おうとしたところでお前...情報屋(アルゴ)が来たんだ」

 

アルゴ「そういうことカ、いいヨ。進めてくれよナ」

 

正直言ってアルゴに話すのは心許ないが、これでもこいつは俺と同じ──いや、この話はまた今度だ。

エギルは頷くとメイルの居場所について話し出す。と言っても、希望的観測だが。

 

エギル「心当たりの場所は──」

 

固唾を飲む一瞬、バァンッ!と扉が壊れそうな勢いの音をたてて開かれる。目の前のことに集中していたのか、足音の存在が気が付かなかった。その事について俺もビックリだが、その人物もビックリだ。人は焦ると周りを気にしないんだな...。

 

アスナ「──キリト君!」ハァ...ハァ...

 

キリト「...アスナ」

 

アスナ「...あれ...アルゴ...さん...?」ハァ...ハァ...

 

アルゴ「──お邪魔してるヨ、アーちゃん」

 

アスナは息を切らしながら困惑していたが、周りを見ると、一瞬で判断したようで、すぐさま息を整え、空いている椅子に座り、話を聞く姿勢になった。我ながら、現相棒は察しが良くて助かる。

 

キリト「エギル」

 

エギル「あぁ、分かってる」

 

エギル「メイルの居場所は──」

 

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あの会議から1週間が経ち、俺達は現在第53層にあるショップに来ている。勿論POTや結晶など、攻略戦で重要なものを買う為だ。

《回復結晶》もあるが、何よりも高価なので多く買うことができない。多くて3つくらいだろうか。

でも今回はエギルも参加するようで、費用などは殆ど負担してくれた。有難いものだ。

 

キリト「アスナ、エギル。準備は大丈夫そうか?」

 

アスナ「大丈夫」

 

エギル「問題は無い」

 

と、ほぼ同時に返答が帰ってくる。それを聞いた俺は頷くと、ある場所へと向かうことにした

その場所が──

 

キリト「...本当にあそこなんだな?エギル」

 

エギル「確証はないが──あそこだ」

 

エギルが指を指した場所は──

──空高く伸びる迷宮区だった。

なぜ迷宮区なのか。それは1週間前の会議で言っていたエギルの言葉から始まった──

 

––––––––––––

 

エギル『メイルの居場所は──』

 

エギル『空高く伸びる、迷宮区。そこにいるだろう』

 

キリト『迷宮区...だと?!』

 

一言でいえば、驚愕なんてものじゃない。寧ろ何故そこにいるのか。という疑問が残っている

無論これは予測──心当たりがある場所であり、本当にそこにいるのかさえ分からない。が、今は情報があるだけでも有難い、そこにいる前提で話を進めることにしよう。

 

キリト『...何故、そう思ったんだ?』

 

エギル『何故...か──そういえば、キリトが眠っていた時、実はメイルからこんな事を聞いてな』

 

エギル『確か──【1度でもいいからキリトさん達の役に立ちたいんです。きっとこの力も...いえ、何でもありません。だから、迷宮区に連れていってください。お願いします】...だったか』

 

アスナ『メイルさん...』

 

正直言ってとても嬉しい。だが、レベルに問題があって連れて行けなかったのも事実。

だからこそ、迷宮区はまだまだ危険過ぎた。でも、それも気にしていられないようだ。

 

キリト『...とりあえず分かったよ、先ずは迷宮区に向かってみることにしよう』

 

アスナ『分かった!』

 

アルゴ『それじゃ、オレッチはこの失踪事件の詳細を調べてくるヨ』

 

キリト『任せたぞ、アルゴ』

 

アルゴは俺の返答に頷くと、鼠の如く素早く消えていった。非戦闘員ではないとはいえ、心配なものは心配。だが、アイツも強い。素早さをガン上げしているなら、いざとなれば逃げられるだろう。

 

キリト『──さて、俺達はPOTや結晶の買い出しに行ってこようか』

 

––––––––––––

 

──という感じで、ここに来ている

今の時刻は13時頃、攻略開始時刻まで残り2時間もある。その為、1度下見に来ていたのだ。と言っても、本当にここにいるのか、という確認なのだが。

俺達がいる場所は、主街区を出た直後の場所だ。迷宮区まで少しばかり時間がかかるだろうが、それはマッピングを兼ねて探索した場合の話だ。実は攻略組──《血盟騎士団》の兵士長《ジェノ》にマップ情報を貰えたのだ(主にエギルが交渉してくれていたが)。勿論そのまま伝えても困惑、或いは不審に思われるので、『迷宮区までの道のりを下見したい、マップ情報を貰えないか?』...という感じで交渉した、え?普通怪しいだろって?...そういえばなんで普通に渡してくれたんだ...?

...細かいことはいいか、とりあえず俺達はマップを使って迷宮区まで行くだけだ。もしかしたらそこに、メイルがいるのかもしれないのだから。

一先ず、迷宮区に向かうことにする、マップを見る限り、ここからだと30分もかからないだろう、だが、モンスターの位置はランダムであり、天気によっては出現するモンスターも異なってくる。それが、この層──《ディファト》だ。

周りを見た感じ、歪んだ森のようなフィールドだ、確か第35層《ミーシェ》でも"迷いの森"というフィールドイベントがあり、専用の地図が無ければ永遠と迷い続ける──というフィールド。それと比べてこちらは、毒々しい雰囲気を醸し出している。それも、何もかもが違う──というより、歪んでいるのだ。地面は紫や青などで構成されており、本当に歪んでいる。無論フィールドなので踏んでも問題はないが、少しばかり心配になるのは確かだ。

ちなみにフィールド名は謎の文字化けにより解らないが"■■の森"、恐らく二文字だが、考えられるとすれば、"呪い"、"歪な"とか、そういう感じの名称だと思われる、仮にそうだとすれば、いかにもアストラル系のモンスターが出そうな名称だが、出会わなければ問題はないし、何より常に消えている訳では無いので、視認出来る距離なら回避は出来るだろう。

今の時刻は13時27分、ゆっくりはしてられないし、暗くなればモンスターもリポップしてくる、周りにはプレイヤーもいないし、マップを頼りに進んでいけば、15時前には着くと思われる。

 

キリト「さて、行こうか──ん?」

 

前に進もうとすると、なぜか後ろから引っ張られる感触がする。エギルかと思われたが、そもそもエギルは俺の服を引っ張ってまで止めようともしないし、それこそ俺の名前を呼ぶだろう。そうなると、残るは──

 

キリト「──アスナ?どうした?」

 

アスナ「」ビクッ!?

アスナ「え、なな、何?!」

 

キリト「いや...なんでそんなに驚いてるんだ...?」

 

アスナ「な、なんでもないよ?」

 

...怪しい。なんでもないなら何故あさっての方向に目線を向けているのか。

──まさか?

 

キリト「──アスナ」

 

アスナ「な、何よ」

 

キリト「もしかして...お化けが苦手なのkむごっ」

 

──苦手なのか?と言い切る前に、閃光の如く口を塞がれ、その衝撃で気絶しそうになるが、何とか持ち堪える。この反応は...黒だな。

アスナは恐らくお化け...アストラル系のモンスターが苦手だ。普通のRPGならアストラル系モンスターは、精神生物。つまり、打撃や斬撃は効かないし、何より暗い場所に出現するので、足元が安定していないと、モンスターに気を取られて死──なんてことも有り得てしまう。

対処法としては、魔法攻撃をすれば倒せるのだが、この世界に魔法という概念がない。だからこそ、方法という方法がない、が、そういう時の為に《除霊結晶》という結晶が存在すると言われている。そう、言われているのだ。それはつまり、誰一人として見つけたことがない、ということだ。情報が無ければ、探す術も、見つける術もない。お手上げだ。が、光には弱いので、《ランタン》を使えば隙を晒すことが出来る──一応これを使って倒せないことはないが。

それはそれとして、アスナをどうするか。このままだとここから動けない。それどころかメイルの安否すら確認が出来ない。そうなってくると、先ずはアスナを宥めるのが先だろうか。

いつの間にか口から手を離されていたので、話せるかどうかの確認を取る事にした。

 

キリト「ア、アスナ〜?アスナさ〜ん?」

 

アスナ「...」

 

アスナはずっと震えており、且つ無言を貫いていた。怖いのはわかるが、今はまず先に進まなくては──と思うが、やはりアスナは動かない。とりあえずアイコンタクトでエギルに助けを求めようとするが、エギルは知らんぷりをするようにメニューを開いていた。どうやら装備の点検をしているらしい、それは感心するが、この会話を1番隣で聞いているはずのエギルが反応無しなのはちょっと許せない、後で覚えとけよエギル...。

しかし何時になってもアスナは震えたまま動かない、仕方ないので強行突破だ。

 

キリト「──アスナ」

 

アスナ「...」

 

キリト「大丈夫、俺が守るよ──だ、だから、先に行こうぜ?」

 

──我ながら気にかける言葉がちぐはぐで、自信もない弱々しいくらいの強さだった。

...だからエギル、こっそりと溜め息をつかないでくれ、恥ずかしくなってくる...。

羞恥心すら飛ばされないゲームの風に、俺はつい無言になってしまう。が、それもひとつの弱々しい笑い声で飛ばされた。

笑い声の主はアスナ、笑い声といっても、対して大きくもない声だ、小さく笑っていた。

その光景に俺とエギルは、少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 

アスナ「ふふ...ありがとう、キリト君。でも大丈夫──」

 

アスナは俺に近づいて──

 

アスナ「今度は、私があなたを守る番だから」

 

とだけ呟き、アスナは歩き出す、俺は呆気に取られていたが、エギルが肩に手をポンっと叩くと歩いていった、その衝撃に引っ張られ、ハッ!と己を取り戻す。

もう既に置いていかれているが、そこまで距離はない、が、このまま普通に歩いていけば置いていかれてしまうので、俺は走って、2人の後ろ姿を眺めながら追いつくのだった。

 

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第33章 –歪んだ森–

 

ここは第53層《ディファト》にあるフィールドイベント、"歪んだ森"

いかにもアストラル系モンスターが出そうな雰囲気を醸し出している。と、いっても、それは分からない、普通のフィールドは1種類のモンスターだけが出るとは限らないからだ。

今考えついているのは"アンデッド"、"亜人"など、少しホラーチックなモンスターが出現すると思われる。何せ禍々しい、或いは毒々しい雰囲気を感じる森だからだ、だが確証はない。

俺達は今、そのフィールドイベントへと足を運んでいる、勿論迷宮区に向かう為だ。第35層《ミーシェ》の時とは違い、専用の地図が無ければ迷うことも無さそうだ、マップも反応しているし。

そういえばアスナの調子は──と思い、彼女の方へ向くと、アスナはやはり少し震えてはいたが、それでも前を向いていた、先程のようなか弱い女性ではないと主張しているようにも思える、俺はそれすらも頼もしく思えたのだ。

そう、思えた、アストラル系モンスターを見つけるまでは。

アスナの悲鳴から始まる【エラーアンドラン】、俺達は現在進行形でフィールドを走っていた、というより、ゴーストから逃げていたのだ。事の発端は数十分前に遡る──

 

–––––––––––

 

キリト「割と暗いな...」

 

迷宮区に向かう為に"歪んだ森"へ入った俺が放った第一声はそれだった。

フィールドにある森林地帯は大体明るいのだが、この"歪んだ森"の明るさは割と暗めに設定されている、お陰で何も見えない訳では無いが、少し視認しずらい。それこそ《視認スキル》の派生スキル《明眼》の熟練度を上げる必要がある。このスキルは俺もよく知らないが、何でも全てを見透すことが出来るらしく、明るさ補正だけじゃなく、熟練度を上げればモンスターの位置、宝箱の位置などを見透すことが出来るらしいのだ。トレジャーハンターに必須のスキルらしい。ちなみに、アルゴも取っている...という噂だ。

それは兎も角、この暗さではマップがあってもまともに探索が出来ない...とまではいかないが、しにくいのは確かだ、だがしかし、この時に使えるのが《ランタン》だ。《夜光石の欠片》を燃料として使用するオブジェクトアイテムだが、実は最後に使用した時からアイテムを補充するのを忘れていた為、少なくともあと30分から1時間程度しか保たない。一応このフィールドを越えるだけなので問題はないはずだ。

──ただひとつを除いて。

俺の後ろを引っ付くように歩いている相棒《アスナ》。この"歪んだ森"に入る前、少し驚きな一面が見れたのだ、それがアストラル系モンスターが苦手。という一面だった。本当に女性とは思えない程凛々しく、且つ気品さがあるアスナも、元を辿れば1人の人間で、そして1人の女の子なのだ、アストラル系のモンスターが苦手でも仕方がない。俺だって苦手なモンスターがいる、流石に言えないが。それは兎も角、アスナの歩行に合わせないといけないので、より時間が掛かってしまうが、アスナのことを「守る」と言ってしまった手前、ここで急かすのは違うような気がする。

それに俺の隣にいるエギルも何も文句を言わずに歩いているし、子供じみた我儘は言ってられない。だからこそ今懸命に歩いているのだ...が、何やら少し悪寒がする、この世界で風邪のような症状...というより、デバフは見たことがない、一応《凍傷》という状態異常が存在するが、それとこれとは効果が違う。

 

キリト「──なんか、寒くないか?」

 

エギル「...そうだな、まだ肌寒いくらいだが」

 

キリト「──いそうな雰囲気ではあるな」

 

アスナ「」ビクッ!

 

キリト「...」

 

アスナが反応する度に、俺も少し震える。そして気のせいかもしれないが、少しづつ下の方に引っ張られてる気がするのだが、これもきっと気のせいだ。ウン。

──いや別に分かっててやってる訳じゃないんだ、本当に。

 

アスナ「...しょ」

 

キリト「え?」

 

アスナがボソボソと呟くので、聞き返してみると

 

アスナ「もう走りましょ」

 

と、堂々と言ったのだ。

俺的には助かるが、アスナは大丈夫だろうか、明らかに目が死んでいて、且つ血迷っているような気配がする。何となくだが。

 

キリト「──おわっ!?」

 

微妙な声で発した言葉はアスナに届かず、ただ俺は引っ張られていた。そう、引っ張られていた。

アスナはずっと俺の服──《コート・オブ・ミッドナイト》を掴んでいたのだが、それさえも忘れて引っ張られていた。後ろ側を掴まれていたので、そりゃまぁ普通に走ることも出来ず、ただただ俺は片足ジャンプでバランスを保ち続けることしか出来なかった。

ちなみにエギルはというと、普通に追いかけてきていた──あの巨体が無言でこちらに走る姿をみると何故か恐怖を覚える。本当に何故だろうか。

そういえば今気づいたのだが、アスナは走ってる訳じゃないんだよな?早歩きくらいだよな?なのに何故エギルは走ってるんだ?待ってくれ、確かにアスナは《SP》を《俊敏》に振っていると聞いたが、それでもこんなに速いのか?或いは現在アスナが装備しているのが軽装だからか?...その辺は分からないが、それでも速すぎる。それにこのままだと何かにぶつかるだろうし、共有されているとしてもアスナはマップを開いていないのだ、危険過ぎる。

さっきので分かってはいるが、流石に片足ジャンプで保ち続けるのもキツイので、アスナに声をかけてみることにした。

 

キリト「おーい、アスナ──」

 

〘キャアアアアアアア!!!!〙

 

──悲鳴じみた声が、森中に響き渡る。その発信源は、俺の後ろにいるアスナ。

何故彼女が悲鳴じみた声をあげたのか、それは簡単だ。彼女の前にいる"モンスター"は、明らかにこの世ものじゃないからだ。そう──

アストラル系モンスターの...ゴーストだ。

 

アスナ「...ぁ」バタン

 

か細い声が響いたと同時にアスナは気絶してしまった。本来なら有り得ない気絶。だが、余りの恐怖に気絶してしまうケースも無くはない。俺は初めて見たが。その場合目覚めるまで何処かの宿屋や、安全地帯に寝かせておく必要がある。少なくともどのエリアにもあるのだが...今はそういう状況ではないことは確かだ。目の前にいるモンスター。こいつを先にどうにかしないといけない、モンスターだけなら俺とエギルで対処出来たが、その近くに《アスナ》がいる。それはつまり──

 

キリト「──エギル」

 

エギル「──あぁ」

 

エギルがアスナを背負い、おんぶの状態になる。そして俺とエギルは、ゴーストから目を離さないようにして...

 

キリト「──逃げるぞ!」

 

俺が叫んだと同時にエギルは後方へ走り出す。俺も続けてエギルが向かった方へと走り出した。

 

–––––––––––

 

という出来事が起こり、今も尚走り続けている。アスナはというと、未だに気絶していた。一先ず安全地帯へ向かわなければならない

その為にはマップを使って調べる必要があるのだが、アスナに引き摺られた時、誤って右上の×ボタンを押してしまい、マップを閉じてしまったのだ。走りながら再度開けないことはないが、メニューがブレて少し開きにくい。

先程から試してはいるのだが、それでも難しい

何度やっても出来ないので、今は諦めて走るしかない。

 

キリト「エギル!まだ、行けそうか?!」

 

エギル「まだ行けるぜ...と言いたいが、アスナを背負ってる以上、この後攻略戦があるのならば体力を消耗出来ない!最悪このゴーストを倒す必要があるぞ!」

 

キリト「そうか...!」

 

エギルの言う通り、この"歪んだ森"を越えたら迷宮区がある。それはつまり、そこに"メイル"がいるかもしれないし、仮に行けなくても集合時間が迫る。エギルは兎も角、俺とアスナは入団したばかりの新参者だ。そこまで厳しくはないだろうが、せめて10分前には居ておきたい、メイルのことも調べたいし。

走りながらもメニューは開けるので、開いて時間を見てみる。ブレててよく見えないが、今の時刻は──

 

──14時05分。

 

つまり、集合時間まで残り55分しかない。

この状況で集合場所に向かうのは至難。せめて未だに追いかけて来ているゴーストをどうにか出来れば...一応方法はないことにはないが、今の現状では出来ない、それに、やるにはアスナの力が必要だ。

だからこそアスナには今すぐにでも覚醒して貰いたいのだが、気絶した本人はどう足掻いても気づいて貰えることが出来ない、本人が還ってくることを祈るしかないのだ。

 

エギル「...これ以上逃げてもキリがないぞ...!」

 

確かに、これ以上逃げても意味が無い。それこそ、あの方法を使うしかない

数秒の思考で俺は決めた。

 

キリト「エギル!」

 

キリト「俺が今から時間を稼ぐ!その間にマップを開いてアスナを安全地帯へ行ってくれ!」

 

エギル「おいキリト!」

 

キリト「今はそれしかないんだ!頼む!」

 

エギル「...了解した」

 

エギルは俺の眼を見ると渋々了承してくれた、過去にも同じような無茶振りをエギル達に伝え、それでも渋々了承していたっけな。本当に頼もしくて、分かり合える友人だ。無論こんなとこで死ぬ訳にはいかない。

俺は左手に持っていた《ランタン》をゴースト──《Raktavija》に向けて見せびらかす。すると《Raktavija》は怯み、うっすらと消え、俺が求めているものが露わになった。それは核だ。アストラル系モンスターであるゴーストの殆どには、《コア》というものが存在する。《コア》を破壊することにより、ゴーストは存在を保てなくなるのだ。それはつまり、魔法のないこの世界でもゴーストのような精神生物のモンスターを倒すことができるようになる、ということだ。

