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pipipipi pipipi...
「はいどうも~、修理屋『armstrong』で~す。御用件は~?」
『あ、ノア?オレオレ、あのさー』
「え~おひさ~。あ、ちょっとお金貸してくんない?」
『え、逆に?いや、オレオレ詐欺じゃなくて』
「まあ冗談はこの辺にして、今仕事で立て込んでおりましたので失礼しま──」
『おい待てって!仕事の依頼だってば!』
「もーしょうがないなあ、話だけ聞いてあげるよ仕方ないから」
『お前よくそれで店やってんなあ……』
今日も今日とて仕事に励む修理屋店主ノア。
先日、急遽PCの修理を頼まれたはいいが、なんと、オーバーフローをした挙句爆発したパソコンが目の前に。え?これ修理しろって?最近はこんなことばかりだな。いや、壊れたものを修理するのが我々修理屋であって、何も間違ってはいないのだけれど度が過ぎているのではないか?観覧車の修理を頼まれいざ現場に行けば瓦礫の山。パソコンの修理を頼まれいざ来てみれば黒焦げの炭。
引きつりそうになる顔を何とか堪えながらも、材料やら工具やらが入った箱を取り出す。そしてノアは思った。ああ、また材料が足りない。そして、それを補う唯一の材料こそが握っていたスマートフォンであった。泣きながらも紅茶を淹れる女性、裁判までの日程を伸ばして欲しいと懇願するもう一人の女性。ああもう、しょうがないなあ、最近まともな修理をしていないじゃないか。
そしてノアは、泣く泣くして手を合わせたのだった。
それから、数日。仕事用のスマートフォンをお釈迦にしたノアは、これを機に趣味に没頭した。万が一の為の留守電の内容は、ノア一押しの修理屋紹介特集にしてある。これさえあれば間違いない。
何日かいつもの図書館にお世話になった時、よく遊びに来ていた男が久々に顔を出した。いつも名前をど忘れしてしまう彼とは結構な付き合いになるらしい。確か、テレビの修理の帰りに街を歩いていたら、たまたま修羅場に遭遇したんだっけか。この街に来たばかりの事だった、随分物騒なところだなあと思い始めてから早2年。未だにこの町が物騒なのは変わらないようだ。
あれ以来その男──諸伏は、異常なくらいノアに懐いた。たまたま、本当にたまたま図書館で居合わせた二人。「あの時は本当にありがとう」と諸伏は必死にお礼を述べるが、ノア自身は何をしたのかよく覚えていない。けれど諸伏は語る。
「あの時ノアちゃんがいなかったら、俺は今頃死んでいた」
そう、修羅場から潔く退散しようとノアは外に出て階段を降りていた時だった。知り合いと思われるその人物は声を荒げてノアに問う。
「このビルで黒髪の猫目の男に会わなかったか!?」
帽子を被ってスパイのような恰好をしているその男。暗がりだったせいかノアもその男もお互いの顔が良く見えていなかった。真に迫る彼に向かって、ノアはめんどくさそうに呟いた。
「え~いましたよ~。なんか訳アリっぽいですね~。イケメンカップルの修羅場かしら、世の中の女子はこぞって見に行きそうですねえ」
「壁ドンなんかしちゃって、随分お熱いカップルですわ~」と、言いながら男の横を通り過ぎた彼女。「てかあなたも加わったらガチの修羅場っすね、だるいだるい」と面倒事から逃げるように彼女は去っていった。降谷だけ一瞬時間が止まったような感覚に陥っただろう。
気を取り直して「スコッチ!スコッチ!」と叫びながらその場に到着すれば、愛しの幼馴染と癇に障るその男が距離を縮めているではないか。まさか、本当に修羅場になるとはな。
しかし、自我を失った彼が名指しで叫んでいなければ、諸伏はあの引き金を引いていたかもしれない。そんなことノアが知る由もないのだが。
さて、昔話もここまでにして、今日の仕事の話をしよう。
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『今、一応修理してる途中だから手短にね~』
