「これが僕の協力者から聞いたすべてだ。ルパン一味に関しては取り逃がしてしまったがね」
「...また例の少年ですか」
「ははっ、まったく恐ろしいよ。彼は」
降谷の笑みが、風見にとっては賞賛をしているように見えた。脅迫状、ルパン一味の来日、闇取引。これだけ事件が重なれば公安も動かざるを得なかった。降谷さんが毛利小五郎の助手として潜入したお陰で、脅迫状やSPが次元大介である所までは突き止められた。取引先はエミリオ・バレッティのライブ会場。厳重な警戒態勢を敷き、裏では公安が指示をした。いつものように刑事課からは恨まれそうだと何度目かの決意を固める。そう思っていた時にはすでに会場全体が真っ暗になり、もう一度自身のインカムに手をかざした。
ライブが始まった。何万人ものファン達は裏で取引が行われるなんて思いもしないだろう。抱えた事情の大きさにスタッフや今まさに観客を沸かせている彼は何を思うのだろうか。感傷的になりかけたその時、インカムから上司の声がした。焦りの効いたその声色に息を飲んだ。
『ライブ会場にもう奴はいない!至急この廃工場に急げ!』
人員を確保しつつ、現場の公安部はいつも通りその言葉を信じて向かった。
そしてその現場にいたのは、犯罪者のど真ん中で拳銃を構える一人の少年だった。メラメラと燃えるような瞳で対峙する彼に現役警察官はどよめく。
対象は呆気なく確保。いつの間にか行方を晦ましたルパン一味の捜索に明け暮れた。
銃撃戦になると見越した死人を出さない緻密な配置と、一発でこの場所を特定した人物はお願いだから降谷さんであって欲しいと願っている。これ以上恐ろしい人物を増やしたくはないのだ。
風見は目の下に隈を付ける上司の顔を見ながらそう祈ったのだった。
「しかし...」
「まだ何か?」
「アラン・スミシーと呼ばれる者によってルパンのアルファロメオは廃車になるまでボロボロにされたんだ。最後に逃走した時には、彼は新品並みの車に乗っていた。妙なんだ。」
頭の隅では少し前の大観覧車がぐるぐると回っている。あれ以来降谷さんはしつこく協力者への勧誘に励んでいる。コンビニに行っている間に赤色のrx-7になっていたと怒り狂っていたが、冷静に考えてその短時間で修理が終わるなど人間業じゃない。
風見はもう一度願った。どうか、あの修理屋がルパンに手を貸していないように、と。
***
「クゥン...」
「大丈夫君のせいじゃない」
申し訳なさそうにスリスリと歩み寄る目の前の子犬を見て、改めて賢い子だなと感心する。
降谷さんが最近自慢げに話す彼、ハロという子犬。ついに一日彼の面倒を見てくれと重大任務を与えられた。犬というものは本当に賢い。初めて会ったときは、警察犬の匂いに反応して嫌われそうになったこともあったが、一緒に散歩をする仲にまでなった。
昼食後に、いつものコースを散歩している時だった。ゆらゆらと飛ぶ蝶が気になったのかハロは勢いよくリードも忘れて飛び出してしまった。不覚にも体勢を崩してしまい、足を滑らすことは無かったが硬いコンクリートの上に掛けていた眼鏡が勢いよく落下した。割れたレンズを見ながら頭の中で上司の言葉が呪いのように再生される。『これで良く公安が務まるな』
叱られた子供のように小さくなってしまった彼の頭を撫でる。全然大丈夫だぞと笑って散歩を再開させたいところだが、壊滅的な自分の視力に早々と歩き始める余裕はなかった。
土地勘はあるが、外の景色は曇りガラスのように見えない。困ったものだ。ベンチの上で丸まる彼を見つめていると、軽い雰囲気の少女の声が聞こえた。
「?お兄さん、どしたの?話聞こか?」
困っている人に声を掛けるというよりは、最近どう?と世間話をするようなその声。表情はパーカーのフードを被っているせいで見えないが、髪の色は金色だった。
「散歩中?ありゃ、眼鏡が割れちゃったのかぁ。それは災難だ」
どこかで聞いたことのある様な声。可哀想にと微塵も思って無さそうな声。
不思議なその雰囲気に、視界がぼやけているのも相まって思考すらも働かなくなっていた。そんなことも知らないハロは少女にじゃれ始める。おい、ぼやけているがしっぽの振り具合が尋常じゃないぞ。
「可愛いね~。でもお兄さん困ってるみたいだからさ、もうちょっと待てる?」
「ワン!」
「うん、良い子」
犬の扱いに慣れている様子の彼女はベンチの空いているスペースに座り込み、ガサガサと紙袋を漁りだした。
「...なぜこの席に?」
「へ?だって空いてたから」
「わざわざここに?」
「犬可愛いから、つい」
大人げない自分の発言もどうかと思うが、わざわざこの席を選ぶか?当の本人はハンバーガーらしき分厚いパンをもぐもぐと頬張っている。自分のペースが乱される感覚がした。
pipipi pipipi pipipi
スーツのポケットからは無機質なアラームが布越しに鳴り響く。まずい、もうすぐ降谷さんが帰ってきてしまう。こうなったらハロに道案内を頼むか?賢いハロなら本当にやってしまいそうだが、これでハロに何かあったりしたら.....