──実はこれも、今思い出したもので、ずっと忘れていたもののひとつの知識だ。

確かこの情報は《情報屋の鼠》のアルゴに教えてもらったもので、第19層《ラーベルグ》のゴーストの対処法を教えて貰っていたのだ...勿論、金は取られたが。

何故かアルゴの顔を思い出すが、首を横に振って今は目の前のことに集中する。未だに怯んでいるゴーストを観察し、ゴーストにある《コア》位置を確認する。

《コア》は必ずゴーストのどこかにある、またゴーストによっては《コア》の色も様々で、赤、青、緑...などがあり、色によってどのレベルなのかが分かる。

 

(《コア》の色は主に5色に別けられる

 

赤:弱めに設定されたモンスター

 

青:少し強化されたモンスター

 

緑:かなり強化されたモンスター

 

黄:中ボス級モンスター

 

無:ボス級モンスター

 

──という風に別れている、ボス級モンスターの色は無色だが、場所が解らない訳では無い、輪郭が薄らとだが視える)

 

このゴーストの《コア》──《Raktavija》は《黄》のようだ、つまり...中ボス級...らしい…正直に言えば、現在最前線であるこの層のボスは、中ボスでも恐ろしく強い。

一応この層の適正レベルではあるはずだが、それでも1人で戦うのは危険だ、もちろんそんなことは分かっている、分かってはいる、でも、ここで逃げ続けていても、埒が開かないのは一目瞭然。だからこそ、今はアスナの命が最優先だった。

 

キリト「(3カウントで突っ込む...!)」

 

...3...2...1

 

とカウントを数え、0となった瞬間に突っ込む──という時に、突然『待って!』と、高めの声が響き、今正にソードスキルを発動させようとした体を反らせ、ゴーストから離れる為に足の力を力強く踏みしめ、バク宙をする。《ファンブル》とまではいかないが、ソードスキルを《キャンセル》させることは出来た。

声の主を探す為、辺りを見渡すが、その姿は何処にも見えない。まるで声だけが脳内に響いているかのようだ。

 

キリト「(誰だ...?)」

 

と疑問に思うが、今は目の前にいるゴースト《Raktavija》に集中したい。

先程の声を掻き消すように頭を横に大きく振ると、自然に消えていく

──これで集中出来る。

と思った矢先に、また声が響いた

 

『──落ち──着い──てくれ!』

 

よく聞くと不思議な声は途切れ途切れになっており、時折砂嵐のようなノイズが聞こえてくる。このままでは集中どころか、音で立つことすら難しくなる。何やら向こうで言い合いをしているようだが、ノイズが酷くなっていき、聞き取れない、それにあのゴーストもこちらに向かって来ている...不味い、本当にこのままでは...死──

 

––––––––––––

 

エギル「幾ら走っても出口が見えないぞ...どうなってやがる...!」

 

あの場をキリトに任せてから、数分が経った

俺はアスナを背負いながら未だに走っていて、マップを見ながらなのに幾ら走っても出口が見当たらない。

それどころか同じ場所を走っているかのような現象に陥る。まるで迷いの森のようだ。

しかしここは"迷いの森"ではなく"歪んだ森"、仮に似たような現象──いや、フィールドイベントがあったとしても、先ず被ることはない。それどころか、方向感覚が失うようなイベントはないし、それならば入口付近にいるNPCに専用の地図を買うように促されるはずだ。

なのに、その付近にはNPCがいないどころか、小屋すら無かった。或いは主街区にクエストとして出てきた可能性もあるが、その可能性はまず低い。理由は単純で、そのようなクエストは無いからだ。まずそのようなクエストがあるのならば、あの《情報屋》──アルゴが真っ先に調べて、それを攻略ブックとして転移門付近で頒布しているはずだ、なのに載ってすらない、それどころか似たようなクエストすらなかった。そもそも第53層が解放されてから既に2週間程経っている。奴ならばもう既に完成させていて、出版しているはずだ。

無論、ある。第53層攻略ブックは存在する。もう既に出版済みなのだ。が、それを隅々まで読んだものの、それらしいクエストは見かけなかった。或いは見落としていた可能性もある。仮にそうだとしたら、また問題が現れる...それが、現在に至る現象のことだ。

幾ら走っても出口が見当たらない、これがバグだとしたら、致命的なんていうレベルじゃない。そして、ここでは不幸なことに《転移結晶》が"使えない"。

そう、《クリスタル無効化エリア》だ。このエリアでは、《回復結晶》、《解毒結晶》を含む、ありとあらゆる結晶を無効化する。

まさかこの場所だとは思わなかった、更に、これも情報屋のブックに載っていなかったのだ。恐らく試していないのだろうが、俺達プレイヤーにとって"情報"というのは命綱でもある。この件に関しては、また後日言っておき、あの攻略ブックに訂正を促しておこう。

 

エギル「まだ着かないのか...!」

 

幾ら走ってもやはり出口は見当たらない

このまま走り続けても、何れ体力が尽き、アスナを背負ったまま倒れてしまう可能性がある。

キリトに頼まれてしまった以上、ここで倒れるのも、諦めてしまうのは良くないだろう。だが、このままでは体力どころか疲労で動けなくなってしまうのはもう見えている。先に安全地帯を見つけ、アスナの回復を待つしかない。

しかし、もう何度言ったかわからないくらい、ずっと迷い続けている。このままでは、本当に──

 

『──て』

 

その時、どこかで声が響いた。

情報量が多く、且つ埒が明かないので一旦走るのをやめ、声の主が誰なのかを見つけることにする。

アスナが起きたのかと思えたが、アスナは未だに眠っているし、起きかけた訳でもなさそうだ。それならば、この声の主が誰なのかが不明。ならば、警戒を解くわけにはいかない。

左右を見ても、声の主が現れるどころか見当たらなかった。

──何処にいやがる?

 

エギル「...」

 

アスナを背負っているので、斧を抜刀し、戦闘態勢には入れない。だが、警戒を解かない限り、いざ敵が来ても反応さえ出来れば逃げることが出来る。幸いにも、止まったお陰で体力が少しづつ回復しているので、まだ安心だ。

しかし、この声の主は誰なのか。聞き慣れない声...というより、音声だ。機械音...いや、ノイズで構成されている。まるでラジオのようだ。

 

『──聞こえ──か?』

『──聞こえ──て──ください!』

 

目を閉じ、耳を澄ませば、ノイズのような音が少しづつ緩和していき、ひとつの音声として構成されていく。

 

『──お願いします!返事を、してください!』

 

エギル「今聞こえたぞ!...お前は──一体──!」

 

––––––––––––

 

あの時、何が起こったのかはわからない

謎のノイズが脳内に響き、立ちくらみを起こす程酷く、本格的に、死ぬかと思った。

どうやら俺も気絶していたらしく、気づけば何もかもが終わっていたのだ。

あのノイズの正体も、あのゴーストも。結局分からずじまいだ。

 

キリト「...」

 

まだ脳の情報処理が追いついていないのか、俺は未だに呆気に取られていた。そりゃそうだ、己も気絶してしまい、且つ何が起こったのかさえ分からなかったのだから。

まさか俺自身も気絶するとは思わなかったが、未だに演算処理をしている脳を中断させ、切り替えることにする。ここで立ち止まっても何も変わらないしな。

 

キリト「さて...うん、マップも大丈夫そうだ」

 

とりあえず俺は寝転がっていた体を起き上がらさせ、座ってメニューを開く。マップを見るが、特に問題もなく、正常に起動していた。ずっと迷い続けていたこの森も、使っていたはずなのに使えなかったこのマップも。

まるで歪んだかのような現象に包まれ、最終的には気絶し、そして何が起こったのか分からずじまい。これをどうやって理解しろというのか。

そんな事を考えつつも、俺は気絶する前のことを思い出そうとする。だが、フィルターのようなもの...いや、モヤがかかり、思い出そうとしても霞んで見えなかった。

確か謎の声...いや、ノイズのような雑音で構成された音声が、俺の頭に直接響いたのは覚えている。その時、そいつはなんと言ったか...えーと...

 

【『──落ち──着い──てくれ!』】

 

...どこかで聞いたことがあるのだが、これも思い出せない。本当に──どこかで──。

うーんっと悩んでいると、どこか遠くでサッサッサッ...と草むらを歩くような音が聴こえた気がした。周りを見渡すが何もなし、先程の謎の声の主が現れたのかと思えたが、それはないと思える。何となくだ。

それはそうと、これは《索敵スキル》が反応したのだろう、ということは、誰かプレイヤーが近づいて来ている可能性がある。俺は立ち上がり、背中に背負う頼もしい重さを持つ剣の柄に手を当て、足を広げて警戒をする。ゆっくりとこちらに向かって来るので、謎の緊張感が増していく。

まだ相手の人数を把握出来るほど《索敵スキル》の熟練度は高くない。それに《索敵スキル》などの補助系スキルは常時発動していても上がりにくい、だからこそモンスターがいる場所で修行...いや、熟練度を上げる必要がある。

謎の緊張感により冷や汗が垂れ、これでもかと鼓動が速く、高くなる。

サッサッサッ...と草むらを歩く音は次第に大きくなり、1度消えたと思うと急にテンポが速くなった。これは...走っているのか...?

また更に緊張感が増し、最早俺は剣の柄を握っていた。というより、もう既に抜きかけていたのだ。俺の武器──《エリュシデータ》はシャリィ...と金属のような音を響かせている。

先程予想した《アンデッド系モンスター》の《ゾンビ》かもしれない、それだと不死属性がついてそうだが。

それでも、少しづつ大きくなる足音に連れて、俺は更に武器を抜いていく、そして最終的に抜刀していた。

武器を水平に構え、前屈みになっていく。そしてひとつ、声をかけてみる。

 

キリト「──そこにいるのは誰だ」

 

返事を待っていると、数秒遅れて返答が帰ってきた

 

エギル『俺だ、キリト』

 

キリト「...エギルか」

 

エギル『向こうで出口を見つけたぞ、あっちに向かおうぜ』

 

──エギルか、と思い、安堵する。だが、何かが俺の中で引っかかっていた。

...こいつは"本当に"《エギル》なのか...と。

何故かはわからない、だが、俺の直感がそう告げていたのは確かだ。だからこそ俺は未だに警戒を解いていなかった。

 

エギル『どうしたんだ、キリト』

 

キリト「...お前は誰だ」

 

質問、いや疑問を問いかけると数秒遅れて返答が帰ってくる

 

エギル『──おいおい、誰って、俺はエギルだ。忘れたのか?』

 

帰ってきた答えは、肯定ではなく否定。そりゃそうだ、誰だって「お前は誰だ」と問えば疑問と共に怪しまれるだけだ。

だが、俺はこいつを信じてはいけない気がしたのだ、無論これは直感で、理由も、アリバイも、根拠すらもない。

だからこそ、俺はこの上怪しんでいる。

 

キリト「...俺はお前についていかない」

 

エギル『子供か、お前は...ホラ、さっさと行くぞ』

 

キリト「──アスナはどうしたんだ」

 

エギル『アスナ?...あぁ、アイツならもう出てるぞ』

 

キリト「...」

 

エギルは俺に近づいて来る、ゆっくり、ゆっくりと。その姿はあの《アンデッド系モンスター》の《ゾンビ》のよう、だけど《ゾンビ》とは違う、歩き方がぎこちない。まるで──

 

キリト「──まるで、"化けてる"みたいだな?エギル...いや、《Raktavija》」

 

エギル『...』

 

エギル?『...何を言ってるんだ、キリト、その証拠は──』

 

キリト「証拠ならある」

 

キリト「まずひとつ──エギルは決して約束を破る男ではない」

 

キリト「ふたつ──アイツはぎこちない動きをする程この"世界"に不慣れではない」

 

キリト「みっつ──エギルはアスナのことを"アイツ"とは呼ばない」

 

キリト「そしてよっつ──エギルは俺を催促するような男などではない!」

 

言い終わると目の前にいる"奴"は、下に俯き、プルプルと震えていた。もし仮に、エギルが本物だとすれば、ちょっと怪しまれるどころじゃ無くなるだろうが、それでも構わない──少し顔を合わせにくくなるが。

でも、それでも、俺はひとつの"可能性"に賭けていた。根拠も、証拠も、全てが弱い。でも、証言だけは、絶対だ。嘘偽りの無い、正真正銘の"可能性"を、俺は信じている。神などではなく、俺自身に。

 

キリト「──さぁ、どうなんだ《Raktavija》」

 

エギル?『...』

 

エギル?『何故、分かった』

 

Raktavija『全てが、完璧だったはずだ』

 

Raktavija『私は...私は...!!』

 

《Raktavija》は怒りに満ちた声で、俺を睨む。まるで計画が全て台無しにされたかのように。

ずっと構えていたお陰で、一応戦闘態勢には入れている。もし戦闘になれば、例えゴースト相手だろうと、数分は持つだろう。

 

Raktavija『私は...!お前さえいなければ...!!』

 

《Raktavija》は怒りに満ちた声から憎しみに満ちた声に変化し、ヒシヒシと伝わってくる。これは──そう、《ラフコフ》の奴から感じた《殺気》だ。あれと同じ気配がする。

また更に冷や汗が垂れるが、俺の顔は、怒りに満ちてはおらず、だからといって喜びに満ちた顔はしていない。そう、これは──

 

"愉快"だ

 

長らく感じていなかった、その"感情"

決して楽しいとも、面白いとも思わない場面で、俺はそれだけを感じていた。

まるで、俺自身が操られているかのように。

...気づけば俺は動き出して、奴に斬りかかっていた。奴は動かない、だがそれでもこちらを見ている、俺は終わりのない攻撃を続け、疲労で倒れるまで、同じ攻撃をし続けていた、それはそれは、大層愉快な"歪な戦い"だったという。

 

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第34章 –絵空事–

 

「──嫌だ...まだこんなとこで諦める訳には...いかないのよ...っ!!」

 

その言葉を発したのは、1人の女性。

その声は、焦りに焦った声──即ち、動揺している声を発するプレイヤーが、何かを探し求めるように、そこらじゅうを走り回っていた。そのプレイヤーの名は《アスナ》。

彼女が探し回るようになってしまった経緯は、森に入った所から始まる──いや、始まっていた。

 

–––––––––––

 

アスナ「──ここ、本当に森...なの?」

 

とても森とは言えない...訳では無いが、それで片付けられない程、この場所は荒れていた。

どう見てもこの森自体が不自然だからだ。不自然、と言っても、それは簡単に決めつけられるようなことじゃない。

理由は簡単で、ここのフィールドが関係している。このフィールド名は《幻惑の森》。この名称がどういう事かを説明すると、この森に入ったプレイヤーには様々な幻惑...いや、錯覚を視せるようで、一度視せられたプレイヤー、モンスターはこの森から出られるまで、一生彷徨い続ける──と、第53層の攻略ブックに書いていた。無論、その事実を頭に入れて置いたものの、対応出来ぬまま今に至る。

だって、入った瞬間こうなってしまったのだから仕方がない。それに、あの攻略ブック、ここのフィールドについての攻略法が書いていなかった。誰が発行しているのかは知らないけど、その辺はしっかりしておいて欲しい。

仕方ないので、私は後ろにいるはずのキリト君とエギルさんに相談する為話しかけることにする──

 

アスナ「...え?」

 

キョトンと、目が丸くなる。その理由は

──誰もいなかったからだ。

それどころか、そこまで奥に入っていないはずなのに、出口も見えなくなっている。

まさか──

 

アスナ「──迷った...いや、幻惑にかかったの...?」

 

もしそうならば、計算違い。そして、危険状態だ。仮に今私の体...いや、この器が幻惑にかかったとしたら、私達の体はどうなっているのだろうか。

幻惑にかかったまま歩いているのか、或いは眠らされているのか...その辺は定かではない、でも、それを調べる方法は、今はないのだ。

その場合、意識の無いままモンスターや他プレイヤーにやられてしまう──と思ったけど、その辺はシステムによって守られているらしくて、昔キリト君から聞いていたのだけど、その名称は忘れちゃった。

でも、このシステムは優秀なもので、そのシステムがあるフィールドに入っている間、パーティメンバー以外のプレイヤーとはエンカウントしないらしい。これだけ見れば殺されないと分かって安堵が出来る──けど、優秀なもの程欠点が光ってしまう。それは、現在この状況で、他のプレイヤーに助けを求められないこと、そして何よりも──

 

アスナ「──やっぱり、送れない」

 

...何よりも重要なのが、DMやIMを使って、現在の仲間──キリト君とエギルさんに連絡が取れないことだ。

これがどういう意味を指すか。答えは簡単で、連絡が取れなければ合流するのも不可能、それどころかこの場所から出ること自体が不可能となってしまう。それはつまり、詰み...というやつなのだろう。

──正直に言えば、絶望でしかない。

でも、諦める訳にはいかなかった。きっと、守るべき人...キリト君も、同じことを考えているはずだから。そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。この"守りたい"という感情は本物。だからこそ、私は皆を守る。そして、彼を──向こうの世界へ帰してみせる。

 

アスナ「その為には...行かなくちゃ、ね」

 

何事も行動してみなければ、何も進展しない。

それを実行する為の勇気は、さっき貰えたんだ、だから私は、前を向くことが出来るの。

ねぇ、キリト君。エギルさん。2人は何処にいるの?いつもなら、私を探しに来てくれる2人。エギルさんは兎も角、キリト君が血眼になってまで、真っ先に探しに来てくれる。それが嬉しかった...まぁ、当の本人は覚えてないだろうけど。

それでも、私は分かるんだ。この状況からどうするべきなのかを。

答えは簡単、というより、これ以上に思いつくことがない...訳では無いけど、これを優先すべきと、私の中でずっと響いていた。それが──

 

アスナ「──探しに行かなくちゃ」

 

私は森の深部へと歩いていく。

この森の名称──《幻惑の森》で察するに、奥に進む程、幻惑が強くなると思う。でも、きっとキリト君は前へと進むはず。勿論エギルさんもね。

だからこそ、私はここで立ち止まってはいけないんだと、私が私の背を押すのだ。

──心の奥底に眠る、もう"1人"の私。この存在に気づいたのは、殆ど最近のこと。

なんだかこの声には、励まされる気がするんだよね。だから、迷った時はこの声が私の背中を押してくれる、手助けをしてくれる。

このゲームにログインしてしまったあの時より、勇気は、段々上へと登って行くに連れて、犠牲者が出るに連れて、薄れていた私を、勇気が無かった私を、進む道を示してくれた。全ては、この声が私を創っていると言っても過言ではない。

だけど、この声に励まされているだけじゃダメだ。せめて、2人を助けてから、どうやって脱出するかの会議をしよう。実はこの森に入ってから、時が止まったかのように、メニューに表示されていた時間が止まっているのだ。これなら、計画も沢山練られる。だから、私は進むんだ。

──それでも、心の声は私を励ましてくれる。私には聴こえるんだ『頑張れ』って。

...傍から見たら、変な人に見られてしまうかもしれないけど、本当だよ?本当だからね?

...ま、まぁそれは置いといて、こっからが本題。

とりあえず歩き始めたはいいものの、どうやってキリト君やエギルさんを見つけるか...計画性に関しては、どうやらキリト君のが移ってしまったみたい。ほぼ無計画だもんね...いや、それも私と会うまで、だったっけ。第25層の時に──

 

アスナ「...っ!?」

 

思い出に浸ろうとした私を遮り、急に辺りが揺れ出す。が、少しすると揺れは治まったようだ。

地震...?かと思ったけど、今までこの世界にいて、地震が起こったことなんて無かった。いや、有り得なかった。だからこそ私は冷や汗が頬を伝っていくのを感じている。

こういうことが起こるイベントは、大概危険なことが起こる。それはつまり──

 

アスナ「──キリト君...!エギルさん...!!」

 

気づけば走り出していたが、そんな事を悠長に考えていられなかった。私は、このイベントを前に見たことがある。いや、似たようなイベントを体験したことがある。だからこそ、私は走り出していたのだ。

今回も、そういうイベントだと直ぐに理解出来た、いや、してしまった。

...逆に理解して正解だったのかもしれない、だって、理解しなければ、2人を助けることが出来なくなってしまうから。

 

アスナ「お願い...間に合って...っ!」

 

息を切らしながらも私は願った、もう二度とあんな体験は嫌だからという、自己満足と、あの悪夢のようなイベントを解消したいが為に。

あの時は、寸前で間に合わなかった、だから、だから...今度は間に合ってみせる...!!

