無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
美人姉妹の救出 上
□■王都アルテア南門前
空から少年が落ちてきた。
それはあなたがアルター王国の首都に入ろうと意気込んだ直後のことであった。
出会いはいつも突然と言うものの、デンドロ歴の長いあなたでも初めての経験に戸惑いを隠せない。
槍や鉄砲が降ってきたことはあるのだが。
スカイダイビングはする方なら体験したことがある。
起き上がった少年は周囲を見回している。
着地寸前に減速したので怪我はないようだ。
初期装備と左手に埋められた孵化前の<エンブリオ>を見るに、ゲームを始めたばかりのプレイヤーらしい。
黙って見ているのも薄情なので、あなたは尻もちをついたままの少年に手を差し伸べた。
「あ、すいません。ありがとうございます」
頭を下げる少年に、気にすることはないと返す。
ルーキーには優しく。ゲーマーとして当然の心得だ。
プレイ人口が減ったMMOは衰退する。
このゲームに限ってそんなことはあるまいが、新しい風は歓迎しなければならない。
「俺はレイ・スターリングです。見ての通り始めたばかりで……あなたは?」
その点、少年はとても礼儀正しい。
どうかそのまま善良なプレイヤーに育ってくれと願いながら、あなたは簡単に自己紹介をした。
「ええと、もう一度いいですか?」
どうやらあなたの名前が聞き取れなかったようだ。
レイが聞き取りやすいようにいつもより大きな声で、滑舌に注意して、あなたはプレイヤーネームを繰り返す。
もし言いにくいのであれば好きなように呼んでくれて構わない、と後に続けた。
とはいえ初対面の人間にニックネームをつけるのも勇気がいることだろう。
そこであなたはフレンドにどう呼ばれているかという具体例を挙げることにする。
無職、レベル0、ぷーたろう、バカ。
だいたいこんな感じだろうか。
「それでいいのか!?」
驚きでレイの口調が崩れる。
こちらが彼の素なのだろう。これでフランクな関係に一歩近づいたといえる。
独特だとか皆無と表現されるあなたのコミュニケーション能力も案外捨てたものではない。
「ああ、冗談か。……冗談だよな?」
胸を撫で下ろしたレイは知らない。
先の呼び名はどれも実際に使われているものだ。
が、レイには刺激が強かったようなので口にはしない。
彼が汚れる必要はこれっぽっちもないのである。
ともあれ。
デンドロ内の友人関係に面倒なあれこれは不要。
目と目があったらフレンド登録……とまではいかないにしても、気軽に友人を作れるのはゲームの利点だ。
これも縁ということで、あなたはレイと行動を共にすることにした。最寄りの街を目指すレイにあなたが便乗する形だ。
あなたの目的地が王都アルテアと知り、レイは少なからず疑問を抱いたようだった。
「見るからに強そうだからな。その格好、和服……こっちで言うところの天地風だろ。とても最初の街に用事があるようには見えない」
たしかにあなたの装備は天地で買い揃えた品々だ。
さすがお目が高い。強いと言われて悪い気もしない。
あなたは意気込んで装備の自慢をしようとする……前にはたと思いとどまった。
ベテランに装備自慢をされてレイは楽しいだろうか。
否、急に語り出したぞこいつ……となるに違いない。
あなたはそれなりにコミュ力が高いと自負している。
ゆえに自制してこう答えた。
その通りだ、と。
「…………いや、えっと、その、え?」
どこかおかしかっただろうか。
今の受け答えはあなた史上最高に場を弁えた発言だったはずである。
なぜかレイが黙ってしまったので、あなたは話題を提供するために自分の身の上を語ることにした。
あなたは各地を旅する
アルター王国にはこの国でしか就職できない固有のジョブがあり、それを目的としている。
以前は天地に滞在していて、はるばる海を越えてきたのだと説明すると、あなたの脳裏に過酷な旅路の光景が思い浮かんだ。思い出すのも嫌なので記憶に蓋をする。
あなたは修羅の巣窟から抜け出したのだ。もう二度とあそこには戻るまい。
「なるほど職探し。それで無職……いやまあそれは置いといて……このゲームってレベル上限とかジョブの制限はないのか? 俺よく知らないんだけど」
もちろん制限はある。
