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「はぁ~い、どうも修理屋で~す、御用件は~?」
薄暗い打ちっぱなしのコンクリートが貼られたその部屋に、ひと際彼女の声だけが良く通る。乱雑に置かれた傀儡のような置物、棚に積みあがる薬品の数々、種類も言語もバラバラな蔵書。生活感とは一体なんだろうか。彼女の部屋には生活スペースというものが存在しなかった。
いつからついた寝癖かも分からない爆発頭の彼女は、気怠そうにその異空間の中で電話対応を続ける。
「はいはい、え?観覧車の修理?ゴンドラの窓が壊れたとか動作不良ですか?見積取りますね~。は?観覧車が転がって大破したから直してほしい?いやいやお客さんご冗談を~あはは~」
そう言いつつ彼女はスマホを片手にニューストピックスを開く。その一番上に出て来たものは紛れもなく耳にしたばかりの観覧車が転がって隣の水族館に激突した映像だった。
「え、ま?」流石に信ざるを得なくて、顔色だけはどんどん悪くなっていく。
「お、お客さん、自分一人で店やってましてねえ、生憎この観覧車を一人で直すなんてなあ~....」
そう冷汗を流しながら、自分の根底にある「無理なもんは無理」を突き通していく。そこからはただただ長かった。電話相手から詳しく個人情報を聞いたりしていない為どのような人物か分からない。だが、ここまで大破した戦場のような跡地は、心の底から猫の手も借りたいほどの人手不足だと半泣きで語られた。
ああ、そこまで頼りにされてしまうと頷くしかないじゃないか。
大の大人がたかが一人の小娘に縋りつくこの様子、しかし彼女にとっては優越感のような高揚感のようなものがあった。
彼女は、一つ条件を出した。
大がかりな作業になる為、跡地に人を近づけないこと。
たったそれだけだ。
目立たないラフな格好に身を包み、ポケットには傷だらけの銀時計を仕舞った。堂々と歩きスマホをしながらその戦場へと向かう。キーワードには、東都水族館・観覧車・構造。
ふむふむ、なるほど、これは、一般の修理業者に頼んだら間違いなく解体作業になるだろう。いや、その前に明らかに嫌な顔をされてできないと言われるだろう。
キャップを被り直しながら画面に目を向けていれば、自分より約一回り背の低い子供たちが通り過ぎた。どうか一回りは背が違うことを祈りたい。
「あ~あ、結局観覧車ちゃんと乗れなかった~」
「何を言うんじゃ、2回も乗ったじゃろうに」
「でもよお!てっぺんまで行ってもまともに景色みれなかったじゃんかよ!」
「しょうがねえだろ、特にオメエは生きてるだけでも感謝しろ」
『観覧車』というワードに歩いていた足が止まった。もしかしたら転がった時に乗っていたのだろうか、いや、もしそうならこんな街中でうろついている場合じゃないだろう。
「次、いつ乗れるのかなあ?」
「あれはもう無理ね。解体するしかないわよ」
「そんなぁ、博士~直してよ~、、」
「ワ、ワシにも無理じゃよ」
「もう僕達乗れないんですかぁ?」
「さあね、2回も乗れたことに感謝するのね」
クールな女の子の言う通りだ。見てみないと分からないが車軸が外れてホイールが転がったのだ。あれはもう壊すしかないだろう。しかもリニューアルオープンしてすぐに爆破事件が起きたそうじゃないか、どうなってるんだこの町は。生まれた土地に帰りたくなる気分だ。
ただその会話の発端であるカチューシャを付けた女の子は今にも泣き出しそうな表情だった。ああ、そういう表情にはめっぽう弱い。
被っていたキャップとスマホに付けていたストラップ。
あの子、猫耳とか似合いそうね。
ゆっくりとその女の子に近付き、ふわりと帽子を被せた。
「....へ?」
「きっと直してくれるよ観覧車、だから待っててね」
「!!この帽子可愛い!うさ耳付いてる~!!」
猫耳や。
キャッキャとはしゃぎ始めた女の子。付き添っていた博士と呼ばれる彼はホッとしていた。
「すまんのお、助かりましたわい。外国の方ですかな?これまた見事な金髪で」
「ええまあ、そんな感じです。ではでは急いでますので」
「ねえ、お姉さん。お姉さんがこのうさ耳の帽子被ってたの?」
「猫耳言うてるやろ」
「お姉さん!ありがとう!大切にするね!」
「もう泣いちゃダメだぞ~」
手をヒラヒラと振りながら颯爽とその場を後にした。我ながらイケメンだったぞ、自分。表情筋が上がるのを止められず、ニコニコしながらいざその現場に着けばまず表情筋がお亡くなりになった。ああ、返せよ、たった一つの表情筋。
「アホやん、なんそれ」
現場は思っていた以上に悲惨だった。いやもう本当に何があったんだレベル。爆発があったと聞いてはいたが、思った以上に粉々だった。この国は、平和だと聞いていたんだが。
