無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王都アルテア
リリアーナと一夜を共にしたあなたは、身支度を整えて仮宿を後にした。
あなたは定職に就かない無職である。
よって決められた予定は存在しない。自由な時間を過ごせるのはフリーランスの強みだ。
その代わりにあらゆる事柄は自己責任なのだが、あなたはグリゴリの恩恵でジョブの範疇ならたいてい何でもできてしまう。極めたスキルは個人主義を加速させる。
人生とはソロプレイと見つけたり。南無南無。
そんなあなたでも人の心は持ち合わせている。
病み上がりのリリアーナを見送ろうとしたのだが、心ばかりのサービス精神は受け取ってもらえなかった。
「お気持ちはありがたいのですが、急いで仕事に戻らないといけないんです。あなたが隣にいると、その、どう説明したものかという話でして……昨日は同僚に断りも入れずこんな事態になってしまったので……」
リリアーナの悩みは杞憂だろう。
こんなこともあろうかと、あなたは昨夜のうちに近衛騎士団へ事情説明と言伝を届けておいた。
「なんですって」
あなたは誇らしげに胸を張る。
これでリリアーナの早退は咎められない。
報連相は大事。組織でお仕事をする際は必須である。
あなたは気配りのできる遊戯派なのだ。
もちろん返信はしっかりと保管している。
あなたは文面を読み上げた。
曰く、予定の時刻に騎士団は王都を発つ。
曰く、指揮権はテオドール・リンドスが預かる。
曰く、復帰次第ギデオンを目指すこと。
追伸、あまり羽目を外しすぎないように。
リリアーナは膝から崩れ落ちた。
あなたはすんでのところで受け止める。
まだ体調が万全ではないのかもしれない。
「大丈夫です、はい。リンドス卿には感謝しないといけませんね……後で口裏を合わせなければ」
長剣を握る両手に力がこもる。
いざとなったら武力行使を辞さない覚悟がひしひしと伝わり、あなたはリリアーナに親近感を抱いた。
ところでギデオンに向かう予定とは何だろう。
単語自体はあなたも聞き覚えがあった。
決闘都市ギデオンは王都の南に位置する街だ。
文字通り決闘による興行が盛んで、バトルジャンキーが日々鎬を削っているという。
あなたの脳裏に忌々しくも懐かしい修羅の国での思い出が蘇るが、天地の決闘は決闘ではないので頭の片隅に記憶を追いやる。なぜ闘技場を使わない。
閑話休題。
近衛騎士団が決闘に参加するとは思えない。
王族が家族旅行でもするのだろうか。
王族が決闘に参加する線も十分にあり得た。
「違います。近日中にギデオンで開かれる催しに、第二王女殿下がご出席されるんですよ。我々近衛騎士団は護衛として殿下の供を仰せつかりました。準備のために一足早くギデオンを訪問する予定だったのですが……出立間際に殿下が城を抜け出……こほん、深いお考えがあったのか単身お忍びで街に下りられて……騎士団総出で捜索にあたっていたところ、あなたが現れたというわけです」
その後の経緯はあなたの知る通り。
リリアーナが倒れている間に、第二王女と近衛騎士団はギデオンに向かって旅立った。
熱で置いていかれる近衛騎士団副団長。字面に起こすとなぜだか哀愁が漂っている。
ともあれ、事情は把握した。
リリアーナは急いでギデオンに向かうべきだ。
王都から馬を飛ばして一日弱。旅程を工夫すればもう少し時間を短縮できるだろう。
あなたは準備体操をして体を温めた。
「え? あなたもついてくるんですか?」
あなたもついていくが。
なぜリリアーナは寝耳に水と言わんばかりの表情であなたを見ているのだろうか。
リリアーナは病み上がりで本調子ではない。先程も倒れかけていたではないか。
街中ならまだしも、フィールドでは僅かな隙が命取りになる。それとも、またクソムカデが群れを成して襲ってきたらリリアーナは対処できるのだろうか。
