無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
路上の弾き語り
□■決闘都市ギデオン
あなたはお仕事を愛する<マスター>だ。
真っ当で勤勉な労働者であるあなたは今日も今日とて趣味のお仕事に励む。
趣味の仕事とはこれ如何に。
ログインと同時に襲ってきた改造モンスターを返り討ちにして、ドロップアイテムをホクホク顔で拾ったあなたはギデオンの中央広場まで足を運んだ。
未だ興奮冷めやらぬ街の人々。
彼らは集まって何か催しを開いている。
聞こえる単語から推測するに、<マスター>の新しい通り名を議論しているようだった。
デンドロでは有名な人物が通り名、あだ名、通称、その他エトセトラを付与されることがある。
ランキング上位者や<超級>などを筆頭に。
有名どころはティアン・<マスター>問わず、通り名が浸透しているのだから大したものだ。
ふむふむ、暗黒の聖騎士、銀馬の王子様。
黒紫紅蓮を纏いし光と闇合わさりし勇者。
悪くないセンスだ。長過ぎることを除けば。
他には天使ちゃん、簀巻きの人。
黒白の嵐龍姫、無色、百人斬り。
半裸狂、変態聖騎士、頭のおかしい無職など。
おい最後。顔は覚えたぞ。
あなたは理性的な文明人だ。街中で辻斬りする修羅のような振る舞いは基本的にしない、こともない。
当然、機会があればもちろん容赦はしない。
<マスター>の命は紙クズよりも軽いのだ。
内心でお気持ちを表明しつつ、あなたは邪魔にならないよう、広場の端で準備を整える。
椅子代わりの木箱とリュート、背の高い帽子。
これであなたもギターヒーロー。演奏する楽器が異なる点に言及するのは御法度だ。
今回のお仕事は弾き語り。
吟遊詩人系統のジョブクエストである。
一定人数の聴衆を集めて、評価を受けるという依頼だ。ちなみに投げ銭は十割あなたの懐行きとなる。
念を入れて広場の使用許可は申請済み。あなたのロックンロールを妨げる障害は存在しない。
レパートリーから適当な曲を選択する。
デンドロは他のMMORPGのように、街中やフィールドで背景音楽が流れることはない。
これは運営の怠慢のなかでも上位十件にランクインする手落ちだとあなたは考えている。
吟遊詩人ギルドや各地で親しまれている音楽は星の数ほど設定している癖に、なぜそれを活用しないのか。
やはり決戦時は専用BGMが流れるべきだ。
序盤のアレンジなら尚良し。
「ああ、やっぱり。日常にそぐわない壮大なメロディが聞こえると思ったらビンゴですねー」
「むしょくのひとなのじゃ!」
不審者が幼女様を連れて現れた。
あなたは二人だけに聞こえるように、エンカウントのサウンドエフェクトを奏でた。
「ボクは【記者】のマリー・アドラーです。怪しい者じゃないですよー。……というか、今のどうやったんです? 二つの曲を同時に演奏してませんでした?」
あなたは不審者に関する記憶を思い起こす。
第二王女を連れた黒スーツグラサン。
残念ながら、脳内データベースを検索しても引っかからない。あなたと不審者は初対面のようだった。
「いえ、一度お会いしてますよ。ベルドルベルの老人……フランクリンのクラブと戦ったのがボクです」
「うむ。マリーはつよいのじゃ。なにせあの<
「え、エリちゃん? できれば大声でその呼び方はやめてもらえると」
あなたは驚愕で固まった。
<超級殺し>。
かつて一人の<超級>を単独で殺害した、<超級>ならざるPKの通り名だ。
よもや、こんなに目立つ黒ずくめの不審者が?
あなたは非常に複雑な気分に陥った。
一身上の都合により、あなたは<超級殺し>に対して好意的な感情を抱いている。
しかし、かの有名な殺し屋が姿を見せた。
目の前の事実を楽観的に捉えることができるほど、あなたは平和ボケしたつもりはない。
間違いない。心当たりしかない。
マリーはあなたを
視線を左右に振って逃走経路を確保。
エリザベートを引き寄せて人質に。
愛刀を片手に、牽制の殺気を飛ばす。
「……どういうつもりです」
どうもこうもない。
あなたはPKに徹底抗戦する覚悟だった。
<超級殺し>も所詮PKだったか。
拳銃を構える姿は殺し屋の風格が漂っている。
キャーいやぁ! 人殺しよ人殺しぃ!