「おー了解。実はさ、俺の私物のハンググライダーが壊れちまって」
『....ハンググライダー、だと?』
「ノア?」
『君、今すぐ私の城に来たまえ』ブチッ。
「は?おい!なんだよー、まあ、直してもらえるならいいか」
ボロボロになりながらも電話を掛けたその男こそが今日の依頼人である。とんだ厄日だ。女物の服を脱ぎ私服へと着替える彼は途方に暮れた。何度か訪れたことのある彼女の家を思い出しながら、彼女の好きな味の濃いハンバーガーと瓶に入ったコーヒー牛乳を片手に目的の場所へと向かった。
シンプルな鼠色の建物。コンクリートが打ちっぱなしなのが格好良いと、この家を選んだらしい。火が着いても簡単に燃えないでしょ?とも言っていたな。一体家でどんな生活をしているんだ。
重たいその扉の前に快斗は立った。覗き穴も、インターフォンもないこの家を空けてもらう手段は彼女の私物のスマホを鳴らしてあげること。ただし、一回で扉が開くとは限らない。
1回目、開かない
2回目、開かない
3回目、……開かない
ガチャ。
「やあ、遅かったじゃないか。快斗君」
4回目のコールを掛ける寸前、その重い扉は開いた。珍しく生気があるその顔を見て少しだけ安心したのは内緒だ。この間は飲まず食わずで何かを直していたらしい。口コミの高さは伊達じゃない。
いざその部屋に入れば、モクモクと怪しげな色の煙が宙を舞い、行き場を失ったそれらが逃げ出すように家の外へと飛び出している。一体何をしていたんだ。「……ライブ会場か何かか?」と問えば、「いぇーい、盛り上がってるー?」と棒読みでノアは答えた。ノリが良いんだか悪いんだか。
「さてさて、そのハンググライダーとかいうものを出したまえ!」
「やけにテンション高いな」
「君はいつも面白そうなものを手にしているからね!お、このハンバーガーとコーヒー牛乳は差入れかな?有り難く受け取ろう」
「へいへいどうぞ」
薬品と古い本の匂いが入り混じったこの空間で、ノアはテレビに映るタレントのように口いっぱいハンバーガーを頬張る。彼女だけ見る分には食欲が沸いてくるが、如何せんこの独特な匂いと生活感の欠片も無い部屋が邪魔をする。
差入れとは別に持ってきた大きなアタッシュケースから例の物を取り出せば、ノアはキラキラと瞳を輝かせた。ああ、せめて食べ終わってから出すんだった。予想通り食べかけのハンバーガーは、テーブルの上で寂しそうに食べてもらうのを待っている。
快斗はやれやれとため息をつき、いつも通りその部屋を物色し出した。
ノアの部屋は物が多い。それさえなければ、だいぶ広い部屋なのではないか?本棚は壁紙のように鎮座しているから、もはや打ちっぱなしのコンクリートの役割を果たしていない。廊下にはずらりと並べられた薬品やら実験道具やらがたくさんだ。一階のその部屋しか知らないが、恐らく他の部屋も似たようなものだろう。
小難しそうな本を手にしてペラペラとページをめくっていれば、薬品の匂いが染み付いた白衣を着たノアがやっと口を開いた。いつもの殴り書きタイムが終了したようだ。
「ねえ、これ本当にハンググライダー?」
「なんで?」
「だってハンググライダーって畳んでも5mくらいあるでしょ?なんでこんなに軽量化も小型化もしてんの?日本の技術どーなってんの?」
「そりゃあれだろ、俺様の頭脳とひらめきが」
「いやあ、日本様様ですわ日本万歳」
「おい、無視すんなよ」
「えーっと、この部分はアルミニウム合金とカーボンファイバー製のパイプかな。それなら……」
「ったく」
真剣な表情で直していく彼女を見るのは2回目だった。
何時ぞやの中森警部と次郎吉との対峙後、その日は今彼女が直しているハンググライダーが手元になかった。警官達が蔓延る街中でどうにか逃げ切ろうと愛車の元へと向かっていた。そうして、彼女と出会った。
相棒のGSX250Rと、その横で魔改造に励む彼女。追われていたことすらも忘れていた。その場に近寄ればスパナ片手にきょとんとした顔で「誰?」と呟く彼女。いや、逆に誰?