だからお願い...待ってて、今、行くから...!!

 

──このイベントは...

 

アスナ「──【《不可侵条規戦闘》】...!」

 

–––––––––––

 

どれくらい走ったんだろう

メニューの時間は止まっており、何分、いや何十分、はたまた何時間走ったかは分からない。

それなのに、目の前のことは一向に進展せず、ずっと同じ景色が写るのみ。気づけば私の口からは、悲鳴のような嗚咽を、ただひたすらに出すだけだった。

何故こうなってしまったのかも分からず、でも決して諦めなかったのは確か。けれど、進展しない事実に打ちのめされ、私は徐々に足の動きを遅めて行っていたのだ、そう、まるで──『これ以上は、無駄』だと──。

決して諦めてはいけない、そんな事は分かってる。でも、何も進まない世界に、私は飽き飽きしていたのだ。

"何か"の変化を求めている訳じゃない、けど、"生存"の変化を求めている。未だに逢えない2人の安否を。

今はこのフィールドイベントがなんなのかなんてどうでもいい、私はただ、2人の安否を知りたいだけ。でも、そんな勇気も、根気も、何処か遠くで消え失せていた。完全に折れてしまった勇気は、もう、直せない。もう、立ち上がれない。

...そう実感すると、私の足の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちるように倒れていく。すると、私の中で、何かが千切れるような音がしていた。

その音はミシミシ...と、まるで木の板が折れそうな音を立て、次第に大きくなっていく──いや、響いている。これはなんだろう、分からないよ、助けて...メイルさん...エギルさん...助けて...キリト君...。

私が思い浮かんだ人は、誰も安否確認が出来ていない人。アバターという仮の体を持ったプレイヤーだけど、本物の人間の心を宿した大事な仲間。そして、守るべき人達。でも、守るべき人達はそこには居らず、それどころか、無事かどうかも分からない。

せめて、私だけでも諦めちゃダメだって思ってた、でも、ダメだった。幾ら探しても、無くしてしまった物は、もう見つけられない。最初に意気込んでいた勇気も、根気も、性根も。

だからもう、諦めてしまおうかと思った矢先に、不意に世界が揺れた。

...嘘、こんな事無かったのに..."2回目"のイベントなんて...と、私は思った、だって、過去にこんな連続するイベントは無かったし、それに今の揺れで、何かの声が聞こえて来るから。

雑音のような、雄叫びのような。そんな音が聞こえてくる。所謂これは"ノイズ"と呼ばれるものだと思う。

その音は、私の中に、脳内に響いているようで、耳を塞いでも、頭を抱えても、決して消えることはなかった。

 

アスナ「やめて...ッ!やめてよ...ッ!」

 

どれだけ嘆いても、どれだけ悲願しても、決して潰えることのない"ノイズ"に、私は頭を抱え、前へ前へと倒れ込んで、最終的には悲鳴のような声をあげていた。その声は、私の耳まで響いている、でも、その声は悲鳴なんかじゃなかった、獣のような、荒々しい唸声のようだったのを覚えている。

それでも鳴り止まないノイズに、私の精神が崩れていくようで、少しづつ削れていた。もう誰でもいい、誰でもいいから。助けて欲しい。あわよくば、あの2人だけでも。

 

アスナ「──ぁ」

 

そう願ったタイミングで、私の意識は薄れていくのを感じる。瞼が重くなり、少しづつ暗くなっていくのが分かった。嗚呼...このまま死ぬのかな...。

──叶うなら、こんな世界には負けたくはなかった。こんなバカみたいに精神を壊され、穢され、挙句の果てに幻覚を視せられて。

 

もう...叶わないの?

 

ねぇ...どうすれば良かったの?

 

教えてよ...誰か...。

 

誰か...。

 

少しでも足掻こうと腕を伸ばそうとするが、力が入らず、上げようとしてもまた下がってしまう。

 

アスナ「...キリ...ト...く...ん」

 

守るべき人の名前を、相棒の名前を、愛する人の名前を、口にした...が──無駄な足掻きをしていた私は、何も出来ないまま暗い暗い、闇の中へと意識が取り込まれてしまったのだった。

 

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アスナ『──ぅ』

 

目が覚めると、私は見知らぬ場所にいた。

あのデスゲームから脱出出来たのかな、と思い、体を起き上がらせるけれど、着ていた服は病院のものではなく、何処か見たことがある服。そしてここは、何処かの宿屋らしく、私はここで寝ていたみたい。

 

アスナ『ッ!』

 

頭痛がして頭を抱えるけど、その痛みは直ぐに止んだようで、私は何をしていたのだろうか...あと、ここは何処なんだろうか...と考えることにしたけど、思いつくことがない。

何故か記憶にモヤがかかり、思い出そうとすればする程記憶が薄れていく。仕方ないので一旦思い出すのは諦めて今の現状について考えることにした。実は先程から気になっていることがあって、それが、今私がいる場所について。

心当たり...というより、私はここを知っている。"私は"覚えてない、でも、"私自身"は、憶えている。ここは...そう、ここは浮遊城"アインクラッド"の内部にある層のひとつで、何層かまでは分からないけれど、そう確信が出来た。根拠はない、でも、"私自身"がそう言っているのだから、"私"が信じるしかない。暴論だけどね。

──と、色々考えていると、ガチャ、と宿屋のドアが開かれる音がした。一瞬「誰?!」と思ったけれど、こちらに来たプレイヤーの顔を見て、私は驚愕していた。だって、そこにいるのは──

 

アスナ『キリ...ト...君?』

 

私の声とは思えない程の霞んだ声が、私の中から出てきた。

守るべき人だった、かの剣士──《黒の剣士》こと《キリト》君だったからだ。

と、言っても、顔付きはまだ幼く、かと言って、幼少という訳では無い。一言で言えば...そう、まるで一年前の過去に戻ったかのような。

ということは、ここは過去のアインクラッド...つまり、1年前の記憶となるだろう。となるとここは何処だろうか。頭を振り絞り記憶を捻っても何もなし、仕方ないので情報収集をする事にする。

 

アスナ『...ねぇ、キリト君』

 

キリト『どうした?アスナ』

 

アスナ『私──どうしてここにいるんだっけ?』

 

キリト君は一瞬驚愕を見せ、絶句していたが、少し俯くと彼は口を開いた

 

キリト『...先日、第27層の攻略が完了して、俺達はここの主街区──《ロンバール》の宿屋に泊まってたんだ』

キリト『...その時、アスナは倒れるように寝てしまって、今に至るよ』

 

──やっぱり、ここは私の中に眠る過去の記憶世界のようね。

1年前の私は、第27層《ロンバール》の主街区で倒れるように就寝していたようで、気づけば朝になっていた...そういえばそんな気がする。

とすると、これはなんだろう。この妙なフワフワ感は。まるで夢──そう、まるで【明晰夢】を見ているかのような。となれば、ここは夢世界なのだろうか?仮にそうなら私の思い通りになるかもしれない。そうと決まれば、早速──

 

キリト『...どうしたんだよ、アスナ』

 

アスナ『えっ』

 

キリト『次の層、行くんだろ?その為にレベル上げないと』

 

キリト君に話しかけられ、思考が中止されたかと思うと、次の層に行くためにレベリングの催促をさせられた。それは別に構わないのだけど、夢にしてはリアル過ぎるし、それにキリト君もこんなに積極的だったかな?

と、私の中で疑問が湧いてくる。

もしかして、私の中のキリト君は、実際こうなのかもしれない...と思う。

 

キリト『アスナ、もしかして...今日は行きたくないのか?』

 

キリト君は心配そうにこちらを伺っており、今回はレベリングを行くかどうかを聞いていた。

勿論、この辺りも探索したいし、だからといってキリト君と行かないのも名残惜しい。

それに、折角の夢世界だし、少しくらい堪能してもいいかなって思っちゃう。

 

アスナ『うぅん、行くよ』

 

キリト『そっか、じゃあ、俺は準備して宿屋の入口で待機してるから、ゆっくり来いよ』

 

アスナ『わかった』

 

キリト君はそう答えると、後ろを振り返りドアを開けてこの部屋から出ていった。

そういえば、ここが"ソードアート・オンライン"、ゲームの世界なら、メニューは開けるのかな

と思った私は、右腕を上げて、人差し指と中指を揃えて下方向にフリック操作をする。するとチリンと、鈴の音を奏でながらメニューが開かれた。

 

アスナ『...やっぱり』

 

キリト君の様子や容姿から分かってはいたけど、やはりまだあのデスゲームに囚われているみたい。まぁでも、もしこれが夢世界なら分かりきっていたことでもあるけどね。

私が目覚めたって、いるのは現実世界ではなく、あの"デスゲーム"だから。

それにしても、1番最初に出会う人がまさかキリト君とは...確か夢の内容は自らが願望する【願望夢】のことらしいけど、私はキリト君と一緒に冒険したいのかな...?

...その辺は分からないけど、キリト君を待たせているだろうし、そろそろ準備して行こうかな

と思った私は、ベッドから降り、メニューからPOTや装備の手入れを行い、準備を終えた。

 

アスナ『さて...と』

 

いつも通りの準備を終えた私は、ドアへと向かって外に出ていこうとするが、何故か開かない

 

アスナ『あれ?』

 

ガチャガチャしていてもやはり開かない。ゲームの世界でドアが引っかかるなんてことが有り得るの?いや、今までの経験上そんなことは無かったはず。さっきのキリト君だって開けられたじゃない!...でも、このままではキリト君の元へ向かうことが出来ない。どうしたものか...と思うと、ドアにベチャッ...と水のような音がした。咄嗟のことに目線を向けるとそこには血文字のようなものが描かれていることに気づく。

 

【ここはお前が望む世界なのか?】

 

アスナ『何よ...これ...』

 

突然の脅迫。

それに驚愕と共に後退りをしたが、同時に恐怖を覚える。この血文字のようなものは、アストラル系モンスターなどが描く文字なんかじゃない。

そもそもこれは日本語、モンスターが書けるはずがない...だからといってプレイヤーも書けない、そもそもここのドアは、パーティメンバー以外は入れないように設定しておいたはずだから。

それなのに、この恐怖心は何なのだろう。何か...何かを忘れている気がする...。

 

アスナ『助けて...キリト君...ッ!』

 

私は恐怖のあまり、目を閉じ、頭を抱えてしゃがんで私の"ヒーロー"の名前を呼ぶ。でも、彼は現れなかった。それでも私は、待ち続ける。

けれど、その希望も掻き消されていく。

 

アスナ『──ッ!?』

 

すると、薄らと開けた目に、私の周りが急に蒼いポリゴンに包まれるのが見えた。これは──

 

アスナ『──強制...テレポート...?』

 

それはかつての惨劇を生み出した《強制テレポート》。私は為す術なく取り込まれていく。このシステムは、何をしてもキャンセルすることが出来ない。だからこそ、私の中に、何も出来ない無力感と、虚無感が生まれていた...。

 

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目の前の蒼いポリゴンが薄れていき、視界がクリアになる。その事を確認すると、私は瞬きを繰り返して、周りを見渡していた。

 

アスナ『ここは...?』

 

周りにあるのは見慣れない景色、といっても、完全に分からない訳では無い。暗くてよく見えないだけね。

目を凝らしても、一向に視界が明るくならない、まるで何かのイベントみたい。私は《ランタン》を持っていないから、メニューから出せないし、そもそも確か持っていたのはキリト君だけだったはず。これを機に持っておいた方がいいかな...と思う。こういう暗闇はそこまで怖くはないんだけど、どうしてもアストラル系モンスターだけは...ね?

…って私は誰に話しかけてるんだろう、ここには私以外誰もいなさそうなのに。

 

と、少しばかりネガティブな思考に陥ってしまう。『危ない危ない』...と首を横に振り、正気を保つけれど、そもそも私が原因だしね。

それに、この暗すぎる空間もどうにかしたい。とりあえず灯りが欲しいな...と思ったのも束の間。

不意に後ろからギィ...と、鉄のような重々しい音が響き、その音の方向から灯りが漏れていた。どこかで聞いたことがある音。これは──

 

アスナ『──あれって...』

 

その灯りの方には、人らしき影が見える、それも複数人。その影は、武装しているようで、手に持つ剣のようなものを上に掲げると、その影の後ろにいた複数の影も、武器のような物を上に掲げていた。

何か喋っているような気がして、聞き耳を立ててみる。勿論《聞き耳スキル》は会得していないから、極小量としか聞こえないけどね。

 

『──第──4──9──層!──お前ら──行くぞ!!』

 

...情報を得られたのは『第49層』。つまりここは──

 

アスナ『ボス部屋──ってこと?』

 

もしそうなら、先程の鉄のような重々しい音が、ボス部屋へと繋がる大門ということが解る、それならば辻褄が合う...。という事は、ここは第49層へと繋がるボス部屋で、彼らがいるのは第48層ということになる。それはつまり──

 

アスナ『──彼の...キリト君の友人...が、いる、の?』

 

彼の友人──それは、第48層のボス戦でキリト君を庇って攻撃を受けてしまい、目の前で青いポリゴンとなって消滅したと聞いている...その名は『ユージオ』。

見た目は、亜麻色の髪と、翠に澄んだ色をした眼。そして好んで青い服を着ていた...。当時の武器も、青い色の武器を使っていて、その容姿から【《昊の剣士》】と呼ばれていたんだとか。

もし本当に居るのなら、一目だけでもいいから見ておきたかった。エギルさんから『生きている』と聞かされてはいるけれど、それでも一目だけでも見ておきたい。少しでも彼の悲しみを背負えるのなら、少しでも彼を助けられるのなら、それこそ私の本望だったから。

だからこそ私はこのボス部屋のど真ん中で待っていたのだけど、部屋が明るくなっても、攻略組らしき人達は、私のことなどは眼中に無いらしく、そのままこちらに走ってきていた。それこそビックリしたけど、当たりそうになっても私を貫通──基、すり抜けていた。どうやら私は透明になっているらしい、それどころか触れることすら出来ない。恐らく夢の中だからなのかもしれないけれど。

その後ろにはキリト君らしき人物がいて、その隣には先程考えていた容姿と酷似している男性プレイヤーがいた、これは視ただけでも解る。明らかに日本人とは言い難い顔立ちと、輪郭。そして亜麻色の髪と翠に澄んだ色をした瞳。間違いない、彼こそがかつてキリト君の隣にいた相棒...『ユージオ』君...だと思う。

黒の隣に立つ蒼き剣士は、何故か似合い過ぎてると思った。まるで《黒の剣士》を際立たさせる何かがあるように。

それはきっと、私には理解出来ないのかもしれない。だって、あの2人の眼には、信頼しきっている眼をしていたから。だからこそ、キリト君のあんな顔を見たことがなかった。「こいつがいれば、どこまでだって行ける」そんな事を目から語っている気がしたのは、恐らく気の所為だと思う...いや、思いたい。

──嗚呼、そっか、私が望んでいたのは...

 

『ボスが現れたぞ!A隊!B隊!突撃ィ!!』

 

リーダーらしき人物の大きく響く声と、その周りにいるプレイヤーの雄叫びに私の思考をかき消され、無意識に声の方へと視界を向ける。

ボスの名前は──

 

アスナ『《The Death Dreamer》...?』

 

直訳すれば、《死の空想家》...かな。見た目は人形のような容姿、でも目は虚ろとしている。まるで操られているかのように。

それはいい、ここはそういうボスなんだと解るから。でも、このボスが持つ武器は、上層でも、下層でも見られなかった形をしている。所謂《ユニークウェポン》ってやつなのかな。

その形は【織り機】のような形をしており、その周りには木の針...即ち、《ノールピンドニング針》が【織り機】の周りをフワフワと浮いている。今のところ変化はないけれど、アレが襲ってくると考えると恐ろしい。どれくらいの速度で来るのか、はたまた自動追尾型──《ホーミング》なのか。

その辺は見てみないと分からない。恐らく手伝うことも出来ないだろうし、そもそも今私武器持ってないし。メニューも開けないから黙って見てるしかない。

──何も出来ない無力感というのは、慣れてしまえば、意外にもどうにかなるもので、私の心は酷く虚無を貫いていた。寧ろ何も感じなかったんだと思う。だって、目の前でドンドン散乱していく蒼いポリゴンが私の眼を通じて伝わってくるから。

そのプレイヤー達の近くに居たからこそ解る。助けを乞うような声が、嫌でも私の耳へと届いてしまう。耳を塞いで仕舞いたい、でも、塞いで仕舞えば、何もかも終わりな気がする。だからこそ私は何も出来ないんだ──そっか。

...今思えば私は、何故あの時──第1層にいた時、《黒の剣士》...いや、《キリト》君に出会わなかったんだろう。第1層攻略会議の時、私は未だに覚悟を決められなくて、ずっと宿屋に引き篭っていた。

もし私が、第1層攻略会議の前に覚悟を決められていたのなら、キリト君とユージオ君に出会えていたのかもしれない。そして、ユージオ君もキリト君の隣に居られたのかもしれない。

──私が"そこ"に居なかっただけでこんなにも酷く、強く、そして醜く。私が私を責めてしまう。過去は変えられない、どう足掻いても。どう藻掻いても──あぁ...またノイズが...今度は酷くなってる...もう、良いかもしれない...ここがどんな世界だって構わないって思ってしまう。ほら、頭を抱えて、屈んでさ。眼を閉じて、耳を塞いで。

全てを諦めてしまおう。そうすれば、苦しみから解放される、そんな事を思った。

けれど、その想いも、全て破壊された...いや、破壊、というよりも、私の中の暗闇を照らしてくれる光があった。その光は暖かく、また眩しかった。まるで、私の憧れの人のように。

そっか、私は──

 

輝く光に手を上げて掴んでみると、辺りが白く光り出す。眼を開けてみれば、ひとつの光景が、私の瞳へ焼き付く。

──黒と青が交えるひとつの剣舞

決して対照的でもない色が、ソードスキルで感化されて美しき空間を生み出していた。

 

【《黒の剣士》キリト】

【《昊の剣士》ユージオ】

 

あのふたりは、決して対照色ではない。

でも、青き大空を意味する《昊》。暗闇を意味し、青空の反対である夜空を意味する《黒》。

決して交えることのない景色が、情景が、光景が。私の瞳へと焼き付いていた。

《昊の剣士》のソードスキルは太陽を。

《黒の剣士》のソードスキルは星を。

私はそう視ているかのように思えた。

 

──だからこそ、日は堕ちる。

彼の目の前で散るプレイヤーは、私にとっても耐え難いものでもあったから。

だから、もう一度だけ──

水のような音が、また後ろに響く。

見てみると、また血文字が描かれていた。

 

【望んだ物は、却ってくるのか?】

 

...一言でいえば、望まない物が却ってきて欲しかった。あの少年も生きて欲しかった。もしかしたら、今の私も変えられたのかもしれないから。だから応えるよ。私は──

 