「残念です。ボクはギデオンを守るために戦った貴方をそれなりに信用していたんですが」
それはこっちの台詞である。
第二王女に何を吹き込んだのだろう。
最悪の場合、王族ネットワーク経由で、国際指名手配されている可能性がなきにしもあらず。
“監獄”送りになるのはごめんだ。あなたの快適なデンドロお仕事生活が破綻する。
「噂通りのふざけた人ですね……いいでしょう、エリちゃんに手を出すより早く殺して差し上げます!」
「なにをいっておるマリー。ころしてしまっては、はなしができぬ。おちつくのじゃ」
「先に手を出したのは相手です。であれば、ボクはエリちゃんの安全を第一に考えて動きますとも」
マリーの言はまるで意味不明だ。
そんなにエリザベートの安全が大事なら、危険なPKのお仕事に同行なぞさせるな。
ここまで話が通じないのは天地の修羅レベルだ。つまり割と頻繁にいる。あなたは天を仰いだ。
やはり<超級殺し>も<超級>と同等の存在。頭のおかしい連中の一人であったか。
嗚呼、今日も世界はあなたに優しくない。
「むしょくのひとも、けんをおさめよ。ふたりがころしあうところはみたくない。きょうは、ただ、おれいをいいにきた。マリーはごえいなのじゃ」
冷静沈着で頭脳明晰なあなたは、不幸なすれ違いが発生している可能性に思い至る。
マリーにあなたをPKする意思はない?
「……は? ボクが、貴方を? いやまあ依頼は何件か届いてましたけども」
ジーザス。あなたは殺意を研ぎ澄ました。
「違いますよ!? 少なくとも今日は!」
全く安心できないお墨付きをいただいた。
誤解は解けたのでとりあえずヨシ。
あなたはエリザベートを解放して、マリーは武装を解除した。これにて一件落着である。
再びロックあなたになったあなたは、エリザベートとマリーの用向きを尋ねた。
というか近衞騎士の護衛も付けずに王女が出歩いているのは不用心では。あなたは訝しんだ。
「むしょくのひとにあうためにぬけだしてきたのじゃ。おしのびゆえ、ごくひでたのむぞ」
「とまあ、こんな調子でして。心配なのでボクが同行しています」
警備がザル過ぎだ。
リリアーナは一体何をしている。
「あらためて、れいをいおう。ぎでおんをすくってくれてありがとうなのじゃ」
気にする必要はない、とあなたは首を振る。
あなたはお仕事を遂行したに過ぎない。
結果ギデオンは救われたが、それは多くの人間と、あなたに依頼を出した人物の功績である。
加えて、あなたは十分な報酬を受け取った。
ギデオン伯爵からの報奨金。あなたは固辞したが、バーベナの借金相殺分だけで相当な金額だ。
バーベナは晴れて自由の身となった。もちろん適正な取り分を残したので財布は潤っているはず。きっと今頃はどこぞで媚を売っていることだろう。知らんけど。
貸し借りを精算し終わった今、あなたに彼を追いかける理由はもはや存在しないのだ。
無論、報奨金を断固として受け取らなかったことには海より高く山より深い理由がある。
あなたには欲しいものがあった。
王都の地下に広がる神造ダンジョンこと<墓標迷宮>の探索許可である。
運営が各地に用意した九つの特別なダンジョン。
それが神造ダンジョンだ。
特徴として、自然発生したダンジョンと異なり、モンスターが無限湧きして枯渇しない。
それできるなら全マップでそうしろと、あなたは運営に文句を言いたい。生態系を律儀に再現するな。
<墓標迷宮>は所在が明らかになっている神造ダンジョンのなかで最も挑戦しやすい迷宮だ。
入口が街中にあり、王国所属の人間であれば誰でも侵入することができる。
残念。あなたは無職だった。
もとい国家無所属のフリーであった。
入口はティアンの門番が立っているだけなので、【聖騎士】に就いたあなたは通過できるだろう。
だが万が一ということがある。難癖をつけられては後々面倒な事態になる。
故に。あなたはギデオン伯爵とリリアーナ、加えて王国のお偉いさんに交渉を持ちかけた。
報奨金はいらないから許可をくれ。
そしてあなたは勝利した。今や自由に<墓標迷宮>を出入りできるようになったのだ。
やったねダーリン! 明日はホームランよ!
ともあれ。あなたはエリザベートに頭を下げる。
またお仕事があれば声をかけてほしい。
今後ともあなたという<マスター>をご贔屓に。
そして先程の見苦しい光景のお詫びだ。
一曲、聞いていかれますかな。
あなたはロックを奏でた。
興が乗った。続けてパーティーといこうぜ。
クラシック、ポップス、ジャズ。いえーい!
「おお! すごいのじゃ! しろのがくだんにもけしてひけをとらぬ!」
「ジャンルの闇鍋ェ」
音楽だけでは飽きがくるか。
であれば、何か話をするとしよう。
ありきたりな冒険譚でもいいのだが、ここはひとつ物珍しい”神話”は如何だろう?
