思いついちゃったんだ、なら仕方ないよねぇ
20を迎えた年。
いつもの森への遠征だった。
違いは特殊な鉱石の採取を依頼され、あまり足を運ばない霊峰の中腹へと向かっていたこと。
あまり行かない場所とは言え地図は引き終わっており、その道中は土地勘もある。
さっさと回収しようと足早に進む森の中でそれは起こった。
きっかけは微かに聞こえた竜の鳴き声と地を踏み鳴らす音。
足を進めれば次第に大きくなるそれに雄同士のナワバリ争いかと最初は思ったのだ。
幸いにも発生源は道からずれていたから一旦足を止め、無視して進むか万が一の飛び火に迂回しようか判断するために耳を澄ました。
ん?と、違和感を感じた。
威嚇の怒声、空気を打つ翼の音、脚に尾で地面を叩く轟音に、火を吹いたのか木々の焼ける音も、どれも明瞭に聞こえた。
だがそれだけ。返すようにあるはずの、争っているはずの相手の動きが全く聞こえない。
例え同種どうしの争いであれ個体差は存在する。
同じように動いていたとしてもそれぞれに二種類の音が聞こえなければおかしい。
それに聞こえた鳴き声はリオレウスのものに間違いなく、同種の争いなら森の中でより空中で行われるのが常だ。
まさか新種か?それも無音でリオレウスと闘える?
まさかとは思うも、もしもがあった。
この森はとにかく広い。狩人の体で10年近く調査しているのに未だ全容が見えないのだから。
そしてある程度生物ごとの生息圏が定まっているとはいえ同じ森の中だ。
何らかの理由で住み慣れた区画を離れる個体だっている。
その個体が未踏破領域から現れた新種の可能性なんて普通にありえた。
そしてその存在によって既知領域の環境が変化するなんて可能性も。
調査の必要性を認める。脅威度を推測すればリオレウスと同等か?
決着がつく気配がない以上、格上と呼べるほどではないと判断し、行動を即座に開始する。
音の出元に早足に向かいつつ近くの枝葉を刈り取って身に纏い、首元に巻いた厚手のスカーフを口元まで捲り上げた。
多少の隠密効果と毒対策。この世界の竜たちはとにかく多様性に富んでいることを知っている。
火竜と同格であっても特異性の種類によっては対処がより難しい場合だってあるのだ。
腰の左右に吊っていた剣を鞘から抜きだし臨戦体制に入りつつ、まずは観察だと茂みの中に分け入った。
枝を掻き分けて少しの距離、火竜の暴れる姿を捉えた。
場所は木々もそこそこに開けた、空が見える空間。
よほど暴れたのだろう、地面は掘り起こしたように抉れ、周囲には打ち倒された木も見える。
だがそれ以上に。
なんだあれは。
火竜は暴れている。暴れているがその一頭しかいないのだ。
敵対者はおらず狂ったように体をふりまわすばかり。
毒に苦しんでいる?それともまさかウィルスで発狂しているのか?
奇妙な光景に呆然としていたがおかしなことに気付いた。
一人暴れるばかりにみえたが、時折その周りを黒い影が横切るのだ。
竜の頭の半分ほどの大きさの影が。
そしてそれと同時に火竜は弾かれたように体を揺るがせる。
時に頭、時に胴体、尻尾も同じく。
影が横切るたび、巨体を左右に跳ねさせる。
まるで不可視の巨人に槌で叩かれたかのようによろめくのだ。
超小型の特殊個体?一方的に攻撃できる程の俊敏性と火竜を押し退ける程の怪力を併せ持った?
疑問ばかりが積もる。
未知の脅威への考察要素を増やすために注視していれば、更なる違和感に最早目眩すら感じた。
火竜が殆ど怪我を負っていない。
強力な攻撃を受けているように見えて鱗が綺麗なままなのだ。
状況を考えれば割れ散ったそれが、流血と共に辺りに散乱していてもおかしくないのに。
全身を見ればいくらかの怪我もあったがどれも小さく、時折自傷するかのように岩にぶつかるのが原因に思えてならない。
訳がわからない。
混乱が絶頂を迎えようとしたその時、どうしようもないと悟ったのか翼を大きく広げ飛び上がろうとした火竜は、私の予想を外して何の妨害も受けずに空へと逃げていった。
飛び去る姿はふらついた様子も見えず、つまりは体の内部に損傷を負った可能性を否定していた。
打ち下ろされた風によって場が土煙に覆われる中、理解の及ばない現実に私はただ立ち竦むしかなかった。
予想を外し続け空白になった頭を何とか動かし、先ほどまであった目の前での出来事をもう一度考え直す。
火竜は恐らく休憩のためにここに立ち寄った。
黒い影はここをナワバリとしていて、外敵が現れたから応戦した?
火竜が妨害も受けずに飛び去れたのはあくまで防衛だけが目的だったから?
火竜が殆ど無傷だった理由は?
見た限り圧倒していた、なら手傷を負わせればさっさと撃退できたはず。
むしろ殺してしまった方が早いまであった。
なのに無傷で済ませた理由は?
ぐるぐると思考が巡る。だが空転するばかりで納得いく答えが浮かばない。
土煙が収まりつつあった。
思考に没頭していても目を離してはいない。
何かが飛び去る様子はなかった。走り去る様子も。
ならば影の主は。
薄れる煙の中を凝視する。
このような脅威が既知領域に存在したなど欠片も気付かなかった。
確認せずに逃げることはできない。
火竜を追わなかった以上ナワバリは小さい。
恐らく、この一帯に近寄らなければ一先ずは解決する。
だが、今後同種に出会う可能性が否定できない。
外敵を無傷で追い出した事実はあっても種に共通する性質なのか分からない。
しかし、少なくともここに住まう個体はそうで、なら最低限の安全は保証されるはず。
だからこそ、ここで姿を確認する必要がある。
対策を組むためにも、対応を考える上でも。
そうして収まった煙の先に見えたのは
ー 刮目して見るがいい
ー それこそが最強、それこそが至高
ー あまねく生きとし生ける者達の頂点
ー 創造主にそうあれかしと謳われた絶対者
ー その名は
ー その名は!
ー その名は!!
ドスヘラクレス
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