アスナ『...信じれば、帰ってくるよ』

 

"そこ"にいるはずの人物に、話しかけるように応える。けれども返事はない。だからこそ私は眼を閉じて"次"を待つ。

すると、意図が読めたのか、応えるかのように私を蒼きポリゴンの中へと運んでいく。

もし解ってくれているのなら、次は貴方の方へとテレポートさせてくれるはず。だから今、君の所へ行くよ。

 

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目の前の蒼いポリゴンが徐々に薄れていき、視界がクリアになっていく。転移されて現れたのは、またもや暗い部屋のような場所。

でも、私にはわかるんだ。これは悪い夢なんかじゃないって。何故かは分からないけど、そう確信は得られた。これも、私のヒーローの受け売りなのだろうね。

だからこそ自信持って言えるんだ。「もう、大丈夫だよ」って。

 

アスナ『...ねぇ、そこにいるんでしょ?──私...いえ、《アスナ》』

 

そう呟くと、一瞬だけ気配が揺れた。気配といっても、ピリッとした空気が流れただけ。

まるで、"反応"したかのように。

数秒の静寂が過ぎたと思えば、姿は見えないけれど、音──いや、ノイズで構成された声が響いていた。

 

《アスナ》{...なんで解ったの?}

 

その声の主は、確認するように響く──いや、弱々しい。これは恐る恐る聞いている...のかな

 

アスナ『──貴女は、私の背を押してくれた』

 

アスナ『──理由は、それだけ』

 

《アスナ》{...何の根拠も無いじゃない}

 

アスナ『そうね、根拠も理由も弱いよ。でもね──』

 

アスナ『──あの記憶...全て、貴女が視た映像(もの)でしょ?』

 

アスナ『だからね、私は貴女を──《アスナ》という私を救いたくなった...言い換えれば、結局は自分が助かりたいだけ...それでも良いの』

 

アスナ『それでも、《アスナ》という人格が、精神がいる。私は、それで成り立ってる。だから、私は貴女が居なきゃ何も出来ないの』

 

《アスナ》{...そんな事無い、アスナは私が居なくても、彼が──"キリト"が居るじゃない。私は貴女が幸せならいい、例え今視せた映像が、私の映像(もの)だったとしても、私には関係ない}

 

アスナ『そんなの...!』

 

《アスナ》{『──関係ない』...そう言えれば、楽だったかもしれないね...でもね、甘くないの。解ってるでしょ?この世界──《ソードアート・オンライン》は、ひとつの判断さえ間違えれば取り返しがつかなくなる。それも、護るべき人や物が増えれば尚更難しい}

 

《アスナ》{だからこそ、私は貴女と共に行けない。今から貴女を覚醒させる。だからもう二度と私の元へ来ないで、解ったなら、今すぐ私を拒絶して}

 

アスナ『何よ...それ...』

 

これを一言で表すとすれば──

 

アスナ『──そんなの、理不尽じゃない...』

 

《アスナ》{『理不尽』?何を言ってるの?全てがそうじゃない。貴女は私という《アスナ》の意思で、このデスゲーム(世界)に囚われてしまった。それだけじゃない、私が背負うべきはずだった業は、全て貴女が背負ってしまった。だから全て奪おうとした...でも、貴女の心は強かで、少量程度しか奪うことが出来なかった...!}

 

《アスナ》{だから──全ての責任を押し付けてしまったのよ、貴女の感じた"理不尽"は、私にあるの!全ての責任も、全ての業も、この世界に入ってしまった原因も!!}

 

《アスナ》{だから、今すぐ私を拒絶しなさい!}

 

あぁ、もう...黙って聞いているだけでイライラする。理由は簡単、何故こんなにも拒絶したがるのか。あれはもう私じゃない。あれは──

 

──絵空事な私だ。

 

だからこそ、これだけを伝えることにした。

たった一言の言葉を

 

アスナ『断るよ』

 

《アスナ》{...っ!なんで!?}

 

アスナ『──貴女は、決して独りじゃない。全てを背負う必要もない』

 

向こうにいる《アスナ》は無言を貫く。

 

アスナ『だから、これだけは約束して?』

 

アスナ『──私にも背負わせてよ。全ての事を。全ての想いを』

 

アスナ『私には、全てを背負おうとする程強くなんかない、背負えれたのは、私の周りに仲間が居たから。キリト君が居たから、それでも、尚足りないの』

 

アスナ『全てを背負うには、私や私の仲間にとって重すぎる。だから、貴女にも背負って欲しいの。勿論、だからって独りにしないよ、貴女には手伝ってもらうだけなんだから』

 

言い終えると私は右腕を上げて伸ばし、握手するかのように掌を広げる。でも、これは"よろしく"なんかの意味じゃない。これは──

 

《アスナ》{...本当にいいの?}

 

アスナ『良くなければ、手を伸ばしたりしないよ』

 

《アスナ》{...そっか、そうよね}

 

《アスナ》は私の掌を掴んだ──気がした。無論、姿も見えないので、感覚で感じている。でも、確かに、掴んだ。だって、温もりを感じたから。"そこ"に居るって、教えてくれたから。だからこれは──

 

アスナ『──ようこそ、私達の世界へ』

 

──本当の私と、分かち合える為の始まりに過ぎないのだから。

 

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第35章 –希望–

 

エギル「お前は…一体誰なんだ…!!」

 

そう叫ぶと、謎のノイズは応えるように複合する。

 

『すみま──せん!──答えている時間がな──いんで──す!』

『だから──少しの間、静かに聞いてください!──単刀直入に伝え──ます!』

 

回線が安定していないのか、ノイズは集まれど散乱する。このノイズが発する音声──基、声の主は、どこか焦っている気がする。それに時間もなさそうに思えた。だからこそ、俺も少し焦りを覚える。

 

エギル「──分かった!なんでも言ってくれ!」

 

『ありが──とうございます!──では単刀直入に──伝えます──!』

 

その時、一瞬だけではあるが、ノイズが再構築され、聞き取れやすくなった気がした。

 

『──エギルさん、貴方は今、ここのフィールドイベントによって《幻惑》を見せられています!だから、全てが敵、味方だと思わないで下さい!』

 

──なんとなく分かってはいたが、やはり《デバフ》をつけられていたようだ。それも、HPバーの上に表示されない状態異常──間違いない、《野外異常地帯(アンチフィールド)》だ。

(《野外異常地帯》...特定の場所で、特定の条件で現れるデバフエリア。

 

効果は場所によって様々だが、場合によっては致死と成りうる。こういうエリアは第19層《ラーベルグ》にある森で、視界が曇り、何も見えないフィールドイベントがあったが、あれは視界が曇るだけで、プレイヤー自身に影響はない。だが、ここは死んでしまう可能性が出てきてしまっている。だからこそ、油断は出来ないのだが、ここ──第53層《ディファト》は何もかもが可笑しい、解るのは、既に《野外異常地帯》に入ってしまっていることだけだ)

 

エギル「...とりあえず、解った」

 

恐らくここは《幻惑の森》...いや、違う...そうじゃない、確かここは全てが歪んでいるはず...そうか...!ならば、マップに表示されていた名称は、嘘...いや、幻惑によって視せられていた。ということになる。つまりここは──

 

エギル「既に...囚われてるってか...」

 

俺が考えついたのは、「囚われている」こと。それはつまり、ここは森ではない。檻だということ。

それはまるで牢獄な森で、脱出...いや、脱獄が困難である事。それに、森は木々で入り組んでいる。

ということは、脱獄はほぼ不可能だ。

 

エギル「おい、まだいるか?」

 

そこに居るはずのノイズに向けて声をかけてみるが、応答なし。恐らく通信が途絶えてしまったのだろう。

こうなってしまっては仕方がない、少しでも解決出来るように祈るしかなさそうだ。

とはいえ、現状は悲惨な状態だ。このゲームに閉じ込められているのに、更にフィールドに閉じ込められるのは思わなかった。かなり想定外な事件な為、事前情報もない。その為、今の状態は八方塞がり...いや、万事休すだ。

手がかりも無ければ、為す術がない。探そうにも、進んでしまえば余計に迷って仕舞うだろう。そうなってしまえば、キリト達を探すどころか、俺も迷ってしまう。そうなってしまえば、とうとう手がつけられなくなる。

だからこそ、今葛藤しているところだ。

通信が途絶えてしまった今、あの謎の声の主に助けを乞うことも、ヒントを得ることも出来ないだろう。

...不味いぞ、本当に前へ進むことしか解決策が思いつかない。

【何事も行動あるのみ】とは良く言うが、この状況ではどうなるのだろう。危険を顧みず突き進むか、或いはここでただ突っ立っているだけか──無論、答えはひとつだけだ。

俺はメニューを開くと同時に、現在の状況について、もう一度考えてみることにした。俺達がいるのは名称もない不思議な森、しかしここには厄介なものがあり、それが《野外異常地帯》。この場所に入ってしまえば、様々な影響を受けてしまうエリアで、HPバーの上にも表示されない隠れデバフを貰ってしまう。その効果は様々であり、第19層《ラーベルグ》の様な視界を妨げるようなものや、第35層《ミーシェ》の様な迷わせるもの。今回はプレイヤーを迷わせる...いや、惑わせる効果を持っている。それも、眠らせたり、狂人化させたり、効果は様々。更に睡眠耐性、或いは無効化する装備が無ければ、攻略はほぼ不可能。幸いなことに、俺は睡眠耐性が着いているアクセサリーを持ってはいるが、どうやらこの森に入った時点で、装備しても意味が無いみたいだ。

だからこそ迷っていた事であり、且つ諦めかけていた事だ。だが、微かではあるが希望は見える。それが、俺達の体のことだ。

これは予測、且つ希望的観測でしかないが、恐らく俺達の体は不自由では無いはずだ。仮に眠らされているのであれば、どうにかして叩き起こせば良い。でも、それをどうするかが問題となっている。【三人寄れば文殊の知恵】と言うように、ここにアスナやキリトがいれば良い知恵が思いつくかもしれない。しかし、残念なことにここにいないのだ。それならば俺1人で考えるしかない、さっきのノイズの奴がいれば、それなりに広がったかもしれないが、何故か通信が途絶えてしまっている。

だからこそ、俺はメニューを操作しているのだ。この世界に囚われて約1年半。ずっと操作し続けていたメニューを手馴れた手つきでスワイプして行く。行き着いたのは、ひとつのボタン。それが──

 

エギル「──今はこれに頼るしかないな...頼むぞ──《インスタント・メッセージ》」

 

──そう、俺が頼ったのは、《インスタント・メッセージ》。プレイヤーの名前と、そのスペルが合っていれば誰でも送れるメッセージ。代わりに、そのプレイヤーが同じ層に居なければ送れないというデメリットも存在する。

何故これを選んだか、理由というより、やってみたい事があるからだ。それが、"届く"のか...ということ。先程言った通り、《インスタント・メッセージ》は名前とスペルが合っていれば誰彼構わず送ることが出来る。だからこそ、俺は試そうとしていた。

《インスタント・メッセージ》のボタンを押すと、ホロキーボードが現れ、プレイヤーネームを入力する画面になる。俺は間違えないように、脳で確認しながら打ち込んでいく。一先ず送りたいのは3名。その内の1人が、主な命綱と成りうるかもしれない。故に、これはほぼ賭けだ。

先ずはこの層に居るはずの2人に送る。名前は──【Kirito】と【Asuna】だ。

2人には主に同じ文章を送るが、返答が来なければ眠らされている可能性がある。だからと言って亡くなっている訳では無い。仮に《GAMEOVER》になっているんだとすれば、送っても【そのプレイヤーはログイン、又は連絡が可能な場所にいません】と表示されるからだ。

──だからこそ、怖い。少し息も乱れるが、アイツらは生きているんだと言い聞かせ、震える手を治める。

 

エギル「...お願いだ、返事をしてくれ」

 

そう呟いたと同時に俺は《送信》ボタンを押す。先ずはキリト、送信は──

【送信されました】

──問題なく送信されたようだ...次にアスナ。キリトより先に森に入ってしまったからこそ余計に心配する。キリト程ではないが、俺だって仲間は大切にする。それも大事な人ならば──しかし、その点は大丈夫だろう。だって、キリトは一度無くしかけたのだから...。

──それはそれとして、俺は目の前のことに目を向ける。ホロキーボードにプレイヤーネームを入力する為だ。

 

エギル「頼む...」

 

またもやそう呟いたと同時にメッセージを送る。結果は──

【送信されました】

──このメッセージを見たと同時に心底安堵した。仲間の2人が生きているからだ。とりあえず第一関門はクリア。次に第二関門へ。第二関門は、命綱の存在と成りうる者へ、この《インスタント・メッセージ》を送ること。

それも、奴が何処にいるかによって変わる。実は、俺達が使っているシステムの内のひとつ《メッセージ送信機能》は、デメリットがもうひとつある。それが、受取人がダンジョン内、或いは迷宮区にいれば送れないということ。それは《ダイレクト・メッセージ》は勿論、《インスタント・メッセージ》も同様だ。

だからこそ、俺は心臓が木霊するのを抑え、慎重に且つホロキーボードを打ち込んでいく。

受取人は──

 

–––––––––––

 

メッセージを送ってから数分が経つが、一向に返信される気配がない。少しばかり焦りすぎな気もするが、生きているとはいえ、心配なのは当然だ。

依然として変わらない時間が過ぎるが、どうやらこのフィールドに入っている間は、右下に表示されている現在時刻を表示する時計が動いていない。つまり、集合時間には間に合うかもしれないが、逆に不安が募る。

キリト達の安否確認が出来ていない以上、どうやっても不安が晴れない。先程の予想が定かで在るならば、眠らされている可能性がある。だとしても、送れたのは不思議だ。

確かにプレイヤーがログインしているのであれば、相手が眠っていても送ることは出来る。だが、送られた音によって覚醒する筈だ。少なくともキリトは起きるだろう。なのにキリトは直ぐに送って来ない。まだ数分しか経ってないが、それでもキリトは凡そ1分以内に返信をする、勿論、迷宮区やダンジョンに入っていない時と、余り急ぎの用じゃなければの話だが。

それ故に、少し疑問を抱いている。

一先ず、一旦俺はこの辺りを探索してみる事にした。無論、危険でもなんでもない。だが、危険を恐れ、仲間を置いていく位ならここで力尽きた方がマシだと俺は思うのだ...恐らく、アイツも...キリトもそう思っているのだろう。だからこそ、俺は動く必要がある。

一度フリック操作でメニューを開き、マップを開く。相変わらず上手く表示されないが、それでも地形は解る程だ。故に、これを駆使して進んでいく。

これは予測でしかないのだが、恐らく進む事に何か変化が生まれるのでは無いかと俺は予想する。無論、根拠はない。だが、これだけは確かに解っていた気がしたのだ。その理由はただひとつ。実はこの《浮遊城アインクラッド》には、各層に様々な《テーマ》が在る。第5層《カルルイン》は遺跡、第19層《ラーベルグ》は墓地、第47層《フローリア》は花畑──というようにそれぞれの層には《テーマ》が存在している。ここ第53層《ディファト》は恐らく《歪形》...つまり、全てが歪んだ層となるだろう。実際、それを根拠付けるように、この層が、奇妙なことに包まれていることは既に解っている。普通じゃ有り得ないフィールドや、通常は無かった《野外異常地帯》。どれもこれも、この森を進むことによって発生している。故に、進む事に何かあるのでは無いかと予測した訳だ。

 

エギル「しっかしどうしたもんか...」

 

探索するにしても、情報が少なく、且つ危険だ。マップがあると言っても、正常に起動している訳では無い為、これだけを頼りに進むのは危険過ぎる。だからこそアイツ──もう1人の返事を待っていたのだが、何かのクエストを受けているのか、返ってくる気配が無い。

一応命綱的な存在なのだが、気づいていないのだろうか。

 

エギル「だとすれば、ここから動かないのがやはり得策なのか...?」

 

安全に、確実に連絡を取るならばここから動かないのが賢明...でも、だからこそである。

アイツも命を張って情報を集めているのだ。故に、俺もこの命を賭ける必要がある。キリト達だって、生半可な思いで、何よりも大事な命を投げ出してまで、アインクラッド攻略戦に参加している訳じゃない。俺だってそうだ。俺だって現実世界に未練がある...半分諦めてはいるが。

しかし、未だにこの層より下──第1層《はじまりの街》より上で待っている約6000もののプレイヤーが、今か今かとゲームクリアを待ち望んでいるからだ。

その期待に応える為に、俺達は《アインクラッド攻略戦》に参加している。だからこそ、俺達は前に進まなければならない。故に、ここからどうするか考えなければ。

 

エギル「まずは...そうだな、もう一度送ってみるか」

 

一度歩みを止め、フリック操作で再度メニューを開き、《インスタント・メッセージ》のボタンを押す。するとホロキーボードが現れ、プレイヤーネーム入力画面へと移行していた。

そこにこう入力する。

 

【Argo】

 

そう、あの情報屋──《情報屋の鼠》の二つ名を持ち、俺達攻略組を影ながら支えているプレイヤーこと、《アルゴ》だ。

数分前に試しで送った《インスタント・メッセージ》が、受信されたことで、アイツがこの層に居ることは解っている。故に、もう一度《インスタント・メッセージ》を送ろうとしている。恐らくクエスト中で反応出来ないのだろうが、それでも別の層へ行かれるよりはマシだ。そうだな...無難にSOS表示でも構わないか。

 

【もう一度済まない、《野外異常地帯》に囚われてしまってな、助けてくれないか?救助代は払うので頼みたい】

 

...文字数ギリギリだな。

送信ボタンを押すと、メッセージが表示され、問題無く送信されたのが解る。

これで一先ず大丈夫なはずだ。と、少し安堵をすると、目の前でピコーンと音が鳴る、これは──

 

エギル「──《インスタント・メッセージ》!」

 

先程送った3人の誰からか、或いはこの森の外から連絡が来たのか、それでも構わない。誰でもいい、この状況から脱せるなら何でも構わない!このメッセは...誰だ!

 

【──】

 

表示されたのは、差出人不明のメッセージ。

先程"誰でもいい"とは思ったには思ったが、まさか差出人不明のメッセージが届くとは思わなかった。それも、暗号のようなものだ。

 

【53 F/G X238 Y83】

 

エギル「これは──座標...か?」

 

"53"は恐らく、ここの層──第53層《ディファト》のことを刺しているはずだが...G/Fはなんだ...?何かの暗号か...?

