冬。それは絶望の季節。
何が辛いと言えばとにかく暇だ。
森も村も周囲一帯が雪に沈むから遠征に向かえない。草竜だって越冬のために南に去ってしまったから狩りもできない。
本なんてハイソなものは村長宅で保管される数冊しかなく、それらも文字を覚えた翌年に読み終えてしまっている。
気を紛らわそうと内職に励もうにも、狩人の役職に就いて以降は村内で課される義務を免除されているからそれすらだめ。免除と言うが実質は禁止だ。隠れて手を出すと職分を冒すなと村長から厳重注意を喰らうのは徹底しすぎじゃないだろうか?
どう思うよ、そこらへん
作業場の隅に座り白湯をしばきながら訊ねるのは長々としていた世間話の節。
「冬以外はきつい仕事してるんだから大人しく休んでろよ。後最後のはお前が悪い」
暇なんだよと憮然として睨むも目の前の友人はどこ吹く風。
「いいじゃねぇか、こっちは毎日仕事だぜ?鍬に鋤をまず数十組、他にもどれだけあるか」
「こっちは雪掻きすらできない身分やぞ。むしろ羨ましい」
「わっかんねぇ。日がな一日寝てられるとか最高だろうに」
呆れたように言われても辛いものは辛いのだ。
冬季に入って幾十日。春までの折り返しにすら届いていないのに、もう音を上げつつあった。
ふらりと立ち寄った工房。丁度昼休憩だと友人を見つけてお邪魔した。冬の寒さの中にあっても炉の熱でいつも暖かいから居心地がよい。
「おやっさんらの所に行けばいいんじゃねえの?歓迎すんだろ」
「そうしたいんだけど、みんなすごい熱の入り様じゃん、無理だよ」
実際冬の始めはそうしようかと思っていた。
春までには武器に防具を新調してくれると聞いていたから、その話をできるかなと期待して。
けれども熱心に作業する方々を見れば長話に付き合わせるのも気を咎め、結局半日ほど見学したあとは少し顔を出すだけになってしまった。昼休憩の今も隣の工房から音が止まないから極まってる。いつ休んでるの。
そんなこんなでお呼ばれするまでは邪魔すまいと決めたのです。
「おやっさんら本当にいきいきとしてるからな、まあわかる。特に最近はあれだ、あの青い。...そうマカライト鉱。あれの加工法が見えてきたってんですげぇ勢いよ」
「でしょう。あそこに声をかけるのは無理です」
完成品の調整に呼ばれるまでは待機ですと言えば、それならと次に挙げられたのは薬所。
「薬師のばあ様の所にもたまに顔を出すよ?けど結局茶飲み話くらいなんだよね、できるのは。現地で自作できる道具の作り方を教えて貰って試したりもしたけど、後は調査が進んでからってことでもうないし。あとあそこは女所帯だから少し気まずい」
「話が長いからな、あのばあさん。弟子も全部女だし。言っておいてなんだが、あんな喧しい所によく居られるな」
「空気には結構慣れた。同じ話しが続くことも多いけど、新しい話をたまに聞けておもしろいよ?」
お前が気に入られてるのはそれが理由かと暢気に納得しているが知ってるんだぜ?お前の秘密をさ。外面はそのままに暗い微笑を心中に浮かべるのはよくわからぬ優越感からか。
げに恐ろしきはご婦人方の耳の長さよ。
話の節々でそれ話しても大丈夫なの?と思うような情報が流れてくる。それはもうボロボロと。
顔の厳つい南区の纏め役がこっそり隣家の犬に餌を与えてるとかはいい。むしろ癒しだ。
だが次期村長が奥さんに隠れて3股してるとか聞きとうないんじゃ。よく顔を会わせるがまるで円満夫婦にしか見えんぞ。
お前にもその内話があるじゃろなんてしたり顔で言われたが、一体何を聞かせられるんだ。
そろそろヤバイ情報を自動で聞き流す技能が得られそうな、そうでもないような。
口に出さなければ安全なので、刺激に飢えることもあってはなんだかんだと楽しみながら聞いてしまう。最近では上手い相づちの仕方を覚え、するすると聞き出せるようになったのだって全ては暇が悪いのだ。私は悪くない。