「こりゃ車放置して貰って正解だったな」
人払いは事前にしてあったが、手ぶらで現場に訪れた彼女は勿論道具も材料も何もない。ただ、放置してもらったショベルカー、ブルドーザーは有り難い。
足元を見れば、弾丸のようなものまで転がっていた。いや、マジで何してんの?日本というものを疑った瞬間だった。車軸まで歩きながらもその弾丸を拾い集めた。撃ち終わった弾丸を拾い集める所から始めるってなんなんだろうこの時間。ガラガラガラと車軸の周りにそれを集めれば、やれやれと掌を合わせた。コーンと、鐘のような音が聞こえる。
さあて、やりますか。まずは観覧車から。
その瞬間、青白い光がチリチリと駆け巡ったのである。
***
「風見」
「.....はい」
「一体、どんな修理業者に電話したんだ」
「すみません、手当たり次第に電話をしたものですから、やはり無理だと言われましたか?」
「風見、ニュースを見てみろ」
「はい?ニュースですか?」
上司の言葉通り彼はパソコンでニュースの画面を開く。その一番上はきっと昨日と同じ観覧車が大破した画面だろう。何を今更と思いつつそのページに目を向ければ、彼もまた表情筋が死にかけた。流石公安、ちょっとやそっとじゃ死なないのだ。
「降谷さん」
「....なんだ」
「個人的に調べてもよろしいでしょうか」
「....ああ、そうしてくれ。名前は言ってなかったか?」
「確か、ノアと名乗ってました」
「ノア、か」
『一瞬にして瓦礫の山となった東都水族館は、一夜にして元通りに!?』
きっと一番驚いているのは泣きながら頼み込んだ彼、風見という男だろう。若い女の声はやる気というものが感じられず、無理なもんは無理と業者らしからぬ発言を続けていた。それでも最後はなぜか折れて、分かったとりあえず人払いはして欲しいと頼んできた。しかも隣にある水族館も元通りになったのである。
いや、元通り、の割には少しばかり趣味の悪い色合いになったような気がするのは気のせいだろうか。うん、気のせいだよな。頼み込んでおいて文句を言うのは止めよう、人として。
ネットでたまたま見つけたその修理屋『armstrong』というヤバそうな名前の店に彼は泣きながら電話をしただけだ。まさか、こんなことになるだなんて。
「風見、僕にいい考えがある」
「奇遇ですね、降谷さん。自分も同じことを考えていました」
庁舎内の騒がしいオフィス。きっと昨日の事後処理やらなんやらで忙しいだろう。この2人も例外ではない。ただ彼らはそんな忙しさも具合の悪さも忘れるほど高揚感に満ちていた。
2人は珍しく声を揃えて言った
「「rx-7の専属修理屋にしよう」」と。
***
「ぶぇ~くしゅん!!!あ"~さむ、頑張り過ぎたわ~」
よろよろとハンバーガー片手に貪る彼女、ノア。目の下には可愛くない隈を連れ帰って来たらしい。なんともいい迷惑だ。徹夜明けの濃いハンバーガーが染みますなあ。行儀というものを知らない彼女は口いっぱいにそれを頬張った。
「あ!昨日のお姉さん!」
「お?やあやあ少年少女達よ、お出掛けかい?」
「うん!知り合いのお姉さんがね観覧車のチケット取ってくれたの!」
「ほ~、昨日言ってたやつかな?良かったじゃん」
「お姉さんの帽子も一緒だよ!あゆみとっても嬉しい!」
柄にもなくなでなでとその可愛らしい頭を撫でてやった。いい仕事をしたものだ。それじゃあ、行くね、とニコニコしながら向かっていく彼女を筆頭に、同じ年頃の子供たちが後を追いかけていく。その中の一人がノアの前で立ち止まった。
「....お姉さん、機械の匂いがするね。切削油かな?」
「へえ~、良く知ってるねえ」
「あの大規模な爆発を受けた場所が、1日で戻る訳がないんだけどお姉さん何か知らない?」
「お姉さん、行ってないから分かんないなあ」
__ブチッ
ハンバーガーを持っていない手はポケットに突っ込んでいた。そのポケットから何かが潰れる音が聞こえた。その音とともにコナンもましてや灰原も驚いた表情を浮かべる。
「なっ!?」
「町も物騒なら子供も物騒に育つもんだねぇ。手を汚すなよ~少年」
そう言って昨日のように去っていく彼女を2人は黙って見つめた。
金髪ストレートでボブカットの彼女は、最後の一口を頬張った。
_pipipipi pipipipi
「は~い、修理屋『armstrong』で~す。車の修理ですか?は~い喜んで~。ああ、でも徹夜明けで修理してたんで、夕方からでもいいですか~?は~い、ありがとうございま~す。お名前はえーっと、降谷さんですね~、それではまた後ほど~失礼いたしま~す」
誤字指摘ありがとうございます。
感謝感激雨嵐です。