...まさか、この第53層《ディファト》のマップ全体を示していたりしないか...?とりあえず全体マップを開けてみるか...。

そう思った俺は、《インスタント・メッセージ》を閉じ、メニューからマップを選ぶ。そこから、2種類あるうちの《フィールドマップ》を押す、すると、第53層の全体マップが表示された。そこから隅々まで見てみると、マップの端にAから連なる座標が表示されていることに気づく。それも、マップの上と左に、だ。

A...B...C......J...まであるようだ。そこから辿っていくと──

 

エギル「...ここは、俺達がいる森か?」

 

そう、そこに表示されていたのは、今俺達がいる森のこと。つまり、この『G/F』はここの事を指していたのだろう。ということは、X238とY83はこの森のマップのことを指している訳になる...つまり──

 

エギル「──ここに行けってことか...」

 

マップに表示されている場所は、遥か北西にある建築物。どうやらそこに迎えとのこと。

ここからだと、短くて数分...いや、数十分だろうか。かなり歩くことになりそうだが、こればかりは仕方がない。

それに、今はこの一握りの情報しかない。だからこそ、信じるしかない。

新規のフィールドだからこそ、マップは白紙、当たり前だが、こればっかりは進みながらマッピングをするしかない。別にいつもの攻略と変わらないし、そこまで大事では無いんだがな。

 

エギル「とりあえず...行ってみるか」

 

あれこれ考えていても仕方ないと思い、俺は進むことを決意...する前に、俺が今いる場所について考えてみることにした。

今俺がいるのは、木木に囲まれた森。森と言っても普通の森ではなく、《野外異常地帯》という、不思議な森だ。しかし、これもまた不思議だけで済む話ではなく、入り込んだプレイヤーの視界、精神、感覚...或いはそれ以上の《デバフ》を付与してくる厄介なイベント。またの名を《フィールドダンジョン》。

一応、下の層で似たような《野外異常地帯》を見たことはあるが、これまでのような命に直接関わるような《フィールドダンジョン》は無かった。確かに可笑しいとは思っていたんだ。あくまでこのゲームはデスゲームなのに、プレイヤーの命を直接狙うような《野外異常地帯》は無かった。ここだけを聞けば、このゲームを作った張本人──【茅場晶彦】は、それ相応のクズではないことが伺える。だが、ここに来ていきなり追加してきたことに、俺は驚愕...だけでは済ませられない。どちらかといえば──狂気だ。

更に、この《野外異常地帯》というのは厄介なことがもう1つあり、それがこの世界に存在する《バフ/デバフアイコン》が表示されない事だ...そう、《隠れデバフ》。

本来はHPバーの上に表示されるはずの《バフ/デバフアイコン》。効果は様々だが、主に支援効果を持っていたり、弱体化効果を持っていることが多い。また、プレイヤーの精神状態によっては発症する《隠れデバフ》も存在するが、それに関しては、俺もよく解っていない。それに、《隠れデバフ》も何が起こるかは解らず、大体は、今の俺達のように、気づかず巻き込まれることが多い。だからこそ、この様な事件に巻き込まれるのだ。過去にも同じようなことがあったからこそ、警戒はしていたのだが、まさかこんな所で出るとは思わなかったな...いや、反省するのは後でいい。今はこの状況を何とかしなければ。

 

エギル「とりあえず纏めてみるか...」

 

先ずはひとつ、ここは《野外異常地帯》と呼ばれる《フィールドダンジョン》。それもかなり厄介なイベントだ。

 

次に、ここには《隠れデバフ》と呼ばれる、《デバフ》も存在しており、それもHPバーにも表示されない厄介な物。

 

最後に、ここは全てが歪み、全てを惑わす層。テーマは恐らく《歪形》。その名称に相応しい程、禍々しく、また歪んでいる。それだけでは踏み留まらず、仲間との連絡が取れていないことも確か。それも、かなり面倒な方だ。

 

...一先ずこんな感じだろうか、これだけ見たら思うことはひとつ...【絶望】だ。

希望の一欠片も無ければ、俺は諦めていただろう。しかし、先程受信されたメッセージ──即ち、謎の差出人からの伝言。これは希望の欠片だ。だからこそ、大事にしなければ。

 

エギル「──さて、行くか」

 

–––––––––––

 

歩き初めてから数分、マッピングをしつつ探索しているが、一向に進む気配は無し...いや、無し、という訳では無い。寧ろ進んでいるのだ。どういう訳か、マップに表示されている《プレイヤーカーソル》だけが動いておらず、何故かマッピングは出来ている。まるで【矛盾】しているような現象だ。「こんなことが起こっていいのか...?」と思うが、そもそもここは歪みが生じている場所だ、これくらい起こっても仕方がない...と、納得してしまう程、俺は冷静である事が知れた。

それよりも、現在大変なことが起きている。それもダンジョンに潜る際、必ず起こること。

それは、この《フィールドダンジョン》が結構入り組んでいることだ。

森系の《フィールドダンジョン》ならば、こういう入り組んでいるフィールドは良くあることだが、今は"普通"のフィールドじゃないということを頭に入れ、視野を広げると、かなり面倒なことと成っていることが解る。それに、自体はかなり深刻な方で、まるで《迷宮》のように成っている。それも、《迷宮区》レベルで。

つまり、遥か北西にある建築物に行くには、かなりの時間を費やすことになるはずだ。それまでに、3人のプレイヤー...【Kirito】【Asuna】【Argo】の誰かから連絡が取れれば良いのだが...凡そ数十分経った今でも連絡が来ていない辺り、その辺は望み薄だ。だが、もしも誰か1人でも連絡が来るのであれば、安否確認が可能になり、且つ俺達の生存確率は大幅に上昇する。しかし、現状的に考えて、そんなことさえも怪しいのは手を取るように解る、解ってしまう。

だからこそ、今は《迷宮区》に等しいこの不思議な森──《フィールドダンジョン》の攻略を進める必要がある。

 

エギル「…また、行き止まりか」

 

俺が予想した道は全て行き止まりになっているようで、その場合、もう一つの通路が正解のルートだったりする。それ故に、思いの外攻略に時間がかかりそうだ。それに、《迷宮区》レベルで入り組んでいるのだから、進むのも、戻るのも時間が掛かる。つまり、下手すれば、数十分は疎か、数時間は掛かってしまうだろう。

 

エギル「仕方ないな...戻るか」

 

ここで悩んでいても、物事は進まないな。

だからこそ、俺は来た道を戻ることにした...のだが──

 

エギル「──あぁ、クソッ!...また変わりやがった!」

 

掌を頭に当て悩む。そりゃそうだ、だって目の前に映る景色は、"先程までに来た道とは違う"のだから。

実はさっきからこの様な現象がずっと続いており、幾ら歩いても辿り着けないのが、今の現状。故に、現在悩んでいるのだ。

 

エギル「何なんだこれは...何処か正解の道でもあるのか...?」

 

俺がそう思ったのは、今回を通してのこと。先程言った通り、俺が予想した道は何故か全て外れている。だからこそ、俺はそう予想したのだが...どうだろうか?

 

エギル「仮にそうだとすれば、どうやって正解の道を探し出し、どうやってここから抜けられるか...だな」

 

そう、問題はそこだ。

恐らくだが、このまま行っても、ずっと迷い続けるだけだろう。そうなれば、もう脱出が不可と成りうるかもしれない。だからこそ、今の現状をどうやって打破するか...というのが現在の議題だ...まぁ、俺1人しかいないから議論じゃないんだがな。どちらかといえば目標みたいなもんか...いや、それは良いんだ、それは。

一先ずこの状況からどうするかを決定しよう。

俺は歩いていた足を止め、これまた振り返る。

確か...そうだ、《インスタント・メッセージ》に送られてきた謎のメッセージ...あれは暗号──いや、座標を指定して来ていた。それも、ここの森だけの。誰が送ったのかは解らないが、今はあの情報だけが頼りで、ここまで進んだ...のだが、現状、とても良いとはいえない。

それも、打つ手無しに近いからだ。その理由は、正解の道が解らないこと。「探せばいい」と思うかもしれないが、よくよく考えてみてくれ、そもそもこの森にヒントみたいなものはあっただろうか?...答えは否。

俺が探した中で、それらしいものが見つからないのは勿論、掠りもしなかったのが事実。つまり、お手上げに近い。

一応唯一の可能性がある、それが先程言ったこの《座標》。

『ここに行け』と、言われている以上、どうにかして行くしかない。しかし、その行き方すら解らない...というのが、今の現状。

 

エギル「...しっかし、こうも同じものを見ると、頭がこんがらがってくるな...」

 

ゲシュタルト崩壊...いや、バタフライ効果...違う、クロノスタシス...だろうか?...いや全部合ってるな。それらを全て合わせたような...そう、例えるなら"カオス"だろうか。この層のテーマ《歪形》と似合う名称だ。

恐らくだが...考えたら負けだ、多分、もっとこんがらがる。仕方ないな...要点だけ纏めるか。

確か...

 

・様々な効果を魅せる《野外異常地帯》

 

・仲間と連絡が繋がらない

 

・謎のメッセージから来た《座標》

 

・俺が予想した道は全て外れている

 

・恐らく正解の道が在る

 

・同じ景色が続いている

 

...現在だとこんな感じか。

正直に言えば面倒だ。キリト達と連絡が繋がらない、謎のメッセージからの《座標》、進んだ道は全て外れ、一向に変わらない景色。

こうも面倒なことが続くと、滅入るってものだ...が、今思えば、面倒だったのは、この世界に入ってしまった時から余り変わらないなと思う。楽しみにしていたこのゲームを買って、たまたま入れたこの世界に、囚われてしまったあの頃と然程変わっていない。いや、あの頃よりはマシだな。それに、これもゲームの一巻だと思えば──って、そう思えばどれ程楽か...まぁいい、一先ず、戻ることにしよう。優先的に処理するのは、ここから出ることだしな。

 

–––––––––––

 

エギル「──さて、戻ってきた…と思うが、ここからどうするべきか…だよな」

 

恐らく元の位置に戻ってきたはいいが、ここからどうするべきか。無論、またもう一度ここから出発するだけなのだが、先程のことが再度起こるんだとすれば、闇雲に進んでも変わらない。それも、また振り出しからになってしまう。そうなって仕舞えば、これ以上この《座標》の元へ向かうのは至難の業だ。

しかし、なんとかして、このループから抜け出せないものか…ったく、こんな時に限って連絡が取れないのは面倒臭いというか、苦しいな…仕方ない、何もしないよりはマシだ、とりあえず進むか...。

 

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ピコーン

 

そんな電子音が急に鳴る。その音源は俺の目の前からだ。

この音は──そう、《インスタント・メッセージ》...まさか、誰かから連絡が──!!と思って開き、メッセージの内容を見る。差出人は──

 

エギル「…アスナ?」

 

そう、差出人は、行方不明で、連絡が取れていなかった《アスナ》だった。どうやら俺のメッセージを見て返信をしてくれていたようだ。それも心配な方面で。

メッセージ

 

アスナ【すみません、エギルさん。連絡が遅れてしまいました、大丈夫ですか?】

 

そう返ってくるので、暫くは情報を共有しようと思う。

 

エギル【俺は大丈夫...と言いたいが、今はまだキリトと連絡が取れてなくてな、そっちはどうだ?】

 

アスナ【いえ...こちらもキリト君とは連絡が取れてなくて...すみません】

 

ふむ...

 

エギル【いや良いんだ、一先ずアスナが無事で良かった、急で悪いが今から座標を送る、ここまで来れるか?】

 

俺はアスナに向けて、今いる場所の座標を送った。すると、数秒遅れて【分かりました】とだけ返ってくる。

それだけを確認して、《メッセージ》を閉じ、アスナを待つことにした。アスナがここまで来れるかどうかは不安だが、今は信じて待つしか無いだろう。それに、実際に見て安否確認ができる方が有難いしな。

...これで、アスナと連絡は取れた。あとはキリトとアルゴ...どちらかと言えば、キリトと連絡が取りたいが、あわよくばアルゴとも連絡を取りたい。この森について話すこともあるが、何よりも、キリトの安否確認をしたいからだ。

それにはまず、アスナと合流する必要がある。アスナがここまで来れるかは分からないが、やつてみる価値はあるってもんだ。

 

エギル「...来たか」

 

俺にはキリトのように《索敵スキル》を持っているが、キリト程熟練度を上げている訳ではない。だからこそ、プレイヤーの1人くらいなら感じられるように修行していた。

無論、このスキルは誰彼構わず反応するので、特定のプレイヤーやモブを探し出すのは不可能、それこそもっと熟練度をあげる必要がある。

でも、俺は今来た奴が、アスナだと信じていた。

 

エギル「──久しぶりだな、アスナ」

 

アスナ「──お久しぶりです、エギルさん」

 

エギル「...何だか、晴れたみたいだな?アスナ」

 

アスナ「...!...エギルさん鋭いですね」

 

エギル「伊達に商売やってない訳じゃないからな」

 

アスナは「そうなんですね」と呟くと、感心な目を俺に向けていた。

そう、俺は商人──商人のエギルだ。

商人には必要なスキルがあり、そのひとつが《鑑定スキル》。主に触れた物の武器や装備の熟練度、耐久値、階級度、攻撃力、武器や装備の名前等、様々な情報を知ることができる。

あまり自由に調べることは出来ないが、熟練度をあげれば、殆どの情報を知ることができる。

俺の場合、熟練度が半分に近く、見るだけである程度の情報を知ることが──できない。そもそも《鑑定スキル》には、そんなものはない。じゃあ何故そう思ったかって?長年の勘...だろうか。元の世界でも...いや、この話はまた今度だな。

 

エギル「ところで、アスナ」

 

アスナ「なんでしょうか?」

 

エギル「ここまで来るまでに何か感じなかったりしなかったか?」

 

アスナ「...」

 

アスナは黙ると、下に俯いて考え始めた。

数秒黙り込んでいると、アスナは顔を上げて口を開く。

 

アスナ「はい...確かに、奇妙なことが立て続けに起こりました...それも、全て私達...プレイヤーに対することが」

 

エギル「やはりそうか...」

 

アスナ「ですが、それでも再会できたのは都合がいいですね」

 

エギル「...そうだな」

 

..."都合がいい"か。

 

エギル「一先ず、出口に行こう」

 

アスナ「解るんですか?」

 

エギル「あぁ、《座標》があるからな」

 

謎のメッセージから届いた《座標》、これを元に進んだのはいいものの、何度も間違えて戻されてきた。

だからこそ、今度は2人となった。

これで考える知恵が増えた訳だ。

 

アスナ「とりあえずその《座標》を見ればいいんですね」

 

エギル「あぁ、そうだ。アスナにも送っておく」

 

アスナ「ありがとうございます」

 

アスナは頭を下げると、《メッセージ》から《フレンド・メッセージ》を開いた。

 

(《フレンド・メッセージ》は、その名の通り、フレンドのみに遅れるメッセージのこと。【全体】や【個人】などに別けられている。

ちなみに【全体】を選ぶと、誰彼構わず、フレンドなら送ってしまうので、注意が必要だ。代わりに、何か大事なことをフレンド全員に伝えることができるのは良点だが。)

 

俺も《フレンド・メッセージ》を開き、アスナに向けて《座標》をそのまま送った。

 

アスナ「【53 F/G X238 Y83】...これが《座標》...これは何処を指してるんですか?」

 

エギル「解らない、マップには建築物しか表示されてなくてだな」

 

アスナ「なるほど...」

 

そう、解らない。

マップにはただの建築物マークだけが表示されているだけ。それも、見た事がないアイコンだからだ。だからこそ、謎に包まれている。こうなっては行ってみなければ始まらないだろう。

 

エギル「アスナ」

 

アスナ「なんですか?」

 

エギル「──ひとつ、頼みたい事がある」

 

–––––––––––

 

アスナ「──つまり、この《座標》の元へ向かう為には、正解の道──正しい通路を選ぶ必要がある…ということですか」

 

エギル「簡潔的に言えばそうなるな」

 

アスナには先程から俺が困っている要望を全て話した。すると、全てでは無いが、断片的に理解してくれたようで、それを簡潔的に話してくれた。大体ではあるが、本当にそんな感じである。

一先ず、これでアスナからの協力は得られたので、次はあの《迷宮》のような森を辿り、謎のメッセージに記されていた《座標》へと向かう事だった。無論、キリトのことも探さなければならないが、連絡が取れていない以上、優先的となるのは《座標》だ。だがもしも、キリトから連絡が来るのであれば、今すぐにでも目標を変えるだろう。だからこそ、淡い希望を抱くことになるがな…。

 

アスナ「…エギルさん?」

 

エギル「…あぁ、済まない。少し考え事をしていただけだ」

 

アスナ「...大丈夫ですか?」

 

エギル「問題はない...とは言い切れないな…だが、心配しなくても大丈夫だ、時期に解決する」

 

アスナ「…なら、いいんですけど」

 

アスナはそれでも心配の目を向けてくる。

確かに、大丈夫かと言われたら、大丈夫とは言えないだろう、この悩みは相当来るぞ…それも、アスナなら尚更。その理由は簡単だ。先程から悩んでいる《キリト》のこと。

《インスタント・メッセージ》を送れたにも関わらず、連絡が取れていないことと、メイルや攻略組、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》、そしてキリトのかつての相棒である《ユージオ》について…など、考えることは山積みだ。

一応アスナには黙っておくが、時が来たら話すことになるだろう。恐らくアスナは《ラフコフ》について何も知らないはずだしな(キリトが喋って無ければの話だが...あいつは口は堅いし、大丈夫だとは思うが)。

 

エギル「一先ず、さっき言った場所へ向かうぞ」

 

アスナ「はい」

 

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アスナ「ここが...?」

 

エギル「そうだ」

 

俺はアスナと共に、先程まで迷っていた場所へと来ていた。

...というか問題なく来れるのだな、そこまで行くのにまた迷ってしまうのかと思えたが...。まぁこの際良い、優先なのは《座標》にある建築物だけだ。

 

アスナ「...エギルさん!あそこに何かありますよ!」

 

アスナは視線の先に指を指し、俺に知らせる。見てみると、そこにあったのは、先程まで無かったはずの"看板"があった。

かなり古ぼけてはいるが、文字が掠れていて読めない──なんていうことはなさそうだ。

俺とアスナはその看板に近づき、何が書いているのかを調べる。どのゲームもそうだが、ディスプレイ越しにプレイするRPGゲームとは違い、この《世界》は近づいてみなければ解らないし読めない、それどころか、気づけないことだってあるだろうしな。

ちなみに看板に書かれていた内容は、この場所に関する事であり、どうやらヒントらしきものが書いていた。多分キリト...いや、熱烈なゲーマーならこれを信じないというか、見ないだろう。「面白くない」と言うかもしれない。一応俺も自称ゲーマーだが、この際あの《座標》の元へ向かえるのならなんでも良かったと思える。

これは俺の直感で、予測でしかないが、あの建築物の中には、何か重要な情報がある気がするのだ。

 

エギル「──アスナ」

 

アスナ「なんですか?」

 

エギル「この内容を覚えられるか?」

 

俺はアスナに看板に書かれている【ヒント】を覚えられるかを提案した。するとアスナは少し驚いた顔のような顔をしていた。何故そんな顔をしているかは何となく予想できる。恐らく本来覚えているのは俺だからだ。

過去にキリト達と組んだ時、実際こういう謎解きのようなイベントにて、覚えていたのは俺とキリトだけ。アスナはその纏め役のようなものだった。だからこそ驚いていたのだろう。故に葛藤しているように思える。

数秒ではあるが、暫しの静寂が過ぎると、アスナは決心したかのように俺を見て言う。

 

アスナ「──分かりました、少しだけ待っていて下さい」

 

エギル「──ああ、幾らでも待とう」

 

俺がそういうと、アスナは頷く。そして看板に張り付くように近づき、顔を動かさずじっと見ていた。

数秒もせずにアスナは看板から離すと、俺の方へ向く。

 

アスナ「──覚えました」

 

エギル「早いな...」

 

アスナ「現実世界でもよく...あ、いえ、なんでもありません」

 

何故今アスナが言葉を慎んだのか。答えは簡単だ、この世界では現実世界に関する情報は禁じられているからだ。それは勿論、本名や住所なども含む。

 

アスナ「──行きましょうか」

 

エギル「そうだな」

 

–––––––––––

 

ヒントと言えど、それはとても簡単なもので、よく見てみれば解るものだった。

看板に書いていたのは、文字ではなく、記号だったからだ。それも分かりやすい日常記号で。

矢印もそうだが、丸や三角、バツや四角など、日常で使われているものばかりだった。

だからこそ解きやすく、さっきまでの苦労は何だったのかと思える程、スラスラと攻略が出来ていた...いや、出来てしまったのである。

 