「思い出させないでくださいよ……亜竜級四体は普段でも大変といいますか、そもそも普通はあり得ないですから。あれが何度も起こるはずないでしょう」
今回の看病はあなたの独断だ。頼まれてもいないお節介という自覚はあるので強要できない。
しかし中途半端に投げ出してリリアーナに万が一のことがあったら、あなたの苦労は水の泡となってしまう。
一番はクエストを依頼されることなのだが。
リリアーナは安全にギデオンまで辿り着ける。
あなたは彼女を送り届けるという大義名分を得る。
まさにうぃん・うぃんである。
あなたは説得を試みた。
「私としては、これ以上あなたにご迷惑をお掛けするのは心苦しいですよ。道中のモンスターなら囲まれても平気です。愛馬で駆け抜けてしまえばいいだけですし」
今回あなたが提示するメリットは時間だ。
やはりデンドロの馬は速度に限界がある。
だがしかし。あなたに依頼した場合、三倍以上の速さで目的地に到着してみせよう。
手間は取らせない。十秒、いや五秒でいいのであなたの天才的なひらめきを聞いてほしいものである。
「はあ。とりあえず聞きましょう」
まずリリアーナには奴隷になってもらう。
「却下ですッ!」
怒られた。
あなたはただリリアーナを【ジュエル】に入れて運ぼうとしただけなのに。
◇◆
あなたはリリアーナからお叱りを受けた後、『リリアーナのことを気にせず普段通りに過ごすこと』という戒めか禁則事項のような依頼を受注した。
非常に遺恨が残る結果だが、お仕事に貴賎はない。
たとえ窓際仕事の閑職であろうとこなしてみせる。
あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。
王都の冒険者ギルドでこれはと思うクエストを引き受けたあなたは、せっせとお仕事に精を出す。
「……どうしてあなたがここに?」
あなたは馬上のリリアーナに挨拶した。
先刻ぶりの再会である。
「まさか後を尾けてきたんですか。あれだけ大丈夫ですと言ったのに」
あなたは笑って否定した。
依頼内容に背いた行動は取っていない。
会話を中断したあなたは、リリアーナの馬を山道の端に移動させる。立ち話をしては邪魔になるからだ。
お手製の誘導棒(そこら辺で拾ったいい感じの木の棒を魔法で光らせたサイリウムっぽいやつ)で指し示す先は馬車と騎獣が作る列の最後尾だ。
「え? はい、そこに並べばいいんですね」
あなたは誘導棒を華麗に回して一礼する。
聡明なリリアーナは既にお分かりのことだろうが、あなたが受けたお仕事は<サウダ山道>の交通誘導だ。
ここ<サウダ山道>は王都の南に広がる初心者狩場のひとつで、ギデオンに向かうルートでもある。
PKの王都封鎖テロが解消された今、旅人や商人の行き来は再び活発になるはずだった。
しかし先日の豪雨で道の状態が悪化。ぬかるみに車輪を取られた馬車が横転するという事故が多発していた。
それだけならまだ良かったのだが、なんと今朝方に山道が土砂で埋まってしまった。
悪いな。ここから先は通行止めだ。
現在は道路工事の最中で、完全な復旧にはもうしばらく時間がかかる見込みだ。それまで交通量を調整するためにあなたは雇われた次第である。
なのでリリアーナをストーキングしたわけではない。
これは偶然、たまたまクエスト目的地が重なっただけなんだから勘違いしないでよねっ。
ツンデレ風になってしまったが他意はない。あなたは世のため自分のために依頼をこなす遊戯派なのだ。
「つまりあなたは仕事をしているだけ……事情は分かりました。しかし道が通れないのは困りものですね」
そうでもない。
リリアーナはここを通ることができる。
「通行止めなのでは?」
交通誘導と規制はニュアンスが異なる。
山道の土砂は撤去が進んでいるが、大型の騎獣や馬車はぎりぎり一台が通れるか通れないかの道幅だ。
上り下りの往来を確認してから、ぬかるみに気を配って徐行運転で進んでもらうことになるため、このような待機列が形成されている。