知らぬ所で秘密を握られている可哀想な友人を見やる。何を勘違いしたか、あそこの子は可愛いし会うだけならともかく話はなぁとか検討違いも甚だしい友人にそろそろでは?と気付きの促しをかける。
「おぉ、もうか。昼飯に付き合ってくれてありがとよ。兄弟子も帰って来るだろうし、仕事に戻るわ」
「こっちもありがとね。ここ暖かいし」
暑いの間違いだろうと笑う友人に別れを告げて外に出れば、少し弱まったかな?変わらずに降り続ける雪を見上げる。
さて次はどこで暇を潰そうか。
窓から入る薄い光を光源にしてカリカリと筆を滑らせていく。
竜皮紙に書かれるのは冬に入ってこれまでに消費された燃料の数量だ。秋までに備蓄された在庫量と見比べればやはり例年となく余裕があると分かった。暖炉にくべる薪に困らぬことがなんとも嬉しい。
ふぅと溜め息を着くのは心の余裕か。今年は多くとも十人には届くまいと安堵するのは今季の予想死亡者数。寒さに油断せずとも少なくない数があった以前とは雲泥の差だった。
南区と北区の取り纏め役から挙がる報告も悪いものではなく、予想される人口の増加に建築方には村の拡張計画を検討させている。実行は十年と先、場合によっては自分が死んだ後だろうがあくまで検討、早いに越したことはない。設備の改築計画も同時平行だが喜んでやるだろう。鍛冶と薬の職人たちは気力十分と精力的に動いているから手を回す必要もなく。
万事がほぼ順調、ぐふふと気味の悪い笑い声が出るのもやむおえまい。何せ歴代が夢想し、ついぞ叶わなかった事業を手掛けているのだから。
それもこれもと狩人の少年を思い浮かべる。彼の献身に応えたいが殆ど要求してくるものはなく、あっても遠征に関するものばかりだ。未知へ挑むのが楽しいのだろう、森のことを話す少年の目を見ればよく分かった。年に見合わず存外に慎重な彼のことだから、そう無理なことはすまいと信頼しているから考えるのは他のこと。
すなわち次代、子供のことだ。
これと見込んで早い内から孫娘と婚約させたのはいい。後になって職権濫用だと責められたが早い者勝ちだ。所詮敗者の戯れ言と切って捨てた。問題は孫の成人まで後数年あること。幸い孫は少年を慕っているから時が来れば順当に結婚となるだろう。
だが、だ。
はっきりと言えば少年には出来るだけ早く、多くの子供を作って欲しかった。力の遺伝がどれだけあるか未知数だが、それでも少年のような自然発生などよりよほど期待が持てる。
妻を複数とらせたい、しかし。
村人達からの評価は問題ない。むしろさっさと勧めろと言ってくるし、なんならあそこの娘はどうだと打診され、少年が成人を迎えてからはその数を更に増やしている。
当人に反発される恐れもある。だがあれは聡明だ、理で説けば納得すると知っている。
気後れするのはただ一点、猫可愛がりする孫娘に嫌われないかという爺によくある心情だった。贔屓目に見ずとも孫は聡い、理解を示してくれるだろうが感情は別だ。家の女は情が強いのだ。自分が話を進めた結果、孫より早く他が彼の子を産んだら...。
少年が自ら手を出してくれるなら話も早いがそんな素振りはちらとも見えず。色事より外への関心が強い。正しくあれは天性の開拓者だった。とにかく前へと、自らの世界を広げることばかりを考えている。
十二分の結果を出し続ける姿は何とも頼もしくあるのだが...。
親元から独立させて長い。孫の婚約者だからと世話を焼くのは自分の役目だが、だが...。
いっそ、彼を悪く思わぬ村娘らに色仕掛けをするようし向けて...。いや、ばれればこちらのほうが...。
村長としての責任と孫の機嫌に恐々とする私人の感情、板挟みに呻く彼に安息はあるのか。
☆こぼれ話☆
作中で村だ村だと言われてるけど実際の人口規模は町に近いぞ、中世中期の規模でだけどね
優秀な指導者が長いこと頑張って運営してるからね、たまの災害で人が減っても頑張った
ただ比較対象がないからどれだけ人が増えても当人達にはずっと”開拓村”の認識なんだ
作中で書く機会が見えないからここに書いたよ、自然に挿入出来るようになりたぁい