エギル「思いの外あっさりと攻略出来てしまったな...さっきまでの苦労は何だったんだ...?」

 

エギル「...まぁいいか、アスナ。この先に何があるか分からん、用心しておけ」

 

アスナ「はい!」

 

アスナは俺の言葉に返事をすると、警戒するように身構えた。その様子を見た俺は、頷き、マップを再度開いた。

現在の《座標》は

 

【53 E/F X228 Y76】

 

... 【53 F/G X238 Y83】まであと少し。

 

エギル「よし、目的地まであと少しだ、進むぞ」

 

俺がそう呟くと、アスナは頷いたので、それを確認してから歩き出した。

もうさっきの《迷宮》のような《野外異常地帯》は存在しないので、迷うこともないし、大丈夫だろう...恐らく。

とりあえず、今は進むだけだ。それに──

 

──あの建築物には、"何か"がある。そんな気がしたからだ。

 

故に、俺はあの建築物の元へと向かわなければならない気がする...最近直感で動くことが多いな...まるで本能のままに動いているというか...考えるのをやめているような...気のせいか?...まぁいい。今は進むだけ、それだけだ。

 

エギル「...これがそうか」

 

アスナ「...みたいですね」

 

物事に耽っているうちに、気がつくと、そこには《座標》に書かれていた物──即ち、建築物が佇んでいた。

俺はマップを開き、《座標》を確認してみると──

 

エギル「【53 F/G X238 Y83】...ここだな」

 

そこには謎のメッセージから送られてきていた《座標》と間違いのない場所に、俺達はいた。

 

エギル「アスナ、問題ないか?」

 

俺は後ろにいるアスナに向けて声を発し、後ろを見てみる。するとアスナが頷いたのを確認できる。それを見た俺は、建築物へ赴き、再度歩き出した。

暫し歩くと、そこには一軒の小屋を見つけた。

 

アスナ「...どうしてここに?」

 

アスナが疑問を抱くのも分かる、理由は簡単だ。何故ここに小屋があるのか、ということ。そもそもこんな所に小屋を建てたところで誰かが来る訳でもない。そして、プレイヤーハウスだとしても、このような森の中に、且つ幻惑等が魅せられる森に住みたいなど、誰も思わないだろう。となれば、ここに住んでるのはNPCかもしれないな。

 

エギル「...多事多難、だな」

 

それは今に始まったことじゃない、だがそれでも、だ。

この世界は──ソードアート・オンラインは何かと事件が多い、それはプレイヤー同士の諍いや私事が含む。しかしそれだけでは収まらず、この世界でやってはいけない行動のひとつ──殺人、即ち《PK集団》が存在している。

つまり、殺人という非道な行為に浸る輩が存在するという訳だ。俺はまだ1度も遭遇していないが、噂によると、とある2つのギルドを争わせ、壊滅させようとした──と聞いたことがある。今は無くなっているが、2人のプレイヤーによって解決し、存命したと聞いている。その2人の足跡は掴めていないが、何れ掴みたいと思っている、煮えたぎった攻略にも芽が出そうだからだ。それに、人も増えれば楽しくなる...かもしれないな。

 

アスナ「そうですね...エギルさん」

 

アスナが俺の名を呼び、思考の停止を促す。

 

エギル「どうした?」

 

アスナ「なんとなくなんですけど...多分、キリト君はこの事件に巻き込まれている気がするんです」

 

アスナ「確証はないんですが...」

 

そうアスナは苦虫を噛み潰したかのような顔で答える。正直に言えば、俺もそう思う。

あいつは何かと事件に巻き込まれるからな...つい最近にも巻き込まれたみたいだしな《PK》の

1人に会ったことや、実力者ギルド《血盟騎士団》に入団したこと、そしてこの森について。

その度に俺やアスナが巻き込まれるのだが、今となっては慣れてしまっている。それに、キリトの元相棒だった《ユージオ》も、第1層から第48層にまで掛けて、ずっとこのキリトの世話をしていたのだとすれば、これは軽いものなのかもしれないな。

 

エギル「大丈夫だ、アスナ。俺もそう感じるからな」

 

エギル「...それに、あいつは事件に巻き込まれても、平気な顔で...いや、平気な顔を装って帰ってくる。だから今回も大丈夫だ」

 

アスナ「...そうですよね!きっとそう!」

 

良かった、アスナは笑顔を取り戻したようだ。

さて...

 

エギル「──行くぞ」

 

アスナ「──はい!」

 

–––––––––––

 

ギィ...と、少し重々しい音が鳴り響く。その音の正体は、たった今俺が開けたドアの音だ。しかし中も暗いからか、或いは誰もいないからか。今はそのドアの音だけが響いていた。

 

アスナ「...ごめんくださーい、誰かいませんかー?」

 

俺の後ろから生えるように首を差し出すアスナ。この小屋の中に誰かいるかの確認を取るが、返答は無し。それどころか静けさが目立っている。

 

エギル「...誰もいなさそうだが」

 

アスナ「...ですね」

 

こんなにも静けさが目立っていては、逆に人がいるのかどうかすら怪しくなる。しかし、今のところここしか情報源が無い為、ここ以外に行くあてがない。

故に、もう少しだけ調べる必要がありそうだ。

 

エギル「──仕方ない、アスナ、少し中を調べるぞ」

 

アスナ「分かりました」

 

エギル「何かあったら見つけてくれ」

 

俺はそう呟くと、アスナは頷いて小屋の中を調べに行く。しかし、よくこの暗い中探しに行くな...と思ったが、違うな、あれ。

探しているには探しているが、どちらかといえば明かりをつける為の電源を探しているように見える。まさか俺の近くにあるのに気づかなかったのか...仕方ない。

 

エギル「ここにあるぞ」

 

俺が呟いたと同時に横にあった電源ボタンを押す、すると部屋が明るくなり、辺りを見渡せる程視界がクリアとなった。というか、森の中なのに電気が通ってるんだな...と思う、だって大体こういう小屋は、電気ではなく、蝋燭だったりするんじゃないのか?と思うが、このゲームに常識を求めてはいけないことを思い出してしまい、これまた反省する、少しとはいえ、ゲーム内にリアルの情報を教えるのはルール違反だからだ。無論、仲が良い相手でも。それは勿論、結婚した相手でもだ。

 

(この世界──《ソードアート・オンライン》では、《結婚》というシステムが存在する。男女共々、レベル云々関係なく出来る事だが、実はボタンひとつで出来てしまう為、余り良くは見られていない。それだけではなく、心から信頼できる相手でなければ、結婚どころか、パーティを組むこと自体が難しいとされている。

ちなみに《結婚》をすると、お金は勿論、アイテムも共通化されるようになるらしい。

...ここだけの話だが、《結婚》は出来ても《子供》は出来るのか...という実験がされているみたいだが、俺はあまり良く思っていない。当たり前だ、実験なんて良く思わない方が可笑しい...とまぁ、そんな感じだ。)

 

考えるのはここまでにしておいて、俺はアスナに聞いてみる。

 

エギル「これで探しやすくなったか?」

 

アスナ「はい!探しやすくなりました!ありがとうございます!」

 

アスナは感謝を述べ、今度こそ探しに行くと、そこまで時間を掛けずに、何かを見つけてきた。ちなみに俺はというと、その辺を散策してきただけなのだが、別に遊んでは無いので安心してくれ。

 

アスナ「エギルさん!こっちに扉が!」

 

エギル「解った、直ぐそちらに向かおう」

 

実際小屋故に、そこまで広くないので、辺りを見渡すだけで見つけられる。だからこそ、アスナは直ぐに見つけて来たんだがな。

さて、扉がある場所に近づいたのはいいのだが、ここからどうするべきか。無論、ドアを開けるが、気になるのはこの先に何が居るのか、だ。先程言った通り、居るのはNPCかもしれないし、誰もいないかもしれない。しかし、逆に考えてみると、モンスターやプレイヤーがいるかもしれないのだ。隠れるには丁度いい場所だからな。それでも──

 

エギル「進むしか、無い...よな」

 

気づけばそんな言葉を零していたが、ここで止まってはいられないと、逆に俺が俺の背を押した。

ギィ...と再度ドアを開く音が聞こえるが、何処か新しい。まるでさっきまで誰かがこの扉を開いたかのような。少し訝しむが、今は目の前のことに集中したい。

ドアを完全に開けると、何かがそこに居ることに気づき、じっと見ていると、そこに居たのは──

 

エギル「──NPC?」

 

黒いフードを被ったNPCが、何故かそこに居たのだ。

 

────────────────────

 

第36章 –覚醒–

 

エギル「...何故ここにNPCが?」

 

そう疑問を抱くのも仕方がない。だってそこにいるのは、先程まで居なかったはずのノンプレイヤーキャラクター...即ち、《NPC》がいるからだ。

ちなみにプレイヤー、NPC、敵モブの判断は、カーソルによって変わっており、NPCを装って近づく...なんてことはシステム上不可能。

 

(この世界には《カーソル》というものが存在しており、プレイヤーは緑、NPCは黄、敵モブは赤からピンクとなっている。

犯罪を犯したプレイヤーは、緑からオレンジ色に変わり、オレンジ解消クエストをクリアしない限り、緑に戻ることはないし、オレンジカーソルの間は、主街区、つまり《アンチクリミナルコード有効圏内》に入ろうとすれば、門番のNPCに問答無用で攻撃されると聞く。

敵モブは、赤が格上、ピンクが格下となっており、薄くなればなるほどプレイヤーが有利となる。)

 

そして目の前にいるのは黄──つまり、NPCだな。

NPCが居るということは、何か《クエスト》が在るということ。それはクリアする必要があると睨む、理由は簡単、元々俺達は《野外異常地帯》に囚われており、脱出は困難に近い。だからこそ、脱出するには何かのクエストをクリアする事が必須条件だと睨めるからだ。そして、現にそのクエストのトリガーとなるNPCが、目の前にいる。つまり──

 

エギル「受けてクリアしろと...」

 

アスナ「エギルさん?...それはどういう」

 

アスナが怪しむように聞いてくるので、先程に考えたことを伝えると

 

アスナ「つまり、脱出するにはNPCに話しかけて、クエストをクリアする必要がある...という訳ですね」

 

エギル「ああ、そうだ」

 

...本当にアスナは理解が早くて助かる。そうと決まれば、NPCに話しかけ、クエストをクリアするだけだ。その後にキリトを探しに行こう。

俺はドアから離れ、NPCの元へと歩いていく。するとNPCは俺の存在に気づいたのか、目線をこちらに向いてくる。

...というか身長差が凄いな、こういうのってアスナが話しかけるのがいいのかもしれないが...まぁ良いだろう。

ちなみにクエストがあるNPCは、カーソルの上に大きな『?』があり、クエストを受けると『!』に変わるようになっている。このNPCもそうだ。

 

エギル「何かお困りですか?お爺さん」

 

そうNPCに向けて話すと、NPCは俺の目を見て口を開く。

 

「...お主達は誰じゃ?」

 

エギル「...俺はエギル、そして俺の後ろにいるのがアスナです」

 

「...ふむ」

 

老人のNPCは素っ気なさそうに応える。だが、何処か考えているようにも見えるな。

──老人のNPCからクエストを受ける際、重要なのが何個かあるが、そのうちのひとつがある。それが敬語を使うこと。別に使わなくても進められるが、敬語を使わないで進めようとすると、場合によってはクエスト失敗と成りうる。故に、どれだけ素っ気なく、冷たくあしらわれようと、親切に進めていくのが基本...と言われているらしい。

 

「...困り事、と言ったな」

 

アスナ「そうです...何かありますか?」

 

「...伝えるより、見てもらった方が早いか──来るが良い」

 

老人のNPCはそう答えると、部屋の奥へと進んでいく。俺達も後を続くが、向かう先はひとつのドアだった。

 

エギル「ここにドアなんてあったか...?」

 

アスナ「いえ...先程確認した時、ありませんでした」

 

そう、さっきまでここにドアなんて無かったし、あるのは壁だったはず。なのに何故...?しかしそう考えていても、老人は待ってくれない。だからこそ、徐々に置いていかれていることに気づき、慌てて追いかけていく。

すると老人はドアの前で止まり、ドアノブに手を掛けようとするが、近くで止まる。俺とアスナが疑問を抱き、お互いを見るが、老人に変化はない。が、数秒後にガチャッという、開錠された音が響いた。

 

アスナ「...開いた?!」

 

アスナは驚愕の目を見せていた。当たり前だ。この世界には存在しないはずの《魔法》のようなものを見せられたのだから。しかし、どうやって開けたんだ...?この世界に《魔法》という概念は無かったはず...まさか俺達が使えないだけで一部のNPCは使えるというのだろうか...?

だとしても、こんな森の中にある小屋に住んでいる(と思われる)老人NPCが使えるのだろうか?この世界にはまだまだ未知な事が多く、不可解な点も多い。故に、《魔法》が使えるNPCなど、知っているのはそのクエストを受けているプレイヤーか、或いは《情報屋》だけだ...いやまぁ、実際俺達も見ているんだがな。

 

「...この中じゃ、ボーッと突っ立ってないで早く入れ」

 

アスナ「あっ、はい!」

 

アスナが返事すると、老人は扉を開く。ギィ...と古びた音を鳴らす扉は、まるで年季が経っている木材から造られたようだった。ぎこちない開き方をする扉だが、機能はしっかりしているようで、俺達が通れる程は開いていた。眺めていると老人は催促してくるので、従うことにする。

扉を潜り、またもや暗い部屋へと辿り着いた。明かりを探そうとするが、辺りには蝋燭どころか何も無いように思える。仕方ないのでメニューから探そうとするが、それより早く明かりが付いた。アスナが付けてくれたのかと思ったが、どうやらアスナもメニューから探そうとしていたようで、気がつけば明かりがついて驚いている。ならば誰がつけたのか。

答えは簡単だ、目の前にいる老人が付けたのだろう。

あんなに解りやすく両手を掲げていたら、何となく察しはつく。

でも、明かりをつけてくれたのは好都合のようで、目の前にあるものに視線が動いた。

 

エギル「...すみません、あれはなんです?」

 

俺は老人に向けてそう発すると、俺の顔を見てこう答えた。

 

「...あれはお主達の仲間であろう?」

 

そう言われて近づいてみると、そこにあったものはベッドで、その上に誰かが眠っていた。その誰かというのは──

 

エギル「──キリト!?」

 

アスナ「──キリト君!?」

 

幾ら《インスタント・メッセージ》を送っても連絡が取れず、探そうにも《野外異常地帯》によって行方不明だった仲間の1人がそこにいて、スヤスヤ...とまではいかないが、ずっと魘されているように見える、俺達の仲間──

 

【《キリト》】の姿が、そこにあった。

 

–––––––––––

 

アスナ「何でここにキリト君が..」

 

アスナがそう疑問を抱くのも仕方がない。

ずっと連絡が取れなかったキリトがそこに居るからだ。それも、ベッドの上で眠っており、かと言っても、気持ちよさそうに眠っている訳でも無いようだ。何処か魘されており、悪夢のような夢を見ているのかもしれない。

 

「...お主達の仲間で間違いないかの?」

 

そう話す老人に、俺は反射的に「はい!」と答えると、老人は「そうか」と素っ気無い態度を取る。だが、何処か嬉しそうだ。その意図を掴む前に、老人の口が再度開く。

 

「悩みと言ったな、それじゃよ...お主達の仲間が、この森の病に侵されておる。治す為にはここから西にある『混沌の湖』に在ると言われる《交わりの水》を汲んできて欲しいのじゃ...できるかの?」

 

淡々と話す内容はクエストのようで、言い終えた老人の真上に大きな「?」が白から緑に光っていた。

...内容を聞く限り、どうやらキリトを覚醒させる為には、《交わりの水》というアイテムが必要になるらしく、そのアイテムは、ここから遥か西にある『混沌の湖』という場所にあるらしい。それを汲み、この老人の元へ向かえばクエストクリア──という感じだろう。

キリトが助かるのであれば、手段は問わない、恐らく回収方法もあるだろう。

 

エギル「──分かりました、やります」

 

そう答えると、老人の真上にあった大きな「?」マークが、クエストを受けた証である、大きな「!」へと変わっていた。

 

「そうか、ならばコレを持っていくがいい」

 

そうして渡されたものは地図のようだった。

どうやらこの森のものらしい。

 

エギル「──ありがとうございます!」

 

お礼をすると、老人は後ろを振り返るや否や、「...仲間は大切にするもんじゃよ」とだけ答えて、奥で寝ているキリトの元へと去っていってしまった。

その言葉の重みに感謝しつつ、俺達は小屋を後にした。

 

–––––––––––

 

エギル「クエスト──【覚醒の在り処】...か」

 

そう呟いたのは、私の隣にいる、屈強な体つきと、やや外国人で、黒人寄りの男性。エギルさんだ。実はエギルさんとは先程出会えたばかりで、《座標》を元に進んでみたらそこに小屋があって、その中には、ずっと探していた【キリト】君の姿もあった。これで探していた2人と再開でき、ずっと行方不明だったキリト君の居場所が解ったので、今すぐにでも助けたい──んだけど、NPC曰く、どうやらこの森の病に侵されているらしい。治す為には、この森の遥か西にある【混沌の湖】という場所に、《交わりの水》というアイテムがあるらしい。それを持ってNPCの元へ届けることが出来ればクエストクリア──という手順なんだとか。

恐らく、クエストクリアになれば、キリト君を助けられる。それなら、この森から脱出する為の心残りは無くなる...よね。

私はエギルさんが、あのNPCに貰ったとされる地図を見ている姿を見て、質問してみる。

 

アスナ「エギルさん」

 

エギル「なんだ?」

 

アスナ「【混沌の湖】ってここから西なんですよね?それにはどう書いてるんですか?」

 

エギル「あー...それがなぁ...」

 

エギルさんは少々バツが悪そうに答える。

 

エギル「マップ自体は分かるんだが...どうも、辿り着けるか不安でな...何せさっきまで惑わされていただろ?だから不安でな」

 

──エギルさんの言葉に、私は言葉を上手く発せなかった。それは単純で、エギルさんが言っていることは本当だったから。

私達は、この森に囚われ、ずっと惑わされ続けていた。ゲーム内の時間は止まってるにしても、ね。だからこそ、エギルさんの言葉は深く理解出来る気がする。

だって、数時間も惑わされ続けて、苦しめられていたんだから。それに、一番辛いのは多分キリト君だ。私達と離れ離れになって、更に悪夢のようなものを魅せられ続けている。それはきっと、私達の想像を絶するものなんだと思う。どんなものを見ているかは解らない、だけど、それから解放してあげるには、頼まれた《交わりの水》が必要になる、なら、行かなくちゃ。

 

アスナ「エギルさん、行きましょう」

 

エギル「だが...」

 

アスナ「キリト君を...仲間を救うんですよね?じゃあここで、うぅん、こんな所で立ち止まってはいけないと思うんです」

 

私は、思ったことを、思っていたことをエギルさんにぶつけた。

最初こそ驚いていたものの、次第に笑みを零し、覚悟に満ちた目をしていたのが解った。多分、本来のエギルさんを取り戻したんだと思う、私の知っているエギルさんは、弱々しい姿などでは無く、やる気に満ちた姿だと、私は思ってるから。だから、こんな所で諦めてたまるかってね。

