無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■決闘都市ギデオン
王都アルテアから二百キロ南に位置する都市。
西方三国最大規模の闘技場施設を有する、アルター王国が誇る観光地に足を運んだあなた。
旅する無職のあなたは各国を訪れてきたが、これほど立派なコロシアムを目にしたのは初めてだ。
同じく決闘が盛んな天地では、闘技場は屋外の舞台に陣幕を張った程度の設備しかない。それは優れた武芸者の真剣勝負を尊ぶ精神。凡百に死合を『見下ろす』ことを許さない修羅の思想である。
なお、あなたはこれを建前だと考えている。そも野試合の方が開催頻度が高いのだ。立派な施設を建てたところで収支は推して知るべし。
しかし建物がある、これはいい。
遠方から目立つランドマークは決闘の象徴。
戦う時は闘技場を使うという発想が万人に伝わる。
文明開化とはまさにこのこと。やはり西方。東にある野蛮なPK国家とは育ちが違うでござるな。
あなたは満足げに持論を語った。
この話題で論文を執筆したら学会を席巻すること間違いなしである。マーベラス! 世界の未来は明るい。
「寝言は寝ていえ犯罪者」
椅子が喋っている。
「かわいいバーベナですが!?」
訂正しよう。簀巻きの
あなたは体重をかけて彼を黙らせた。
「ふぐっ……いや何でだ。俺は悪くない!」
バーベナを椅子代わりにしている理由は、なにも彼に椅子として天賦の才能があるからだけではない。至極真っ当で正統な理由がある。仮に裁判で争った場合はあなたが勝利を勝ち取れるレベルだ。
発端は先日のリリアーナ護衛クエストだ。
王都からギデオンまで、バーベナは彼女に同行するという任務をしかと達成した。ここまではいい。
問題はクエスト報酬である。バーベナはあなたに負債を抱えている。今回の報酬は全額をその返済に充てるという話がまとまっていた。
だが、バーベナは金を持ち逃げした。
再三の忠告にも関わらず契約不履行。
あなたの寛容な堪忍袋の緒も千切れるを通り越して粉微塵に爆散した。お前もミンチにしてやろうか。
主文は以上である。よって有罪。
あなたは判決を言い渡した。
「誤解だよぅ!? 返さないとは言わないよ。ただ、少しギャンブルで増やそうとしただけじゃんか!」
闘技場のレース競技でボロ負けしたバーベナを、あなたがギリギリで確保したのは運命だろう。
人の金で賭け事をするな、賭博は胴元が勝つようにできている等々、あなたは言いたい事がたくさんある。
しかしバーベナ相手では馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判である。歩く名言大百科を自負するあなたのコミュニケーション能力の敗北だった。
口で分からないなら体に分からせるしかない。
具体的には肉体労働のお時間だ。
というわけで、本日のお仕事はこちら。
サンドバッグである。
「ヒッ……まさか闘技場をレンタルしたのは、死んでも死なない状態でボコボコにするため……」
あなたは【ミスティコ】を使った。
あなたは木人になった。
「…………は?」
理解が及んでいないバーベナに説明するため、あなたは念話スキルを解放する。
木人。カカシ。ダミードール。様々な呼び方で、時代を超えて愛される練習用の的。スキル回しやダメージチェックのお供として最適なオブジェクトだ。
なぜMMOのデンドロでこの類の設備がないのか。
あなたは常々不思議に思っている。探せばあるのかもしれないが……世間一般に普及していない事を考えるに、その性能はお察しである。
無職のレベルゼロのほうがまだ役に立つだろう。あなたは前人未到のブルーオーシャンに先駆けるパイオニアとなったのだ。
ちなみに戦闘訓練用のモンスターは別にいる。戦うしか能のない【インスタントモンスター】。どこかの【錬金術師】が手がけた余命一時間のホムンクルスだ。
「あー、あんたがサンドバッグになるのね。……ちょっと殴ってみてもいい?」
いい度胸をしている。正直な人間は嫌いじゃない。
あなたは料金表を差し出した。
一回のご利用で五千リルになります。
「たっか! 少しまけてよぅ!」
ビタ一文まからんとあなたは突っぱねる。
闘技場のレンタル代はそれなりだ。
あなたは利益を度外視することもあるが、基本は市場価格に則ってお仕事をしている。
かかった経費を差し引いて収支マイナスでは商売として成り立たないだろう。
あと近日中に開かれるイベントのチケットを買う軍資金を残しておかねばならない。
仕事は趣味であり実益を兼ねるもの。
労働は対価として生活の糧を得るもの。
つまり今日のあなたは労働者である。
バーベナは折れて財布を取り出した。
毎度あり。なけなしの硬貨はあなたの懐行きだ。
金額分の返済は免除してやろう。
さて、テストプレイの時間だ。
あなたは闘技場の中央に陣取った。
いつでも、どこからでもかかってこい。
「ヨッシャおらぁああああいッ!」
バーベナは長杖をスイングする。
クリティカル! 会心の一撃!
