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「はいどうも~、お世話様です。修理屋『armstrong』で~す。早速始めますね~」
「....ああ、電話をした降谷だ。よろしく頼む」
「は~い、いやあそれにしても随分派手に事故りましたねぇ~」
「あー、ちょっとぶつけられてしまってな...」
「いやあ、この間も似たような理由で修理に来られた方がいましたよ~」
「.....」
「確か、その方も珍しい車でしたねえ....あれ?降谷さんの車の破損は右側のボディで、この間のお客さんは確か、左側.....」
「すまない、あまり思い出したくないからその話はしないで欲しい」
「Oh....とりま始めますね~」
日没間近の見知らぬパーキング、場所を指定したのは降谷だった。気怠そうではあるが、ぐっすり眠ることが出来たノアは可愛くない隈を放し飼いすることに成功したようだ。
ガチャガチャと馬鹿でかい道具箱とともに登場したノアを見て降谷は目を丸くした。女性だとは聞いていたが、どう見ても修理屋だなんて泥臭い仕事をする子には思えなかった。自分とは違う艶めかしい金色の髪をした彼女はそれに見合った白い肌をしていた。全体的に華奢なシルエットで、どこからどう見ても昨日の跡地を元通りにしこれから車の修理をする人間には思えないのだ。
「...君は本当に、あの大観覧車と東都水族館を直したのかい?」
「やだなあ、そんな訳ないじゃないですか~、ちゃんと別の業者に引き継いだんですよ~」
「電話では、徹夜で修理していたと」
「あー、お手伝いしただけですよ~。さてと」
それ以降彼女は昨日の話を聞いてくれなくなった。なぜなら、ポケットから取り出した紙とペンを両手に持ちズラズラと書き始めたからである。車体をまじまじと観察しながらぶつぶつ独り言を続ける。
「はあ~、rx-7ってマイナーチェンジしたんだよなあ。エンジンを希薄燃焼方式に変えて、排ガス浄化方法もサーマルリアクター式から触媒方式に変わったと。それで燃費も良くなったわけね、実際に見ると面白いなあ。空気抵抗係数も従来の0.36から0.34に減らしたのね~、見た目も良くして車体の軽量化も成功したと、ん~面白いねえ」
車体をニヤニヤと見つめながら殴り書きと独り言を続ける彼女は、凛とした見た目からは想像も出来ないほどだらしない顔をしている。流石の降谷もドン引きだった。しかし、自分の愛車を褒められているようで正直降谷は気分が良かった。(愛車ぶっ壊れてる)
・ ・ ・ 1時間後 ・ ・ ・
「う~ん、こんなところかな。さて直しますかあ」
(...やっとか)
器用に彼女は手に取った工具をガチャガチャといじり始めた。車の修理って、手作業だっただろうか。いや、ここはお手並み拝見といこうじゃないか。彼女が居れば、この希少な僕の車を安心してぶっ壊せ...おっと違う違う。安心してカーチェイスを...いや、これもどうなんだ?そうだ、安心して組織を追うことが出来るのだ。
それにしても、凄まじい集中力だった。無類の車好きなのだろうか?いや、しかし話している内容は科学的な理論や数式ばかりで、僕にも理解できない内容が多かった。最後の方、「今度ADASの原理勉強しよ~」って言ってなかったか?修理の技術を上げるためにこうやって知識を蓄えているのだろうか。見た目は若いが店を一人で切り盛りしていると言っていたから、学生ではない。よし、思い切って聞いてみるか。
降谷は、会って間もないその少女に興味が沸いていた。
「修理屋さん」
「はい~?ノアでいいですよ~」
「ノアは、家が修理屋か何かなのかい?」
「呼び捨てかい。いいえ~趣味の延長的な感じです~。まあ、家も機械オタクの集まりですけどね」
趣味....
「へ、へえ、そうなのか。修理が趣味とは珍しいね」
「修理が趣味な訳ないじゃないですか~、一応これでも女の子ですよ~」
「じゃあ、なんだい?」
「読書ですよ~読書。本を読むのが好きなんです」
なるほど、それで知識欲が人並み外れている訳か。
「うちの実家機械だらけだから、オイルの匂いはキツイしベアリングは煩いしで散々でしたよ。まあ、機械いじりはお陰様で上手くなりましたけどね、っと!」
「気になってはいたが、ノアの出身は?」
「ん~、諸事情により内緒です~。おりゃ!」
ガチャリ。金物が擦れる音が響く中、懐かしむように彼女は語った。その修理をする様は、無駄な動き一つなく達観としている。しかし、力任せにパーツのネジを固定する時の声は、年相応で可愛らしかった。そんな車体の下に潜り込み作業を続ける彼女だったが、「やべ、部品足りね」と、可愛くもない声で呟いた。
「忘れ物か?時間はあるから、大丈夫だが」
「いやあ、電話で聞いていたより酷かったもので」
「...君はもう少し言葉を選ぼうか」
「お構いなく~。あ、ちょっと喉乾いたんでジュース買ってきて欲しいんですけど~」
「まったく、普通客にジュースを買わせないぞ」
「え~、これだから日本はお堅いんですよ~、けちー」
「...何が良いんだ?」
「コーヒー牛乳一択で!」
お金を渡す前に降谷はコンビニへと歩いて行った。なんだかんだ優しい日本人のようだ。
さてと、来ないうちにやっちゃいますか~!
・ ・ ・
戻ってきた降谷は、その愛車を見て表情筋がお亡くなりになられた。
隣で美味しそうにコーヒー牛乳を飲む彼女。
降谷の右手にはスチール製の缶コーヒー。
「ノア、僕の車の色はなんだった?」
「へ?何色でしたっけ?ああ、でも今のカラーも素敵じゃないですか~、サービスですよサービス!」
ガゴン!!!
ボタボタと流れる黒い液体。ノアは思った、まさか上手く出来た
「なんでよりにもよって赤なんだ!?さっさと元に戻せ!!!」
「はっ!はいー!!すんませんでしたー!!!」
一瞬で修理は終わったはずなのに、降谷に見張られながら再び作業を始めた彼女はズルをすることなく予定の5倍時間をかけて塗り直したとかしないとか.....