ねぇ、エギルさん。多分、キリト君もこんな所で諦めないと思うの、どれだけ傷ついても、どれだけ倒れても、キリト君は──私の《ヒーロー》は、絶対に立ち上がる。私は、そう信じてるから。確証はない、根拠も無い、でも、それだけは、信じてる。だから、エギルさんも信じて欲しい。自分を、私を、キリト君を。きっと、うぅん、絶対大丈夫だってことを。

 

–––––––––––

 

俺は何と愚かだったのだろうか。仲間を信じず、貰った正しい地図すらも疑って。

全て、アスナやキリトを守る為にしていた事なのに、空ぶっていた──いや、それは自分を守る為の口実にしかなら無い。だから、アスナに諭されるんじゃないか。

 

アスナ「キリト君を...仲間を救うんですよね?じゃあここで、うぅん、こんな所で立ち止まってはいけないと思うんです」

 

アスナにそう言われて、俺はハッと我を取り戻し、何処かで止めかけていた鎖が俺の中にあることに気付けた気がする。

──そうか…この鎖のせいで、俺は前へ進めなかった──いや、進もうとしなかったのだろう。俺はキリトと違い、冷静に物事を観察することは出来ない。いや、真似られない。キリトには、俺には無い“何か“があると思う。

それも、包み込むような“何か“を。それは決して暖かいものではなく、優しく、でも寂しい。そんな“何か“だ。上手く言葉に出来ないが、そんな不思議な力が有ると、俺は信じている。だが、その本人である《キリト》を信じていなかった。信じ切れていなかった。心の中では、何処か諦めていたのかもしれない。だからこそ、俺はアスナに諭されたのかもしれないな…。

そう思えば、不思議と笑みが浮かんでくる、そして気づけば零していたようで、いつの間にか下に向いていた顔を、前へと上げる。

その意図を汲み取れたのか、或いは安心したのか、アスナの眼は信じ切った目ををこちらに向けていた。その目から何を感じたかは解らない、だが、これだけは言える──

 

エギル「──ああ…そうだな。こんな所で立ち止まれない。俺達は共に命を預け合う仲間だ」

 

アスナ「──そして、心から…いえ、言葉を交わさずとも信じ合える仲間だと私は思うんです。例えキリト君の記憶が無くなっていても、そこに私達がいたことは変わらない」

 

エギル「そんな状態に陥っている仲間が、助けを求めているのならば、助けない理由にはならない──そうだろ?」

 

アスナ「…えぇ、そうですね。勿論、《メイル》さんも」

 

エギル「そうだな」

 

そう、俺達は元々第53層《ディファト》を攻略する為にこの森を通過しようとしていた。その結果、《野外異常地帯》に囚われてしまった訳だが…しかし、元を辿ればこれで良かったと思える。仲間を再び信じることができるようになったのは確かだが、何より、絆が、信用が硬くなったと言えるだろう。

それに、この森を抜けた先には、アスナとキリトの仲間である《メイル》がいるはずだからだ。何らかの原因により、突如俺の倉庫から消えてしまったメイル、彼の行方を追い、漸く掴めたのが、この森だった。この森に入ってしまったことは後悔もしていないし、何より2人とも無事だったのだ。それだけなら良いと思える。だからこそ、キリトも助けて、メイルも助ける。それで良い。

 

エギル「──さぁ、行こうか」

 

アスナ「──えぇ!」

 

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マップを駆使し、漸く辿り着いた【混沌の湖】

《混沌》と聞いて、毒々しい湖かと思ったが、予想を遥かに越える──いや、180°違っていた。

【混沌の湖】と名付けるには程遠いほど綺麗な湖で、覗いてみれば、魚もチラホラ泳いでいるのが確認できる。それに少し水生植物もあるようだ。見た目だけの危険な湖っていう訳でも無いらしい。

ちなみにアスナはというと、あまりの綺麗さに目と心が奪われているようで、今のところずっと、目をキラキラさせながら口を開けている。何を考えているかは解らないが、一先ず進める為に、アスナを連れ戻す。

 

エギル「さて、《交わりの水》だが...何処にあるか検討は付くか?」

 

アスナ「...あっ、えっ、あ──い、いえ...」

 

エギル「...だよな、仕方ない、手当り次第探していくか」

 

アスナ「ですね」

 

まだ安全と決まった訳じゃない、だからこそ一緒に行動しても良かったのだが、そこまで広く無いし、それに危険も少なそうだ。故に、アスナとは離れて行動する事にした。

 

エギル「しかし...アスナも検討が付かないとなると...どうしたもんか...」

 

腕を組み、今どうするべきかを考える。

思いつく限り、案が無い訳ではない。だが、あまりにも危険過ぎる。これはアスナであろうと、キリトであろうと推奨は出来ない。故に──

 

エギル「──試してみるか」

 

俺は右手を持ち上げ、人差し指だけを立てて下になぞるようにスワイプする。すると、チリンと鈴の音を鳴らし、メニュー画面が開かれた。そこから順番にボタンを押していき、最終的には《アイテムストレージ》へと辿り着く。

《アイテムストレージ》を下へ下へと指を滑らせていくと、やがてひとつのアイテムを見つけた。それは──

 

エギル「──まさか使う時が来るなんてな」

 

攻略ではゴミにも等しく、そして使わないであろうアイテムで、使うことが無いだろうと思いつつも持ってきたアイテム。俺には《商人スキル》があるが、《職人スキル》は持っていない。故に、これは取り寄せた物、或いは客の売却時に譲り受けたものだが、気にも留めなかったアイテムがここで使うとは思わない。あの客に感謝だな。

そのアイテムをタップして《オブジェクト化》し、水辺へと近づく。辺りを見渡して、より水辺に近い場所を探してみると、運良くここが水辺により近い事が分かった。俺は膝を折り曲げ、腰から順に下ろしていく。そして膝を地につき、手を水辺ギリギリに置く。現在俺は四つん這い状態だが、恥ずかしさよりも、落ちないかが心配である。そして先程《オブジェクト化》させた"アイテム"を右手に持ち、浸すように水へと漬けた。するとその"アイテム"は次第に液体が入っていき、やがて満杯となった。

 

エギル「──やはりこれが《交わりの水》...か」

 

アイテム名は《交わりの水が入った瓶》。

そして、俺が使ったのは、普通の《空き瓶》だ。つまり、この湖の水をこれで汲んだのである。先程から探し求めていたもので、後はこれをあのNPCの元へ届けるだけ──だったのだが。

 

エギル「──アスナ?」

 

先程まで辺りを散策していたアスナの姿が、何処にもいなかった。幾ら自由に行動しているとしても、急に姿が見えなくなるのは可笑しい。それに、アスナは自由奔放じゃない。自分が全うすべきことは必ずと言っていい程全うする筈だ。それに、ここを離れるなら《フレンド・メッセージ》等で何か一言伝えてから行くはずだが...ならば、何処に行ったのだろうか?少しづつ募る不安に煽られながらも、俺は探しているが、それでも見つからない。どうしたものか...キリトと約束した以上、見つかるまで探すしかないな...と思ったが...案外その考えは簡単に解決するようで、少しの時間も経たずに変化が現れた。

ザバァ!と大きな水の音が鳴り、俺は音の方へと向く。するとそこにいたのは──

 

エギル「なんだ...こいつ...ッ!?」

 

一段と濃い赤で染まったカーソルと、普通では考えられない大きさのモンスター。姿はまるでダイオウイカのような見た目だ。名前は──

 

──《Chaos lacum Domini》

 

この名前から察するに、恐らくこいつはこの湖の主だ。つまり、この湖から出てきたのだろう。

 

エギル「っ!!!」

 

鬼気迫る状態なのは確かだが、それでも尚不安が爆発──いや、不安よりも恐怖が勝る。だって、そこにいるのは──

 

エギル「アスナッ!!」

 

そのモンスターに掴まれた"アスナ"の姿があったからだ。

 

–––––––––––

 

やってしまった。

ただそれだけが私の中をぐるぐると回っていた。エギルさんに頼まれ、辺りを散策をしていたのは良いのだけど、一回気づいたにも関わらず、気のせいだと思って踵を返した途端、湖から触手のような何かが伸びてきて、私は為す術もなく湖へと引きずり込まれてしまった。咄嗟の判断で、息を止めて、目を閉じた...けど、湖の中に入った時、恐る恐る目を開けてみれば、そこにいたのは、凡そ10本の足...いや、腕が生えたダイオウイカのような見た目をした《フィールドボス》の姿がそこにあった。しかも、カーソルが赤黒い所をみると、推奨レベルは相当高いと見る。でも、こんなに赤黒いって...まさか...

 

アスナ「(まさか...第70層レベルだと言うの...?!)」

 

今私達がいるのは第53層、この森を抜ければ、第54層へと行ける。でも、こんなに赤黒いのは見たことがない。恐らく、ここより上層のボスだと思う。それも、約20層上の。

つまり──

 

アスナ「(──死ぬっ!)」

 

──直感でそう、感じた。

まだ片足だけ掴まれてるとしても、このままでは息が続かず溺れ死んでしまう。それだけじゃなくて、このボスにやられて死んでしまうかもしれない。それぞれの恐怖が、また私の中で廻り始めた。

 

アスナ「(助けて...キリト──)」

 

『キリト君』と思う前に、私はハッとした。現在キリト君は悪夢に魘され眠っている。それどころか、今動けるのは私だけ。どうにかして打開するしかない。それに、キリト君に助けを求めていては、守るどころか守られ続けられてしまう。それだけは嫌だ、また''あの時''のような事にはなりたく無い。《不可侵条規戦闘》と同じようなことだけは。

でも、この状況を考えて、私1人だけでは太刀打ちできないかもしれない。そう思ってメニューを開いてエギルさんと連絡を取ろうとするけれど、ボスモンスターが揺らしたり攻撃してきたりして、メニューを上手く開くことが出来なかった。大ダメージとまではいかないものの、それでもHPや、防具の耐久値が削れていく。だからこそ、私のHPはギリギリだ。体力を回復したいけど、《結晶(クリスタル)》や《ポーション》を《オブジェクト化》していないので、腰ら辺につけているバッグに入っていない。だからといって回復しなければ私が死んでしまう。なら──

 

アスナ「(──思い切って抜刀するっ!)」

 

この方法は使いたくなかったけれど、今はこれに縋るしかない。

私は腰に納刀されているレイピア──《ランベント・ライト》を抜刀し、片足を掴む触手に閃光の如くの速さで断ち切る。するとボスモンスターは呻き声のような声を荒らげ、一瞬怯む。その隙を逃さなかった私は、今のうちにと上へと泳いでいく──はずだった。

もう少しで水面につく瞬間に、片足にまとわりつくような感覚がしたから。その違和感は、また次第に恐怖へと変わっていく。

 

アスナ「(嘘...)」

 

そう思った瞬間、これから私に起こる悲劇を勘づいて、そして意識を手放してしまった。

 

–––––––––––

 

『グォォォォォアァァァァァァァッ!!!』

 

咆哮じみた声を荒らげ、俺を挑発する。その声の主は、現在俺の仲間を、俺達の仲間を、これでもかと上に掲げている。それも、片足だけを掴み、宙吊り状態にしていることだ。

これを見て、俺は恐怖よりも、このボスモンスターにだけ怒りだけが込み上げていた。無論、アスナのことは心配だが、アスナを見る限りテンパってはいない──というより、どうやら気絶しているらしい。まだ不幸中の幸いだが、よーく見ると、アスナのHPがギリギリのようだ。それに、装備も色々破損している。危機的状況に近い。まだ俺のHPが満タンであり、装備も破損どころか、壊れていない時点で、まだ助かる術はあるということ。しかし、目の前にいるのは、1人でどうにかできる相手では無い。恐らく現段階の攻略組である《血盟騎士団》精鋭20人行った所で、勝てるかどうかも怪しい。それに、相手は水面に浮かんでいるのに対し、俺達にはそれに対応するような装備や《アイテム》《システム外スキル》を持ち合わせていない。仮に持っていても、全員分作るには時間が掛かる。だからこそ、不利に近い...いや、不利だ。

故に、今どうこうできる状態じゃない。となれば、残されたのは、無理してでも近づくか、或いは逃げるか。無論、後者は毛頭選ぶつもりはない。しかし、無理して近づけたとしても、奴を怒らせてしまえば、宙吊り状態のアスナに負荷──いや、それならまだマシだ。よく考えてみろ、相手はこの層に巣食う《フィールドボス》だ。推奨レベルも相当高いと思える。それに迂闊な行動を取れば、何が起こるか分かったものじゃない。更に現在アスナは、人質に取られているようなもの。俺が動いてしまえば、最悪アスナがやられてしまう。それだけは避けなくてはならない。

幸いにも、ヘイトは俺に向いている。このままヘイトを稼ぎ続ければアスナに危害は加えられないはずだ。

──だが、どうする...!迂闊に動くことが出来ない上に、このまま突っ立っていては、何れヘイトがアスナに向いてしまう。そうなっては何もかもが遅すぎる...!

 

エギル「──クソッ!」

 

思わず舌打ちしそうになるが、寸前で止める。しかし、どう足掻こうにも、どれもこれも危険で、壁がある。それを乗り越えようとしても、蹴落とされる。攻撃手段も無い...訳ではないが、俺の武器じゃ範囲外だ。それこそ、《弓》や《魔法》などの遠距離武器が必須となる。だが、この世界では、そのような武器は存在しない。

──だってここは、《剣と戦闘の世界》だからだ。

故に、遠距離武器など見たこともないし、聞いたことも──いや、ある。実際に視たじゃないか。あのNPC──老人が使っていたのを。

あれが《魔法》なのかは解らない。だが、それでも一粒の希望に賭けるなら、悔いはない。それに、アスナも助けられる...が、問題がひとつある。それが、"どうやってここまで連れてくるか"ということ。この問題を解決する為には、3つの問題を解決する必要がある。しかもそれは、ほぼ不可能。つまり無理だ。

一応話しておくと

 

・NPC、即ち《ノンプレイヤーキャラクター》を持ち運ぶ、手を引っ張る、押していく。という運搬行為は先ず不可能。

 

・幾ら最新の人工知能であれど、所詮はNPC。コンピュータのアルゴリズムによって動くプログラムでしかない。

 

・そもそも此処を離れることができない。

 

これらによって、ほぼ不可能に近い──いや、不可能だ。故に、現在の俺達の状況は、危機的状況であり、八方塞がりであり、万事休すである。打つ手がない訳では無い、しかし、それを選んでも、必ず不可能な事が、そしてアスナの身に危険が伴う。こうなってしまえば、何もできない。

 

エギル「どうすればいい...!考えろ...考えろ...っ!」

 

勿論簡単に諦めるつもりもないが、この状況を打開するにはひたすら考えるしかない、そうでもしなければ、アスナを救うことすら叶わない。なのに、思いつくのは、どれも無意味で、更にアスナを危害に加えられてしまう方法しかない。どうやったら助けられる?どうしたら危害を加えずに助けられる?思考を止めるな、考え続けろ──

 

エギル「──ん?」

 

待てよ?ひとつ気になってた事があるんだが...なんでこいつ──《Seer of Chaos》は俺を攻撃して来ないんだ...?例えNPCでも、攻撃されるようにアルゴリズムを設定されていれば、攻撃されるはず...なのに何故だ...?

そう思った俺は、《Seer of Chaos》の元へ向くが、特に変わった様子はない。それどころか俺をずっと見ている。

 

エギル「なんだ...?何故攻撃してこない...?」

 

本来なら、考えていられないほど攻撃を仕掛けてくるのに対し、何故かこいつに関しては攻撃どころか、動きを見せない。まるで俺の出方を窺っているかのようだ。

 

エギル「──まさか...!」

 

──ひとつ、聞いたことがある。

この世界に入る前、とある番組でイカは眼が良いと、聞いたことがあった気がする。当時はそこまで興味も無かった為、流すように聞いていたが、まさかそうなのだろうか...。

そう思った俺は、《Seer of Chaos》の方へ再度向き直し、動かないようにしてじっと窺う。すると、俺の意図を汲み取ったのか、掲げていた腕を下げ始め、遂にはアスナを地上に下ろした。直ぐにでもアスナの元へ向かいたいが、ここで動いてしまえば、全てが水の泡になる気がする。それだけは避けなくてはならない。

 

エギル「(...さて、どうするか)」

 

今1番の問題はそれだ。

少し進捗が動いたが、それでも平行線なのは変わらない。故に、現在どうするべきかを考える必要がある...しかし、どの方法も上手く行くかは不明だ。それに、最悪間違えてこいつを怒らせてしまうこともあるだろう。そうなってしまえば、俺どころかアスナも死んでしまう。そうなってからでは遅い。何もかもが遅い。だからこそ、俺は2つの案を考えた。

 

・少しづつ動き、アスナを抱えて逃げる

 

・このまま待ち続ける

 

...この中で1番効果的なのは、このまま待ち続けることだ。しかし、それを選んでも尚、何も変わらない。つまり、平行線の戦いが続くことになる。そうなってしまえば、キリトの症状が悪化してしまう可能性が生まれる。そうなると、このままではキリト自体が助からない可能性がある。それに、アスナも途中で目覚め、有無も言わぬまま悲鳴をあげてしまえば、アスナにヘイトが向くかもしれない。だとすれば、足が竦んで動けない可能性が高いだろう。ならば、この手を選ぶことは難しい。

 

エギル「(となれば...少しづつ動き、アスナを抱えて逃げることだが...)」

 

かと言ってこれも最善の手とも思えない。リスクがあり過ぎるからだ。それに、よく考えて見て欲しい。相手は眼が良く、腕も10本ある相手だ。少しづつ動いて、どうにかしてアスナを抱えても逃げられる自信はない。残念だが。

故に──

 

エギル「(...打つ手無し、か)」

 

そう、打つ手無し。リスクを背負ってワンチャンスを狙っても良かったが、今はアスナの身の安全を重んじる必要がある。これは、キリトとの約束を守るためでもあるが、自身の身を守る為でもある。それは"戦力になるから"ではない。"仲間だから"だ。

しかし、まだ希望はある。それは今、俺が思いつく範囲で無いだけだからだ。なら、先程の中で選ぶなら──

 

エギル「(このまま待ち続けるしかない...!)」

 

このまま待ち続け、思考を熟練させるしかない。そう考えついた俺は、このまま待ち続けることを選んだのだが──

 

–––––––––––

 

あれからどれくらい経ったか。体感では数十分程度なのだが、実際のところゲーム内時計が動いてないので、どれくらい経ったかの正確な時間が解らない。それどころか、未だに平行線なのだ。その現実に、俺はそろそろ疲れ始めていた。

 

エギル「(...ずっと俺の様子を窺っているな...まさかこれは何かのイベントなのか...?)」

 

最早そう感じるようになり、考えることすら諦めかけている。アスナはというと、未だに気絶しており、それどころか意識があるのかどうかすら怪しい。助ける意思はあるにはあるが、今、この状況を先にどうにかしなければ、助けるどころの話では無い。

それに、これが何かのイベントだとすれば、何のイベントなのだろうか?負けイベント?時間経過イベント?それとも逃走イベントなのか?だとしても、どれもこれも意味が解らない。というより、意図が汲み取れない。意味が無いからだ。

 

エギル「(だとすれば...)」

 

だとすれば何のイベントになる?