よほどの恨みつらみをこめたに違いない。
かわいそうに。ストレスが溜まっているのだろう。
いったいどこのどいつの仕業だろうか。
流石のあなたも哀れを覚えたので、この反撃は後日、精神的に行うこととする。
あなたのHPはわずかに減少していた。
最大値から逆算すると、ダメージは5。
ちなみに防御スキルを使うとゼロになる。
【盾巨人】の《サウザンドシャッター》は1000未満のダメージを与える攻撃を無効化できるからだ。
「ここぞとばかりに煽りやがって……ふん! もういいよ! 闘技場の利用者に声かければいいんだろ」
あなたお手製の料金表を手に、バーベナは結界の外で呼び込みを始めた。
一を聞いて二、三を知る理解力。文句を言いつつも働く根っこの真面目さ。これらは彼を模範的コンパニオンに昇華させるのだった。だが男だ。
最初の利用者は黒ずくめの少女だった。
「闘争の祭典は来たれり。我が眼は宿敵を見据え、しかして栄光を渇望す」
「何言ってるのか全然わからん……あ、ご利用の際はこちらにお名前をお願いしまーす」
“
王国決闘四位の猛者とあなたは記憶している。
いきなり大物のお客様だ。いらっしゃいませ。
あなたは結界を起動。好きに攻撃してくれて構わないとジュリエットにアピールする。
無言で立ち尽くす木人を前に、ジュリエットは武器を下げたまま動かない。どころか首を傾げている。
おかしいと思ったあなたは灰色の脳細胞を回転させた。ゲーマーなら木人の使い方は知っているはず。
では何を躊躇っているのか? 答えはシンプルに強度。【堕天騎士】の超級職に就いた彼女の攻撃で、あなたが吹き飛ばないか心配しているに違いない。
あなたは両足を地面に埋めた。
簡単に引き抜けないように、地属性魔法でガッチガチのコンクリート状に足元を固める。
さらにダメ押しでデモンストレーションだ。
あなたは愛用する式神を召喚してみせる。
名を《
式術師系統のジョブスキルで作った虎型モンスターで、それぞれ敏捷と耐久を重視した亜竜級クラス。
あなたのバフ込みで純竜級に到達する強さだ。
《栗鼠虎》の奇襲と《貝虎》の突撃を、あなたは不動で受け止めた。受けたダメージ数を魔法で表示することも忘れてはいけない。
そしてトドメの一言を告げる。結界内の出来事は『なかったこと』になる。心配はいらない、と。
見よ、ジュリエットの驚いた表情を。
あなたのおもてなしの心に言葉も出ない!
フレンドから散々貶されているあなたのコミュ力だが、やはり捨てたものではないらしい。
「いつもこんな感じなのでぇ。容赦なくやっちゃって大丈夫ですぅ」
「了承せり」
◇◆
都合三回、
しかしジュリエットは満足していない。
「不動の鉄人、その真価発揮せざるや?」
動かない的を相手にした練習は十分。
決闘形式での模擬戦を希望するようだ。
「え、この子の言葉わかるの?」
なぜバーベナは驚いているのか。
ジュリエットは言葉を話しているではないか。
少なくとも天地の狂人どもより百倍まともだとあなたは考えている。比べるのはジュリエットに失礼なほど、修羅の中には言語の通じない連中がいた。
デンドロの翻訳機能が機能してないやつ、人を歩く宝箱としか考えていないやつ、育てた野菜に名前をつけて首を刈り取るやつ。どいつもこいつも、生まれた時に頭のネジを失くしてきたのかと疑いたくなる。
閑話休題。
今回のお仕事は木人だ。
決闘そのものではない。
相手の攻撃を受けることが役割である。
……否、本当にそうだろうか?