「ねえ、これ君のバイクかな?」
「……そうだけど」
自分のものだと言い返せば、彼女はやれやれとため息をついた。
「君さあ、もうちょっとメンテナンスとかしてあげなよ〜。この子しくしく泣いてるよ?分かる?」
「はあ……?」
なんでも自分のバイクに対するメンテナンスが甘かったらしい。スパナを工具箱にしまった後はチェーンメンテナンスを始めた。ルブを振り掛け調節するその表情は、先ほどのとぼけた顔とは違い至って真剣な顔つきをしている。魔改造とか言ったことを心の中で謝った。「よしっ!」と満足そうに微笑めば、彼女は笑いながらヘルメットを被った。
「さあ、メンテナンスのお礼に家まで送ってちょーだいな」
「……私のことご存知では無いのですか?レディ」
そう、俺は今怪盗キッドの格好だ。
ついさっきまで、この格好をしていたことすら忘れかけていたが。
「えー知らんよ。そういえば何その格好、おもろい」
「……」
天下の怪盗キッド、撃沈。
キッドという皮を被ることすら馬鹿馬鹿しく感じた。バサッと、得意の早着替えをして見せれば「おーー」と物珍しそうな顔をして快斗よりも先にバイクに跨る彼女。駄目だ、調子が狂う。
お馴染みのサイレンが近くまで迫ってきたところで、ブオオンとバイクのエンジンを鳴らす。「しっかり掴まれよ」と声を掛ければ、「Yes sir!」と発音の良い英語が返ってきた。
「俺は、黒羽快斗。アンタは?」
「ノア、最近修理屋を始めたよん」
「へえ、道理で手際が良いわけだ」
「そりゃどうも」
警察に追われているのに淡々と自己紹介をする異常な二人。終いには快斗の持っていたトランプ銃を弄り出す始末だ。怪盗キッドという存在について興味の欠片もないノアに快斗も呆れたが、彼女の独特な雰囲気がなぜか居心地良く感じたのは確かだ。
それからはバイクの点検でお世話になりつつ、たまに彼女に手土産を渡す。
彼女の好物と、もう一つ。
「そういえばやけに今日はボロボロだねえ。髪の毛もチリチリしてるし、その顔の絆創膏はどうしたんだい?天下のキッド様とやら」
「うっせぇ、巻き込まれ事故だ」
「キッドキラーとかいう少年にでも邪魔されたかい?」
(あながち間違ってねえ……)
目的のミステリートレインに乗車した今日。まさかの探偵坊主御一行と鉢合わせした瞬間思った。ただの下見に来ただけのはずが面倒事に巻き込まれそうだ、と。
「生憎、その目的の列車は爆弾でドカンだよ」
「えーやば、本当物騒でやんなっちゃう」
「それはこっちの台詞だ」
骨組みの軸をガチャガチャと直していたのも終わりに近づいたのか、ノアの修理は最終段階に入った。
「こんなもんかな」と一言添えて快斗にそれを渡す。ここで試すわけにもいかないので、とりあえず受け取ったハンググライダーをケースへと仕舞った。
ノアは冷たくなってパサついた食べかけのハンバーガーを口にし、どこか遠くを見つめながら呟いた。
「……見つかったかい?パンドラは」
珍しく芯のある声でノアは問う。
黙ったまま首を横に振れば、「そっか」と素っ気ない返しをされた。
これがもう一つの彼女との約束だった。
もしその赤く光る宝石が見つかったら、一度見せてくれないか。
その理由は未だ教えてくれない。いつになく真剣な彼女のお願いだった。「まあ、私の知ってるのとは違うと思うけど」と話す声は絶対に別物であって欲しいという気持ちが溢れているように感じた。彼女のためにも自分のためにも、そして父のためにもビックジュエルを見つけねばと快斗は意気込むのであった。
「そういえばさ、キッドキラーってどんな子なの?」
「あん?ただの餓鬼だよ」
「ほうほう、『キッドキラー』っと……うわっ、コイツあの時の」
「ノア?」
スマホでキッドキラーと検索したノアの表情はあからさまにげんなりした顔だ。
「快斗君、この少年だるいっしょ」
「うん、マジでだるいよ」
「やっぱりね〜、私もなぜか発信機付けられたことあるもん」
「は?お前何してんの」
「いや、そんなの私が聞きたいよ〜」
願わくばもう会いたくないなあ〜。と声に出し、コーヒー牛乳を飲み干した。
***
そう語るノアの切実な願いは届かなかった。
やはり神なんてこの世にいないのだ。
祈り信じよ、さすれば汝が願い成就せり。
アホか。そんなわけないやろ。あかん、顔引き攣るな、顔引き攣るな。我慢我慢。
「あっれれ〜やっぱりお姉さんが修理屋さんだったんだねえ〜〜??」
「あっれれ〜こんな猫被りな男の子あたし知〜らな〜い」
勘弁してくれと、心の中で叫ぶノアの声は誰にも届かなかった。
落としそうになった工具箱をもう一度握りしめ、ノアはその事務所へとお邪魔した。
新OP、公安組の後ろに立つキャメルに対して降谷がネチネチと悪態つくまでがデフォ