俺は諦めかけていた頭を回し続け、考え続ける。すると、あるひとつの事を思いついた──というより、過去に思いついたことを実行しようとしている。それは簡単なことで、リスクも背負う。容易く実行するべきでは無いが、今はもう手段は選んでいられなかった。

 

エギル「(隙を見て動き、アスナを抱えて逃げる...っ!)」

 

それは余りに無謀なことで、もう少し冷静に考えていれば、もっとマシなことを思いついたかもしれない。だが、それこそここで考え続けていれば、何れ壊れてしまう気がしたからだ。恐らく、これは気の所為などでは無いと思える。

だからこそ、血迷った選択だろう。でも、何れ壊れてしまい、何も出来ないままここで野垂れ死ぬくらいなら、せめてアスナだけは救いたい。それがアイツに対して──キリトに対しての、恩返しだと思うからだ。故に──

 

エギル「(3カウントで行くか...!)」

 

疲れ果てていた脳内を、もうひと踏ん張り働かせ、俺は3つ数え始めた。

 

3──

 

2──

 

1──

 

エギル「──今だッ!」

 

その声と共に駆け出した俺に気づいた《Seer of Chaos》は、俺を見るなり攻撃を仕掛けて──来なかった。その事に目が離せないが、今はただアスナを救う為に無我夢中で走り続ける。無事にアスナの元へ辿り着いた俺は、ボスの方を向かず、出入口の方へと走っていく。

出入口に着いた時、ふ視線を後ろに向けると、そこにはポツンと立ち尽くしている《Seer of Chaos》の姿が残されていた。

 

_______

_____________

___________________

 

ガタンッ!と叩き開ける音が聞こえる。その音源はある小屋のドアから響いており、まるで壊れそうな音だった。

その小屋のドアを叩き開け、入ってきたのは1人のプレイヤーと、背中に抱えられたもう1人の女性プレイヤー。そして、小屋の中にいたのは、あるNPC──基、今から渡すべきアイテムを渡す老人だ。

 

「...おお、帰ってきたか」

 

エギル「...あぁ、もって...きたぞ...《交わりの水》を...ゲホッ」

 

息切れを起こしながらも、そう伝えると、老人は少し間を開けて「...協力、感謝する」と、感謝を述べた。それを見た俺は、腰に付けていたバッグ──ウエストポーチの中を探し、あるものを取り出す。それはさっきまで掬いとっていたアイテムで、時間は経っているものの、まだ何とか耐久値は保っていた。これは、キリトを救う為のアイテムであり、そして、キリトに返す恩返しのひとつでもある。こんな形になってしまったが、それでも俺は恩を返しておきたかった。借りてばっかなのは、性にあわないからな。

 

「少しそこで待っていなさい、勿論、そのお嬢さんは寝かせておくといい」

 

エギル「──あぁ...ゴホッ」

 

まだ息は整っていないが、まだ会話や動ける範囲にはなっていた。

しかし、それでも体が痛い──痛む体に鞭を打ち、近くになにか無いかと探してみる。すると近くにソファーのような物を見つけ、そこにアスナをゆっくりと寝かせた。本来なら、余り女性プレイヤーに接触するのは好ましくないが、今はただ、称賛と労いを込めて、俺はアスナの頭に手を優しく乗せた。そして、「頑張ったな

」とだけ呟けば、アスナの眠る表情が少しだけ笑みが溢れる。その姿を見て安心したのか、将又一連の流れに疲れたのか、俺はそのまま眠ってしまった──。

 

–––––––––––

 

──起きろ

 

んん…?

 

──起きろ、エギル

 

キリト…?

 

──みんな、待ってるんだ

 

俺は……

 

「──起きてください!!」

 

その大きな声に驚愕し、目を思いっきり開く。すると、目の前に広がったのは、木造で出来た天井が広がっていた。どうやら眠ってしまったらしい。

──いや、正確には気絶していたようで、長い時間このままだったのだろう、隣でアスナが目から涙を流していた。そのことに申し訳ない気持ちが込み上がる。アスナにとって、2人も話せなくなってしまえば、それはもう絶望なんかでは計り知れない。

そのことを、少なからず知っていた俺は、起き上がらせかけていた体を戻し、ただ下を向くしかなかった…いや、下を向くことしかできなかった。しかしそれでも──

 

アスナ「っ!エギルさんっ!」

 

エギル「…心配かけたな」

 

アスナ「いえっ!!あれはっ!あれは私が悪いんですっ!私がっ!あの時っ!!あの時確認を怠らなければっ!あんなことにはなりませんでしたっ!ごめんなさい…ごめんなさいっ!!!」

 

アスナは、嗚咽が隠る声をただ発し続けていた。それも俺に謝りながら。

俺ができることは、何もない。ただできることとすれば、アスナの懺悔を、耳を傾けて聞くことだけだった。

 

______________________

____________

________

 

エギル「──落ち着いたか?」

 

アスナ「…はい、すみません、お恥ずかしいところをお見せして…」

 

エギル「構わないさ、それにあれは不可抗力だしな。アスナが悔やむことはない」

 

アスナ「…ですが」

 

エギル「それにな、アスナ」

 

俺がアスナの言葉を止めると、アスナはこちらを向く。

 

エギル「俺だって、油断していたんだ」

 

アスナ「…」

 

エギル「それどころか、少し慢心をしていたみたいでな…アスナなら大丈夫だろう…そう思っていたことに、足元を掬われてしまったようだ、すまない。その慢心がなければ、俺はアスナの異変に気付けたというのに…本当に、すまなかった」

 

俺は地に頭が着くんじゃないかというレベルで、頭を下げた。

今回に関しては、俺も同罪だ。下手すれば俺だけでは留まらず、アスナも死んでしまったかもしれないからだ。そう考えてみれば、頭を下げる。なんて、容易なことだろう。本来ならば、そんなことで許されると思うなんて、虫が良すぎる。言語道断だ。

だからこそ、俺はどんな罰も、どんな処遇も受けよう。それで許されるなら、まだマシだ。そう思った俺は、そのまま目を閉じて、告げられるのを待った──が、一向に来る気配がない。何故だと思い顔をあげると、そこにはポロポロと瞳から光る涙を流して、泣いているアスナの姿がそこにあったのだ。

俺はその事に驚愕していると、アスナもびっくりしたかのように手を頬に当てた。

 

アスナ「あれ...なんで私泣いて...」

 

今思えば、アスナが苦しかったのは、"それだけ"では無いと感じた。何故かは解らない、でも、それだけを感じていた。

俺はアスナの頭に先程のように優しく手を乗せ、撫でる。するとアスナは少しではあるが、びっくりしつつも笑顔を取り戻せたようだ。そして笑みを俺に向けてこう告げる。

 

アスナ「──行きましょうか、キリト君の元へ」

 

エギル「──そうだな!」

 

–––––––––––

 

「...やっと目覚めおったか」

 

アスナ「すみません、お騒がせしました」

 

「別に構わんわい、ただそこにいる者が邪魔だから早くして欲しいものだがの」

 

少し俺達に向けて吐き捨てるように呟いたNPCは、「準備ができたら話かけてくれ」とだけ話し、キリトの元へと向かって行く。

それを見た俺達は、この小屋を出る前に聞いた事を思い出していた。

 

『...仲間は大切にするもんじゃよ』

 

その言葉が、俺達の心を強く動かす。そして、信じる機会を与えてくれた。これを通じて、少し理解した──いや、実感したことがある。それは、NPCも、"生きている"こと。

彼らもただのプログラムで動いている訳じゃない、ここで、この世界で命を授かり、確かにここで生きている。だからこそ、老人はあんなことを言ったのだろう。それが例え、クエストやシステムによって仕組まれていたことだとしても。故に、俺達は感謝しなければならない。仲間の大切さを、信じることの強さを、1人の時の弱さを。俺達は学んだ。そして、今度は俺達がそれを活かす番だと思う。

そう思った俺は、アスナの方へ向き、頷く。アスナは意図を汲み取れたのか、頷き返し、ほぼ同時に歩き出した。

そして、老人に近づいていき、「準備ができた」と話す。すると、老人は「わかった、そこで待っておれ」とだけ告げると、老人は歩き出す。

どうやら奥のドアに入るらしい、それを確認すると、老人はドアを開けて中へ入っていくが、数秒もせずに戻ってきた。よーく見ると、老人の手には何かを持っている。どうやら瓶のようだ、中に液体が入っており、それが神々しく光っている。

 

エギル「あの...それは?」

 

「ん?...あぁ、これは《覚醒水薬(オメガポーション)》と言ってな、何でも治せる薬じゃ」

 

エギル「何でも治せる薬...ですか?」

 

「そうじゃ、但しこの森の中でしか使えんのが欠点じゃがの」

 

...キリトがもし起きていたら、この話に乗っていたかもしれないな。まぁ、それももうすぐ起きるんだが。

 

「...始めるぞ」

 

エギル/アスナ「...はいっ」

 

俺達がそう返事すると、老人は《覚醒水薬》と呼んでいた瓶の蓋を開け、そしてキリトの口を手で開き、その中にある神々しく光る液体を流し込んでいく。全て流し終わると、老人はこちらに向いて話し出した。

 

「これでもう大丈夫じゃ、時期に目覚めるであろう」

 

アスナ「──ありがとうございますっ!!」

 

アスナは感謝を述べて、体が折れそうな勢いで頭を下げた。俺も続けて下げ、感謝を述べた。

 

エギル「何度も何度もありがとうございます...!」

 

「やめんかい、暑苦しいわ!...しかし──」

 

「よく、耐えたな」

 

エギル「え?」

 

「これはお前達の信頼を確認する試練じゃったのだが...誰1人欠けることもなく戻ってきた、そこは良くやったと言える──じゃが!その気持ちを、感情を忘れるんじゃないぞ!」

 

老人は、少し説教じみたことを告げていた。でも、不思議と嫌では無かった。きっとそれは、安心感を感じていたからなのかもしれないな。

そう思っていると、次第に老人の体が薄れていく気がする──いや、薄れていないか?!

アスナもその事に気づいたのか、少し焦った声で質問する。

 

アスナ「え、あ、あの!お爺さんっ!」

 

「なんじゃ?」

 

アスナ「お、お身体の方が...」

 

「...何、問題はないわい」

 

アスナ「で、でも...!」

 

「問題はないって言ってるであろうが!」

 

アスナ「...すみません」

 

「...それにな、仕方ないんじゃよ」

 

エギル「仕方ない...?」

 

「そう、この命が潰えるのも、時間が無かった」

 

老人は話し始める。

 

「昔、この森になる前は、ちゃんとした国があったんじゃ」

 

「じゃが、ある商人から譲り受けた"種"をうっかり埋めてしまい、それを育ててしまった」

 

「その結果、この惨状じゃ...国は滅び、人々は何処かに消え、残ったのはこの生え茂る木々のみ...そんな中、唯一残ったのがワシ──《Kay》じゃよ」

 

Kay「そんな中、ワシはこの小屋を見つけた。もしかしたら生き残りがいるんじゃないか...と思ってな」

 

Kay「しかし、中に入ってみればそんな希望は消えてしまったわい...そして改めて実感したのじゃ」

 

Kay「──ワシは"独り"なんじゃと」

 

アスナ「...お爺さん」

 

Kay「そして、あの事件からもう数百年も経ってしまった。忘れた訳では無いが、忘れてしまったこともある」

 

エギル「...それはなんです?」

 

俺が聞くと、お爺さん──Kayはこちらを向いて薄れつつある口を開く。

 

Kay「...仲間、じゃよ」

 

アスナ「っ!」

 

Kay「ワシはもう、あやつらの顔を思い出せん、どんな顔をしてたか、どんな事をしてたかさえも」

 

Kay「だからもう、諦めたんじゃよ」

 

アスナ「そ、そんな...」

 

Kay「じゃが、そんな中お主達がここに来た」

 

エギル「...」

 

Kay「最初こそ何処か行けと思っていたんじゃが、この坊主を見て血相を変えて話しかけた時、ワシはお主達を敵じゃないと判断したんじゃ」

 

Kay「じゃが、信用はしていない。だからこそ、ワシは試練を出した。無論、本当にこの坊主を助ける為の」

 

Kay「それで帰ってきた時はびっくりしたがな」

 

はっはっはっ...と声をあげて笑うKay。しかし、その声には何処か悲しさが漏れ出ている気がする。それは決して気のせいなどではなく、まるでこのままが怖いかのように。

 

Kay「薬が完成し、様子を見に行ってみればお主は気絶しておるし、お嬢さんは泣いておるし...散々じゃった」

 

エギル「それは...本当にすみません」

 

Kay「構わんよ、じゃが、お主達を見て、ワシはひとつだけ思い出したんじゃ」

 

アスナ「それは?」

 

Kay「...信頼、じゃ」

 

Kay「昔は仲間とこうやって適当に駄弁っていたんじゃよ、それを今、思い出したんじゃ。その時の信頼を。感謝するぞ」

 

アスナ「Kayさん...」

 

アスナは少し悲しそうにKayの元へ向き、何かを言いたそうにしている。それは恐らく、俺も一緒だと思う。

 

エギル「Kayさん、お礼を言うのは俺達の方だ、キリトを助けてくれたこと、ありがとう」

 

アスナ「ありがとうございますっ!」

 

Kayは暫しこちらを見ていると、下を向き、また再度前を向いた。そして、少し笑みを浮かべて

 

Kay「お礼を言うのはワシだと言っとるじゃろうが」

 

と、少しだけ優しく呟いた。

この時間は、俺達にとって至福な時間だっただろう、しかし、そんな時間は直ぐに過ぎる。

 

エギル「Kayさん!もう身体が!」

 

Kay「時間じゃな...」

 

アスナ「Kayさん!!」

 

Kay「──仲間は、大切にするんじゃよ」

 

NPCこと《Kay》は、それだけを告げて、段々と薄れ、やがて消えてしまった。それを見ていたアスナは、膝から崩れ落ち、涙を流している。俺はというと、何が何だか分からぬまま、ただ立ち尽くしている。

これが初めてという訳では無い。今まで何人ものの人が目の前で死んできた。その悲しみは分かっているはずだ。それに相手はNPCだ、時期に復活する──はず...だ。

...なのに、何故こんなにも苦しいんだ。相手はただのNPCで、例え死んでも生き返る。なのに、何故だ、理解出来ない。まるで拒んでいるようにさえ思える。

──嗚呼、そうか。俺達は──

 

──悲しいのか。

 

永らく消え失せていた感情。

それは、デスゲームが始まってから、もう1年も経った頃、未だに増え続けてはいるが、それでも死人は減り始めていた。なのに、最初こそ感じていたこの感情は、気づけば無くなっていたのだろう。"恐怖"という感情に押し潰されて。

"悲しみ"を背負っていては、何れ足手まといになる、だからこそ、押し殺し、そして潰していた。故に、俺達は忘れていたんだろうな...いや...俺が、か。

もう、俺はこの世界に染まってしまったのかもしれない。或いは、諦めたのかもしれない。

それでも、進まなければならない。そうだろ?Kay

悲しい気持ちは、足手まといになる。だからこそ、俺がしっかりとしなければ、アスナもキリトも俺より前で倒れてしまう。追いつく為にも、せめて一歩後ろにだけは居させて貰いたいものだな...。

 

エギル「...アスナ、進むぞ」

 

アスナ「...エギルさん」

 

エギル「このままじゃ、Kayさんも浮かばれない」

 

アスナ「...エギルさん!」

 

エギル「その為にも、キリトを起こさなければ──」

 

アスナ「エギルさん!!」

 

エギル「...どうした?アスナ」

 

アスナ「だって...涙が...」

 

アスナがそんな事を言うので、俺は手で頬を触る。すると、そこには水のようなものが流れていた。

──いや、これは涙なのか。そうか...流せたんだな、俺。

 

エギル「...はは、かっこ悪いところを見せたな」

 

アスナ「エギルさん...」

 

エギル「大丈夫だ、アスナ。俺はもう、1人じゃない」

 

アスナ「...はいっ」

 

アスナは何処か気にしていた様子だったが、それでも納得したかのように見える。

それを見た俺は、少しだけ安心感を抱いていた。

 

エギル「さぁ、キリトを起こそう」

 

アスナ「はい!」

 

俺とアスナは歩き出し、眠っているキリトの方へと向かって行く──が、幾ら歩いてもキリトの元へと辿り着けない。まるで戻されているかのようだ。不思議に思った俺達は、次に走り出す。しかしこれもまた追いつけない。それどころか遠ざかっている気がする。

何故だ?何故追いつけない、こんなにも遠かったか?待ってくれ、キリト、待ってくれ!

そう叫ぶが、声は出なかった。いや、出せなかった。走っているからじゃない、何者かに塞がれているからだ。それが何なのかは解らない。だが、ひたすら走っても、追いつけないのは定かだった。そして、次第に視界が薄れていく。まるで消えるかのように。

そしてそれは、このまま進めば、このまま追いつこうとすれば、俺が消えそうな気がしたからだ。でも、体は止まらない。震えも止まらない。だが、何よりも止まらないのは──。

 

エギル「──」

 

言い切る前に、俺の意識と視界は途絶えた。

 

–––––––––––

 

「──さん!」

 

ん...?

 

「──リトさん!!」

 

誰だ...?俺の名前を呼ぶのは...

 

「キリトさん!!」

 

...お願いだ、もうこれ以上呼ばないでくれ。

 

「キリトさん!!!」

 

...誰だか知らないが、頼む。もう呼ばないでくれ──

 

「アスナさんを置いて行っちゃうんですか!?」

 

...!!

...それだけは、嫌だ。俺は、アスナを向こうに返すと約束したんだ。でも...もう、俺なんかじゃ...

 

「...アスナさんとエギルさんが、そこで待ってるんですよ?...勿論、僕も」

 

え...?

 

「だから、目を覚ましてください!貴方しかいないんです!」

 

...。

 

「お願いします!...アスナさんが泣いてしまう前に...!」

 

...。

......。

.........起きなくては。

もう、誰も悲しませたくない。それに、アスナは涙が似合わないよな。多分、俺がこれを見ている間すらも、泣いていたんだと思う。

だから、起きなくては。少しでも安心させられるなら。

 

キリト「...待っててくれ、今、行く」

 

視界が白くなっていく。

輝きが増していく。

そして気がつけば、真っ暗な場所にいた。

少し力を加えると、その暗闇は徐々に光を取り戻していく。更に力を加えると、何かが起き上がる気がした。これは...そう、俺の身体(アバター)だ。

そして、光を取り戻した場所に広がっていたのは、高く聳え立つ大きな《迷宮区》。その姿があった。

そしてその後ろには、森がある。即ち、俺達がさっきまでいたと思われる場所だ。多分、ここが抜けた先なんだろう。

その隣には──

 

キリト「...アスナ、エギル」

 

恐らく、ずっと俺を守っていてくれた2人だ。

感謝の気持ちが絶えない。

そして、俺は前に向くと、1人の少年が立っていた。その少年は、紅蓮の色をした髪をしており、瞳は希望のような黄色だ。

しかし、この少年──いや、彼はどこかで見たことがある気がする。例えば...そう、ずっと探し続けていた人に近い。

...いや、見たことがあるんじゃない、こいつがそうだ。お前の名は──

 

キリト「やはりここにいたか──メイル」

 

チャプター8《上》 End




と、いうことでどうでしたか?
実はこれ約10万文字あるんですよ...よく読み切りましたね?
ちなみに何故こんなに文字数が多いのかと言いますと、後半に出てくる《野外異常地帯(アンチフィールド)》の件で、何度も何度も繰り返し書いていたからなんですよね。自分でも書いててよく分かりませんでした()
と、前座はここまでにして。
今回どうでしたか?約3ヶ月ぶんの遅れは取り戻せましたかね?それで少しでも楽しめたのなら幸いです!
また、pixivでも最終修正版をあげておりますので、そちらも気になった方はお読み下さい!
それではまた次回お会いしましょう!それでは!

次回 チャプター9《下》 – end of possibility –
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