「しんわ?」
然り。これは間抜けな神のお話だ。
昔々。
森の奥に一柱の神が住んでいた。
神は凡ゆる存在に変ずる力を持っていた。
その力で住処を通る旅人を驚かし、心の底から恐怖させることを娯楽にしていた。
ある日のこと。
一人の旅人が神の住処を訪れた。
神は旅人を驚かそうと姿を変えた。
だが、旅人は平然としていた。
何に姿形を変えても旅人は恐れない。
どういうことだ。わからぬ。わからぬ。
神は頭を抱えて、旅人に問いかける。
――お前が最も恐れるものは何だ?
旅人は悩んだ後、こう答えた。
――今は
神は旅人の言う通りに姿を変えた。
「……それで、かみはどうなったのじゃ?」
残念ながら話はここでおしまいだ。
神と旅人の結末は当人だけが知っている。
「むずかしいのう。きょうくんめいておる」
愛らしく首を傾げるエリザベートとは対照的に、マリーはドン引きした表情を浮かべている。
言語化するなら『まんじゅう怖いじゃないですかー』といったあたりだろうか。
彼女は東洋のイディオムに通じているらしい。随分と博識なことだ。
しかし両者ともに満足していない様子。
これではお詫びになっていない。
ついでに弾き語りのジョブクエストを達成しようとしたあなたの天才的な試みまで台無しである。
せめて一人は満足して帰ってもらわねば。
あなたは決意が漲った。
あなたは【ミスティコ】を飲んだ。
あなたはマリー・アドラーに変身した。
「マリーがふたりになったのじゃ!」
「は?」
黒いスーツにサングラスの記者。
しかしてその正体は。
“――ボクは影”
“君が重ねた悪行の影であり”
“君自身を闇の中へと引きずり込む――死色の影”
“Into the Shadow”
あなたはノリノリでポーズを取った。
原作のコマ割りとそっくりそのままに。
脳内CVに《変声》で寄せるのを忘れない。
「な、ななナ……!?」
あなたは原作をリスペクトする読者だ。
きちんと引用元は明示しなければならない。
オノマトペをリュートで鳴らしての原作再現。
マリーなら必ず喜ぶこと間違いなし。
気に入ってもらえただろうか。
「ナンデ!? ナンデバレてるんデス!? ……ハッ! まさか脅迫? リアルをバラされたくなければ自分をPKするなという新手の脅しなんですかねコレ!」
マリーは正気を失っている。
そんなに喜んでもらえると、あなたも類稀なるサービス精神を発揮した甲斐がある。
マリー・アドラーは漫画のキャラクターだ。
その名前と容姿をデンドロで使っているなら、
当然あなたは連載第一話から追っている古参だ。既刊は鑑賞用・保管用・布教用三冊を購入している。
現在は出版社を移籍して休載中だが。
あなたは連載再開を心待ちにしている。
マリーのイントゥ・ザ・シャドウ愛は、そんなあなた以上のレベルだと感じられる。
折を見てぜひ原作語りをしたいものであるな。
◇◆
マリーと
あなたは路上ライブを開催した。
即興のバンドを組んでどんちゃん騒ぎ。
その場の人々は熱狂の渦に巻き込まれた。
なお騒音被害の通報を受けて飛んできたリリアーナ以下騎士団にあなたは補導された。
そこそこ怒られた。内容は割愛する。
いくら考えてもリリアーナが不機嫌になった理由はまるで検討がつかない。
あなたはただ、彼女を題材にした叙事詩を音楽に乗せてお披露目したに過ぎないというのに。
やはりあれか。個人情報保護の観点が抜けていたのが原因だろうか……?
取り調べが終わり、帰路についたあなたは取り止めもない思考を巡らせる。
故にあなたは察知が遅れた。
進行方向から土煙があがっている。
誰かが大勢に追われているようだ。
あなたは視力強化のスキルを使用した。
追われているのはバーベナでした。
なぜか輪っかと天使の羽が生えている。
あなたは見なかったことにして回れ右をしてもいいし、神の子にならい博愛精神で彼を助けてもいい。
「た、助けてぇ〜!?」
面倒事の気配がぷんぷんする。
あなたは踵を返した。
「ちょっとそこぉ! なんで逃げんのさ! かわいいかわいいバベちんが困ってんだぞぅ!?」
あーあー。聞こえない。
最近は耳が遠くてのう。ふぉっふぉっ。
「お”ねがいでずぅ……だずげでぇ……」
亜音速で腰に引っ付くな。
服の裾で鼻水を噛むんじゃあない。
・主人公
漫画は紙媒体派。
とりあえず簀巻きにした。
・バーベナ
バベちんマジ天使〜!
とりあえず簀巻きにされた。
・リリアーナ
殿下を探すついでに無職を確保。
羞恥心ってご存知ですか?
・間抜けな神
かつては妖精郷に巣食う悪精。恐怖は力。
彼の不幸は三つ。
①<アクシデント・サークル>
②極東の島国
③無職に騙される知能指数