就けるジョブは下級職六つと上級職二つ。
ジョブごとのレベルは下級職の上限が五〇、上級職が一〇〇で、合計レベル五〇〇になると
これが普通にプレイする場合の限界だ。
ちなみにレベルを最大まで上げ切る<マスター>の数はそれほど多くない。
古来よりRPGのレベル上げは苦行なのだ。
カンストした後に、更なる強さを求めてジョブ構成を練り直すパターンもある。当然ジョブを入れ替えた分のレベルは下がってしまうが。
あなたはカンストなので後者ということになる。
「そりゃそうだよな。目当てのジョブがあるなら教えてくれないか。俺も参考にしたい」
なるほど、ルーキーにとって最初のジョブは重要だ。
あなたの発言でレイのデンドロ生活が決まると言っても過言ではあるかもしれない。
責任の重大さにあなたは緊張している。
やはり王道の前衛戦士だろうか。
アルター王国は正統派ファンタジーな騎士の国だ。
レイは顔立ちが整っているから、聖騎士の真似事をすればさぞ映えるだろう。
しかし魔法職も捨てがたい。
リアルでは存在しない魔法を使う感覚を一度は味わってほしい気持ちがある。
柔和な雰囲気の彼には、攻撃魔法より回復魔法がおすすめできそうだ。となると司祭か。
もちろんそれ以外でもいい。
王国の主流からは外れるが、銃や機械を使うジョブ、そして生産職という選択肢だってある。
後々になって王国に不便を感じたら、自分のジョブに適した国に移籍しても良いのだから。
「そこまで真剣に悩まなくても……でも親身に考えてくれてありがとう」
なんと爽やかな笑顔か。
まさに好青年を地でいくレイ君である。
これは老若男女問わず人気が出るだろうなと、あなたはレイの人たらし度にレベルEXの評価をつけた。
「しかし随分とジョブに詳しいな。話を聞く限り、そっちはどれにするか決まってないみたいだけど」
レイの推測は正しいが間違っている。
あなたがジョブに詳しいのは事前に調べたからだ。
特にこれから就職する予定の王国のジョブはしっかりとまとめて頭に叩き込んでいる。
そしてどのジョブにするか決めていないのは……ひとつに絞る必要がないためである。
あなたは
「いやそれは……さっき制限があるって言ったし。今のジョブとの組み合わせだってあるだろ? 極端な話、戦闘職と生産職の両立が大変そうだってのは俺でも分かるぞ」
普通のMMOならレイの言うことは的を得ている。
そして、ことデンドロに限ってはそうでもない。
むしろ生産職の方が化け物の如き戦闘力を誇ったりすることが往々にしてあり得る。そういった頭のおかしい例はだいたい全部<エンブリオ>のせいだ。
生憎とあなたはその例に当てはまらない。
閑話休題。
あなたはジョブの組み合わせを気にしない。
気にする必要がないとも言える。
レイが見ている隣であなたはメニューを操作する。
ジョブを全てリセットした。
あなたは無職になった。
「な!?」
これであなたはレイと同じレベル0だ。
好きなジョブを選べるようになった。
ステータスの低下に伴い自慢の装備が解除されてしまったが、致し方ない犠牲である。
「せっかく強かったのにいいのか? レベル上げるのだって大変だったんじゃ……」
何の問題もない。
レベルはまた上げればいいだけだ。
それよりも新しいジョブに就けない方が困る。
あなたは多くのジョブに就くことを目的としている。
正確には様々なお仕事を体験することを。
レベル上げは苦行で、もったいないと思う気持ちはあるが、それでも経験はあなたの血肉として刻まれている。
あなたの頭を占めるのは次にどのジョブを選ぶかという一点のみである。
そんなあなたに、レイは奇人変人を見るような眼差しを注いでいた。
あなたが慣れ親しんだいつもの空気だ。言葉にするなら『こいつちょっとおかしいんじゃないのか』となる。
もちろんオブラートに包んだ表現でお送りしている。
誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。
◇◆
あなたが半裸のまま門に突撃しかけ、レイが必死に引き止めるという出来事があったものの、これといって問題も起こらずにあなたたちは王都入りを果たした。
「……いや問題あっただろ。どうしてあの格好でいけると思った」
とんと理解が及ばない。