徒歩の旅人や小型の騎獣ならすぐにでも通行可能だ。
具体的には一人乗りのテイムモンスターまで。
早速あなたはリリアーナを先導する。
「え〜まだ進まないのぉ〜?」
とある幌馬車の横を通り過ぎる時、御者に不満を漏らす乗客の声が聞こえた。
「ねえ御者さん、なんとかならない? その馬を貸してくれたりとかぁ」
「俺が立ち往生しちまうよ。それにお嬢さん、こいつに乗れるのかね?」
「ぐぬぅ……運がないよぉ! 一刻も早く王都から離れないと、またあいつに捕まっちゃうのにぃ。さすがに他の街までは追ってこないはずだけど」
聞き覚えのある媚びた声だ。
他の乗客はこぞって声の主を励ましている。
「大丈夫だお! そいつがどんな酷いクソ野郎でも、おらがバベちんを守ってみせるお!」
「いーやバーベナたそを守るのは俺だね」
「いざとなったら僕を囮にしてくれバーベナきゅん!」
「フフ……安心して、ね……バーベナちゃ……DVサイコ銭ゲバ無職から、逃してあげる、わ……」
「ありがとぉ〜! ひどい人にいじめられてバーベナ泣きそうだったけど、みんなのおかげで頑張れる!」
どうやら追われる逃亡者とその護衛らしい。
釈迦如来に匹敵する仏心を発揮したあなたは、現世の業に苦しむ衆生救済のために幌馬車を覗いた。
偶然そちらの話が耳に入ったのだが、随分と災難な目にあったようで身勝手ながら同情した。
ときにそこの男シスター。
お前を虐めるのは、この顔か。
「げぇ!?」
あなたを見るなり、バーベナは脱兎の如く逃げ出した。
幌馬車から転がり出て全力疾走。
凄まじい足の速さだ。AGI型上級職並みである。
あなたはバーベナを簀巻きにした。
ついでに護衛も蹴散らした。
「くそがよ! あんた何でこんなところにいるのさ!? まさか俺の夜逃げに気がついて……?」
たまたま、お仕事中だ。
あるいは職業神の采配だろう。
報酬をばっくれる不届き者に裁きを。
汝にクリスタルの加護が有りますように。
あなたはバーベナを脇に抱える。
くだらない作業でリリアーナを待たせてしまった。早くお仕事に戻らなくてはならない。
「あの、バーベナさん噛みついてますけど」
問題ない。レベル五十に満たないルーキーでは、あなたの防御力を突破できないからだ。
新たに愉快なバーベナを加えたあなたたちは土砂で塞がれた地点にたどり着いた。
人足と数名の魔術師が共同で工事を行なっている。
土砂を削って運び出す作業は力自慢の人足が。
魔術師は地属性魔法で全体の補強をしていた。掘削中の崩落で生き埋めになる恐れがあるからだ。
傍目に観察した限りでは集まった魔術師の数が不足しているようである。そして上級職は一人だけ。
あと二、三人揃えば土砂ごとぬかるんだ山道をならして終わりそうだが、そう都合よくはいかない。どうしたってお仕事には人気の差が生じてしまう。
社会の残酷さをひしひしと感じていたところ、あなたの《殺気感知》が反応した。
同様にリリアーナも気配を感じ取ったようだ。長剣の柄に手をかけて警戒している。
「近づいてきますね。敵は一体……ここは私が」
あなたは制止した。
遠目に見た限りでは山道のボスモンスターだ。
所詮は初心者向けの狩場に湧くお山の大将である。リリアーナが戦うまでもない。
前に出たあなたは《ルアー・オーラ》を使用する。
モンスターの注意を集める囮系統のスキルだ。
あなた目掛けて一直線に猪突猛進するボス熊。どう見ても熊なのに猪とはこれ如何に。
首を刎ねて瞬殺してもいいが、あなたの両手は誘導棒とバーベナで埋まっている。
そして今のあなたは交通誘導員だ。
というわけで、相応しい方法で対応することにした。
ただの木の枝と化した誘導棒で熊の注意を引く。
間違っても他にターゲットが移らないように、ヘイトスキルは継続して使用する。
回避に専念してダンス・ダンス・ダンス。社交ダンス、タップダンス、オタ芸。さあどれがお望みだ。
あーいけませんいけませんよお客様! こちらの誘導に従ってください!