「お兄さん?大丈夫?」
「はっ、あ、ああ大丈夫だ」
「なに?仕事で病んでる感じ?この国の人は社畜だからねえ」
「い、いやそうじゃないんだ」
わかるわかるよ~と隣に座る彼女は返事を聞かずに答える。人の話を聞かないタイプらしい。ハンバーガーと一緒に飲む予定だったのか、紙パックの牛乳を受け皿に注ぎハロの目の前に置いた。待て、受け皿など持っていないぞ?一体どこから.....
「私も最近やることが多くて困ってるんですよ~。皆なんでもかんでもやれやれ言うから」
「...そうなのか」
「無茶ばっかり言うクライアントにはもうこりごりですよぉ」
「まあ、確かに人間限度がある」
「!!なんか、久しぶりにまともな人に会えました~...」
「君の周りは一体どうなってるんだ」
「ゴリラと犯罪者予備軍と図書館の不審者と壁壊す女の子と、あとは...」
「いや、もういい大丈夫だ」
いや、なんで世間話に付き合っているんだ自分。そんなことよりも、帰らなければ。
「すまない。用事があるからこの辺で。ハロ、行くぞ」
「クゥン...」
(クゥン...じゃない、、!!)
「お兄さん、お兄さんって近視?」
「あ、ああ。近くまで来れば見える」
「ならさあ、スマホのカメラ機能使って周りの景色写せばいいよ。あとはちゃんと眼鏡屋行ってね~。あ、オススメ知りたい?」
「いや、行きつけがある」
「ちぇっ」
なるほど、その手があったのか。実際に操作すれば家に帰るくらいなら十分なほど見える。これなら帰れるぞ。「ありがとう、お陰で帰れそうだ」と言えば、「なんのこれしき~」とへらへらと笑っていた。画面越しに見る彼女は瞳の色が青くて、上司の面影と並んだ。肌の色は全然違うが。
「まあ、私も愚痴聞いてくれて楽しかったですよん」
「いや、本当に聞いただけだが」
「真面目ですねえ。そんなんで疲れません?」
「ははっ、余計なお世話だ」
お、笑った!と声を漏らす彼女。失礼な、人間なんだから笑うさ。
首輪にリードを繋ぎ、行くぞと再び声を掛ければ今度こそハロは「ワン!」と肯定してくれた。スマホのカメラを拡大し、なんとか見える具合に調整し彼女にありがとうと声を掛けた。
立ち上がる自分に対面になるように立つ彼女は、楽しそうに呟く。
「ねえ、お兄さん目瞑って」
「?」
なんとなくその言葉に従って目を閉じれば、閉じてすぐに鼻筋と耳に違和感を感じた。いや、違和感などではない。これは....
「お兄さん目の下の隈似合わないから、ちゃんと取ってね」
ばいば~いとごみを纏めて去っていく彼女に声を掛けないで見送ってしまった。はやく行こうよとハロはリードを引っ張るがしばらく足が動かなかった。
また会えるだろうか。お礼を言いたいのもあるが、彼女から感じる雰囲気は日ごろの激務を忘れさせてくれるような、受け止めてくれるような期待をしてしまう。
ありがとう、と見えなくなった彼女に向けて呟いた。
数分ぶりの変わらない景色に少しだけ頬を緩めて歩いた。
無事家にたどり着けば、ブチ切れた上司が待っていた。
明日も頑張ろう。
<おまけ>
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポンピンポーン。
『うちにテレビはありませーん』
「俺だ、開けろ」
『なんだ快斗君か』
「行くってメールしただろ」
『ちょっと、今忙しいのよ。まあ、入っていいよ~』
インターホン越しに了承を貰えば、同時にガチャっと鍵が開く音が鳴る。
入った瞬間思った、なんだコレ。
「...ノア?」
「ちょっとした化学の実験をねえ」
「は?」
「いやあ、この前乾燥ひじきから砒素を抽出して殺人トリックに使った犯人さんがいてね?どれくらい時間かかるのかふと気になって始めたら鬱になりそうなくらい部屋がひじきだらけになっちゃった」
「バカ?」
「バカかも」
前にはひじき、右もひじき左もひじき。そして薬品やら何かで抽出出来た砒素は試験管に入った小指くらいの量。やつれたノアの表情を見て、本気でコイツアホだって思った。
「まあ、良いんじゃね?この際ハンバーガー以外も食え」
「え、無理」
「お前、週何回ハンバーガー食ってんの?」
「週3?」
「そのうち週2くらいで飯食ってないだろ」
「....てへっ☆」
軽い会話を交わすが、二人の視界に嫌でも大量のひじきが映る。
バイクに乗って帰ろうとする快斗を取っ捕まえ、二人は黙々とひじきを食した。
※この後スタッフが美味しく頂きました。