あなたとて、公衆の面前に披露して良いものと悪いものは区別がついている。
だからきちんと要所は隠していたというのに。
「ほとんど下着だったじゃないか」
あなたは力強く首を振る。
あれは下着ではない。水着である。
たしかに布面積は極小だが防御力を兼ね備えた一品だ。
水着を着て外に出ることの何がおかしいのか。
「おかしいよ。海やプールならともかく」
あなたは不承不承に水着をしまった。
この世界にはビキニアーマーのような、水着と同程度かそれよりも防御力の低い装備だってあるのだが。
甚だ遺憾ながら、レイの主張に折れたあなたは初心者用の装備を身につけている。
アイテムボックスから適当に選んだ一式だ。
他の武具は装備条件のレベルを満たさないので、ほとんどが使いものにならない。
今のあなたはレイと大して変わらない状態だ。
あなたたちは南門から道を直進する。
レイが兄と落ち合うというので、ひとまず待ち合わせ場所の噴水に向かうことになった。
一緒にゲームを遊ぶところを見るに兄弟仲は良好らしい。一人っ子のあなたは少々うらやましいと感じる。
などと、考え事をしていたことが裏目に出る。
あなたは走ってきた女性に轢かれた。
横の路地から飛び出した女性に、不幸にもあなたの隣を歩いていたレイが吹き飛ばされ。
彼らに巻き込まれる形であなたは宙を舞った。
お手本のような玉突き事故である。
「だ、大丈夫ですか!?」
青い顔で駆け寄った女性は回復魔法を使った。
あなたたちの傷がみるみるうちに塞がっていく。
一瞬で生と死に直面したことで、あなたの心はどこか懐かしさを覚えていた。
あなたは安らかな表情で静かに目を閉じる。
こんなにも暖かい光に包まれて……
「どうして? 魔法は発動したはず……目を覚ましてください! そんな、こんなことって……いくら急いでいたとはいえ、私、人を……」
「おい聞こえるか!? 起きてくれ! なあ!」
レイの悲痛な声が聞こえる。
あなたの手を握り、回復魔法をかけ続ける女性。
控えめに言ってお通夜の雰囲気である。
これ以上ふざけると、ちょっと洒落にならないのであなたは起き上がる。
「生きてる?」
あなたは頷いてガッツポーズを取る。
元気もりもり力こぶ。体力は全快である。
ぽかんと口を開けた二人に、あなたは不謹慎な行為だったと深く謝罪する。
つい普段のノリでふざけすぎてしまった。
まだ天地の悪癖が抜け切っていないようだ。あの国の修羅であれば、介錯と称して容赦なく追撃してくるのだが。当然あなたは死んだふりを止めて返り討ちにする。
乱世のならいは病のようなもの。あなたはこの国で療養しなければならぬと決意が漲った。
あなたの毒された思考はさておき、女性は何やら急ぎの様子だったがここで話していてもよいのだろうか。
「そうでした。実は妹が家を飛び出してしまい、探している最中だったのです。この子をどこかで見かけませんでしたか?」
あなたたちは一枚の写真を覗き込む。
目の前の女性とよく似ている少女が写っていた。
ちょうど女性を幼くしたら写真の子になるだろうか。
レイは見覚えがないようだ。ついさっきゲームを開始したばかりなのだから当たり前だが。
もちろんあなたにも心当たりはない。
これほどの美人は一度見たらそうそう忘れることはできない、残念だが力にはなれないと答える。
なぜかあなたを見る女性の目が冷たくなった。
世界は不条理で満ちている。
女性はレイに平謝りして連絡先を教えると、門の方角に向かって走り去った。
レイは渡されたメモに首を傾げている。
内容が気になったあなたはそのメモを見せてくれないかと頼んでみることにした。
「別にいいけど。……あの人NPCなのかよ」
メモには女性の名前と職業が書いてある。
彼女はリリアーナ・グランドリア、アルター王国近衛騎士団の副団長らしい。
道理で吹き飛ばされるわけだ。国の騎士とレベル0の無職がぶつかったら無職は死ぬ。自明の理である。
あなたがメモを裏返したタイミングで、視界にメッセージが表示された。
【クエスト【探し人――ミリアーヌ・グランドリア 難易度:五】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
これはあなたにとって、王国で最初のイベントだ。
つまりは――
To be continued