本作は不定期に時間が飛ぶよ、今さらだね
少年が森林遠征から戻って数日後、人と物に溢れた工房の中はそれこそ火が着いたような慌ただしさに満ちていた。
かつては閑散として、空箱ばかりが積み上げられていたがそれも過去の話。
途絶えがちだった炉の火は日夜途絶えることなく灯され、新たに精製された鋼鉄が運ばれ、鉄を叩く槌の音が響き続ける。
時に怒声も飛ぶ室内の一画。大きな作業台を囲むのは数人の男達だ。
彼らは鍛冶方における当代と先代の親方達であり、手元を動かし早口に意見を交わすのは机上に広げられた岩に鉱石、鱗と骨について。
「この岩は大地の結晶か?上等な研磨材だっていう。おい、保管庫に行くぞ。試片があるはずだ。現物と比較しなきゃ確信できん」
「ちょっと待て。他の鉱石も持っていこう。どうせ何度も往復することになる」
「前の鱗に比べてだいぶ硬いのう、それに少し重い。弾性は、ふむ。このまま使えると思うか?」
「いや、前のは薬液に漬け込む必要があったろう。これに流用が効くか分からんが幸い数がある。試すべきだろうてよ」
「何の骨だこれ?硬度も密度もすげぇ。...うぉっ、刃が欠けやがった。牙か?角?まさか爪じゃねぇよな」
「根元はどうだ?...ちっ、割れてるか。ならあれだ。...くそっ、思い出せん。触媒だ、あの触媒。お前は思い出せないか?青いあれだ」
ああだこうだと言い合いながらそれぞれに広げた竜皮紙へと書き込んでいく。
新たに持ち込まれた素材の特徴、所見、最後に注記として実施予定の検査方法。
素材一つに紙の一枚を使って、思い当たるそばから書き出すのだ。
多くの素材は口伝に残る物だったが、殆ど全てが話しに聞くばかりで実物を見たことがなかった。
記憶にある確かな特徴と合致するものがあればそれ幸いと記述を増やすが、時の流れに消えた知識は膨大だ。
最低限しか書き加えられず、調査項目ばかりが羅列された紙も少なくない。
素材を手に取り書きかけの紙を見せあっては意見を交わし、内容を充実させようと知恵を絞る。
そうして一通りの確認が済めば類別ごとに箱へと収め、新たな箱から取り出した素材を机に並べていく。
同じだけ詰まった木箱はまだいくつもあって、終わりは遠くも休む者はいなかった。
春夏秋と何度も繰り返された遠征。
個人で見れば大量で、けれど村全体で見れば少ない資源は着実に数を増し。
そうして前季、ようやく充分な量が揃ったと判断されたのだ。
老朽化の激しい施設を最低限修繕し、替えの効かない道具の類いを壊れたものから更新するだけで払底したとしても。
それでも次に進むべきだと提言されたのは村の代表者達によって開かれた総会でのこと。
失われた技術の復元。
かつてあった物を取り戻す。
総意の元に可決され、少年も加えて話し合われたのは次なる遠征の目的。
特別な知識を持った大人達がこれを先にすべきだ、それは後でいいと怒鳴りあってどうにかの着地点を作り、実際に森を知る少年と話しを詰めた。
一般資材の分量は減らす。また少しずつ貯めればいい。
空いた荷台には新たな素材を。優先するのは識者が素性と特徴を知る素材。
知識を適用できるなら活用するにも早い。紙にそれぞれの特徴を書き連ねて渡された。
空きが残れば目に着くものを、片っ端から。
こちらは少年の判断に任された。できるだけ多くの種類を、可能であれば纏まった量で。
村のため、少年のために新たな素材と技術が必要だった。
「お師匠、お師匠。効能が判明している薬草と毒草の仕分けが終わりました。素性の分からない草は葉の形を元に分けております」
「これは毒あり、これはなし。...これはドキドキノコ、かな?んー?大婆さまー!」
「あ”ー!にが!にがい!ペっ!ぺっ!水!水!...んっ、んぐっ!?あ”ー!喉まで!?えっ!?うそっ!?にが!?」
「綺麗だね、この子」
「うん、ピカピカ光ってる」
「動かないね、...ちょっとツンツンしてみようよ」
「うん、...み”っ!!」
薬師の工房も同じような喧騒に包まれていた。
こちらでは草花にキノコ、木の実に虫を手分けして調べている。
軽くて場所を取らない素材が多いからと、以前までの遠征でもいくらかは持ち帰られ調査も進んでいた。
だが今回は可能であれば有用なものを畑で育成したいと、草は根付きで土ごと、虫は生きたままに運び込まれた。
根が乾かぬように水で濡らしながら繊細に扱い、逃げ出そうとする虫は籠に押し込みながらの作業は常とは異なる苦労が多い。
それでも皆の顔が明るいのは同じ内容の退屈な座学ではなく、覚えた知識を活かせる場だからだろう。
騒がしい弟子達の間を歩き回って紙へと筆を走らせる師らも、苦笑と共に指示を出しながら時折挙がる問いに答える。
彼女らとて溜め込んだ知識を振るうのが楽しいのだ。
「にゃー!助けて!虫が!背中に!」
「んぐぐぐ、引っ付いて取れないぃ。...諦めよ?諦めて服脱ご?服ごと籠にいれよ?」
「あ!床見て!そっちよ!窓と扉!閉めて!逃げられるっ!」
「お、こっち来た。...そりゃっ」
「ね、ね、見てみて。この子すっごいロイヤル。きらっきらしてるわ。一匹もらっちゃダメかしら」
「ダメでしょ」
まるで混沌とするばかりに見えても全体の進歩は順調だった。
☆こぼれ話☆
村にはバイタリティに溢れた人がほとんどだよ。そうでなかったらさっさと滅んでたよ
腐っても皆開拓民の末だしね、竜の群れ住む辺境に挑むとか正気じゃできないよ
たまに生まれるナイーブな人間はさっさと淘汰されるよ。しなきゃ村が滅ぶからね