「俺を持ったまま遊ばないでくれるぅ!?」
相変わらず失礼極まりない発言だ。
あなたは真剣にお仕事をしているというのに。
ところで、そんなバーベナに質問がある。
「よく見てるなあ……一応できるけどさ。やるなら縄を解いてくれないと無理でーす」
解いた。邪魔なので一回投げる。
「ちょっと!? 扱い雑ぅ!」
何やら騒いでいるが気にしない。
戦闘の片手間に、工事現場の責任者から許可を得たあなたは掴んだバーベナをボス熊に振りかざす。
「あーもうっ、どうとでもなれこんちくしょー!」
バーベナは手にした粉塵をばら撒いた。
ボス熊の全身にムラがないよう、微細な粉末状の粒子をコーティング。攻撃を受ける前に二人で離脱する。
ボス熊が早送りになった。
加速した肉体に反応が追いつかず、ボス熊は勢い余って土砂に激突。首の骨が折れて即死した。
誘導無視にスピード違反を重ねたのだ。暴走車には当然の末路であるといえる。
ついでに土砂は衝撃で四方八方に爆散、晴れて山道を塞いでいた障害は粉微塵に砕け散った。
めでたしめでたし。
「……これを見てもそう言えますか?」
背後を振り向くと、泥まみれのリリアーナ並びにその他アザーズが呆気に取られていた。
あなたは怒られた。
誠に遺憾である。事前に許可は取ったし、問題をまとめて解決する素晴らしい妙案だと思ったのだが。
◇◆
「では、私はこれで」
飛び散った土汚れを落とした後。
出立前のリリアーナに声をかけられた。
あなたは誘導棒を振ってそれに応える。
言われた通りにギデオンまで同行するようなお節介は慎むが、道中の安全を祈っていると。
「ありがとうございます。ところで……彼をどうなさるおつもりですか?」
彼女の視線は下に向いている。
正確にはあなたが腰掛ける簀巻きのバーベナに。
程よい弾力があって座り心地は悪くない。
バーベナには椅子としての才能がありそうだ。
「そんな才能いるかぁ! ねえ頼むから許してよー。ちょっと魔が差しただけなんだってぇ」
一度ならず二度までも報酬をちょろまかそうとしたバーベナに情状酌量の余地はない。
今この場で耳を揃えて滞納分を支払ってもらう。
補足すると、あなたはこれ以上ないほど良心的な対応をしている。ボス熊のドロップ分は差し引いたのだから。
「ううぅ……丸裸はいやだぁ……」
だというのにこの調子である。
いくら寛大で初心者に優しいと評判のあなたでも、これ以上の譲歩は不可能なのだ。
いっそ殺してドロップアイテムをせしめるか。
愛刀も美髪を前に殺る気十二分なことであるし。
「ひゃわぁ……た、助けてリリアーナ!」
「きちんと報酬を支払えばいいのでは?」
「正論は聞こえない! 頼むよおおおおおおお! 一生のおねがいだからあああああ!」
心優しいリリアーナに泣きつくとは、なんと社会を舐め腐ったバーベナだろう。ここは一度徹底的に叩き直した方が世のため本人のためかもしれない。
やはり誅殺。天に代わって成敗してくれる。
「ええと、それでは僭越ながら。私からバーベナさんに依頼を出したいと思います」
「……ふぇ?」
抜刀の寸前、リリアーナは言った。
「私は急ぎギデオンに向かわないといけません。ですが何分まだ体調が万全とは言いがたいので、単独だとその人に心配されてしまうんですよ。ですからバーベナさんに同行をお願いします」
悪くない提案ではあるだろう。
バーベナは護衛としては心もとないが、いざという時に一人よりは二人の方がマシだ。熱がぶり返したとしても最低限の処置が可能である。
バーベナは<マスター>なので肉の盾にするなり囮にするなりしても全く問題ない。
「あの粉はバーベナさんの<エンブリオ>……ですよね。馬の足も速くなるでしょうか?」
「うんうんなるなる任せてよ! 感謝感激ありがとう! リリアーナマジ天使ぃ!」
……是非もないか。
あなたは舌打ちして愛刀を納める。
リリアーナがバーベナに報酬を支払い。
バーベナが受け取った報酬をあなたが回収する。
このやり方で三者の合意は得られた。
「受け渡しはギデオンに到着してからですね。あなたのことをお待ちしています」
「それじゃーねぇー!」
あなたは今日のお仕事が終わり次第、追ってギデオンに向かうことを約束した。
調子に乗るバーベナの背中には鯉口を切った。
「お、脅かすなよぅ! 怖いんだけど!?」
切り火の代わりだ。つまり厄除け。
火打ち石を妖刀にしてもなんら問題はない。
・無職さん
この後、魔法で道路整備を手伝った。
兼業で報酬ゲットだぜ。
・リリアーナ
無事ギデオンに到着した。
・バーベナ
クエスト達成直後にとんずらした。
これで自由だ! あとは二人で勝手にやってね!