木人とは鍛錬のための道具。
使い手に寄り添い、付き従い、成長を支える。
例えばそれは共に汗を流す相棒のような。
そっと背中を押す存在であるべきではないだろうか。
だとすれば。あなたの答えは決まっている。
あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。
結界の再起動に伴い、効果がリセットされた【ミスティコ】をもう一度服用した。
木人に変身する。しかし先程と異なる姿で。
女性型。海賊。斧使い。
あなたの知る、ジュリエットが最も意識しているだろう相手のイメージを形にした。
「!?」
発揮するステータスはレベル五〇〇相当。
使うスキルは【大海賊】をメインに据える。
水魔法と金属操作魔法をジェネリックで搭載。
「“流浪金海”……」
あなたはこれまで無数のジョブに就いてきた。
覚えたスキルを組み合わせて有名な<マスター>のビルドを模倣するくらいは朝飯前である。
もちろんジョブで再現可能な範囲に限るが。
幸いにして“流浪金海”の戦闘スタイルはシンプル。
あとは戦闘技術とクセを再現するだけ。
実にイージーなお仕事である。
そこ、もう木人じゃないだろとか言わない。
「いざっ!」
黒翼の騎士が振るう一閃に、あなたは斧を重ねた。
◆◆◆
■???
「お待たせしました。オーナー」
『いやいや、気にする事はないよユー。しかし大活躍だったようだねぇ。ギデオンの街を騒がせていた山賊団をたった二人で片付けちゃうなんて』
「ご存知だったのですか」
『ああ。ちょっと盗聴していたからねぇ』
「レイを盗聴? どうやって?」
『ナイショ。ちなみに彼は勝ったよ。単独で<UBM>を討伐してのけた。中々面白かったねぇ』
「それはよかった。……ところで、その書類は? 随分と分厚いようですが」
『報告書だねぇ。念の為に用意したものだけど、期待外れというか、思っていた成果は上がらなかったねぇ。気になるなら読んでみるかい?』
「王国所属の<マスター>の情報ですか。詳細な戦闘データまで……いやしかし、これは……」
『決闘ランカーを始めとする実力者についてまとめてあるけれど、この程度は既に把握できている。それにこの書式だけど。往年のゲームの攻略wikiみたいな最強ランキングとか、個人のおすすめジョブビルドとか、プロフィールにスリーサイズとか……余計な情報が多すぎるんだよねぇ。ふざけているとしか思えない』
「<DIN>に依頼したのではないのですか?」
『いいや違う。まあこれはオマケ。邪魔をしなければそれでいい。ユーの方は大丈夫かい?』
「すみません。【マーシャルⅡ】が大破しました」
『じゃあこれ予備機の【ケージ】。チューン済みの【マーシャルⅡ改】が入っている。“ハート”であるユーの準備は<マジンギア>とキューコがいれば問題ないね』
「ええ」
『装置の配置と干渉準備は完了。“クラブ”のベルドルベル、“ダイヤ”の私も準備完了。不安要素があるとすれば“ジョーカー”が仕事をするかしないかだけど、それは運任せかねぇ。彼女の方は情報通りに第一王女が来れば動くだろうし。アレはふざけているけれど、知っていれば行動パターンを誘導できる。外様だけどその点だけは非常に扱いやすい』
「……今回は“ジョーカー”が二人いるのですか? “スペード”ではなく?」
『あ、うん。今回スペードの枠はいない。ユーが気にする必要はないよ』
「分かりました。私は西でよろしいですね」
『そうそう。いやー、しかし良かったよねぇ。ちゃんと<超級激突>が開催されるようで』
「…………オーナー、あの」
『あまり深く気にしないことだね、ユー。これで上手くいけば最小限の犠牲で戦争は終わるんだからさ』
「最小限、ですか」
『ああ。あの将軍閣下(笑)と元帥は全面戦争したがっているだろうけど、そんなのコストの浪費でしかない。やるならスマートに。けれど劇的に、だねぇ』
『明日、皇国と王国の戦争は終わる』
『私達――<叡智の三角>の手によってね』